第14章「土のクリスタル」
B.「おかしい奴ら」
main character:フライヤ=クレセント
location:バロン城・軍港

 

 

 バロンのドッグにファリスの海賊船が入港する。攻城戦の時には水門を蹴散らして強引に進入したが、当然今はすんなりと通った。
 ドッグではリヴァイアサンの脅威が無くなったことを知った、バロン海兵団が部隊の再編と船の修繕を行っており、なにやら忙しない。
 それらの邪魔にならないように、ドッグの隅の方に海賊船が停泊する。

 フライヤとファリスがダムシアンの要人を連れて船を降りると、バッツとベイガンが出迎えに来ていた。

 おかえり、と不機嫌そうに声をかけてくるバッツを見て、フライヤが「なにかあったのか」と尋ねる。
 心底機嫌悪そうに、バッツが答えた。

「―――もう出発しただと?」

 バッツから事情を聞いて、フライヤもまた不機嫌を表に表す。
 対するバッツもぶすっとした顔のまま頷く。

「ああ。セシルの野郎、俺たちを置いて、さっさとトロイアに行っちまった。追い掛けようにも飛空艇は一つしかないみたいでさ」
「セシルもそうじゃが。ヤンのヤツも許せんな。人には自分の代わりにファブールまで行ってきてくれなどと言っておいて・・・」

 イライラする二人の間に、ベイガンが「まあまあ」と宥めるように言いながら割って入る。

「セシル殿にも考えがあるのですよ。実は、ゴルベーザの元からカイン殿が使いに来まして―――・・・」
「カイン・・・カイン=ハイウィンドか!?」

 ベイガンの台詞を遮って、ファリスが声を上げる。
 バッツやフライヤと違い、置いて行かれたことは別段どうでもいいようで、退屈そうな顔をしていたのだが、カインの名前が出た途端、真剣な顔になった。

「ええ。・・・カイン殿がどうかしましたか・・・?」
「いや、別に・・・有名だからな。有名人の名前が出て驚いただけさ。なにせ、カイン=ハイウィンドと言えば、若くしてフォールス最強の名を冠する男だからな。ファイブルにも名前は届いてる」
「・・・あれ、そーなのか? 俺はフォールスに来て初めて聞いたけど」

 ファリスがなにかを誤魔化すように口早に言うと、バッツが首を傾げた。
 すると不機嫌そうな顔でバッツを睨付け、

「タイクーン近隣じゃ有名なんだよ!」
「・・・そう言えば、ハイウィンド家はタイクーン王家と親交がありましたな」

 ベイガンが思い出したように言うと、ファリスは頷いて、

「アーク=ハイウィンドはかつてフォールス最強と呼ばれた竜騎士だからな。タイクーン王も王にして優れた竜騎士だ。だから互いに、身分の差なんて気にせずに、気の置けない友人同士になれたんだ。カインにいさ―――カイン=ハイウィンドも、親に連れられて、よくタイクーンの城に遊びに来てた・・・」

 なにかを懐かしむようにファリスが言う。
 あれ、と首を傾げたのはバッツだ。

「まるで、一緒に遊んだことがあるみたいだな」
「えっ・・・! あ。いや、街で見かけた覚えがあるだけだ。会ったこともねえよ」

 一瞬だけギクリとした顔をして、ファリスは誤魔化すようにそっぽをむく。

「ふうん。いやに懐かしそうに話すからさ。てっきりファリスって、昔タイクーンの城にでも住んでたのかと思ったぜ」
「なっ・・・!」

 何気ないバッツの言葉に、ファリスが硬直する。
 額からだらだらと汗を垂らして、表情を強ばらせた。

「あれ、図星」
「ば、ばっか。おめえ、俺は海賊だぜ? なんで海賊の頭領が城に住んでたりするんだよ?」
「・・・それもそうか」

 納得するバッツに、ファリスはほーっと嘆息。
 と、じーっと見つめてくるベイガンの視線に気がついて、再びぎょっとする。

「な、なんだよ?」
「・・・いえ。別に―――」

 ぎろりとにらみ返すファリスから、ベイガンはついっと目を反らしてから声を張り上げた。

「では、客間に案内させて頂きましょう。ファリス殿、フライヤ殿はともかくお客人は慣れない船旅でお疲れでしょうから」
「そうですな。出来たら湯も使わせて頂きたい。体中に潮の匂いがついて消えぬので」

 と、ファリス達の後ろに控えていた、宝石を散りばめた豪奢な服を着た男が前に出る。
 バッツはその男を見たことがあった。確か―――

「アル・・・・・・なんとか大臣」
「アルツァートである! ・・・そういう貴様は王子を足蹴にした旅人!」
「違うぜ、蹴ったのはリディアだ。俺は肘鉄喰らわせただけ!」
「どっちも変わらん! 王子はどうした!?」

 アルツァートに言われ、バッツは「あれ?」と疑問詞。

「・・・・・・そーいや、ギルバートのヤツ、どうしたんだ? てっきり俺はセシルと一緒かと思ってたんだけど、見かけないし」
「呼び捨てにするな! “様” もしくは “王子” をつけんか!」
「なんかギルバートって王子って感じがしないんだよなあ・・・」
「この不埒者ぉぉぉぉおおぉぉぉっ!?」

 顔を真っ赤にして怒鳴るアルツァート。
 いまにもバッツに飛びかかろうとするかのようなアルツァートを、後ろからフライヤがおさえる。いかに非力なネズミ族の女性と言えども、竜騎士でもある彼女は簡単にダムシアン大臣の動きを止めた。

「ええい! 離せ、離せ!」
「落ち着いてください。船の中で話したでしょう。ギルバート王子はセシルの頼みを受けて、トロイアヘ向かったと」
「確かに聞いた! だが私が聞きたいのは、何故王子が使いぱしりのような真似をしなければならんのかということだ!」
「だからそれも説明しました! 王子ほどの身分であればトロイアを治める八神官とも話を通しやすいという理由です」

 一応は雇い主だからだろうか、フライヤは敬語でなんとかアルツァートを宥めようとする。

 今、フライヤが言ったことは、バロンを出発する前にヤンから聞いた話だった。
 王子の護衛を引き受けたフライヤとしては、自分にバッツとクリスタルの供を任せ、ギルバートにはよりにもよって敵であったバロンの人間を護衛につけたことに、あまり良い気分ではなかったが、それこそバロンの人間にクリスタルを任せるワケにはいかなかったのだろうと、自分を納得させた。

 ちなみに、フライヤは聞かされなかったが、ギルバートをトロイアに向かわせた理由はもう一つあった。
 それはギルバートをバロン攻城戦に参加させないという理由。
 そして最悪の状況―――リヴァイアサンを突破できず、セシルが死んだとしても、ギルバートの旗の下、バロンに対抗する勢力を存続させるためでもあった。

「むう・・・」

 フライヤに宥められ、とりあえずアルツァートは落ち着いたようだった。

「では、そろそろ部屋を案内します。こちらへ」

 それまでただ傍観していたベイガンが、アルツァートに軽く一礼して踵を返す。
 その後をついて行くアルツァート。

 宝石が眩しいアルツァートの背中を見送って、バッツはフライヤに向かって口を開く。

「ギルバートのヤツもトロイアに居るのか?」
「ヤンから聞いた話ではな―――というか、ヤンのヤツ、自分は指揮官としてバロンを動くことはできないなどといいおって私を送り出したくせに、どうしてあやつまでトロイアに行く!?」
「俺に聞くなよ。寝てたんだから!」
「寝てた?」

 フライヤに言われ、バッツはさっきは言わなかった、セシルとの激闘をかいつまんで話した。

「・・・なんで敵でもないのに、死にかけるような戦いを?」
「いや、俺にもわかんねえよ。あんときは、互いにどうなったって良い覚悟だったんだけどさ。今思えば、剣を振り回すほどでもなかったような・・・?」
「なんだそりゃ」

 心底呆れたようにファリスが言う。
 フライヤも声には出さないが、ファリスと同じような表情だ。

「もしかしたら、決着をつけたかったのかもな」

 ぼそりと、バッツが呟く。

「決着?」
「・・・俺の親父とバロン王オーディンが、このバロン城で一度だけ剣を交えたんだと」
「剣聖と剣皇の試合か。噂には聞いた事あるな」

 フライヤが頷く。
 ここから遠く離れたナインツにさえ聞こえる決闘だ。そうとうなものだったんだろうな、とバッツは思いつつ、

「結局、その時は決着がつかなかったんだとさ。で、つかないままどっちも死んじまった」
「だから、お前達が代わりに戦ったと?」

 フライヤの言葉にバッツは頷かなかった。
 彼自身、そう信じては居ないようだった。

「それでバッツが勝ったんだろ? つーことは、剣聖VS剣皇は剣聖の勝利―――」
「俺は親父じゃねえし、セシルもオーディン王じゃねえよ。だいたい、あんなんで勝ち誇れるかっつーの」
「では、もう一度戦うか?」

 フライヤに問われて、バッツは腕を組んで悩む。

「やらないんじゃないか・・・? 少なくとも、今の俺にはやる気ねえよ。出すもの全部出し切ったからな。つぎ、セシルと剣あわせても、どうやって戦えばいいか想像もできねえ」
「ふむ・・・案外、お主の親父殿も同じ気持ちだったのかもな。全てを出し切って引き分けたからこそ、二度と戦おうとはしなかった・・・」
「それはどうかな」

 フライヤの言葉に、バッツは首を捻る。

「二度と戦うつもりがないなら、わざわざ折れた剣をくっつけて使おうとは――――――あ」

 不意に、なにか思い出したかのように、バッツは動きを止める。

「やべぇ、忘れてた!」
「忘れてた? なにを?」
「俺がバロンに来た理由の一つ―――くそ、ベイガン、どこ行ったあ!?」

 言いながら、バッツは駆けだして行ってしまった。
 それを見送り、取り残されるファリスとフライヤ。
 辺りには、トンテンカンと船を修繕する音や、訓練する海兵団の掛け声が響き渡る。

 しばらく二人はなんとはなしに立ちつくして―――

「・・・あーあっ、と―――じゃ、俺も少し休ませてもらおうかな」

 ファリスが背伸びをしながら歩き出す。その後ろ姿に―――

「サリサ=シュヴィール=タイクーン―――・・・」
「!?」

 ぽつりと呟いたその名前に、ファリスの歩みが止まった。

「聞けば、ファイブルのタイクーン王には二人の娘がいたという。その片割れは、娘が幼い頃に海に落ちて死んでしまったとか」
「それが、どうかしたか?」

 ファリスは振り返らずにフライヤに問う。
 別に。とフライヤは前置きして。

「ただ、その亡くなった娘が、生きていれば、ちょうどお主と同じくらいだったと聞く」
「それが俺だって? だいたい俺は男―――」
「バッツ相手ならともかく、性別なんてそうそう隠せるものでもないぞ? 特に、ネズミ族には鋭敏な嗅覚がある。体臭の違いで簡単に見分けも付く」
「・・・・・・」
「お主が香水などを嗜んでいれば、まだ解らなかったがな」
「今度から気をつけるよ」

 そう言って振り返ったファリスの表情は苦笑だった。

「くそ。そーいやセシルにもすぐバレたな。俺、そんなに男らしくないか?」
「ギルバート王子よりは十二分に男らしいと思うがな。私だって、体臭がなければ確信は持てなかった―――セシルがどうして気づいたのかは解らんが、微妙な仕草かなにかで気づいたんではないかな」
「そういうの、気をつけてるつもりなんだけどなー」

 困ったように笑いながら頭を掻いて―――不意に、厳しい目つきで射抜くようにフライヤを睨む。

「それで、俺の正体を知ってどうするつもりだい? タイクーンの王女が海賊やってるなんて、とんでもねえスキャンダルだ。この情報をどこかの国にでも売るつもりか?」

 その視線には殺意があった。
 返答の如何によっては、この場で襲いかかってきそうな雰囲気だった。

 ―――だが、フライヤはその殺意を鼻で笑って受け流した。

「ふん。売ってどうする。私がそんな女に見えるか?」
「見えない―――が、無用に人の素性を詮索する人間にも見えないんでね・・・どういうつもりだ?」

 ファリスの殺意は衰えない。
 先程以上に鋭く、こちらの一挙一動を見逃すまいと睨付けてくる。ちょっとでも嘘でも吐けば、ただちに絞め殺してやると言わんばかりに。
 情報を売る、というのがファリスにとって一番解りやすい理由だったのだろう。だが、そうでない理由というのが思いつかない。単なる好奇心―――で、人が隠していることを理由もないのに暴き立てるような奴にも見えない。だからこそ、警戒する。

「ただの好奇心じゃ」
「そんな理由で納得できると思うか?」
「私は恋人を探している」
「・・・?」

 いきなり話が変わり、ファリスは少し困惑する。
 構わずにフライヤは続けた。

「国を出て失踪してしまった私の恋人もまた竜騎士だった。私の技は皆、その恋人から習ったものじゃ。だから、私は各地を―――竜騎士に縁のある地を旅して回った・・・」

 フライヤの語る言葉を聞いて、ファリスがふと呟く。

「タイクーンにも行ったのか・・・?」

 フライヤは頷いた。

「タイクーン王は気さくな人でな。旅人の私にも、気軽に会ってくれた。残念ながら、私の恋人は名は知っているが会ったことはないという。―――その時に、王に寄り添っていたタイクーンの姫・・・レナ様に姉君の話を聞いた」
「姉、か・・・」

 フライヤの言葉に反応して、ファリスが無意識に呟く。
 それを聞き流し、フライヤは続けた。

「幼い頃に海に落ちて行方不明になってしまった姉を捜して欲しいと。皆は死んでしまったと諦めているが、絶対に生きているはずだから、旅先で見つけたら教えて欲しいと、それは涙ながらに訴えかけられた」
「それで? 見つけたから報告するのか?」

 すでにファリスには殺意はない―――が、その視線は以前として厳しいままだった。
 その問いには直接答えずに、フライヤは話を続ける。

「妙だと感じたのは王の態度でな。懇願する姫に比べ、始終困ったような笑いを浮かべていて、亡くなった自分の娘のことを、悼む様子も嘆く様子もなかった。諦めた、というのも違う。妙に姫と温度差がありすぎるのが気になった」

 フライヤは言葉を切ってファリスを見る。
 ファリスはもはや睨んではいなかった。ただ諦めたように苦笑している。
 その態度をみて、フライヤは確信した。

「タイクーン王は知っているのじゃな? 姫が生きていることを」
「ご明察、だ」

 そう言いながらファリスは軽く拍手。
 対して、フライヤは「そうか」と頷いて。

「ならば私はそれ以上はなにもない」
「レナには報告しないのか?」
「姫には悪いがな。これは家族の問題じゃ。ならば部外者が口出すこともないじゃろう」
「・・・・・・ぷっ」

 フライヤの言葉を聞いて、ファリスは噴き出した。

「は―――ははははははっ! 家族の問題か! 確かにそうだ! あははははっ!」
「なんじゃ、なにがおかしい?」
「はははっ・・・だ、だってよ。仮にも一国を治める王族の問題を、フツーに家庭の問題にされちゃあ笑うだろ! あーっはははっは!」
「そ、そんなに可笑しいか? 別に私はレナ様個人に義理があるわけでもあるまいし、王が知っているのならば言うことはないと思っただけで・・・」

 弁解するようなフライヤの肩を、ファリスはばしばしと叩く。
 見た目は優男だが、その力は手斧を軽々と振り回すほどだ。
 そんな力で叩かれて、フライヤはべちゃりと地面に叩き付けられる。

「ぐおあっ!? ・・・・・・な・・・なにをする・・・」
「あ・・・ワリイ」
「私を亡き者にするつもりか・・・?」

 痛みを堪えながらフライヤは立ち上がる。
 すまん、とファリスはもう一度謝って。

「いやさ、俺としては家族云々とか言う以前に、王家の威信とか外交的な事とか・・・色んなことが絡んでくるような、重要で、複雑で、重い問題だったからさ。それを単なる家庭問題にされて、しかも俺自身それで納得しちまったから・・・」
「家庭問題は十分に重い問題だと思うがな」

 倒れた身体についた砂埃を払いながら、不機嫌そうにフライヤが言う。かなり痛かったようだ。

「まあ、要らぬ節介だとは思うが、整理がついたなら妹君に正体を明かすべきだと私は思うぞ。レナ様はかなり心配しておられたしな」

 フライヤの言葉に、ファリスの笑い顔に陰りがかかった。
 家庭の問題だ、などと言いつつも、余計なことをいってしまったかと、フライヤはファリスの様子を伺う。

「ファリス・・・?」
「・・・妹じゃねえよ」

 痛みを堪えるような顔で、彼女は呻く。

「俺には妹なんかいねえ―――居たのは・・・」

 言いかけて、ファリスは口をつぐんだ。
 それから、フライヤに背を向けて歩き出す。

「ワリイ、ちょっと疲れたから休ませてもらう」

 そう言って歩き出しかけて―――振り返る。
 元気無さそうな顔をムリに笑顔に変えて、フライヤへと笑いかけてきた。

「・・・あんた、いいヤツだな。 “自分の立場” ってやつ、半分くらいは軽くなった気分だ」

 それだけ言い残して去っていく。
 見送り、1人だけ残されたフライヤは嘆息。

「いいヤツ、か・・・」

 温かくもくすぐったいものが胸の中に広がる。
 このフォールスに来てからというもの調子が狂いっ放しのような気がしてならない。

 生まれ故郷のナインツではネズミ族を始めとする獣人は珍しくもないが、その他の地域では皆無に等しい。
 当然、奇異な目で見られることもあれば、人でないと言うだけで刃を向けられたこともある。
 傭兵として路銀を稼ぎながら旅をしてきたが、他の人間に比べてあからさまに低い賃金であることもしばしばだった。

 このフォールスのダムシアンに来るまではそんな風に迫害されながらも、歯を食いしばって旅を続けてきた。
 それもこれも、自分の師であり恋人でもある竜騎士フラットレイを探し出すため。
 そのためならば、どんな苦難も乗り越えられると思って、そして乗り越えてきた。

 だが―――

(このフォールスには変な奴らが多すぎる)

 心の中で呟き、いや、とすぐ否定。

(偶然じゃな。偶然、変なヤツに巡り会えた)

 竜騎士カインの居るバロンに向かう途中、路銀稼ぎにダムシアンの傭兵団に入った。
 そこでも周囲の人間はフライヤと距離を置いていた。
 クラウドのみが「興味ないな」とフライヤの風貌にも無関心であった。

 いつも通りの旅。いつも通りの傭兵家業。いつも通りの差別。

 それが変わったのはいつからだろうか。

(・・・ギルバート王子と出会ってからか)

 ダムシアンの傭兵をして、しばらく達、そろそろダムシアンを出ようと思い始めた頃、ギルバートが城に戻ってきた。
 話にだけ聞いていた放蕩息子は、旅先で知り合った女性と恋に落ち、自分の后に迎え、これからは国に留まり王位を継ぐために勉強すると宣言した。
 今まで国のことなど省みずに、旅ばかりしていたギルバートが勝手に后をとることに、父王は承諾しなかった。だが、ギルバートも引かずに、毎日毎日、父王を説得し続けた。

 王子が后を連れてこようが、王位を継ごうがフライヤにはどうでも良いことだった。
 だが、フライヤの事を知ったギルバートは、旅支度を始めていたフライヤの所に押しかけてくると、彼女の故郷であるパルメシアやナインツのこと、今まで旅してきた地域のことや伝わる話を聞きせがんできた。
 別段、意地悪する意味もないので、フライヤは素直に話してやった。それを熱心に聞いては面白そうに頷くので、フライヤも興が乗って、一晩中旅の話に花を咲かせた。

 一晩明けて、ギルバートは眠そうに欠伸しながら言った。

「こんな面白い話、僕1人だけ聞くのは勿体ないよ。今、城下に僕の恋人を待たせてるんだ。父を説得するまで待ってくれるとは言ってくれているけど、きっと退屈してる。よければ彼女にも旅の話を聞かせてやってくれないか?」

 褒美は取らせる、とギルバートは言ったが、フライヤは遠慮した。
 自分は竜騎士であって吟遊詩人ではない―――というのが表向きの理由で、本当はフライヤ自身、話すのが楽しかったからだ。久しぶりに人として話をして、話を聞いてくれたことが楽しく、嬉しく、喜ばしかったその想いが十分な報償であったからだ。

 ギルバートの恋人が、彼と同じように自分の風貌を受け入れてくれるかどうか不安はあった。
 だが、受け入れてくれなければそのまま旅立てばいいと考えていたし、なにより、なんとなくだがギルバートの恋人はそういうことを気にしない人だと思った。

 だからフライヤは、傭兵をやめてダムシアンを出る前に、ギルバートの恋人の居る宿に寄ってからバロンへ向かおうと思っていた。

 ―――バロンの “赤い翼” が襲撃してきたのは、フライヤが旅支度を終え、傭兵を止めようとしたその時だった・・・。

 残念なことに、その襲撃でギルバートの恋人アンナと、フライヤは二度と会う機会をなくしてしまった。
 その負い目もあってか、フライヤはギルバートの護衛を買って出ることを決意する。

 そしてそれからだった。

 自分のことを異質とも思わない、妙な奴らと関わるようになったのは。

 バッツにしろセシルにしろ、誰もフライヤの風貌を可笑しいと思わない。
 当然だ。
 フライヤ以上に、他の奴らがおかしいのだから。
 自分よりもおかしくない者を、おかしいと思うはずがない。

 そんなおかしい奴らに付き合ってるせいだろうか。
 戦いが続く中、大変な状況だというのに、どこか楽しんでいる自分が居る。
 戦うことが楽しいわけじゃない。
 ただ、おかしな奴らに付き合うのが楽しいのだ。

 フォールスに来る前の自分ならば、こんな戦いには関わらず、さっさと別の地域にフラットレイを探しに行ったに違いない。
 けれど、今の自分はフラットレイのことを置いて、この戦いの行く末を見届けたいと思っている。

 認めたくはないが、時折、フラットレイのことを忘れてしまう自分が居る。
 思えば、ダムシアンを出てから、フラットレイに関する情報をなにも集めようとしていない。ファブールでも、このバロンでも―――時間がなかったといえばそれまでだが、少ない時間でも誰かに聞き込むことくらいは出来たはずだ。
 とても大切だったはずの事を、ひとときであっても忘れてしまった事に痛みを覚える。

(すまん。フラットレイ・・・この戦いが終わればまたお前を探しに行く。だからそれまで―――)

 胸に手をやり、心の中の恋人に謝罪する。
 それからもう一度嘆息して。

「・・・ま。どうせ置いて行かれた身じゃ。しばらくの自由な時間、聞き込みでもしてみるか・・・」

 期待はしていない。
 おそらく、フラットレイの名は聞けても、消息はかすることすらできないだろう。
 けれど万が一ということもある。無かったとしても、無駄足だとしても、それは。

(忘れかけたことに対するほんの贖罪じゃ・・・)

 そう胸に秘めて、フライヤも軍港をあとにした―――

 

 


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