第14章「土のクリスタル」
C.「形見」
main character:ベイガン=ウィングバード
location:バロン城

 

「ではこちらの部屋をお使いください」

 ベイガンが案内した部屋を、アルツァートはざっと見回してから、額に皺を寄せた。

「あまり上等な部屋ではないようですな」
「・・・いえ。一応、この城の中では一番の部屋なのですが・・・」

 アルツァートの感想に、ベイガンは困ったように笑う。
 砂漠の国とはいえ、ダムシアンは商業国家だ。大商人が本拠を構え、キャラバンが頻繁に出入りするような国で、当然国庫も潤っている。何度かベイガンはオーディン王のお供でダムシアンの城を訪れたことがある。今は赤い翼の爆撃を受けて、見るも無惨な有様だが、かつてはバロンの無骨な城に比べ、まさに王宮と呼べるような豪奢な内装だった。

 ちなみにベイガンはその煌びやかな内装に圧倒されただけだったが、オーディン王は淡泊に。

「半日で落とせるな・・・」

 とか呟いたとか何とか。

 それに比べて、バロンは貧しいわけではないが、資金を殆ど軍事に注ぎ込み、城の内装まで手が回らない。
 オーディン王自身も質素倹約を努めていたため、アルツァートを案内した貴賓室は、王の寝室よりも上等であった。

「まあ、仕方在るまい。ただ、ギルバート王子が訪れた際には、もう少し良い部屋をお願いしますぞ」
「わかりました」

 傲慢ともいえるアルツァートの態度だが、ベイガンはあまり気にはならなかった。
 言葉の端々から、ダムシアン王家に対する忠誠心が見て取れたからだ。オーディン王に絶対の忠義を抱いていたベイガンには共感する者があったのかもしれない。

「・・・それにしても、近衛兵長自らが案内とは恐れ入りますな」

 他に人手はないのか。とでも言いたげな、軽い皮肉混じりの言葉、
 だが、それすらもベイガンは苦笑して受け流す。
 騎士でありながらも、自らの誇りを穢されて踏みにじられても怒りもしない。カインはそういうベイガンの事を「騎士の名折れ」と蔑み―――しかし主君の名誉が少しでも傷を付けられれば、誰よりも激しく激怒する。セシルはそういうベイガンの事を「真の忠臣」として尊敬している。

「今この国には王が不在なので、私は仕事を持てあましていまして・・・」
「・・・・・・」

 ベイガンの台詞に、アルツァートは何も応えなかった。
 今までの流れからして、また皮肉の一つでもぶつけてくるだろうと覚悟して耐えようと―――自分の事ならばともかく、亡き王に対する無礼を耐える事は危うかったが―――心構えていたのだが。

 アルツァートは黙ったまま目を伏せる。
 それでベイガンは思い至った。ダムシアンもまた、つい先日に王を亡くしたばかりだ。
 本来、ダムシアンに攻め込んだバロンを、「王の仇」と言われてもベイガンにはなにも言い返せない。だが、フライヤはバロンの事情も説明してくれたのだろう。だからこそ、アルツァートはベイガンの想いを汲んで、黙してなにも言わない。

「―――それでは、私は失礼します。おくつろぎください」
「うむ」

 ベイガンが一礼すると、アルツァートは鷹揚に頷いた。
 退室しかけ、ふとベイガンはアルツァートに尋ねる。

「そう言えば、ファブールからは誰も・・・?」

 船に乗ってきたのはアルツァートだけだった。
 ファリスとフライヤがダムシアン、ファブールへと戦いの結果を伝えに行っただけで帰ってくることはないとベイガンは考えていた。戦争はひとまず終わり、これからは政治的な論争となる。
 だから、そう言った話し合いができる要人が来ることは予想できていた。ファリスの海賊船が帰ってきた時、わざわざベイガンまでもが出迎えたのは要人がどんな人物かを伺う意味もあった。

「ファブールの王は、未だにベッドから起きあがれぬらしい。だからバロンでのことは全てヤン僧長に任せるとの伝言が・・・」
「ヤン殿に・・・」

 ベイガンは渋い顔をした。
 予想してしかるべきだったのかもしれない。
 モンク僧の国ファブールでは、代々の王はモンク僧長から成る。つまり、僧長は国のナンバー2であり、王が倒れた今、必然的にヤンの両肩に全てがかかる。

 だが、当の本人はセシルと共に飛空艇に乗って行ってしまった。
 まさか責任逃れのために行ってしまったのではないだろうかと疑念が沸くが、ベイガンはそれを振り払った。
 行ってしまった者のことを考えていても仕方がない。今は、これからどうするかだ。

「アルツァート様。ヤン僧長は―――」
「船を降りた時に話を聞いていたよ。いないのだろう?」
「はい。・・・さて、弱りましたな。本来ならば戦勝国であるダムシアン、ファブールと我が国の代表で今後のことを話し合うべきなのでしょうが―――」

 愛想笑いなんかを浮かべながら、ベイガンは内心では本気で困っていた。

 とりあえずベイガンが成すべき事はこのバロンという国の存続だ。
 そのためにはセシルを国王へ押し上げる必要がある。
 何故なら、セシルは元々バロンの人間ではあるが、出奔して、ゴルベーザが操るバロンに立ち向かった “英雄” であるからだ。
 ベイガンを含め、この国の誰が王に成ろうとしても、戦勝国は認め難いだろう。かといって、ダムシアンかファブールの人間がバロンを治める事になれば、実質的にバロンという国は滅亡する。

 唯一、セシルのみが、バロン国を存続させられる王なのだ。

 そして、ダムシアンはともかく、ファブールにはセシルに対して借りがある。
 ファブール攻城戦で、セシルが居たからこそクリスタルは守りきれ、被害も少なくて済んだ。

 ・・・もっとも、その後セシルの判断で、クリスタルは奪われてしまったのだが。

 ともあれ、ファブールにとってもセシルには借りがある。
 だから、セシルが王になることに対してそれほど反発はしないだろうと踏んでいた。実際、ヤンに相談した時も快く賛成してくれた。

 しかし、そのファブールの人間がいないとなれば、交渉相手はダムシアンのアルツァートのみ。
 ダムシアンにとってセシルにはなんの借りもない。それどころか、クリスタルを差し出したにも拘わらず、城を燃やされ、王を殺され、挙句の果てにギルバート王子もセシルについて国を出た挙句の果てにトロイアヘ使いっ走りだ。

 バロンに対して恩はなくとも恨みはある。
 そんな相手に、果たしてどうしたものか、と。

「ヤン僧長はセシル=ハーヴィと共に、土のクリスタルを求めてトロイアヘ向かったのでしたな?」

 不意に確認するようにアルツァートが尋ねてくる。

「はい。そしてゴルベーザに一矢報いるため・・・」
「ならば話は早い」

 アルツァートは厳しい表情で頷く。

「ヤン僧長・・・そしてギルバート王子がトロイアでクリスタルを手に入れて戻ってくるまでにやるべきことはただ一つ。ゴルベーザに対抗するために、ダムシアンの傭兵、ファブールのモンク僧兵・・・そしてバロン八大軍団の再編を!」
「ア、アルツァート様・・・?」

 思っても見なかったことを言われ、ベイガンはぽかんと口を開ける。
 そんなベイガンの顔を、愉快そうに笑い見て、

「・・・私が、バロンを潰すつもりでここに来たとでもお思いか?」
「い、いえ、そんなことは・・・」
「バロンという軍事国家の後ろ盾を失ったとはいえ、ゴルベーザという男が持つ力は未だ未知数。フライヤの話に寄れば、バロン城での戦いでもゴルベーザ本人は現れなかったという・・・ならば、敵はまだまだ力を隠していると見るべきでしょう。それにゴルベーザには闇の力がある。人の形をした、人在らざる存在も確認している―――その恐ろしさは、今まで惑わされていたベイガン殿にはよくお解りでしょう」

 アルツァートの言葉に、ベイガンは内心汗を掻きながら頷く。
 どうやら、フライヤはベイガンが魔物化したことは話さないで居てくれたようだと、彼女に感謝しつつ。

「・・・で、ではアルツァート殿!」
「今、このフォールスがどれだけ危機的状況なのか、解っているつもりです。ゴルベーザという脅威は、我らが守り続けてきた四つのクリスタルのうち、三つまでも手に入れてしまった。全てのクリスタルが揃ってしまえば―――」
「―――月に至る塔の封印が解けてしまう」

 ベイガンが継いだ言葉に、アルツァートは頷いた。

「月に至り、果たしてそこにどれだけの力が眠っているのかは解りませんが・・・」
「解ることはただ一つ。その ”力” をゴルベーザが手に入れてしまえば、とんでもないことが起ってしまう・・・それだけは阻止せねば!」
「だから今は国がどうだの言っている時ではない。同じこのフォールスという地に住む者として」
「アルツァート殿! 解りました。共に、戦いましょう―――」

 アルツァートとベイガンは胸に秘めた決意と同じ、、熱く固い握手を交した―――

 

 

******

 

 

「ああああっ、いたーっ!」

 アルツァートの部屋を辞して、廊下に出た途端、やたら勢いのいい声が聞こえてきた。

「バッツ殿?」

 声を追い掛けるようにして駆けてきたバッツを見て、ベイガンは目を丸くした。
 バッツは両手に刃を持っていた。セシルとの戦いで二つに折れた刀だ。そんなものを振り回しながら走ってきたのだ、誰でも目を丸くする。

「ようやく見つけた! ったく、探したぜ!」
「おわ!?」

 ベイガンの元へ駆け寄り、バッツはベイガンの顔を指さす―――当然、その手に持っていた刃がベイガンの眼前へ突き付けられる形となって、彼は後ろにのけぞった。

「あ、わりい」
「いえ・・・しかし、城の中では刃はしまってもらいたいものですな。何事かと驚きます」
「わりいわりい。つい慌ててたもんで」

 そう言って、バッツは二つの刃を後ろに隠す。
 普段巻いていた布は持ってない様だった。

(後ろに隠せばよいというものでもないのですが)

 想いながら、ベイガンは苦笑。

「しかし、柄のある方はともかく、折れた切っ先をよく握って居られるものですな。手が斬れませんか?」
「斬れるほど良いシロモノじゃないんでね」

 と、バッツは切っ先を握りしめた手をベイガンに向かって差し出す。
 差し出された刃を見て、ベイガンは「なるほど」と、納得した。

 ベイガンの目の前に突き出された切っ先は、刃であって刃ではなかった。
 ろくに研ぐこともしなかったのだろう、刃こぼれというのも生ぬるい。もう殆ど刃が潰れている。
 これで普通に斬りつけたとしても、まともには斬れないだろう。

「・・・よくもまあ、こんな刀でセシル殿と互角に戦えたものですね」

 何気なくベイガンは言った言葉だったが、その場にセシルが居たなら恐ろしいことに気がついただろう。

 刀とは大剣や騎士剣などとは違い、“断つ” というよりは “斬る” ことに重点をおいた剣だ。
 刃の潰れた刀は、もはや単なる鉄の棒に等しい。 “打つ” ことは出来ても斬ることはできない。だが、 “無念無想” の境地に至ったバッツは、この刃でセシルの身体を斬り刻んだ。それは刃の切れ味によるものではない。バッツの斬撃の速度によるものだ。
 つまり、その時のバッツならば、刀ではなくただの鉄の棒でも同じように “斬る” ことができたということだ。

 普段のバッツは、 “無拍子” で敵を攪乱し、死角から不意をついて一撃を見舞う。
 無拍子とは限りなく自然に近い動きだ。だから、ムリに加速しようとすれば “無拍子” ではなくなる。
 逆に言えば、一瞬で消えたように見えたとしても、 “無拍子” のバッツは遅い。
 そして、相手を傷つけ、殺してしまうことを恐れるバッツは、斬りつけることに躊躇いがある。そのために十分に斬撃の威力が発揮できない。そのために斬る、よりも半ば打撃のようになり、刃が潰れてしまうのだろう。

 だが “無念無想” のバッツは余計なことは考えず、躊躇いもない。
 そしてムリにではなく、自然に動きが加速されたために、セシルが読み切れずに何度も斬りつけられた。そしてその斬撃の速度は、速度のみで全てを斬り裂く高速剣だ。

 究極の加速と、速度による斬撃。
 それを極限まで引き上げたものが、クラウザー流の “斬鉄剣” だった。

「刀は関係ねえよ。俺の剣は刃を選ばねえ」
「ふむ。―――それで、わざわざ私を捜しに来て何用ですかな?」

 ベイガンが尋ねると、バッツは少しだけ口どもる。
 なんとも言いにくそうに、重い口調で、

「あ・・・あのさ・・・少し、聞きにくいんだけど・・・」
「なんでしょう? なんなりと聞いてください。私に答えられることでしたら、お答えしますよ」

 にこりと笑ってベイガンが、バッツの口を軽くする。
 釣られたように半笑いになって、思い切った口調でバッツは尋ねた。

「あのさ、王様の墓ってどこかな?」
「墓・・・ですか?」
「ああ・・・ちょっとお参りしておきたいなって」

 バッツがベイガンを伺うように言う。
 気を遣ってくれているのだろう。
 仕えるべき主君を失ってしまったベイガンのことを、気を遣ってくれている。
 そのことが、ベイガンは好ましくあった。

「残念ですが、王の墓はまだ作られておりません」

 そもそも、王の遺体がない。
 ベイガンも記憶が定かではないが、ゴルベーザのダークフォースによって消滅させられてしまったのだろう。
 墓を作ろうにも、その中に入れるべきものが存在しない。

(私は、王に対してなにができたのだろう―――・・・)

 王が殺されてからも惑わされ、利用されて、そして王の墓を作ってやることすら出来ない。
 そんなふうに自分の無力さを痛感しているベイガンを見てバッツが、

「わるい」
「・・・なにを謝るのですか?」
「あんまり聞かれて欲しくない事だったんだろ。顔に書いてある」

 先程、刃を振り回して駆けてきた時とは大違いだ。
 意気消沈して、気まずそうに肩を落としている。

 そんなバッツにベイガンは苦笑。

「お気になさらずに―――ああ、そうだ。墓参りの代わりになるかは解りませんが、生前に王が好きだった場所なら心当たりがありますよ」

 

 

******

 

 

 海だ。

 牙のように波が絶壁へとぶち当たっては、白く砕け散り海へと戻る。
 高い崖の上から見下ろす海は、波打ち際でみるものとは違って、なんとも荒々しく厳しさに満ちていた。

「・・・・・・」

 バッツはしばらく崖の上から四つん這いになってその様子を覗きこむと、やがてゆっくりゆっくりゆっくりと、おそるおそると言った風に後退する。
 四つん這いのまま、後ろへと下がっていると、不意になにかとぶつかった。

 振り返る。
 ベイガンが立っていた。彼は訝しがるような表情で、

「・・・どうかしましたか?」
「い、いや、別に?」

 平静を装って、バッツは立ち上がる。
 かくん。
 と、膝が折れてその場に跪いた。バタバタと音を立てるほどに足が震えている。

「・・・・・・まさか、高いところが苦手だとか?」
「いや、別に?」

 平静を装うが、装えたのは口調だけで、足は震えて顔は青ざめて、額からは脂汗をダラダラ流していた。

「―――まあ、確かにこの崖下というのはぞっとしませんね」
「そ、そうだよなッ! 俺だけじゃないよなッ!?」
「バッツ殿ほどに怯えるのも珍しいですが」
「お、怯えてなんかないぞっ。本当だぞーっ。た、ただちょっと足が震えて―――ほら武者震いってヤツだ」
「ムシャ震い?」

 聞き慣れない単語に、ベイガンが首を傾げる。

「サムライのことだよ。バロンで言う騎士みたいなもんだ」
「騎士ですか。・・・それで、ムシャ震いとはどういった意味で」
「え・・・・・・? ええと、どんなに強いサムライでも、怖くなって震える時がある・・・って意味かな」
「やっぱり怖いんですね」
「う・・・・・・」

 渋い顔をしながら、バッツは立ち上がる。
 まだ顔は青ざめていたが、足の震えは収まっていた。

 空を見上げ、そのまま視線を落とす。
 崖の向こうに見える水平線を見れば、高さは感じずに済んだ。

「・・・ここが、王様の好きだった場所?」

 バッツがベイガンを振り返ると、彼は頷く。
 そのベイガンのさらに後ろには、壁の崩れた渡り廊下があった。
 瓦礫は取り除かれ、崩壊寸前だった天井には応急処置がされているが、まだ本格的な修繕は始まっていない。

 さらにその渡り廊下の向こうは、つい先日にバッツとセシルが剣を交えた中庭があった。

 中庭からは一本の道が続いている。
 地面を抉ってできたその道は、渡り廊下を突き抜け、バッツの足下を通って崖の先―――海へと続いている。

 セシルのダークフォースの一撃でできた “道” だ。
 その一撃の直撃をバッツは受けて―――無傷だった。どんなに強大な力だろうと、それは “嘘” の力であると知っていたからだ。

 ・・・だが、こうしてその力の爪痕を見て、今更ながらに背筋が寒くなる。
 ダークフォースは精神の力だ。
 だから、バッツが “嘘” と心の底から断じることによって、その力は嘘になってバッツには効かなかった。
 だが、少しでもその力を嘘ではないと認めてしまったなら―――

 もう一度、 “道” を見て、バッツは自分の想像を打ち消した。
 それから再び海を見る。

「朝、ここから昇る朝日を見るのが、王は好きでした。日課と言うほどではありませんが、時折、寝所を抜け出して、ここで陽が昇るのを待っていました」
「そんなにいい景色なのか?」

 空を見上げる。
 今、太陽はほぼ頂点で、昼近い。
 王が早起きしたくなるほど良い景色だというのなら、見てみたいとバッツは思った。

 だが、ベイガンは「いいえ」と答える。

「確かに水平線から昇る太陽は美しくはありますが、それはここからでなくとも見えるもの」
「へ? じゃあ、なんで?」
「ここが城内の東端だからです」
「・・・?」
「この城の中で、一番早く朝が訪れる場所だからだそうですよ」
「なんだそりゃ?」

 バッツは苦笑する。つられてベイガンも笑った。

「私にも王の考えることは時折掴めないことがありました。この場所もその一つです」
「ふうん・・・まあ、王様が好きな場所だって言うなら、ここに “居る” のかもな。そうでなくても、朝になったら “来る” こともあるだろ」
「・・・? なんの話ですか?」
「王様の話だよ」

 訝しがるベイガンに、にやりと笑ってバッツは応える。
 それから、海の方に身体を向けると、持っていた刃の片方を大きく振りかぶって―――

「うおりゃあああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 投げた。

 刃はくるくると回り、太陽の光に反射して銀色に輝きながら空に向かって飛び―――やがて、海へと落ちていく。

「な―――なにを!?」

 一瞬のことにあっけにとられていたベイガンが、ようやく声を出した時には、バッツはもう一方の刃も振りかぶっていた。

「とんでけえええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 同じように銀光を反射させながら、刃が海へと落ちていく。
 それを見送って、ふう、とバッツは嘆息。

「な、なんてことを!? あれはドルガン殿の形見だったはず!」

 かつてオーディンとドルガンの戦いを見たベイガンは、あれがドルガン=クラウザーの刀だということを知っていた。
 バッツは「ああ」と頷いて笑って。

「親父の遺言だよ」
「遺言?」
「あの刀をバロンの王様に届けてくれって」
「それで、墓の場所を・・・し、しかし形見を海に投げ捨てるのは乱暴では・・・」
「あんなのただの刀だ。別に形見でもなんでもねえよ」

 そう言って、バッツは自分の胸を叩いた。

「ホントの形見はここにある。親父との思い出。親父に教わったこと―――託されたこと。みーんなここに入ってる。だから、あんな刀を海にブン投げたからって、どうってこともねえよ」

 形のない形見。
 それを示して胸を張るバッツを、ベイガンは素直に。

(・・・眩しい、な)

 と思った。

 果たして自分はこんな風に胸を張れるだろうか。
 オーディン王に仕えた日々のこと。そのことは決して忘れ得ぬことだ―――だが、それを形見として誇れるだろうか。

(見えない想いよりも、形として見えるものを残したいと望むのは、私が弱いからだろうか―――)

 そんなことを思う。
 例えば、セシル=ハーヴィも、形見を形であることにこだわりはしないだろう。
 決して立ち止まることなく、見えざる後悔を背負い続けて生きる彼は、見えるものに拘らない。

 それは、強いからだろうか―――

(例え、そうだとしても)

 バッツやセシルが強く、自分が弱いとしても、とベイガンは思う。

(やはり私は “形” を残したいと思う。かつてオーディン王が王としてあったこの国を、いつまでも残したいと願う。形に拘りたいと思う)

「どうしたよ?」

 顔を覗き込みながらバッツが尋ねてくる。

「なんか。いい顔してるぜ?」
「そうですか? ありがとうございます」

 思わず礼の言葉が出た。
 それを聞いたバッツは、何故かヘンな顔をした。

「なんだそりゃ。いい顔してるって言うだけで礼を言われるモンなのか?」

 バッツが言って、ベイガンは笑った。
 本当は、自分の決意がさらに固まったことに対する礼だったのだが、何となく言わなかった。

 ふと、ベイガンは空を見上げる。

「セシル殿は、そろそろトロイアについたでしょうか―――」
「さてな。でもまあ、心配だけはしないほうがいいぜ。損した気分になるから」

 バッツがそう言うと、ベイガンは「そうですね」と笑う。
 笑いながら、強く、思う。

(セシル様はきっと無事に帰ってこられるでしょう。ならば、それまで私は私の成すべき事を―――)

 


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