第14章「土のクリスタル」
U.「迷うこと大切なこと」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイア大森林・磁力の洞窟前

 

 磁力の洞窟前に現れたスカルミリョーネ。
 その姿を目にして、ヤンは今にも飛びかかりそうだった。ヤンにしてみれば、ホブス山で自分の愛する弟子達を失ってしまったことを、否が応でも思い出してしまうのだろう。

「ファス、 “見” るなよ」

 セシルが傍らのファスに言うと、彼女は素直に頷いた。
 ホブス山ではゾンビを呼びだし、操っていたスカルミリョーネだ。その運命―――生命の流れがどうなっているのか、ロクでもないということだけは想像が付く。ヘタすれば、ファスにとってエニシェル以上に恐怖かもしれない。

 それからセシルは、拳を握り、構えているヤンを振り返る。

「ヤン、落ち着けよ。相手は戦いに来たわけでもないらしい」
「む・・・?」

 セシルに諭されて、ヤンは少しだけ落ち着いた。
 確かにスカルミリョーネからは殺気は感じられない。ヤンが構えを解くと、スカルミリョーネは独特の笑い声を上げる。

「フシュルルル・・・流石はセシル=ハーヴィ。よく解っている」
「用件はなんだ?」
「ゴルベーザ様からの命令だ。あのダークエルフ相手では、お前達だけでは力不足だろうから、手伝って差し上げろと」

 スカルミリョーネがそう言うと、セシルは忌々しそうに舌打ちする。

「誤魔化すなよ。お前の目的は僕らの監視だろう。またクリスタルをどこかへ隠したり、持って逃げたりしないように」
「フシュシュシュ・・・解っているのならば、聞く必要もなかったろうに・・・・・・」
「誤魔化すような奴は信用できないと言うことだよ―――お前は信用できない」
「だが、貴様は私を連れて行くしかないなあ? なにせ主導権を握っているのはこちらだ」
「今ここでお前を殺して、ダークエルフに殺された、とでも言えばバレないんじゃないか?」

 そう言って、セシルは右手を前に突き出して「在れ」と一言呟く。
 同時、傍らのエニシェルが地面の影に溶け込むように消え去り、軽い爆音と共にセシルの手の中に暗黒剣が出現する。
 それを見て、しかしスカルミリョーネは臆することもなく。

「ならばやってみるか? 正直に言えば私は貴様らより遙かに弱い。セシル=ハーヴィ、貴様1人相手にしてもあっさりと殺されてしまうだろうなあ。あの山の様に」
「・・・・・・」
「フシュシュ、だが貴様は私を殺せまい。戦意の無い者を貴様は殺せん。それは今までの戦い方を見ていれば解る。貴様の戦いは、常に犠牲を少なくしようとしている。それも味方だけではなく、敵までもだ」
「・・・・・・ちっ」

 セシルは忌々しそうに舌打ちすると、手にしていた剣から力を抜く。
 暗黒剣は手からこぼれ落ちて、地面へと落ちる―――寸前、闇色にぼやけて、溶ける。そしてそれと同時に再びセシルの傍らに、黒いミニドレスの少女が出現する。

「だから必要のない殺しは出来んだろう」
「・・・僕もバッツの事をとやかく言えないか」

 自嘲気味に呟く。

「それで? スカリミリョーネとか言ったか? お前はどうする気だ。ダークエルフを倒すためについてくると?」
「フシュルル・・・・・・無論。ダークエルフからクリスタルを手に入れた後、それを何処にやるかも解らんから、見張らないとな」
「せ、せしるを見張るのはわたしの役目ッ!」
「・・・ファス、ややこしくなるから少し黙ってて」
「むぅ・・・」

 セシルに言われて、ファスはむすっとした顔になる。
 それは置いておいて、セシルはスカルミリョーネを挑発するように言う。

「ダークエルフは強いらしいよ。僕より弱いお前が、殺されかけても僕は助けないからな」
「フシュシュ・・・私を殺せるのはルビカンテくらいなものだ。例えゴルベーザ様やバルバリシアでも、私を滅ぼしきることは出来ん・・・」
「なら、ついてくるなら勝手に来いよ」

 吐き捨てるように、セシルが言うと、スカルミリョーネはまた「フシュシュ」と笑い。

「そうさせてもらおう」

 と、頷いた。

 

 

******

 

 

 洞窟は見た目は普通の洞窟だった。
 森の中、山の斜面に自然にできた洞窟。だが、中には人間の手が加わっているらしい。

「昔、この洞窟は鉱山として使われていた時期があったようです。とはいえ、私の何代も前の神官の時代ですがね」

 神官がそう説明する。

「ですが、苦労して石を掘るよりも、作物を作り、他国と交易して、鉱石類は外国から仕入れた方が良いと判断し、この鉱山は閉鎖されたようです」
「・・・しかし、磁力の洞窟か。見たところ、何も感じないが」

 そう言いながら、エニシェルは洞窟内に一歩踏み出した―――その瞬間!

「ぐおっ!?」
「エニシェル!?」

 いきなりエニシェルの身体が、地面へと叩き付けられる―――いや、引き付けられた。

「な、なんとお!? 身体が動かん!」

 なんとか動かそうともがくが、エニシェルは全く身動きが取れないようだった。

「そうか! エニシェルは人形の身体。当然、金具も使われてる・・・!」
「セシル! 解説は良いから、とっとと助けんか!」
「あ、ごめん」

 セシルはエニシェルの足を引っ張って、洞窟内へと引きずり出す。
 洞窟の外に出た途端、エニシェルの身体が急に軽くなった。

「ぜーぜーっ、これは結界だな」
「結界?」

 セシルが問い返すと、エニシェルは頷いた。

「うむ。この洞窟内に限って、磁力を強化している。だから、洞窟のすぐ外に居ても、なんの影響もないが、金属類を身に着けたまま、一歩でも足を踏み入れれば妾のように」
「潰れたカエルのようになる、と」
「カエルは余計だ!」

 エニシェルがセシルを睨付ける。

「しかし半ば予想はしていたけど、エニシェルも入れないのか―――やっぱりデスブリンガーでも無理かな?」
「暗黒剣とはいえ、金属であるからな。言っておくが妾は試す気はないぞ。また地面に潰されては敵わん」

 エニシェルはそう言って、後ろへと一歩下がる。

「・・・仕方ない。じゃあ、やっぱり最初の予定通り、僕たち5人―――にスカルミリョーネを加えた6人で行くとしようか」

 セシルがそう宣言すると、それに呼応するように声が上がる。

「おっけー。ま、ダンジョンならこのトレジャーハンターに任せなさい」
「相手がダークエルフだろうと、臆しはせぬ! ファブールのモンク僧の力を見せてやる!」
「右に同じ! 今までの修行の成果を見せてやるぜ!」
「私の魔法も遅れはとらんぞ。歳は老いたが、魔力はまだまだ健在じゃ!」
「フシュルルル・・・お手並み拝見と行こうか・・・・・・」
「が、頑張るっ!」

 頼もしい声が聞こえ、セシルは洞窟へと身を向ける。

「よし、行くぞ―――・・・って、ちょっと待て!」

 不意に気がついて、セシルは振り返った。

「今・・・なにか1人多かったような気がするんだけど・・・」

 とか言いつつ、セシルはじっと自分のすぐ後ろに立っていたファスを見やる。
 少女は、きょとんとして首を傾げる。

「どうしたの?」
「・・・いや、ファス? もしかしてついてくる気?」
「うんっ!」

 迷うことのない純真そのものの真っ直ぐな答え。
 ファスはセシルについていくのは当然だと思っているようだった。
 これでは「危険だから」と言っても、納得しないだろう。どうせ「見張らなきゃ駄目だから」とでも言い出して、強引にでもついてくるに違いない。

 さて、どうやって説得しようかと、セシルが考えていると。

「いけません! いけませんよ、ファス=エルラメント!」

 神官が、金切り声を上げてファスの肩を掴む。
 ファスはそれを振り払って、神官に向き直ると睨付けた。

「どうして!? わたしはせしるを見張らなきゃいけないんだもん!」
「何を言っているのです! 貴方にそんな役目を与えた覚えはありませんよ! そもそも、貴方が勝手な事をしたせいで、ギルバート王子が怪我をしてしまったのです。貴方には償いとして、王子の世話を命じたはずですが?」
「そ、それは・・・・・・」

 ギルバートの骨折は、自分のせいであると気に病んでいるらしい。
 ファスは申し訳なさそうにギルバートの方を見る。
 すると、ギルバートはにこりと笑って。

「大丈夫だよ」
「・・・え?」
「「王子!」」

 奇しくもセシルと神官の声がハモる。
 思わず、二人は顔を見合わせて動きを止める。

 先に硬直がとけたのはセシルだった。ギルバートに詰め寄って、非難の声を上げる。

「どういう事ですか、王子! ファスを危ない目にあわせるつもりですか!」
「危ない目にあうかどうかはセシル、君次第だろ? 危ないというのなら、君が守ってやればいい」

 そういうギルバートの声は、何か皮肉めいてセシルには聞こえた。

「僕は・・・バッツ=クラウザーじゃない!」

 危ないのなら守ればいい―――バッツが言いそうな台詞だと思った。
 現に、カイポの村で、バッツはリディアを連れてダムシアンまで行き、さらには危険なアントリオンの洞窟まで連れて行った。ダムシアンまでならともかく、魔物の巣窟に幼い子供を連れて歩く神経はセシルにはない。

 だが、そんなセシルに、ギルバートは尚も言う。

「そうだよ。君はバッツじゃない。セシル=ハーヴィだ。だからこそ、連れて行くべきだと言うことが解るはずだろう?」
「・・・・・・っ!」
「知っているはずだ。ファスは真実に打ちのめされて立ち上がれなくなるような娘じゃない―――それが解っていたからこそ、君はここまでファスを連れてきた。違うかい?」

 ギルバートに言われて、セシルは吐息。

「・・・どうにも、調子が狂うな」

 吐き捨てるように呟く。
 いつもの自分じゃないような気がする。
 この国に来てから―――いや、もっと前、バッツと決闘してから? ミシディアで双子に謝ってからなのかもしれない。それともパラディンになった時からだろうか。

 なにか、自分の中の歯車が上手く回らない感じがする。
 昔はもう少し、上手くやれていた気がする。失敗をしないという意味ではない。自分がどうすればいいか、考える必要もなく解っていたような気がする。

 けれど今は葛藤がある。
 どうすればいいか、解っているはずなのに迷いがある。

(迷い―――か)

 そう、迷いだ。
 今までのセシルには無かったもの。
 今までずっと、迷わずに真っ直ぐ己の道を進んできた。その分、後悔もしてきたが、その後悔を背負いながらも、ただひたすら進んできた。

 でも今のセシルには迷いがある。

 おそらく、ここにはファスにとって辛い真実があるはずだった。それでもギルバートの言うとおりファスを連れてきたのは、 “ここ” に例えどのような “真実” があろうとも、この勇気ある少女ならばくじけないだろうと確信していたからだ。そして、真実とは知るべきものであるとも思ったから、連れてきた。

 けれど、土壇場に来て迷いが出た。
 こんなか弱い少女を、わざわざ危険な目にあわせてまで、真実と直面させる事はないのではと。知らない方がいい真実も在るのではと。

(・・・弱ったな)

 迷っていることを自覚した途端、自分から自信が消え失せた。
 いつもははっきりと感じられる “正しいと思うこと” が解らない。
 洞窟の中にファスを連れて行くことも、外にファスを置いていくのも、どちらも正しく思える―――逆に、どちらも間違いであるような気がする。

(もしかして、迷うって初めてだったりしないか、僕)

 そう思って、セシルは苦笑。
 いくらなんでも迷うのが初めてだとは思わないが、けれどこれほどまでに自分の判断があやふやに感じられるのは初めてだった。
 どうすれば良いか解らない。

(なんか、情けないな―――いつから僕はこんなに弱くなったんだ!?)

 どうしよう―――と、悩みながら、ふと声が出た。

「ファスは・・・どうしたい?」

 それはセシル自身の声だったが、セシルはそれが自分の口から出て、耳から戻ってきた言葉だと、すぐには気がつかなかった。意識して発したものではない、無意識の質問。

「わたしは・・・わたしも行きたい!」

 声。
 それは、迷いのない真っ直ぐな意志が込められた声。
 まるでそれは剣であるかのように、セシルの迷いを鋭く断ち切る。

(ああ・・・そうか、なんだ。単純な話じゃないか・・・)

 に、とセシルは笑う。
 最早迷いはない。だからセシルは問う。今度は無意識にではなく、はっきりとしたセシルの意志で。

「もしも、僕が洞窟の外に残るって言ったらどうする? 君も残るかい?」
「え・・・っ」

 セシルの問いに、ファスは言葉に詰まる。
 困ったような顔をして、きょろきょろと辺りを見回す。まるで、そこらへんに答えが落ちていないかと探すように。

  “迷う” ファスに、セシルは微笑みかける。

「僕を見張らなきゃいけないとか、そんな義務行為じみた考えは捨てて良いよ。君が何を望んで、何をしたいか―――聞かせてくれないか?」

 セシルの言葉に、きょろきょろと忙しなかったファスが動きを止める。
 真っ直ぐな瞳―――先程、セシルの “迷い” を貫いた意志の籠もった瞳を向ける。

「この洞窟の奥にクリスタルがあるんだよね?」
「うん」
「じゃあ、そこにお姉ちゃんが居るって事・・・・・・!」
「いけません、ファス=エルラメント!」

 不意に神官が怒鳴り声を上げる。
 普段のファスなら怯え、竦んだまま動けなくなってしまうような迫力のこもった怒声だ。
 けれど、今のファスは怯まない。
 神官を振り返りと真摯な瞳で見つめる。

「わたしは行きたい! お姉ちゃんがどうなったのか、知りたいから! だから、行かせてください、神官様!」
「なりませんっ! ファス=エルラ―――!?」

 神官の声が、不意に途切れた。いや、声が消えたと言うべきか。神官は必死で口をぱくぱくして怒鳴ろうとしている―――が声が出ない。

「ふむ。静かになったな」

 そう言ったのはテラだった。
 おそらく、彼が沈黙の魔法を使ったのだろう。
 そのことに気がついたセシルは笑って頷く。

「ああ、それじゃあ行こうか」

 そう、宣言して。
 セシルはファスに手を差し出す。

「行くよ、ファス」
「―――うんっ」

 迷うことなく、ファスはセシルの手を取る。
 ファスの小さな手を握り、セシルは先程感じたことを思い出す。

(そう、単純な話なんだ・・・迷ってしまったら―――自分に自信が持てなくなったら、その時は誰かに頼ればいい)

 迷っている自分の背中を押してくれる人があれば。
 迷っている自分の手を引いて導いてくれる人が居れば。

 迷いは、迷いでなくなるのだから。

「・・・せしる? なんか嬉しそう・・・」

 洞窟へと向かいながら、ファスが不思議そうに呟く。
 そんな少女に、セシルはにっこりと微笑んで答えた。

「嬉しいよ。ようやく僕は、大切なことに気がつくことができたんだから―――」

 

 


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