第13章「騎士と旅人」
V.「三つの条件」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城下町・共同墓地

 

  “決闘” から一夜明けて―――

 セシルはまだ陽が顔を出したばかりの頃に目を覚ました。
 ベッドから半身を起こして、少しの間ぼーっとする。
 
 バッツとあれだけの戦いを繰り広げたというのに、身体の調子はいい。
 それというのも、昨晩寝る直前に、回復魔法を使ったからだ。

「・・・というか、なんで僕、魔法なんて使えるんだ・・・?」

 今までは使えなかったはずの白魔法を、セシルはいつの間にか使いこなしていた。
 まだまだポロムにも及ばない程度の魔法ではあるが。

 思えば、ニセバロン王と戦った時にも、セシルは転移魔法を使っていた。
 さらに、半分失敗に終わったが、セリスの使っていた魔封剣まで。

 使った時は、使えることを不思議に思わなかったが、今になって疑問を感じる。

「まー、パラディンになった恩恵じゃろうな」
「エニシェル」

 少女はいつの間にかベッドの淵にちょこんと腰掛けていた。
 そのことには大して驚きもせずに。

「パラディンの恩恵・・・?」
「そう。パラディンとは光の騎士。ならば、同じ光に属する魔法を扱えても不思議はあるまい」
「じゃあ、魔封剣は?」
「マフウケン?」

 セシルに問われ、エニシェルは首を傾げる。
 が、やがて「ああ」と思い出したかのように手を打って、

「双子の合体魔法を引き寄せたアレか。とんでもない無茶しよるヤツじゃ。ヘタすれば身体が消し飛ぶところじゃったぞ」
「消し・・・」

 消し飛ぶ自分の姿を想像して、セシルは絶句した。
 頭を振って、その想像を頭から追い出す。

「消し飛ぶっていうのは言い過ぎじゃないかな。一応無事だったし」

 セシルが言うと、はあーーーーーーーー、とエニシェルは盛大に溜息をついた。

「貴様、自分が何をやったか理解しとらんようじゃのう」
「え?」
「貴様がやったのは、己の魔力を呼び水にして、魔法を自分に向けて、身体を覆う魔力ゼロにして引き寄せた―――そうじゃな、避雷針というのを知っているか? あの状態が一番近い」
「へえ」
「・・・まだわかっとらんのか。あらゆる生物は、魔法を使えなくとも魔力を持っている。その魔力が、魔法を受けた時の抵抗力となる。それをゼロにして直撃させたんじゃ。どんな程度の低い魔法でも致命的な一撃になりうる―――それをあんな強力な合体魔法を・・・!」
「ごめん! ごめんってば!」

 その時の事を思い返したのか、エニシェルの声音が段々と険悪なものになっていく。
 反射的にセシルは頭を下げて謝っていた。
 対してエニシェルはまたもや吐息。

「まあ良い。済んだ事じゃ―――たまたま、妾のガードが間に合い、かつ双子が頑張ったお陰で生き長らえたしの」
「ああ、やっぱりエニシェルが護ってくれたのか」
「ただし、また考え無しに同じ事をやったなら、助けんからな。そのまま死ね」

 喉元にナイフを突き付けられたような、鋭く冷たいエニシェルの言葉にセシルは苦笑。

「・・・しかし、魔封剣とか言ったか? どこでそんな芸を身につけたんじゃ?」
「芸って・・・・・・いや、知り合いが一度だけ使ったのを見ただけなんだけど・・・パラディンになる前に」
「成程。おそらくその時の事を無意識に覚えていたのだろうな。そして、魔法を使えるようになって、その知人とやらがどういう事をしたのかおぼろげながらに理解して、使うことができた、と」
「不完全だったけどね。彼女が使った時は、魔法を吸収して自分の力にしたみたいだった」
「ふむ? 吸収というとドレイン系の応用か? ・・・・・・なんにせよ、妾も知らぬ芸じゃな。機会があれば一度見てみたいものだ」

 エニシェルの言葉に、セシルは部屋の外に目を向けた。
 薄ぼんやりと明るくなった外。
 空を見れば、まだ天頂部は暗く、星の瞬きが見えた。

「見れるんじゃないかなー、きっと。彼女は僕たちが向かう先に居るとおもうよ」
「ふむ・・・・・・あ」

 頷きかけて、エニシェルはまたもやなにか思い出したかのように手を叩く。

「忘れておった。セシル、お前に伝言じゃ」
「伝言?」
「―――ほら、あのベイガンとかゆったか? あの男に、貴様が起きたら伝えてくれと言われた」
「ベイガンに?」
「うむ。なんでも “共同墓地で待つ―――” だそうだ」
「墓地?」

 さっきから疑問詞ばかりだなと思いつつ、セシルは首を傾げた―――

 

 

******

 

 

 共同墓地はバロンの町はずれにあった。
 城でチョコボを借りて、街へと向かう。セシルの後ろにはエニシェルも乗っていた。

「セシル一人で、とは言われんかったからのー」

 などといいつつ。

 墓地の入り口に着く頃には、もう陽は完全に姿を現していた。

「目覚めたばかりだというのに申し訳ない」

 墓地の前でベイガンが待っていた。
 チョコボから降りたセシルに軽く一礼して詫びて、エニシェルに向かって「ご苦労様でした」と会釈する。

「いえ。気にしてないよ―――それで、なにか?」
「あなたに紹介したい―――・・・いえ、紹介しなければならない人がいるのです」
「紹介しなければならない人・・・?」

 ベイガンはこくりと頷く。

「・・・オーディン王には秘密にするようにと念を押されていましたが、その王も亡くなってしまった―――そして、貴方も立派な騎士として成長した。ならば、貴方は知るべきだと想い、伝えます」
「? 王に口止めされていたって・・・?」
「あなたの出生に関することです」
「!」

 思っても見なかったことがベイガンの口から飛び出て、セシルは目を見開く。

「僕の・・・出生・・・?」
「・・・ついてきてください。この先で全てをお話しします―――が、もしも何も知りたくないというのなら、強制はしません。このまま城へお戻りください」

 その言葉を残して、ベイガンは踵を返してセシルに背を向けると、墓地の奥へと歩み始めた。
 セシルは、しばしそれを呆然と見送っていたが。

「行かぬのか、セシル?」

 エニシェルの言葉で我に返る。
 セシルは一度だけ、後ろに居るエニシェルを振り返ると―――

「行くよ」

 意を決したように、ベイガンを追って歩き始めた。

 

 

******

 

 

 自分の出生に関して、セシルは考えることすら忘れていた。

 子供の頃は、夢にうなされるくらい悩んだ覚えがある。
 自分にはどうして親が居ないのか。捨てられたのか、それとも死んでしまったのか。
 親はどんな名前で、どういう人で、どういう顔をしていたのか―――自分は父親似なのか、それとも母親似なのかなんてことまで悩んだりした。

 何度自分を育ててくれた “神父” に尋ねようと思ったか解らない。
 でも聞こうとするたびに、聞くことは出来なかった。

 自分の出生を知るのが怖かったというのもある。
 親に捨てられた―――自分が生まれてはいけない子供だったりしたらどうしようかという恐れもあった。

 けれど、一番訊くのを躊躇わせたのは、神父の表情だった。
 セシルが親のことを尋ねようとするたびに、それを察したのか、とても寂しそうな哀しそうな顔をした。
 だから、結局訊くことは出来なかった。その時のセシルにとって、 “神父” は特別な存在で、なによりも大切な人だったから。大切な人を哀しませるようなことは、絶対にしたくなかった。

 神父が亡くなって、永遠に訊く機会を失ってからは、なるべくそのことについて考えないようにしていた。

 人は死ぬということを知らなければならない。
 神父の教えてくれた言葉は、生まれた時のことよりも、これから生きることを考えろと言ってくれたような気がしたからだ。

 とはいえ、ローザの母親からは顔を合わせる毎に「親無し、親無し」と蔑まれ、それなりにへこんだりもしたが。
 まあ、あれは娘を思うが故の母の愛だと、セシルは自分を納得させる。
 自分の愛娘を素性の知れない、どこの馬の骨かも解らない男と付き合わせたくはなかったのだろう。

 

 

******

 

 

 墓地を歩く。
 綺麗に手入れされた青い芝生が広がり、その上に理路整然と並べられた石墓が並べられている。
 墓守が仕事熱心なのか、墓のどれもが綺麗に磨かれ、墓地だというのに妙に清々しさを感じてしまう。
 土の下に眠ってる者たちには迷惑かもしれないが、朝の散歩するには申し分ない場所かもしれない―――と思って見れば、墓地内の歩道をゆっくりと散歩する老人の姿がぽつりぽつりと見かけた。
 時折、すれ違う散歩する街の住人に会釈しながら、セシルは昔のことを思い返す。

 セシルがこの墓地に足を踏み入れるのは数えるほどしかない。
 一番記憶に残っているのは、軍に入る直前。
 カインの父親が “死んだ” とされた時だ。
 とある魔物との戦いで、カインの父であるアーク=ハイウィンドは、自分の愛竜と共に行方不明になった。それから数年が経ち、アーク=ハイウィンドは “戦死” と断定された。

(・・・その時のカインの表情は忘れようにも忘れられない・・・)

 セシルは思い出す。
 鋭く、墓を睨付けるようにして佇んでいたカイン。
 それが涙を堪えているのか、それとも父に負けない竜騎士になることを決意していたのか―――それとも、違うことを考えていたのか。
 ともあれ、カインは墓を見つめたまま動かなかった。
 周囲ですすり泣く声が響く中、一人だけ涙を浮かべることもなく、嘆くこともなく、無言で。

「―――セシル殿?」
「えっ・・・?」
「なにか、考え事ですかな?」
「いや・・・・・・ここは?」

 いつのまにかベイガンは足を止めていた。
 釣られたように、自分も立ち止まっている。

 そこは一つの墓の前だった。
 他のと変わらない、なんの変哲もない墓だ。
 墓石には短く “ビアンカ” とだけ刻まれている。

「この名前は・・・?」

 その名前に、セシルは覚えがあった。
 オーディンがセシルの身体に乗り移っていた時に口走った名前だ。それをおぼろげな夢として、セシルは覚えていた。

「・・・何故、オーディン王に下の名前が無いかご存じか?」

 ベイガンの問いに、セシルは首を横に振る。

 バロンでは名前を表すのは個人名(ファーストネーム)と、一族を表す家名(ファミリーネーム)の二つだけで、それもファミリーネームを持つのは、功績があり家柄を認められた一族だけである。なので、基本的に町人にファミリーネームはない。

 不思議には思っていた。
 オーディン王の下の名前など聞いたことがない。
 王であるから王家の名があるはずなのだが。

 セシルが物心ついた時から、この国はオーディン王が治めていた。
 そして、セシルの記憶にあるかぎり、王が家名を名乗った覚えがない。

「この墓がその理由です。この墓は、王が唯一愛した女性が眠る場所―――王は愛する人の死と共に、家の名を永遠に捨てたのです」
「名を、捨てた・・・?」
「はい。彼女は王が唯一愛した女性。その愛ゆえに、その女性を亡くしてしまった時に、王は悲しみに暮れ、そして生涯彼女以外の者を愛さず、誰とも家庭を持たぬという意志を込めて、王家の名を捨てたのです」
「うわ」

 思わずセシルは呆れた声を出す。
 ベイガンが眉をひそめた。それを見て、セシルは慌てて弁解する。

「い、いや、馬鹿にするつもりはないんだけど、でもまあ、なんというか」

(―――僕が死んだらローザも似たようなこと言い出しそうだ・・・なんて思ったということは黙っておこう)

 ベイガンの前でなければ、苦笑の一つでもしていたかもしれない。

(いや、ローザだったら名前を捨てる前に命を捨てるか)

 思い直す。
 そして、そんなことを平然と想像できる自分に少しだけ驚いた。

(昔の僕なら、きっとローザがそんなことを言い出せば、怒っていたかもしれない)

 実際、怒ったような覚えもある。
 自分なんかのために命を捨てるということを、なんと馬鹿げた事だろうと思ったかもしれない。
 今も、他の誰かが自分のために命を賭けるといえば馬鹿だと思うだろう。

 バッツに決闘で敗れたが、それでも自身を石化してまで救ってくれたミシディアの魔道士に褒めてやる気には、到底なれない。

 けれど、ローザは別だった。
 ローザがセシルのために命を投げ出すことは、最早、息を吸って吐くことよりも当たり前のことだった。

(凄い心境の変化だな、僕。・・・これが受け入れると言うことかな?)

 カイポの村で、セシルはローザの愛を受け入れた。
 ファブールで、セシルとローザは “契約” した。

 だから、セシルはローザの全てを受け入れられる。
 自分のために死ぬというローザの想いを受け入れられる。

 目の前でローザが自分を庇って死んだとしても、セシルはなんとも思わないかもしれない。
 愛しい人の命を奪った者を怒り、憎むこともせず、愛しい人を失ったことに嘆きも悲しみもせずに。
 ただ、当然だと思ってしまうような気がする。

(それは、それで怖いなあ・・・)

 どこか自分の正常な部分が、自分自身に対して恐れを抱いている。
 愛しい人を失う事を、平然と想像できる自分を。覚悟することなくただ受け入れられるだろうと思える自分を。

 

 ―――大切な人、ね。よくもそう言うことが言えるわね、一度は見捨てておいて。

 

 昨日のバルバリシアの言葉が思い返される。
 彼女の言うとおり、セシルはローザを見捨てたのかもしれない。
 ローザと引き替えだと言われた、風のクリスタルをバッツに預けてゴルベーザから遠ざけようとした。

 あの時はバロンの城がゴルベーザの本拠地だと思っていたので、クリスタルを遠ざけて時間稼ぎしている間に、バロンの城を落としてしまえばローザを救い出せると踏んでいたが。
 その一方で、取引を無視したせいでローザが死んだとしても、あっさりと受け入れてしまったのかもしれない。

 そして昨日の取引もまた、土のクリスタルとローザを引き替えることを承諾したのは、ローザを救い出すというよりも、ゴルベーザに近づくための手段だと考えている自分が居る。

(最低だな)

 自嘲が自然と心に浮かぶ。

(彼女が怒るのも無理はないか)

 

 ―――今ならセリスの気持ちが良く解るわ。―――初めてよ、自分には関係ないことで、こんなに悔しいと感じるのは。

 

 怒りとともに吐き出されたバルバリシアの言葉。
 そして、セリスもまた同じ気持ちでいるらしい。

 そのことに対して、セシルはとても―――とても―――とても、嬉しく感じると同時に、呆れた。

(全く、ローザ=ファレルという人は、なんという人なんだろう! あのバルバリシアという女性は敵のはずだ。セリスだって味方とは言い難い。だというのに、同情され、悔しさを感じてもらい、最低な恋人に対して怒りを覚えてる。本当に、なんという人なんだろう!)

 ここが他の人の目があるところではなく、そして墓地でなければ、今すぐに盛大に笑い出したいとセシルは思った。

「セシル殿?」

 険悪な表情でベイガンがこちらを睨付けていた。
 どうやら、笑みが顔に出ていたらしい。
 セシルはコホン、と咳払いをして、

「あー・・・それで、そのオーディン王の恋人がどうして僕に関係が―――」

 尋ねかけてはっとする。

(ベイガンは僕の出生に関することと言った。なら、まさか・・・)

 どくん、と心音が高くなるのが聞こえた。
 まさか、とも思いつつも、ある種の期待感がうずまく。

「まさか・・・彼女は、僕の・・・僕の母親・・・?」
「違います」

 あっさり否定されて、セシルは肩をコケさせた。

「え、ええと・・・じゃあ、僕の出生の秘密って・・・?」

 気をそがれ、半笑いになりながらセシルは尋ねる。
 対してベイガンは、表情を崩さずに、厳粛な声の調子で答えた。

「ビアンカ様は貴方の母親ではありませんが、彼女が居なければ貴方はここに居なかったでしょう」
「・・・え・・・?」
「彼女は、貴方の命の恩人なのですよ」
「・・・え・・・? でも、僕はビアンカなんて人は知らない・・・」

 呟きながら、必死で思い出そうとする。
 ビアンカなんて名前は記憶にない。だが、ベイガンが嘘を言っているとも思えない。
 だから、否定しつつも思い出そうと記憶のタンスをひっくり返す―――が、思い出せない。

「まあ、知らないでしょうね。何故なら、彼女は赤ん坊だったセシル殿を、自分の命と引き替えに救ったのですから」
「―――!」

 赤ん坊の頃のことだ。
 覚えているはずがないとはいえ、知らなかったことに衝撃を覚える。

「なんで・・・そんな大事なことを教えてくれなかったんだ!」

 疑いもせず、ベイガンのいうことを真実だとして、セシルはベイガンに詰め寄った。
 半ば激昂しかけたセシルに詰め寄られながらも、威圧されることなく彼は答えた。

「言ったでしょう? オーディン王に口止めされていたと―――私自身、この話を知ったのは私が勝手に調べただけのこと。毎年決まった日に供もつけずに一人でこの墓を訪れる王に気づいて、墓に眠る人のことを調べ、そしてあなたに辿り着いたのです。だから、どういう敬意でビアンカ様がセシル殿を庇い、命を失ったのか、詳細までは解りません」
「・・・・・・っ!」

 言い様のない混沌とした感情が渦を巻く。
 たった今、自分のために命を捨てる人のことを考えたばかりだった。

 セシルは墓を振り返る。
 自分の目の前にある小さな墓の下に、顔も知らない、名前だってついさっきまで知らなかった―――だけど、自分の命を救ってくれた人が眠っている。

 本来なら、感謝するべきなのだろうと思う。
 けれど、ありがとう、という言葉は出そうとしても出なかった。

 がくり、と膝をつく。

 いきなり突き付けられた事実に、セシルは体中の力が抜けていくのを感じていた。

「僕が・・・殺したのか・・・」

 ぎゅっ、と生えていた芝生を拳で握る。

「僕がッ! オーディン王の大切な人を・・・ッ! 僕のせいでッ!」

 墓の前で膝を折り、突っ伏して嘆くセシルに、誰もなにも答えない。
 ベイガンは静かにセシルを見下ろして、エニシェルはふらふらと飛んでいる黄色い蝶を追いかけ回していた。

 しばらく、ベイガンは突っ伏したままのセシルを見下ろしていたが―――

「死にますか?」
「!」

 見上げれば、ベイガンが冷ややかな目で見下ろしてきていた。

「貴方のせいで、大恩ある王が王家の名を捨ててしまうほどに、大切な恋人は死んでしまった―――そして、王自身もこの世にはもういない。償うには、もはや貴方も死ぬ以外にはない」
「それは・・・」
「もう一つ、ショックなことを教えましょうか。このビアンカという女性―――実は、貴方を育てた “神父” の一人娘でした」
「な―――」

  “事実” が剣となってセシルの胸を抉る。

「貴方は、自分の育ての親と、騎士に取り立ててくれた恩ある王、二人のこの世で一番大切な人を殺した。貴方のせいで死んでしまったのです! それを知った貴方はどうしますか?」

 言い捨てて、ベイガンは腰の剣を抜き放つと、セシルの眼前に突き立てた。
 ざくり、と芝生に突き刺さる、心地よい音が響く。

「死ぬというのならその剣をお使いなさい。自害がイヤだというのなら、私が介錯しましょうか?」
「・・・・・・もういい」

 セシルは吐息して、立ち上がった。
 その表情は、どこか力なかったが、先程のように嘆いてはいない。

「悪かった。無様を晒してしまってすまない」
「・・・・・・」

 セシルの言葉に、ベイガンは無言で地面に突き立てた剣を引き抜くと、腰に差し直す。
 それから、ふう、と息を吐いて、首筋の汗を腕で拭った。

「本当に自害されたらどうしようかと思いました」
「だったら剣を抜かないでくれ」
「あのまま嘆き続けるままなら、死んで貰った方がマシです」
「うわ、恐ろしいこと言うなあ。僕にとってはかなり衝撃的な事実だったんだけど」

 と、セシルは苦笑する。
 ベイガンは肩を竦めて。

「確かに衝撃的だったでしょうね。ですが、貴方は衝撃に流されて、大事なことを忘れるような人ではないでしょう? 貴方は―――」

 一息。

「―――貴方は、愛されていたのですから」

 セシルは今までビアンカという女性の事を知らなかった。
 彼女の父親に育てられ、彼女を愛した王に仕えていたというのに、名前すら知らなかった。

  “神父” もオーディン王も、セシルに彼女の事を秘密にしていた。
 それは、セシルのことを大事にしていたからに他ならない。
 セシルのために、愛しい人が死んでしまった―――そんな負い目を、セシルに負わせたくなかったからだ。

「愛されていた、なんて言葉だけで全て飲み込むことは出来ないけどね。もっと早くに知っていれば、何か出来たかもしれない―――ああ、くそっ。当事者達が皆死んだあとにこんな事を知るなんて!」
「怒っているようですね」

 何故か楽しそうにベイガンが訊いてくる。

「当然! もっと早くに知ることが出来れば、ビアンカさんを亡くした悲しみを和らげるために、なにか出来たかもしれないというのに!」
「十分でしたよ」

 ぽん、と宥めるように、セシルの肩にベイガンが手を置いた。

「 “神父” 様も、オーディン王も、貴方のためにビアンカ様のことを秘密にしていました。―――ですが、秘密にできたのは、貴方という人が居たからですよ。ビアンカ様の代わりに貴方がいたから、彼女のことを思い出すことも少なかったのでしょうから」
「 “代わり” なんてできないよ。僕は彼女じゃない」
「そうですか? 少なくとも、貴方のことを話すオーディン王は、いつも楽しそうでしたよ? 貴方が成長し、功績を残すたびに、まるで自分の息子のように、それはもう嬉しそうに」

 自分こそ嬉しそうに話すベイガンに、セシルは怒って良いのか照れて良いのか、複雑な表情で顔を手で伏せる。

「ああ、ちなみに。城下町でチンピラに絡まれていたビアンカ様を、通りがかったオーディン様が助けたのが出会いのキッカケだとか」
「そりゃまたベタな出会い方だね」
「一目見た時から、互いに相思相愛だったそうですな。しかし、 “神父” 様は二人の交際を認めなかった―――だから、王はビアンカ様と共に、駆け落ちしたそうです」
「・・・そして最後は悲劇、か。小説か演劇にでもなってそうな話の展開だ」

 セシルが言うと、そうですね、とベイガンは頷いた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 沈黙。
 辺りには、芝生の上を跳ねるカエルを捕まえようとはしゃいでいるエニシェルの声だけが響いた。

「・・・それで?」
「はい?」
「ここまで話してそれで終わりってわけじゃないだろう? 誰よりも王に忠義を尽していた君が、王が亡くなったからといって、軽々と秘密を漏らすとは思えないな」

 セシルに言われ、ベイガンは「ハハハ・・・」と笑う。

「流石は鋭いですな」
「お世辞は良いよ。まったく、わざとらしい―――こんなのバッツだって解るさ」
「・・・ビアンカ様は、死の間際、オーディン王に遺言を残しました」
「遺言?」
「ええ―――」

 頷き、ベイガンは真っ直ぐにセシルを見つめて、その遺言を口にする。

「――― “バロンの王になってください” 」
「・・・・・・」
「 “立派な王になってください” ―――それが、ビアンカ様の最後の言葉だったそうです」
「・・・・・・」

 セシルは無言を返す。
 だが、ベイガンは構わずに続けた。

「セシル殿。バロン王となってくだされ!」
「何故、僕が? 確かにオーディン王に血縁は居なかった。だけど―――」
「セシル殿しかいません。オーディン王の後継者であるあなた様しか!」
「後継者って・・・僕は何も・・・・・・」

 しどろもどろになるセシルの言葉に対し、ベイガンは首を大きく横に振った。

「昨日の決闘を見て確信致しました! 結果的には負けましたが、あの “斬鉄剣” はオーディン様のものと同じ!」
「いや、同じ技が出来たからって―――だいたい、あれはたまたまオーディン王が僕の身体に乗り移ったから、身体が覚えていただけで」
「王が乗り移ったのも、縁―――いや、運命というもの! それに知っておりますぞ。セシル殿は、オーディン様に近づくべく、居合いの技など王の剣技を必死で習得しようと訓練していたことを」
「あれは、オーディン王の強さに憧れて―――」
「ともかく! セシル殿! これからのバロンは、貴方の双肩にかかっているのですッッッッ!!」

(む、無茶苦茶だ。強引すぎる・・・)

 このまま後ろを向いて逃げようかとも思ったが、そんな事をしても追い掛けてくるだけだ。

(なんて衝撃的な朝なんだろうなあ)

 自分の出生の秘密。ビアンカという女性。王と神父の意外なつながり。
 そして極めつけは “王になれ!” だ。

「・・・・・・わかった」
「おお!」

 観念したようにセシルは頷いた。
 それを見て、ベイガンは驚喜する。
 果たして、今この場をカインが見ていればなんと言うだろうか?

「いや、流石はセシル殿! きっと引き受けてくれると信じておりました! いや、これで何の心配もなくなりました。バロンの明日は明るい出すぞー!」

 などと笑うベイガンに、セシルは三本の指を突き付ける。

「・・・? セシル殿?」
「君の望むとおりに王となるよ―――だけど、条件が三つある」
「三つも!?」
「イヤなら止めるけど」
「むう。・・・わ、わかりました―――で、条件とは?」
「一つは、僕が王と認められること」

 セシルの出した条件に、ベイガンは首を傾げる。

「いや、私はセシル様以外に王はいないと―――」
「君以外の人だよ。君一人が僕を王と認めても仕方ないだろう? 城の大臣や騎士達が僕を認めてくれなければどうしようもない」
「ああ、なんだそんなことですか」
「え・・・? そんなことって・・・」

 てっきり、この一つ目の条件からしてムリだろうと思っていた。
 位の低い騎士達は認めてくれるかもしれないが、偉い騎士ほどセシルのような家柄もなにもない若輩者を疎ましく思っているはずだ。大臣達も然り。
 だが、ベイガンはなんでもない事のようにあっさりとスルーした。

「それで、次の条件は?」
「え? あ、ああ・・・ええと、これから僕は土のクリスタルを手に入れて、ローザを救い出さなければならない。それまで王になる気はない」
「解りました。愛しい人を助け出したいその気持ち、このベイガンにも痛いほどに解ります」

(いや、多分解らないと思う)

 セシルは心の中で苦笑する。

「最後の条件は?」
「最後の条件が一番簡単だよ。―――はっきり言って、僕は王になる自信がない」
「自信はこれからつければいいのです。なにも一人で国を背負う必要はないのですから。騎士や大臣達も助けてくれるでしょう」
「まあ、そうかもしれないね」

(僕が王と認められればだけど)

 ベイガンの自信は謎だが、セシルは自分が王と認められるとは思えない。

「まあ、そんな初心者王様のためにはとても頼りになる側近が必要だろう」
「成程。つまり、信頼できる側近が欲しいと? 解りました。セシル王のために、優れた人間を選出し―――」

 ベイガンの言葉を遮って、にっこりと笑いかけた。

「何言ってるんだい、ベイガン? 僕は君が必要だと言ってるんだ」
「・・・は? い、いや、それは―――しかし!」

 それまで希望に燃えてはきはきと受け答えしていたベイガンが、いきなり狼狽する。
 冷や汗をながし、おどおどと、落ち着きのなくセシルの様子を伺っている。

「な、なにを仰る! いいですか、セシル様。私はゴルベーザに荷担していた男です―――それに」

 と、ベイガンは腕を振り上げた。
 ぐにゃり、とその形が崩れ、腕が蛇へと変化する。

「この通り、半分は魔物となってしまった。そんな私を側近に置くなど・・・正気ですか!?」
「君以外にいないと思うんだけどな」

 蛇化した腕を元に戻すベイガンに、セシルは変わらず笑いかけた。

「馬鹿な! そんなこと認められません!」
「じゃあ、僕も王にはならない」
「セシル様!」

 顔を真っ赤にして怒鳴るベイガンにセシルは笑みを返す。
 その笑みを見て、ベイガンは動きを止める。
 セシルの表情は笑っていたが、その瞳は笑っていない。

「さっきも言ったけど、君ほどに王に対して忠義を尽した人間はいない」
「それは、買いかぶりというものです」
「そうかな? でも、僕が知る、ベイガン=ウィングバードという男は、誰よりも王に忠義を尽した男で―――例え惑わされたとはいえ、結果的にオーディン王に刃を向けてしまって、のうのうと生きていられるような男じゃないはずだ」
「だから買いかぶりですよ。現に、こうして私は生きている」

 ははは、と笑うベイガンの笑い声は乾いていた。
 傍目から、偽りを誤魔化そうとするのがはっきりと解る。

「そう。どうして生きてるんだろうね?」
「私の忠義がその程度のものだった・・・それだけのことです」
「いいや、違うね。―――たった一つ、心残りがあったからさ」
「心残り? なんのことです?」

 正直すぎる男だとセシルは思う。
 惚けたフリが、全くもってわざとらしい。下手な口笛を吹かなかっただけまだマシか、などと思いつつ。

「このバロンの国だよ」
「ッ!」
「オーディン王が残した、この国の行く末だけが心残りだった―――だから、せめてあとを託せる人間に任せて、そして死ぬ気だったんだろう?」
「そ、そんなことは・・・ッ」

 すでにベイガンはセシルの顔を見ようともしない―――できない。
 そんな正直な態度を取るベイガンに、セシルは苦笑しつつ明るい声で言う。

「まあ、どちらでも良いよ。最後の条件が呑めないというのなら、僕も王にはならない。言っておくけど、僕は君ほどにこの国の事を大切に思ってないよ?」
「・・・・・・貴方という人は」

 ベイガンはセシルを見る。
 その表情は困ったようで―――しかし清々しく晴れやかでもあった。

「ベイガン。僕には―――いや、この国には君の力が必要だ。だというのに、無責任に命を断つというのなら、君はこの国を見捨て、本当の意味でオーディン王を裏切るということだ。それが解らないというのなら」

 セシルは真横に手を伸ばして「在れ」と一言。
 その瞬間、芝生の上をごろごろーと転げ回っていたエニシェルの姿が掻き消えて、セシルの手の中に黒い剣が現れる。

「自ら命を断つまでもない。僕が君の命を刈り取ろう―――この国の命運共々にね」

 ―――なんじゃセシル! せっかく人が楽しんでおったのにー!

 なんか頭の中に文句が響いてくるが無視。

「・・・貴方は、私を許せるというのですか・・・? 私は許されるとお思いですか・・・?」
「知らないよ、そんなこと」

 突き放すようにセシルは言い捨てる。

「僕が言ってるのは、君が必要だと言うことだけ」
「・・・っ!」

 あくまでもベイガンのことを必要とするセシルの言葉に、彼はその場に膝を突く。

「王よ! 貴方が私を認めるのなら! 私の力を望むというのであれば!」

 セシルに向かって頭を垂れるその格好は、忠臣が王に忠誠を誓う儀式そのものだった。

「王よ! 我がこの命尽き果てるまで、この身を剣として盾として、あなたに従いましょう!」
「・・・いや。まだ王じゃないんだけど」

 照れたようにそっぽをむくセシルの手の中で、剣が掻き消える。と、傍らにエニシェルが現れた。
 青い芝生まみれの黒いミニドレス姿の少女は、セシルの足を思い切り蹴飛ばした―――

 


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