第14章「土のクリスタル」
Q.「本気の意志」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイアの街

 

 

 ギルバートの部屋を出た後、骨折しているギルバートのために車椅子を用意して貰い、城の外に出る。
 大分時間を潰したと思っていたが、まだ太陽は天頂まで届いていない。街の風景を見回せば、人々が雑多と動き回ってはいるが、昨日トロイアに到着した時ほど人は多くない。そろそろ街が目を覚まし始めた、という頃だろう。

 人が行交う中を、ギルバートの車椅子を押すヤンと、セシルが進む。
 道行く人の流れがまだ少なくて幸いだった。雑踏の中をギルバートの車椅子が進むのは、中々難しいだろう。

「道が整備されているというのは良いものだな」

 何気なくヤンが感想を漏らす。
 ヤンが押している車椅子は振動することなく、スムーズに進んでいる。それもきちんと整備された道のお陰だった。
 これがでこぼこだらけの田舎道なら、押すのも苦労するだろうし、乗っているギルバートも苦痛だろう。車など使わずに背負った方が良いに違いない。

「僕のために面倒をかけるね」

 ヤンは何気なく感想を言っただけだったのだが、ギルバートは気にしてしまったらしい。困ったように苦笑して、ヤンを振り返る。慌ててヤンは首を振り。

「いえ、別に貴方のことを責めているわけでは―――しかし、誤解ついでに尋ねますが、何故回復魔法を使わないのですか? ここには回復魔法の使い手もいるはずでしょう」

 フォールスで魔法と言えばミシディアだが、それ以外の国でもレベルは低いが魔法の研究は行っている。
 バロンでは軍事利用のために戦闘に役立つ魔法を研究しているし、ダムシアンでは魔力を歌や曲に込める “呪歌” が発達していた。そしてこのトロイアでは動植物の成長を促すなど “生命” に関わる研究が行われている。骨折程度ならばすぐに治せるはずだった。

「確かに治せるんだけど、命に関わらないなら魔法はあまり使わない方がいいんだって。安易に回復魔法に頼ってしまえば、人間が持っている抵抗力や自然治癒力が弱まって、極端な話、指先を少し切っただけでも血が止まらなくなって失血死してしまうらしい。・・・ま、骨折を1回治しただけでそうはなりはしないだろうけど」

 ギルバートの説明を受けて、ヤンは成程と頷く。

「やはり最後に頼りになるのは己の肉体のみ! ということだな」
「いやそれも極端だと思うけどね」

 片手を車椅子から離して、腕をL字に曲げて力こぶを作るヤンに、セシルは苦笑。
 ―――と。

「うん?」

 不意にセシルが動きを止めた。
 釣られてヤンも立ち止まる。

「どうした、セシル?」
「いや、今なにか聞こえて―――」

「チョコ! 猛烈ダーッシュ!」

「む。確かになにか聞こえたような・・・」
「・・・空?」

 なんとなくセシルは空を見上げる。
 建物や木々で区切られた青い空。その中に黒い何かが見えた。
 それはもの凄いスピードでセシルに向かって墜ちてくる!

「げっ!?」

 反射的にセシルは身を引く―――が、それに合わせて黒い影は軌道修正。
 セシルめがけて真っ正面から激突する!

「ぐっはあああっ!?」

 黒チョコボのチョコの蹴りがセシルの身体を吹っ飛ばす。
 数瞬の浮遊感。ついで落下感を味わって、地面に叩き付けられる。

「痛う・・・・・・」

 呻きながら、鎧を着ていて幸いだったと思う。
 もしも暗黒の鎧を装備していなければ、チョコボキックをまともに受けて、痛いだけでは済まされなかっただろう。

「な、なんなんだ・・・・・・一体」
「なんなんの、一体!」

 セシルの呟きと、全く同じ非難めいた声がセシルに向かって突き付けられる。
 見れば、チョコの背から降りたファスが、倒れたセシルの足下で仁王立ちになり、指を突き付けている。
 いつもの怯えた様子はなく、どうやら怒っているようだ。

(・・・・・・というか、怒るべきなのはこっちのよーな気がするんだけど・・・)

 なにやら釈然としないものを感じながら、セシルは身を起こす。

「あの、ファス・・・? 一体、どうかしたのかい?」
「どうかしそうなのはそっちでしょ!」

(いやワケがわからない)

「絶対に、あなたの思い通りにはさせません! この国は絶対に守るんだから!」
「えーと・・・?」

 セシルは地面に座り込んだ状態のまま、小首を傾げる。
 昨晩はとりあえず「セシルが悪いことしないようにファスが見張る」という話に落ち着いたはずだった。

(それが、なんでまた僕が敵っぽくなってるんだ?)

 必要ならば悪役になることも、この国の敵になることも辞さない覚悟はある。
 が、かなり一方的に敵扱いされるのは流石に困るとセシルは思った。

「いや、敵って。別に僕は―――」
「しらばっくれても駄目! その鎧が動かぬ証拠!」
「へ?」
「この国を滅ぼすための戦闘態勢じゃない!」
「ちがああああああああうっ!」

 思わずセシルは叫んで立ち上がる。
 ファスの話を聞いていたのか、周囲の通行人が立ち止まり、セシルの方を見て指さしたり、隣の人間と不安そうに囁き合っている。

「ちっ、違いますよ! 僕は皆さんの味方ですー!」
「セシル。それ凄くうさんくさい言い訳だよ・・・」

 ギルバートに指摘されなくてもセシル自身解っていた。
 解ってはいたが、じゃあ果たしてどうすれば良いというのか。
 ひたすら困っていると、ファスが叫んだ。

「嘘つき! 悪い人って、誰も自分が悪くないって言うんだ!」
「悪い人も良い人も言うだろ!? 嘘じゃないっ。僕はこの国に害為すためにきたんじゃない!」
「じゃあどうして逃げたの!」
「え゛」
「逃げたでしょ! わたしが見張るって言ったのに! 悪いことしないように見張るって言ってたわたしから逃げたと言うことは、どこかで悪いことしてきたって事でしょう! 悪いことしないのなら、わたしから逃げる必要ないんだし」
「うわあ、微妙に正論だあ」

 ファスの言葉に返答に詰まった。
 そのせいか、周囲のざわめきがさらに大きくなる。

「いや違うって! そもそも僕は逃げたつもりはなくて、君が寝てたから―――」
「起こせばいいでしょ!」
「いや、まあ、そうかもしれない・・・かな?」

 ファスの勢いに気圧されて、セシルは劣勢だった。
 そんな様子を、ヤンとギルバートは何も言わずに見守っている―――いや。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 きつく閉じた唇がふるふると震えている。
 どうやら笑いを堪えているようだ。

「お、王子、ヤンも。助けてくださいよ!」

 泣きたくなるような心境で、味方のはずの二人に助けを求める。
 だが。

「・・・いやあ、セシルがやりこめられているのを見るって、結構新鮮だよね?」
「普段、やりこめられている立場からしてみれば、これほど愉快なこともないな」

 味方ではなく敵だった。

(く、くそっ、状況は最悪だ。ファス=エルラメント相手に手も足も出ずに、味方と思っていた二人は実は敵。さらに周囲の状況も段々と悪くなってきている。こうなったらここは―――)

「戦略的撤退!」

 くるりとファスから背を向けてセシルはこの場から逃げ出そうとする―――が。

「また逃げるんだ! またどこかで悪いことするんだ! やっぱり黒い人は極悪人だあああああっ!」
「だったら君自身はどうなんだあああああっ! 自分だって黒いくせにいいいいいっ!」

 セシル、ちょいギレ。
 まだ少しばかり残った冷静な部分が、「おいおいガキのケンカかよ」とか囁くが、無視。
 最早、徹底抗戦するしかないと覚悟を決めて、再びファスと向かい合う。

 ぎらりと据わった視線に、ファスが一瞬だけ身をびくりと震わせるが―――しかし、退くことなくセシルを見返す。

(逃げちゃ駄目、逃げちゃ駄目、逃げちゃ駄目・・・・・・この国を救えるのはわたしだけなんだからっ!)

 妙な使命感がファスの心と体を突き動かしていた。
 その使命感の大半は、誤解で出来ていたりするのだが、当然ファス自身は気づかない。

「わ、わたしはいいのっ! だってほら、白い服きてるし!」

 つい、と自分の纏っている白い巻頭衣をつまんでみせる。
 だが、そのちっぽけな言い訳では、セシルは全く怯まない。

「黒い髪に黒い肌しているくせに!」
「ひ、人の身体的欠陥を言うなんてひどいぃ!」
「身体的欠陥なのか・・・?」

 ヤンがぽつりと呟くが、勿論セシルもファスも聞いちゃいない。

「わたしよりもあなたの鎧の方が黒いもん! だから、わたしよりもあなたの方が悪人っ!」
「ふうん。じゃあ、君も自分が悪人だって認めるわけだ」
「え・・・ええっ!?」

 セシルに言い返されて、ファスは言葉に詰まる。
 そこへ、セシルはたたみかけるようにさらに口撃する。

「僕には劣るけど君も悪人だって事だよね? 今までにどんな悪いことしてきたんだい?」
「ち、違っ・・・わ、わたしは悪い事なんてしてな―――」
「やれやれ。これじゃあ君も見張ってやらないといけないよね。誰も見てないところでどんな悪いことするかわかったもんじゃない」
「やらないっ! わたし悪い事なんてやってないし、やらない!」
「悪い人は、皆そういうんだよねえ」
「う、うううう・・・・・・」

 完全に戦況は覆されていた。
 すでにファスに先程までの勢いはなく、何も言葉に出来ない状態だ。
 誰が見てもセシルの完勝だろう。つけくわえれば、誰がどう見てもセシルが悪人だったが。

「違うもん。違うもん! おねえちゃんもおばあちゃんも、ファスは良い子だって言ってくれたもん!」

 そういうファスは、もう涙目だった。
 というか、涙が溢れて瞳の淵に溜まっているような状態。
 それを見て、セシルはようやく我に返った。

(あー・・・もしかして、やりすぎたかなー?)

 もしかしなくてもやりすぎです。

 手遅れだと後悔しつつも、セシルは一応謝ってみることにした。

「えー・・・その、ごめん。悪かった―――」
「悪くないもん! わたし、悪く―――うえええええええええええええっ!」

 限界突破。
 ファスはぼろぼろと涙を零し泣き喚く。
 そんな少女に、チョコがそっと寄り添う。ファスはチョコの柔らかそうな手羽の中に顔を埋めると、そのままさらに盛大な声を上げて嗚咽する。

「クエエエッ!」

 自分の身体をファスに貸してやりながら、チョコがセシルを睨んで鳴き声で威嚇する。
 周囲の人間も、セシルを白い目で見ていた。「小さい子相手に・・・」とか「あそこまで言うこと無いのに・・・」とか非難めいた陰口をぼそぼそと交している。

「あんな小さな子を泣かせるとは・・・」
「案外、セシルって外道だったんだねー」
「って、仕方ないだろ!?」

 とりあえず、一番身近で聞こえるように陰口を叩いてくる裏切り者二人に抗議する。

「だってこの子人の話聞いてくれないし、逃げようとしても逃げられなかったし! 他にどうしろと!? 本気でこの国を滅ぼせば良かったのか!?」

 叫んでからはっとする。
 見れば、周囲のざわめきはさらに大きくなっていた。

「この国を滅ぼす・・・?」
「そう言えばあいつ、昨日見たぜ。確かバロンからの来た・・・」
「バロンって、ずっと戦争してた国でしょ?」
「じゃあ、今度はトロイアに戦争を仕掛けに来たとか・・・」
「聞いた話じゃ、ダムシアンやファブールもバロンに滅ぼされたって」
「「いやまだ滅んでない」」

 聞こえてきたひそひそ話に、ギルバートとヤンがツッコミを入れる。
 だが、当然そんなことを聞く人間はいない。ざわめきはさらにさらにと大きくなって、ファスの泣き声すら聞き取れなくなってくる。

 それを見て、セシルは嘆息。

「・・・騒ぎが大きくなってきたなー」
「そうだね。このままじゃ、僕たち危険かも。面白がってる場合じゃなかったね」
「面白がらないでくださいよ」

 困ったように苦笑するギルバートに、セシルは仏頂面で呟く。
 それから、さてどうしたものかと考えて。

「いざとなったらデスブリンガーを呼べばなんとかなるとは思うけど―――できれば、それは最後の手段にしたいな」

 デスブリンガーの力で “恐怖” を周囲に振りまけば、騒ぎは鎮静するだろう。
 一般人ならデスブリンガーの放つ “恐怖” に抗しきれるものではない。だが、植え付けられた恐怖はセシル―――ひいてはバロンに対する敵意にもなる。自分個人が恨まれるならば気にはしないが、今のセシルはバロンの代表という立場だ。不要に反感を買うことは避けなければならない。

(解っちゃいたつもりなんだけどなー)

 セシルは苦笑。
 気づいていたことだが、ファスのようなタイプはセシルにとっては苦手だった。
 ローザやバッツと同じように、理屈など全く考えずに “本気” をぶつけてくる相手というのは。

 そういう相手に対しては、セシル自身も本気にならなければ埒が明かない。
 理屈も後先も考えず、自分の本気を相手にぶつけなければ、相手の本気が空回りするだけだ。それでは話が進まない。 

 カイポの村で、ローザの本気の愛に、本気で向き合えたように。
 バロンで、バッツの本気の意志に対して、本気で己を貫けたように。

(あの人なら、どうしたかな)

 ふと、ローザの父親であるウィルの顔が頭に浮かんだ。
 彼ならばもう少し上手くできたのではないのだろうかと。

 けれどその一方で自分は自分であるべきだとも思う。
 何故ならば、ウィル=ファレルではなく、セシル=ハーヴィであったからこそ、ローザの愛や、バッツの意志を受けて成長できたと確信できるからだ。

 ポロン〜♪

(ん・・・?)

 不意に、竪琴の音が聞こえた。
 ポロン、ポロン、とゆっくりと一つ一つ音が鳴る。連続して幾つものの音が鳴り、音と音の感覚が次第に短くなっていく。

 振り向く。

 誰が鳴らしたなどと問う必要はない。
 見れば、ギルバートが車椅子に座ったまま、自前の銀の竪琴をつま弾いている。

 ギルバートの鳴らす音は、雑音の中、セシルの耳に辛うじて聞こえる程度だった。
 だが、音と音の感覚が限りなくゼロになり、無数の音の連続から、一つの曲へと連なるにつれて、竪琴の音が大きくなっていく。

(いや・・・違うな。竪琴の音は変わらない・・・)

 周囲を見回す。
 辺りのざわめきが小さくなってきていた。
 ギルバートが弾く、穏やかな竪琴の調べ。まるでその曲に心奪われたかのように、周囲の人間は聞き入っている。

 気がつけば、セシル自身の心も、なんだか穏やかになった気がする。

「王子、これは・・・」
「心を落ち着ける呪歌だよ。いつもは魔物に使ってやり過ごすためのものだけどね。人にも効果はある―――ま、面白がっていたお詫びじゃないけど、これくらいはね―――それよりも、後は君次第だよ」

 そう言ってギルバートは竪琴を奏でながら、視線をファスの方へと向ける。
 見ればファスも、まだ鼻をすすっていたりしたが、泣きやんではいるようだった。真っ赤な目をセシルの方へと向けて、じーっと見つめてきている。泣きやんだと言っても、流石に機嫌が治まるまでは行かないようだった。なんとも険悪そうな視線だった。

「ごめん、ファス。なんというか・・・少し言い過ぎた・・・」
「・・・・・・」

 セシルが改めて謝罪する。
 が、それを無視して、ファスはぷいっとそっぽを向くと、チョコの背に飛び乗ると、そのまま飛空艇の方へと飛び去っていく。
 その姿を見送り、セシルはがっくりと肩を落とす。その肩を、力強い手が叩いた。

「嫌われたようだな」

 振り返ったセシルが見たのは、とても良い笑顔を浮かべたヤンの表情だった。
 うんざりとした顔で、セシルは嘆息して、

「・・・ヤン。どーしてそんなに嬉しそうなんだよ」
「む。別に嬉しいとか思ってないぞ。断じて、セシルのへこんでいる姿が珍しくて愉快などと考えてはいない」
「味方ッ! 味方は居ないのかッ!?」

 セシルが絶叫すると、ギルバートが「はい」と、挙手する。

「僕は助けてあげたよ?」
「最初は面白がっていたくせに!」
「まあまあ。それよりもファスを追い掛けなくても良いのかい?」
「相手は空です。追いつきませんよ。それに―――」

 と、セシルはファスが飛んでいった方向をみやり。

「彼女は僕を見張るって言いました。である以上、勝手に何処かに―――それこそ逃げたりはしないでしょう。きっと、飛空艇に行けば会えますよ」

 はあ、とセシルはまた嘆息する。
 頭が痛い。
 自分のやるべき事ははっきりしている。何とかしてダークエルフからクリスタルを奪い返し、それをネタにしてゴルベーザに近づく。そしてゴルベーザを倒し、ローザを救い出す。
 やらなければいけないことははっきりしている。だが、問題はむしろそれ以外のことだった。ファスの事もそうだし、自分が王になるということ。どちらかといえば、そちらの方が頭の痛い問題だった。

 セシルは軽く頭を抑え、最後に大きく息を吸って―――吐く。
 それから、顔を上げて飛空艇のある公園の方へ向かって歩き出す。

(ま、やるだけやる―――それしかできないなら、そうするしかないか)

 半ばヤケのように思いながら、セシルは再び歩き出した―――

 


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