第14章「土のクリスタル」
AD.「高嶺の花」
main character:セシル=ハーヴィ
location:磁力の洞窟
「わかりました。クリスタルはお返しします」
ファスが自分の想いを吐露して、ファーナがそれに気づかされて。
姉妹二人で泣き合って、ようやく落ち着いた頃、ファーナはセシルにそう言った。「・・・今でも私のしたことは間違っていなかったと思っています―――が、それは大切な妹を泣かしてまで貫かなければならない正義ではなかったのかもしれません」
「お姉ちゃん・・・」
「ですが、諦めたわけではありません。そのクリスタルの力は人が使って良いものではないと言うのも事実です。だから私は、いつかクリスタルの力に頼らないように、この国を変えていきたいと思います」彼女はぎゅっと、傍らのファスの身体を抱いて。
「本当は、クリスタルを奪う前にそれを考えるべきでした。国を変えることを」
「そうだね。僕もそれが良いと思う」そう言ってセシルはにっこり笑う。
ファーナはつられたように笑みを返して―――それから真剣な表情に戻る。「聞き忘れていました―――何故、貴方はクリスタルを求めるのですか?」
どうやらそこら辺の事情はファスから聞いていなかったらしい。
もしかしたら、ファスも知らないだけなのかもしれないが。
その問いに、セシルはなんと答えようか一瞬だけ考えて。「格好つけると、大切な人を救うために―――って所かな」
言ってから自分で照れる。
「まあ、まあ、それはとても素敵なことですねっ!」
・・・どうやらトロイアの聖女様は “そういう話” が好きなようだった。
輝かんばかりに表情を明るくさせて、キラキラと好奇心一杯の瞳でセシルを見つめてくる。「いや、まあそれは建前で実は巨悪を打ち倒すため―――とか」
「それで、あなたの大切な人というのはどんな人なのですか?」照れ隠しに言った建前も、彼女は聞いていなかった。
もの凄く楽しそうに詰め寄ってくる。
思わずセシルは助けを求めるために周囲を見回す―――が、テラは瞑想に戻っているし、マッシュはきょとんとしている。
ロックは当然のようにニヤニヤと笑って傍観しているし、のみならずヤンとエニシェルまで面白そうにこちらを見ている。いつもの事のような気がするが、セシルに味方は居なかった。
観念して嘆息する。「そこら辺の事も話ながら、地上に戻りませんか? 上で待っている人達も居ることだしね」
「誤魔化すなよ、セシル。正直に世界で一番ステキな美人様とか言えばいいだろ」
「うるさいよ、ロック。別に世界で一番美人ってわけでもないだろうさ。―――・・・まあ、世界で一番僕のことを愛してくれる人ではあるけれど」思わずぽろっと呟いてしまって後悔する―――した時には遅すぎた。
はっとしてみれば、ロックのニヤニヤ笑いはさらに深くなっているし、ファーナの瞳は曇りのない満月もかくやというくらいに光り輝いている。何故かファスだけが詰まらなそうに口を尖らせていたが。「ああ・・・羨ましいです。そんな堂々と惚気られるような恋人関係・・・」
うっとりとしたように呟く聖女様。
「いや惚気って・・・・・・というか、貴方こそそういう話には事かかないんじゃないですか? 言い方は少し悪いけれど、それこそ引く手数多でしょうに」
「いえ全然」
「全然?」
「はい。全くそういう話はありません。何故か男の人は、私を避けるようで・・・」困ったように苦笑するファーナに、セシルは首を傾げる。
「え、でも―――」
「馬鹿野郎ッ!」
「ぐあっ!?」いきなり横手からハイスピードの打撃が飛んできた。
その衝撃に、というよりは唐突に打撃された驚きで、セシルはその場に尻餅をつく。
殴られた頭を抑えつつ見上げると、仁王立ちでロックが立っていた。「いきなり何するんだよ!?」
「この馬鹿セシル。お前には男心というものが解らないのか!」
「お、男心・・・? 女心じゃなくて?」困惑するセシルの前で、ロックの肩に誰かがポン、と手を置く。
「よせ、ロック。この男は幼少の頃からローザ=ファレルという美人を恋人に持っていた身・・・普通の男の苦悩など解りはしないさ」
「そうか・・・ああ、そうだな! この一等一億五千万ギルの宝くじを持って生まれたような男には解らないか・・・」何故か解り合ったようなロックとヤン。
セシルはますます困惑しながら立ち上がる。「一体なんの話をして―――」
「ボディ!」
「ぐほっ!?」立ち上がった所に、ヤンの鉄拳がセシルの腹にめり込んだ。
ロックの一撃がアリに蹴られたようなものだとすれば、まるで象に踏みつぶされたかのように痛い。「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
腹を強打され、悲鳴を上げることすら出来ずに、地面に転がって悶絶するセシル。
それを静かな闘志を燃やしつつ、睥睨するヤンとロック。
ささやかな憎しみすら籠もった声で、ロックは呟く。「セシル・・・貴様には解るまい。普通の男と言うものは、美人を目の前にすると舞い上がってしまうモノなのだ!」
「そうだ! その通りだ!」
「そして、さらにはその美人との縁を夢想したりしてしまうものなのだ!(例:肩がぶつかって美人のポケットからハンカチなどが落ちて、それを素早く拾い「落としましたよ」とか爽やかに言う俺。そしてそこから始まるラブロマンス)」
「そうだ! その通りだ!」
「だが、次の瞬間には現実に引き戻される。あんな美人様と俺とじゃ釣り合いが取れない。俺なんかじゃ美人様は歯牙にもかけやしないだろう、いや俺という汚物を如何にも汚らわしそうに見るに違いないという、リアルな未来予想図!」
「そうだ! その通りだ!」
「そう、美人とは鋭い刃物でできた美しい花のようなもの・・・下手に触れて傷つくよりは、幸せな妄想をして、遠くから眺めて堪能するのが一番なんだよ・・・!」
「そうだ! その通りだ!」
「解ったか! このボケナス!」
「そうだ! その通りだ!」―――と。
一通りセシルを罵倒した後、ロックはくるりとヤンを振り返る。
見れば、ヤンは握った拳を熱く振り上げていた。「いや、ところですげえ疑問なんだけどさ。なんでアンタそんな同調してるんだよ? あそこにいる筋肉みたいにそういうの興味ないと思ってたんだが」
「筋肉とか言うなああああっ!」なんか筋肉が騒いでいるが、もちろんロックは無視した。
「フッ・・・木の股から生まれたとでも思っていたのか? 私も人の子―――いや男だ。同じ苦悩を私も感じた覚えがあるのさ・・・」
「げほっ、げほっ・・・・・・あ、あれ? でもヤンって結婚してたよね?」
「「だからどうしたッ!」」
「声とか揃えるなよ頼むから・・・」ヤンとロックから放たれる妙な迫力に気圧されるセシル。
その様子を見て、エニシェルが思案顔で呟く。「ヤとロが揃ったか・・・・・・あと、バとカが揃えば真性バカヤローズの完成だが・・・」
バ
カ
ヤン=ファン=ライデン
ロック=コール(もしくはロイド=フォレス)「あ、バならバルガスさんが居ますね」
悪気など全くない様子で、マッシュが思いついたように呟く。
******
「はっくしゅんっ!」
「む、どうしたバルガス。風邪か?」
「いや・・・ただのくしゃみだ・・・が」
「が?」
「・・・今、何故かマッシュに殺意が沸いた」バルガスの呟きに、ダンカンは満足そうに頷く。
「うむ、良い傾向だ」
「良いのかよ!?」
「良いに決まっているだろう。お前とマッシュは、いずれはワシの技を継いで貰わねばならぬ身。いつか雌雄を決して貰う日が来る。その時に、和気藹々と殴り合いされても意味がない。試合ではなく死合。殺し合うぐらいが丁度良い」うむうむと頷くダンカンに、バルガスは眉根を寄せる。
「物騒なことをつらつらと・・・まあ、言いたいことは解るがな」
「貴様は解ってもマッシュの方は解らん。あの男は、本来胃の優しい男だからな。素質は在るが、人を倒すという気迫に欠ける。戦うことはできても、殺し合うところまで足を踏み出せん」呟いて、ダンカンはにやりと笑う。
その笑みは普段の笑みのようでありながら、全く異質のモノであるような気がして、バルガスは背筋を寒くさせる。
マッシュは気がついていないだろうが、バルガスは知っていた。普段のちゃらんぽらんとした表情の下に、凄烈な獣が潜んでいることに。「バルガス」
「なんだよ」名を呼ばれ、ぶっきらぼうに返す。
胸の奥底にくすぶっている恐怖を感じ取られないように、なんでもない風を装って―――おそらくは無駄だとは思っていたが―――目を背けた。「その点お前はワシに良く似ている。生と死の狭間に、躊躇いも覚悟も必要なく踏み込める。そう言う意味ではワシの後継はお前しかおらん」
「・・・貴様の技を継ぐ気はない」
「そう、そこが問題だ。もう少しワシを尊敬せんかい」
「無理な相談だ。・・・俺は貴様を越えることしか考えてない―――俺の技と力でな」バルガスの言葉に、ダンカンは相好を崩さす、笑みを浮かべたまま声を立てて笑い出す。
「まあ、いい。今はワシの後継者の事を考えるよりも―――」
ダンカンはぐるりと周囲を見回した。
今、ダンカンとバルガスの二人がいるのは筏の上だった。
その周りは海。それ以外には空しか無く、全周囲に水平線が広がっている。「どこか陸地にたどり着かないと、跡継ぎどころの話じゃないのぅ」
「俺は反対したぞ」コツン、とバルガスは筏に拳を当てて。
「こんな筏で海を渡ろうとするなんて無理だって言っただろうが!」
「陸地が見えてたから楽勝だと思ったんじゃい! まさか潮に流されるとは・・・」
「もう今が何処にいるのかも解らない。こうなったら運良く船が通りかかってくれるのを待つしかない―――おい、何をする気だ?」いきなり立ち上がったダンカンに、バルガスは嫌な予感がして尋ねる。
「待つのは性に合わん」
言いつつ、両手を胸の前に合わせ、そして―――
オーラキャノン
バルガスの両手からほとばしる気の波動が、海面を叩く!
その反動で、筏がもの凄い勢いで発進―――いや、発射される!「のわあああああああああああああっ!?」
ロケットのような推進力で、海面を滑るというよりは、石が水切るように水の上を跳ねる筏に、悲鳴を上げながら必死でしがみつくバルガス。
ダンカンはというと、暴れる筏の上に接着されてるのではないかと思うほど、ぴたりと足を筏につけてオーラキャノンを放ち続けている。「ふははははははは。速い、速いぞッ!」
「馬鹿! やめろ! 筏が壊れる!」
「ふはははははははははははははははははははははははは!」聞いていない。
光線を噴き出しつつ、筏は跳ねながら、笑い声とともに水平線の彼方へと消えていく。ちなみに。
10分くらいたった後、バルガスの言葉通りに筏は崩壊した。
「ううむ、失敗失敗」
「ばかやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
******
「ううむ、後は “カ” だけか。セシル、誰かおらんか?」
「え、僕?」エニシェルに問われて、ようやくボディーブローから回復したセシルは、半身を起こしながら反射的に親友の名前を思い浮かべていた。
(・・・カイン。なんて言ったら怒られるだろうなー)
「え、ええと思いつかないかな」
「ならカイン=ハイウィンドで良いか」
「って、思いついてるならわざわざ僕に聞くなよ!?」
「よしっ、これで真性バカヤローズの完成!」バルガス
カイン=ハイウィンド
ヤン=ファン=ライデン
ロック=コール(もしくはロイド=フォレス)「・・・そういうこと考えて、楽しい?」
「割と」
「まあ、楽しんでるならいいけど」はあ、とセシルは嘆息。
と、その頭を殴られる。「痛っ!?」
「聞いているのか、セシル!」ヤンだった。
彼はもの凄く真剣な顔をしている。「な、なんだよ、ヤン・・・?」
「実はな」ヤンは地面に座り込んでいるセシルの目線に合わせるように、しゃがみ込む。
「ウチの家内もあれで昔は美人でな」
「はあ・・・」ホーリン=ライデン。
ファブールで世話になった、ヤンの奥さんを思い出す。
恰幅の良い体型と性格をしていて、何故かローザが崇拝していた。「今はあれだが、昔は私と同じく修行僧で、スタイルも良かった。あまりの美しさに、あれの前に出るだけで緊張して何も喋れなくなったくらいだ」
「はあ・・・」
「それで、どうやってプロポーズしたのですか?」いつの間にか、セシルの隣りに並ぶようにしてしゃがみ込んだファーナが興味津々に尋ねる。
うむ、とヤンは頷いて。「口が出ないので、拳を出した」
「「は?」」
「全力で殴り倒した」
「待て」
「・・・こうして目を閉じれば思い出す・・・殴り合った後、夕焼けで真っ赤に染まった河原に二人で寝っ転がったあの思い出」
「それは愛情じゃなくて友情の育て方だ!」
「似たようなものだ」
「明らかに違うだろ!?」喚くセシルに、ヤンはフッ、笑いを含む。
「やはりセシルには理解できないか・・・・・なあ、ロック」
「いや。俺もアンタに同意したくないんだが」
「何故だ!?」
「何故とか聞くな! つーか、美人を殴るのは重犯罪だ! それが顔だったりしたら死刑だ!」
「安心しろ。血を吐くくらい腹を殴っただけだ」
「最悪だあああああああああっ!」今度はロックが喚き出す。
そんなロックに同意するように、他の面々もうんうんと頷いていた。「お前、美人というかそもそも女の子を殴っちゃいけないとか学校で習わなかったのか!?」
「待て、さては誤解しているだろう!? 言っておくが、あれはとてつもなく強いんだぞ!? 殴り合いするハメになったのも、そもそもモンク僧長の座を争ったからで―――私だってあの時は半死半生の・・・」
「うるさーいっ! 理由がなんであれ、女殴る男は最低だッ。それが美人なら尚更だっ!」
「話を聞け! 私だって本当は戦いたく無かったのだが、あれがどうしても引かないから―――」
「ヤン」なにやら言い訳しようとするヤンの背中を、ポン、とセシルが叩いた。
「・・・・・・責任は、取らなきゃな」
「それ、家内にも同じ事言われたが」
「ていうか結局、美人様と結婚したって言う自慢話じゃねえか! 俺を羨ましがらせ殺す気か!?」ロックは地団駄踏んで周囲を見回す。
セシル、ヤン、マッシュの順に視線を移して頭を抱える。「駄目だ! セシルは美人が恋人だし、ヤンの旦那は元美人が奥さん。筋肉に至っては、アイツの弟だしなあ・・・」
「だから筋肉って言うなあああああっ!」
「・・・・・・うるさいのう。もう少し静かにならんか・・・?」迷惑そうな声。
振り返れば、瞑想していたテラが立ち上がるところだった。
それを見て、ロックはぱああああっ、と表情を輝かせる。「じーさん! アンタなら大丈夫だよな! 俺を裏切らないよな!? 仲間だよなあっ!」
「ちなみに私の妻は村一番の美人だったと評判でな?」
「ぐおおおっ!? くっそぅ、皆様方お幸せで宜しゅうござんすね!」
「娘もこれまた妻の血を色濃く引いて、美人と村中評判で」
「何!? 娘!? お父さん、娘さんを僕にくださ―――ぐえっ!?」
「おいっ、馬鹿!」セシルがロックの襟首を掴んで思い切り引くが、遅すぎた。
テラは苦笑いして首を横に振る。「死んだよ。恋人を守ろうとして、な」
「あ・・・・・・」言われて―――ロックは思い出す。
テラが今ここにいる理由。戦う意味がそれであるのだと。「・・・悪い。調子に乗りすぎた」
冷や水をかけられたように、ロックのテンションが下がる。
事情をよく知らないヤンやマッシュ、それから姉妹は、解らないなりにロックの様子に重い雰囲気を感じ取って、困惑している。
だが、テラは怒るでもなく、苦笑したまま。「気にしておらんよ。悪気があったとは思わんし、なによりも話を振ったのは私の方だ」
言いながら、テラ自身不思議な気持ちだった。
娘のアンナが死んでから、娘のことを思い出すのは辛かった。それでも毎晩のように夢に見ては、否が応でも失った悲しみと奪われた憎しみを思い返していた。
だが、今のロックとの冗談のやりとりでは、娘の事が自然と口をついて出た。
怒りも、悲しみも、憎しみもなく、ただの懐かしい思い出として娘の事を思い出すことができた。(アンナを失った悲しみが薄れてきているのか・・・・・・?)
そう思い、しかし否定する。
娘が失われたその時の事を思い返すだけで、胸を締め付けるような痛みを感じる。それは娘を失ったその瞬間から、未だ変ることはない。
だが、その一方で穏やかな気持ちで娘の事を思い返すことができるようになったのは。テラは申し訳なさそうに気落ちしているロックを見る。そんな彼を、呆れたように小突くセシルを見る。他の面々は事情を知らない、がこちらを気遣っているのを感じられる。
(・・・仲間、か)
共に戦う仲間がいてくれる。
そのことが、テラに穏やかな気持ちを取り戻してくれたのかもしれない―――