第14章「土のクリスタル」
F.「野ばらの聖女」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイアの街

 

 

「と、トロイア城からの使いで、ふぁ、ファス=エルラメントと言います」

 おどおどとした様子で、ちらちらとセシルの方を伺いながら、少女は自己紹介をした。
 着替えたものの、黒い鎧の印象が強いのか、怯えた眼差しをセシルへ向けていた。

 ファスは、続いて自分を乗せていた黒チョコボの方を指し示し、

「こっちは黒チョコボのチョコ。わたしの友達です」
「クエー!」

 チョコはファスとは正反対に元気よく鳴くと、大きな頭を下げて一礼。
 それから、元気づけるかのように黒い翼でファスの頭を撫でた。ファスはうん、と頷いて。

「そ、そうだね。わたしは使者を任されたんだから、もっとしっかりしないとね」
「クエー」
「う、うん。頑張る・・・・・・すごく怖いけど」

 頷いて、それから振り向く―――丁度、セシルと目があった。
 ひ、と彼女は引きつった悲鳴を上げ、それからみるみるうちにその瞳に涙が溜まる。

「ふえええん・・・やっぱり怖いよう・・・」

 泣く。

 まったくもって話が進まない。
 どうしたものかと、セシルが思っていると。

「セシル、ちょっとちょっと」
「うん?」

 ロックに引っ張られる。
 なんだ、と思いながら引き摺られるようにしてついて行くと、ロックはそのまま飛空艇の中へと入っていく。
 さらに進み、辿り着いたのはロックに割り当てられた部屋だった。
 寝るのに必要最低限のスペースしかない狭い船室の隅に、ロックの荷物が無造作に置かれている。

「なんだよロック、こんなところに連れ込んで」

 嫌な予感。
 なにやら良くない予感を感じつつ、セシルは尋ねる。

「いやいや、こんなこともあろうかとな―――と、あった」

 荷物の中からなにかを引っ張り出して、ロックは振替える。
 じゃーん、とか効果音つきでセシルに見せたそれは。

「セシル=ハーヴィ女装セットー」
「な、なにいいいいいいいいいっ!?」

 ロックがひらりと見せたそれは、確かにセシルがバロンに潜入する際に来ていた服だった。

「いやあ、直すの忘れてたから、こっちで直そうかと思って持ってきたたんだけどさ。大正解」
「どこが大正解だッ!? まさかそれを僕にまた着ろって言うんじゃないだろうな!?」
「だって、今のまんまじゃあの子まともに話をしてくれそうもないぜ?」
「無視すればいいだろ。トロイアにはギルバート王子―――こっちの知り合いが居るようだし、別に勝手に出向いても・・・あ」

 言いながら気がつく。
 トロイアの城にはギルバートが居る。そして、ギルバートとはついさっき話したばかりだ。

「あの草!」

 少女が落とした草を使えば、城に居るはずのギルバートと会話が出来る。
 それを思い出して、セシルはロックを置いてさっさと甲板へと戻った。

 セシルが姿を現すと、ファスがまた「ひ」と引きつった声を上げて身を引いた。そんな怯える少女の態度に、ちょっと傷つきながらセシルは甲板上に置いてあった草を拾い上げると、それに向かって呼びかける。

「ええと、王子ー? 聞こえますかー?」

 ・・・草に向かって話しかける自分の姿はどんなものだろーかと、妙な疑問も感じつつ返事を待つ。

『聞こえてるよ。どうしたんだい、セシル?』
「どうしたもこうしたも、このファスって少女、トロイアの使者だというけれど・・・」
『うん。ちょっとワケ在りでね。彼女には僕の代わりを務めてもらってる』
「王子の代わり・・・? ・・・まあ、それは良いんですが、この子僕のことを怖がって怯えるばかりでどうにもならないんですが」

 弱り切った声でセシルが言うと、草の向こうからギルバートの含むような笑い声が聞こえた。

『ふふっ、君のそんな弱気な声を聞くのは初めてだ』
「笑い事じゃありませんよ」

 セシルは嘆息。
 それからちらりと少女の方を見る。少女はセシルの方を伺うようにして見ていたが、セシルが目を向けたことに気がつくと、身を大げさに縮こませて、黒チョコボの影に隠れる。チョコボの後ろから少しだけ顔をはみ出して、びくびくと怯えた視線をこちらへと向ける。

 セシルはもう一度嘆息してから、再び草に向き直った。

「仕方ないので、彼女のことは無視して城へ向かうことにします。良いですか?」
『うん、それは―――』

 仕方ないね、とでも言おうとしたのだろう。
 だが、ギルバートの言葉は続かずに、代わりに耳をつんざくような大きな金切り声が聞こえてきた。

『なりませんよ! ファス=エルラメント!』

 ギルバートの声ではない。
 女性だ。
 声の張りと口調からすると、それほど若くない。

 ファス―――少女の名前に、セシルは黒チョコボの後ろに隠れている少女を振り返る。
 彼女はチョコボの足下に蹲って、両耳を手で押さえている。

『聞こえてますね! ファス=エルラメント! これはあなたへの罰なのですよ! よって、あなたが責任を持って使者としての役目を果たしなさい! いいですね! ファス=エルラメント!』

 すごく煩い。
 飛空艇の周囲の住民達も、なんだなんだとこちらを見上げてざわついている。
 ファスはというと、耳を塞いではいるものの、自分の名前が呼ばれるたびにびくりと身体を震わせているところを見ると、聞こえてはいるようだった。

「・・・罰?」

 なんのことを言っているのか解らないが、ともあれ―――

「エニシェル」

 セシルは白いドレスの少女に向かって、手にした草を放り投げる。

「ん」

 その意図を察して、エニシェルは飛んでくる草に向かって、受け止めようとするかのように、小さな手をかざして―――その手に草が触れる直前、いきなり草が掻き消えた。

 エニシェルの能力の一つ。自分で作った異空間に物をしまい込むことが出来る能力。通称 “乙女の秘密” 。
 異空間にしまい込んだあらゆるものは、エニシェルの意志で自在に取り出すことができる。そして、それはエニシェルの周囲に出現されるだけではなく、彼女の”使い手” の元に送ることも出来る―――セシルが剣を求めた時、エニシェルが立っていた場所にではなく、セシルの手の中に出現するのはそう言った理由からだった。

 便利な能力だが、制約もある。

 まず生き物をしまい込めない。
 エニシェルの意志で操る力なので、別の “意志” が介在すると、上手くいかない。しまい込めたとしても、異空間では人は生きていけない―――ぶっちゃけ空気がない。
 また、大きさにも制限があり、だいたいエニシェルの身体の大きさくらいが限界である。
 個数に制限はない―――が、一度に出し入れできる量は、やはりエニシェルの身体分くらいである。

「さて、と」

 喧しい草が消え去ったことを確認して、セシルはファスへと向き直る。
 目があっただけでびくりと身を震わす彼女を、なるべく刺激しないように穏やかな声でゆっくりとした口調で語りかけた。

「罰というモノがどういうことなのか解らないけれど、どうやら僕たちは君に案内してもらわなければならないようだね」
「は、はい」
「案内してくれるかな?」
「・・・・・・」

 セシルの言葉に、彼女は怯えた瞳で―――しかしその目を反らすことはなく、真っ直ぐにセシルの目を見返して頷いた。

 

 

******

 

 

 チョコの背に乗ったファスに案内されて街の中を歩く。チョコは今は飛ばずに、普通に二本の足で歩いていた。
 トロイアの街中を歩いてまず思うことは、豊かであると言うことだった。

 道は綺麗に整備され、建物も煉瓦に鮮やかな色を塗った美しい町並みが並ぶ。
 バロンも同じ煉瓦造りの街だが、このトロイアのように色まで塗られてはいない。余裕がないわけではないが、そんな無駄なことをする気は起きない。せいぜい、屋根の色を目印代わりに塗るくらいだ。
 トロイアは屋根だけではなく、壁や塀にも色を塗っている。そんな “無駄” が出来るのは、物が豊かであることの証明だろう。

 街をすれ違う人々の身なりも良く、使い古しのボロを来ているような人は居ない。
 かつては路地裏の朽ち果てた教会に暮らし、布きれに首と腕を通す穴だけ空けたような物を着ていたセシルにしてみれば、ちょっとした驚きだった。表通りはそれなりに華やかなバロンだが、少しでも裏に回れば浮浪者がたむろって居るし、表通りだって時折路地裏から這い出た浮浪者が、目立たないように道の隅をこそこそと歩いていたりする。

「ファブールとは大違いだな」

 セシルと似たようなことを考えていたのか、ヤンが小さく呟いた。
 ファブールはバロンよりもさらに厳しい国だ。
 老若男女、全ての国民が厳しい環境に生き残るために頑張っている。寒さという強敵に対抗するために、人手はどんなにあっても足りない。先日セシルが訪れた時は、バロンとの戦争のため、女子供は避難し、城で動き回っていたのは大人ばかりだったが、それ以前にファブールを訪れた事のあるセシルは、幼い子供ですら貴重な労働力であることを見て知っていた。

 ―――トロイアの神は恵みを与え、ファブールの神は試練を与える。

 昔の人は上手いことを言ったものだとセシルは思う。
 同じ宗教国家だというのに、何故にここまで環境が違うものなのか。

「・・・しかし、話にゃ聞いてたけど女性が多いよなー」

 そんな風に呟いたのはロックだ。
 ロックの言うとおり、街を行く人間の殆どが女性だった。
 トロイアという国は、フォールスで唯一女性が国を治めている。そのため、国の中の要職につくのも女性が主であり、男性はそれらの付き人や下働きが多い。物が棚に溢れている商店なんかをちらりと除いても、声を出して支持しているのは女性で、それに従い男が忙しそうに働いている。
 女性優位の社会―――そのため、人口の比率も女性の方が多い。多いと言っても、実際は6:4くらいだろうが、普通の国では男の方が6なので、それと対比してやけに女性の方が多く見える。

 宗教国家トロイア―――女性国家トロイアとも呼ばれる所以だ。

「―――まあ、神様も、ムサい野郎よりは女の子に恵みを与えたいだろうしな―――っと、失言」

 ロイドがそんな軽口を叩くと、ヤンがギロリと睨む。あわててロイドは自分の口を両手で塞いだ。

「ムサい野郎・・・?」

 ロイドの言った言葉の意味がわからずに、マッシュが首を傾げる。だがロイドはこれ以上余計なことを言ってヤンの恨みを買う度胸もなく口をつぐんだままだ。

「・・・以前、トロイアとファブールを比べて、 “ファブールの神は恵みではなく試練を与える” などと誰かが言ったのだ」

 機嫌悪そうにヤンが答えた。答えながら、もう一度ロイドを強く睨む。キツイ目線を投げかけられて、ロイドは思わずロックの後ろへと隠れた。

「わ、悪かったっすよ。つい口が滑って―――」

 ロックの後ろから情けない声で謝るロイドに、ヤンは嘆息。

「別に怒っているわけではない。確かに我が神は恵みよりも試練を与える方が好きなようだが、私はその試練を乗り越え人として強く鍛えられてきた己に誇りを持っている。逆に、恩恵に溺れて惰弱に一生を終えることの方がおぞましいと思うよ」
「あ、それ同感」
「確かに、俺も強くなりたいと思う。強くなれるのならば俺は恵みよりも試練を望む」

 ロックとマッシュがヤンの言葉に賛同する。
 だがマッシュの言葉に、ロックは苦笑して肩を竦めた。

「いや、なるべく試練はいらないけどさ。ただ、空から降ってきたメシだけ食って生きてくってのは性にあわねえなあ」

 ロックがそう言うと、ロイドはムスっとした顔で。

「そうかあ? 俺は恵んでくれるって言うならありがたくもらうけどな。楽して生きれるならそれに越したこともないだろ?」

 わざわざ苦労を選ぶヤツの気が知れない、とロイドはそっぽをむく。
 そんなロイドに、セシルは苦笑。
 ロイドもまた、エリートコースだった大臣の道を蹴って、近衛兵の道まで蹴った挙句に新設間もない飛空艇団 “赤い翼” に入団し、セシルの下で苦労を買って出るような人間だと、セシルだけが知っていたからだ。

 苦笑しているセシルに、ヤンが視線を投げかける。

「セシル、お前はどう思う? 恵みを受けて安寧と暮らすのと、試練を乗り越えて己を高めて行くのと、どちらが正しいと思う?」

 問われてセシルは即答しない。
 答えに詰まったわけではない。そんな事は答えるまでもなかった。
 だから逆に問い返す。

「聞き返すようで悪いけどさ、ヤン。何故君は自分を鍛えようとする?」
「負けぬ為だ」

 即答だった。
 きっぱりとした迷いのない返事を、心地よく感じながらセシルはさらに問う。

「誰に?」
「敵にだ」
「敵とは何だい? 君を倒そうとする人間か?」
「それもあるが、私の家族や国―――私の大切なものに仇成す存在だ」

 ヤンの答えにセシルは「成程」と頷く。

「なら、その君の言う敵が現れて、君の大切な何かを救ったとしよう。それは―――」

 一息。

「それは、君が与えた “恵み” ではないのかな?」
「む・・・」
「君に救ってもらった何かは、その救いを甘んじて受けることは許されないのかな?」
「それは・・・」

 セシルの問いに、ヤンの言葉が詰まった。
 後ろの方では、ロイドが「出たッスよ。またいつもの隊長の詭弁が・・・」などと呟いているが、無視することにする。
 確かに詭弁だとは自分でも思うが、ヤンは一つ大きな誤解をしている。それを解くためにこの詭弁は必要だった。

「べ・・・別に救ってもらって悪いというわけではない。だが、救われるに任せてなにもしないというのは問題だろう」
「ではどうするのが正しいと君は思う?」
「それは―――そう、助けられたならば己を鍛え上げて、次は守られずに済むようにするとか!」
「君はそれを女性や子供にも強いるつもりかい?」
「・・・ぐっ」
「皆、ヤンのように強い人間ばかりじゃないよ」

 セシルの言葉に、ヤンは苦虫を噛みつぶしたような顔になる。

「・・・お前と話すといつも言い負かされてるような気がするんだが」
「それはハゲの頭が無いからじゃろ。髪と一緒にどこぞへと消えてしもうたんじゃな!」

 それまで黙っていたエニシェルがからかうように言う。
 白ずくめの少女を、ヤンは強く睨付けるが、ロイドには通じた眼光も、エニシェルにはどこ吹く風だ。
 街中で、しかも国の使者に城へ案内されている途中で追いかけっこというのもあまりに無様だと、ヤンは自重して無理矢理エニシェルの存在を頭の中から閉め出した。

 嘆息して、セシルに言う。

「つまり、恵みを選ぶも試練を選ぶも人それぞれで、正しい答など無いと?」
「まあ、そういうことなんだけど―――ちょっと違う」

 言いながら、セシルはトロイアの町並みを、大げさな身振りでぐるりと見回した。
 釣られてヤンもトロイアの街を見渡す。何度見ても、自分の国に比べて格段に豊かだと思う。

「幾ら神の恵みがあったからって、これだけの街が空から降ってきたわけじゃないだろう? 家を建て、街を整備し、環境を整える―――こんな豊かな国に発展するまでにはそれなりの苦労があったと思う―――恵みを与えられても、それをただ食い潰すだけじゃこうはならない」
「・・・む」

 セシルに諭されて、ヤンはもう一度トロイアの街を見る。
 確かに今は豊かな街だ。このフォールスの中でも一番豊穣満つる国だろう。

 だが、トロイアの昔話はヤンも知っている。
 かつては荒れ地だったこの地を訪れた八人の女神官が神に祈りを捧げ、神は祈りに答えて緑成す大地を与えたと。
 その女神官たちも、ただ祈りを捧げただけではなく、荒れ地をなんとか開墾しようとして、何度も挫折して、その苦心の果てに神にすがったのだとしたら。その苦労に報いるために、神が力を貸したのなら。そして、その恩恵に溺れることなくさらに一層の精進をして、この豊かな国を作り上げたというのなら。

「今、この国に住んでいる人達は豊かで、苦労は無いのかも知れない。けれど、そうなるまでの過程を知らずに否定することは、この国を作り上げてきた過去の人々に対して失礼だと思う」

 それに、とセシルは続けて。

「過去の恩恵を貪って怠惰に過ごすというのなら勝手にすれば良いと思うよ―――それが羨ましいと思うのなら、君も今からそうすればいい」
「むうううう・・・」

 セシルの言葉にヤンはうなり声を上げた。

「別に羨んでなど無い! 言ったろう? 私は今まで鍛えてきた己に誇りを持っていると!」
「なら、それで良いじゃないか。恵みと試練、どちらを選択するのが正しいかなんて、些細な問題だろう?」
「解っている! そんなことは!」

 むすっとしてヤンは腕を組んだ。
 それは一種の照れ隠しだった。
 己に誇りがあるのならば、その誇りだけ掲げていれば良かったのだ。
 だというのに、ヤンは恩恵と試練、どちらが正しいのかを尋ねた。それは。

(己の自信が揺らいでいたからか)

 自分自身が選んだ道が間違っているとは思わない。
 だが、豊かすぎる国を見て、そこに住む幸せそうな人々を見て、その信念が揺らいだ。
 だからこそ、尋ねたのだ。試練を―――自分の道を肯定して欲しくて。恩恵を否定して欲しくて。

 だが、その問いこそ間違いだったのだと、セシルに諭されて気がついた。

 試練だろうが恩恵だろうが、要は与えられた人間次第ということだ。
 たとえ試練を与えられても逃げ出してしまえばなんにもならない。恵みを受けても、それに感謝して発展させていけば己を高められる。
 人それぞれ、というのはそう言う意味だ。

 そんなヤンに、セシルは苦笑―――していると、ふと視線に気がついた。前からだ。

「・・・・・・」

 チョコの背に横乗りに乗ったまま、セシルの方を首だけ振り返っている。
 セシルが視線を向けると、びくりと振るえるが、それでも視線は反らさない。

「な、なにかな・・・?」

 あまり刺激しないように注意して、セシルは尋ねる。
 どういうワケか、この少女はセシルを嫌っていた。嫌っている、どころかかすかな敵意すら感じる。
 黒い鎧はもう外したし、一体何が気にくわないのかと悩むが、なにも思い当たらない。

「・・・ありがとう、ございます」

 小さな小さな声で、ファスはセシルに向かって頭を下げる。
 上げた瞳にはまだおびえと小さな敵意が混ざっていたが。

「ありがとうって・・・僕、なにか礼を言われることなんかしたかな?」
「この国の昔のこと、解ってくれたもの」

 セシルの疑問に対する言葉は、普通の声だった。
 飛空艇の上で叫んでいた時にも少し思ったが、綺麗に良く通る声をしていた。

「お姉ちゃんが大好きだったマリアさまの想いを解ってくれたから。あなたが黒くて怖くて運命を歪ませる人でも、それはとても嬉しいことだったから―――・・・だから、ありがとう、です」
「運命を歪ませる・・・?」

 なんかよく解らないけど酷いことを言われてないか、とどんな反応すれば良いかセシルが困っていると。

「マリアじゃと!? まさか妹君かッ!?」

 声を上げたのはエニシェルだった。
 彼女の大きな声にファスはびくりと身を震わせるが、その肩をエニシェルががしぃっ! と掴む。

「お主が言うマリアとはレオンの妹の事じゃな!?」
「ひ、ひああああああああああああああっ!?」

 エニシェルが肩を揺らして問いただすが、ファスの方は答えるどころではなく、ひたすら悲鳴を上げるだけ。
 親友の危機を察したチョコが「クエエエッ!」と翼を広げて威嚇するが、ファスを背中に乗せている以上、暴れるわけにも行かない。

「どーなんじゃ、おいっ!」
「やああああああああっ、こわいいいいいいっ、おねーちゃーーーーーーーーーんっ!」
「クエエエエエエエエエエエエエエッ!」

 とにかく騒ぎ立てる三者をどうしたもんかと眺めていると、そんなセシルの後ろからマッシュの疑問の声が上がる。

「なあ、マリアって誰だ?」
「 “野ばらの聖女” ッスよ。知らないんですか?」
「生憎と、無学なモンでな」

 ロイドが言うと、マッシュは悪びれなく笑う。
 そんなマッシュに、ロイドは順を追って話し始める。

「えっとっすね・・・千年ほど前、この世界にはカシュオーンっていう大国があったんですよ」
「ああ、それなら知ってるぜ。なにせウチの城―――もとい、故郷の城にもその技術が使われてるとかなんとか」
「確かフィガロだったよな」

 にやり、とロックが言うと、ギクリとした表情でマッシュはわざとらしくそっぽをむく。

「そ、そーだけど。なんだよ? 俺がフィガロの出身じゃなにか問題があるのか?」
「いや、別にー?」

 にやにやとロックは笑うだけで、それ以上はなにも言わない。

「続けますよー。・・・んで、そのカシュオーンの技術を吸収して発展したのがパラメキア帝国。帝国はその技術力でカシュオーンを滅ぼして、世界征服に乗り出したんですが、それを阻んだのが、バロンの前身でもあるフィン王国と、滅ぼされたカシュオーン王国の王子ゴードン率いるレジスタンス」

 ロイドの解説を聞いて、ロックの表情からは笑みが消え、陰る。

(大国に対抗する小国とレジスタンスか・・・・・・身につまされるなあ)

「それ、レジスタンスが勝ったんだよな?」

 ロックが問うと、ロイドは頷く。

「フィン王国とレジスタンスは、帝国が次々と繰り出す超兵器を破壊して、ついには地獄までパラメキア皇帝を追いつめ打倒したと」
「・・・超兵器? 地獄?」
「いや、なにせ千年も昔の話なんで、文献があやふやで―――超兵器も嘘かホントかしらないけど、大竜巻を自在に生み出す物まであったとか」
「そりゃホントの話じゃ。地獄―――パンデモニウムまで皇帝を追い掛けたのもな」

 話を聞いていたらしい、エニシェルがさも見てきたかのように言うが、そんな彼女を見る目は冷たかった。

「な、なんじゃその目は!?」
「いや・・・だって、竜巻って自然現象だろ? 僕も実際には見たこと無いけど、大きい物になると小さな家を巻き上げるとか・・・」
「それに地獄ってなんだよ? 死んだ悪人が墜ちる所か? なんでわざわざそんなトコまで追っかけたんだ?」

 セシルとロックの疑問に、エニシェルは「むー」と口をへの字に曲げる。

「妾だってよく解らんが、実際にそういうことがあったんじゃ!」
「じゃあ、地獄に行けば死んだ人間に会えるのか?」

 ロックが問い返す。
 その目は、紛れもなく真剣だった。

「・・・いや、地獄とはいっても死んだ人間が行くような場所ではない。ただ単に “この世とは違う場所” というだけじゃ」
「ちっ・・・」

 ロックは舌打ち。

(まあ、あいつが地獄なんかに堕ちてるとは思わないけどさ)

「・・・・・・んで、まあ地獄まで追っかけて皇帝を打倒した勇者の1人が “野ばらの聖女” マリアってわけだ」
「随分と長い前振りだったけどさ、そのマリアの名前がどうして出てきたんだ?」

 マッシュの問いに、ロイドは「うーん」と唸って。

「噂じみた伝説なんだが、実はこのトロイアという国を建国したのは野ばらの聖女って話があるんだ」
「へえ、それは聞いたこと無いな」

 ロイドが説明してくれた話は、概ねセシルも知っていたことだった。
 ただ、このトロイアの建国者は八人の女神官とばかり思っていたが・・・

「本当ですよっ! マリア様は荒れたトロイアの地を開墾しようと頑張ったんです。けれど、マリア様の努力は結局実ることはなかった・・・けれど、その意志は後世の人間に受け継がれ、ついには神の恵みを得るに至ったのです!」

 勢い込んでファスが言う。
 その瞳には怯えは無い。

「お姉ちゃん、いつも言ってました。私達がこうして豊かな生活ができるのもマリア様のお陰だって。マリア様が荒れた大地に住んでた私達の祖先を救おうと努力してくれたから、その意志が繋がってここまで実ったんだって!」

 ファスの熱の籠もった言葉に、エニシェルもうんうんと頷いた。

「流石は妹君じゃ!」
「・・・さっきから気になってたけど、なんだその妹って?」
「知らんのか? 聖女マリアは、我が愛しのレオンハルトの妹じゃぞ」

 つまり! と、エニシェルは勢いよく言葉を繋げる。

「もしかしたら妾の義妹になっていたかも知れなかったということじゃ!」
「ああ、それは良かったね・・・」
「良くないわい! 結局、妾はレオンと添い遂げることは叶わずに・・・くくううっ!」

 嘆く暗黒剣―――いや今は聖剣か―――は放っておいて、セシルはファスに笑いかける。
 今なら少し仲良くなれるかな、と淡い期待を抱いて。

「君はお姉さんのことが大好きなんだね」

 セシルが言うと、ファスは表情を曇らせて視線を反らす。
 今までのような怯えた反応ではない。それは、まるでなにかを堪えるような―――

「大好き・・・でした」
「え?」
「いないんです。私のお姉ちゃんは、もういなくなっちゃいました・・・・・・」

 セシルの耳に、今にも泣き出しそうな少女の悲痛な声が、痛いほどに突き刺さった―――

 

 


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