第14章「土のクリスタル」
T.「予期せぬ敵」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイア大森林・磁力の洞窟前

 

 

「起きろ」

 げしっ、と何かに蹴られてセシルは目を覚ます。

「うお。・・・な、なんだ・・・?」

 目を開ける、とそこにはいつも通りのエニシェルの姿があった。
 仁王立ちで、今し方セシルに見舞った足を地面に降ろし、

「もう朝だ。もっとキビキビ起きんかい」
「いや、朝は苦手で・・・」

 ふわあ、と大きな欠伸を一つ。
 そんなセシルを見て、はあああああ、とわざとらしく大きな溜息を吐くエニシェル。

「こんな情けない男が妾の使い手とはの。レオンの様に完璧になれとは言わんが、もう少しシャンとならんもんか?」
「酷い言われ様だな」

 セシルは苦笑しながら、寝ぼけ眼をこすりつつ、立ち上がって背伸びしそうとする―――と、何かに引っ張られた。
 見れば、小さな手がセシルの服の裾を掴んでいる。ファスだ。

 掴んでいる、とは言っても本人は眠っている。力は入っていないので、やや強く引っ張れば簡単に手が離れた―――が、そのせいかファスは身じろぎ一つすると、閉じていたまぶたを開ける。

「ふぅ・・・・・・んぅ・・・?」

 ぼんやりと目を開けて、辺りを見回す。
 そして、やや困惑げに。

「・・・ここ、どこ・・・・・・?」

 呟いてからほんの数秒。
 両手を持ち上げて、ポン、と叩く。

「そっか。わたし、悪い人を見張らないと」
「いや、というかいい加減に悪人指定は勘弁してください」

 セシルが言うと、ファスは首を横に振る。

「駄目。だって悪い人は見張らないと悪いことするもん」
「ううう・・・」

 ちょっと涙。
 朝っぱらから悪人呼ばわりされれば、泣きたくなるものかも知れない。

「・・・目が覚めたか」
「・・・!」

 エニシェルの声に、ファスははっとして振り返る。
 ややびくっと怯えたように身を震わせるが、以前の様に悲鳴を上げたりはしなかった。ただ、その恐怖を必死で堪えるような目つきは友好的とは言い難かったが。

 それでも、ファスはエニシェルに向かって口を開く。

「お、おはようございます」
「・・・おはよう」

 堅い朝の挨拶を交す。
 そんな二人の様子を見て、セシルは苦笑。

(悪い奴ではないんだよな)

 思う。
 エニシェルも、ファスも。
 ファスが運命を見て取ったように、エニシェルは暗黒剣デスブリンガーとして幾多の命に絶望を与えてきた。その絶望―――負の感情は、デスブリンガーの力の源でもある。
 けれど、今はデスブリンガーとしてだけではなく、エニシェルという存在でもある。
 ただの剣に過ぎなかったデスブリンガーが、いつ意志を持ったのかは解らない。が、絶望を与えることしか知らなかった暗黒剣は、在る男から愛を教えられてエニシェルとなった。その辺りの詳しい経緯は、セシルは知らないし、想像も付かない。ただ、エニシェルという存在を生み出したレオンハルトという暗黒騎士は凄いと思う。

(暗黒剣が愛してしまうほどの暗黒騎士か―――どんな人だったんだろう)

 歴史上の人物として話は聞いたことがある。
 かつてはパルメキア帝国、皇帝の片腕として動き、最終的にはその皇帝を倒すために剣を振るった。
 セシルが歴史書を読んで感じたのは、カインのようにクールな戦士だったのではないかということだった。野ばらの勇者といわれた、打倒帝国の立役者であるフリオニールの幼馴染にして、親友でありながら、反乱軍と帝国軍という相反する立場で容赦なくフリオニールたちを苦しめた。

 親友に刃を向けることを、非道とも悲劇ともセシルは思わない。
 フリオニールにはフリオニールの、レオンハルトにはレオンハルトの戦うための理由があったのだろう。

 今は敵味方に別れてしまった、セシルとカインの様に。

 もしも親しい人間が敵味方に別れてしまった事を悲劇に思うとしたら、それは互いに望まない戦いであることだった。
 望まぬのに、戦い傷つけ合う。それは悲しいことだとセシルは思う。

(最終的にフリオニールとレオンハルトは和解して、パルメキア皇帝を打倒している。・・・僕は―――)

 ふと、空を見上げる。
 森の緑の隙間から僅かに見える空。その空を、親友も見ているのだろうかと思いながら。

(僕は、カインと和解できるのだろうか・・・?)

 半ば強引にだが、セシルはバロンの王となる。
 ならば、かつてセシルを王と認めてくれたカインは、戻ってきてくれるだろうか。

 そう考えて―――苦笑い混じりに首を横に振る。

(・・・虫の良い考えだな。成り行きとはいえ、今更王になるなんて言ってもカインは怒るだけだろう)

 そう思う一方で、僅かな期待もある。
 再び、親友と共に戦うことが出来るかもしれないということを。

 

 

******

 

 

 簡易的な朝食をとる。
 セシルはトロイアの人間とは別に、昨日の焚き火の跡を囲んで朝食をとった。トロイアの人間は別とは言ったが、もちろんファスはセシルのすぐ横で “見張っている” 。ちなみにファスの反対側のセシルの隣に、エニシェルが座っていた。

「さて―――セシル、そろそろ聞かせてもらおうか?」

 皆が朝食を食べ終わり、一息吐いた頃、唐突にテラがきりだした。
 言われ、セシルは首を傾げる。

「何を?」
「何を、じゃない。ダークエルフに対する対抗策だ。まさか無策のまま洞窟に突っ込むわけではあるまい?」

 いいつつ、テラはちらりと車椅子に座るギルバートを見やる。

「まあ、昨日の竪琴の音を聞いていれば、何を考えているかはおおよそ見当は付くが」
「・・・・・・竪琴?」

 テラの言った言葉の意味が解らずに、セシルもギルバートを見やる。
 見つめられたギルバートは困ったように苦笑する。

「昨日、竪琴を奏でていただろう? あれは呪歌なんだよ」
「なるほど、魔力を打ち消す呪歌ですか」
「相変わらず、セシルは話が早いね」

 セシルが納得したように頷くと、ギルバートが感心したように言う。
 そんなやりとりを見て、テラが苛立ったように言う。

「ちょっと待て! セシル、あれが呪歌だと気がついてなかったのか!?」
「うん。今、気がついたよ―――けれど、それを王子が言わなかったところを見ると、効果の程はあまり期待できないようですね」
「まあね。魔法の効果を若干弱めるのが精一杯だ。とてもじゃないけど、ダークエルフの使う術に対抗できるとは思えない」
「・・・ええい、ちょっと待てい!」

 セシルとギルバート、それからテラが話を進めていると、いきなりシドが叫んだ。

「なんの話をしとる!? ワケが解らんぞ!」

 シドの意見は、他の面々も一緒のようだった。
 皆、一様にセシルの方を困惑げに見つめている。

「つまりテラは、昨晩、王子が奏でている魔力を打ち消す呪歌―――あれ、歌は歌ってないから呪曲が正しいのかな」
「どっちでも構わないよ。ただ、吟遊詩人が奏でるのは、歌があろうとなかろうと、呪歌って呼ばれるね―――基本的に吟遊詩人は曲の旋律に合わせて謳う者だから」

 ギルバートの注釈に、セシルは頷く。

「では呪歌で―――テラはそれを聞いて、ダークエルフに対する策が、王子の呪歌でダークエルフの魔力を打ち消して、磁力の洞窟の力を弱めると勘違いしたんだね」

 セシルが説明すると、テラは苛立った様子のまま無言で何も言わない。

「けれど、今言ったように、僕の呪歌では効果が薄い。―――ま、セシルの言うとおり、効果があると思ったら自分から言ってる」

 ギルバートがそう言うと、ロックがやや不安そうに。

「って・・・じゃあ、結局、ダークエルフの対抗策は無いって事か? 確か、唯一の弱点の金属は磁力のせいで使えないんだろ?」
「弱点は金属だけではなく、火にも弱いはずだよ。昔、僕が吟遊詩人として各地を回っていた時、そんな伝承を聞いた覚えがある」
「もっとも、魔力の高いエルフには魔法の炎は通じないだろうがな。油をまいて火をつけるにしても、空間が限定された洞窟内ではこちらも危険だ。そもそも、磁力によって金属に対する備えを万全にしているダークエルフだ。火に対しても何らかの対策は講じているだろうな」

 ギルバートの言葉の後を、テラが続ける。
 テラの機嫌が悪そうなのは、さきほどのセシルとのやりとりが尾を引いているばかりではなく、ギルバートの存在がそうさせているのかも知れない。
 自分の愛娘を失う一因にもなった男だ。共通の目的のために、そういうことを表に出さないようにはしているが、胸中は穏やかなはずがない。

 テラとギルバートの関係に、セシルは心中で吐息する。
 二人とも、本当なら憎み合うような関係ではなく、もしかしたら親子になるかも知れない間だった。
 出来ることなら、なんとか分かり合えるようになって欲しいと思う―――が、ヘタに他人が口を出せる問題でもない。

(あまり触れないようにしよう)

 消極的だがそれが最善と考えて、セシルは思考を切り替える。

「一応、考えはあるよ」
「聞かない方がいいっスよー。きっとロクでもない考えだ」

 ロイドがちゃちゃを入れる。
 セシルはそれを一睨みして。

「悪かったね」
「って、ロクでもないって認めるのかよ!?」

 ロックがツッコミを入れるが、セシルは答えずに話を進める。

「簡単な話だよ。金属武器が使えないのは、ダークエルフの術のせい―――けれど、その術を行使できるのは、クリスタルの力があるからこそという話だろう? だったら、そのクリスタルを奪ってしまえばいい」

 セシルはさも簡単そうに言い切る。
 が、それを聞いて、皆、押し黙る。
 しばし沈黙―――やがて、皆を代表してロイドが挙手する。

「いや・・・あの、隊長?」
「何度も言うけど、僕はもう隊長じゃなくて」
「そんなことはどうでもいいッスよ! それよりも、そもそもそのクリスタルを奪い返すために、ダークエルフをなんとかしなきゃいけないんでしょ!? 話の順番が逆でしょお!?」

 ロイドの意見に、他の面々もうんうんと頷く。
 しかし、セシルは特に慌てた様子もなく答えた。

「ロイドの方こそ、目的をはき違えるなよ。僕たちの目的はクリスタルを手に入れることだ。そのために、ダークエルフを倒すという手段があるというだけだよ」

 セシルに言われて、ロイドははっとする。

「そうか! ダークエルフを倒すのが難しいなら、クリスタルをこっそり盗み出せば良いんだ! こっちにはシクズスでも有数の大泥棒が居るわけだし」
「って、それ俺のことか!? 何度も言うっていうか言い飽きたが、俺はドロボウじゃねえっ! トレジャーハンターだっつーのっ!」
「いや、似たようなもんじゃんか」
「似てねえよッ!? 月とスッポンくらい似てねえッ!」

 ロイドとロックのやりとりを眺め、ふとファスが呟く。

「・・・月とスッポンって似てるよね」
「え。あ、う・・・・・・いや、つまりだからっ、ぱっと見た感じ似てる気がするかも知れないが、実質は全く違うっ!」
「ともかく、今回はロックの力が頼りってことだよ」
「おい待てセシル! それナチュラルに俺のことをドロボウ扱いしてないか!?」
「そんなことないよ」

 と、セシルはにっこり。

「なにせ洞窟だからね。数々の洞窟迷宮古代の遺跡を渡り歩いて、お宝を見つけてきたロックなら信頼できるってことだよ。これから磁力の洞窟に潜って、クリスタルというお宝を得るためにね」
「む・・・ふっ、まあそこまで期待されちゃ仕方ねえな。へっ、ダンジョンなら俺にお任せだぜ!」

 どんと胸を張るロックに、セシルは拍手。
 それから周囲を見回して。

「そういうわけで、今回はダークエルフを撃破することよりも、クリスタルを奪うことが主目的になる。だから、少数精鋭で行く―――とりあえず僕とロックは決まりだ。それから、金属が使えないから格闘に秀でたヤンとマッシュ・・・この4人で行く」

 セシルが言うと、ヤンとマッシュはそれぞれ自前の筋肉に力を込め、「よっしゃーっ」と気合いを入れる。

「って、おいセシル。俺は留守番かよ!」

 不服そうに文句を言ったのはリックモッドだった。

「リックモッドさん自慢の大剣は使えないし、武器を置いて鎧を脱いだとしても、その巨体は盗賊には向かないでしょう」
「だから盗賊あつかいすんじゃねーっ!」

 ロックがなにやら騒ぐが無視。

「まあ、今回は様子見という意味もあります。クリスタルの存在を確認して、危ないと思えばそのまま即座に撤退しますし。運が良ければクリスタルを盗み出せるというつもり程度ですから」
「そういうことなら、私も行こう」

 そう言ったのはテラだった。

「私の魔法も洞窟内では有効だろう」
「あ、危ないですよ! やめておいた方が良いです!」

 ギルバートが叫ぶ。
 それをテラは一瞥すると、ふんと、もの凄く不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「車椅子なんぞの世話になっているような奴に心配なぞされたくはないわ!」
「・・・・・・」
「いや、僕も王子の意見に賛成だな」
「・・・セシル!」
「テラの魔法は頼りになることは知ってる―――けど、いざというときの敏捷性は僕たちよりも遙かに劣る。ヘタすれば足手まといになりかねない」

 セシルがそう言うと、ギルバートが今度はセシルを非難するように視線を向ける。

「セシル! そんな言い方は・・・」
「お主はだまっとれ」

 テラにぴしゃりと言われ、ギルバートは押し黙る。
 それから、テラはセシルに向き直る。

「成程。確かに、セシルの言うとおりに逃げる時に私の足では足手まといだろう―――が、見くびってもらっては困るな。私は転移魔法も使うことが出来る。いざとなれば、地上まで一瞬で戻ってくることが出来る」
「・・・しかし―――」
「バロンの城で石化になった双子のことを、後悔に思うのはお主だけではない」
「!」

 セシルの脳裏に、城の廊下で石化したままの双子の姿が思い浮かぶ。

「あの時、あの場に私が居たならば、むざむざあの子らが犠牲になることもなかった。私が居たなら、転移魔法を使うことができた・・・っ! そうすれば!」
「テラ・・・」

 悔しそうに歯を食いしばるテラに、セシルは何も言うことが出来なかった。

「だから、私も行く。二度とあのような後悔をしないために―――いいな!」

 テラの気迫に、セシルは断ることは出来なかった。

「・・・解った。なんにせよ、脱出方法があるのは有り難い。僕の “テレポ” じゃ僕1人ならともかく、全員を転移させることが出来るか不安だしね」

 

 

******

 

 

 朝食を済ませ、洞窟へはいるために装備の確認をする。
 セシルは鎧を脱ぎ、ロック達も身に着けた金物を取り外す。

 準備を整え、セシル達は飛空艇の不時着した場所から、少し歩き、昨晩ファス達が確認した磁力の洞窟へと向かう。
 無論、セシル達だけではなく、神官を筆頭としたトロイアのアマゾネス達も一緒だ。

 神官には、洞窟にはセシル達だけで行くことは告げてある。それを神官は快く了承した。というより、そもそも洞窟へはセシル達だけで行かせるつもりだったのだろう。その証拠というわけではないが、アマゾネス達は鎧こそ軽くて動きやすい革製だったが、武器は金属製のレイピアだ。磁力の洞窟に入るための装備ではない。

 そのことにロイドも気がついて、「なんのために来たんだか」と小声で皮肉を言ったが、幸いにもトロイアの人間には聞こえなかったようだった。

(なんのためについてきたか・・・か)

 そのことについて心当たりはある。
 が、今考えるべき事ではないとセシルは判断した。
 今は、洞窟にもぐり、ダークエルフからクリスタルを奪い返すことが第一である。

「むっ・・・?」

 ふと、なにかに気がついたかのように、先頭を歩いていたヤンが声を上げる。
 何に気がついたのか、セシルにもすぐに解った。

 人だ。

 洞窟前に、1人の人間が立っている。
 背中を丸め、ローブにで身をすっぽりと覆った小柄な人間。
 もしかすると人間でもないのかも知れない。身を覆ったローブのために、姿が解らない。

 ローブの男からは醜悪な匂いが漂ってきていた。
 汗や埃、垢などの体臭とは完全に異なる異臭。
 肉が腐った時に放つ腐臭が漂い、セシル達は顔をしかめる。

 セシルはそのローブ姿に見覚えがあった。
 どこかで見た覚えのある姿―――

「フシュルルルル・・・・・・久しいな、セシル=ハーヴィ―――」
「その・・・笑い声・・・!」

 セシルは思い出す。
 ホブス山の山頂で、同じ姿の男が同じような笑い声を立てていたことを。

「貴様・・・あの時の・・・ッ!」

 ヤンも思い出したのか、ぎりりと歯を強く噛み締める。

「まさか・・・なんで・・・」

 ギルバートも驚きを隠せない。
 セシル達三人以外は、どういうことか解らずに、ローブ姿の男とセシル達を見比べて困惑していた。

「・・・だって、あの時セシルが確かに―――」

 それは、ホブス山でセシルが居合いの技で一刀の元に上下両断したはずの存在。

「そうか―――」

 ローブ姿の男を睨付け、セシルは呟く。

「お前も、あの炎の魔人や偽バロン王と同じ、人ではないということか・・・!」
「フシュルル・・・・・・自己紹介はしただろう、セシル=ハーヴィ―――まあ、新しい顔もあるようだから改めて名乗るとしようか・・・」

 ローブ姿の男は、礼のつもりなのか、ローブに覆われた身体をゆっくりと上下させると名乗る。

「我が名はスカルミリョーネ・・・・・・ゴルベーザ四天王の1人―――土のスカルミリョーネ・・・」

 

 

 


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