第14章「土のクリスタル」
O.「犯人」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイア城・ギルバートの客室

 

 

 大扉を押し開ける―――少し押し開けると、扉は勝手に開いた。
 外で待機している門兵が開けてくれたのだろう。

「おお、お帰り」

 門が開くと、その向こうではマッシュが出迎えてくれた。

「その顔だと、上手く話は付いたようだな」
「まあね」

 と、微笑みを浮かべたまま、セシルは頷いた。

「じゃ、メシでも食いに行くか。まだなんだろ?」
「まだだけど・・・マッシュ、悪いけどその前に一つ頼まれてくれないか?」
「うん?」

 城の食堂の方へと向かおうとしたマッシュは、セシルの言葉に動きを止める。

「頼み?」
「うん―――これから僕たちは、土のクリスタルを手に入れるため、北東の “磁力の洞窟” へ行くことになる。だから、そのための準備を色々としなければならない。僕は今から、ギルバート王子とヤンと一緒に飛空艇へ戻るから、君はロイド達を引っ張ってきてくれないか?」
「ああ、いいぜ。飛空艇まで引き摺ってくれば良いんだな?」
「うん。頼むよ」

 セシルが頼むと、「おう」と頷いてマッシュは獣のように走り去る。
 それを見送って、セシルまずヤンの部屋へと向かった。

 

 

******

 

 

「やあ、セシル。おはよう」

 ヤンの部屋に行き、ヤンを連れてギルバートの部屋を訪れる。
 王族であるためか、それとも吟遊詩人としての性質なのか、それとも体質か、まだ朝早いというのに、ギルバートはすでに身なりを整えて、ベッドに腰掛けたまま竪琴を磨いていた。

 実はセシルは少し低血圧の気がある。
 本当に何もすることのない休日などでは、昼まで寝ていることもあった―――ただし、休みの日は98%の確率で某幼馴染が押しかけてくるので、昼まで寝て過ごしたことなど数えるほどしかないが。

「おはようございます、王子」
「クリスタルを取り返しに行くんだね?」
「はい」

 ギルバートはセシルが来た意味に気づいていた。

「ギルバート王子。あなたも一緒に来てください」
「セシル!?」

 驚いた声を上げたのはヤンだけだった。
 ギルバートはセシルの台詞が解っていたように、頷く。

「馬鹿な! 危険すぎる!」
「危険、か」

 ヤンの言った単語を、セシルはぽつりと呟く。
 その表情が何かを堪えるような複雑な表情だったので、ヤンは思わず言葉を失う。

「・・・気づいたんだ、セシル」

 ギルバートもまた沈痛な表情だった。彼の言葉にセシルは「ええ」と頷く。

「僕が気づいたことを、君が解らないとは思わなかったけどね」
「何のことだ? 話が見えん」

 ヤンが尋ねると、セシルは一息―――してから答える。

「土のクリスタルを奪ったのはダークエルフじゃないってことさ」
「は?」
「ちょっ・・・! セシル・・・っ!?」
「おそらくクリスタルを奪い去ったのはこの国の人間だ」
「セシル、止めろ!」

 ギルバートが焦った声で制止の声を上げる。
 今、セシルが言ったことは、ギルバートも薄々と感づいてはいた。この国には何度も訪れたことはあるが、ダークエルフの話など、噂程度にも聞いたこともない。勿論、この地に伝わる伝承の中にもなかった。
 そして、なによりギルバートは “彼女” の事を良く知っている。確かに責任感のある女性ではあったが、単身で魔物の潜む洞窟へ向かうなど、そんな無謀なことをするような愚かな人間ではなかった。

 確証は何もない。だからこそギルバートは、推測すら漏らさなかった。加えて言えば、十中八九この部屋は盗聴されている。迂闊なことを言えばトロイアの神官達を敵に回すことになる。だからわざわざ昨日は筆談を交えたのだ。そんなことも解らないセシルではないはずだったが―――

(―――っ)

 セシルの目を見て、思わず息を呑む。
 その声は普段通りの声だったが、目が違った。

 王族として、また吟遊詩人として数多の人々と出会い、そして様々な感動を謳い、感情を見てきたギルバートは気づいた。
 強く、強く。
 言い様のない激しい感情を強く固めた意志が、その瞳の奥に見える。

 その感情が何か、ギルバートには解らなかった。
 それは怒りのようでもあったし、憎しみのようにも感じられる。悲しみかも知れないし、恐怖なのかも知れない。或いはそれら全部をひっくるめたものなのか。

「セシル・・・君は―――怒って・・・?」
「・・・情けないんですよ」

 口調はあくまでも普段通りのセシルだった。
 しかし、その声に込められた感情は―――

「僕はあの子に何もしてやることができなかった。自分の能力に嘆きながら、それでも必死に生きているあの子に、僕は何も出来なかった」

 ファス=エルラメントがセシルに何かを望むのなら、セシルはそれに応えてやることができる。
 かつてのポロムが、セシルを憎しみ嘆いた時、セシルは仇となって、その憎しみを受け止めた。

 だが少女は何も望まない。
 セシルに望んだのはただ一つ。この国から去ってもらうこと―――けれどそれは、ファスのための望みではなく、このトロイアの事を想っての望みだ。例えセシルが素直に国を去っても、ファスにとってはなにも変わらない。セシル=ハーヴィという存在は、ファスにとって必要な人間ではない。

 そんな自分の無力さが、セシルは情けなく、やるせなかった。

「セシル・・・? その子って・・・」
「王子も知っている子です」
「まさか・・・ファス?」

 ギルバートの口にした名前に、セシルはほんの小さくゆっくりと頷いた。
 そんなセシルの反応に、ギルバートはなにか堪えるように息を止め、口を閉ざす。

「僕に出来ることはなにもない。なら、せめて僕は彼女に対して、僕が出来ることをやろうと思いました」
「・・・真実を知れば、彼女はさらに哀しむかも知れない。嘆くかも知れない」
「そうかもしれません―――けど、ファスは真実を知りたがっている」

 ギルバートがトロイアに辿り着く直前、ファスが黒チョコボに乗ってトロイアの街を飛び立ったのは磁力の洞窟へと向かうためだったと、セシルは思っている。
 大好きな姉の死―――彼女なりに違和感を感じたのかもしれない。だから、真実を確かめようと洞窟へと向かった。ギルバートと遭遇したのは、城の南。洞窟とは正反対だが、きっとトロイアを出てすぐに魔物と鉢合わせてしまったのだろう。そして洞窟とは逆方向へ逃げるハメになった―――そんなところだろうと、セシルは考えていた。

「ならば僕に出来ることは彼女に真実を与えることだけ」

 そう言い切って。
 それから、ふっ・・・と、セシルは柔らかく微笑んだ。

「なんて言いましたけど、心配しなくても良いと思いますよ」
「え?」
「ファスは、真実を知って壊れてしまうほど弱くない。絶対に」

 セシルの瞳に、先程までの強い感情はない。
 代わりにあるのは暖かな優しい光だ。それを感じ取り、ギルバートは、

「ぷっ」
「王子?」

 いきなり噴き出したギルバートに、セシルがきょとんとする。

「どうかしましたか?」
「ふっ・・・ふふふっ! いや、思い出しちゃって」
「なにを?」
「バッツだよ。なんか今の君を見て、自分の “妹” と惚気るバッツの事を思い出したよ」

 ギルバートには、今までの顛末は話してある。
 当然、リディアがリヴァイアサンと共に行ってしまったことも。
 だが、ギルバートはあまり心配していないようだった。

「バッツが心配してないのなら、なおさら僕たちが心配することもないでしょう?」

 もっともだとセシルは思った。完璧に納得できる。
 ・・・だが、よくよく考えてみれば、もっと心配するべき状況なのに、バッツがあまり心配していない―――すくなくともホブス山で遭難しかけた時のように錯乱していないせいか、どうにもリディアを心配する気が起きない。理屈ではなにかおかしいとは感じているのだが。

 それはともかく。
 ギルバートに、自分とエセ兄妹のことを重ねられて、セシルは狼狽えた。

「の、のろけ・・・・・・って、僕はバッツみたいにいきなり兄妹になったりしません!」
「いやあ、解らないよ。いつの間にか『ファス』『セシルおにいちゃん』なんて呼び合う仲になってたり・・・」

 くすくすと笑うギルバートに言われ、思わず想像してしまう。
 満面の笑顔で『おにいちゃーん』とか飛び込んでくるファス。それをセシルが抱き止める。当然、辺りは一面の花畑だ。花畑の中、花びらを散らせ舞わせつつ。楽しそうに抱き合いながら「あはは」「うふふ」と笑ってくるくると踊るセシルとファス。そんな光景。

「―――今、なんか想像したね?」
「っっっ!?」

 静かなギルバートのツッコミに、セシルは我に返った。
 必死にぶんぶんと首を横に振る。

「べっ、別になにもっ! 何も想像してませんよ!」
「セシル、顔真っ赤だよ」
「う、うぐっ・・・」

 指摘されるまでもなく、顔に血がのぼっているのがはっきりと解る。

「あー・・・ちょっといいか?」

 ギルバートが楽しそうにセシルのことをからかっていると、ヤンがおずおずと手を挙げた。
 セシルは話を切り替えようと、即座に応える。

「どうしたんだい? ヤン」
「いや、どうもよく話が見えないんだが・・・ファスとは城まで我々を案内してくれた少女の事というのは解っているが、真実がどうの・・・クリスタルを奪ったのは誰だの、良くわからんのだが」
「ああ、だから―――」

 セシルは答えようとして、言葉を止めた。
 そのままギルバートの方を見て、目で問う。
 セシルに目線を送られ、ギルバートは苦笑。

「今更、言っても言わなくても同じでしょう?」
「まあ、そうですけど」

 ちょっと悪かったなあとセシルは思う。

 どうも感情が先走って居たような気がする。
 セシル的には、自分の中の憤りを溜め込みながら抑えきっていたつもりだったが、つもりに過ぎなかったようだった。

 クリスタルを奪った犯人について、セシルもギルバートと同じように確証があるわけではない。だからこそ、盗聴されてると知りつつ、トロイアの人間にこちらの推測をぶっちゃけて反応を見ようと思った。トロイアが “敵” になる危険性もあったが、なにより確実で手っ取り早い。

 だが、幾ら手っ取り早いとはいえ、もう少し慎重にするべきだったと今更になって反省する。
 少なくとも、ギルバートには筆談で相談してからのほうが良かった。そうすれば、いたずらに戸惑わせる事もなかっただろう。

(・・・まだまだだな、僕も)

 ここが自分の欠点だとセシルは思う。
 普段は精神を制御しているつもりでも、いざというときに感情が抑えきれない。その感情が力となって上手くいくこともたびたびあったが、それは単に運が良かっただけだと自戒する。今だって、ヘタをすれば即座に扉の向こうからトロイア兵が押し寄せてきてもおかしくはない。そんな危険性を解った上で、感情がそれを無視してしまった。

 すみません、とギルバートに小さく頭を下げ、ヤンに向き直って説明する。

「ファスには姉が居るっていうのも昨日聞いただろう?」
「ああ。たしか、ファーナ=エルラメント」
「そのファーナがクリスタルを奪ったんだよ」
「は?」

 思わず間の抜けた声を上げるヤンに、セシルはさらに説明する。

「もっとも、これは推測に過ぎないんだけどね―――ただ、妙だとは思わなかったか?」
「妙、とは?」
「トロイアから国の至宝たるクリスタルが失われた―――という話は、ヤンは知ってただろ」

 セシルに言われて頷く。

「うむ。ずいぶん前の話だな。知っての通り、ファブールもクリスタルを守っていた。そのクリスタルを失うことは、人ごとではなかったからな。我が国でもトロイアに詳しい事情を知るため使者も送った。・・・が、この国は “クリスタルは失われた” の一点張りだった」

 ふん、と機嫌悪そうにヤンが言う。
 その話を聞いて、セシルがギルバートに目を向ければ、ギルバートも頷く。おそらくダムシアンでも同じような事だったに違いない。

「そこだよ」
「ぬ?」
「クリスタルが失われた―――奪われたという話は、結構早く広まったのに、その犯人がダークエルフだというのは、この国に来て初めて知っただろ?」
「そういえば・・・」
「僕もそうだよ」

 ヤンとギルバートがそれぞれ頷く。

「なんでダークエルフが犯人という話が伝わらなかったのか―――ヤン、どうしてだと思う?」
「む・・・?」

 尋ねられて、ヤンは眉根に力を込めて唸る。
 考え悩んでいるようだが、答えは出ないようだった。

「わからん・・・」
「単純に考えて、答えは二つ。一つは、トロイアがダークエルフが犯人だということを隠したかった。もう一つは、ダークエルフは犯人ではない」
「そして、ダークエルフが犯人であることを隠す理由はない―――クリスタルが奪われたという話が広まる前ならばともかくね。そして逆に言えば、犯人はトロイアにとって隠したい存在。もしも、単なる盗賊かなにかが犯人なら、ダムシアンやファブールが使者を送った時に説明してしまえばいいんだから」

 セシルの推測を、ギルバートがフォローする。
 頷き、セシルはさらに続けた。

「だから、クリスタルを奪った犯人として、一番考えられるのは身内であるトロイアの人間―――それも、重責ある高位の人間」
「例えば、神官、とかね」
「・・・あっ!」

 思わずヤンは声を上げる。
 八人居るはずの、七人しかいない神官たちのことを思い出す。

「そう。そして、ファーナ=エルラメントという神官が、クリスタルを奪い返しに単身でダークエルフの所へ乗り込んで、帰らぬ人になった」
「しかし、それは責任感があったからだと・・・?」
「逆だよ。本当に責任感があるなら、責任ある自分の立場を放棄して、そうそう簡単に国を飛び出したりはしない」
「うん、その通りだね」

 セシルの言葉に頷く、ギルバート。
 不意にセシルが苦笑する。

(・・・赤い翼の長という立場を省みず、王に刃向かって国を追い出された自分と、王子という立場を放棄して吟遊詩人として各地を回っていたギルバート王子。・・・・・・説得力、あるんだかないんだか)

「どうしたの、セシル?」
「いえなにも」

 セシルの表情を見て、怪訝そうな顔をするギルバートに落ち着いた声で誤魔化す。

「しかし・・・だとすると、どうしてファーナ=エルラメントはクリスタルを奪った・・・?」

 ヤンの疑問には誰も答えられない。

「一応、僕は彼女の事を知っているけれど、彼女は悪の道に走る人間じゃないよ。例えクリスタルにとんでもない力が秘められていたとしても、自分の欲のためにそれを奪おうとする人間じゃあない」

 はっきりとギルバートが断言する。
 だが、そうするとなおさらクリスタルを奪った理由が解らない。

「―――それを知るためにも、僕たちは行かなければならないよ。ダークエルフが待つという、磁力の洞窟へ!」

 セシルの言葉に、ギルバートとヤンは頷いた―――

 


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