第14章「土のクリスタル」
Y.「歌」
main character:ロック=コール
location:磁力の洞窟
目の前に黒い尻尾が迫る。
しかしセシルは退かず、両手を前に突き出して―――叫ぶ!「―――在れ!」
それは彼の相棒を呼ぶ言葉。
声に答え、セシルの手の先に一振りの暗黒剣が出現する。「ぐはっ・・・!」
デスブリンガーが召喚されるのと、セシルの身体に尻尾が当たるのとは同時だった。
木の葉のように吹っ飛ばされるセシル。しかし―――「GYAAAAAAAUUUUUUUUUUUUUUUUU!」
ダークドラゴンが身の毛もよだつような凄まじい悲鳴を上げる。
見れば、その尻尾にデスブリンガーが突き刺さっていた。「あいつ・・・一体、どんだけ手を隠し持ってるんだよ!」
笑い半分呆れ半分でロックが叫ぶ。
だが、その足下から沈痛な声でテラが呟いた。「いや・・・もうネタ切れのようだ。見ろ」
「えっ・・・・・・あ、おいッ、セシルッ!」テラに言われ、ロックはセシルの吹っ飛んだ方向を見る。
そこには洞窟の壁に身体をぶつけ、そのまま壁に背を預けるようにして座り込んだまま動かないセシルの姿があった。
がっくりと首は項垂れ、その表情は見えないが、意識を失っていることは確かだった。「せしるっ」
ファスがセシルに駆け寄る。ロックもそれに続いた。
「せしるっ、せしるっ、しっかりしてっ!」
「おい! 起きろよセシルッ!」肩を揺らす・・・が、セシルは目を覚ます気配はない。
よく見れば、頭から血が岩の壁に染みこむようにじんわりと出血していた。
頭を強く打っている。「ファス、回復魔法とか使えないのか?」
「うっ・・・」ロックが尋ねると、ファスは泣きそうな顔で首を横に振る。
「そか、悪い」
「うううっ・・・お姉ちゃんだったら、お姉ちゃんだったら使えるのに・・・」セシルが倒れてしまった今、回復魔法を使える人間は居ない。
「どうしよう・・・せしる、死んじゃう・・・?」
「死なせるかってんだ!」ロックはジャケットの内ポケットから小さなビンを取り出す。
「ハイポーション・・・量は少ないが、命をつなぎ止めるくらいは・・・」
ハイポーションの半分を頭の傷口にかけて、もう半分をセシルの口に突っ込む。
「これで、多分・・・」
「おぅのぉれえええええええええええええええええええええええええええっ!」
「ッ!」凄まじい、怒号。
振り返れば、尻尾を振ってデスブリンガーをその場に投げ捨てたダークドラゴンが、こちらを睨付けていた。「最後の最後まで・・・悪あがきをおぉぉぉぉおぉおおぉぉおぉおっ!」
「くっ・・・!」ファスが、前に出る。
そして、さっきヤンを庇ったように、両手を広げて立ちはだかる。「や・・・やらせないっ!」
「邪魔だッ」しかし怒り狂ったダークドラゴンは、立ちはだかったファスめがけて尻尾を振り下ろす!
「あぶねえっ!」
ファスに向かってロックが飛びつき、小柄な身体を抱きかかえてその場から飛び退く。
間一髪! 一瞬前までファスが居た地面を、ドラゴンの尻尾が打撃する。したたかに叩かれた地面は、容易く割れ、めくり上がってはじけ飛ぶ。それを見てロックはぞっとした。もしもファスに直撃していたなら―――・・・考えたくもない想像は頭から追い出して、ロックは周囲を見回した。
セシルが倒れ、これでまともに動けるのは、ダークドラゴンとスカルミリョーネを除けばロックとファスだけだ。スカルミリョーネはというと、最早諦めたのか、ぼーっとしたまま魔法の一つも唱えようとしない。「おい、てめえ! なんかこう魔法でどうにかならないのかよ!」
ロックが怒鳴る。が、スカルミリョーネは身体をすっぽりおおって隠すローブを小さく揺らして、どうでもいいことのように答えた。
「フシュルル・・・・・・どうにもならんな。エルフの時にさえ通用しなかったものが、ドラゴンに通用するものか」
「くそっ、使えねえ―――」
「きゃああああああああっ!」ロックが毒づいたその時、抱えていたファスが悲鳴を上げる。
その声を聞いた瞬間、考えるよりも早くロックの身体が反応し、何も考えず地面を蹴っていた。直後、背後から聞こえる激突音。
振り返ってみれば、ドラゴンの尾がロックの立っていた地面を砕くところだった。「あ、あああっ、あぶねえええええっ!」
「ちょこまかとぉぉぉ・・・・・・まあいい、貴様らは後回しだ。まずは―――」ダークドラゴンは舌打ちでもしそうな口調で、忌々しそうにロックとファスを一瞥すると、視線を外す。
新たに定めた目標は、壁に背を預けたまま立ち上がらないセシルだ。「この腹立たしい人間を葬ってから、他の虫ケラどもも潰してやる!」
「だ、だめえええええええええっ!」ファスが叫び、ロックの腕の中でもがくが、ロックはそんなファスをしっかりと抱えたまま動かけなかった。
怯え、竦んで動けなかったわけではない。
ただ、押しつぶされそうなほどの無力感を感じ、何も出来ないと痛感していた。さっきのファスのように、セシルを庇って立ちはだかったとしても、ダークドラゴンはセシルごとロックを打ち倒すだろう。
ドラゴンという強大すぎる存在に対し、ロックはなにも出来ないことを痛感していた。「誰か・・・」
それは、 “あの時” にも感じた無力感。
ロックにとって、何よりも大切な人を守れなかった―――失ってしまった時にも感じた、敗北感。「誰か・・・頼むから・・・誰か―――」
ダークドラゴンはゆっくりとセシルへ向かって尻尾を振り上げる。
と、セシルがわずかに身じろぎする。「くっ・・・」
「せしるっ!」ハイポーションが効いたのか、気絶していたセシルは目を覚ます。
だが、ダメージは完全には癒えていないようだった。ゆっくりとダークドラゴンの巨体を見上げるので精一杯。「く・・・」
「ほう・・・目を覚ましたか―――丁度良い。死の恐怖を味わいながら・・・死ね!」後は尻尾を振り下ろすだけのダークドラゴンに対して、セシルは意識を取り戻したもの、満足に動ける状態ではない。
もはや風前の灯火であるセシルを見て、ロックは―――絶叫した。「誰か、助けてくれよおおおおおおおおおっ!」
自分にはどうしようもない。
だから、誰か、助けてくれる “誰か” を求めてロックは絶叫する。
無力であるロックには、せめて助けを求める事しかできなかった。 “あの時” と同じように。(俺は・・・無力だ。だけど、それならせめて助けを乞う! 自分に出来ないなら誰かを求める! 何も出来ないからって、諦めてたまるかッ!)
「ひゃあっ!?」
ロックは声と心で絶叫し、抱えていたファスを放り投げる。
それから羽織ったジャケットの内ポケットから一本のナイフを取り出す。
それは金属ではない、石を研いで作られた石のナイフ。磁力の洞窟の中でも使えるナイフだ。「う、ああああああああああああああああああっ!」
石のナイフを握りしめ、ロックはダークドラゴンに向かって突進する。
そしてナイフをドラゴンの胴体に突き立てる―――が、あっさりと竜麟に弾かれた。「くそっ!」
「ばか・・・っ、なにしてる・・・逃げろ・・・っ!」セシルは身を起こそうともがきつつ、弱々しい声でロックに叫ぶ。
そんなセシルを、ロックは睨み返す。「逃げねえって言っただろうが!」
「全滅、するよりは一人でも生き延びたほうがマシだって、なんでわからない・・・!」
「解らないね! 何故なら、そう言ってるてめえが一番解ってねえからだ!」確信を込めてロックは言い返す。
そう。それは確信だった。
セシルは、一人でも生き延びた方がマシだなどとは考えていない。一人だけ生き延びるより、全員生き残った方が得だと考えてるに違いない。
何故なら、セシルは未だに諦めていない。絶望していない。
遙か伝説の太古から存在する、強大な力を持つダークエルフを前にして、その変身したダークドラゴンを相手にして、たったの一瞬も諦めてはいない。「お前は生きることを諦めてない! 死ぬ寸前でも、生きようとしてる―――だってのに俺だけ逃げるってのは、格好悪すぎるだろうが!」
怒鳴りながら、石のナイフをドラゴンの身体に何度も振り下ろすが、かすり傷一つつけられない。
「格好悪いとかそういう問題か! どう見たって、もう終わりだろう!」
「だったらなんでお前は諦めないんだよ!」追い込まれたアストスが、ダークドラゴンへと変身した時。
セシルはロック達に逃げろと言いながらも、自分は戦おうとしていた。
勝算などないはずだった。武器も満足にないのに、人間がドラゴンに勝てるわけがない―――だというのに、セシルはデスブリンガーを召喚し、ダークドラゴンに手傷を負わせて見せた。
そして、今も戦おうともがいて立ち上がろうとしている。「俺は諦めないぞ! 俺にも、セシルにもどうにもならないことだとしても、それならっ、どうにかしてくれる “誰か” が偶然助けに来てくれる事を求める! あの時だってそうだった! レイチェルが橋から落ちた時だって――――――だったら今だってそんな奇跡を願ってやる!」
「奇跡・・・か・・・」奇跡―――その単語をセシルが呟く。
と、頭の上から声が振ってきた。「そろそろ覚悟は良いか・・・?」
見上げれば、ダークドラゴンが冷たい目でセシルを見下ろしている。
その頭と同じ位置に、巨大な尻尾があった。そのまま尻尾を落としてしまえば、あっさりセシルは即死だろう。「奇跡だと? それを言うなら、私をここまで追い込んだことがまさに奇跡だろう―――だが、これ以上の奇跡は起こらん・・・・・・む?」
ぽろん―――
竪琴の音が、洞窟の中に響いた。
「なんだ・・・?」
いきなり聞こえてきた竪琴に戸惑い、ダークドラゴンはその音の元を探す。
音は、下から聞こえていた。「な、なんだ・・・? ひそひ草が・・・?」
それはロックの身体から。より正確に言うならば、ロックのポケットにしまわれた、ひそひ草から―――
******
洞窟の外。車椅子に座ったまま、ギルバートは竪琴を鳴らす。
それは、昨晩ギルバートが奏でていた曲。魔力を打ち消す、魔封じの曲だ。「って、おい。その曲じゃ磁力の洞窟の魔力は打ち消せないんじゃなかったか?」
朝の会話を聞いていたギルガメッシュがギルバートに言う。
言われるまでもなく、ギルバートは承知していた。自分一人の力では、どうにもならないと。「・・・だからと言って、このままなにもせずに居てられないッ! 君にも聞こえただろう、助けを呼ぶ声を!」
ロックの絶叫は、ひそひ草を通してギルバートたちに届いていた。
「少しでも、些細なことでも、出来ることがあるならやるしかない・・・!」
竪琴を奏でる指に力を注ぐ。
奏でながらも、ギルバートの心は絶望で覆われていた。(くそっ・・・ダメだ。こんなんじゃ、何にもならない・・・ッ! どうすれば良いんだ!)
絶望に侵されながらも、それを振り払いながら必死で竪琴を奏でる。
奇跡を起こることを願いながら。「・・・・・・歌・・・?」
ぽつり、とリックモッドが呟く。
「え・・・?」
竪琴を奏でる手を止めないまま、ギルバートはリックモッドを振り返る。
リックモッドは、ギルバートの目の前に置かれたひそひ草を指さして。「いや、なんか向こう側から、歌のようなものが―――」
******
「ふん・・・魔力を封じる呪歌か・・・? だが、大した力はないな・・・」
ダークドラゴンは不意に流れた竪琴の音に少し気を取られたが、すぐに興味を失ったようにセシルの方へと意識をむける。
「さあ・・・そろそろ終わりにしてやろう。―――死ね」
巨大な尻尾を、セシルめがけて振り下ろす。
ずん、と重くのしかかるような音が響いて、尻尾は地面に激突した。「・・・む?」
ダークドラゴンは訝しげな声を出す。
手応えがなかった。「くっ・・・・・」
「ロック!?」見れば、振り下ろした尻尾のすぐ脇、セシルの身体を抱えたロックが倒れていた。
どうやら尻尾が振り下ろされた寸前、さっきファスを助けたようにセシルを抱えて避けたらしい。
だが、軽いファスと違って、セシルの身体を抱えて機敏に動くことは出来なかったようだ。ロックは倒れたまま立ち上がれない。「うぐっ・・・足が・・・」
右足首を押さえて呻く。
どうやら、尻尾が砕いた地面の欠片が足に当たってねんざしたようだった。
もう二度と回避することはできない。「虫ケラのくせに・・・しぶとい連中だッ!」
苛立たしげにダークドラゴンが激昂する。
そして、今度はすぅ―――っと、大きく息を吸い込む。ダークドラゴンの口元から、黒い煙のようなものがちろりと漏れた。
それを見てセシルが息を呑む。「あれは・・・ダークフォース・・・! ダークフォースのブレスを吐くつもりか・・・!」
「塵も残さずに消滅させてやる・・・! 滅べッ!」ダークドラゴンがダークブレスを吐こうとした瞬間。
「・・・りゅーのくちーから、うまれしーもーのー♪」
竪琴の音に合わせて、拙い歌声が響き渡った―――