第14章「土のクリスタル」
AE.「茶番」
main character:セシル=ハーヴィ
location:磁力の洞窟

 

「それでは、セシルさんは恋人の身柄と引き替えにクリスタルを・・・」

 地上へと戻りながら、セシルは事情をファーナに説明した。

「では、クリスタルを、そのゴルベーザという男に渡さなければならないというのですか」
「・・・はい」

 渋い顔でセシルは頷く。
 ゴルベーザの目的はまだ漠然としか解らない。
 解っているのは、クリスタルには強大な力が秘められていることと、何かの鍵であると言うことだけ。
 だが、クリスタルがどういうモノであれ、ゴルベーザは間違っても世界平和のため、なんかには使わないだろう。

 そういうことを含めて、セシルはファーナに説明していた。

「・・・・・・」

 セシルの返答に、ファーナは黙って考え込む。
 もしかしたら、「やはりクリスタルは渡せません」と言い出すかも知れないと覚悟して。

 だが―――

「・・・大丈夫」
「ファス?」

 ファスの声に、ファーナは思考を打ち切る。
 歩きながら妹の方を見れば、強い眼差しで姉を見返してきていた。

「せしるはきっと、大丈夫だから」
「え。それ、根拠は?」

 そう聞いたのは当のセシルだ。
 ファスはセシルの方を振り向くと、あっさりと言う。

「だって、せしるだもん」
「いや、それ根拠じゃないし」
「せしるならきっと何とかしてくれる。だって、運命すら変えてしまう人だもん」
「え?」

 ファスの言った意味がわからずに、セシルは首を傾げる。
 だが、ファスは答えずに微笑むだけ。

(そう・・・せしるは運命を狂わせるんじゃない)

 さっき、アストスの戦いで、ファスは大きな嘘を吐いた。

 

 ―――殺されない! この人達も、わたしも、今ここで死ぬ運命じゃない! あなたなんかに―――負けないッ!

 

 アストスに向かって叫んだ言葉。あれは大嘘だった。
 本当ははっきりと見えていた。マッシュもヤンも、ここで星へと命が還る運命を。
 だからこそ飛び出さずには居られなかった。叫ばずには居られなかった。

 けれど。

(運命は変った)

 誰が運命を変えたのか、考えるまでもない。
 あの場で、唯一運命を見ることが出来なかった存在。

(せしるの運命がぼやけて見えないのは、運命を狂わせるからじゃない。きっと運命を変える力を持っているから見えないんだ)

 でもそのことをセシルには言わない。
 言っても「僕はそんな大層なものじゃないよ」とか何とか言って謙遜するに違いない。
 だからファスはただ大丈夫だと思うことにした。セシルに任せれば大丈夫だと。

「わたしはせしるを信じる。だからお姉ちゃんも、信じて」

 ファスに言われ、ファーナは少し驚いたように目を見開く。
 ファーナが知っている妹は、もっと引っ込み思案だと思っていた。その能力のせいで、他人と関わり合うことを避けて、姉である自分くらいにしか心を開くことがなかった。
 それが、セシルという他人を信じて、という。
 ファーナはファスからセシルへと視線を転じる。いきなり視線を振られたセシルは、きょとんとしてファーナを見返した。

「・・・一体、どんな魔法を使ったのでしょう・・・?」
「え?」
「いえ、なんでも―――そうですね、ファスがそこまで言うのなら、信じることにします・・・・・・ただし!」

 ファーナは妹の肩に手を置いて、セシルを見る。

「私 “達” の信頼を裏切ったら、ヒドイですよ?」

 にっこり微笑んだその瞳は絶対に笑ってなかった。

「責任重大だな、おい」

 ロックが肘でセシルをつついてくる。
 それを押し返しながら、セシルは苦笑して頷いた。

「善処はします」
「善処じゃだめです。絶対でなきゃ許しません」

 世の中に絶対という文字はない―――
 などと言う、ありがちな言葉が頭に浮かんだが、セシルはそれを口にはしなかった。

「解りました。絶対に貴女達が望まない結果にはしません」
「はい、絶対です」
「わたしは絶対大丈夫だって、せしるを信じてるよ」

 ファーナが言うと、手を挙げてファスも言う。
 姉妹は顔を見合わせて笑い合う。
 そんな様子を歩きながら見つめ、セシルは苦笑。

「―――ホントに責任重大だなあ・・・」

 

 

******

 

 

 セシル達は、やがて朽ちた吊り橋近くまで戻ってきた。

「ん?」

 もうすぐ吊り橋というところで、ロックが足を止めた。
 そのままくるりと振り返って、手にした松明を後ろに向け、灯りを進行方向へと漏らさないように自分の身体で遮る。

「どうした、ロック?」

 つられてセシルと、他の面々も足を止めた。
 ロックは自分の口元に指を立て、静かにするように仲間に示す。それから抑えた声で、

「・・・何か居るな・・・」
「魔物?」
「いや、人間だなこれは。気配がする」
「本当か? 私には何も気配は感じないが」
「まあ、ハゲには解らんだろうなあ」
「なにをー」

 気配など感じないと言うヤンを、いつものように嘲笑するエニシェル。そして激昂するヤンのワンパターン。ただ、少しばかり理性は残っているらしく、声は抑えたままで騒ぐことはなかったが。

「・・・多分、トロイアの兵士だろうね。それ以外には考えられない」

 そういうセシルにも、人の気配など感じなかった。
 おそらくこの場ではロックだけしか感じていないのだろう。

「トロイアの兵士・・・ですか」

 ファーナが表情を硬くする。

「なんで兵士がこんな所まで・・・?」
「まあ、ひそひ草をロックが燃やしちゃったからね。なにが起こったのか確認に来たんじゃないかな」
「俺じゃねえだろ、あれは!」

 ロックが声を上げるがセシルは無視。

「で、どうする? このまま行くのか? トロイアは敵なのだろう?」

 テラが尋ねてくる。
 セシルは頷いた。

「行くよ。どちらにしろ、ここに居ても仕方がない」

 そう言ってセシルは再び歩き出す。
 それを追い掛けて、灯りを持っているロックが横に並ぶ。その後ろを、他の仲間達も追い掛けて歩み出す。

 

 

******

 

 

 吊り橋に辿り着くと、対岸に確かに幾つか灯りが見えた。
 カンテラの灯りに浮かび上がった姿は、確かにトロイアの兵士だ。

「3、4、5・・・6人か」

 6人の兵士達は落ちた橋の向こう側で立ち往生しているようだった。
 それを見てセシルが嘆息する。

「・・・どこかの誰かが橋を落とすから・・・」
「うぐっ」

 なにも言い返せず、ロックは押し黙る。
 セシルはテラを振り返って、

「テラ、確か白魔法には空を飛ぶ魔法があったはずだけど・・・」
「レビテトか。空を飛ぶ、という程でもないが、向こう岸渡るくらいには問題ない―――問題は私の魔力だな。先程、瞑想して少しは回復したが、全員に魔法をかけて渡れば再び尽きてしまうだろう」
「じゃあ、向こうにいる兵士にロープを投げて渡して貰えばどうだ?」

 ロックの提案に、セシルは考えて―――首を振る。

「いや・・・ここは安全かつ確実に行こう。正直、相手が信用できない」

 そう言ってセシルが対岸に目を向けると、兵士達の間だから七人目の人影が現れた。

「―――クリスタルは手に入れたのですか!」

 兵士達を束ねているあの神官だ。
 その姿を認めて、ファーナが呟く。

「・・・メイシーナ神官・・・」
「うお、名前あったのか、あのおばさん」
「いや、そりゃあるだろ」

 ロックの驚きに、セシルはつっこみ。

(・・・まあ、気持ちは解らなくもないけど)

「どうなのですか!? クリスタルは取り返してきたのですか!」
「―――ここに」

 セシルは手にしていたクリスタルを頭上に掲げる。
 すると、対岸から「「「おおっ」」」というざわめきが聞こえた。

「そ、それです! それを早くこちらによこしなさい!」

 うわずった声で神官―――メイシーナが叫ぶ。

「おい・・・なんかもう奪う気満々だぞ、あれ」

 ロックが小声でセシルに囁く。
 セシルは苦笑して、テラを振り返る。

「・・・じゃあテラ、頼む」
「大丈夫かよ」
「 “絶対” 大丈夫なんじゃないかな」

 良いながら、セシルはファスとファーナに向かって片目を瞑ってみせる。
 トロイア兵士の出現で表情を強ばらせていたファーナは、思わず相好を崩した。

「お前、それ言葉おかしいぞ」

 そう言うロックも苦笑していた。

「『レビテト』」

 セシルとロックのやりとりしている間に、テラの魔法は完成する。
 ふんわりと、全員の身体が浮き上がった。

「な、なんか怖いな・・・」
「不安定に思えるかもしれないが、地上と同じように動けるはずだ」

 テラの説明に、ロックは跳んだり跳ねたり走ったりしてみる。

「・・・お、ホントだ。なんか身体が浮くって言うよりは、微妙に揺れる透明な台の上に乗ってる感じだな」

 セシルも試しに跳んでみる。
 助走をつけずに垂直ジャンプ―――するが、重力を忘れたようにふわりと何処までも飛び上がると言うことはなかった。地上の時と変らないくらいしか飛べない。浮いている分だけは高いが。

(なるほど、確かに不安定な透明な板に乗ってる感じだな)

 しゃがみ込んで地面に向かって手を差し伸べる。
 が、足の位置と同じ場所に柔らかな透明な板があるかのように遮られる。

「さあ、さっさと行くとしよう。それほど効果が長いわけでもない」

 テラの言葉に頷いて、セシルは対岸に向かって一歩踏み出す。
 地面が途切れた足の下を見れば、松明程度ではそこまで光が届かないほど深い闇。
 落ちたら即死だろうな、などと思いつつ、セシルは進む。

「大丈夫? ファス?」
「うん・・・」

 おっかなびっくり進む妹の手を、姉が優しく握って引いてやる。
 他の面々も、テラ以外はこういう魔法に慣れていないようで、少し慎重に渡っていった。

「到着〜!」

 最後の一歩は大きく跳躍して、セシルを追い越して対岸にたどり着いたロックが胸を撫で下ろす。
 溜息を吐いてから、はっとしてセシルを振り返った。

「ち、違うぞ! これは別に高いところが怖いとかそう言うんじゃなくて・・・」
「誰もそんなこと言ってないし、こんな状況なら恐怖症関係なく怖いと思うけど」
「お前、全然平気だったじゃんか」

 ロックが言うと、セシルは遠い目をして、古い何かを懐かしむように微笑した。

「・・・・・・実験台になったんだ」
「は?」
「ローザが白魔法を覚えてからしばらくしてかな。今と同じ、浮遊魔法の実験台になったんだ」
「それで?」
「魔法が完成した瞬間、雲より高く僕の身体は跳ね飛んでいたよ」
「うわ」
「まあ、雲の高さから自由落下する恐怖に比べれば、これくらいはなんともないさ」
「いや、それ、むしろ逆にトラウマになりそうなもんだけどな―――ていうか、落ちたのか!? よく助かったな!」
「・・・なんとなくオチが読めてたから、カインとアベルに待機していて貰ったんだよ。そうでなければ、僕はここに居ないね」

 などとやりとりをしていると、トロイアの兵士達の前に立っていたメイシーナ神官がセシルに向かって手を差し出す。

「話は終わりましたか? ではクリスタルを寄越しなさい」
「おや? クリスタルは貸して頂ける約束では?」
「それが本物かどうか確かめます。さあ、早く!」
「すでに彼女が確かめてくれましたよ」

 そう言ってセシルは後ろを振り返らずに、指を背後へ向ける。
 指先には、今ファスと共に渡り終えたばかりのファーナの姿があった。

「ファーナ=エルラメント・・・!」
「メイシーナ神官・・・」

 メイシーナは憎々しげにファーナを睨むが、すぐに視線をセシルの持つクリスタルへ移す。

「その女が信用できるものですか!」
「おや、それは異な事を。彼女は神官であり、このクリスタルを奪い去った悪いダークエルフを追い掛けた英雄とも言える人ではないですか?」

 セシルが少しおどけて言うと、メイシーナは差し出していた手を引っ込める。
 険のある表情でセシルを睨み、静かに呟いた。

「―――全て、解っているのでしょう? 茶番は終わりにしましょう」
「同感ですね」

 セシルが頷くと同時、メイシーナが今度は手を振り上げる―――それを合図として、6人のトロイア兵達が剣を抜きはなった。

「大人しくクリスタルを渡しなさい。さもなくば―――」
「殺す、と?」

 メイシーナは答えない。
 代わりに、兵士達がメイシーナより前に進み出る。

「ちっ、やっぱりこうなるか・・・!」

 ロックが舌打ちして、ファスとファーナを庇うようにして一緒に後ろへ下がる。
 ヤンとマッシュがセシルの両脇に進み出て、それぞれ構えた。テラは前衛のすぐ後ろに杖を構えて立つ―――が、魔力は残り少なく、あまりアテには出来ないはずだった。だが、相手に魔法の援護があると思わせることが出来れば、効果はある。
 エニシェルだけは陣形から外れ、適当なところで腰掛けていた。戦闘になれば、どうせセシルが呼ぶのだから、何処にいても変わりない。

「そろそろレビテトの効果が切れるぞ」

 テラの言葉が言い終わらないうちに、魔法の効果が切れて、セシルたちの足が地面につく。
 軽く地面の感触などを確かめてから、セシルはトロイアの兵士達を見回して告げる。

「忠告しておく。そんな数じゃ僕たちは倒せない。早いところ増援を呼んだ方が良い」

 洞窟の外には、まだ十数人の兵士達が残ってるはずだった。

「おい、セシル。敵を増やしてどーするんだ!」

 ロックが非難の声を上げる、がセシルの代わりにヤンが答えた。

「数が増えたところでどうということもない。お前は知らないかもしれないが、こいつはたった1人でバロンの大軍勢を追い返したことがあるのだぞ」
「それは君やバッツ、ギルバート王子の助けがあったからこそだけどね―――まあ、でもトロイア兵が100人掛かりで来ようと、問題ないことは確かかな」

(カインクラスの戦士が居るなら話は別だけど)

 セシルの言葉―――というよりは、剣を向けられても動じないその態度に、トロイア兵達は気圧される。
 なにより、彼女たちは知っていた。セシル=ハーヴィとヤン=ファン=ライデン。フォールスでも名の知れた戦士だ。何より、トロイアの兵だけではどうにもならなかったダークエルフの王を倒してクリスタルを奪い返した。

 非戦闘員であるファスとファーナを除いてしまえば、数の利はトロイアにある―――だが、二人程度の差はハンデにすらならない。というより、セシルとヤンの二人を相手にするだけでも足りない。それは、地上に待機している兵士を増援に呼んでも変らない。

「さて、どうする? やり合うというのなら、こちらも覚悟を決めるけど?」

 さらりとセシルが言う。
 ここで言う覚悟とは、戦うための覚悟などではない。
 トロイアという国を敵に回してまでも、兵士達を倒してしまうための覚悟だと、その場の誰もが理解する。

「強がりはそこまでです!」

 兵士達の後ろから、メイシーナが怒鳴る。

「・・・どっちが強がりだよ」

 どうやら優勢だと見て取ったロックが、セシル達の後ろでぽつりと呟いた。

「なるほど。確かにこの程度の戦力では、フォールスに名高いセシル=ハーヴィを倒すには役者不足かもしれません―――しかし!」

 兵士達が左右に分かれ、そこから再びメイシーナが前に出る。

「前に来たり後ろに下がったり、忙しい人だな」
「黙りなさい! そんな余裕もここまでです!」

 そう言って、彼女は草を掲げる。
 見覚えのある草に、セシルは怪訝そうに眉をひそめた。

「ひそひ草・・・? 増援でも呼ぶ気か?」
「いいえ。ただ、これを聞けば貴方は戦うまでもなく敗北しなければならない!」
「なにいっ!」
『いたっ、いたたたっ! こら! 縛るにしてももうちょっと優しくせんかい―――いだだだだっ!』
『くそ・・・情けない・・・』

 草が揺れ、地上に残っていたシドとロイドの声が聞こえた。
 それを聞いて、セシルは悔しそうに歯がみする。

「まさか・・・人質!?」
「そのまさかですよ。さあ、仲間を殺されたくなければクリスタルを渡しなさい!」
「くそっ・・・リックモッドさんとギルガメッシュは何をしていたんだ!」

 だんっ、と憤懣やるせないように地面を蹴る。

『すまん、セシル。ドジ踏んだ』
『ホントにドジだよなあー』
『この、うるせーぞギル公! 王子を人質に取られちゃ仕方ねーだろが!』
『おーい、気づいてるか? 俺もギル公だが、王子様だってギル公なんだぜ?』
『俺がギル公つったらテメエしかいねえだろが、ギルガメッシュ!』

 喧しい二人のやりとりで、セシルは状況を察する。

「成程ね、ギルバート王子を人質に取って・・・」
「本当に役に立たない男だな」

 テラがフン、と蔑むように鼻を鳴らして言う。

『返す言葉もありません・・・』

 どうやらテラの言葉が聞こえていたらしい。
 弱々しいギルバートの声が、草の向こうから聞こえてきた。項垂れている様子が容易に想像できるような、そんな声だ。

『でも、セシル! 解っているね! 要求に従う必要はない! 僕の命なんて―――』

 ぐしゃり、とメイシーナは草を握りつぶすと、通信が途絶える。
 余裕綽々の様子で、彼女はセシル達を見下すように言う。

「さて? どうしますか?」
「卑怯者め・・・ッ!」

 マッシュが悔しそうにメイシーナを睨付ける。
 その眼力だけで殺せそうなほど、力のこもった視線に、メイシーナは僅かにたじろいだ。

「な・・・なんとでもお言いなさい! トロイアの国を発展させるためならば、どんなに手が汚れようとも構いません!」
「誰かを傷つけ、苦しめてまで発展することを、マリア様はお望みにならなかったでしょうに・・・!」

 哀しそうな声でファーナが訴えかける。

「ファーナ! この背徳者! 誰かを傷つけず、しかし自らは傷つき、苦しむべきだと? ああ、聖女とまで言われた貴女やマリア様にはお似合いの台詞でしょう。しかし、それは現実を見れない妄想家の戯言よ! 苦しみに耐え抜いても、何も良いことなどありはしない! 知らないわけではないでしょう? 聖女マリアは苦しみ抜いてこの大地を耕そうとしたけれど、結局、何も実らぬまま死んでしまった!」
「・・・確かに何も実らなかった。けれど、マリア様は種を蒔いたのです! マリア様の気高い精神を受け継ぐ種を! 種は実り、実はまた種を蒔き、それを繰り返してきたからこそ、このトロイアという国が生まれたのではないですか!」
「うるさい! そのトロイアがこうまで発展させたのは、聖女マリアの気高い精神などではない! そのクリスタルの力でしょう!」
「それは・・・ッ」
「お姉ちゃん!」

 尚も言い返そうとするファーナを、ファスが押しとどめる。

「ファス・・・」
「お姉ちゃん、駄目。哀しいことだけど、お姉ちゃんの声はあの人には届かない・・・」
「・・・・・・くっ」

 妹に諭されて、ファーナは口をつぐむ。
 ファーナが何も言わなくなったのを見て、メイシーナは勝ち誇ったように笑うと、セシルの手にするクリスタルへ視線を戻した。

「余計なことを言わずに、最初から黙っていれば良いものを・・・―――さあ、セシル=ハーヴィ。その手にするクリスタルを早く渡しなさい」
「・・・それは、できない」

 苦々しくセシルが言う。
 怪訝そうにメイシーナは眉を引きつらせ、

「人質がどうなっても良いのですか!」
「・・・本当に人質なんてとっているのか・・・?」
「は?」
「もしかしたらウソかもしれないじゃないか」
「な、何を言っているのですか! 今、聞いたでしょう!」

 メイシーナはひそひ草を振り上げて怒鳴る。
 だが、セシルは首を傾げて。

「それが本当に王子達だって言う証拠もないじゃないか。もしかしたら、偽物かもしれない」
「待て、セシル。今のは確かにギルバート王子達の声だったが・・・」

 セシルにヤンが反論する。
 だが、セシルはそんなことでは納得しない。

「僕にはあのひそひ草というものが、どういう原理なのかイマイチよく解ってないんだけど、もしかしたらなにかのトリックで、王子達が言ったように見せかける方法があるのかもしれない。例えば、声を似せる方法とか」
「そんな方法はありません! ファーナ! 貴女も知っているでしょう、ひそひ草は声を伝達する能力しかないって!」

 いきなり話を振られて、ファーナはビックリしたように目を開いて、それから頷く。

「は、はい、確かに・・・」
「わたし、知ってる!」
「ファス!?」
「前にチョコと遊んでた時に発見したの! ひそひ草を通して、チョコの『クエ〜』って泣き声が、お姉ちゃんっぽい声でおかしかった」
「わ、私が・・・クエ〜・・・?」
「そう、そんな感じ!」

 嬉しそうにファスがぱちぱちと拍手するが、ファーナはあまり喜べないらしく微妙に笑顔を引きつらせる。
 そんな姉妹のやりとりを背中に聞きながら、セシルはニヤリと笑ってみせる。

「おかしいと思ってたんだ。僕はリックモッドさんという人を良く知っている。あの人は守るべき王子を人質に取られるなんて迂闊なことをする人じゃない」
「いや、かなり迂闊でしたが。2、3人綺麗どころの兵士で相手させていたら、簡単に鼻の下伸ばして・・・」
「はは、ウソばっかり」
「ホントです! 大体、ひそひ草が声を変えるなんて方法知りません! 出任せです!」
「慌てるところがなお怪しいなあ」
「キィィィィィィィッ!」

 ヒステリックな声を上げるメイシーナ。
 と、テラがフン、と鼻を鳴らして呟く。

「ま、別に私はあの男が人質になろうが死のうがどうでも―――いや、むしろ有り難いが」
「テラ、それは言い過ぎじゃ・・・」
「しかし、こうなってくると実際に目に見て確かめんことには、信じることはできんな」

 テラが言うと、ヤンも腕組みをして首肯する。

「そうだな。状況を目で確かめてしまえば、信じざるを得ないしな―――セシル、もし本当に人質が取られていたらどうする?」
「リックモッドさんなら、そう言うことは絶対に無いと言い切れるけどね。ま、降参するしかないかな」

 あくまで余裕めいた調子でセシルが言うと、ようやくヒステリーの治まったらしいメイシーナが、怒鳴る。

「いいでしょう! そこまで言うのなら、実際にその目に見せつけてやります! ついてきなさい!」

 そう言って、メイシーナはくるりセシル達に背を向け、と洞窟の出口へと向かって戻る。
 その後を、トロイアの兵士達も続く。
 それらを見送り、マッシュが不安そうにセシルに尋ねる。

「なあ、本当に大丈夫なのか? あのリックモッドって人のこと、よく知らないけど、そんなに信頼できるのかよ?」
「―――僕の知っているリックモッドと言う人はね」

 セシルはにっこりと笑ってマッシュに答える。

「剣の技は荒っぽいけど、力は強くて義に厚くて仲間想い。でも少し単純で、抜けているところもあったりして、憎めない人なんだ」
「・・・・・・え・・・? それって、なんかあまり大丈夫じゃないような気が」
「うん。まあ、100%本当に人質になってるだろうね」
「はあ!? え、でも、ひそひ草は声を変えられるからって・・・それに、あの神官も慌ててたし・・・」

 マッシュが困惑していると、ファスが挙手した。

「ひそひ草が声を変えられるって、ウソだよ」
「え・・・本当なの、ファス?」

 マッシュと同じように困惑して問い返すファーナ。そんな姉に、ファスはにっこり笑って頷く。

「うん。だから、チョコの鳴き声がお姉ちゃんみたいだったっていうのもウソだから、安心して」
「安心・・・するところなのかしら、これは」
「あと、神官が慌てて居たのは、まあ予想していたことと全く正反対の展開になれば誰だって狼狽するとものだ」

 マッシュの最後の疑問にテラが答える。

「え・・・え・・・? ど、どういうことだ・・・?」

 訳が解らずに、マッシュは頭を抱える。

「やれやれ。茶番は終わり、などと言っておいて、結局は茶番か」

 とりあえず見学に徹していたらしいエニシェルがトコトコと近づいてきて呆れたように言う。

「それも、ハゲや他の仲間までグルになって」
「ハゲというなと言っておるだろう」
「え? え?」

 マッシュと同じように、ファーナも困惑して他の面々を見る。と、ファスと目が合う。

「だからね、せしるなら大丈夫ってこと」
「ええと・・・ごめんね、お姉ちゃんよく解らない―――・・・」
「まあ、こいつに付き合っていればそのウチ解ることですよ」

 ぺしぺしとセシルの頭を叩きながらロック。その手をセシルが払うと、真面目な顔でヤンが尋ねる。

「しかし、何か考えがあるようだから、お前に合わせたが、本当に大丈夫なのか?」

 ヤンの問いに、セシルは肩を竦めて苦笑する。

「100%大丈夫とは言い切れないけどね。けれど、まあなんとかなるんじゃないかな。―――ねえ?」

 セシルはファスを振り返る。
 少女はセシルと視線が合うと、にっこりと微笑んだ―――

 


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