―――時間は少し巻き戻る。

 バロンで戦いの決着がついて、パロムとポロムが自らの意志で石化してしまった、丁度その頃―――

 ファブールでセシル達と別れ、宗教国家トロイアヘ向けて旅だったギルバートたちは、深い森の中にいた。

「つーか、いつまで続くんだ、この森?」

 チョコボの背に揺られながら、ギルガメッシュがうんざりとした様子で呟く。

「もうそろそろのはずだけど・・・」

 ギルバートがそう言うと、今度はリックモッドが不安そうな顔で、

「・・・まさか遭難してるって事はないですよね?」
「それはないよ。―――ほら、隣りに川が流れてるだろう? この川沿いに進めば、トロイアにたどり着くはず」

 ギルバートは吟遊詩人としてフォールスの各地を旅して回っていた。もとろんトロイアも訪れたことがある。
 フォールスにある国や街の中で、行ったことの無いのはエブラーナだけだ。
 ダムシアンからは遠く離れてるミシディアやアガルトの街にも、一度きりだが行ったことがある。

 トロイアには何度か足を運んだ。水と森に囲まれ、宗教国家故に神話や寓話などを多く伝えているこの国は、詩人の創造意欲を刺激してくれる。
 ただ、恋人であったアンナと知り合ってからは一度も訪れていない。

 森と湖の国。大地の神を奉ずる宗教国家トロイア。
 だが、それとはまた別の意味でも、トロイアという国は有名だった。

 女性の国トロイア。
 国を治めるのは王ではなく、大地の神を奉ずる八人の女神官だ。
 フォールス唯一の女性主権の国家であるためか、そこに住んでいる住人も、女性の方が多い。

 アンナは女性の国に行ったからとヤキモチ焼くような人ではないと知っていたが、それでも足を向けなかったのは、ギルバートなりの誠意だった。

 数年ほど訪れていなかったが、それでも川を遡れば辿り着くことは解っていた。
 森と湖の国、と称されるように、トロイアの城と街は湖の傍にある。この大森林を流れる幾つかの川、そのどれもがその湖へ繋がっている。
 そのことを覚えていたギルバートは、山を越えてトロイア領内に入った後、すぐに森には入らずに迂回して、海へと流れる川の一つに辿り着いた。その後は川を遡り森に入って、トロイアを目指す。

 途中、チョコボが住んでいる場所があったので、それを捕まえて乗り物にした。森に住むチョコボは臆病だが、人懐っこい面もある。こちらに敵意がないことを示せば、喜んでその背中に乗せてくれる。

「―――しっかし、どっちを向いても森だ。或いは川。いい加減、うんざりだぜ。こんなに空が見てぇと思ったのは初めてだ」

 そんなことをぶつくさ言いながら、ギルガメッシュは上を見上げた。
 見上げた視線の先に、空の青は見えなかった。
 代わりに見えるのは、空を覆い尽くす、暗い深緑色。背の高い木々が天高く向かって生い茂っている。

 何度か来たことのあるギルバートはともかく、口には出さないがリックモッドも少々うんざりとしている様だった。

「ムーアの大森林かよ、ここは」
「ムーア? なんだよそれ?」

 リックモッドが尋ねると、ギルガメッシュは面倒そうに手を振る。

「てめえに言ってもわからねえよ。つか、信じねえだろ」
「信じるってなんの話だよ?」

 不機嫌そうにリックモッドがギルガメッシュを睨む。
 一触即発の状態。それを取りなすように、ギルバートが二人の間に割って入る。

「ムーアの大森林・・・なんか聞いたことあるね」
「おい嘘だろ? なんでお前が知ってるんだよ」
「いちおー相手は王子だぞ。もうちょっと丁寧語使えよ」

 ギルバートに対するギルガメッシュの口調に、リックモッドが注意する。
 リックモッドがそうして注意するのはこれが初めてではなかった。ファブールを出立した時から何度も言っている。―――すると、ギルガメッシュは決まってもの凄く嫌そうな顔をして、

「じゃあ、なんでテメエは隊長様でお偉い俺様に敬語を使わねえんだ!? ああン?」
「俺はテメエ如きを隊長だなんて認めてねえ!」
「ンだとこのヤロ―――」

 などと決まって言い合いになる。この二人、とことん相性が悪いらしい。
 ギルバートは嘆息してから意を決すると、口喧嘩からすぐに取っ組み合いになりそうな二人の間に強引に割り込むと、やや大きなよく響き通る声で言う。吟遊詩人として、発声にはそこそこ自信があった。

「ムーアの大森林ってあれですよね!? 確か、ファブールの伝説にある大森林!」

 ギルバートがそう言うと、ファブールの伝説など知らないリックモッドは困惑していたが、ギルガメッシュは怒りを忘れ面白そうにうんうんと頷く。

「へえ。なるほど、こっちじゃ伝説ってなってんのか」
「 ”こっち” ・・・?」

 ギルガメッシュの発した単語の意味が掴めず、ギルバートはそれを聞き返そうとした―――その瞬間。

「「!」」

 リックモッドとギルガメッシュが、同時に動きを止める。
 乗っていたチョコボの歩みを止めて、素早く空―――見えないが―――の方を見上げた。

「え? え?」

 突然の二人の行動に、ギルバートは訳が解らずに、遅れてチョコボを止める。

 訳はすぐに解った。

「きゃああああああああああっ!?」

 鋭い悲鳴を上げながら、空からがさがさと騒がしく木々を突き抜けて、何かが落ちてくる。
 悲鳴は女性のものだ―――が、女性の身体が木々を突き抜ける音にしてはやたらと大きい。大体、なんで空から落ちてくるんだ―――と思っていると、悲鳴の主が木々を抜ける。

 女の子だ。
 リディアほどに幼くはないが、ローザよりも年下だろう。
 日に焼けた浅黒い肌の少女だ。肌とは対照的な真っ白な巻頭衣をまとっているが、その巻頭衣の肩口は赤く染まっている。

 落ちてきたのは少女だけではなかった。
 巨大な鳥―――ギルバート達が乗っているチョコボに似た鳥に、少女はしがみついていた。
 ギルバート達の乗っている普通のチョコボとシルエットは似ているが、色が決定的に違う。普通のチョコボは黄色だが、落ちてきたチョコボは全身真っ黒だった。

「黒チョコボ!?」

 普通のチョコボとは違い、空を跳ぶ能力を持ったチョコボだ。
 そう言えば、最後にトロイアを訪れた時、黒チョコボの繁殖を始めようとしている、と聞いた覚えがあった。

「クエーーーーっ!」

 黒チョコボは一声無くと、両翼をばっさばっさと羽ばたかせ、体勢を立て直す。
 さらに羽ばたくと、落下速度が遅くなる。

「た、助かっ―――あ」

 墜落を免れてほっとしたのだろう。
 チョコボにしがみついていた少女の力がゆるみ、そのまま身体を滑らせて、落ちる。

「っ! ――――――っ!?」

 もはや悲鳴もでない。
 落ちていく少女を見送って、「クエーーーーッ!?」と、チョコボが悲痛な声で叫ぶ。
 それを見て、リックモッドが叫んだ。

「ギル公ッ!」
「おうさッ!」

 リックモッドの合図で全てを察し、ギルガメッシュがチョコボを降りて、そのまま地面を強く蹴って高く飛び上がる。
 そのまま落ちてくる少女とすれ違って、黒チョコボへと迫る!

「クエッ!?」

 いきなり下から跳んできた赤い鎧の男に驚いて、チョコボが鳴く。
 ギルガメッシュはそれを無視すると、腰に差してあった聖剣を引き抜く!

 そして次の瞬間、、木々を突き破って現れる二体の魔物。
 翼を持った悪魔、ガーゴイルだ。
 二体の魔物は空中で驚いている黒チョコボへと、その鋭いツメを向ける―――が、そのウチの一匹が即座にギルガメッシュの持つエクスカリバーに叩き落とされた。

「―――よっ、と」

 落ちてきた少女を、リックモッドが受け止めた。
 腕の中の少女に呼びかけてみる。

「おい、大丈夫か?」
「・・・きゅう」

 少女は完全に目を回していた。
 リックモッドは苦笑すると、軽い少女の身体をギルバートへ放り投げた。

「王子、頼みます」
「うわっとぉ!? ―――って、投げてから言わないでよ!?」

 放り投げられた少女の身体を、なんとかキャッチしてから苦情を言う。
 だが、リックモッドは無視してチョコボを降りると、背中に背負った巨大な剣を抜きはなつ。クラウドの持つバスターソードにも引けを取らない、巨大な剣だ。その剣のあちこちには、目で見て解るほどの大きな欠けがあり、切れ味はないに等しい。だが、その重量にリックモッドの剛力が合わされば、断ち切れぬものなど存在しない!

 どさり、とギルガメッシュに叩き落とされた魔物の一体が地面に落ちた。
 そちらには目もくれず、リックモッドは空を見上げた。

「GAAAAAAAAAッ!」

 おぞましい叫び声を上げて、残ったもう一体が、ギルガメッシュの脇をすり抜けてこちらへと急降下してくる。
 少女の方を追ったのか、それともギルガメッシュの聖剣に怯えたのか―――

「それともまさか、俺の方が弱そうだと思った・・・なんてこたァねえよな?」

 自分の身の丈ほどもある巨大な剣を豪快に振り回す。
 振り回された剣が、向かってきたガーゴイルにクリーンヒット! バットで打たれたボールの様に軽々と吹っ飛んで、木々を突き抜けて見えなくなる。

「すご・・・」

 少女を抱えたまま、ギルバートが呟いた。
 セシルやバッツとはまた違う凄さがある。歴戦の勘とも言うべきか、二人とも魔物の気配にすぐ気づいて、戸惑いも迷いもなく動き出し、先手を取って魔物を叩きのめした。それも、日頃仲が悪いとは思えない連携を見せて。

 ―――などと、ギルバートが感心していると。

「おりゃあっ!」
「おおわっ!?」

 落ちてきたギルガメッシュが、リックモッドにエクスカリバーを振り下ろすところだった。
 それを、辛うじて避けるリックモッド。

「てめ、なにしやがるッ!」
「てめえこそ、なにが “ギル公” いつ俺様がそんな風に呼んでいいと言ったぁ!?」
「許可いるのかよ!? 仕方ねえだろ、緊急事態だったんだからよ!」
「いついかなる時でも俺様のことは “ギルガメッシュ様” と呼ばねばならんのだ! このおーたわけっ!」
「いついかなる時でもそんな呼び方したことねえよッ!」

 ぎゃいぎゃい、といつものように喚き合う二人。
 ギルバートは最早止める気も起らずに嘆息すると、抱えていた少女を見る。
 気を失っている。肩を怪我しているようだが、命には別状無いようだった。それでも手当はしておいた方がいいだろうと、少女を抱えたままチョコボを降りようとして―――

「やべェッ! 王子! 危ない―――ッ!」
「え?」

 リックモッドの声に顔を上げると、ギルガメッシュの聖剣に斬られたはずの魔物が、襲いかかってくるところだった。
 その魔物の肩越しに、リックモッドとギルガメッシュの姿が見える。二人ともすぐ近くに居るのに、限りなく遠くにいるようだとギルバートは思った。少なくとも、助けに入れる距離じゃない。

 魔物の鋭い爪が振り上げられ、次の瞬間―――

「う、うわああああああっ!?」
「クエエエエエエエエエッ!?」

 ギルバートとチョコボの悲鳴が、深い森の中にこだました――――――

 

 


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