第14章「土のクリスタル」
AA.「怒りの風神」
main character:ヤン=ファン=ライデン
location:磁力の洞窟

 

 ライトブリンガーの光が消え去った時、ダークドラゴンの姿は消え去っていた。
 ヤンの傍に落ちた尻尾の先も、黒煙のような黒い粒子となって消え去る。

 代わりに、ダークエルフの姿に戻ったアストスが、倒れ伏していた。
 ドラゴンに変身する前と同じように、全身が炎で醜く焼けただれている。

「―――ぐ・・・馬鹿な・・・この私が人間如きに・・・」
「人間じゃない」

 悔しそうに呻くアストスに、セシルは告げる。

「 “これ” は世界の力だ。世界が始まる前の世界の力と、今の世界の力―――人間には不相応な力だ」

 セシルの言葉にアストスは一瞬息を止めて―――そして苦しそうに笑みを浮かべる。

「クク・・・ハ―――確かに。確かに私は運が悪かったらしい。クラウンと水晶の目があれば、まだ話はわからなかっただろうが、な」

 笑い、ゼイゼイと苦しそうに息をつきながら、アストスは力無く立ち上がろうとする。
 それから、聖騎士の鎧を身に纏ったセシルを見つめ、問う。

「・・・何故、一思いにとどめをささなかった? 聖騎士の力ならば、私をそのまま消滅させることも可能だったろうに。それともなぶりものにでもするつもりか?」
「―――1つ、聞きたいことがあった」

 セシルはアストスから視線を外し、石像となったファーナを振り返る。

「彼女を石像にした理由はなんだ? そもそも、どうして彼女はここにいる?」

 セシルの問いに、アストスは答えようとして―――首を小さく横に振る。

「それは本人に聞け」

 そう言って、力無く腕を持ち上げると、パチン、と小さく指を鳴らす。その途端。

「お姉ちゃん!」

 ファスの叫び、そして、なにかが倒れる音。
 振り返れば、ファーナの石化が解けてその場に倒れ、そこにファスが駆け寄ったところだった。

「石化を解いた!? そんなことをすれば―――」

 石化したファーナの身体に刻まれた、幾つものの深い傷を思い出す。
 テラは、もしも石化が解かれれば、ファーナは即死してしまうだろうと言っていた。

「アストス、貴様ッ!」

 セシルは怒りと共にアストスへ向き直る―――が。

「・・・・・・ファ・・・ス・・・?」

 か細い女性の声に、セシルは振り上げた剣を止めた。

「え・・・?」

 もう一度振り返る。
 テラの見立てが本当なら、石化が解かれた瞬間に声を上げる間もなく即死するはずだ。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「どうして、ファスが・・・?」

 泣きじゃくり、倒れた姉にすがりつくファス。
 そんなファスを、弱々しくではあるが、ファーナは驚いた表情を浮かべ、片手で胸の上のクリスタルを支え、もう片方の腕でファスを抱き返していた。
 弱ってはいるが、今すぐ死んでしまうようには見えない。

「ああ・・・・・・やっぱり、さっき聞こえたのはファスの・・・」

 呟いて、彼女は微笑みを浮かべる。
 石化していた時にも思ったが、美しい女性だった。石化を解かれて、その美しさも眩しいばかりに輝いている。
 ローザが真昼の太陽のような、元気溢れる美しさとすれば、ファーナは月のような清楚な美しさだとセシルは思った。・・・・・・いや、ローザだって、大人しく黙っていれば、月の女神もかくやというような、清楚な美女なのだが。

(・・・どうにもローザは『セシルセシルー!』って叫んでる顔しか思い出せないしなあ)

 そのお陰で長い間、ローザの美しさに気づかなかったセシルは、苦笑する。

「ふっ・・・私が最後のあがきで、あの娘を殺すと思ったか?」

 アストスの声に、セシルはダークエルフを振り返る。
 振り上げていた剣を、下に下げて疑問を問う。

「しかし何故・・・石化したから辛うじて生き延びていたんじゃなかったのか?」
「石化魔法に少し細工した。自然治癒を高めるリジェネの魔法を織り込んだのだ。・・・私が回復魔法を使えれば話は早かったのだが、生憎とあの傷を回復させるような魔法は使えなかったのでな」

 ゼイゼイ、と苦しそうに息をつきながらアストスは呟く。

「・・・何故、そこまでして彼女を助けようとした・・・?」
「・・・その疑問と似たような疑問があったからだ」
「疑問?」
「そう。何故、あの娘は―――」
「や、やあああああああああああああああっ!?」

 悲鳴。
 セシルが悲鳴を振り返ると、ファスとファーナを数体の白い影が取り囲んでいた。
 それは人の姿をしていたが、明らかに人ではない。何故なら、それらには骨だけで、肉が付いていなかった。

「スケルトンだと!? アンデッドがなんで―――」

 はっとして、セシルはスカルミリョーネを振り返る。
 見れば、スカルミリョーネは愉快そうにローブを揺らし、笑っていた。

「フシュルルルル・・・・・・ダークエルフさえ倒してしまえば、もはや共同戦線を組む必要もない―――さあ、スカルジャー達よ! その女共を殺し、クリスタルを奪え!」

 スカルミリョーネの号令に従って、スケルトンの上位種であるスカルジャーたちは、一斉に手にした鋼の剣を振り上げる。
 そして、それをファスとファーナに向かって振り下ろす!

「くそっ!」

 セシルが剣を向けるが、間に合う距離とタイミングではないと絶望的なほど解っていた。

「お姉ちゃん!」

 ファスがファーナを庇うようにして覆い被さる。
 そこに振り下ろされる、幾本ものの剣。

 ざしゅっ! ざしゅざしゅざしゅざしゅっ!

 次の瞬間、肉を貫き、引き裂く音が響き渡った。

「うくっ・・・お姉ちゃん・・・・・・?」

 死を覚悟して、ファスは硬く目を閉じていた―――が、いつまで経っても剣が自分の身に降りかかってこない。
 それとも、痛みを感じる間もなく死んでしまったのかと思っていると。

「アストスッ!?」

 姉の―――ファーナの悲鳴が聞こえて、ファスは目を開けて顔を上げる。
 そこにはファスとファーナを庇うようにして立つアストスの姿があった。アストスの身体は鋼の剣に貫かれている。
 アストスが最後の魔力を振り絞り、デジョンで間に割り込んだのだ。

「が・・・はぁっ」

 ずぶ、と。アストスの身体に突き刺さった剣が引き抜かれ、ダークエルフの身体はその場に崩れ落ちる。
 ファーナは力を振り絞り、ファスの身体を押しのけて、アストスを抱き止めた。ころん、と胸からクリスタルがこぼれ落ちるが、彼女は全く気にしなかった。
 彼女は涙を流しながら、アストスに向かって叫ぶ。

「なぜっ!? どうして貴方が私を庇うの!?」

 ファーナは自分傍に転げ落ちたクリスタルを見て、嘆くように言う。

「クリスタルの力が消えてる・・・私は、貴方を裏切ってしまったのでしょう!? それなのにどうして!?」
「 “何故” は・・・こっちのほうだ・・・・・・」

 ファーナに答えるアストスの声は、もう聞き取れないほどか細かった。
 そんなアストスの口元に、ファーナは耳を近づける。

「聞いていなかったな・・・・・・どうしてお前はクリスタルを奪い、私を呼び覚ました・・・? 人間のくせに、何故、私を助けるような真似を――――――」

 それがアストスの疑問だった。
 そして、小細工をしてまでファーナを生き長らえさせた理由でもある。

「人が・・・信用できなかったから」

 アストスの問いに、ファーナは呟いた。

「クリスタルのような強大な力があれば、人はそれに頼ってしまう。事実、トロイアは今までそうやって発展してきた。だから、人間ではない―――妖精である貴方に託そうと思った・・・」
「ふん・・・馬鹿な女だ。クリスタルの力を使って、私が人間を滅ぼそうとするとは考えなかったのか?」
「それでも、仮にもエルフなら、自然を壊しはしないでしょう? 人を滅ぼすのならば滅ぼせばいい、分を超えた力に頼ってまで、大地を歪めてまで、繁栄させようとはマリア様も望みはしなかったでしょうとも!」

 そんなファーナの言葉に納得したのかは解らないが―――
 ダークエルフの王は、薄く笑みを浮かべたまま―――息を引き取った。

「アストスッ・・・・・・ごめんなさい、アストス・・・私は結局貴方を巻き込んで殺してしまっただけ―――」

 血に汚れるのも構わずに、ファーナはアストスの身体を抱き止める。
 そこに、醜悪な笑い声が高鳴る。

「フシュルルルルル―――元々、対ダークエルフに考えていたスカルジャー達だったが、それでとどめをさせたのならば無駄ではなかったな。―――では、今度こそ死んでクリスタルを―――」
「させるかーっ!」

 ライトブリンガー

 ライトブリンガーから放たれた光の波動が、ファスとファーナを取り囲んでいたスカルジャーたちを一瞬でかき消した。

「スカルミリョーネ! 次はお前の―――うっ!?」

 スカルジャーを倒して、セシルはスカルミリョーネに向き直った途端、がくりと膝をつく。

(なんだ・・・!? 力が抜けて行く――― “世界の敵” であるアストスが死んだから世界の力が抜けていく・・・・・・!?)

 世界の力が消えると同時、アストスとの戦いで負ったダメージがぶり返す。

「くっ・・・・・・」
「フシュルルル・・・・・・どうやら、聖騎士殿も力が尽きたようだ。ならば、全員大人しく死ぬがいい!」

 スカルミリョーネが両腕を振り上げる―――と、その周囲に地面から十数体ものの腐った死体―――ゾンビ達が現れた。

「さあ、私の可愛いスカルナント達よ。食事の時間だ・・・・・・存分に喰らうがいい!」

 セシル達に群がるスカルナント達。
 それに対して、セシル達は抗する手段を持たない。
 誰もが力を使い果たし、動くこともままならない状態だ。

 ―――セシル! なんとかせんかっ!

 ライトブリンガーからエニシェルの思念が伝わってくるが、どうにもならない。
 それでも、セシルは歯を食いしばって剣を握りしめると、膝をついたまま目の前に迫るアンデッドの群れを睨付ける。
 すでに立ち上がる力もない。が、剣を一度だけ振るう力はある!

 そんなセシルをの意志を感じ取って、スカルミリョーネはあざ笑う。

「フシュルルル・・・・・・諦めが悪い男だ・・・」
「悪足掻きが大好きなんだよッ!」

 怒鳴り返して、セシルは迫る来る一体のスカルナントに照準を合わせて剣を振り上げる――――――その時。

「気が合いますね。私も、悪足掻きは大好きですよ」

 優しい声。
 みれば、アストスを地面に寝かせたファーナが、ファスに支えられて立っていた。
 さっきまで気がつかなかったが、その右腕には白い綺麗な腕輪があった。左手で、その腕輪に触れ、まるで祈るように瞳を閉じてる。

「そして、運命の神は最後まで諦めない者に力を貸し与えてくれます――――――奇跡の力を!」

 ファーナの言葉が終えると同時、ファーナの腕の白い腕輪が光り輝く!
 眩い白い光が洞窟中を照らし出す。

「「「「「GYOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」」」」」

 その光を浴びて、スカルナント達が怯む。

「フ、フシュルッ!? な、なんだこの光・・・まさか―――」
「この光は神の奇跡。名も無き大地の神の力―――不浄なる者どもよ、神の威光の前に退きなさい!」

 スカルナント達がスカルミリョーネの立つ位置まで後退する。
 やがて光が収まるが、しかしスカルナント達は再び動こうとはしなかった。まるでファーナに怯えるようにまごまごしている。

「何をしている! お前達! さっさといけえっ!」

 スカルミリョーネが怒鳴ると、スカルナント達は再び進軍する。しかし、その動きには先程までの勢いはなく鈍重だった。
 それを見て、スカルミリョーネは忌々しげに舌打ちすると、先程と同じように両腕を振り上げた。
 地面が盛り上がる、次々に現れるスカルナント達!

「フシュルルル・・・神の奇跡とやら、使いたければ使うがいい。こちらはそれ以上の数で押しつぶすだけだ・・・・・・」
「いいえ。神の奇跡は、そう何度も頼るものではありません」

 スカルミリョーネの言葉に、ファーナは首を横に振る。

「奇跡は困難を乗り越える “きっかけ” に過ぎない。それに頼り切れば、トロイアとなんら変わらない―――人は、どんな試練も乗り越えるだけの力を、与えられて生まれてくるのだから!」

 そんなファーナの言葉に答えるように。
 光の波動と、風の一撃がスカルナントの群れに直撃し、その何割かを消滅させる!

「―――気が合うね。僕も君の意見には賛成だ」

 ライトブリンガーの一撃を放ったセシルは、ファーナに向かって微笑みかける。

「ハハハハッ! 奇跡は困難を乗り越える “きっかけ” に過ぎない、か。トロイアの神官というのは恩恵を受けるだけしか考えぬと思っていたが―――偏見だった、謝罪しよう」

 風神の力を纏った蹴りを、スカルナントに叩き込んだヤンは、周囲をアンデッドの群れに取り囲まれながら、愉快そうに笑う。

「フシュ!? ば、馬鹿な・・・貴様ら、力尽きていたのではなかったのか!?」

 驚きの声を上げるスカルミリョーネに、セシルは微笑みを消して冷たい視線でスカルミリョーネに告げる。

「言っただろう、神の奇跡は困難を乗り越えるためのきっかけだと」

 ファーナの願った奇跡は、スカルナントを退かせただけではない。
 力尽きていた、セシル達の体力も回復させていた。
 当然、ロックや倒れていたままのマッシュも回復し、ファスとファーナを守るようにして立っている。

「まあ、俺たちじゃあアンデッドに有効な攻撃できないしな」
「・・・・・・」

 あっけらかんと言うロックに、マッシュはなにやら考えるように眉間に皺を寄せている。

「ふむ・・・魔力までは戻らんか」

 テラは残念そうに呟く。しかし、セシルとヤンの姿を見やり。

「まあ、私の力は必要なさそうだ。しばし休ませてもらおう」

 地面に座り込み、目を閉じて、魔力を回復させるために瞑想状態に入った。

「さて、スカルミリョーネ。お前にもう勝ち目は無いがどうする? ―――もっとも、ヤンの方はやる気みたいだけど」
「当然だ! 取引と言うことで今まで抑えていたが、そちらから破るのならば、容赦する必要もない! ファブールで私の弟子達の骸を弄んだ罪、今ここで裁いてくれる!」
「フシュルル・・・おのれ・・・調子に乗るな・・・!」

 スカルミリョーネが怒りを声に露わにし、両腕を振り上げる。
 三度地面から現れるスカルナント達。

「お前達二人に何が出来る! こちらはいくらでもスカルナントたちを呼び出すことが―――」

 そう、スカルミリョーネが言い終わらないうちに。

 

 ライトブリンガー

 風神脚

 

 セシルの光の一撃と、ヤンの風を纏った蹴りの一撃が、スカルナント達の半数以上を一瞬で蹴散らした!

「ば、ばばばばっ、ばかなああああああっ!」
「死人が幾ら束になろうと、物の数ではない! 大人しく滅べ、外道!」

 ヤンがスカルミリョーネに向かって疾駆する!
 スカルミリョーネを守ろうとするように、スカルナント達が立ちはだかる―――が、セシルのライトブリンガーの光が援護として飛んで、一掃する。
 雑魚に邪魔されることなく、ヤンはほぼ一直線にスカルミリョーネに肉薄する!

「ひ、ひいいいいいいっ!?」
「うおおおおおおおおっ!!」

 ヤンは拳を固く握りしめ、スカルミリョーネにその鉄拳を叩き込む。

「ぶあっ!?」

 ローブの上から頭部を殴られ、のけぞるスカルミリョーネ。

「これはチュンの分・・・ッ!」

 ファブール城で、ゾンビと成り果てた弟子の名前を叫びながら、続いてスカルミリョーネの腹を蹴り上げる。

「ぐはああっ!?」

 スカルミリョーネの身体が織り曲がり、身体が宙に浮く。

「これはホアンの分―――そして!」

 浮き上がったスカルミリョーネの身体よりもさらに高く飛び上がると、自身の体を横に傾け、回転。
 縦回転の回し蹴りを、スカルミリョーネに叩き込み、地面に向かって叩き付ける。

「これがホブス山で亡くなった他の弟子達の分!」
「・・・・・・っぁ!?」

 最早、声もほとんど出せずに、スカルミリョーネは地面に激突し、跳ね上がる。
 一方、ヤンはスカルミリョーネが跳ねた位置とは少し間合いを置いて地面に降り立つ。
 バウンドしたスカルミリョーネの身体を見据え、ヤンは疾走開始!

「そしれこれがあああああああっ!」

 バッツのように “無拍子” で一瞬でゼロから最高速まで加速できる技術はない。
 カインやフライヤのような、爆発的な瞬発力にも敵わない。

 だからこそ、ヤンは一歩一瞬ではなく、地面を踏みしめるたびに全力を叩き込む!
 “速さ” では敵わなくとも、“力” ではバッツもカインさえも越える大爆走。
 そして、その助走から生み出されるのは、ヤン=ファン=ライデン、最強無二の必殺技!

 

 風神脚

 

 ずだあああああんっ!

 スカルミリョーネの身体が、風に飛ばされた木の葉のように吹き飛んで、洞窟の壁に叩き付けられる!
 洞窟が揺れ、天井からぱらぱらと土の破片が落ちてきた。
 土の小雨の中、ヤンは壁に叩き付けられ、そのまま落ちてこないほどめり込んだスカルミリョーネを睨付け、吐息する。

「これが・・・私の怒りの一撃だ・・・・・・ッ!」

 呟くその胸中に浮かぶのは、仇を取った喜びか、それとも無念を思い出した悔恨か。

 拳を強く握りしめ、身体を小刻みに震わすヤンの肩を、セシルがねぎらうように叩いた―――

 

 


INDEX

NEXT STORY