第14章「土のクリスタル」
E.「黒い人白い人」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイアの街
草から聞こえてくる声に誘導され、飛空艇は街の中央部にある大きな広場へと着陸する。
飛空艇のまわりには街の住民が集まっており、その背後にはベンチやら石像やら、今し方飛空艇を着陸させるために慌てて片づけたものが、適当に隅の方へと押しやられている。
飛空艇の上から見る住人達の様子には、やや戸惑いはあるものの意外に敵意は感じない。
まさか “赤い翼” のダムシアン、ファブールでのクリスタル奪取の話を聞いてないわけではないだろうが、そこの所はギルバートが上手く伝えてくれたのかもしれない。なんにせよ、降りた途端に石を投げつけられるような自体にはならずに済みそうだ、とセシルは安堵する。おーい、という声に飛空艇の下を見下ろせば、数人の子供が手を振っていた。
「おーい」、とマッシュが大きく振り返せば、さらに大勢の返事―――子供ではなく大人も交えて―――が返ってくる。
純粋に飛空艇というものが珍しいのだろう。
考えてみれば、セシルもトロイアを訪れるのは初めてで、それはつまり赤い翼の飛空艇もこのトロイアに来たことはないということだ。
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閑話休題。
このフォールスは昔から魔物の脅威が強い地方である。
古くからバロンとエブラーナという二つの軍事国家があり、互いに争ってはいたが、どちらも攻めつ攻められつつ、決着はつかなかった。その理由の一つに魔物の存在があった。第三勢力として魔物の存在があったために、バロンもエブラーナも魔物の襲来に備えて戦力を裂かねばならず、全兵力を持って総決戦を行うことが出来なかった。
時には騎士と忍者が協力して魔物を撃退したこともある。魔物は決して倒せない存在ではなかった。
敵にもよるが、戦士としての訓練を受けたものが、ちゃんとした武器を手にして戦えば、ある程度の魔物なら倒すことができる。―――1対1ならば。一番の脅威は魔物の “数” だった。
魔物達は地下に “巣” を作り、そこで繁殖する。基本的に魔物は闇を好み、自らの意志で地上に出てくることは少ない。
だが、地下であるが故にその空間には限りがある。巣が狭くなってくると、弱い魔物が地上へと追い出される。追い出された魔物は、巣に帰ることも出来ないので、仕方なく地上をうろつくようになり、人間を襲う。地上に出てくる魔物を何匹倒しても、魔物達の巣が残っているかぎり魔物は何度でも地上へと出てくる。
だが、巣を潰そうとしても、そこには数えきれないほどの魔物達が闇の中で蠢いている。しかも、巣に残っている魔物は地上のものよりも強い。それでも、バロンが全兵力を向ければ巣の中の魔物を全滅させることは可能だろうが、魔物の巣は一つだけではない。一つの巣を潰すために全兵力出撃した所を、別の巣から出てきた魔物の群れが城に襲いかかれば、為す術もなくバロンの国は魔物の手に落ちてしまうだろう。
だから、今までは地上に出てきた魔物を各個撃破することしか出来ず、大本である巣を潰すことができなかった。
その魔物が、このフォールスの大地から姿を潜めたのは、つい1年前の話だ。
3年前にフォールス最強の名を冠する飛空艇団 “赤い翼” の隊長であるセシル=ハーヴィがフォールスの脅威たる魔物を掃討する作戦を発案し、それに呼応するかのようにファブールのモンク僧長ヤン=ファン=ライデンを始めとするモンク僧が立ち上がり、ダムシアンも支持して軍資金を出した。セシルはファブールのモンク僧に協力を得たことにより、戦闘力を整えた。
さらには、巣を潰すために魔物を全滅させることを考えず、魔物が地上へ出て来れないようにすることだけを考えた。
それまでに判明していた各地の魔物の巣を強襲し、バロンの兵士とファブールのモンク僧が魔物と戦闘して牽制し、その間にダムシアンが雇った作業者達が巣を埋めて塞いだり、発破かけて崩したりして、巣を封印していった。魔物が生きていようと、地上に出てこないならばいないも同じ。
発案から実行までに1年がかかり、3ヶ国周辺にあった大きな魔物の巣を全て潰すのにさらに1年がかかった。
小さな巣はまだ無数に残り、誰も知らない魔物の巣もあるだろうが、この作戦のお陰で、地上をうろつく魔物達の姿は激減し、その被害も格段に減った。そしてこの魔物掃討作戦の成功で、セシル=ハーヴィの名前は世界中に知れ渡ることになる。
フォールスほどではないが、魔物に苦しめられている地域は多い。人間の天敵として、一番身近な脅威がこの魔物であり、その脅威を消してしまったセシルの名前は、否が応でも人々の間に囁かれることとなった。
なにより、その名を轟かせたのは、この作戦での人的被害がゼロに近かったことだ。
セシルの作戦は、兵士達は魔物を倒すのが目的ではなく、牽制することが目的なので死力を尽くして戦う必要もなかった。
そして巣を潰す役目を持った作業者達は、兵士達に守られて安全に作業ができたためだ。
この魔物掃討作戦に参加したのは三ヶ国である。
トロイアはともかく、ミシディアとエブラーナは海の向こう側であり、なおかつミシディアは人と魔物との棲み分けが出来ていた。エブラーナは休戦したとはいえ、長年バロンと争った過去もある。そしてトロイアは元から魔物の数が少ない。緑による多くの恵みを得られ、魔物の脅威もない国。神に守られた聖地―――などと、信者達は言う。
聖地と言われるだけあって、トロイアに移住を希望する人間は少なくない。そのためか、八神官に選ばれたものしか住むことを許されないという。国の外に居る者たちは、いつかトロイアに移り住むことを夢見て祈りを捧げるのだ。
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魔物掃討作戦にトロイアは参加していない。
だから、作戦時に輸送や偵察、伝令などでフォールスの空を飛び回っていた赤い翼の飛空艇を、トロイアの住民達は目にしていない。だからこそ珍しがって、こうやって人が集まっているのだろう。さて。
とりあえず降りてみようか、とセシルが思ったその時だ。
ばっさばっさと大きな鳥の羽音が頭の上から聞こえてきた。ついさっきも耳にした音だ。「あ、あのー」
見上げれば、さっきの黒チョコボと少女が居た。
おどおどと怯えた様子で、少女はチョコボの背から身を乗り出してこちらを見下ろしている。「・・・もしかして、あなたたちはゴルベーザとかいう悪い人達ではないのでしょうか?」
「いや、違うけど・・・」
「で、でもでもっ、悪い人達なんですよね?」
「違うよ」とりあえず誤解を解こうと、セシルはないっこりと笑って答えた。
すると、少女は身体をびくりと振るわせて、チョコボの背に隠れる。
狙いとは正反対の態度を取られ、セシルは困った。「えーと・・・?」
「だ、騙されませんよ! 悪い人は自分のことを悪い人なんて言ったりしません! だって悪い人は嘘つきだから、嘘のことを言うはずです」
「・・・じゃあ、良い人はなんて言うんだい?」
「良い人は正直だから、自分のことを正直に良い人と答えるのです!」なるほど、とセシルは頷くと軽く咳払い。
それから、チョコボの背に隠れてる少女に向かって、「僕は良い人ですよー!」
「自分のことを良い人と言うのは悪い人ですー!」確かに。
悪い人は嘘を吐くのだから、自分のことを良い人と答えるのだろう。
だが、そうなると。「・・・結局、なんて答えれば良いんだ・・・?」
「ここは一つ、 “悪い人” だと答えてみては?」ロイドの進言に、セシルは渋い顔を返す。
(なんか、結果は見えてる気がするけどなあ)
思いつつ、言ってみた。
「実は僕は悪人でしたー」
「やっぱり悪人だあ!」
「・・・どうしろって言うんだ・・・?」無視してしまおうか。
一瞬、そう思ったが、もう一度だけ呼びかけて見ることにする。「あのですね」
頭の中で言葉をまとめつつ、
「僕は君の言うような “良い人” では無いかもしれませんが、君の敵であるつもりはないし、危害を加えるつもりもありません。だから―――」
繋げるべき言葉は、まさに良い人演じる悪人っぽいなあ、などと思いつつ。
「―――降りてきてくれませんか? 高すぎて、話をするにも疲れてしまうし」
「で、でも・・・」セシルの言葉が通じたのか、少女は再びチョコボの背から身を乗り出して、こちらを見下ろしてくる。
「おばあちゃんが言ってましたー。黒い人は悪人だってー!」
黒い人。
そう言われてセシルは自分の姿を見る。
セシルは黒い鎧に身を包んでいた。ファブールで譲り受けた、悪魔を象った闇の鎧デモンズアーマー。
ファブールから出航した際、海に落ちることも考えて―――実際に落ちたが―――鎧は脱いでいた。なので、ヤンたちが乗ってきた船に積まれたままだったのだ。(・・・まあ、確かに良い人には見えない格好だな)
認めつつ、少女を見上げる。
黒いチョコボに乗った、黒髪黒肌の少女。「・・・・・・」
セシルはなにかを言いたげに口をもごもごさせたが―――結局、なにも言わずに嘆息する。
それから「着替えてくる」と言って、飛空艇の中へ降りていった。
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―――数分後。
空色のチュニック姿でセシルが出てくると―――ついでにエニシェルもいつのまにか白いミニドレスに白い肌という白ずくめに変わっていた―――、まだおどおどと怯えた少女を乗せた黒チョコボが、飛空艇の甲板上へと降りてきた―――