第14章「土のクリスタル」
M.「無為の絶望」
main character:エニシェル
location:トロイアの街・飛空艇

 

 

 先程と変わらない部屋のベッドに横たわるファス。小さく、窓の一つもない味気ない部屋だが、これでもこの飛空艇の中では上等な部屋だった。他の寝室だと同じくらいの部屋に二段ベッドないし三段ベッドという無茶な仕様になっている。どれくらい無茶かというと、天井が低いためにベッドに入ったまま、まともに身を起こすことも出来ない。三段ベッドならば、身体をズラして、ベッドに出入りしなければならないほどだ。通常の飛空艇を小型化し、飛行性能を上げた反面、貨物量は当然減る。そのしわ寄せがそれら寝室にも来ているのだ。

 ちなみにこの部屋はセシルにあてがわれた部屋であり―――リーダーとしての特別待遇―――もう一つだけ在る一段ベッドの部屋をテラが使い、あとはシドとヤンが二段ベッドの部屋、残ったマッシュ、ロック、ロイドの三人が三段ベッドの部屋をあてがわれていた。もっとも、バロンを飛び立ちトロイアに辿り着くまで、ベッドを使うことはなかったが(昨晩は、ファスとテラが一段ベッドを使い、セシルとシドが二段ベッドを使った)。

「セシルのヤツにはけっこー懐いてきたというのに、どうして妾を見ていきなり倒れるかのう」

 ベッドの上で気を失ったまま目を覚まさないファスを見下ろして、エニシェルは「ううむ」と難しく唸る。

「お主がどうということでもないのだろうよ。どうやら人見知りが激しいようであるし、慣れない人間が唐突に出てきたから驚いたのだろう」

 フォローするかのようにテラが言う。

「そうは言うても、流石に気を失うほど驚かれると気分悪いわ。これでも美少女のつもりなんじゃからな!」

 とかいいつつ、エニシェルはその場でくるりんと一回転。
 白いミニドレスの裾がふんわりと、まるで花弁が開くように可憐に浮き上がる。
 きゅ、と立ち止まると、浮き上がったドレスの裾を両手でつまんで、軽く一礼。

「どうじゃ! 完璧じゃろう!」

 なにやらよくわからない自信たっぷりに言うエニシェルに、テラはノーコメント。ただ、無言で拍手を送った。
 とりあえずその拍手だけで満足したのか、エニシェルは笑みを浮かべて頷くと、再びベッドに向き直るとファスの耳元に口を近づける。

「?」

 何をする気なのかと、テラが訝しげに声をかけようとした瞬間―――

「おきろおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「ヒィアアアアアアアアアッ!?」

 エニシェルの大声に、ファスが弾かれたように身を起こす。

「うむ、起きたな」
「ヒッ―――」

 ファスは傍らにエニシェルが居ることに気がついて、引きつった声をあげる―――が、多少は慣れたのか、今度は気を失うまでには至らない。

「今度は気絶せんか。エライぞ」
「あ、あなた誰ですか!?」
「・・・む? 昨日、自己紹介しなかったか? 妾はエニシェル。最強の暗黒剣にして、無敵の聖剣様じゃ!」
「あ、暗黒剣・・・? 聖剣・・・?」

 戸惑いながらも、必死で理解しようとしているのか、ファスはエニシェルの言葉を繰り返し呟く。
 だが、強い恐怖のためか、思考がまとまらないようだった。半ばパニックした様子で、目がうろうろと焦点が合わない。
 それを見て取り、エニシェルはファスを落ち着かせようと柔らかな声音で語りかける。

「うむ。―――まあ、怯えるのも無理はない。何故なら、妾もまたあのセシルと同じ存在だからのう」
「え・・・?」

 エニシェルの言葉に、ファスは呆けたような声を出した。
 まるで恐怖もどっか行ってしまったように、ぼんやりとエニシェルを見る。その目は意志の定まらない虚ろな瞳ではあったが、さっきまでのように混乱に陥った様子はない。
 どうやらようやく落ち着いたのかと、エニシェルは一つ頷いて続ける。

「だから、妾とセシルは同じ闇を―――」
「違う!」

 それは、はっきりとした否定の意志。
 あまりにもはっきりしすぎていたために、エニシェルは一瞬、それが誰の発したものか解らなかった。
 エニシェルが戸惑うその目の前で、ファスが真っ直ぐにエニシェルを射抜くように見つめる。その瞳は、未だ恐怖に怯えて揺らいでいる―――だというのに、エニシェルはその瞳に気圧された。

 その事実に気がついて、彼女は愕然とする。

(な・・・に・・・!? 妾がプレッシャーを感じているだと!? こんな、臆病な小娘に!? 怯え混じりの視線に!? 何故じゃ!?)

 訳の解らない事態に、今度はエニシェルが混乱する。
 混乱するエニシェルをたたみかけるように、ファスは続けた。

「あなたはあの人とは違う! 確かにあの人と同じように、あなたの運命の行く先はぼやけてて解らない―――けどっ、あの人の回りでは命の流れは途絶えない!」
「!」

 ファスの言葉で、ようやくエニシェルは理解した。
 自分が勘違いをしていたことに。

「一つの命が終わっても、それは星に還ってまた新しい命を生み出す―――けれど、あなたの回りの命の流れは、あなたで終わって、止まってる!」

 ファスがエニシェルに感じているのは、運命が見えない、などというあやふやな未知に対するおびえではない。
 エニシェルで “運命” が終わってしまうという、 “終わり” への恐怖。言うなれば、ファスにとって、エニシェルは “死” そのものにしか見えていないのだろう。

(そしてそれは間違ってはおらんな)

 暗黒剣デスブリンガー。
 無為の絶望の二つ名を持つ最強の暗黒剣。
 手にしたものは周囲に死と恐怖を振りまき、その使い手に絶望を与える―――そして、それらの負の感情を喰らって、デスブリンガーはその力を高めてきた。本来ならば、星に還るはずの “命” も闇の力として吸収してきた。

「あなたは―――だれ?」

 ファスが問う。

「妾は―――」

 ファスの問いに、エニシェルは即答できなかった。
 エニシェル、とは自分で付けた名前だった。
 恋という感情を知ってしまった自分が、女性としての名を欲して名付けた名だ。

 だが、ファスが問うているのはその名ではない。

 だからエニシェルは自分の真の名を口に出す。

「――― “我” の名はデスブリンガー」

 しゅっ、と何かがこすれるような音と共に、エニシェルの “色” が反転する。
 白いドレスから黒いドレスへと。
 銀髪から黒髪へと―――ファスの肌よりもさらに暗い漆黒へと。

「希望を砕き、絶望を喰らう、闇なる存在―――」
「デスブリンガー・・・」

 震えた声、怯えた瞳―――けれど目は反らさずに、ファスはエニシェルを見る。

 そんな少女に、エニシェルは先程気圧されてしまったその理由に気がついた。

 それはデスブリンガーという “恐怖” に唯一対抗できる力。それをファスは持っている。

「フン・・・さて、と」

 エニシェルは黒いドレスを翻し、ファスに背を向ける。
 それから、それまで様子を見守っていたテラに向かって。

「セシルに伝えておけ。妾はしばらく引っ込んでいるとな―――必要になったら呼べ、と」
「引っ込む?」
「この場にいても、怯えさせるだけじゃろう―――いや別に気をつかっているワケではないぞ、ただ単にこれ以上、気を失われたり泣き喚かれたりしても面倒なだけじゃ」

 そう言い残して―――

 文字通り、エニシェルはその場から消え去った・・・

 

 


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