第14章「土のクリスタル」
AB.「符丁」
main character:セシル=ハーヴィ
location:磁力の洞窟

 

 

 

「うっわー・・・・・・」

 壁にめり込むほど強烈に叩き付けられた、スカルミリョーネを見上げてロックは、感嘆とも畏怖ともつかない呻き声を上げた。
 後ろから見ていても、ヤンの烈火の如き連撃は、その苛烈さとは正反対に、凍り付くほどの寒気を感じさせるほどに怖ろしい。
 つまり、それほどまでに、ヤンの怒りが激しかったと言うことなのだが。

 そのヤンは、もうスカルミリョーネの方を見向きもしない。
 全力を出し切って疲れたのか、その場にうずくまったまま、誰かの名前をいくつも呟いている。
 ロックは事情を知らなかったが、それはホブス山で失われたヤンの弟子達だった。

(・・・・・・皆、仇は取ったぞ・・・・・・)

 本当の仇―――ホブス山で弟子達を屠ったルビカンテという炎の魔神はまだ倒せていない。一度は追いつめたが、それもセシルとバッツによるものだった。
 だが、ヤンは気がついていた。
 確かに弟子達を殺したのはルビカンテだが、その遺体に負の命を注ぎ込み、アンデッドとしたのはこのスカルミリョーネだと。
 二人の弟子の死体を動かし、ファブールではそれに引っかかり、ヤンは城門を開いて城を窮地に追い込んでしまった。

 二人だけではなく、他の弟子達もスカルミリョーネのゾンビとして使われているのだろう。
 最早、見分けなどつかないが、おそらくはヤンが吹っ飛ばしたゾンビの群れの中にも、彼の弟子達の成り果てた姿があったのだろう。

「こりゃあ・・・死んでるよなー」

 僅かに声を震わせつつ、ロックが言う。
 何かを含むようにセシルがロックに声をかける。ロックの横に並んだセシルは、手にライトブリンガーを下げた聖騎士のままだった。

「声が震えてるよ―――トレジャーハンター様ともあろうものが怯えるほど、ヤンの怒りは凄かったということかい?」
「ば、馬鹿なこというなよな。いっておくが、トレジャーハンターってのは臆病なくらいが丁度良いんだぞ!」
「・・・それ、自分が臆病だって言ってるんだけど」
「まあ、そうとも言うかも知れない」

 多少はひねくれながらも、ロックは認める。
 セシルはロックの事を臆病者とは思ってはいない。本当に臆病者だとしたら、こんな所には居ないだろうし、なにより危機を感じたら真っ先に逃げ出しているだろう。だが、試練の山でセフィロスに出会った時も、ダークエルフに追いつめられた時も、彼は逃げなかった。

 つまり、ロックの言うとおり『トレジャーハンターは臆病なくらいが丁度良い』ということなのだろう。
 彼の潜るダンジョンが、どういうものかはセシルには想像できないが、きっと色んな罠があって、1つ石に躓いただけでも死んでしまうような、そんな場所に違いない。そんな死地を探索するのに、身の丈の合わない勇気は逆に命を縮めてしまう。

(まあ・・・そんなこと、どんなことだってそうなのかもしれないけれど)

 セシルのような騎士だって同じだ。
 自分の力を省みず、強者に立ち向かうことは勇気とは呼べない。ただの無謀だ。
 だが、自分の力を知りながらも、それでも強者に立ち向かはなければならない時に、逃げ出さないことは勇気と呼べるのかもしれない。結局、逃げることの無かったロックのように。

 そんなことを思いつつ、セシルは壁にめり込んだスカルミリョーネの身体を見上げる。
 ヤンに蹴り飛ばされたその身体は、セシルやロックが見上げなければならない位置にあった。

「死んでる・・・か」
「え?」
「そう決めつけるのはまだ早いんじゃないか?」

 セシルの言葉に、ヤンが顔を上げる。ロックがどういう事か聞き返そうとして。

 ぱら・・・・・・

 なにかが上から降ってきた。
 砂がこぼれ落ちたのだと、ロックは気がついて見上げると―――

 ぱら・・・ぱら・・・・・・

「あ、落ちる―――」

 ロックの呟き通り、壁からスカルミリョーネの身体がめくれ―――重力に従って、落下する。
 思わずロックは飛び退くが、セシルは一歩も動かない。ただ、冷たい目をスカルミリョーネの死体に向けている。

 そんなセシルの脇から、ロックは死体を覗き込むが、ローブの殆どが砕け散り、下から貧相に痩せこけた老人のような身体が見えるが、ピクリとも動く気配はない。
 耳を澄ましてみるが、呼吸音も聞こえない。

「・・・死んでるって、絶対」
「そうかもね」

 言いつつ、セシルはおもむろにライトブリンガーを振り上げると、スカルミリョーネの身体に突き刺す。それを見てロックが声を上げた。

「お、おい!?」

 敵とはいえ、人として遺体を串刺しにするのはどうなのかと、真っ当な倫理感から思わず制止の声を上げる―――が、セシルは淡々と。

「ホブス山でこいつは1回倒してる。身体を両断してね」
「りょーだん・・・・・・って、死んでるだろそれ! なんで生きてるんだよ!?」
「さあ? ともあれ、この程度じゃ死んでも生き返るかもしれない。だから―――」

 セシルは呟くと、短く呟く。

「エニシェル」

 その名前を呼ぶだけで、意志は伝わったらしい。
 剣から “人使いが荒い” とでも言いたげな嘆息の気配が伝わってきて―――無論、剣は吐息などしないが―――セシルは苦笑。と、同時にライトブリンガーが突き刺さったスカルミリョーネの屍が燃え上がる。

 燃え上がる死体。焼ける肉の匂い。
 それを気分悪そうな顔で、しかし目を反らさずに見つめたままのロックへと向き直ると、セシルはそのジャケットを掴んだ。

「ぬあ?」

 いきなり服を掴まれて、ロックは変な声を上げる。
 構わず、セシルはロックのジャケットの内側に素早く手を入れると、その内ポケットから、ひそひ草を取りだした。
 何も言わないまま、それを火の中へとくべる。

「あーあ、何やってるんだよ、ロック。駄目じゃないか」
「は?」

 セシルの行動の意味がわからず、ロックは呆然として燃え尽きる草を見る。
 ややあって。

「って、なんだそりゃあ!?」
「なんちゃって」
「なんちゃってじゃねえーっ! なんで草燃やしたのが俺のせいになるんだよ!?」
「気にするなよ」
「気にするよ! 後で怒られたらどうするんだ! 俺はお前がやったって正直に言うからな!」

 激昂するロックに、ふふっ、とセシルは涼しく笑い返す。

「果たしてそれを他の人達が信じるかな」
「こ、この野郎・・・」
「―――冗談はこのくらいにして」

 と、セシルはコホンと咳払いして。

「燃やしたからって怒られることはないだろうさ。―――殺されるかも知れないけど」
「ころ・・・っ!? ・・・どういう意味だ、それ」

 いきなり出てきた物騒な単語に、ロックは困惑する。
 セシルはそれには答えずに、手にしていた剣を放す―――と、宙で掻き消え、代わりにセシルの傍らで軽い爆発音と共に、エニシェルが現れる。ライトブリンガーが消えた瞬間に、セシルの纏っていた白い鎧は消え、洞窟に入った時と同じ軽装に戻ったが、エニシェルは白い肌と白いミニドレスのままだった。

 少女の姿をした魔剣に、セシルは微笑みかける。

「ご苦労様」
「本当にご苦労様じゃ。妾のような格の高い剣を死体に突っ込むとは―――それで?」
「うん?」

 首を傾げるセシルに、エニシェルはロックを指さして。

「そやつの疑問に答えておらんじゃろう。―――地上にいる連中と、一戦交えるつもりか?」
「へ!?」

 思っても見なかったのだろう、エニシェルの言葉に、ロックは声を上げる。

「ちょっと待てよ! 地上にいるのってトロイアの奴らだろ? 味方じゃないのかよ!」
「クリスタルを手に入れるまでは味方だったろうね―――スカルミリョーネと同じく」

 セシルはすでに燃え尽きて、灰になってしまったスカルミリョーネの残骸を冷たく見下ろす。

「クリスタルをアストスから奪い返した以上、共同戦線を張る必要もない」
「ちょっと待てよ」

 ロックはセシルが見下ろす、灰を指さして、

「こいつは元々敵だったけど、トロイアは―――」
「・・・味方ではありません」

 ロックの言葉を遮り、静かな―――それでいて凛とした女性の声が洞窟内に響く。
 振り返れば、ファーナがクリスタルを両手で包み込むようにして持っていた。その傍らでは、ファスが姉の服の裾を小さく、しかしぎゅっとしっかりとつまんでいる。

「事情は簡単にファスから聞きました。このクリスタルを追って、あなた方はここまで来たのですね」

 セシルは頷く。
 すると、ファーナは厳しい表情でセシルを見つめ。

「あなた方が、このクリスタルをトロイアヘ戻すというのなら、私はこれを渡せません」
「理由を聞かせて頂けますね?」

 予め、ファーナがそう言うことを予測していたのだろう。
 セシルが落ち着いた様子で尋ねると、ファーナは小さく頷いた。

「この国の・・・建国の伝説を知っていますか?」
「荒れ地が、一晩にして緑溢れる豊穣の地になったという伝説ですね」
「はい。私達、トロイアを治める神官は、それを神の恵みであると伝えてきましたが、実はそれが―――」
「―――そのクリスタルの力によるものだった、と」

 セシルが言うと、ファーナは驚いたように目を見開く。

「そこまでご存じなのですか」
「いいえ、ただの推測です。・・・ただ、貴女のような人が自分の国を裏切るからには、それなりの理由があったのだろうと思っただけです―――例えば先に裏切られていた、とかね」
「私はあなたの名前も知りません。だというのに、どうしてあなたは私の事をお解りになるのですか?」
「貴女の人となりは、ギルバート王子から聞いています。それに、ファスがそれだけ信頼している人だ。少なくとも、悪い人ではないと思っていましたよ」

 セシルはファーナの後ろにちょこんと控えるファスを見やる。
 ファーナもつられて妹を振り返る、と、照れた様にファスは顔を俯かせた。

「おい、セシル」

 後ろから名前を囁かれて、セシルはそちらに顔を向ける。
 ロックは何故か声を潜め、ちょっと不機嫌そうにセシルを睨んだ。

「お前、なに美人様と優雅にお喋りしてるんだよ。ずるいぞ」
「・・・なんだその美人様って。別に優雅にお喋りしてるワケじゃなくて、単に事実の確認を・・・」
「優雅だろうが。なんか口調まで変ってるし! このスケコマシ」
「誰がスケコマシだ! そんなに話したければ、話せばいいだろ!」
「話題がねえんだよ! 友達だったら、そこら辺気を利かせて、自己紹介くらい振れよ!」
「・・・・・・何時の間に友達になったのかなあ・・・」

 ぼやきつつ、確かに自己紹介もしていなかった事に気がついて、セシルはファーナに向き直る。

「そう言えば自己紹介がまだでしたね。僕はセシル=ハーヴィ。バロンの―――騎士です」

 流石にまだ自分のことを王と名乗る気にはなれなかった。

「まあ。ご高名はかねがね。私はファーナ=エルラメント。トロイアを統べる八神官の1人―――でした、とつけるべきでしょうか?」
「さあ? まだ貴女がクリスタルを奪い去ったことは公にはなっていませんから。名前も抹消されてはないはずですよ。それで、こっちが―――」
「ロック! ロック=コールですっ! よろしくです!」
「ロック様ですか。こちらこそ、よろしくお願いします・・・」
「は、はひっ!」
「・・・なんか、妙なテンションだなあ。君こそ口調がオカシイじゃないか」

 「よろしくお願いします」と、ファーナに微笑みかけられて、顔を真っ赤にしたままぽーっとするロックに、セシルが呆れたように言う。

「うっせえ! 美人様に名前を様付けで呼ばれた上に微笑みかけられたら、誰だってこうなるんだよッ! つうか、お前なんでそんな冷静なんだよ!? さては特殊な神経の持ち主だな!? 俺に惚れるなよ!?」
「なんで君に惚れなきゃいけないんだよ、気色悪い!」
「だったら美人様に跪け! 崇めたてろー!」
「いや、もう本当にわけわからないから」
「はっはっはっはっは! セシルには元々美しい恋人が居るからな。免疫というものが出来ているのだろう」

 などと愉快そうに笑ったのはヤンだった。
 その言葉に、ロックは「ほほう」と頷いて。

「あー、ローザ=ファレルか。バロンで飛空艇整備やってた時に見かけたことあるなあ。遠目からだったけど、確かにあれは美人様だった」
「お、おねえちゃんの方が美人だもん!」
「こら、ファス」

 ロックの言葉に反応して、ファスが叫ぶ。美人美人と言われて恥ずかしいのか、そんなファスをファーナが頬を染めながら窘める。

「む。確かにどっちも甲乙つけがたい美人様だな。これはアレだな、最強美人様決定戦とかやるべきだよな。ほら、ガストラの女将軍とかも含めて」
「最強美人様・・・それ、間違いなくセリス将軍が優勝すると思うけど」

 誰が美人かはともかくとして、戦闘力が一番強いのはセリスだろう。
 ローザの “白魔法” が炸裂すればどうなるか解らないが。
 だが、そんなセシルの呟きも耳に届かず、ロックはさらにぶつぶつと呟く。

「しかしアレだな三人だけじゃ寂しいから、ここは謎の美人モドキ、ルシセ=イヴーハをエントリー―――いやごめん嘘冗談だから握り拳固めないでプリーズ!」

 にっこり笑った笑顔で拳をぎゅぎゅっと音が響くほどに握り込むセシルに、身の危険を感じてロックは後ずさる。

「ルシセとは?」
「ヤンは知らなくていいことだよ」
「う、うむ・・・」

 疑問を呟いたヤンは、セシルの迫力に押されて押し黙る。
 そんなセシルの威圧感に、場が静まりかえる。

「・・・ところで、そんなことよりも話を進めた方が良くないか?」

 沈黙を打ち破ったのはマッシュだった。
 彼は、先程セシルとヤンがアンデッドの群れを蹴散らした時から、似合わない思案顔で言う。

「このまま洞窟の中にいるわけにも行かないだろ?」
「うっわ、筋肉に諭された!?」
「筋肉とか言うな! ・・・ていうか、さっきの話。奇跡だとか裏切っただとか、よく解らないんだが」
「ああ、良かった。やっぱり筋肉は筋肉だ」

 ほっと胸を撫で下ろすロックを、マッシュが睨付ける。
 その視線を受け流し、ロックは答えた。

「さっきの話を要約するとだ。そこの美人様は―――」
「あの、ちゃんと名前を呼んで頂けますか?」
「―――ファーナさんは、トロイアが豊かになったのが、神の恩恵じゃなくて、クリスタルの力によるものだった事がムカついて、クリスタルを奪ってこの洞窟まで逃げ出したってことだ」
「ムカついてって・・・・・・その・・・まあ、その通りですけど」

 ロックの言い方に、ファーナは苦笑い。否定しきれなかったのは、或る意味的確だと思ってしまったからだった。

「むう。そういうことだったのか」
「って、ヤン。あんたも解ってなかったのか?」
「あんなやりとりだけで解る方がどうかしている」
「解らんのは脳味噌にまで筋肉が詰まってるようなハゲだけじゃ」
「ぬおっ! 貴様、いい加減にしつこいぞ! 大体、何度も言うが私はハゲでは―――」
「ちょんまげハゲ」
「ぬ、ぬうううおおおおおおおおおおっ!」

 どたはたどたばた。

 いつも通りに始まる、ヤンとエニシェルの追いかけっこを、セシルとロックは呆れた様子で眺める。
 と、ロックはマッシュが首を捻っているのに気がついた。

「・・・・・・?」
「なんだよマッシュ、まだ解らないのかよ?」
「いや、ファーナがクリスタルを奪ったのは解った。だけど、なんでクリスタルを奪ったんだ?」
「だから、神官が嘘を吐いていたからだっての」
「けど、神の恩恵だろうが、クリスタルの力だろうが、国が豊かになったのは同じだろう。だったら、別に良いじゃないか―――むしろ、トロイアにとっては、そんなクリスタルを奪ったファーナの方が悪人だろう」

 正論だった。
 言われてファーナは落ち込んだように顔を伏せ、そんな姉を慰めるようにファスが抱きつく。

「この馬鹿!」

 ロックがたったったと、マッシュに駆け寄ってチョップ。マッシュはそれを受け止めて、

「なんだよ? 別に間違っちゃ居ないだろ?」
「間違っちゃいないが、間違ってるだろが!」
「なんだそりゃ!? もうちょっと解るように説明しろー!」
「まあまあ、二人とも、落ち着いて」

 ロックとマッシュの間に、セシルが入って宥める。

「マッシュ、君の言うことは正しいよ。トロイアという国からしてみれば、ファーナのやったことはこの上ない裏切りだ―――けれど、僕には彼女の気持ちも解る。何故なら、僕も同じだから」
「同じ・・・?」
「君も知っているだろう。僕もバロンを裏切って、ファブールの味方をして、城を落とした―――バロンから見れば、僕だって裏切り者だ」
「だけどそれは、王様が偽物だったから・・・・・・だから、セシルがやったことは正しい事だろう!」

 マッシュの言葉に、セシルは頷いて。

「結果だけ見ればね。でも、それは “神の恵み” が偽物だった、このトロイアでも言える事じゃないかな?」
「それは―――いや、しかし・・・・・・」
「裏切りは裏切りを連鎖する。彼女は最初にトロイアという国に裏切られていた―――だから、裏切るしかなかった・・・それを解ってはくれないか?」
「・・・・・・」

 マッシュはしばらく考え込んでいたようだったが。
 やがて、落ち込んでいるファーナに近づくと頭を下げた。

「正直、まだ納得行ったわけじゃないが・・・だが、あんたを傷つけてしまったことは謝る。すまなかった」

 マッシュの謝罪に、ファーナは暗い顔を上げて―――小さく微笑む。

「いいえ。あなたの言ったことは事実です。あなたの言い分が正しいのでしょう―――ですが、私には耐えられなかった」

 哀しそうに目を伏せて、彼女は語り始める。

「母の後を継いで、神官になった時に初めて知ったこと。それが、このトロイアの豊穣の大地は神の恵みではなく、クリスタルの力によるものだということ―――伝説は一部偽りで、隣のファイブルから来た人間が、クリスタルから力を引き出す方法を伝え、それによってトロイアは緑豊かな国となったのだと」
「貴女はそれを神への裏切りだと感じた」
「はい。神のみならず、荒野を一生懸命耕して、緑を育もうとした偉大なる母、マリア様の御心にも背くものだと」

 野ばらの聖女マリア。
 その話は、トロイアについた時にファスから話を聞いた。
 その時のファスの熱の入った語りから推察していたが、どうやらファーナの信仰心の土台には、マリアの偉業があるようだった。

「だから私はクリスタルを奪い、導かれるようにしてこの洞窟にたどり着いたのです」
「導かれる?」
「逃げていた時は無我夢中でしたが、この洞窟にたどり着いて、アストスと出会ったのは偶然とは思えません―――もしかしたら神が導いてくれたのかもしれません」

(それはどうなんだろうなあ)

 信仰心の欠片もないセシルには、ファーナの思考は少し理解できなかった。
 だが、そういうものなのだろうと、考えないことにする。

「しかし、神の導きだとしたら、随分とひねくれた神様だよな。よりによってダークエルフのトコに導かなくてもいいだろうに」

 おそらくロックも信仰心など無いのだろう。そんな事を言うロックに、ファスはキッと睨み、ファーナは苦笑。

「いいえ。きっとその時の私の想いをくみ取ってくれたのでしょう。あの時の私は他人を信じることが出来ませんでしたから」

 ―――人が・・・信用できなかったから・・・

 死に行くアストスの疑問に答えたファーナの呟きを、セシルは思い出していた。

(神への信仰心故に国を裏切り、人が信じられないのだとしたら・・・・・・それは、哀しいことなんじゃないのか?)

 ふと、1人の男の顔が頭に浮かんだ。
 セシルを育ててくれた、 “神父” という通り名しか知らない老人。
 彼も何かを信じて、そして人と関わり合うことを避けて、バロンの路地裏でひっそりと暮らしていた。

 もしかしたら、 “神父” とファーナは似ているのかも知れない。
 そんなことを考えて―――気がついてしまった。

(ああ、そうか)

 ファーナの傍に寄り添う少女。
 それに、銀髪の少年の影が重なって、セシルは軽い目眩を覚えた。

(僕はファスに、自分の昔を重ねていたのか。だから、こんなに気に掛かる・・・・・・)

 妙に符丁が重なる。
 バロンを裏切ったセシルと、トロイアを裏切ったファーナ。
 人を寄せ付けなかった “神父” と、人を信じられなくなったファーナ。
 そんな二人に寄り添う幼いセシルとファスは、それぞれの庇護者が失われると、強く在ることを己に課した。

 そんなに状況が似通っているわけではないが、ここまで符合すると気分が悪くなってくる。
 神様の導きだとしたら、それこそ神というのはひねくれ者だと思わざるを得ない。

「どうしたの、せしる?」

 下からの声に、セシルははっとする。
 見れば、心配そうな顔をしたファスが、こちらを見上げていた。
 どんな表情をしていたのだろう、と疑問に思ったが、問うことは止めた。代わりに、にこりと笑ってみせる。

「なんでもな―――」
「にゃあああっ!?」「おわっ!?」

 なんでもない、と言いかけたところで、なんでもなくない悲鳴が聞こえた。
 振り返ると、ずっと瞑想していたテラにエニシェルが抱きつくような格好で転がっている。どうやら、まだヤンと追いかけっこを続けていたエニシェルが、瞑想中のテラとぶつかって転んだようだ。

「何をしとるか貴様ら」

 もの凄く不機嫌そうな顔でテラが唸る。

「妾は悪くないぞ! 言っておくがこのハゲが・・・」
「ふう、駄目だぞ、エニシェル。はしゃぎ回って人様に迷惑かけちゃ。さ、謝りなさい」
「ぬお! このハゲ、なんだその日曜日に子供と遊びに出かけた家族サービス中のパパさん的な口調はーっ! 至極むかつくーっ!」
「どうでも良いが、とっとと退け」

 ぎゃあぎゃあ、騒がしい仲間達に、ファーナとファスはくすくすと忍び笑いを漏らす。
 ロックとマッシュは遠慮無く声を上げて笑っていた。

(・・・やれやれ、ロクに感傷にも浸れない)

 そんなことを心の中で呟き、セシルも苦笑を禁じ得なかった―――

 


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