第14章「土のクリスタル」
W.「ダークエルフの王」
main character:ロック=コール
location:磁力の洞窟
「そろそろ終点だな」
洞窟の中を進んでいると、不意に先頭を歩くロックがそんなことを呟いた。
「終点って・・・判るのか?」
セシルが不思議そうに尋ねると、ロックは振り向かないまま軽く頷く。
「なんとなくだけどな。洞窟の中の空気の淀み具合だとか、揺らぎとか・・・そんなモノを肌が感じて、本当に “なんとなく” 判る程度なんだけど」
「空気の淀み・・・ねえ。ヤンは判るかい?」
「むう・・・確かに、段々と空気が重くなってるのは判るが・・・」
「まあ経験から来るカンみたいなもんだ。つっても、人工的に手を加えられた遺跡なんかじゃ意味はないんだけどな。空気穴が開いてたり、扉なんかで空間が遮断されてると “空気” の状態なんてアテにならねーし」そんな事を説明しつつ、ロックは足を止めた。
見れば、大きな岩が行く手を塞いでいる―――とはいえ、岩の横には人が通れるスペースは空いていたが。「ちょっと待ってろ、様子見てくる」
ロックはセシル達をその場に押しとどめ、一人で岩の脇の道を進む。
通ることは出来ても、大岩は視界を塞いでいる。岩の向こうに危険が無いとも言い切れない。
気配を探りながら、用心して岩の影を進む。「うわ・・・」
岩を通り過ぎ、ロックは思わず声を上げた。
岩の向こうには広い空間が広がっていた。
ちょっとした体育館ほどはあるだろうか。まるで洞窟の中だとは思えない広さ。その空間の真ん中に、何かが立っていた。
何か、はロックの持つ松明の光に反射して光輝く。よくよく目を凝らしてみれば、それは石像だった。何かを胸に捧げ持つ女性の像。光り輝いているのは、その女性が持っている大きな宝石―――いや。「まさか、あれがクリスタル・・・か?」
呟くが、ロックはクリスタルそのものを見たことがない。
とりあえず、魔物が潜んでる気配などは無いようなので、ロックはセシル達を呼ぶことにした。
******
「クリスタル・・・だね」
女性の像が捧げ持つ結晶を見て、セシルは確信する。
色こそ違うが、形や大きさなど、ファブールで見たクリスタルと全く同じだ。「じゃあ、こいつを取って、とりあえず地上に―――」
マッシュは像が持つクリスタルに手を伸ばそうとしたその瞬間。
「お姉ちゃん!」
不意にファスが叫んだ。
驚きと困惑に目を開いて、女性の像―――その顔を見つめている。
釣られてセシルも像の表情を見る。それは見るも優しげな女性の像だった。顔の他、身体のあちこちに傷が入っているが、それを差し引いても美しく、見ると心が温かくなってくるような、母性溢れた女性の像。言われてみれば、顔の輪郭がファスに似ているような気がするが・・・「じゃあ、これはファスの姉をモデルにして彫られたものなのか?」
「違うっ」ファスはぶんぶんっと首を横に振る。
それから泣きそうな顔で像を指さして。「これはお姉ちゃんなのっ! お姉ちゃんが、石になってる!」
「え・・・っ」
「わたしには解るもん。お姉ちゃんの “運命” も見えたから!」
「・・・確かに、この石像には魔力を感じるな―――双子と同じじゃ。石化魔法で石化しておる」ファスの叫びに、テラも同調する。
「どういうことだ? 何故、ファスの姉がこんなところで石になっている?」
「ダークエルフがやったんだろ。つか、そのダークエルフが居ないうちにさっさとクリスタルもらって出て行こうぜ」ヤンとロックがそんなことを言っている一方で、セシルはなにやら考え事をしながら、石像の周囲を回る。手にロックの松明から分けた松明を持って、石像の様子を子細に調べる。
女性の像はクリスタルをしっかりと手にしていた。軽くクリスタルを掴んでみたが、完全にはまりこんでいるようで、ちょっとやそっとじゃ取れそうもない。強引に取れば石像は壊れてしまうだろう。
その石像は妙に傷ついていた。ヒビが入っているとか、欠けているというわけではない。この像が、石化する前の状態を完全に再現した石像だというのなら、石になる前に彼女は傷ついていたということになる。それも、傷の深さと多さを見るからに、致命傷とも呼べる怪我をしていた。とりわけ、背中についた傷がもっとも酷く、身に着けているローブを切り裂いて、はっきりとした斬撃の傷跡がついていた。(剣の傷・・・か)
心中で呟きながら、セシルはファスを見る。
ファスは泣きそうな顔で、石像にすがりついている。
痛ましくその様子を見ていると、ロックの方からこの場には居ない人物の声が聞こえた。『セシル、みんな、そっちの様子はどうだい?』
ギルバートの声だ。
セシルが振り返ると、ロックがジャケットの内ポケットから草を取り出すところだった。「ひそひ草? 何時の間にそんなものを・・・?」
「いや、洞窟に入る時に。持てそうなのが俺だけだって言うんで、預かっておいたんだ」確かにこの中ではポケットのある服を着ているのはロックだけだった。
ロックはセシルに向かってひそひ草を放り投げる。それを受け止め、セシルは返事をした。「クリスタルを発見しました。ダークエルフとはまだ遭遇していません」
セシルの報告に、地上の方で軽いどよめきが起きた。
『ならば早く地上に戻ってくるのです!』
ギルバートではなく神官の怒鳴り声が聞こえてきた。
そう言えば、この神官の名前を知らないな、とセシルは思いつつ。「それがそういうわけにも行かないみたいで」
『何故ですか! バロンの騎士というのは、クリスタル一つ運ぶことも出来ないのですか!』随分な言いぐさに、セシルは苦笑。
以前、コケにされたヤンが、その時のことを思い出したのか、不快な表情を見せる。「ファスの姉―――ファーナ、でしたか? 彼女が石化して、しっかりとクリスタルを抱きしめているのです」
『―――っ』ファーナの名前を出した時、草の向こうで神官が息を呑む気配を感じた。
言葉を失った神官の代わりに、再びギルバートが尋ねてくる。『ファーナ? 何故、ファーナが・・・?』
「それは解りません。・・・が、とにかく彼女をどうにかしないと・・・」
『石化を解くわけにはいかないのか?』
「・・・あ」言われてセシルは気がついた。真っ先に考えるべき事のはずなのに、どういうワケか思いつかなかった。
「そうか、石化を解けば―――」
「止めておいた方が良いな」
「テラ?」見れば、テラは難しい顔をしてファーナの身体を見つめている。
「セシル、お主も気づいただろう。この女性、致命傷を受けている―――だが、まだ死んではおらん」
「えっ・・・?」セシルは思わずファスを見る。すると、彼女はこくん、と涙目で頷いた。
「お姉ちゃんの命はまだここにある。とても、とても弱々しくなってるけど、 “運命” はまだ星に還ってない・・・」
「じゃ、じゃあここで石化を解いてしまえば・・・」
「即死じゃろうな―――せめて優れた回復魔法の使い手か、強力な魔法薬があれば・・・私が石化を解いた瞬間に、傷を完全回復させることが出来れば助かるのだろうが・・・」
「僕の魔法じゃ駄目だろうな・・・」聖騎士になってから、セシルも少し白魔法を扱えるようにはなった。
だが、それは本職の白魔道士に比べるとあまりにも拙い。自分自身を対象とするなら、それなりの効果はあるが、他の対象に使うとなると、どれだけ効果があるかも怪しい。「ファスは?」
セシルが尋ねると、少女はぷるぷると首を横に振る。
「わ、わたしもちょっとしか使えない・・・・・・」
「そうか・・・」
「なあ、ちょっと待てよ」怪訝そうな声でロックが言う。
「あのさ、このファーナって子、もう死にそうなほどの致命傷を受けてるんだよな?」
「ああ」
「でも、石になってるからまだ助かってる―――つまり、この子を石化したのは、助けようとしたからなのか・・・?」
「そういうことになるね」
「で、石化させたのは、多分ダークエルフ・・・・・・おい、それっておかしくないか? なんでダークエルフがこの子を助けようとするんだよ!?」
「・・・・・・」セシルは答えない。
代わりに、マッシュが口を開いた。「・・・もしかして、石化したのはダークエルフじゃない、とか?」
「じゃあ、誰が」
「いや・・・自分自身で、とか。致命傷を受けて、助からないと悟ったから、少しでも生き延びようと石化の魔法を自分にかけたとか」
「おお!」思わずロックが驚愕の声を上げる。
「すげえ! つじつまが合ってる! お前、単なる筋肉馬鹿じゃ無かったんだな!」
「いやあそれほどでも―――って、誰が筋肉馬鹿だ!」しかし、ファスがぼそりと呟く。
「・・・お姉ちゃんは、黒魔法なんて使えない」
「え・・・?」
「それに、お姉ちゃんの運命に、別の運命が干渉してる―――石にしたのはその人のせい」ファスの言葉に、ロックはやれやれと肩を竦めた。
「やっぱ筋肉は筋肉か」
「だから俺の事を筋肉とか言うなー!」
「筋肉を筋肉と言って何が悪い!」
「じゃあお前のこともドロボウって言うぞ!」
「俺はドロボウじゃねえ! トレジャーハンターだって何百万回言わせる気だあああっ!」
「言い換えれば遺跡ドロボウだろ!」
「言い換えるなよ! 人聞きの悪い!」などと言い合ってる二人は放っておいて、セシルはファスに尋ねる。
「彼女に干渉した運命ってどんな・・・?」
「・・・あの人に、似てる」そう呟いたファスに表情には、怯えが混じる。
「あの人?」
「せしると同じ人。命をその身に止める人―――とても恐ろしい運命を持つ人」
「・・・エニシェルか?」セシルがその前を出すと、ファスは頷く。
「あの人ほどに怖くない―――けれど、あの人以上に深く、長い命の流れを持ってる。まるで永遠の昔から存在しているような」
「永遠の昔・・・か。エルフっていうのは長寿だって聞いたことあるな・・・・・・じゃあ、やっぱり彼女を石化したのはダークエルフ・・・・・・」
『何をぐずぐずしているのですかっ!』再び、ひそひ草から神官の怒鳴り声が聞こえてきた。
『ファーナの事などクリスタルの前には些細な事でしょう! 石像など、さっさと壊してクリスタルを持ち帰るのです』
「そんな・・・酷い」神官の人を人と思わぬ発言に、ファスは泣きそうな顔になる。
セシルも、不機嫌そうに顔をしかめて、「ファス・・・このひそひ草って、スイッチとかないのかい?」
「・・・・・・」ふるふると首を横に振る。
神官の言葉が、声も出せないくらいにこたえているらしい。
その様子を見て、セシルは苛立ちがわき起こるのを止めることができなかった。「なら燃やすしかないか。テラ、悪いけどこれを・・・」
滅却してくれないか、と言おうとしたその瞬間。
「―――なんだ、貴様ら。そこで何をしておる・・・?」
聞き覚えのない声が、洞窟内に響き渡る。
「誰だ!?」
相手の声は洞窟の中を反響して、どこから聞こえてきたのか特定できない。
声の主を捜して周囲をきょろきょろと見回すセシル達。「―――お姉ちゃんの後ろ!」
最初に見つけたのはファスだった。
“運命” を見て見つけたのか、ファスの言うとおりに石化したファーナの影から人影が一つ現れる。「何時の間にそんなところに・・・!」
セシルは身構えるが、武器がない。
ロックと一緒にファスとテラを庇いつつ、後ろに下がる。その前に、マッシュとヤンがならんで立つ。「フシュルルル・・・・・・ダークエルフというのは闇に潜むのが得意らしいな・・・」
テラとファスのさらに後方に陣取ったスカルミリョーネが呟く。
「まるで忍者だな」
セシルは忍者と遭遇した経験はないが、バロンは忍者国家エブラーナと長い間争ってきた国だ。耳を塞いでいても、忍者の話は聞こえてくる。
「聞こえなかったのか・・・・・・?」
松明に照らされた人影は、明かりに照らされてもまだ視認しにくい黒い肌をしていた。
体格はセシルと同じくらいの中肉中背で、やや細め。耳が人間ではあり得ないほどに長く尖っている。そして、特徴的なのはその目と爪だった。目は爛々と赤く輝き、こちらを射抜くように鋭く睨付けている。魔物ほどに禍々しくはないが、しかし魔物以上に強烈な威圧感を感じる。爪は耳と同じく、人間ではあり得ないほどに鋭く伸びて、松明の炎に照らされてギラリと光っている。並の剣よりも余程良く斬れそうだった。「ここで何をしているかと聞いている」
静かな、声。美しさすら感じる、滑らかに響くテナーボイス。
だというのに、凄まじい怒号を浴びせられたかのように、息が止まり、全身に緊張が走る。
唯一セシルだけは、そのプレッシャーに負けることは無かったが、身動き取れないことには代わりはなかった。(マズイな・・・想像していたよりも、悪い相手だ)
確かにエルフは厄介な相手で、それも金属武器が使えなければ倒す決め手もないとは知っていた。
だが、それは弱点は突けないというだけで、上手く立ち回ればクリスタルを奪い去ることくらいはできると考えていた。甘すぎた。
目の前に居るそれは、ただのエルフではなかった。
少なくとも、セシルが話に聞いていたものとは全く別の存在。
カイン=ハイウィンドやレオ=クリストフのような、人間の強者とは全く “意味” が異なる強力存在。マッシュやロック、そして修行を積んだヤンですら、向かい合った重圧だけで身動き取れなくなっている。セシルが平気なのは、良く似た存在がすぐ身近にいたから慣れているというだけのことだった。
(・・・ファスが、エニシェルと似た運命とか言った時に、嫌な予感はしたんだ・・・・・・これは、人や魔物の枠を越えた相手)
言うなれば、神や幻獣などの超越存在。
(フル装備で、地上に残った戦力とあわせて戦っても、勝てるかどうか解らない)
「お・・・お姉ちゃんを!」
ダークエルフの重圧から、最初に抜け出せたのはファスだった。
震える声で、ダークエルフの赤い眼光をにらみ返し、言う。「お姉ちゃんを返して!」
「姉・・・ほう。貴様はこの娘の妹か」
「そ、そう! だから返して!」必死になってファスは叫ぶ。そんな少女に、ダークエルフはクックックと笑う。
「確かにこの娘の妹だ。同じ瞳で私の瞳を見返すか」
「返してっ!」
「クク・・・・・・そう焦るな。今、考えているところだ」
「考える・・・?」怪訝な顔をするファスに、ダークエルフはさも面白そうに。
「ただ返すのでは面白くないだろう? せめて私を楽しませてもらわなければ」
「な、何をすればいいの・・・?」
「簡単な話だ」にぃぃぃ・・・っと、ダークエルフは邪悪な笑みを浮かべる。
「この私と戦って、倒せたなら娘を返してやろう!」
「っ!?」ぶわっ、とダークエルフから風が巻き起こり、ファス達は二、三歩後退する。
「ど、洞窟の中なのに風が!?」
「違う、風などではない! これは闘気か・・・!?」
「いや、魔力だ! ヤツの内に収まりきれん魔力が、外に出て物理的な圧迫感となって私達を押したのだ!」
「フシューッ・・・ま、まさかこれほどの力があろうとはッ!?」圧倒的な力の差を感じ、仲間達が戦慄に身を震わす中、ただ一人セシルだけがダークエルフの魔力にも動じずに、前に出る。
「ほう・・・我が力に屈せぬ者が居るとはな・・・」
「正直、今すぐ逃げたいほど怯えてるよ。逃がしてくれるなら有り難いんだけどな」
「久しぶりの楽しみだ。逃がすと思うか?」
「やる気満々だっていうのは見て解るよ」そう言ってセシルは苦笑。
その表情からは、とても気後れしているようには見えない。「―――2つばかり聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」ダークエルフは余裕綽々の様子で、セシルの問いを聞く。
セシルは、ファーナの石像に視線を送り、「・・・どうして彼女を助けたんだ?」
「石にしたことを助けた、とは妙な話だな」クックック、とダークエルフは笑うと、怯えた瞳で、しかし顔は絶対に背けようとしないファスを見やる。
「そこの娘と同じだ。興味を持った。ただそれだけだ」
「そうか。それでもう一つの質問なんだけど・・・」少しだけ言い淀んで、そして尋ねる。
「・・・貴方の名前をまだ聞いて居なかったと思ってね」
「話の流れからすると、私の名前を知っているようだな」
「まあ・・・できれば否定して欲しいんだけど」そういうセシルの心境は、冗談半分諦め半分と言うところだった。
「それはかつて、遙か昔―――1000の年月よりも遠い昔の、御伽噺のような神話、神話のような御伽噺。己が真の王となるために人と妖精に災いをもたらし、妖精たちを衰退させる原因にもなったダークエルフの王。その名は―――」
「まさか・・・っ!」テラが愕然とした声を発する。
賢者であるテラもその名前は知っているのだろう。テラの息を呑む音を耳にしながら、セシルはその名前を呟く。「―――アストス」
「如何にも」その名に、ダークエルフは即座に頷いた。
「我が名はアストス。1000の年月を幾度と繰り返した過去より蘇りし、ダークエルフ最後の王―――さあ! 愚かなる人間よ、王を楽しませるために・・・」
すっ―――と、アストスはセシル達に向かって右手を突き出す。
そしてその右手から吹き出る無尽蔵の魔力。
魔力は力となり、力は炎となって顕現する!「・・・―――踊るがいい!」
直後、無数の火球がセシル達に向かって殺到した―――