第13章「騎士と旅人」
U.「戦いすんで・・・」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・中庭

 

 

 戦いすんで―――

 セシルは中庭に大の字になって倒れていた。

 周囲に騒がしかった観客の姿はもうない。
 皆、冷めることのない激闘の興奮を胸に秘め、ある者は肩を落として泣き寝入りし、またある者は喜び勇んでロックの姿を探しに走った。
 ・・・言うまでもないことだが、前者はトトカルチョでセシルに賭けた者、後者はバッツに賭けた者だ。

(やっぱり賭けなくて良かった・・・)

 寝ながらに思う。
 あの時は、負けるつもりなど微塵もなかったが、やはり主義は貫くべきものだと思った。

「随分と満足そうな顔をしているな」

 セシルの身体に人影が二つ差す。
 見上げれば、レオとヤンの姿があった。
 レオは立ったまま、ヤンはセシルの傍らに腰を下ろす。

「満足か・・・いや、満足と言うつもりはないけどね」

 一息。

「でも、とても嬉しいと思うよ。バッツはファブールで別れた時よりも、ずっと強くなって帰ってきてくれた。偉そうな言い方だけど、彼の成長が僕にはとても嬉しい」
「成長したのはバッツ=クラウザーだけではないだろう?」

 そう言ったのはレオだった。
 彼は、いつも以上にむっつりとした顔でセシルを見下ろしていた。

「セシル。貴公もまた、強くなった。カイポ、そしてファブールで見た時とは見違えるほどに」

 カイポの村で出会った時は、剣も鎧も装備してはいなかったとはいえ、あの時のセシルに、レオは全く脅威を感じなかった。

 ファブールで、 “孤独” の力を暴走させてしまったセシルを、素直に化け物だと思った。
 久しく忘れていた感情―――恐怖、というものを感じ、なにもすることが出来なかった。

 だが、今のセシルは間違いなく “強者” であった。
 見切ることのできないバッツの攻撃を受け止め、反撃する力。
 ファブールでは暴走してしまった力を、難なく制御した力。

 今のセシルに、レオははっきりとした脅威を感じていた。

「いいや。それは違う」

 しかしレオの思考を読んだかのように、セシルは首を横に振る。

「強くなったように見えるのは、相手がバッツだったからだよ。これが貴方やカイン相手だったら、まだちょっと勝てる気がしないな」

 気弱とも言える台詞を、セシルは苦笑しながら言う。

「バッツ=クラウザーが弱いと?」
「バッツは強いよ。・・・ただ、僕にとって相性が良い相手だっただけ。解っていると思うけれど、彼の強さは “無拍子” だ。それさえ見切ってしまえば、怖い相手じゃない」
「それが見切れぬからこそ手強いと思うのだろうが」
「なんだ、レオ=クリストフともあろうもの随分と謙虚だな。実際、あなたはバッツの動きを見切り、互角に戦ったのでしょう?」

 セシルの指摘にレオは小さく頷く。
 だが、と首を横に振り、

「・・・手加減されていた」
「え?」
「今日のバッツの動きを見て解った。私は手加減されていたのだと」

 実際に戦ったレオには解る。
 今日のバッツの動きは、自分と戦った時よりも、一段ほど速さも剣威も上であると。

「いや、手加減されていた―――というよりは、無意識に手加減してしまったのだろうな。あの男は人を殺せない。故に、私に対しては全力を出せなかった」

 もしもバッツが全ての力を出し切っていたのなら―――殺してしまうことを覚悟して戦っていたなら、レオはバッツの動きを見切れただろうか?
 少なくとも、今日のバッツの攻撃を見てレオは驚愕した。負ける、とは思わないが、しかし勝つとも言い切れない。

「それに “無念無想” と “斬鉄剣” 。この二つを防ぐ術は私にはない」
「だから相性が良いって言うこと。・・・それにきっと、貴方相手にバッツはそれを使わない―――いや、使えない」
「殺してしまうかもしれない―――からか」

 確かに、バッツは斬鉄剣を最後の最後まで使おうとしなかった。
 無念無想も同じ。レオとの戦いでも、今の決闘と同じような状態にはなった―――だが、結局バッツは無念無想の境地に至ることはなかった。それはおそらく余力があったからだろう。無意識のうちに “手加減” していた余力が。

 そして、レオ相手には “手加減” していたバッツが、セシルに対しては全てを出し切った。

「結局、セシル=ハーヴィ。貴公が強いということか」
「貴方よりは弱いですよ」
「何を言う。私は、貴公の “孤独” の力相手に、手も足も出なかった」

 それも二度、だ。

「・・・ぶっちゃけてしまうと、あれも完全に制御したとは言い切れない。戦闘が長引いたら、孤独の力に飲み込まれて、また暴走してしまったでしょうね」
「もっとも今回は、暴走する前に妾がなんとかするつもりだったがの」

 セシルの言葉の後に続いて、いつの間にかヤンの後ろに立っていたエニシェルが言う。
 彼女はふふんと笑って。

「なにせ世界が生まれる前に全てを満たしていた唯一の闇じゃ。カケラとは言え、人の力で制御しきれるものではない」
「だが、セシルは制御できただろう?」
「むう。鋭いところをついてくるのう、ハゲのくせに」

 ヤンの疑問に、エニシェルは余計な一言を付け加えつつ首を傾げる。
 ハゲというな! と、抗議の声が上がるが、エニシェルは無視してセシルに問う。

「妾も聞きたかった。セシル、どうして僅かな間とはいえ、一度は暴走させてしまった力を制御できた? まさかパラディンになった恩恵というわけでもあるまい?」
「パラディンか。それは言い得て妙だね」

 と、セシルは苦笑。

「パラディンの力よりも、もっと光り輝く人の事を思い出したから、かな? ―――バッツのお陰で」

 自分は孤独ではないと言ってくれた人が居る。
 例え孤独ではあっても、これからは孤独にはしないと言ってくれた人が居る。
 そのことを思い出せたからこそ、この力が自分にとって “偽り” の力なき力であると解ったからこそ、制御することができた。

「僕が強いとしたら、それは僕に力をくれた人達が居たと言うこと」

 それはセシルを育ててくれた “神父” の言葉であったり―――
 彼を拾ってくれた、バロン王オーディンの力であったり―――
 カインやリックモッドなど、今まで出会ってきた戦士達であったり―――

 そして何よりも、彼のことを心から愛していると言ってくれる人の心であったりする。

(今更かもしれないけど、それをこの決闘を通してバッツが思い出させてくれた―――ま、バッツにそんなつもりはなかったんだろうけど)

 ふと、バッツがしきりに言っていた言葉を思い出す。

 英雄。

 かつて、彼女にもその言葉を言われた覚えがある。 “貴方は私の英雄だから” 、と。
 そして同じ英雄という言葉を、バッツも使った。

(・・・やっぱり似てるんだよなあ・・・)

 バッツはローザのように自分の言いたいことを、想いを限りなく込めてまくし立てるようなことはしないが、それでも自分の想いに対して素直に言いたいことを言うところは似ている。考えずに、真っ直ぐに、心を言葉にしてぶつけてくる。

 そして、なんとなく思う。
 もしもバッツの代わりにローザがいたとしても、ローザは同じ事を言っただろう。
 流石に決闘まではしなかったとは思うが。

 と。

「セシル殿。まだここに居られましたか」

 声。
 セシルはゆっくりと身を起こすと、声のした方を振り返る。

「ベイガン」
「バッツ殿は客室に運びました。一応、軍医に診せましたが、命に別状はないようです。ただ、身体のダメージよりも疲労が濃いのでしばらくは目を覚まさないでしょうとのこと」
「疲労?」
「まあ、そうだろうね」

 怪訝な顔をするヤンに、セシルは苦笑。

「このバロンに来てから戦い続けていたから。それもレオ=クリストフという強敵と戦って、さらには究極秘剣とも言える斬鉄剣を何度も使った―――必殺の可能性がある技だ。身体の疲労はもとより、精神の疲労も大抵のものじゃないだろうし」
「そして極めつけは、この決闘か」

 レオが言うと、ふとエニシェルが気がついたように。

「ではバッツのヤツ、疲労が残っている状態で、あれだけの戦いをしたというのか・・・?」

 レオとの戦いに、二度の斬鉄剣。
 それだけの疲労とダメージが、すぐに抜けるとは思えない。
 だが、セシルは首を横に振る。

「万全ではなかっただろうね―――けど、きっとあれがバッツの全力だよ」
「どういう意味だ?」
「バッツなら、どんな状態でもあれだけの動きはしたと言うことさ。彼は剣を選ばない―――同じように、どんな状態でも100%の力を発揮できる能力を持っている」
「無拍子、か」

 無拍子による無駄のない動きは、イコール無駄な力を使わない動きだ。
 最小限の力で済むので、どんなに疲労してても常に変わらぬ動きができる。

「さて、と」

 と、セシルは立ち上がった。
 セシルも疲労とダメージがある。
 痛む身体をほぐすように、軽く背伸びをしながら、

「僕もそろそろ休ませてもらおうかな―――!?」

 風が、吹いた。
 それは疾風。
 バッツが巻き起こす “風” に良く似たものだと、セシルはなんとなく感じた―――次の瞬間!

「!?」
「盾よ!」

 不意にセシルの頭部を狙って、金色の槍が飛んでくる。
 対して、レオが “イージスの盾” を展開。見えざる力場に、金色の槍が阻まれる。

 ―――いや、それは槍ではなかった。
 長い金髪を束ね、槍としたものだ。ただの髪の毛にしては、イージスの盾に激突した時に、やたらと硬い音を響かせたが。

 盾に弾かれた髪の毛は、するすると引っ込む。
 その先に、いつの間にか一組の男女が立っていた。それを見てセシルが呻く。

「・・・カイン!」

 金髪の美女と寄り添う、親友の姿がそこにはあった―――

 

 

******

 

 

「久しぶりだな、セシル」

 言葉通り久しぶりに聞いた第一声がそれだった。

「見ないうちに随分な格好になってるな」
「生憎と色々忙しくてね。着替えるヒマもないくらいさ」

 泥に汚れ、所々斬られ、血まで滲んでいる姿を示すように、セシルは大きく両腕を広げる。

「そっちは元気そうでなによりだ―――いつのまにそんな彼女が出来たんだい?」
「残念だが、恋人などではないさ」
「カインはあのセリスとラブラブなのよねー」
「「はああっ!?」」

 金髪の美女―――バルバリシアの言葉に、カインと、何故かレオが声を上げる。

「ちょっと待て! いつからそういう話になった!?」
「あら。でも、彼女と話している時の貴方って、妙に楽しそうよ? 自分で気づいてない?」
「いや、それは確かにそう見えるかもしれんが―――だからと言って、恋愛感情があるわけじゃない!」
「そーいえば君、お淑やかで優しくて家庭的な人が好みとか言ってたよね。散々ローザに振り回されてきたから」
「ぬあっ! セ、セシル、妙なことを言うな! べ、別に俺の好みなど・・・!」
「いや、セリス将軍もあれでバラを愛でたりと、なかなか女性的な所も―――」
「レ、レオ=クリストフ! 貴方まで何を言う! そういう貴方こそ、セリスのような女が好みなのだろう!?」
「―――なっ」

 カインに指摘されて、レオの浅黒い肌が少し赤くなったような気がする。
 それを見て、カインが勝ち誇ったように胸を張る。

「フッ・・・ガストラ最強の将軍も、やはり人の子ということか」
「ええい! 私は剣と帝国に生涯身を捧げると誓ったのだ! 色恋沙汰に興味は無い! 大体、セリス将軍のことを呼び捨てにする貴公こそ、並々ならぬ関係ではないのか!」
「女の名前を呼び捨てにしたら即恋人か! まるで昔のセシルだな!」
「なんで、そこで僕を引き合いに出すんだよ?」
「お前、最初ローザのことを “さん” 付けで呼んでただろう? ローザは呼び捨てで良いって言ってるのに、いつも照れくさそうに “ローザ・・・さん” とか呼んでただろうが!」
「うわ。そんな子供の頃のことを!」

 ・・・などと。
 ぎゃいぎゃいと喚き合う三人に、ヤンとベイガンは呆れたように黙ってみていた。

 と、そんな三人に、バルバリシアはやれやれと肩を竦めて。

「なに盛り上がってるのかしらねー。修学旅行じゃあるまいし」
「「「お前がいうなああああああああ」」」

 異口同音。
 三人の揃った声が、バルバリシアに向けられる。

「元はといえば、バルバリシア! 貴様が妙なことを口走るからだろうが!」
「だって本当の事じゃない。なにか妙に楽しそうなのよね、セリスに絡んでる時の貴方―――」
「だあああっ、蒸し返すな! 兎に角、セシル!」
「なんだよ? 言っておくけど、今は普通にローザの事は呼び捨てにしてるからな」
「そんなことは改めて言われなくても知っている! あのな、俺がここに来たのは―――」
「土のクリスタルをとって来いって言うんだろ?」

 セシルの言葉に、カインの動きが止まる。
 吐き出そうとした言葉を先に言われ、カインは驚きに表情を強ばらせ―――やがて、ふっと笑う。

「よく、解ったな」
「それ以外に想像つかなかったしね。もしもバロンを取り戻しに来たというのなら、君達だけじゃなくて、飛空挺も引き連れてるはずだ。だけど空には影も形も見えないし、なによりプロペラ音も聞こえない」

 飛空挺の音ならば、セシルは在る程度遠くにあっても察知することが出来る。

「土のクリスタルが何者かに奪われたというのは周知の事実だ。だから、トロイアを強引に攻めてもクリスタルは獲られない。そして、失われた土のクリスタルは君達では手の出せないような所にある・・・違うかい?」
「正解だ。クリスタルを奪った犯人が厄介な存在でな―――どうにもならない相手ではないが、なるべくならリスクは減らしたい」
「だから僕たちを使うと? はいそうですか、と従うと思うのか?」
「・・・ローザはまだ生きている」
「!」
「土のクリスタルはローザと引き替えだ」

 カインの言葉に、セシルは少しだけ考える素振りを見せて、

「・・・解ったよ。土のクリスタルは必ず手に入れる」
「ほう・・・? 随分と物分かりが良いな」
「まあね。大切な人だから―――伝えておいてくれよ、彼女に。必ず君を助けに行くって」

 セシルがそう言うと、カインはふっと笑う。

「伝えよう。行くぞ、バルバリシア―――バルバリシア?」

 名前を呼んでも返事がない。
 見れば、彼女はセシルのことをじっと見つめていた。冷ややかな瞳で。

「大切な人、ね。よくもそう言うことが言えるわね、一度は見捨てておいて」
「・・・・・・」
「今ならセリスの気持ちが良く解るわ。―――初めてよ、自分には関係ないことで、こんなに悔しいと感じるのは」

 バルバリシアからセシルへと向けられるのは、憎しみにも近しい “怒り” だった。
 彼女は、じっとセシルを睨付けたあと、不意に踵を返す。

「―――絶対にあの娘を助けに来なさい。それが出来なかった時には、私が貴方を殺してあげるわ―――」

 その言葉を最後にして。
 一陣の風と共に、カインとバルバリシアはその場から消え去った―――

 


INDEX

NEXT STORY