第14章「土のクリスタル」
R.「飛空艇の上で」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイアの街
結局、なんだかんだでトロイアの町を出立したのは昼頃だった。
これでも早い方だったとセシルは思う。なにせ、土のクリスタルを奪い返す為にこの飛空艇に乗り込んだのは、セシルたちだけではなく二十人からなるトロイア兵と、八神官―――今は七神官の一人も乗り込んでいた。
早い方だったというのは、それら兵士の乗艇や食料の搬送が割りとスムーズに行ったからだ。セシルから見ても兵たちの統率が良く取れている。バロンで一番統率力が高いのは、ベイガン率いる近衛兵団だったが、それにも劣ることの無い整然とした動きだった。
しかもその指揮を執っていたのが、同じく飛空艇に乗り込んだ神官―――加えて言うなら、トロイア城で七神官の代表として前に出て、セシルと話をした神官だ―――であるのも驚きだった。が、ちょっと考えてみれば驚くこともないということに気づく。バロンでも、軍事だろうと政治だろうと、その最高権力者は王である。トロイアには王は居らず、代わりに神官がいるというだけのことなのだろう。
飛空艇は、特になんのトラブルも無く飛んでいる。
トロイアの女兵士達―――アマゾネス、と言うらしい―――は当然、飛空艇は未体験のはずだが、離陸のときに少しだけざわついたくらいで、無用にはしゃいだりはしなかった。今は飛空艇の中で身体を休めている者と、甲板に出ている者と半々くらいだろうか。
甲板に出ているアマゾネス達も、別に普段よりも近い空や、地上では見ることの出来ない地上の風景を物珍しく眺めているわけではない。魔物の襲来に備え、辺りを警戒しているようだ。(・・・バロンよりもよっぽど軍隊らしいなあ)
甲板の縁に背を預けて、それらを眺めていたセシルは心の中で苦笑する。
もっとも、バロンの兵たちが無能と言う意味ではない。緊張するべきときは気を張るが、気を抜くときは抜く。常に神経を尖らせて周囲に気を配るのは、軍人としての理想かもしれないが、裏を返せば気持ちに余裕が無いということでもある。張りつめすぎた精神は想定された状況ならば最大限の力を発揮できるが、予想外のトラブルが起きてしまえば脆く、パニックに陥りやすい。逆に余裕のある精神状態ならば、イレギュラーな状態にも臨機応変に対応しやすい。
ただ、今回はある意味特別なのかもしれない。兵たちだけではなく、国の指導者でもある神官も乗艇しているのだから―――と、そこまで考えて、セシルは乗艇の時に感じた印象を思い返す。(ああ、そうか。だから近衛兵と一緒なのか)
王を守るという役目を持つ近衛兵は、それこそ四六時中神経を張り詰めている。特に、エブラーナと戦争していた時代などは、いつどこから凶刃が忍び寄るかもわからない。僅かに気を緩ませたせいで、守るべき王の命が失われれば取り返しが付かない。
逆にセシルが所属していた陸兵団や飛空艇団は攻撃部隊だ。敵を撃破するときにだけ、神経を尖らせ、集中すればいい。必要の無いときに気を配る必要も無い。ファブールでは防衛戦だったが、それもどちらかというと攻撃的な守備だった。自分のやっていることが気楽な物だと考えたことは無かったが、何かを守るというのは難しいものなのだろうと、ふと思う。
(守る・・・か)
セシルは常に攻める方だった。
倒し、壊し、奪い、勝利する為に攻め続ける。
ファブールのときのように、何かを守る為に戦うという状況はあったが、セシル個人としてなにかを守る為に戦った覚えは無い。ファブールの時も、セシルにとっての勝利条件は “クリスタルを守る” ではなく “エブラーナが動くまで耐える” であったし、それはつまりエブラーナに気を取られている隙に、海からバロンへ攻め込む為の布石でもあった。カイポの村でも、バッツやギルバートは村人を守ろうとしたが、セシルは魔物を撃退することを優先した。
あの時はリディアのお陰でなんとか魔物を撃退できたが、それがなければ結局は村を逃げ出すしかなかった。結局、バッツが言うように村人の命を優先させ、村を捨てて逃げだしす事が正しかったのかもしれない。(でも、きっと・・・)
自分は間違っている人間なのかもしれない。などと思う一方で、確信にも似た想いがある。
(でもきっと、もしまた同じような状況になれば、僕は同じ選択をするんだろうな)
例え間違っているとしても、それでも自分にとっては正しい事だと感じる限り。
そして―――許せないという怒りを感じる限り。(結局、感情的なんだよな、僕は―――カインみたいにクールにはなりきれない)
セシルは常に先に感情が走る。許せないと、怒りのような激情が駆け抜ける。理屈や勝算などは、そんな激情のあとにくっついてくるに過ぎない。
それで失敗しないのは、ただ運がいいだけだ。失敗しても、運よく自分か別の何かがフォローしてくれる。だから見かけは失敗していないように見えるだけ。実際は何か一つ天秤が傾いたら大失敗だったということは何度でもある。後になって思い返して後悔したり、背筋が凍ってしまうような大失敗寸前の大成功もある。(感情的かつ攻撃的なんだよなあ。そんな僕が王なんかになっていいのだろうか?)
カインに王になれと言われるたびに、自分は王の器ではないとそう答える一番の根拠がそれだった。
他国の将を打ち倒し、領土を平らげていく、そんな乱世の英雄や覇王にはなれるのかもしれない。けれど、国を平和に治めることができるのかどうか自信はない。(本当はベイガン辺りがやるべきなんだよ。オーディン王が遺した国を守ろうと、誰よりも強く考えてる彼が)
などとセシルが推奨する男が、バロンを守る為に出した結論が、セシルを王にする事なのだから質が悪い。
そんなことを考えて、小さく吐息。すると後ろから声を掛けられた。「どうかしたの?」
「うわっ!?」セシルは飛空艇の縁に背をつけて考え事をしていた。当然、セシルの後ろは何も無い空のはずで、だから驚いてセシルが振り返ると、そこにはファスがふよふよと浮かぶチョコの背に乗っていた。
「ファスか・・・脅かさないでくれよ」
セシルが苦笑いしながら言うと、ファスは思い切り口を尖らせて。
「脅かしてないっ。そっちが勝手に驚いたんだもん!」
「あ、そだね。ごめん」どうも先ほどの口ゲンカが後を引いているのか、どうにも険がある。
果たして、無用に怯えられていた時とどちらがマシだったかななどと思いつつ。「でもファス、飛空艇の中に居たんじゃなかったのかい? 出発のとき、テラと一緒に入って行った様な・・・」
先程、トロイアの街中でファスが飛び去った後。
セシルの予想通り、彼女は飛空艇に居た。だが、セシルが飛空艇の甲板に上がって来るのを見ると、ふくれっつらのままテラと一緒に飛空艇の中へ入ってしまった。「わたし、あなたを見張らなきゃいけないもん!」
「あ、うん、そうだったね―――でもさ、それなら隣に来なよ。チョコボに乗りっぱなしっていうのも疲れるだろう?」
「平気っ! チョコの背中だったら、何時間でも何日でも何年だって乗ってられるから」力一杯にそう言って―――から、声を落として。
「それに、わたし嫌われてるし・・・」
「え?」と、セシルが聞き返すと、不意にファスの姿が下がった。
見れば、飛空艇の縁にぎりぎり頭が出るか出ないかまで高度を下げていた。突然のリアクションに、セシルは何気なく周囲を見回してみると、甲板にいたアマゾネスの何人かがこちらを睨んでいることに気が付いた。セシルの視線に気が付くと、アマゾネスたちは視線を反らし、周囲の警戒に戻る。
一瞬、セシルは自分が睨まれているのかと錯覚したが、すぐにそうではない事に気が付いた。―――わたし嫌われてるし・・・
思えば、トロイアの城でも城内の人間はファスのことを白眼視していたような気がする。それを思い出し、はっとしてファスを見下ろす。
ファスは俯いていて、セシルからは表情が見えない。
だが、怯えているのではないかと想像する。どうして嫌われているのか―――などとは問わない。
セシルには心当たりがあった。(クリスタル、か・・・)
奪われたクリスタル。その犯人がダークエルフではなくファスの姉、ファーナだったとするのなら、ファスが厭われているのにも説明が付く。付くが、それで納得するよりも、セシルは怒りを感じる。それはミシディアで、ダムシアンで、そしてファブールで―――クリスタルを巡り、戦いと悲劇が起ってしまうたびに感じる憤りだった。
(クリスタル、クリスタルか・・・それほどまでに素晴らしい物だというのか! 国を滅ぼし、多くの命を失わせ、一人の少女を悲しませても奪い、守るべきものだというのか!)
「あ・・・・・・」
怯えた声。
見れば、ファスが怯えた目でこちらを見上げていた。
どうやら怒りが顔に出ていたらしい。セシルは慌てて怒りを消す。「あ、ごめん、怖がらせたかい?」
「・・・・・・そればっかり」セシルが謝ると、ファスがぽつりと呟いた。
「え?」
「・・・ごめん、ばっかり。そんなに謝らなくてもいいのに」既視感。
(以前にも同じこと言われたような気がするなあ)
「ああ、そうだね。ご―――もとい。これから気をつけるよ」
「うん」
「でもそれをいうなら、ファスも僕のことをちゃんと呼んで欲しいな」
「?」セシルが言うと、ファスは首をかしげた。
「僕のことを名前で呼んで欲しいって事だよ。自己紹介、したよね?」
「・・・う、うん」
「じゃあ、呼んでみてよ。僕の名前」セシルが言うと、ファスは口をもごもごさせる。
名前を言おうとしているんだけど、声に出せない、そんな様子だ。(・・・人の名前を呼ぶの、苦手なのかな・・・?)
思えば、そもそも人と話すのも苦手なようだった。
人の名前を呼ぶのも似た感じなのだろう。
それでも、なにか決意したように口を開くと、声を出す。「・・・・・・は・・・ハーヴィ?」
「ええと、できれば最初の方の名前がいいかな。僕もそっちの方が聞きなれてるし」
「・・・・・・・・・せ・・・・・・せしる」
「はい、よくできました」
「こ、子供あつかいしないでっ」ぶぅ、とファスが頬を膨らませる。
それを見て、セシルが声を殺して笑うと、さらにファスはふくれっ面になった。「それよりもファス。チョコと一緒に飛空艇の上においで? チョコも大変そうだよ」
ふくれっ面のファスの下で、チョコは必死になって羽根を動かしている。
黒チョコボの飛行速度も大分速いが、飛空艇はそれ以上だ。なおかつ、この飛空艇はバロン最新鋭の高速飛空艇エンタープライズ。如何に空を飛ぶために進化した黒チョコボにも限界がある。必死になって飛んでいる自分の相棒を見て、ファスは「あ」と声を上げる。
「チョコ、ごめん。もうがんばらなくていいからっ!」
ファスがそう言うと、チョコは最後の力を振り絞ってさらに強く羽根を羽ばたかせると、飛空艇の上に飛び上がり、セシルの目の前に着地する。
飛空艇の甲板に足をつけて、チョコは「くえ〜」と心底疲れ果てたような声を上げた。そんな友達の羽根を、ファスはマッサージでもするかのように撫で付ける。「ありがと、ここまで頑張ってくれて」
ファスの言葉に、チョコは嘴で軽く少女の頭をつつく。まるで「気にするなよ」とでも言っているかのように、セシルには思えた―――