第14章「土のクリスタル」
Z.「不運」
main character:セシル=ハーヴィ
location:磁力の洞窟

 

「・・・りゅーのくちーから、うまれしーもーのー♪」

 ひそひ草から流れる、ギルバートの竪琴の音に合わせ、ファスは歌っていた。
 自分でも何故歌い出したのかは解らない。
 ただ、なんとなく思い出していたのだ。昔、ファスが自分の能力に怯え、家に閉じこもっていた頃。同じように竪琴の曲に合わせ、姉が歌っていたことを。

 ファスの家からは少し離れた公園―――エンタープライズが着陸した公園だ―――でギルバートが奏で、ファーナが歌っていたその音は、決して喧しいわけではないのに、家の中にいるファスの耳にまで届いたことを良く覚えている。
 それはある種の呪歌だったのかもしれない。

 ギルバートの竪琴を聞いているうちに、そんなことを思い出して、そうしたらいつの間にか歌っていた。

「てーんたかーくまいー、あがーりーやみとーひかりーをかかーげー♪」

 途中まで歌って、ファスは咳払いをして止める。

「うん・・・こんな感じ・・・かな」

 なにか一人で納得したように頷く。
 今、ファスが歌ったのは、ギルバートの “封魔の曲” の正しい歌詞というわけではなかった。
 ずっと昔、姉から聞いた詩を、無理矢理に曲に合わせて歌にしているだけだ。

(何やってるんだろう・・・わたし)

 見上げればダークドラゴンが、口の中にダークフォースを溜めたままこちらを見下ろしていた。
 気のせいか、不思議そうな顔をしているようにも見える。
 それはそうだ。死の間際にして、いきなり歌い出すなんて、気が触れたとしか思えない。自分でもそう思うと、ファスは心の中で呟いた。

 けれど、止めない。

 さっきまではなんとなく歌ってみようと思ったくらいの気持ちだったのが、今は何故か歌わなきゃいけないような気分になっていた。
 それは単なる意地なのかも知れない。ファスにはなんの力もない。歌うことくらいしかできない―――なら歌わなきゃいけないと。

 不思議だった。
 こちらを睥睨してくるドラゴン。
 普段なら震えるほど怖いはずなのに、どういうわけか怖くない。
 しかし不思議に思いながら、心の隅では納得もしている。

(わたしは・・・歌わなきゃいけないんだ。歌うためには震えてなんか居られない。だから、こわくなんてないっ!)

 理屈にもならない理屈で納得して、そしてファスは歌い出す。

 

 

――――――竜の口より生まれしもの

天高く舞い上がり闇と光をかかげ――――――

 

 

 ・・・美しい歌声が洞窟の中に響き渡る。
 その歌は、先程のような拙い歌声ではなかった。

 洞窟の闇を引き裂くような、澄み切った響きのある声。
 普段のファスが嘘のような堂々とした歌声。

 その歌声に、別の歌声が重なる。

 

 

――――――眠りの地に

さらなる約束をもたらさん――――――

 

 

 歌い始めたのはヤンとテラだった。
 重みのあるテナーは、ファスの高い音と衝突して壊すことなく、逆にソプラノの響きを下から押し上げるようにして、声に力強い深みを持たせる。

 二人はこの詩を知っていた。
 それはクリスタルを守る国に伝わる、伝説を綴った詩。
 ヤンは次期国王とも言える僧長として、テラはかつてはミシディアの賢者と呼ばれた者として。その詩を知っていた。

(最早歌うことしかできぬのは私達も同じ)

(末期の歌に、伝説の詩を詠うというのもまた一興)

 二人とも半ばヤケクソのような気分で、けれどがなり立てて曲を壊さないように気をつかって歌う。
 それで何かが起こると思ったわけでもない。奇跡が起きて、この窮地を乗り切れると信じたわけでもない。

 ファスと同じ。力を使い果たした二人には、歌うことしか出来なかったのだ。

 

 

――――――月は果てしなき光に包まれ――――――

 

 

 洞窟の外で、ギルバートもひそひ草から聞こえてくる歌に合わせ、竪琴を鳴らしながら歌う。
 当然、火のクリスタルを守っていたダムシアンの王子であるギルバートも、この詩は知っている。

 歌いながら、ギルバートは懐かしさを感じていた。
 ファスの歌に、彼女の姉との思い出が胸の中にじんわりと沸き上がる。

(ファーナもそうだったな。僕の奏でる音色に、即興で詩をつけて歌っていた―――)

 ずっと昔、初めてトロイアに来た時のこと。
 公園で路銀稼ぎに竪琴を鳴らしていると、それを聴いていたファーナがいきなり歌い始めた。
 それはギルバートも知らない、この国に伝わる伝承を詩にしたもので、ファーナはその詩をギルバートの竪琴に上手く合わせて歌っていた。

 それが、ギルバートとファーナの出会い。

(いけないな。緊急事態だって言うのに・・・洞窟の中ではセシル達が危ないって言うのに―――)

 ふっ・・・と、ギルバートの表情が和らいでいた。

(―――なんだか、楽しい・・・)

 

 

――――――母なる大地に大いなる恵みと

慈悲を与えん――――――

 

 

 歌を歌い終える―――それと同時に、竪琴の曲も止まった。
 そこで、ダークドラゴンは我に返る。

(なに・・・私は何をしていた・・・!?)

 自分自身に愕然とする。
 ダークドラゴンはファスが歌っている間だ、身動き一つせずに歌っていたのだ。

(馬鹿な! 私が人間如きの歌を聞き惚れていたというのか・・・!)

 エルフに限らず妖精というものは、歌と踊りを好む。
 それはダークエルフも変わらない。
 だからこそ、ダークドラゴン―――アストスのプライドに障ったのだ。かつてどんなにも素晴らしい妖精の歌を聴いたダークエルフの王が、たかが人間の歌に聴き惚れてしまったことを。

(おのれ・・・何処までも私を苛立たせる! 人間の分際で私をここまで追いつめ、さらには歌で私の心を奪うなどと・・・!)

 ダークドラゴンは怒りの感情を爆発させ、セシルとロックを見下ろす。
 と、二人とも立ち上がる所だった。どうやらダークドラゴンが歌に聴き惚れている間に、セシルが回復魔法で傷を癒したらしい―――が、セシルの白魔法では完全回復とは行かない。セシルもロックも、立ち上がるので精一杯という所だ。

(本当に・・・しぶとい―――だが!)

 ダークドラゴンは眼下のセシル達に向かって口を向ける。
 そして、ダークブレスを吐き出そうとしたその瞬間

 

 カッ――――――

 

「・・・なんだ!?」

 いきなり目映い光が洞窟の中を照らし出す。
 見れば、ファーナが抱え持つクリスタルが光を放っていた。
 クリスタルの光はほんの数瞬で消え、辺りには再び薄暗い闇に閉ざされる―――だが。

「セシル! 剣を!」

 テラが叫ぶ。
 その叫びの意味を察して、セシルは右手を振り上げた。
 そして、叫ぶ!

「―――在れ!」
「滅んでしまええええええええっ!」

 

 ダークブレス

 

 セシルがデスブリンガーを呼ぶのと、ダークドラゴンがブレスを吐くのは全くの同時だった。
 デスブリンガーがセシルの手の中に現れた直後、セシルとロックを闇のブレスが包み込む!

 凄まじいダークフォースの力。
 それは、魔力やダークフォースとは縁遠い、ヤンやファスにも感じられた。

「せ、せしるっ!」

 未だ続くブレスの中にいるセシルに向かってファスが悲鳴を上げる。

「ふう・・・・・・」

 と、テラが疲れ切ったように吐息した。

「終わった・・・な」
「馬鹿な!」

 テラの力無き呟きに、ヤンが鼻白む。
 だが、テラは変わらない調子で淡々と呟いた。

「運が悪かったとしか言い様がない―――アストスが追いつめられ、ダークドラゴンへと変身した時に、運命は決まっておったのかもしれん」
「まだだ! まだ終わるはずはない! セシルが暗黒剣をてにするのが見えた。ならば、まだ抗えるはず・・・・・・!」

 血を吐くような思いでヤンが叫ぶ。
 叫びながら、ヤン自身絶望を感じていた。いや、絶望を振り払うために叫んでいたのかも知れない。
 それほどまでに、ダークドラゴンの吐くブレスの威力を、嫌が応にも感じていた。

 だが、そんなヤンの努力を、テラは無視するように言う。

「抗う? それこそ馬鹿なことだ。あの力、抗うなどという生易しいものではない」
「しかしっ!」

 解っていた。テラの言いたいことはヤンにも解っていた。一度、ダークフォースに触れた者ならば解る。ファブールで、バロン軍を騙すためにセシルの暗黒の鎧を身に着けた時に感じた闇の力。あの闇の鎧を身に纏っただけで、ヤンの心身は打ちのめされた。そして、ダークドラゴンの放ったブレスには、あの鎧の何倍ものの力を感じる。

 解っていた。だが、だからこそ認めることが出来なかった。
 認めてしまえば、それこそもうそこで終わりだからだ。

「私はセシルを信じる! テラ殿はご存じないだろうが、暗黒剣一つでバロンの軍勢をたった一人で押し返した男だ。そう―――暗黒剣されあれば、万全の状態ならば、しかに竜のブレスだと言え・・・・・・」

 言いながら、ヤンの言葉は小さくなっていく。
 言葉に出せば出すほどに、自分の言葉が希望的観測に過ぎないということが解っていたからだ。

「信じる必要などなにもない。最早終わったのだ」

 相変わらず淡々とした口調でテラは言う。
 たまらなくなって、ヤンは指一本動かすのも辛い身体を、力を振り絞り身を起こし、怒鳴る。

「テラ殿ッ!」
「怒鳴るな。終わったと言っただろう――――――そう。セシルがデスブリンガーを手にした時に、決着はついたのだ」
「・・・え?」

 テラの言った言葉の意味がわからず、ヤンはきょとんとする。
 その時。

「な・・・・・・に・・・・・・!?」

 驚愕の声が響く。
 それはセシルのものではない。当然、ロックのものではない。
 今し方、強烈な闇のブレスを吐いて、セシルにとどめを差したはずのダークドラゴンの声だった。

「馬鹿な・・・私のダークフォースを受けて・・・・・・!?」

 ヤンは振り返る。
 見れば、すでに闇のブレスは消え去っていた。
 そして、ダークドラゴンの前には、先程と変わらない状態で、平然とセシルとロックが立っている―――いや。

 ただ一つ違うのは、セシルの手には漆黒の剣―――デスブリンガーが握られていた。

「間一髪・・・・・・だったな」

 そう言って、セシルは苦笑。
 その声には、先程まで瀕死だったとは思えないほど、力があった。

「言っただろう」

 ヤンの傍で、テラが言う。

「あの力は、抗えるなどと言う生易しいものではないと」
「ま、まさか・・・あれほどの力を、セシルは無効化したというのか!?」

 ファブールで、ヤンはバロンの暗黒騎士団が放ったダークフォースを、セシルは受け止め、跳ね返したのを見ている。
 だが、ダークドラゴンの放ったブレスは、バロン暗黒騎士団の力をも凌駕していた。

 不可解なのは、あの時セシルは暗黒騎士団のダークフォースを跳ね返し、そのまま力尽きてしまった。だというのに、それよりもさら凄まじいダークフォースのブレスを受けて、平然としている。

「セシルだけの力ではない。エニシェル―――最強剣デスブリンガーの力があってこそだ。最強の暗黒騎士と、最強の暗黒剣・・・・・・その二つが揃った時、その他の闇の力など、カスに過ぎん」

 言いながら、テラは試練の山山頂での出来事を思い返していた。
 あの時、セシルから分離した闇のセシルが放ったダークフォース。パラディンとなったセシルは、その力を難なく弾いたが、その時のダークフォースは、今のダークドラゴンのブレスなど比にならないくらいの力を放っていた。

「今一度言おう。セシルがデスブリンガーを手にした瞬間、全ては終わったのだ」
「し・・・しかし、何故だ? 何故、剣を持てる? 磁力はどうなった!?」
「先程クリスタルが光っただろう。あの瞬間、洞窟に満ちていた魔力が消え失せたのを感じた」

 だからテラは「剣を!」と叫んだのだ。

「しかし、何故・・・?」
「それは解らぬ―――が、案外、歌がクリスタルに届いたのかもしれん」

 そう言いながら、テラは石像が抱えるクリスタルを見やる。

「おのれ・・・おのれ・・・最後の最後で私を裏切るのか! 所詮は人間と言うことかあああああああっ!」

 ダークドラゴンの呪詛のようなおどろおどろしい声が響き渡る。
 そんなドラゴンを見上げ、セシルは鋭く言い放った。

「終わりだアストス! 素直に退けば見逃してやってもいい!」
「吠えるな、人間風情が! ダークフォースが通じなかったと言って、いい気になるな!」

 ダークドラゴンは尻尾を振り上げ―――そしてそのままセシルに向かって振り下ろす!

「せしるっ!」

 ファスの悲鳴が上がる。
 だが、セシルに向かって振り下ろされた尻尾は、セシルを潰すことなく、逆に天井高くに跳ね上がった。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 形容しがたいダークドラゴンの悲鳴が上がる。
 天井まで跳ね上がった尻尾は、弧を描くと、重力に従って落ちる。

「な、なんだと!?」

 ヤンは自分の傍に落ちてきた尻尾を見て、驚愕した。
 直径がヤンの身長ほどもある強大な尻尾が、切断されていたからだ。

「な・・・なにが起きた・・・・・・!?」

 尻尾の先とはいえ、身の一部を断ち切られ、痛みを堪えるように重苦しい声でダークドラゴンは、セシルを見下ろす。
 見れば、セシルの姿は先程までと一変していた。
 白い鎧とマントを身に纏い、手には白銀の剣を握りしめた、光り輝く騎士―――聖騎士へと変身していた。

「運が悪かったな」

 聖騎士へと変じたセシルはぽつり、呟く。

「お前の前に立つのが僕でなければ―――或いはこの手にデスブリンガーがなければ、ダークブレスの一撃で僕たちは全滅していた。いや、そもそもスカルミリョーネが居らず、魔法を使えるのがテラしか居なければ、そもそもお前をここまで追いつめることもできなかった」

 スカルミリョーネが同行したのは、セシルの予定外だった。
 しかし、スカルミリョーネが居たからこそ、二段構えのデジョンでアストスを次元の狭間に追いやることができたし、それがなければロックが隙をついて、アストスの身体に油をふりかけることも出来なかっただろう。

 セシルにしてみれば、運が良かったとしか言い様がない。

「何より、僕がパラディンでなければ、今の尻尾の一撃で僕は死んでいただろう―――けれど」

 セシルは剣を構え、ダークドラゴンを睨み上げる。

「かつては世界の理を破壊し、不相応な存在へ昇華しようとしたダークエルフの王! 世界は貴様を敵と認めた! すでにお前に未来はない―――大人しく、滅びを受け入れろ!」

 セシルの身体に、溢れんばかりの力が注ぎ込んでくるのが解る。
 それは、試練の山で一時手に入れた力。
  “世界” の代行者たるパラディンが、 “世界” を破壊しようとする敵と相対した時に、 “世界” が貸してくれる力だ。

「馬鹿な・・・馬鹿な馬鹿な馬鹿なァッ! 世界に “選ばれた” のではなく、 “認められた” 存在だと!? たかが人間如きが、そんなことがあってたまるかあああああ!」

 ダークドラゴンは吠え、その大きな口を開いて、セシルに向かって肉薄する!
 対し、セシルは落ち着いた様子で静かに呟いた。

「別にお前に認められたいと思っちゃいないよ」

 剣の切っ先を迫ってくるダークドラゴンの頭部へと向け―――

 その力を、解放する!

 

 ライトブリンガー

 

 聖剣の切っ先から溢れ出した聖なる力が、ダークドラゴンの頭部を飲み込み、打ちのめした―――

 

 


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