第14章「土のクリスタル」
H.「声無き会話」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイア城
「世界を股にかけ、地の底に眠る宝を求めて命を賭ける! 何百年、何千年と眠りについていた古代遺跡を目覚めさせ、迫る来る罠! 襲いかかるガーディアンを退けて、その奥に待っている秘宝を手にする! それがこの俺、トレジャーハンター・ロック=コール様だ!」
「なんだドロボウか」熱っぽく語ったロックに、ショートカットの門兵が冷ややかな口調で言う。
淡泊だが、痛烈な一言に、ロックは思わず膝をくじけさせた。「ち、違うっての! ドロボウじゃなくてト・レ・ジャー・ハ・ン・ター! ドロボウってのは人様の物を盗む人種だろ!」
「聞いているとトレジャーハンターとやらも変わらないように聞こえるが。昔の人間が隠した宝をかすめ取る人種だろう?」
「だからドロボウと一緒にするなっての! ドロボウみたいに今生きてる人間に迷惑はかけてねえ!」
「つまり、死んだ人間のものを盗んでるから正当だと?」
「すっげー言い方悪いけど、まあ、そうだな」
「なんだ墓ドロボウか」
「だからちがうっちゅーにっ!」ロックは地団駄踏むが、女兵士は冷たい表情でツンと澄ましているだけ。
がっくりと膝を落とすロックの肩を、ロイドがぽんぽんと叩いた。「はっは。所詮はロック=コール。その程度だということだな!」
「ロイド! な、ならてめえがやってみやがれ!」
「言われなくても―――」言いながら、ロイドはロックが話しかけていたショートカットの女兵士ではなく、もう1人のロングヘアの兵士に目を向けた。
「俺はせっかくだからこっちの子を選ぶぜ!」
言うなり、ロングヘアの女兵士に近寄って、微笑を浮かべ、
「お嬢さん。俺と一緒に飛空艇の上で夜明けの―――うひょおっ!?」
「・・・・・・」無言でレイピアを突き出され、ロイドは反射的にのけぞってそのまま尻餅をつく。
だらだらと冷や汗を流し、半笑いの表情でレイピアを構えた女兵士を見上げた。「―――ミーアは職務に融通が利かないほど忠実だからな。ヘタに無駄話でもすれば殺されるぞ」
「こ、怖ぁっ!? 融通効かないにも程があるだろ―――!?」叫んだロイドに向かって、ミーアはレイピアを振りかざす。
それを見たロイドは、尻餅をついたまま両手両足を使って器用に後退した。「ひ、ひぃっ、ナンパして殺されかけたのは初めてだ」
「・・・なにやってるんだ?」ロイドが初めての体験に心拍数急上昇させていると、セシルとヤンが降りてきた。
ちなみにヤンは目を閉じてはいるものの、口は固く閉じている。「あ、隊長。お帰りッス―――いやあ、ロックの馬鹿がナンパしてものの見事にフラれたところなんスよ」
「てめえだってフラれただろーがっ!」
「俺は殺されかけただけだッ!」
「威張って言うなよ!?」言い合う二人を見て、セシルは嘆息。
「なにやってるんだ・・・」
「いや、なんかトロイアの女性は美人揃いとかいう話から、どっちの方がモテるって言う話に発展した見たいなんだがな」
「ま、馬鹿が馬鹿やってることには変わりないのう」マッシュが説明して、エニシェルが酷評を下す。
と、ロックとロイドは同時にマッシュを振り返って。「そーいやマッシュ! お前、まだやってねえじゃんか!」
「おお、そう言えばそうッス! ささ、マッシュさん、アンタの番スよ!」
「はああああ!?」いきなり話を振られ、マッシュは驚いた表情を見せる。
「なんで俺がナンパなんて・・・。だいたい俺はまだ修行中の身で・・・」
「何言ってんだ、お前の兄貴はそういうの得意だろ」
「そりゃ兄貴は得意だけど―――はっ!?」さっきとは違う意味の驚きで、マッシュはロックを見返す。
ロックはにやにやと笑うだけで何も言わない。「へえ、マッシュって兄がいるのか」
奇妙な雰囲気は感じているが、事情がわからないセシルは素直に尋ねる。
すると、ロックは妙に機嫌良く笑って頷いて、「おう。双子の兄貴でな。名前はエ」
「わーっ! わかったわかった! やるよ! やってやるよ!」
「おっしゃ、その意気だ。頑張れ男の子!」ロック(25)に男の子とか言われて背中を押されるマッシュ(27)。
マッシュはなにか諦めたように力なくと息すると、覚悟を決めたように前に出た。「・・・・・・」
そしてじーっと見る。
二人の門兵の身体を、じーっと交互に見つめる。
あまりにも真剣に、前身くまなく見つめるマッシュの視線。しかも兵士が装着している鎧は、機動性を重視しているために極限まで軽量化され、肌の露出が極端に多い。水着や下着とまでは言わないが、それに近いものがある。流石に二人とも恥ずかしそうにもじもじさせて顔を赤らめさせる。「こ、この変態がああああああっ!」
「おうっ!?」はたからみているとまるで変質者のように女性の肢体を見つめるマッシュの後頭部に、エニシェルのジャンピングエルボーが突き刺さった。
「な、なんだいきなり!?」
「聞かなきゃ解らんかこのド変態! 馬鹿野ローズよりはまともな男だと思っておったのに!」
「なんだその馬鹿野ローズってのは、俺らのことか?」ロックが自分とロイドを指さす。
名前の頭に「ロ」が着いた馬鹿野郎だから馬鹿野ローズ。安直である。「だ、誰が変態だっ!? 俺はただ、体つきを見て良い身体しているなって・・・」
「スケベだーっ!」
「みなさーん! ここにスケベ大魔王がいますよー! 変態ですよー」マッシュの問題発言に、大声で騒ぎ立てる馬鹿野ローズ。
妙な騒ぎに発展しつつあるのをみて、セシルは嘆息してから、はしゃぎ回るロックとロイドに近寄ると。がつん×2
と強烈なゲンコツを頭の上に落とす。
「「うおおおおおおお・・・・・・」」
同じような呻き声を上げて頭を抱える。馬鹿野ローズ。
そんな二人ににっこりと微笑んで、「・・・ここがどこだか考えて騒ごうね、二人とも」
「「は、はい・・・」」余程痛かったのだろう。
涙目になって素直に頷く馬鹿野ローズ。「おいセシル。このド変態にも頼む」
エニシェルがマッシュを指し示して言う。
慌ててマッシュは首を横に振って、「だから違うって、ただ俺は―――」
マッシュはショートカットの女兵士の方を振り返り、その目をじっと見つめる。
「な、なんだ・・・?」
さきほど身体を見つめられた恥じらいが残っているのだろう。
顔を赤らめたまま、マッシュの視線から目を反らす女兵士。「いや、鍛え抜かれた良い身体してるなって思ってさ。あんた強そうだな。今度、俺と手合わせして貰えないか?」
「・・・・・・」マッシュの台詞に、誤解していたことに気がつく。
女兵士のことを、マッシュは “女性” としてではなく “戦士” として見ていたのだと言うことを。
その事に気がついて、彼女は顔を上げてマッシュの目を―――そこから向けられる、下心のない真摯な瞳を見る。「べ、別に私が手の空いている時なら構わないが・・・」
「よっしゃ! 覚えたぜ、その約束!」にかっ、と朗らかな笑みを見せるマッシュに、女兵士はやや照れ混じりだった顔を、さらに真っ赤にさせる。
そんなことにも気がつかずに、マッシュは苦笑しながら馬鹿野ローズを振り返った。「いやあ、やっぱ駄目だ。どーしてもナンパよりも戦うことに頭がいっちまう」
「じゅ、十分じゃないスか」
「・・・流石はあの好色野郎の弟だぜ・・・」
「な、なんだよ? どーかしたのか?」不良座りなんぞしてやさぐれる馬鹿野ローズに、マッシュはわけがわからずにきょとんとする。
そんなマッシュに、エニシェルがカカカと小気味よく笑い、「まあ、馬鹿は馬鹿ということじゃ」
******
女兵士が顔を赤らめて、マッシュがきょとんとし、ロック&ロイドが歯ぎしりしていると、ぱたぱたと走ってくる足音があった。
「お、お待たせしましたっ!」
走ってきて、息を切らせながらそんなことを言ったのは、さっき別れたばかりのファスだった。
「君が、ギルバート王子の所まで案内してくれるのかい?」
セシルが尋ねると、ファスはこくんと頷く。
「・・・別に君でなくても良いだろうに。こき使われてないか?」
「し、仕方ないです。これは私が勝手なことしてご迷惑かけた罰なんですから」未だセシルを見る目にはおびえが入っていたが、それでも普通に受け答えしてくれるだけ進歩はしているのだろう。
(・・・にしても、迷惑かけた罰か―――直接ギルバート王子が顔を見せないことと何か関係あるのかな・・・?)
「そ、それじゃご案内します。着いてきてください」
そう言ってさっき城まで案内した時と同じように、ファスが先頭に立って歩き出す。
(・・・ま、そこらへんの事情は王子に話を聞けば解るかな)
そう結論づけてセシルは少女の後を追い掛けた―――
******
「し、失礼します!」
やや緊張気味にノックして、ファスはドアを開けた。
細かな細工が彫られた立派なドアだ。ドアを見るだけで、上等な部屋だと言うことが解る。
そして、その予測は正しく、バロンやファブールにある王の私室よりもなお豪奢な内装が、ドアの先には広がっていた。「やあ、セシル。久しぶりだね」
最上の部屋の中、天蓋付きのベッドの淵に腰掛けたギルバートがセシル達を出迎える。
その右足は痛々しく白いギブスで固められていた。「お久しぶりです―――って、王子、その足は?」
ギブスで固められた足を見て、セシルが尋ねると、ギルバートは苦笑。
「いや、これは―――」
「わ、私が悪いんです!」ギルバートがなにやら説明しようとする前に、ファスが叫んだ。
「私が、勝手な事をしたからギルバート様が私を庇って・・・」
「いやファス、あれは僕が間抜けだっただけだよ」
「そんな! ギルバート様が私なんかを庇ったから・・・!」
「庇った・・・というか、ただ単に僕がチョコボから墜ちただけだし・・・」にわかに始まったファスとギルバートの言い合いに、セシルは困惑する。
「ええと・・・? つまりはどういうことですか?」
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つまりはこういうことだった。
魔物に襲われていたファスと遭遇し、二体の魔物をギルガメッシュとリックモッドが倒した―――はずだったのが、実はその時ギルガメッシュが使ったのが聖剣エクスカリバー。使う者が使えば魔を滅する破邪の剣となるが、剣に認められぬ者が振るえばただのナマクラにしかならない剣。
ギルガメッシュが斬ったと思った魔物のも、実は打撃で少しの間だ気絶していただけだった。息を吹き返した魔物は、ギルバートとファスに向かって襲いかか―――た時、チョコボが恐怖を感じて暴れ回り、乗っていたギルバートとファスを振り落として逃走。その時、ギルバートは足を骨折してしまったのだとか。ちなみに魔物は、暴れたチョコボの蹴りが偶然当たり、よろめいたところをリックモッドがトドメを刺したとか。
「『これじゃエクスカリバーじゃなくてエクスカリ “パー” だぜ』ってギルガメッシュが上手いこと言ってたね」
あはは、と朗らかに笑うギルバートに、セシルは同じようには笑えなかった。
「・・・まあ、大事なくて何よりです。―――そう言えば、その二人は?」
部屋の中を見回しても、二人の姿は見えない。
広い部屋だといっても、どちらかと言えば大柄な二人だ。隠れていてもすぐに解る。「二人ともあてがわれた部屋で寝てると思うよ? ・・・二日酔いで」
「二日酔い!? なんでまた」
「それは本人達に聞いた方が早いよ。僕もダムシアンの王子として来ていなかったら、是非顔を出したいと思ってるんだけどね」
「?????」セシルはなんの事か解らない。
ただ、その後ろで「ぐひひ」と馬鹿野ローズが不気味な笑い声を立てる。「なるほどなるほど。噂の “あそこ” だな」
「おお、ロック殿。知っているとは流石ですな?」
「そういうロイド殿も解ってらっしゃるとはお目が高い」なにやら口調まで可笑しくなって、二人は怪しく笑い合う。
そんな二人を、セシルは気味悪そうに振り返り、「・・・二人とも、なにか知ってるの?」
「いやあー、隊長は知らない方がいいじゃないッスかねー」
「いやいや案外セシルみたいな真面目クンがハマっちゃうんだ、あーいうとこ♪」
「だ、だからなんの話だよ・・・?」なにか背筋がゾクゾクと寒くなるような、気味の悪いものを感じる。
そんなセシルに、馬鹿野ローズはグフグフと不気味に笑うのみ。「ま。あとで連れてってやるよ」
「あれ。でもあそこって会員証とか必要って聞いたけどな」
「馬鹿だなロイド。そのリックモッドとやら達は行ってるんだろ? だったら一緒についてきゃいいじゃんか」
「流石はロック。お主もワルじゃのう」
「いやいや大臣殿には叶いませぬ」くっくっく、と悪い顔で笑い合う二人。
「・・・・・・なんか、君ら。二人揃うとキャラ変わらないか・・・?」
「まあまあセシル。それよりも、神官様との会見はどうだった?」なにやら酷く疲れた様子のセシルに、ギルバートが話を振る。
気を取り直して、セシルはコホンと咳払い。(そう言えば、王子に色々と聞かなきゃな―――だけど)
部屋の中を注意深く見回しながらセシルは質問内容を頭の中で吟味する。
だが、セシルが考えをまとめるよりも早く、「ぬがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!」
もの凄い怒声が部屋の中を嵐の如く暴れ狂う。
まるで部屋そのものが破壊されそうなほどの爆声に、ファスは悲鳴も上げずに床に突っ伏し、ロックとロイドも尻餅をついて、マッシュは両耳を押さえてなんとか堪える。ギルバートはベッドの方へとひっくり返った。「はーっ、はーっ、はーっ・・・!」
その声の主であるヤンは、大声を出して疲れたのか、まるで力の限り全力疾走でもしたかのように息を切らせ、汗を掻いていた。
「いきなり騒がしいぞ、このハゲ!」
ヤンの怒声にも全くの平静でエニシェルが迷惑そうにヤンに向かって罵倒する。
外観は人間とはいえ、あくまでもその身体は人形だ。人形には鼓膜も無く、 “音を聞く” のも人の聴覚とは似て非なる疑似感覚であり、そもそも負の力を源とする暗黒剣でもある彼女は、ヤンの怒声など驚くにも値しないのだろう。「大丈夫ですか、王子?」
片方の手で耳を抑えながら、もう片方の手でギルバートを助け起こす。
「な、なんとか・・・・・・君は平気だったのかい?」
ギルバートの問いに、セシルは苦笑。
「まだ耳の奥がキンキン言ってますけど―――ヤンの我慢もそろそろ限界だというのは気がついていましたから」
そう言ってセシルは後ろを振り返る。
そこには顔を真っ赤にして怒り狂っているヤンの姿があった。「おのれぇ・・・何が神官だ! 客人を前にしてなんたる傲慢不遜! なによりも人の目の前でわざわざ聞こえるように陰口叩き、あまつさえ何が裸だ!? 誰がはしたないかああああああああああああっ! これがモンク僧としての正装だッ! それをっ、それをーっ!」
「あー・・・ヤン。気持ちは解るけど落ち着いて―――」
「セシル! お前は怒りに思わないのか!? あの神官共の目! あれは我々の事を完全にナメきった目だ! 奉じる神が違うとはいえ、同じく神に仕える者として、もう少し尊敬できる者たちと思っていたら・・・!」
「ヤン! 落ち着いてください! そんな大きな声で・・・誰かに聞こえたらどうするんですか!」何故か酷く焦った様子でギルバートがヤンをなだめようとする。
だが、ヤンの怒りは収まらず、「フン! 誰が聞いているというのだ! あの年老いた神官共なら耳が遠くて聞こえんだろうさ」
「だ、だけど・・・」
「そうですね。この部屋の中には僕たちしか居ないし、この部屋に入る時に確認しましたが、この壁の厚さならまず声が外に漏れることもないでしょう。最初のヤンの雄叫びならともかくね」セシルはにっこりと笑う。それとは対照的に、ギルバートはひたすら困ったように。
「だ、だけどね。やっぱりこういう悪口とかそういうこと言うのは良くないと思うし・・・」
「大丈夫ですよ。ヤンも言いましたが、耳の遠いおばあさんには聞こえませんよ」
「セ、セシル・・・」最早、血の気がひくほどに顔を青ざめさせ、ギルバートが愕然とする。
そこへセシルは、なにやら合図でもするかのように小さくウィンクして。「それより王子、預けた手紙はどこですか?」
「え・・・? 手紙?」
「ファブールを発つ時に預けたでしょう? もしもリヴァイアサンを突破できずに、ヤンがトロイアヘ来た場合渡すようにって」ギルバートは手紙など預かった覚えはなかった。
手紙など知らない―――と、言いかけて、ふと先程のセシルの “合図” が引っかかった。
セシルは嘘を承知で「手紙を預けた」と言っている。ならばその意味は―――(あ、そうか・・・)
今、この “状況” と照らし合わせ、ギルバートはセシルの真意に気がつく。
それから、すぐに頷いて。「ああ、手紙ね―――手紙ならベッドの傍に僕の荷物が置いてあるんだけど、その鞄のポケットにあるよ」
言われてセシルはギルバートの鞄を探った。
言われた場所に、当然手紙など存在しない。が、代わりに紙の切れ端が数枚とペンがあった。「これはもう必要のないものだから、返してもらいますね」
などと言いながら、セシルは紙に素早く何事か書き、それをヤンたちに向かってみせる。その頃になって、ようやくロックとロイドも身を起こした。
紙には短く。『聞かれている』
!?
と、他の面々に緊張と戸惑いが伝わる。
ロックとヤンは素早く周囲を見回し、ついで気配を探るが、誰かが潜んでいる気配はない。特にロックはトレジャーハンターとして、一歩間違えば死に直結する罠をかいくぐり、またレジスタンスの密偵として色々な所へと潜り込む。自分の感覚には絶対の自信があった。「まさか・・・」
ロイドが小さく呟き、未だ倒れているファスを見下ろす。
あまりにもおどおどしているため、敵という印象がカケラもないが、考えてみればこの少女もトロイアの人間だ。(・・・って、トロイアの事を敵って認識してるのか、俺は)
ロイドは自分の思考に顔をしかめる。
本来ならば共に肩を並べ、フォールスの危機を救わなければならない味方であるはずだ。
いかにヤンが怒り狂うほど、こちらに対する印象が悪いとはいえ、敵などと思う必要はないはずだった。だが―――
(・・・でも、セシル隊長もギルバート王子も警戒している・・・二人とも、トロイアを敵としてみているのか・・・?)
そう思っていると、突然セシルが困ったように笑う。
「ああ・・・でも、考えてみればファスはトロイアの人間だったね。僕とヤンの暴言が彼女から伝わらなければいいけど」
「それなら大丈夫さ。ファスは告げ口するような子ではないし、僕に借りもあるからね」普段のギルバートなら、自分に借りがある、などという言い方はしない。
それはつまり、ファスはこちらの味方であると伝えているのだ。そんな二人のやりとりにロイドは素直に感心した。
先程の “手紙” の件と言い、よくもまあそんな出任せを調子よく合わせられるものだと。「―――そう言えばエニシェル」
「なんじゃ?」セシルに呼びかけられ、エニシェルは億劫そうに返事を返す。
この暗黒剣は、自分に興味の無いことはとことん興味がないらしい。今も退屈そうに床にだらしなく座り込み、ぼーっとしていた。「さっき預けた―――ええと、あの声を伝える草」
「ひそひ草って言うんだよ」ギルバートの注釈を聞いて、セシルは「随分とシャレの効いた名前ですね」と苦笑。
だが、そんなやりとりのお陰でロイド達も気がつく。(さっきの草。この部屋に仕込まれているとしたら・・・)
草の一つや二つ、この豪奢な部屋の中に隠すのは簡単だろう。
その草を通して、神官達はこの部屋の様子を伺っているとしたら。(証拠はない―――けど、俺が “敵” の立場でも同じ事をするな)
そして、セシルとギルバートも同じ考えなのだろう。
「その、ひそひ草。どうした?」
「まだ妾の “乙女の秘密” の中にしまっておるが」
「・・・誰が乙女だ」ぼそり、とヤンが呟くのを、エニシェルは聞き逃さない。
「・・・なんか言うたか、ハゲ」
「何度も言うが私はハゲではない! この髪が見えんか!」頭頂部から伸びた三つ編みを持ってエニシェルに突き付ける。
エニシェルはせせら笑って。「八割ほどハゲじゃろうが! ハゲも同然のハゲをハゲと言って何が悪い! このつるっパゲ!」
「ぬおおおおおおおおおおおっ!」どたばたどたばた。
追いかけっこが始まるのを見て、セシルは嘆息。「ヤン・・・修行が足りないんじゃないか・・・?」
「それよりも止めなくていいのかい?」暴れ回る少女とモンク僧。
マッシュがそれを止めようとするが、エニシェルのダークフォースに打ちのめされ、ヤンの肘にはじき飛ばされる。
そんな光景を眺めつつ、セシルはまた溜息を吐いた。「いいんじゃないですか。ここなら誰にも迷惑は掛からないし―――それよりも、今は色々と聞きたいことがありますしね」
会話は聞かれている、ということを念頭に置いて、セシルはギルバートへの質問を開始した―――