第14章「土のクリスタル」
AF.「人質の意味」
main character:セシル=ハーヴィ
location:磁力の洞窟・前

 

 セシル達は、メイシーナ神官率いるトロイア兵達を追って地上に出た。
 暗い洞窟の中に長く居たくなかったのか、メイシーナ神官はセシル達を一度も振り返ることなく、さっさと洞窟を出て行ってしまった。

(もう少し、こっちを警戒しても良さそうなものだけどなあ・・・)

 セシルは内心で思って苦笑する。
 つまり、メイシーナはそれだけ人質を絶大な切り札として考えているようだった。

(―――だから、そこにつけ込む隙がある)

「せしる・・・」

 地上を出る寸前、ファスに名前を呼ばれて振り返る。
 「大丈夫」と断言しても、不安なものは不安なのだろう。
 そんな少女の小さな不安を吹き飛ばすように、セシルは微笑んだ。

「大丈夫だよ、ファス」
「ホントかよ?」

 疑う、というよりは茶々を入れる感じでロックが言う。

「勿論だ。人質をとるという事が、どういう意味なのか解らない人間には教えてやらなければね」

 そう言って、セシルは洞窟の外へ足を踏み出した―――

 

 

******

 

 

「セシルっ!」

 外に出たセシルを一番に出迎えたのは、ギルバートの悲痛な声だった。

 洞窟の入り口をぐるりと半円形に取り囲むトロイア兵。その中央にメイシーナ神官と、屈強な女兵士二人に捕まえられ、剣を突き付けられたギルバートの姿があった。
 そして、その足下には、太い縄で縛られたリックモッドとロイド、ギルガメッシュとシドの姿があった。全身ぐるぐる巻きの状態で、地面に転がされている。

「さて・・・」

 メイシーナがセシルの前に進み出る。余裕の笑みを浮かべて。

「状況は理解できましたか? 立場というものがわかったのなら、クリスタルをお渡しなさい!」
「・・・・・・」

 セシルは手にしていたクリスタルをメイシーナに差し出す。
 それを、嬉々としてメイシーナが手を伸ばして奪おうとする―――その寸前に、セシルはクリスタルを引っ込める。

「なっ・・・!?」
「ロック!」

 愕然とするメイシーナの目の前で、セシルはクリスタルを後ろへ向かって放り投げた。
 それを名前を呼ばれたロックがキャッチする!

「―――在れ!」

 クリスタルを投げると同時、セシルが叫ぶと、エニシェルの姿が軽い爆音とともに掻き消えて、セシルの手に漆黒の剣が出現する!
 セシルは手にしたデスブリンガーを、目の前にいるメイシーナの首元へと突き付けた。

「・・・ッ!」

 信じられない! とでも叫びそうな表情で、メイシーナは目を見開いてセシルを見る。
 周囲の面々も、敵味方問わずに、突然のセシルの行動に困惑していた。―――唯一、ギルバートとロイドだけは落ち着いていたが。

 剣を喉元に突き付けられている恐怖のせいか、言葉を吐くことも、呼吸することすら苦しそうなメイシーナに、セシルは微笑みかける。

「状況は理解できているかい? 立場というものがわかったのなら、王子たちを解放して貰おうか」
「な・・・なにを・・・こちらには人質が―――」
「人質なら、こっちにもある―――貴女自身だ」
「くっ・・・」

 メイシーナは悔しそうに呻いて―――だが、すぐにその口元を笑みの形に歪ませる。

「ふっ・・・ふっ・・・人質、ですか」

 剣という死を突き付けられた恐怖はあるらしく、顔中に脂汗を流しながらも、メイシーナはセシルをあざ笑う。

「こうして私を人質にとれば、あなたの言うことに従うとでも?」
「違いますか?」
「甘い。この私1人の命など、トロイアという国に比べればちっぽけなもの! 殺したければ殺すがいい! 正し、その時はこちらの人質の命も無いと知りなさい!」
「わかった」

 メイシーナの震え混じりの叫びに、セシルは冷たく肯定する。

「じゃあ、貴女を殺してから、この場の “敵” を皆殺しにした挙句、トロイアを滅ぼすとしよう」
「っ―――!?」

 淡々とした―――しかし、非道なセシルの言葉に、メイシーナは声を失う。
 流石に黙っていられなくなったのか、セシルの後ろでヤンが声を上げた。

「待て! セシル! それはやりすぎだ!」
「やりすぎ? 何が? 先に人質を取ったのは相手だろう? だから、僕は教えて上げているだけだよ。立場というものをね」

 にっこりと。
 微笑みすら浮かべ、セシルは口をぱくぱくさせたまま、あえいでいるメイシーナに語りかける。

「人質とは相手より優位に立つための手段ではあるけど、 “切り札” にしてはならない。何故なら、人質とは切ることの出来ないジョーカーでも在るからだ。失ってしまったら最後、完全に手はなくなってしまう。そしたら人質なんてとった馬鹿の負けだ」

 セシルが告げると、さらに今度はギルバートが後を続けた。

「もう一つ、貴女達は大きな思い違いをしている。セシル=ハーヴィは僕の部下というわけでもないし、ダムシアンの人間というわけでもない。彼にとって僕は人質にはならない」
「俺たちもそうだな。俺たちはセシル隊長・・・いやさセシル王の部下だ。部下のために王様が身を投げ出すことはあり得ないだろ?」

 縛られて転がされたままのロイドがにやりと笑う。

「なにぃ。俺は部下になった覚えはねーぞー!」
「お前は黙ってろよ!」

 縛られたまま喚くギルガメッシュに、同じく縛られたままのリックモッドが蛇のように身体をくねらせ、器用にヘッドバッドを決める。

「さて、どうする? これでこちらには人質がいなくなった。これ以上続けるなら、僕は本気で君達を滅ぼさなければならなくなる・・・」
「くっ・・・し、しかしクリスタルがなければ私達の国は・・・」
「クリスタルを得て国を滅ぼすよりは、クリスタルを失ってでも国を存続させる方法を考えるべきだと僕は思―――」
「メイシーナ様!」

 セシルの言葉を遮るように、ファーナが叫んだ。
 ぎょっとしてセシルがファーナを振り返るが、そのことに彼女は気づかずにセシルの横に進み出て、懇願するようにメイシーナを見る。

「ファーナ! 君は下がって―――」
「下がりません! メイシーナ様、お願いです! これ以上の争うことはもうお止め下さい。聖女マリア様もそんなことはお望みにならなかったはず・・・!」

 セシルの制止の言葉も聞かずに、メイシーナはまくし立てる。
 その時、彼女は全く気がついていなかった。余裕だったセシルの表情に、焦りが浮かび上がったことに。

 必死で懇願するファーナを見て、それまで青ざめていたメイシーナの表情がみるみるうちに赤くなっていく。

「ファーナ=エルラメント・・・! 誰が・・・誰のせいでこんなことになったと思うのですか!」
「メイシーナ様・・・」
「いいでしょう! 国を滅ぼすというのなら滅ぼせばいい! ですが、私は絶対に屈しません! 貴女にも、聖女マリアにも! 私は絶対に」
「メイシーナ様! 何を!」
「何を、と? 決まっている! 皆の者! 人質を殺すのです!」
「ちぃっ!」

 セシルはメイシーナを突き飛ばして地面に倒すと、デスブリンガーを肩に担ぐようにして構える。
 その剣の切っ先では、混乱しながらも反射的にかメイシーナの命令に従って、ギルバートやロイド達に向けた剣を振り上げるトロイア兵の姿があった。

(間に合え―――!)

「そして戦いなさい! このトロイアのため―――」

 倒れながらも喚くメイシーナの声をうざったく聞きながら、セシルはデスブリンガーに意識を集中する。
 ギルバート達は傷つけずに、兵士達だけを狙う、一か八かの精密射撃。

「剣よ、闇の刃を―――」
「やめろおおおおおおおおおおおおっ!」

 絶叫。
 否。爆声とも呼ぶべき怒号が、セシルの背後から聞こえた。
 兵士達の動きが止まり、それを見たセシルはダークフォースを放つのを止める。

「マッシュ・・・?」

 振り返れば、息を切らしているマッシュの姿があった。
 その表情は激しい怒りに赤く染め、鬼気迫るものがあった。その迫力に、セシルですら一瞬息を呑む。

「いい加減にしろ! ミーナ!!」

 マッシュの叫びで、ギルバートに剣を振り下ろそうとしていた女兵士の身体がびくっと震える。

「ニーヤも、アルミナも、レインも、エリスも・・・! みんな、そんな事をするために剣を握っているわけじゃないだろう!」

 嘆くようなマッシュの言葉に、ロイド達に剣を向けていた女兵士達が何か堪えるように身を震わせる。

「くっ・・・」

 その中の1人、一番最初に名前を呼ばれた女兵士―――ミーナが剣をギルバートに向かって振り下ろすことなく、鞘に収める。

「・・・・・・」

 他の4人も、それぞれ縛られたロイド達に振り下ろすことなく、剣を鞘に収めた。
 それを倒れたままの状態で見て、愕然とするメイシーナ。

「な・・・何をしているのです! 私の命令に逆らうというのですか!」
「神官様・・・・・・ですが・・・」
「口答えは許しません! 私の命令に従うことが、トロイアのために最も良いことだと解らないのですか!?」
「解らないのはお前だああああッ!」

 マッシュが怒鳴る。
 びくりとして、メイシーナはマッシュを振り返った。

「こいつらは、そんな下らない命令のために剣の腕を磨いてきたわけじゃない! 正々堂々、誇りある国の兵士として戦うために磨いてきたんだ! それが解らない奴に、彼女たちに命令する資格などないッ!」
「なっ・・・お前のような外の人間が、口を出す権利があるとでも・・・」
「あるっ!」

 断言した。

 とりあえずセシルが構えを解いて、ひたすら困り果てたような苦笑で状況を見守っていたり、ヤンがマッシュの一言一句にうんうんと頷いていたり、テラが話が長くなりそうだと察して、その場に座り込んで瞑想に入ったり、ロックがクリスタルを手でもてあそびながら、何故か悩むような怒っているような難しい表情でマッシュを睨んでいたり、ファスはきょときょとと戸惑っていたり、ファーナがなんとなく両手を組み合わせて神に祈ったりしている中で。

 マッシュはきっぱりハッキリ断言して、自分の胸を拳でドンと叩いた。

「何故ならっ、彼女たちと俺の心は通じ合っているッ!」
「このスケコマC―――ッ!」
「ぐあああああっ!?」

 マッシュの背後から、その頭にロックがクリスタルの角を打ち付ける。

「な、ななななななっ、なにしやがるッ! すげえ痛いぞ!」

 クリスタルの刺さった頭を抑えつつ、マッシュがロックに非難の声を上げる。

「なにしやがるはこっちの台詞だッ! このスケベ大魔王がッ! いつのまに5人もナンパしやがった!?」
「ナ、ナンパ!? お前、なんか誤解してるぞ!」
「そのとおりだ。ひどい誤解だな」

 マッシュをフォローするように、ヤンも頷く。
 彼は、ズラリと並んだトロイア兵を指さして、

「5人じゃなくて、あそこに居る全員だ」
「殺ス」
「誤解パワーアップ!?」

 ロックがマッシュに向けてクリスタルを振り下ろそうとする。
 させじと、振り下ろされたクリスタルを受け止めるマッシュ。腕力はマッシュの方が圧倒的に強いはずだが、ロックの怨念か、それともクリスタルが力を貸しているのか、二人の力は拮抗し、押しつ押されつ動かない。

 そんな奇妙な鍔迫り合いを眺め、セシルがヤンに困ったような調子で声をかける。

「ヤン・・・洞窟の中といい、芸風変ってないか?」
「気のせいだ」
「・・・・・・まあ、いいけど。どーでも」
「よくねえ! 助けてくれえええっ!」

 マッシュが悲鳴を上げる。
 どういうワケか、ロックの方が押し気味だった。あり得ない話だが、もしかしたら本当にクリスタルが力を貸しているのかもしれない。
 或いは―――

「頑張って、マッシュ!」
「貴方の力はその程度じゃないはずよ!」
「思い出して! 私達と熱い想いをぶつけ合った、あの夜の事を―――!」

 ・・・などという、マッシュに向ける女兵士の応援で、ロックの怨念が増大しているせいかもしれないが。

「ククククク・・・マーッシュ! お前にも地獄を見せてやるぜぇぇぇっ!」
「違うっ、誤解だっ! 俺はナンパなんかしてない! ただ、夜中に彼女たちの相手をしてやっただけだ!」
「相手!? 相手!? 夜中に相手って―――このエロ魔人があああああ」
「エロって何を想像してるんだ! 俺は、彼女たちと手合わせしただけだ!」
「手合わせって事はテメエ! 女の子達と組んずほぐれつ・・・・・・うおおおおおおおおおおおおッ! 俺の怒りが真っ赤に燃えるゥッ!」
「だからなんでそっち方向に妄想するんだお前はあああああああっ!」

 さらに白熱する二人の押し合い。
 その一方で、いきなり倒れている男が1人。
 具体的に言うと、「女の子達と組んずほぐれつ」とロックが叫んだ辺りで、セシルが鼻血吹いて倒れていたりする。そんなセシルに気がついて、ファスが心配そうに駆け寄る。

「せ、せしるーっ!? なんでいきなり倒れてるのーっ!?」
「い・・・いや、ファス、なんでもない・・・なんでもないから・・・・・・」
「ひぇ!? 血・・・!? せしる、血を吐いて・・・・・・!?」
「その・・・吐いたんじゃなくて・・・ただの鼻血だから」

 どくどくと血を流す鼻を押さえながら、セシルは立ち上がる。
 そんなセシルを見て、ファスは泣きそうな顔でファーナを振り返った。

「お姉ちゃん! お姉ちゃんの回復魔法でせしるを助けて!」
「え゛・・・・・・」

 妹の言葉に固まるファーナ。
 しかし、最愛の妹の頼みを断れず、ファーナはのろのろとした動作でセシルに魔法をかけた。

「せしる、大丈夫?」
「う、うん・・・」
「でも、どうしていきなり鼻血なんかだしたの?」
「ファ、ファス? あのね、そういうことはあまり聞かない方がいいのよ?」

 赤面しつつ、ファーナは話をそらそうとする。
 と、ファスはファーナを振り返って、

「お姉ちゃん、解るの?」
「え?」
「解るんだったら教えて〜。ね、おしえてー!」
「あ、あの・・・あのそのっ・・・・・・ええとっ・・・」

 白い肌を、これ以上ないくらいにピンク色に染めて、ファーナは困ったようにセシルを見る。
 視線を向けられたセシルは、覚悟を決めたように頷いた。

「ファス、そんなに知りたいのなら教えて上げるよ」
「ほんと、せしる?」

 わぁい、と嬉しそうに、ファスはセシルの方を向く。
 セシルは真剣な顔で―――ファスから視線を反らして。

「実は僕、ちょっと鼻血が出やすい体質なんだ。低気圧とかで」
「せしるって、身体弱いの?」
「まあ、強くはないかな。よく死にかけるし」

 などと嘯くセシルに向かって、ファスの死角からファーナがぐっ、と親指を立てる。

(ナイス説明です、セシルさん!)
(ま、こういう展開にはなれてるからね)

 セシルもファスには気づかれないように、小さくガッツポーズをして見せた。
 だが、次のファスの一言で、セシルのガッツポーズは脆くも崩れ去る。

「でも、しょっちゅう鼻血出したりすると、なんか変態みたいだね」
「・・・・・・」
「あれ。どうしたの、せしる? 泣いてるの?」
「ぐ、ぐすっ・・・な、泣いてない。別に変態扱いされたからって泣いてなんかないやいっ!」

 セシルが涙を拭いて立ち上がる。

「・・・?」

 見れば、何故かロックとマッシュの争いは止まっていた。
 ロックは怪訝そうな顔でこちらを見つめている―――いや。

(―――洞窟?)

 ロックが見ているのは、セシルの後ろにある洞窟だった。
 なんとなく、セシルが洞窟を振り返ったその瞬間。

「セシルッ! 逃げろッ!」
「!?」

 ロックの警告の叫び。
 刹那、セシルは何も考えずに、傍にいたファスとファーナの身体を抱える―――その瞬間!

「フシュルルルルルルルルルル――――――」

 巨大な何かが、洞窟の中から飛び出して来た。
 それは、身体から生やした4本のツノを突き出し、迷うことなくセシルを目指して突進する!

「ちいっ!」

 セシルは両腕に抱えた姉妹を落とさぬように力を込め、全力でその場を飛びのいた!
 間一髪で、何者かの突進を回避すると、それはセシルを追わずに、そのまま直進する。その先には―――

「ひいいいいいいっ!?」

 倒れたままのメイシーナが居た。
 先程から倒れたまま動かなかったのは、どうやら腰でも抜かして動けなかったようだった。
 何者かの突進に、メイシーナの身体がツノに串刺しにされる―――そう誰もが思った瞬間。

「させるかあああっ!」

 ロックがメイシーナに飛びついて、そのまま抱え込んで逃げ出す。
 こちらも紙一重で、なんとか事なきを得た。

「なんだ・・・!? 一体!」

 瞑想していたテラを抱えて退避していたヤンが叫ぶ。
 セシルとロックに突進を回避されて、ようやく制止したそれを見る。

「なんだ・・・ゾンビ・・・?」

 それは巨大なゾンビだった。
 普通の人間の数倍はありそうな体躯。腐ってドロドロになった肉を纏い、胸と背中からツノを二本ずつ、計四本生やしている。そのツノは奇妙に曲がりくねって伸び、身体の前方へと突き出ていた。
 ただでさえ、身体が朽ちかけているというのに、その巨体だ。自身の体重を支えきることが出来ないのか、二本の足だけでは足りず、両腕も地面について、ヒトのゾンビと言うよりは、四肢を器用に扱う類人猿のゾンビのように見える。

『フシュルルル・・・・・・逃げたか・・・・・・カンのいい・・・・・・やつらだ・・・・・・』
「喋った!?」

 巨大なゾンビから声が発せられるのを聞いて、マッシュが驚いたように声を上げる。

「いや・・・ゾンビが喋ったことよりも、あの笑い声・・・」

 セシルがデスブリンガーを握る手に力を込め、ヤンが忌々しそうにゾンビを睨付ける。

「まだ滅していなかったか・・・・・・スカルミリョーネ!」

 


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