第14章「土のクリスタル」
N.「怒るべき者」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイア城・神官の間
まるで時を戻ったような感じがした。
昨日と全く同じように、自分の前に整然と並ぶ七人の女神官を見て、セシルはそう思った。
ただ違うのは、昨日とは違ってヤンは居ない。
マッシュも、扉の前で待っている。「おはようございます。セシル殿」
「はい、おはようございます。神官様」神官の礼に、セシルも会釈して挨拶を返す。
「朝早くに申し訳ありません。ですが、どうしても私達は土のクリスタルを必要としているのです」
「―――解っています」セシルの言葉に、神官はあっさりと頷いた。
その反応に、セシルは表に出さずに内心驚く。(・・・てっきり、皮肉の一つでも返ってくるかと思ったけど)
昨日、セシルやヤンの格好を見て、はしたないと聞こえよがしに陰口叩かれたことを思い出す。
やはり、鎧を身に着けて来たことが通じたのだろうか。それとも、暗黒の鎧に竦んでしまったのか。(まさか、悪魔を象った鎧とはいえ、鎧一つに神官様が気圧されると言うことはないだろうけど)
内心はどうかは解らないが、見たところ恐れをなしているようには見えない。
エニシェルならば、どんなに取り繕うとも、相手の心の内に潜む恐怖を感じ取ることができるのだろうが。「貴方の言うとおり、私達はクリスタルの在処を知っています。当然、それを奪った者の事も。―――しかし、我がトロイアには土のクリスタルを取り返す力がありません」
持って回った言い回し方に、セシルは神官の言わんとすることに気がつく。
だからこそ、やや芝居がかった口調で即座に台詞を口に出す。「ならば、我々がクリスタルを奪い返しましょう!」
「―――それが出来るというのなら、貴方達に情報を与えるのもやぶさかではありません―――本当に取り返せるというのですか?」正直なところ、取り返せるのかどうかはまだ解らない。
磁力の洞窟に居るダークエルフがクリスタルを奪ったと言うことは、ギルバートとの筆談で知っている。だというのに、わざわざここにいるのは、トロイアからクリスタルを借り受けるためだった。勝手に取り返し、そのまま奪い去ってしまえば盗賊と変わらない。ダークエルフの強さが実際にどれほどのものか、セシルには解らない。弱ければそもそもトロイアが取り返しているだろう。なにより、カインの話ではゴルベーザも厄介な相手だと認識しているらしい。しかも、弱点である金属は磁力の洞窟とクリスタルの力で封じられている。
勝ち目は薄い。良くても五分以下だと、セシルは見積もっていた。しかし、敢えて頷く。
「―――身命に変えましても」
下らない台詞を吐いたと、自分で苦笑する。
身体や命を賭けただけで事が成るならば、これほど単純な話はない。だが、神官はセシルの返答に気をよくしたようで、満足そうに笑みを浮かべて頷いた。
「よろしい。それでは、お教えしましょう。奪われたクリスタルがあるのは、ここより北東の孤島にある “磁力の洞窟” 。クリスタルを奪い去ったのはダークエルフ!」
忌々しそうに、神官はクリスタルの在処と賊を告げる。
それは、ギルバートから聞いたとおりの情報だった。「磁力の洞窟へは、あなた方が乗ってきた飛空挺を使えばひとっ飛びでしょう―――勿論、我々も協力は惜しみません。クリスタルは我らの宝。貴方達だけに任せるわけには行きません」
(訳すと、トロイアの兵も付いてくるってことか・・・)
ふむ、とセシルは小さく吐息する。
(言葉の通り、責任感を持っての言葉ならいいんだけど―――少しつっついてみるか・・・?)
「一つ、確認したいことがあります」
「なんでしょう?」
「クリスタルを奪ったのは、本当にダークエルフなんですね?」
「・・・っ」はっきりと、神官達の息を呑む声が聞こえた。
動揺している。「・・・それは、どういうことですか?」
しばらくして、やや震えた声で神官が問い返してきた。その表情は蒼白で、驚きを必死で押し隠した無表情だ。
対し、セシルは余裕たっぷりの微笑で答える。「いえ、別に」
「・・・誰がクリスタルを奪ったのか、それほど気に掛かることですか? 少なくとも、今クリスタルがダークエルフの潜む磁力の洞窟に在ることは確かな話です」
「ふと気に掛かったことを口に出しただけです。お気になさったのなら謝りましょう―――私としては、クリスタルを奪い返し、少し貸し頂ければそれ以上のことは望みません」
「奪い返す、のではなく、取り返すのです!」
「それは失礼しました」そう言ってセシルは一礼すると、神官達に背を向ける。
「ど、どこへいくのです?」
セシルの “挑発” に気が昂ぶっているのか、ややうわずった声で神官が声をかける。
それには振り返らずに、セシルはなるべく平静を装って答えた。「戦いの準備ですよ。こちらは少しの時間も惜しいので―――失礼します」
そうとだけ言って、セシルはさっさと歩き出す。
「ま、まちなさい!」
背中から、神官達の制止の声や、怒りと戸惑い混じりのざわめきが響いてきたが、それを無視してセシルは歩み去る。
無礼な暗黒騎士に、神官達は苛立ちを覚えたのだろう。―――だが、七人の神官は誰も気がつかなかった。
(・・・昨日の “突拍子もない考え” どうやら当たりみたいだよ、ファス・・・・・・っ!)
今、この時、その場の誰よりもセシルの心が怒りに染まっていた事を―――