第14章「土のクリスタル」
D.「トロイア上空」
main character:セシル=ハーヴィ
location:トロイア大森林・上空
眼下に広がる大森林。
フォールス最大の―――いや、世界でも有数のトロイアの大森林だ。
陽の光を地面に届かせない程の密林は、トロイアに様々な恩恵をもたらしてくれるという。果実や動植物など、他の国に輸出されることも多い。
そのために、大森林をいくつも流れる大きな河を使い、ダムシアンとの交易も盛んだった。「信じられないな・・・」
代診を見下ろして、セシルは呟く。
「なにか疑問でもあるの・・・るんですか?」
隣で聞いてきたのはマッシュだった。
出発直前になってロックが連れてきて、同行したいと言う。
連れて行く義理も無かったが、断る理由も思い浮かばなかった。なによりも、バロン攻城戦では少し世話にもなったし。何が起るか解らないとだけ言っておいて、セシルは同行を許可した。
「いや・・・君は、信じられるかい? この森が数百年前には草もろくに育たないような荒れ地だったって」
「砂漠・・・?」言われてマッシュは飛空艇の上から見下ろす大森林をまじまじと見つめた。
視界一杯の緑。
地面すら見えず、密として聳える大樹の他は、その合間を流れる大河のみ。これが数百年前までは荒野だった―――なんて言われても、ちょっと想像ができない。
「はっきりと何年前かは解らないけどね。このトロイアはファブールやダムシアンと同じくらい、人間が住むには厳しい土地だった。なにせ作物も育たず、水源も深く深く井戸を掘らなければ水が出ない。―――けれど、ある時この地に住んでいた八人の女性が神の声を聞いた。その声に従い祈りを捧げると、荒野のあちこちから水が吹き出て河となり、緑がはえて木々が伸び、一晩と経たないうちに不毛の大地が大森林へと変わってしまったという」
それはトロイアにある伝説だった。
トロイアには、そう言った神懸かり的な伝説が多い。
ファブールもトロイアと同じ宗教国家ではあるが、神が恵みの奇跡を与えた、という類の伝説は少ない。ある高名な宗教論者は、「ファブールの神は、人に恵みよりも試練を与える事の方が好きなようだ」と皮肉めいたことを言って、ファブールのモンク僧達から反感を買ったとか。三日三晩、天に祈りを捧げて幸運を授かるのがトロイアの伝説ならば、三日三晩の苦行を耐え抜き、誰にも負けない英雄となるのがファブールの伝説だ。
当然、いかに強くなれると言っても、苦行など普通の人間は望まない。それよりも祈りを捧げて恵みを受けた方がいい。そういうわけで、フォールスで主に信仰されている三つの神の中で、ファブールが奉じる風の神よりも、トロイアの大地の神の方が信者が圧倒的に多い。
その中間が、物語と音楽を司る月と太陽の神だろうか。「神様、か。・・・シクズスは基本的に無宗教だからなー。そういうのは解りにくい・・・・・・です」
シクズス出身のマッシュはぽりぽりと頬を掻く。
この世界に神と呼ばれる者は実際に存在する。
それは無宗教であるシクズスの人間でさえも認めていることだ。
ただ、シクズスの人間―――特にガストラの人間にしてみれば、それは単に「強大な力を持った存在」の事であり、言ってしまえば魔物や幻獣となんら変わらない。
言ってしまえば、人間の味方をしてくれる強い魔物、程度の認識である。「僕も信仰心はないけどね。―――ただ、伝説の多くは無から創り出されるわけじゃない。中には誰かの妄想や創作だったりするものもあるけど、ここまで大げさな伝説は、かえって信憑性があるよ」
「セシルさんはその伝説が本当だって?」
「100%真実だとは思わないさ。だけどその伝説にはなんらかの意味があるんじゃないかってそう思うよ」
「へえ・・・色々と考えてるんですねえ」見るからに考えることが苦手そうなマッシュは、腕組みをしてうんうんと頷いてみせる。
そんなマッシュを見やり、セシルは少し眉をひそめて尋ねた。「・・・ところで、さっきから気になってたんだけど、どーしていきなりぎこちない丁寧な口調でしかも “さん” 付けで呼ぶのさ? カイポでもバロンで再会した時も、普通に喋っていなかったっけ?」
マッシュとは殆ど会話をしなかったが、それでも敬語では無かった気がする。
するとマッシュは、いやいや、と手を振って。「こっちは押しかけて同行させてもらってる立場ですし。―――それに、あんたは実際にやりとげた」
「やりとげた?」
「死人を減らしただろ―――でしょう」言われて思い出す。
バロン城に双子の魔法で突入した直後。
“戦争” に対して素直に怒りを燃やしたマッシュに、セシルは自分が行けば戦争で死ぬ人間を減らすことが出来ると宣言した。それを信じて、マッシュはセシル達の味方についてくれた。「あんたの活躍がなければ、バロンの兵士はもちろん、モンク僧や傭兵達だって何人か死んでたはずだ」
「だとしたら僕は君に感謝しなければならないよ。君が僕を信じて先に行かせてくれたお陰で、僕は僕の成すべきことができた」
「よしてくださいよ。そもそも、俺がいちゃもんつけて止めなければ、無かった手間だ」照れたように顔を赤くして首をぶんぶんと振る。
(なんというか・・・直情的な男だな)
そう思っていると、マッシュはしみじみと呟く。
「それにしても―――あのルシセって女がセシルさんだったなんて、未だに信じられないな」
「・・・ぶッ!?」マッシュの不意の言葉に、セシルは思わず噴き出した。
無意識のうちに忘れようとしていたのだろう―――今の今まで女装していたことすら忘れていた。
そういえば、着ていた女物の服はどうしたんだろう。ロックの話では、あれは借り物でまた仕立て直さなきゃいけないとか言っていたが、そこのところロックはちゃんとやってくれたのだろうか。「どうしたんですか、いきなり噴き出して―――ああ、心配しなくても大丈夫っすよ」
「・・・なにが?」
「バルガスさんには、内緒にしておいたんで」
「・・・・・・」忘れようとしていたものパート2。
男に愛だの美しいだの言われた。正直、あの時ほど背筋に怖気が走ったことはない。「でもあれ以来バルガスさん、いきなり物憂げになって溜息ついたり、頬を染めてにやにやしたりして―――不気味なんですが」
「それは悪かった―――いや悪いの僕か!?」
「一度で良いから、機会があったらデートしてやってくれませんか」
「死んでも嫌だ!」断固として首を振る。
「・・・あと、やっぱり普通に話してくれ。敬語って使うのも使われるのも苦手で・・・特に、ムリして敬語使われても居心地悪いだけだよ」
「そ、そうか? ・・・せっかく、慣れてきたところだったんだがなー・・・」
「君の方が年上だろう。隊長と部下という立場でもない。敬語を使うのは不自然じゃないか」
「言われてみればそんな気もするな」あっさりと納得してマッシュは頷いた。
「じゃあ、やっぱ普通に話すことにするぜ。よろしくな、セシル」
「OK。こちらこそよろしく」にかっ、と気持ちの良い笑顔を浮かべるマッシュに、セシルが微笑みを返す。
「うおーいっ! 城と街が見えたぞーっ!」
飛空艇の物見台に昇っていたロックが大声で伝えてくる。
舳先の方を見てみれば、確かに緑の大森林の中に、青く煌めく大きな湖と、その湖畔にどっしりと構えて立つ城と、色とりどりの屋根が美しい町並みが見えた―――
******
「・・・それで、どうします?」
舵輪を握っていたロイドが、船を空中で固定させてからセシルに駆け寄る。
飛空艇で来たはいいが、このまま街に着陸してしまえば混乱させるばかりだろう。ヘタをすれば敵と見なされてしまうかもしれない。
本当なら、街の外れに着陸させればいいのだが、街のまわりには高い木々が密集する大森林だ。いくらエンタープライズが赤い翼のものよりも一回り小さいとはいえ、流石に森の中には着陸できない。「―――とりあえず、白旗は降ろしてきたぞい」
船の中に入っていたシドが、甲板に上がってくる。
船室の窓から、縄をつけた大きな白い布を垂らしてきてもらったのだ。「これで、こっちに敵意がないことを解ってくれればいいんだけどな。ギルバート王子が居てくれるなら、きっとなんとかしてくれるはずだ」
「ギルバートだと!?」セシルの呟きに、テラが過敏に反応した。
「あんの軟弱男がトロイアに居るのかー!」
「あれ、テラは王子のことを知って―――」
「知らいでか! 私の可愛い娘、アンナを殺した男!」
「・・・ちょ、ちょっと待って、テラの娘さんを殺したのはゴルベーザじゃ・・・」思っても見なかった人間関係に、セシルは混乱する。
セシルはギルバートの恋人がゴルベーザに殺されたことを知っていた。それがアンナという名前だと言うことも知っている。
そして、テラの娘もまたゴルベーザに殺されたことは聞いた。その娘の名前がアンナだと言うことは・・・聞いたような気もするが、それでもギルバートとの繋がりはまったく想像すらしていなかった。そう言えば、ミシディアでもギルバートの名前を出した時にも反応し、「縁がある」とだけ答えた。
「無論、直接の死因はゴルベーザの爆撃にある―――が、そもそもあの男がアンナを連れ出さなければ・・・!」
テラからは激しい憎しみを感じられた。
セシルは少しだけ考えて―――それから口を開いた。「それで、どうします・・・?」
「む。どう、とは?」
「この国にはギルバート王子がいる。あなたが王子を憎み、手を下そうというのなら―――エニシェル」
「む、出番か?」セシルに呼ばれ、黒いミニドレスに身を包んだ―――他の面々と比べ、いかにも場違いな風体だ―――黒ずくめの少女が、とてとてと小走りに駆け寄ってくる。
自分の傍に寄り添うエニシェルの肩に手を置いて、セシルは真っ直ぐ射抜くようにテラを見据えた。「僕は、あなたに剣を向けなければならない」
「―――!?」あたりに緊張が走る。
皆が驚いた顔で厳しい表情のセシルを見る中で、テラは静かな瞳でセシルの真意を探るように、その瞳を見つめる。「あの男の味方をすると?」
「・・・王子とあなたの娘の間に、なにがあったのか、詳しくは知りません。・・・ただ、僕は王子の気持ちを知っている。失ってしまった恋人の仇を討つために、やるべきことをやろうとしている―――それはテラ、あなたの想いとなんら変わることもありません」
「・・・・・・」
「本当の仇を見失い、目先の憎しみに捕らわれるようならば―――」
「もうよいッ!」声を荒らげて、テラがセシルの言葉を切る。
ふうぅぅ・・・・・・と、長く思い息を吐いて、テラは小さく肩を落とす。「すまん。思ってもみなかった名前が出たせいで、少し混乱したようだ」
「許すことのできないこともあるでしょう。ですが、ここは抑えてください」
「―――解っておるよ。・・・やれやれ、これではミシディアの者たちに偉そうに言える立場ではないな・・・」と、テラは苦笑。
テラはミシディアで、セシルに殺意を向ける村人達の間に入ってくれた。その時のことを言っているのだろう。「・・・声を荒立てたせいで、少し疲れた。休ませてもらう」
そう言って踵を返すテラに、セシルが声をあげる。
「あ。エニシェル、ついて行ってやって―――」
「ワシがついてやろう。ジジイの世話くらい、ワシ1人で十分じゃ」セシルの言葉を遮り、シドが言うなりテラの隣りに並ぶ。
テラはシドをギロリと睨付け、「なにおう! 貴様とてジジイじゃろうが」
「そっちよりは若いわい! 少なくとも、ちょーっと大声出したくらいでヒィヒィ言ってるようなジジイよりはな!」
「・・・・・・ぬうううううううう!」互いに険悪な様子で、二人は船の中に消えていく。
それを見送り、ヤンがぽつりと呟いた。「任せておいて良いのか? あれなら一人で行かせたほうが良かったんじゃないか?」
「う、そうかも。・・・まあ、でもシドは悪い人間ではないし・・・」
「でも良い人間てワケでもないッスよねー」
「ロ、ロイド。・・・その、未来のお義父さんに対してその言い方はないんじゃないか?」
「いやあ、リサとはいつ一緒になっても全然オッケーなんスけど。・・・親方を “お義父さん” って呼ぶのがなあ―――全然、くたばる様子もないし、もしかすると俺よりも長生きしそうだし・・・・・・どうしたもんスかね?」冗談なのか冗談でないのかよく解らないことを言うロイドに、セシルは返答に詰まった。
(冗談・・・・・・に、聞こえなかったんだけど)
―――などと、しばらくそんなたわいもないやりとりをしていると。
音がした。
空気を打つ音。
大きな鳥が羽ばたく時の音だ。ばっさばっさと音を響かせて、それは飛空艇の下から飛び上がってきた。
「なんだ!?」
いち早くヤンが反応し、ふりかえる―――と、飛空艇の下から黒い影が飛び出す。
「魔物ッ!?」
その場の全員が身構える。
が、すぐにセシルが気がついて警戒を解いた。「違う・・・あれはチョコボだ」
「「チョコボ!?」」ロックとマッシュ、シクズス出身の2人が驚きの声を唱和させる。
「あー、そう言えば聞いたことがあるスねえ。確か、トロイアで飼育されてる黒いチョコボ」
「うむ。確か、特殊なチョコボで空を飛ぶことが出来るという・・・」ロイドとヤンが呟く。
一応、知識として知っているようだが、見るのは初めてらしい。二人とも声こそ上げないが、驚きの表情で飛空艇のさらに上を浮遊しているチョコボを見上げている。「お・・・? 誰か乗っているな」
エニシェルがチョコボの背に乗る人間に気がついた。
少女だ。
黒い髪に黒い肌の少女だ。エニシェルも黒い肌だが、それよりも若干薄い。それは、エニシェルの肌は人形に塗られた人工的な染料なのに対し、少女は単純に陽に焼けているだけのようだった。そして、エニシェルと決定的に違うのは、ドレスではなく質素な白い巻頭衣姿であることと、その瞳だった。黒い髪と肌の中に、宝石のように綺麗な青い瞳があった。「あ・・・あのっ!」
黒チョコボの背の上で、少女が緊張した声を張り上げる。
「あ、あなたたち、ゴルベーザとか言う人達ですかー!?」
上から振ってくる声に、セシルは答えようと口を開きかけ―――
「や、やっぱりいいです! なにも言わないでッ! も、もしもあなたたちがゴルベーザとか言う人達だったら、逃げちゃいますよ! 凄いんですから私! なにせ鬼ごっことかくれんぼは、一度も捕まったことがないくらいで、必死になって逃げ回っていたらみんなあたしをほっといて別の遊びしてたり、捕まらなくてつまらないって言うからわざと捕まったら、なんかムカツクーって言われて友達無くしたりううううううう・・・・・・」
空の上で1人で喚いて騒いだ挙句に泣き出す少女が1人。
さて、どうしたものかとセシルが思っていると。
「・・・え? なんですか? 落とせ?」
いきなり見えない誰かと話しているかのように、ぶつぶつと呟き始める。
「ええと・・・でもでも、あの人達アヤシイですよっ。さっき、ゴルベーザさんですかって聞いたら、違うって否定してくれませんでしたし」
(否定する前に自己完結されたような・・・)
セシルは思ったが、言っても少女は聞いてくれないだろう。
チョコボの上で、少女がなにをしているか解らないが、ともあれ状況を見守るしかない。「・・・わ、解りました。じゃあ、落としますけど・・・落としたら即、逃げますから! 怖いですし!」
などとかぶつぶつ呟き終えると、少女はこちらに向かって何かを放り投げた。
緑色の、なにか。
とりあえず爆弾や武器の類ではないと判断すると、セシルはそれを受け止めた。「・・・草?」
それは草だった。
大人の二の腕ほどの半端な長さの茎に、細く長い笹のような葉っぱがいくつも生えている。
見たことのない草だが、道端を見れば適当に生えてそうな雑草だ。
それが、ご丁寧に根の部分には枯れないようにと、土を包んだ白い布で縛られている。なんなんだ、と思って空を見上げれば、すでに黒チョコボと少女の姿はない。
少女の言うとおり、確かに逃げ足は速いようだった。この場合、少女よりも黒チョコボの逃げ足(羽?)を褒めるべきなのだろうが。そんなことを思っていると、草の葉が振るえた。
風で揺れた、とかそういう感じではなく、はっきりと “振動” したのだ。
細長い葉は震動し、葉と葉が重なりこすれあって、それは音を生んだ。それは単純に葉擦れの音ではない。葉擦れの音ではない、人の声。『僕の声が届いているかい、セシル? 僕だ、ギルバートだ。聞こえたなら返事をしてくれ―――』