第14章「土のクリスタル」
V.「朽ちた橋」
main character:ロック=コール
location:磁力の洞窟

 

 ロックを先頭にして、セシル達は洞窟の中へと入る。
 神官達が追ってくるかも知れないと思ったが、洞窟の中まで追ってくる気はないらしい。
 トロイア兵達も、鎧は軽くて動きやすい皮鎧だが、金具を全く使っていないわけではないし、何より主武器であるレイピアは金属製だ。追って来たくても追ってこれないのだろう。

 ちなみに、セシルは当たり前だが鎧は脱いでいる。アンダーシャツとズボンという、軽装で金物は一切つけていない。ヤンやマッシュは元々布の胴着なので、金物は身に着けていない。テラはローブの中に、幾つか魔力を秘めたアクセサリを持っていたが、それも全て外に置いてきた。ロックも一見にはいつも通りの、ジーンズと皮のジャケットの下にベストを着込んだ変わらない服装だが、よくよく見ればジャケットについているボタンの留め具などが、きれいに外されている。ファスも布の巻頭衣しか着ていないので、セーフだ。

「ロック、気をつけて進めよ」

 セシルが前を進むロックに声をかける。
 すると、ロックはニカッと明るく笑って振り返る。磁力のためにカンテラが使えないので、太い木の棒の先に油を染みこませた布を巻いて火をつけた松明を軽く振り、

「ここは俺のホームグラウンドだぜ?」

 ロックの軽口にセシルは苦笑。

「解ってるよ。任せた」
「任された! へっ、トレジャーハンターとしての腕前を見せてやる!」

 意気揚々と、ロックは先陣を切って洞窟の奥へと歩みを進めた。

 

 

******

 

 

 数十分後。

「・・・・・・」

 洞窟に入ったばかりの時とは裏腹に、ロックはふて腐れた顔で洞窟の中を進む。
 その後ろでは、セシル達が気を使うように、ロックの様子を伺いながらついていく。

 トレジャーハンターの腕前を見せてやる! と、やる気満々だったロックが何故ふて腐れているかと言えば簡単な話で、その腕前を見せる機会が全くない所為だった。

 洞窟の中を進んでも、何も危険な状況は起らない。
 当然と言えば当然かも知れないが罠のような危険なものもない。元々は天然の洞窟であり、この場の誰もが生まれる遙か以前に鉱石を掘っていただけの洞窟だ。ダンジョンにつきものの、落とし穴もなければ、特殊な鍵や仕掛けを解かないと開かないような扉もない。

 時折、洞窟内に潜んでいる魔物が襲ってきたりもしたが、ヤンとマッシュが容易く撃退する。最初襲われた時はテラも魔法で応戦したが、ヤンとマッシュだけで十分魔物に通用することが解ってからは、魔法を温存するようにセシルが指示した。
 ちなみに、セシルやロックは武器らしい武器を持っていないので―――森の中に落ちていた、丈夫そうな木の枝を装備しているが、魔物相手には全く役には立たないだろう―――魔物は完全に格闘家二人に任せている。セシルもロックもある程度の体術は出来るが、ヤンはおろかマッシュにすら及ばないレベルだ。ヘタに手を出して怪我をするよりは、本職に任せた方が良いと判断したのだ。

 ちなみにスカルミリョーネは、魔物が襲ってきても、自分は監視するためだけにここにいるとでも言いたげに何もせず、時折フシュシュと不気味な笑い声をあげながら、一行の最後尾をついてくる。

 ともあれ、この磁力の洞窟には危険らしい危険は無かった。
 強いて言うなら、この洞窟は縦方向に長く、洞窟内に切り立った崖のような場所があり、そこでセシルが足を踏み外しかけた程度だろうか。危うく奈落の底に落ちて行きそうになったセシルを、すぐ傍を歩いていたファスが必死で支えて、なんとか事なきを得た。

「ファスがついてきてくれて良かったな」

 邪気のない声で笑いながらそう言ったのはマッシュだ。
 皮肉のつもりで言ったわけではないだろうが、セシルは笑いの薄い苦笑いで誤魔化す反応しかできなかった。

「罠ッ! 罠が欲しい! 俺に罠をくれぇっ!」

 いきなりロックが騒ぎ出す。
 その後頭部を、セシルは手に持っていた木の枝でごつんと叩いた。

「痛ぇ!」
「騒がしいよ、ロック。罠なんかなくて良いじゃないか。楽だし」

 セシルが言うと、ロックは歩みを止めて、叩かれた頭をさすりながらくるりと転身。
 手にした松明に照らされたロックの顔が、恨みがましくセシルを睨付ける。

「楽なのはいーんだよ! 俺だって楽したい! でもそれ以上に見せ場が欲しいんだよ、見せ場が! なんか基本的に俺のこと誤解されまくってるから、ここらで一発真の姿って奴を見せつけたいんだよ!」
「誤解?」
「俺は一体何だぁっ!」

 ロックが叫ぶ。
 声が洞窟内に反響するほどの大きな声に、セシルは耳を抑えて顔をしかめた。

「何だって・・・ロックだろう?」
「違う! いや違わないが、俺の職業を言ってみろって事だ!」

 言われて、セシル達はしばらく考えて。

「・・・飛空艇技師?」
「違うっ」

 即座に否定されて、セシルは再び首を傾げて考える。

「 “見習い” が抜けてるのではないかね?」
「あ、そう言えば。良く知ってるね、テラ」
「なに、あのシドとか言うジジイが聞きもせんのに教えてくれただけにすぎん。ま、退屈しのぎにはなったがね」

 セシル達がトロイアの城を訪れている間だ、テラとシドは飛空艇で待っていた。
 その時に色々と話をしたのだろう。
 そんな推測をしつつ、セシルはロックに向かって自信たっぷりに答える。

「そういうわけで飛空艇見習い」
「違うっっ!」
「あれ、違うんだ」
「―――確か、ドロボウではなかったか? どこかで誰かがそんなことを言っていたような気がする・・・」

 ヤンが何か思い出そうとするように悩みつつ、あやふやな言葉で答える。

「!!!!!」

 最早声を出すのも嫌なのか、ロックは全力で首を横に振った。

「ちーがーうってのッ! お前ら、本当は解ってて言ってるだろ!」

 松明の炎と相まって、顔を紅蓮の色に染めてロックが怒鳴り散らす。
 そんなロックに、セシルは朗らかに笑って、

「あはははは、ごめんごめん。ちょっとからかいが過ぎたな。解ってるよ、本当は―――」
「・・・仕立屋さん♪ なんてボケは無しだからな」

 素早くロックに釘を刺され、セシルは言葉を止めた。
 数秒してから、ようやく再び口を動かす。

「本当は、トレジャーハンターだよね?」
「ボケる気だったのか? ボケる気だったんだな!? つか、実はおちゃめさんかお前、人がマジになってるのに茶化しやがって!」

 完全にいじけてしまったようで、ロックは足下の小石を軽くけっ飛ばした。
 石は乾いた音をたてながら跳ねて転がっていき、唐突に消えた。

(消えた・・・って、違うか。落ちただけか)

 松明の炎を少し上に掲げてみれば、少し進んだ先の地面が途切れていた。
 もう少しよく目を凝らしてみれば、地面が途切れた先に地面が見える。

(崖か・・・向こう側に進むにゃ、この崖を飛び越えなきゃいけないか)

 ざっと目測して、崖は十メートルほどあった。
 とてもじゃないが飛べる距離じゃない。

「は、橋があります・・・」

 か細い声でファスが言う。
 見れば、ボロボロの綱に木を張ってできた橋が崖を渡っていた。

「昔はここで鉱石を取っていたこともあるというから、その名残なのだろうな」

 テラが納得したように言う。
 マッシュが橋近づいて、軽く橋のロープを掴んでみる。触ってみれば、ロープは見ため以上にボロボロで、触れただけでロープの表面が崩れ、下へ落ちる。

「これは・・・慎重に渡らないと危ないかもな」

 そう言って、マッシュが言葉通り慎重な足取りで、橋に足をかける―――と。

「待てッ」

 いきなりロックが制止の叫びを上げる。
 その切羽詰まった声に、マッシュは反射的に足を引き、ロックを振り返る。

「どうした!?」

 魔物でも出たのかと、セシルは身構える―――が、辺りに魔物の気配は感じない。
 ではどうしたのかと、一応警戒しつつロックの方を伺う。

「・・・・・・」

 ロックはまるで死神が目の前を通り過ぎたかのように、蒼白な顔で固まっていた。
 息も忘れるほどに、強く強く目の前の橋を見つめている。

「ロック・・・?」
「うおう!?」

 セシルにぽんと肩を叩かれて、ロックは我に返った。

「な、なんだよ、セシル? 脅かすな」
「一番最初に脅かしたのは君だろ。あの橋がどうかしたのか?」

 セシルに言われて、ロックはもう一度橋を見る。
 この橋が架けられたのがいつなのかは解らないが、少なくともロックが生まれる遙か昔なのだろう。
 そんな橋が朽ち果てずに、まだ渡れそうな状態であることは、ある意味奇跡のようにも思える。

(・・・あの時もあんなボロ橋だったか・・・)

 目の前の橋が、今はもう色あせてしまった過去の回想に重なる・・・・・・―――

 

 

******

 

 

 その時、ロックはもう橋を渡りきっていて、橋の反対側には彼女が居た。
 今にも崩れ落ちそうな橋を前にして、一歩も踏み出そうともしない。

『何してるんだよ。大丈夫だから早く来いって』

 ロックは手を振って彼女を呼ぶ。
 しかし彼女は不安そうな表情をますます色濃くして、ロックと橋とを交互に見やる。

『で、でも、ロック・・・』
『なんだ、怖いのか?』
『こ・・・・・・怖いに決まってるでしょ!』

 馬鹿にされたことが悔しいのだろうか。彼女はむすっとしながらも素直に認めた。
 ロックはやれやれと頭をかきながら。

『だから大丈夫だって。渡って見せただろ?』
『そ、そりゃロックはこういうの慣れてて、身軽だし・・・』
『あれぇ? お前、もしかして太ったのか?』

 気弱な彼女の言葉に、ロックはわざとらしく大きな声で言う。

『太ったって・・・な、なんでそうなるのよっ!』
『俺の記憶が確かなら、幾ら俺が身軽だからって、お前の方が昔は軽かったはずだろ?』
『昔じゃない! 過去形にしないでよ!』

 じぃっと、対岸の彼女を見つめ、身体のラインを空中でなぞるようにして両手を動かす。

『むう・・・こう・・・・・・こう・・・・・・いや、こうか』
『なに妙な手つきしてるの! 変態っ!』
『いや、俺の記憶にある昔のお前の体型と照合してるんだが』
『しなくていいっ、そんなことっ!』

 無視。
 して、ロックはまるで癌の告知をする医師のような難しい顔をして彼女に告げる。

『やはり・・・太りましたね』
『なによそれっ! なによそれぇっ! 太ってないわよ! というかなんで丁寧語なのよ』
『・・・・・・』
『ひ、人を哀れっぽくみるなあっ!』

 完全に頭に血を昇らせて、怒り心頭。
 そして、彼女は橋に向かって歩き出す。
 だが、橋のすぐ前までくると歩みを止めて、橋の板をじっと見下ろす。作られた当時は、それなりに板も揃えられて、しっかりと人を運んでくれる安心感があったに違いない。だが、今は足を載せたとたんにバラバラに崩壊してしまいそうな不安感がある。
 そして板の下には、崖が深く深く続いている。底の見えない奈落の底というわけではなく、ぼんやりと底の方に大きな岩とかが転がっているのが見える。踏み外して落ちても即死ということは無いのかも知れないが、よっぽど運が良くない限り骨折程度では澄まされないだろう。最悪、打ち所が悪ければやっぱり死んでしまうかも知れない。

 橋とその下を見て、浮かんできた嫌な予感を打ち払うように軽く頭を振って、それからロックの方を伺うようにそっと目線を上げる。

『・・・ねえ。本当に大丈夫?』

 あくまでも不安そうな彼女に、ロックは苦笑する。

『だから渡って見せたろ? お前よりも重い俺が渡れたんだから大丈夫だって。それとも・・・?』
『太ってないわよ!』

 怒りを推進力にして、恐怖を振り切り、彼女は一歩を踏み出した。
 それをロックは見守る。

 ロックには大丈夫だという確信があった。
 彼女よりも重い(はず)のロックが渡って見せたから、この橋は大丈夫だと確信したわけではない。
 渡りながら、ロックは橋の強度を慎重に確認しながら渡ったのだ。その結果、長年のトレジャーハンターとしての経験とカンから、この橋は見た目よりも丈夫だと確信した。流石に橋の上で跳ねたりして暴れればどうか解らないが、普通に渡る分には問題ないはずだった。

 そうでもなければ、薄暗く、魔物も潜んでいる洞窟の中でふざけたりはしない。
 自分一人ならともかく、今日は大切な人が一緒に居る。だというのにそれを危険な目にあわせるはずがない。

 だからロックが警戒しなければならないのは、橋よりも魔物だった。
 橋が落ちることよりも、そろそろと慎重にゆっくりとおっかなびっくり渡る彼女に魔物が襲いかかって来る方が心配だった。だからこそ、挑発して半ば強引に橋を渡らせることを急かしたわけだが。

 ロックは大丈夫だと確信していた。
 橋には問題なく、辺りに魔物の潜んでいる気配もない。
 だが、それが “確信” ではなく、 “己惚れ” だったと思い知るのはその直後だった。

『キャアアアアッ!?』
『!?』

 彼女の悲鳴。
 見れば、橋の板を踏み抜いて、彼女の身体が下へと落ちていくところだった。
 慌てて駆け寄るが、僅かに遅い! 橋よりも周囲に注意を払っていた分、反応が遅れた。
 ロックの指先が彼女の指先と触れ―――そして離れ、彼女の身体は橋の下へと落ちていく。しばらくして、どさっ、という落下の激突音。彼女が墜落した音は、意外にあっさりとした軽い音だった。だから、ロックは大したことは無いのだと自分に言い聞かせて、下に落ちた彼女の名を呼ぶ。

『レイチェル、大丈夫か・・・?』

 パニックになりそうな自分の心を静めながら呼ぶ。
 返事はない。
 声が小さかったのかと、もう一度呼びかける。

『レイチェル・・・!』

 今度はさっきよりも少しだけ大きく。
 だが、やはり返事はない。

『レイチェル・・・・・・ッッ!』

 ・・・何度か彼女の名前を呼ぶ。
 最後は、洞窟全体に響き渡るような絶叫だった―――

 

 

******

 

 

 ・・・あとで解ったことだが、レイチェルが橋から落ちたのは、腐った橋板を踏み抜いてしまったからだった。
 しっかり確認したはずなのに、ロックは見落としてしまった腐った板。
 あの時、ロックは今までに無く慎重なつもりだった。当然だ。自分にとって大切な人を連れていたのだから。

 だが、今にして思えば浮かれていただけ。
 彼女にいいところを見せようと、自信を持って先頭に立って洞窟を進んでいた。初めての冒険で、不安そうにロックの後をついてくる彼女のことなど考えずに。本当に彼女の安全を考えていたなら、彼女の手を引いて一緒に橋を渡るべきだった。一度渡って橋の強度を確認したのなら尚更だ。

「おーい、ロックー!」
「え?」

 遠くから、セシルの声が聞こえた。
 回想に意識を沈めていたロックは、その声に我に変える。

「なんだ・・・・・・って」

 周囲を振り返ってぎょっとする。
 仲間たちの姿がどこにも無かった。

「こっちだよ! なにしてるんだ一体!」

 見ればセシルたちは全員、ロックを置いて橋を渡っていた。

「何時の間にー!?」
「君がぼんやり考え事している間にだよ。・・・良いから早く来なよ。見た目ほど、脆い橋じゃ無かったから」

 言われたセシルの台詞に、ロックは軽い既視感を覚える。
 渡った面々を見る。
 セシルやテラ辺りは、ロックと同じ体重か、幾分軽いくらいだろうか。だが、体格の良く筋骨隆々のマッシュが渡れたのなら大丈夫だろう。

 そう判断して、さっさと渡ることにする。

「・・・おわ」

 橋に足を一歩踏み出した瞬間、軽く軋んだ音を立てて揺れる。
 思わず下を見る。
 橋板はいつかの時と同じように不揃いに並べられ、自分をさせられるのかどうか不安にさせられる。だがあの時とは違って、橋板の隙間からは底は見えない。落ちたらどんなに上手く落ちたとしても即死だろう。

 逆に、あの時もこれくらい深かったのなら、自分はもう少し慎重になれただろうか。
 今更考えても仕方ない “もしも” が頭に浮かび、それを振り払うようにしてロックは前に進む。

 一歩一歩進むたびに揺れる橋。
 だが、三歩ほど足を進めると、解ってくる。何処に足を踏み出して、どう体重をかければ、どんな風に揺れるのか。
 それさえ解ってしまえば、この橋がどんな構造で、どこら辺が朽ちているのかがなんとなく解る。どれだけ危険なのかも、解る。―――あの時と同じように。

 無機物に対する危険感知能力。
 それはトレジャーハンターとして培われていたロックの能力だった。

(大丈夫なはずだったんだ)

 苦い想いと共に思う。

(絶対に大丈夫なはずだったんだ)

 今になっても確信できる。信頼できる自分の能力。
 確かに、橋の強度は問題なかった。
 ただ一点。ひとつだけ、腐った板がなければ。

「・・・・・・」

 ロックは橋の中央で足を止めた。
 目の前の板が奇妙に変色している。腐っているのかも知れない。

 ふと、思う。
 腐った板を踏み抜き、橋の下へと落ちていった彼女は何を思ったのかと。
 ロックを恨んだのだろうか。それともなにも思う間も無く落ちていったのだろうか。

(この板を踏み抜けば・・・)

 解るかも知れない。などと馬鹿な考えが頭に浮かぶ。
 馬鹿な考えだと、自分でも解る―――が、その考えを振り払えない。

(俺は・・・・・・レイチェル・・・・・・)

 どくん、どくん、と心臓が五月蠅いほどに高鳴る。
 足を振り上げ、腐った板を踏み越えようとして―――足が止まる。

 ―――落ちてしまえ。

 自分の心の暗い部分がそう囁く。
 落ちてしまえば、彼女と同じ状態になってしまえば、もうこれ以上苦しまなくても済む。

(俺は―――・・・おわあっ!?」

 いきなり身体が宙に浮いた。
 思わず声が出る。

「な、なななっ、なんだ!?」

 戸惑い、空中でじたばたもがくロックを余所に、なにか見えざる力がロックの身体を運んでいく。橋の対岸、セシルたちのいる場所へと。

「魔法・・・か?」

 そのことに気がついて暴れることを止める。
 見れば、テラが杖をロックの方へと向けてなにかをたぐり寄せるように、杖を動かしている。

 やがて、ロックの身体は橋を越えて地面につく。
 その途端、ロックの身体を包んでいた力が消えた。地面に降り立つ。

 なんとなくバツが悪そうに、ロックは頭をかきながら他の面々を見やる。

「いや、悪い、待たせて」
「こっちこそ悪かったよ」

 少し後ろめたそうにセシルが言う。

「ロックが高所恐怖症だなんて知らなかったから。なのに無理に渡らせて悪かったね」
「は!?」
「こんなことなら最初から浮遊魔法を私が使っておけば、怖い想いもさせなくて済んだな」
「いや待て。ちょっと待て」
「気にするな。苦手なものは誰にでもある」
「だから違うってお前らあああっ!」

 セシル、テラ、ヤンの勝手な言い分に、ロックが全力で声を張り上げた。
 そんなロックにマッシュはうんうんと、何か同類なんとやらを噛み締めるように頷く。

「まあ、意外なものが苦手だったりするしな。俺だってナッツイーター苦手だし」
「案外バッツなんかも高いところとか暗いところとか狭いところとか苦手だったりしてね」

 セシルが苦笑する。

 

 

******

 

 

 一方、その頃・・・―――

 バロン城の中庭。
 置いてけぼりになったバッツとフライヤが模擬剣と模擬槍で軽い訓練をしている。
 それをレオが見てやって、時折アドバイスしている。

「はくしゅっ!」
「どうした、バッツ。風邪か?」
「え・・・いや。別に」

 いきなりくしゃみをしたバッツの額に、フライヤが手を当てる。

「・・・熱は無いようじゃな」
「フライヤが見て解るのか? 体温、違うんじゃないか」
「む・・・そう言えばどうなんじゃろうか」

 疑問に首を傾げるフライヤに、バッツは自分で熱を確認する。

「・・・多分、熱無いだろ」
「気分が悪いとかないか? 胸がムカムカするとか」

 レオに問われ、バッツは自分の胸に手を当てる。

「・・・ちょっとムカつくな」
「なら少し休憩にするとしよう。調子の悪い時に気張っても根性しか身に付かん」
「いや、気分悪いとかじゃなくて・・・なんか、セシルのヤツがムカつく」
「「?」」

 レオとフライヤが、バッツの言葉の意味が解らずにきょとんとする。
 バッツ自身、自分が何を言っているのか解らずに首を傾げた―――

 

 

******

 

「いいかァッ! 見てろお前らああああっ!」

 言うなりロックは、今渡終えたばかりの橋に向かってダッシュする。
 そしてそのまま、橋の手前で踏み切って前転。前転から側転、そしてさらに前転を繰り返して橋の向こう側まで渡りきる。

「「「おおおおおおおおーっ!」」」

 あまりにも機敏な動きに、セシル達は思わず歓声を上げて拍手する。
 だが、ロックの妙技はそれだけでは終わらない!

「とうっ!」

 今度は背中をセシル達に向けたまま、連続バク転。さらにはバク宙! ラストは伸身1回捻りでセシル達の目の前に降り立つ。

「おらどうだッ! 俺のどこが高所恐怖症だッ!」

 軽く息を切らせてロックは胸を張る。
 対してセシル達はひたすら拍手。

「すごいすごい。ああ、悪かったよ―――だけど、それならどうして橋を渡るのを躊躇ったんだ?」
「え、それは・・・」

 ブツン・・・

 ロックがどう答えようかと、口をもごらせた時。
 何かが切れる音が聞こえた。

「え?」

 と、振り返る。その瞬間。

 ブチブチブチブチブチ――――――ッ!

 ロックの目の前で、橋の綱が千切れていく。
 丁度真ん中辺りで綱が切れ、橋が真っ二つに別れると、それぞれの岸に振り子よろしく激突した。

「・・・えーっと・・・」
「・・・ホント。高所恐怖症とか言ってごめん」
「ま、まあな!」

 重ねて謝るセシルに、ロックは胸を張って、はっはっはと乾いた笑い声を上げる。
 胸張りながら、足下は震えて居たのは永遠の秘密。

 


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