第14章「土のクリスタル」
G.「7人の女神官」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイア城

 

 

 トロイアの城は街よりもなお美しかった。

 陽の光に反射して白く輝く白亜の宮殿。その中を、澄み切った清水が流れる様は清涼感をかもしだす。

 バロンやファブールのように “城” としての機能を主においた頑強かつ無骨な佇まいではなく。
 今は破壊されてしまったが、ダムシアンのように権威の象徴としての意味合いが強い。

(堀・・・ってよりは、これ水路だしなあ・・・)

 セシルは水の流れる水路を見て苦笑。
 浅い。
 バロンのそれのように深くなく、加えて言えば高い城壁もない。攻め込んだら簡単に落とせそうな城だ。

「・・・・・・」

 ヤンの方を見れば、ムスっとした顔で城の中を見回している。
 おそらくは、セシルと同じような感想を抱いているのだろう。

 城の中は、街に輪を掛けて男性の数が少なかった。
 中には踊り子のような際どい格好をした女性もいて、セシルは目のやり場に困ったが、腰に差した剣を見るに城を守る兵士なのだろう。
 トロイアの兵士は皆女性であり、その特性は軽やかな動きで敵の動きを翻弄するのだと。そんな彼女らにしてみれば、重い鎧など邪魔にしかならないのだろうが。

(でもせめてシャツとか着て欲しいな)

 少し顔に血がのぼるのを感じながら、セシルはなるべく女兵士たちの身体を見ないように顔を上げる。

「・・・・・・?」

 ふと、妙な視線があることに気がついた。
 すれ違う人達が皆、こちらの方を見ている。
 異邦人であるセシル達を奇異な目で見るのは特に妙だとは思わなかったが、それとは別に。

(・・・ファスを見ている・・・?)

 視線はセシル達に向けられたものもあるが、それ以上にファスへと向けられていた。
 しかも、ファスを見る表情には、かすかな侮蔑の色が見られるようにセシルは感じる。

 そんな視線を感じているのか、前を行くファスも―――ちなみにチョコは城の外に置いてきた―――どこかぎこちない動きで歩いている。

「あー・・・」

 セシルがなにか声をかけようとした時だ。
 急にファスが立ち止まってこちらを振り返った。

「え、ええと、ここで神官様がお待ちになっています」

 振り返ったファスの後ろには、大きな扉があった。
 バロンの謁見の間に続く大扉に似た威風を持っている。扉の両脇には、二人の女兵士が立っていた。

 振り返ったファスの表情にはおびえがまだ見えたが、それでも最初よりは随分マシになったようだとセシルは思う。
 さっき、ヤンからトロイアの擁護をしたのが良かったのだろうか。

「あの・・・っ、私はギルバート様のお世話をしなければならないので、これでっ・・・」
「あ、ファス!」

 慌てて走り去ろうとするファスを、セシルが呼び止める。
 びくっ、として立ち止まり、おそるおそる振り返ったファスに、セシルはにこりと微笑みかけて、

「案内、ありがとう」
「・・・え?」

 礼など言われるとは思っていなかったのか、ファスは妙に驚いた様子で目をぱちくりさせる。
 息も止めるような驚きように、セシルも少し驚いて、

「あれ? そんな驚かせるようなこと言ったかな・・・?」
「えっ、でもっ、これっ、わたしっ、罰だし・・・・・・お礼言われるなんておかしいです!」
「おかしいかな?」
「お、おかしいです! 私なんかにそんなことっ!」

 顔を真っ赤にして叫ぶファスに、セシルは苦笑。

(そんな大層な事を言ったつもりはないんだけどな・・・)

「し、失礼しますっ!」

 慌てて―――というよりも、むしろ逃げるようにファスは走り去っていく。

「妙な子だなー」
「私は好かんな。あまりにもおどおどし過ぎる」

 ロックとヤンが素直な感想を述べる。

「あと、隊長に対してなんか態度が妙でしたね。なにか心当たりは?」

 ロイドに問われ、セシルは首を横に振る。
 確かに、自分に対するファスの態度が妙だとはセシルも気がついていた。最初、黒い鎧を身に着けていたせいだと思っていたが、それで怯えるならまだしも―――

(彼女の目には僕に対する敵意のような物が見えた・・・・・・あれはつい最近にも見た目だ)

 

 ―――ぜんぶ、ぜんぶ・・・私が見てる大切なもの・・・全部殺して、壊して、燃やして・・・! 私から全部奪い去って!

 

 思い出されるのは、セシル=ハーヴィという強大な力に対し、恐怖に縛られながらも、その恐怖を振り払うかのように絶叫した少女。

(そうだ・・・ポロムに似て居るんだ。僕が威圧した時のポロムの瞳に・・・・・・)

 怯えながらも決して目を反らさずに、負けまいとしていたポロム。
 その強い瞳に、逆にセシルの方が打ちのめされた。

「・・・お前さ、まさかこのトロイアにも攻め込んだことがあるとかいわねーよな?」

 ロックがセシルの心を読んだかのように、小さな声で耳打ちしてくる。

(・・・そう言えば、あの場にはロックも一緒に居たっけ・・・)

「いや・・・少なくともトロイアに恨みを買った覚えはないけどな」

 セシルも小声で返答する。

「セシルだけではないぞ」

 声は下から。
 視線を落とせば、白いドレスに身を包んだエニシェルが、こちらを見上げていた。

「さっき、妾が義妹のことで迫った時にも過剰に反応して悲鳴を上げおった」
「そりゃいきなり迫られれば誰だって驚くんじゃないかな。あと義妹じゃないだろ」
「実際に妾に対して恐怖があるのを感じる。こーんなぷりちぃな妾にじゃぞ」

 今は白いドレスに身を包んだ、お嬢様然とした―――言動はともかく、見た目は―――エニシェルだが、本来の姿は暗黒剣デスブリンガーである。 “恐怖” などの負の感情を敏感に感じ取ることは得意なのだろう。

「・・・よくわからないけど、彼女にも事情がありそうだね」

 ファスのセシルやエニシェルに対する敵意と恐怖。城内の人間がファスに向ける侮蔑の視線。そして “罰” 。
 なんらかの事情はあるようだが、悩んでもその事情とやらが解るはずもない。

(ま、必要ならそのうち事情とやらも解るだろう)

 これ以上考えても意味がないと、セシルは思考に区切りをつけた―――

 

 

******

 

 

 セシルはヤンを連れ、門兵が開けてくれた大扉をくぐり抜ける。
 ロイド達はは扉の前で待たせてある。流石にトロイアを治めている八神官への謁見だ。大勢で行くのもどうかと思ったので、ファブールの代表としてヤンと共に行くことにした。

 扉の先には広間があり、その先に階段があった。
 バロンのように渡り廊下のような長い廊下はない。
 階段を昇り終えると、さらに広い広間があり、そこに7人の神官が待っていた。

 7人が7人とも同じ白い法衣に身を包み、同じような年齢であるようで、ぱっと見た目では区別が付かない。

「お待ちしておりました、バロンよりの方々」

 法衣に身を包んだ女性神官のうち、1人が前に出て礼をする。
 声を聞くに、先程ファスを叱りとばした人らしい。それにしては一緒にいたはずのギルバートの姿が見えないが。
 そう言えばファスは「ギルバート様のお世話をする」とか言っていたが、なにか関係があるのだろうか。

 疑問に思いながら、セシルは前に出て一礼する。

「初めまして、僕は―――」
「存じております。セシル=ハーヴィ殿ですね? ギルバート殿より話は聞いております」

 セシルが自己紹介しようとするのを遮って、前に出た神官が言う。
 何故かその口調は冷たく感じる。
 なにか気に障るようなことでもあったのか、とセシルが思っていると、後ろに控えている他の神官達の囁き声が聞こえた。

「・・・あれがバロンの正装だというのかしらねえ?」
「もう1人の格好は裸・・・なんてはしたない・・・」
「これだから野蛮な男の国は・・・」

 囁き声にしては妙に大きくて、セシルにもはっきりと聞こえたが。
 なんにせよ、神官達の態度が冷たい理由は解った。

 確かに公式の場に出てくる格好ではないのかも知れない。
 一応、ヤンはモンク僧長としての正しい格好ではあるのだが、トロイアの神官は解らなかったようだった。

(やっぱり鎧を着てくるべきだったかなー)

 今更ながらちょっとだけ後悔。

(・・・でも、鎧を脱がなきゃ彼女は降りてこなかっただろうし)

 せめてロイドの服を借りるべきだったかとも思う。
 ロイドは赤い翼の制服を着ている。少なくともシャツ姿よりはまともだろう。

 とりあえず自分の格好のことは後回しにして、話を進めてしまおうと思い口を開く。

「僕たちがトロイアに来た理由は―――」
「それも存じて居ります。土のクリスタルが目的なのでしょう?」
「え・・・っ!?」

 またもや先に言われ、今度は思わず驚きの声を上げる。
 ギルバートからセシルの名前と風貌は伝わっているとしても、今のセシルの目的は解らないはずだ。
 なにせ、ファブールでギルバートが出発した時点では、土のクリスタルのことなど考えてすら居なかった。

 だというのに、何故、今セシルがゴルベーザとの取引のために土のクリスタルを必要としていることを知っているのか―――

(啓示というヤツだろうか)

 徳の高い神官は、神から進むべき道や、迫り来る危難を教えてもらうことがあるという。
 ならば、これもその一種なのだろうか。

 などとセシルが驚いていると、神官は得意そうな顔で続けた。

「それほど驚かずとも、誰でも解ることです。クリスタルの力で、ゴルベーザという男に対抗しようというのでしょう!」
「・・・は?」

 セシルはもう一度驚きの声を上げる。
 今度は、思っても見なかったことを言われたための驚きだ。

 セシルがクリスタルを必要とするのは、あくまでも取引のためだ。対抗するためではない。

(・・・というか、クリスタルの力ってなんだ・・・?)

 未だにセシルはクリスタルというものがはっきりと解らない。
 ファブール王から聞いた話では、エブラーナにあるバブイルの塔に入るための鍵であり、エニシェルが言うには究極魔法を封印していたものだという。
 だが、クリスタルそのものに力があるとは聞いていない。エニシェルが言うには、このフォールスにあるクリスタルは模造品であり、オリジナル・クリスタルには強大な力があるというが・・・・・・

 ヤンならばなにか心当たりがあるのだろうかと、セシルはヤンを振り返る。

(うわ)

 ヤンは瞳を固く閉じていた。まつげがプルプルと振るえるほどに固く。
 口も唇が青ざめるほどにきつく閉じている。
 平静を装っているつもりなのだろうが、どうみてもこれは。

(怒っているなあ、かなり)

 やはり裸だのはしたないだの言われたのが気に障ったのだろうか。
 ともあれ、ヤンに聞くのはまた後にしようと、神官の方へと向き直る。

「ですが残念でしたね。この国のクリスタルは、今や或る存在に奪われてしまい失われてしまいました」
「それは知っています」

 微妙に誤解混じりだが、クリスタルが必要なのは違いない。
 訂正することなく話を進めることにした。

「誰が奪ったのかは解っているのですか? 解っているのなら―――」
「貴方がたが奪い返すと?」
「はい。その代わり、クリスタルを貸して頂きたいのですが」
「・・・・・・」

 セシルの問いに、神官はしばらく考え込むようにしてから。

「・・・クリスタルはこの国の存在を揺るがす重要な機密です。すぐには返答できません―――部屋を用意致しますので、どうか今日の所はごゆっくりと休まれてくださいませ。皆と話し合って、明日までには返事を用意します」

 そう言って神官は一礼する。
 皆、というのは後ろに控えた6人の神官のことだろう。
 前に出た神官と合わせ7人で話し合い、国の方針を決めるのだ。

(・・・7人、か)

 7人の神官を見た時から、セシルは違和感に気がついていた。
 聞いた話では、トロイアの神官は8人のはずだ。だが、この場には1人足りない。
 無論、なにか事情があるのだろう。病かなにかでこの場に居ないだけなのかも知れない―――が。

(色々と気に掛かる・・・ファスの言う “罰” もそうだし、クリスタルの “力” ―――それに、クリスタルに対する態度が違いすぎる)

 ミシディアにしろ、ファブールにしろ、確かにクリスタルは大切な国宝ではあったが、 ”国の存在を揺るがす” とまで必要なものではなかったはずだ。もしも他国でもそうであったのなら、ミシディアやダムシアンも脅迫されただけでクリスタルを渡しはしなかっただろうし、ファブール王もバッツに預けるような真似を許しはしなかっただろう。

(なにか、おかしいな・・・)

 嫌な予感を感じながらも、セシルはそれを表情には出さずに、微笑して頭を下げる。

「解りました。それでは一晩お世話になるとします」
「それではお下がりなさい。侍女に部屋を案内させましょう」
「あ、その前にギルバート王子に会いたいのですが・・・居るのでしょう?」
「はい。では、侍女にはまずギルバート殿の部屋に案内させるように言っておきましょう」
「ありがとうございます―――いこうかヤン」

 セシルが未だ目を閉じたままのヤンを促すと、ヤンは「うム」と何かを堪えるように重苦しく答えた―――

 

 

 


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