第14章「土のクリスタル」
K.「心の変化」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイアの街
「―――落ち着いた?」
という言葉の半分は、自分に向けたものだった。
しばらくしてファスのすすり泣く声が止み、セシルは抱きしめた少女を解放する。
こくん、と無言でセシルの言葉に頷く少女の顔には涙の跡が月明かりに煌めいてはいたが、もう泣いては居ないようだった。(えーと)
なんと言葉をかけたものか。
“落ち着いて” しまったセシルは、自分の行動を省みて愕然とする。夜中の公園で。
14歳の少女を。
泣かせた挙句。
強引に抱きしめたりなんかしちゃったりして。
(何やってるんだ僕はああああああああああああああっ!?)
一応、理解はしている。
セシルがファスを抱きしめた理由も意味も、セシルは解っている。
そうすることしかできなくて、だからそうしただけなのだと。だが。
(・・・客観的に考えれば、まんま変態じゃないか)
シチュエーションがヤバ過ぎた。
とりあえず周囲を見回して、誰もいないことを確認する。誰もいない。
そのことを何度も見回し再三確認して、ようやく安堵。
むしろ人気のない夜中の公園で良かったのかも知れない。(日中昼間に仲間や通行人の居る前で白昼堂々抱擁するよりかはマシか)
などと考えて、日中昼間白昼ローザに抱きつかれていたことを思い出す。
もしも彼女が、今の凶行―――もとい、奇行―――もとい、今のセシルの行為を知ったならどうするだろうか。「甘いわよ! セシルッ! まず大切なのは助走よ! 一歩二歩、三歩目で踏み切ってジャンプ! 目は真っ直ぐ愛しい人の首筋をロックオン! 狙いが多少狂っても、力一杯腕を伸ばして叩き付けるように―――いえむしろヘシ折る勢いでッ!」
・・・まず間違いなく嫉妬とかはしないだろう。
訳の解らない対抗心を燃やすに違いない。ちなみに上の台詞は、ローザ=ファレル式ダイビング抱擁ver.Hだとかなんとか。(・・・・・・)
とりあえずローザのことは頭の隅においやって、セシルは傍らの少女をみやる。
自分が流した涙の跡が気になっているのか、しきりに両手で涙を拭っている。それはまるで、猫が顔を洗う仕草を思わせた。「あのさ」
セシルが声をかけると、ファスは顔を洗う仕草を止めた。
両手の隙間から、こちらを見上げてくる。
月の明かりに照らされて、彼女のブルーアイがこちらを見上げていた。(綺麗だな・・・)
素直に思う。
これほどまでに美しい瞳をセシルは見たことがなかった。それはギャップのせいかもしれない。
出会った時からずっと、彼女は弱々しく怯えていた―――けれど、どんなに怯えた態度でも、どんなに声が震えていても、その瞳だけは揺らがずに反らさずに、射抜くように真っ直ぐにこちらを見つめていた。
恐怖に怯え、震えながらも、瞳だけは屈しまいとしていた―――その強さが美しいと思う。月の明かりがあるとはいえ、暗いせいで黒い肌の少女の表情は殆ど読み取れない。だから、今彼女が自分に対して怯えているのかどうかは解らない。ただ、解っていることは。
(決して彼女は目を背けない)
そのことを理解して、セシルは苦笑した。
余計な気遣いは無用だった。
どんなに怯えようとも、どんなにか弱そうに見えても、ファスは目を反らさない。
ならば、気を遣ってベンチに座らせてコーヒーまで持ってきて、気を落ち着かせようとする必要もなかったのかもしれない。「僕に、何か言いたいことがあるんだろう?」
ファスがセシルを待っていた理由。
それに、セシルは何となく気がついていた。「はい」
ファスの返事はかすかに震えてはいたものの、しっかりとした覚悟が感じられた。
少女は、セシルをじっと見つめた後、おもむろに深々と頭を下げた。「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「うん」ファスの言葉にセシルは頷いて―――
※約三十秒ほど間。
―――首を傾げた。
「・・・・・・え?」
困惑するセシルの目の前で、ファスは視線を反らしつつ、何故かもじもじした仕草で、
「あ、あの・・・わた、わたしっ、また子供ですけど、が、頑張りますからっ!」
「・・・頑張るって、何を?」
「え? ええ? そ、そのっ、つっ、妻として・・・」
「妻って、なんで!?」
「え、えええっ!? でも、責任取ってもらうには結婚してもらうしか!」
「結婚って、どうしてっ!?」わけが解らない。
セシルが予想していた会話の展開とは、まったく方向性が違う。「だって子供が出来ちゃったかも!」
「こ、子供っ!?」
「男の人に抱かれたら、子供ができるって!」
「意味が違うッ、意味がッ!」
「ええええっ!? でも、でもだって、ものの本にはちゃんと―――」
「そーゆー本を読んじゃいけませんッ!」ぷしゅーっ。
と、セシルの頭から湯気が出そうだった。
顔が熱い。確認するまでもなく、真っ赤っかだろう。月の明かりしかない夜中で良かったと、本気で感謝する。「と、とにかく! 今、僕が抱きしめたくらいじゃ子供とかできないから・・・・・・・・・たぶん」
思わず気弱になってしまったのは、セシルもそういう方面には疎いからである。
「でも・・・」
と、ファスは反らしていた目を再びこちらに向けてくる。
向けられた蒼い瞳に、今度はセシルの方が思わず目を反らした―――何を言うか想像がついたからだ。「でも、それならどうやって子供って出来るんですか?」
想像通りの質問がきて、セシルは用意していた言葉を答える。
「そう言うことはお父さんとお母さんに聞きなさい」
―――我ながら上手い返し方だとセシルは思った。
ここで「おしべとめしべが」などとヘタに説明しようとすると、結局上手く説明できずに滅茶苦茶に成るに違いない。両親に押しつけてしまえば、この話題はここでお終いだ。「居ません」
「え?」
「お母さん死んじゃったし、お父さんもどこかに行っちゃった」―――全然上手い返し方じゃないとセシルは思った。
迂闊なことを言ってしまったことに後悔する。
だが、その反面で疑問も感じた。(・・・妙にあっさりしてるな)
ファスの言葉には、大した感慨も無いように聞こえる。
少なくとも、昼間に「お姉ちゃんはもういない」と言った時の悲痛さは感じられない。(両親って、そんなものなのかな)
セシルにも親は居ない。
親代わりの人は居た。そのせいか、自分が親が居ないことに対して特にどうと思うこともなかった。流石に「親無し」と蔑まれ、良い気分にはならないが。
どちらかといえば、他人がセシルの両親が居ない知った時、同情してくることに対して、逆に気を遣うくらいだった。ファスも同じなのかも知れない。
彼女が両親との関係がどんなものであったのかセシルは知らないが、ファスにとっては両親よりも、姉であるファーナの方が保護者だったのではないだろうか。(・・・って、そんな詮索することじゃないか)
「まあ、それはともかく―――他に何か僕に言うことがあったんじゃないのかい?」
「え?」
「だからわざわざ僕を待ってたんだろう?」
「!」ようやく思い出したのか、ファスは身をびくりと震わせると、一気に身を退いた。
さっきと同じ、ベンチの端と端の距離。
その距離が、まるで少女との心の距離を表しているようだった。「あ、あの・・・っ」
震えた声。
しかし、その声音は決して弱々しいものではなかった。「この国から、出て行ってくれませんか?」
「それはできない」ファスの嘆願のような言葉を、セシルは即答で切って捨てる。
予測はついていた。
セシルの事を「運命を歪ませる人」として酷く怯えていた少女。
そしてファスは常に怯えてはいるが、臆病者ではないと、その目を見て解っている。
ならば彼女は、 “セシル=ハーヴィ” という、運命に仇為す者を前にして、自分に出来ることをしようとするだろう。「・・・・・・っ」
ファスもセシルの返答は予測していたはずだった。
帰れと言われただけで従うようならば、そもそも来ていない。
だが、あまりにも即答過ぎたためか、息を呑むほど驚いているようだった。「ど・・・どうしても?」
「―――逆に聞くよ。どうして僕を追い出そうとするのかな?」なるべく優しい声を努めて尋ね返す。
昼間はそれでも怯えていたが―――やはり、あまり効果はなかったようで、声は震えたまま、「あ、あなたが・・・運命を歪ませる人だから」
予想通りの返事にセシルは思わず声を殺して苦笑する。
セシルの反応には気づかなかったのか、ファスは真剣な瞳をセシルに向けて、続けた。「運命を歪ませる人は初めてでよく解らないけど・・・・・・き、きっと・・・あなたはこの国を不幸にする・・・そんな気がするから・・・」
(前に聞いた言葉だな)
誰かに、 “自分は誰かを不幸にする” といった意味合いのことを言われたような気がする。
つい最近のことだった気がするが、どういうワケかはっきりと思い出せない。
おそらく、あまり思い出したり関わったりするのが嫌とゆーか苦手とゆーか、逃げだしたくなるような人に言われたのだろうと、なんとなく理解して、記憶の掘り起こしを強制終了。「だから、すいませんけど、この国から出て行ってください」
ファスは震える声で、そう締めくくった。
その言葉を聞いてセシルは、おや、と疑問。(声が震えているのは、怯えてるだけじゃない?)
ファスは「すいません」と謝罪をした。
ただセシルに対して恐怖を感じているだけでは、謝罪の言葉など出てくるはずがない。
ファスは解っている。セシルにはセシルの事情があって、この国へ来たことを。だからこそ彼女は謝罪の言葉を口にした―――つまり、セシルを追い出そうとすることに対して罪悪感を感じている。優しい子だとセシルは思う。
少女なりに必死になって自分の国を守ろうとして、さらには害為すかもしれないセシルに対して気遣ってくれている。(・・・ま、だからといって、はいそうですかと言うわけにはいかないんだけど)
心の中で呟き、続いてさてどうしたものかと悩む。
以前のセシルなら、ただ悪役になろうとしただろう。
ファスの嘆願を乱暴に突っぱねて、その所為でこの国になにか災いが起きたならば、その恨みを一身に受けることを望んだだろう―――以前のミシディアの時のように。けれど、最早セシルは悪役になることを選ばない。
正義ぶる気はないし、結果的に汚名をかぶることになろうとも、分かり合う努力はする必要があると知っている。(人は望んで人を憎まない―――そして、人を憎むことはとても苦しいこと・・・)
今は石となってしまった双子の魔道士が、それを教えてくれた。
だから、セシルは考える。
果たして怯えながらも勇気を持って、セシルの目の前に在る少女に対し、少女の意志を否定せずに自分はどうすれば良いのかと。(・・・・・・どうしよう)
悩んでも答えは出なかった。
ファスは勇気を振り絞ってこの場にいる。それは逆に言えば、どんなに怯えていても、セシルをこの国から追い出さなければならないという決意の表われだ。
そして、セシルもまた土のクリスタルを手に入れなければならない。ゴルベーザを打倒し、ローザを救い出すために。当然だ、と答えが出なかったことに思わず納得してしまう。
どちらも生半可な意志でここに居るわけじゃない。
ちょっと悩んだくらいで、どっちも納得できるような答えが出るわけもない。(・・・弱ったな)
やはり悪役になるしかないかな、とセシルが思い始めると、ファスの方が口を開いた。
「だめ・・・ですか?」
「・・・うん」ファスのか細い声に、セシルも力なく頷く。
(結局、いつも通りって事か)
自分自身に軽く落胆しながら、心の中で意志を固める。
(僕は僕が正しいと思うことを貫き通す―――それが例え、他人にとって間違いだったとしても。結局、僕にはそれしかできないから)
自嘲混じりに決意する。
「―――ごめん」
決意と同時に、セシルの口から謝罪の言葉が出た。
そのことに、セシル自身軽く驚く。
誰かが言っていた―――謝るくらいなら、最初からやらなければいい―――と。誰が言ったかは忘れたが。
セシルもその通りだと思った。謝るような事ならば、やるべきではない―――それでもやらねばならないのなら、謝るべきではないと。過ちを認めながら行い、その上で謝罪するのは己の罪悪感を誤魔化し、相手の怒りを誤魔化すためなのだから。己が悪だと認めたのなら、悪であることを貫き通すべきだ―――と、以前のセシルなら考えていた。ミシディアの一件が、色々と自分に変化をもたらしているのかと、セシルは戸惑った。
「・・・わかりました」
その言葉には震えは無かった。
ファスは目を伏せ、小さく呼吸を繰り返す。
それはまるで幅跳びの前の助走のように、なにか勢いつけるようにセシルには感じられた。その証拠に、ファスの呼吸は段々と早くなり、やがて最後にすーっと大きく息を吸い込んで。「わかりましたっ!」
「おわっ!?」大声。
いきなり響いた力強い声に、セシルは思わずのけぞった。「な、なにが?」
「わっ、わたしがあなたを見張ります!」
「は・・・?」ファスはなにやら納得したようだが、セシルにはなにがなんだか解らない。
「だ、だから・・・あなたがなにか悪いことをしないように、ずっとあなたの傍にいます」
「・・・・・・なんで?」
「だ、だって・・・傍にいれば、きっとなんとかできると思うから!」
「いや待ってちょっと待って。なんとかって・・・どうなんとかするつもりだい?」別に、悪いことをするつもりはないが―――どう考えてもファスがセシルを止められるとは思えない。
(ああ、でも魔法とか使えるなら話は別か)
リディアや双子の事を思い出しながら考え直す。
ファスよりも年下なのに、大人顔負けの魔法を使いこなしていた。
そう言った才覚があるのなら―――「が、がんばるっ!」
「・・・はい?」
「だ、だからがんばる! がんばって、阻止するっ!」
「・・・なにを?」
「あなたの悪行を!」
「・・・・・・」いつの間にか完全に悪人指定されているらしい。
「いや、がんばるのは良いけど・・・あのさ、君、例えば魔法とか使えたりするの?」
「知らないっ!」
「・・・・・・まったくそうは見えないけど、実は武術の達人とか」
「ケンカとか嫌いっ!」
「・・・・・・・・・・・・なんか、ヤケになってきてる気がするんだけど」
「わかんないっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えーっと・・・」困った。
「あのさ、ちょっと落ち着こう?」
「落ち着いてるっ!」落ち着いていない。
「あのね、ファス―――」
セシルがなんとか宥めようと、声をかけたその時。
ぱた。
と、ファスがいきなりベンチの上に倒れた。
「ファス?」
なにが起きたのか、とセシルはファスの様子を伺い見て、
「―――すーすー・・・」
「・・・寝てるよ」考えてみればもう真夜中だ。
リックモッドに強引にパブに連れて行かれ、そこでどれだけの時間が経ったのか解らないが、もしかしたらすでに日が変わっているのかも知れない。夜更かしが苦手なほど子供ではないだろうが、色々と気負いこんでいたのだろう。
極度の気疲れでヤケになったのか、それともヤケになったから一気に疲労したのか解らないが、ともあれ最後の最後で限界がきて力尽きたという感じだった。穏やかな寝息をたてるファスを傍らに、セシルは嘆息。
「・・・どーしたもんかな」
「襲うなよ」
「誰が襲うかッ―――って」声は後ろから。
振り向く―――と、見慣れた少女の顔があった。
月明かりに白く輝くようなミニドレスに身を包んだ、白い肌の少女。「エニシェル!?」
「大声を出すな。起きるぞ」ベンチの後ろから、エニシェルはファスの寝顔を覗き込みながら控えめな声で注意する。
言われ、セシルは声の大きさを落として、「・・・なんでここに・・・?」
「お前がどっか行ってヒマだったからのう。この娘をつけてきた」
「なんでまた?」
「少しばかり興味があってな。こーんなプリチィな妾に対して怯えるとはどういった了見かと―――まあ、お陰で疑問も解けたが」
「え?」首を傾げかけて、セシルは不意に気がついた。
「運命を歪ませる・・・? じゃあ、エニシェルの運命も歪んでいるから―――」
「歪んでいる、というのは少し違う。―――まあ、こやつにはそう見えるのだろうが」と、いいつつ指先でファスの鼻の頭を軽く押す。
人には起きるから大声出すなと言っておいて、自分はまったく気にしていない。
鼻を押されたファスは「んにゅ」と妙な寝言を出しただけで、起きる気配はなかったが。「違うって?」
「ただ単に、こやつの力では我らの存在を許容できんというだけだ」エニシェルはファスの鼻を押さえていた指を離す。
「こやつの能力より、お前や妾の存在―――より正確に言えば “闇” の欠片が強すぎるということじゃ。運命―――生命の流れのことを、水の循環に例えておったが、それに習えば、我らに秘める “闇” は台風のようなもの。台風が通れば川が氾濫する。川からあふれ出してしまった水の流れなど、どうなるか予測もつかんじゃろう?―――運命が歪む、というのはそう言った意味じゃろうな」
「・・・ということは、やっぱり僕たちは人の運命を狂わせる?」セシルが問うと、エニシェルはふんぞり返って。
「知らんな」
「知らんって・・・」
「今のは、 “運命を歪ませる” という意味を妾なりに解釈してみせただけじゃ。言っておくが、妾にだって人の運命などというものは見えん。だから、実際に他人の運命が狂ってしまったのかどうかなど解らん」もっとも、と彼女は付け足して。
「―――妾の場合は、幾度と無く人を不幸にしてきたがな」
“無為の絶望” の二つ名を持つ、暗黒剣デスブリンガーがエニシェルの本質である。
強力な暗黒の力故に、手にした者のまわりに死を撒き散らし、使い手自身に破滅を呼び寄せてきた。「エニシェル・・・」
自嘲気味に笑うエニシェルに、セシルはなんと声をかけていいか解らない。
だが、そんなセシルをエニシェルは鋭く睨む。「おい、なんだその表情は。まさか貴様、妾が今まで “殺して” きた愚者どものことを考えて、アンニュイな気分になってるとか心配して無いじゃろうな!?」
「ぐ、愚者共って・・・」
「愚者じゃなければカスじゃな。妾を使いこなす強さも持たぬのに、手にするから悪い。自業自得じゃ」
「まあそうかもしれないけど」
「妾のことなどどうでも良い。問題は貴様じゃ」
「僕?」エニシェルに指さされ、セシルはきょとんとする。
「運命を歪ませる、だの、誰かを不幸にする、だの言われてそれを真に受け取るわけじゃなかろうな?」
「自覚あるしなー」
「おい」なにやら不機嫌そうに、エニシェルが睨付けてくる。
対してセシルは苦笑。「止まらないよ」
「む?」
「今更、僕が忌まわしい存在だと言われても、僕は止まらない―――僕はその時に一番正しいと思ったことを、すべきことをしようとするだけ。間違っているかも知れない、なんて後悔はあとでするよ」ローザの “愛” を受け入れ、ミシディアから “許し” を得て。
セシルは自分の心に変化が起きていくのを自覚する。
その一方で、本質的に自分は自分として変わらないのだと理解する。セシルは傍らのファスを見る。
「だから彼女になんと言われようと、僕は止まらない」
セシルの言葉には一切の迷いは無かった。
だからこそ、エニシェルは首を傾げる。「・・・それにしては、随分と迷い悩んでいたように見えたがのう?」
「迷ってたし、悩んでたよ。ファスの事、分かり合おうとするべきか、突っぱねるべきか―――彼女を納得させるにはどうしたらいいか、とか」その迷いと悩みこそが、セシルの心の変化。
「ほう? で、その迷いと悩みに答えは出たのか?」
エニシェルの問いに、セシルは頷く。
「たった今、出たよ―――ファスと、君と話してて思いついた」
「ふん。情けないのう、妾の力を借りんとなんもできんとは―――レオンとは大違いじゃ」
「情けなくて悪かったね」セシルが言うと、エニシェルは大仰に肩を竦める。
「ま、妾のレオンは最高の暗黒騎士じゃからのう。ハナから比べものにならん―――それで? 迷いの答えは?」
「うん、まあ、すごく単純なんだけど」セシルは苦笑しながら、眠りこけているファスの頭に手を伸ばし、その黒い髪を撫でた。良い夢でも見ているのか、いつの間にか少女の寝顔は笑顔になっていた。ひょっとすると、大好きだった姉の夢でも見ているのかも知れない。そんな少女の寝顔を見つめながら、セシルは言った。
「頑張ろう、と思う」
セシルの “答” にエニシェルはきょとんとする。
「は?」
「だからさ、僕が誰かを不幸にするって言うのなら、誰も不幸にならないように―――せめてこの子が哀しまなくて済むように、頑張ろうって思う」
「なんじゃそりゃ」セシルの言葉に、エニシェルは呆れたように声を出して。
「聞いて損したわい。10秒も時間を損したぞ、どうしてくれる?」
「うわ。そこまでいわなくても」
「今更言わなくても良いこと言ったのは貴様じゃろうが」
「へ?」
「そんなの、いつもやっておることだろうに―――貴様が頑張らなかった時があるか?」
「いや、あるんじゃないかな・・・多分」
「多分、とか言ってる時点で無いじゃろうが」
「そ、そうかな・・・?」言われてみてセシルは首を傾げる。
そんなセシルに、エニシェルは、こつん、と軽く握った拳をセシルの頭に押しつける。傾げた頭がまっすぐになるように、押す。「貴様はむしろ頑張らんほうが良い。というか、貴様と出会ってからまだそれほど経ってないというのに、4度も死にかけおって」
「4度も? なにかあったっけ?」
「海でリヴァイアサンに無謀にも立ち向かい、試練の山では自分の “闇” の剣をワザと身に受け、バロンでは合体魔法をこれまたワザと引き寄せて、あとは城のトラップに引っかかって」
「・・・あ、本当だ」指折り数えて、セシルは苦笑する。
「意外と人って死なないものだなあ」
「普通なら死んどるわい!」
「バッツとの決闘も入れると5度だね。無念無想だっけ? あれはヤバかったなあ」あははは、と笑うセシルに、エニシェルは無言で拳をひくと、はあ、と嘆息。
「やはり・・・馬鹿は死ななきゃ治らんなあ」