第13章「騎士と旅人」
Y.「出立直前」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城
「よーっす」
城下町の酒場の二階。
クラウドが寝ている寝室にロックが入ると、ダンカン達の姿もあった。
バルガスと目があって、ぎくりとするが、とりあえずは何も言ってこない。軽く胸を撫で下ろしつつ、ベッドに寝たきりのクラウドの様子を伺う。
「調子はどうだい?」
「・・・お前か。まだ完治にはほど遠いな」忌々しそうにクラウドが言う。
「へえ。テラのじーさんでも治せないのか?」
「表面の怪我は治ってる。だが、ダメージが身体の芯に残ってる―――こればかりは、肉体の自然治癒力に任せるしかない」と、言いつつ、クラウドはベッドから身を起こした。
「それでも、普通の人間よりは動けるがな―――試してみるか?」
「いえ、いいです」敬語で首を横に振る。
「それで、今日はなんの用だ?」
「いや。これから飛空挺で出発するからさ。挨拶でもと」
「ゴルベーザを追うのか?」
「いや、微妙に違う。そいつと取引するために、土のクリスタルが必要なんだと―――あれ、そう言えばテラのじいさんは?」不意に気がついてロックは問う。
「テラなら城へ戻ったはずだ。会わなかったのか?」
「ずっと地下室にいて、さっき目を覚ましたばっかだからなあ」呟き、ふわあと眠そうに欠伸する。
「・・・お前も行くのか?」
クラウドの問いに、ロックは頷く。
「当然。つか俺、クリスタルって見たことないんだよなー。やっぱトレジャーハンターとしては、一度は拝んでおきたいし」
眠そうに笑ってから、ロックはダンカン達に目を向ける。
「そいやアンタラはどうするんだ?」
ロックが尋ねると、ダンカンは腕を組んで、ふむうと悩む。
「少しばかり留まりすぎた。そろそろ別の場所に行こうと思うんじゃが」
「へえ、どこに?」
「エブラーナかのー。決着をつけねばならんヤツも居るし」
「興味深いな。どんな男だ、それは」クラウドがいつもとは逆の台詞を吐く。
やはり自分を打ち負かした男の好敵手は気になるのだろうか。「いや、女。バロンにエブラーナが攻め込んできた時に、逃げられてな?」
「・・・別にどこの誰がどうなろうと興味はないが―――アンタの剛拳が女の身体を直撃すれば、文字通り砕けるぞ」
「加減はするわい! ・・・というか、パワー全開でブン殴ってもまずあたらんじゃろうな」そう言って、軽く拳を握り、素早いジャブをしてみせる―――と、バルガスの顔面にクリーンヒット。そのままどさりと倒れた。
倒れたバルガスを見下ろして、悪びれる様子もなく「軟弱じゃのう」などとのたまうダンカンに、ロックは身の危険のようなものを感じて、「じゃ」と手を挙げる。「もうすぐ出発だし、そろそろ城に戻るわ。クラウド、元気でな」
「・・・ゴルベーザとの決戦には俺を呼べ。勝手に倒すな」
「そいつはセシルに言ってくれ」そう言いながら、ロックが部屋を出ようとした時。
「ちょっと待て!」
今まで黙っていたマッシュが声を上げる。
なにやら神妙な面持ちで、ダンカンに向き直る。「師匠! 俺もこいつらについて行っても宜しいでしょうか!?」
「ほほう? 別に構わんが、何故だ?」
「俺の故郷のことは知っているでしょう? 強大な軍事国家に立ち向かい、打倒したセシル=ハーヴィという男の戦いを見届けたいのです!」マッシュの熱い決意を聞いて、ロックはずっと引っかかっていたことを口に出す。
「強大な軍事国家って・・・なあ、お前。やっぱりフィガロの―――」
最後まで言いかけて―――止める。
「ま、良いんじゃないか? 一人くらい増えたって。自分の身は自分で守れるならさ」
「当然!」マッシュは頷く。ダンカンも軽く頷き返して。
「まあ、構わんよ」
「有り難う御座います!」マッシュはダンカンに深く深く頭を下げる。
「そうと決まったらさっさと行こうぜ」
「応! よろしく頼む―――ええと」
「ロックだ。ロック=コール」
「俺はマッシュ! ・・・下の名前は捨てた」マッシュの言葉に、事情を思い当たるロックは小さく苦笑。
だがなにも詮索しようとはしない。「OK、よろしくな。マッシュ―――」
******
「・・・まだ目を覚まさんのか・・・」
バロン城。
バッツの寝かされている客間に、テラは来ていた。決闘が終わって、丸1日断つのに、バッツは未だに目を覚まさない。
・・・とはいえ、それほど深刻な事態でもない。
本当にただ眠っているだけなのだ。バロンに来てから、レオ=クリストフ、セシル=ハーヴィという、バッツにとって最大の強敵二人を相手にして、戦い抜いたその疲労を癒やそうと眠っているだけ。「一応、叩き起こせば目を覚ますとは思いますが―――軍医はこのまま安静にしておくべきだと言っています」
その場にはテラの他にもう一人、ベイガンの姿があった。
「同感だな。ムリを通せば身体は壊れる―――さっき、クラウドにも似たようなことを言ってきたばかりだ」
「クラウド?」
「私の連れだ。ゴルベーザに少し借りがあってな」
「・・・ゴルベーザ、ですか」その名前を、微妙な面持ちで呟く。
「娘を失った貴方にいうのもなんですが―――私は、あの男が真に悪い人間とは思えないのです」
「ほう?」
「私がゴルベーザに従っていたのは、惑わされ、操られていたからですが―――しかし、それでもあの時はニセモノのバロン王よりも、ゴルベーザに忠誠を誓っていました」
「それこそ惑わされていたということではないか? 首魁はニセ王ではなく、あの男だったのだろう」テラの表情が少しずつ険悪になっていく。
だが、ベイガンは愚直に己の感じたことを口にする。「しかし、あの男には、セシル殿とどこか似た印象を受けるのです」
「セシルはあの男ほど非道ではないぞ。ミシディアとダムシアンを比べてみれば、一目瞭然」
「やっていることは同じでしょう。セシル殿もゴルベーザも、飛空挺の威力を見せつけて、抵抗する気力をそぎ落としてからクリスタルを奪い取った」
「・・・程度が違う。ダムシアンでは何人死んだと思っている!?」
「一つの国で見れば。・・・しかし、ダムシアンを徹底的に潰したのは、ファブールに対する牽制だと思えば・・・」
「牽制だと?」
「はい。ファブールのモンク僧は、皆、正義の志を秘めています。故に徹底抗戦は必死。その抵抗力を奪い、クリスタルを素直に差し出させるためだったかもしれません。ダムシアンを攻めた時には赤い翼だけだったのが、ファブール攻城戦の時には、陸兵団に暗黒騎士団まで動員しています。それは、ファブールを短期決戦で落とし、被害を少なくさせるための―――」
「馬鹿馬鹿しい!」テラが怒鳴った。
そこに至って、初めてベイガンはテラの怒りに気づく。「も、申し訳ない! テラ殿のお気持ちを考えずに・・・」
「ゴルベーザが悪人だろうと善人だろうと、アンナを殺したことは間違いない! なんと言われようが、私は命に代えてでもヤツを―――」
「い、いえ私が言いたいのは違います」
「なに?」
「ゴルベーザの本性がどうであれ、打倒するべきだと思います。―――許されてしまった私が言えることではないかもしれませんが、例え善人であろうと罪をおかしたのは事実」
「なにを言いたい?」
「私は、あの男もまた操られているだけではないのかと思うのです。私やニセモノのオーディン様が、ゴルベーザに操られていたように・・・」
「ゴルベーザを操っている黒幕が居ると?」テラの言葉に、ベイガンは頷かなかった。
彼もなにか根拠があって口に出したことではない。「・・・例え、ゴルベーザが諸悪の根源であろうとなかろうと、私はあの男を倒す。絶対にな」
そう言って、テラは寝室を後にする。
重い決意を胸に秘めて。
******
「それでは将軍はここに残ると?」
ヤンの言葉に、レオは頷いた。
「元々私は外から来た身。フォールスの争いに関わるつもりはない」
「その割には、積極的に戦いに参加していたようだが?」ヤンが言うと、レオは苦笑。
「暇を持てあましていたからので。―――武人の性か、戦と聞くと血が騒いでしまう」
「今はそうではないと?」
「いや」レオは否定。
「血が騒がないこともない―――ただ」
「ただ?」
「あちらにはセリス将軍が居る。流石に、身内同士で戦うことは避けたい」
「将軍がいれば、その戦いも避けられるだろうに」ヤンが言うと、レオは首を横に振る。
「悪いが貴公らのために、セリス将軍を説得する気にはなれんな。その義理もない。なによりも私がセシル=ハーヴィと雌雄を決したいと思っている」
「我々の敵になると?」
「私がこの城に留まるのは、私なりのケジメであると察して欲しい。―――残念だと自分では思うが、私はセシル=ハーヴィの味方になる理由もない上に、私が戦いたがっているのは、ゴルベーザ殿の陣営よりも、むしろこちらにある」セシル=ハーヴィとバッツ=クラウザー。
どちらも、シクズス最強とまで呼ばれたレオ=クリストフに、土を付けた人間だ。
レオ=クリストフは武人である。故に、自分は誰よりも強いはずだという矜恃がある。味方になれば心強いとは思うが、敵にならないだけ僥倖というものかもしれない。
「しかし、将軍が来なければ、我々は貴方の身内と戦い、倒してしまうかもしれません」
もしかしたら殺してしまうかもしれない―――そう言った意味合いもこめてヤンが言う。
だが、レオは動じることなく。「甘く見ないことだ―――」
「・・・!?」
「昨日、バルバリシア殿の話から察するに、セリス将軍はセシル=ハーヴィに敵意を見せているようだ。ならば伝えておくことだ。彼女を甘く見ないことだ、と―――」
******
バロン城、謁見の間―――へと続く、渡り廊下。
その渡り廊下にセシルは居た。セシルの目の前には、セシルを助けるために石化してしまった双子の姿がある。
もうすでに、無事にセシルは助かったというのに、それが解らずに双子の石像は壁を抑え続ける。
二つの石像を前にして、セシルは一言も口には出さずに、じっと立ちつくしていた―――バン。
と、不意に渡り廊下の扉が開かれる。
広間へと続く扉だ。
振り返ると、信頼できる部下―――元部下が、扉を押しのけて廊下に入ってくるところだった。「隊長! こんな所にいたんですか」
「あのさ、地下室の時からずっと気になっていたんだけど、僕はもう隊長じゃないよ?」セシルが言うと、ロイドは真面目な顔をして首を振る。
「俺にとっては隊長ですよ―――呼ぶのは勝手でしょう?」
「そりゃ、勝手だけどさ・・・」
「愛称みたいなモンだと思っていてください―――で、なんでこんな所に? そろそろ出発ですよ」
「あ、うん、すぐ行くよ」ロイドに促され、セシルは頷く―――が、動こうとはしなかった。
「隊長・・・」
「いや、ごめん。もう少し待ってくれ」
「俺は良いですがね」
「ごめん」と、謝って、セシルは再び石像に向き直る。
「セシル隊長を助けてくれた双子ですか。聞きましたよ。隊長を助けるために、自ら石になったって」
「うん」
「隊長、そういうの嫌いでしょ?」
「・・・ああ、嫌いだね」ロイドの言葉にセシルは即答した。
「最初、彼らのこの姿を見た時、僕は “なんて馬鹿なことをした” と言った。けれど、僕が言うべき言葉はそうじゃないと言われた。―――だから、考えていたんだ。僕が、僕を命がけで助けてくれた双子に、なんて言うべきなのか」
「馬鹿野郎で良いんじゃないですか」セシルの言葉を聞いて、ロイドが即答する。
ロイドを振り返ってみれば、彼は本気でどうでも良さそうに扉に背を預けてこちらを見ていた。「最初、隊長は命がけで命を救ってくれた双子を馬鹿だと思ったんでしょう? だったら、きっとそれが言うべき事なんでしょうよ」
「でも、そうじゃないとも言われたけど」
「それはそいつの勝手な言い分でしょう?」
「・・・そうか。そうだね」苦笑して、セシルは再び双子へと向き直る。
「バッツと戦って、そして負けて―――けれど、やっぱり僕の想いは変わらない」
一息。
「君達はとても馬鹿なことをしたんだ。僕なんかの命を救うために、自分達を犠牲にするなんて。僕は君達を褒める気にもならなければ、認める気にもならない」
馬鹿。と言いながらも、最初に石像へ同じ言葉をぶつけた時のように、苛立ちや嘆きはなかった。
ただ穏やかに微笑んで、セシルは続ける。「だから、僕は君達のことを褒めることも、認めることも出来ない―――」
バッツが聞いていたら、なんと言うだろうか。
また怒るだろうか。と想像しながらセシルは続ける。「・・・だけど、君達のお陰で僕はまだ戦える―――倒すべき敵に立ち向かい、愛しい人を助けるために飛び立てる。だから―――」
息を止め、セシルは言葉を溜める。
その言葉が正しいのかどうか、自分でも半分は疑問を感じ、しかしもう半分は今の素直な気持ちだと確信する。「―――ありがとう」
その一言を告げた後、セシルは身を翻す。
自分の方へと向かってくる隊長に、ロイドはしみじみと頷いた。「やっぱり隊長だなあ」
「なんだいそれ?」
「いやあ、しばらく会わないうちに、随分変わったような気もしたけど―――やっぱり変わらない、俺の知ってるセシル=ハーヴィだったなと」ロイドは苦笑。
「命の恩人に礼一つ言うのにも真剣に悩む―――相変わらずだなと思ってさ」
「相変わらずって、別に僕はありがとうって言うのに悩んだ覚えはないけどな」
「礼を言うにしても何にしても、 “命” に関わることにいちいち真剣になるのが、隊長の美徳であり、面白いところだと思って居るんですけどね」言葉通り、面白そうに笑うロイドに、セシルは少し不機嫌そうな顔になる。
「誰だって、生死に関わることには真面目になるだろう?」
「自分自身の生死に関わることならね―――それでも隊長は必死になりすぎだ。もうちょっと気楽に考えても良いと思いますけどね」
「悪いけど、性分だよ」
「だから言ったでしょう? 相変わらずだって」ロイドに言いこめられ、セシルは押し黙る。
そんなセシルを見て、ロイドはさらに可笑しそうに笑う。セシルが吐息する。「君も、相変わらずだ」
「それは嬉しい言葉ですね」
「皮肉だよ。わかってると思うけど」
「はい、もちろん」すんなり頷くロイドに、セシルはもう一度吐息して、渡り廊下を出る。
その後にロイドが続いた。バタン、と扉が閉められて、廊下には双子の石像が残された。
―――その石像は、英雄を護るために我が身を犠牲にした、勇敢な子供達の石像だった。
迫り来る壁を、押しとどめるように手を突いて。
その表情は必死に、強い決意を表して――――――だけど、ほんの少しだけ、嬉しそうに口元をほころばせた、双子の姿―――