第13章「騎士と旅人」
R.「
”―――その剣は・・・” 」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・中庭
金属と金属のぶつかり合う音が何度も鳴り響く。
死角から死角へと動き回り、見えざる刃を放つバッツ。
それを迷い無く間違いなく受け止め、迎撃するセシル。それは、この決闘当初の形だった。
無拍子によって、本来ならば見切ることは不可能なはずのバッツ動きを、セシルはバッツの目と呼吸を感じ取り、それに今まで培ってきた戦いの経験を組み合わせ、先の先まで読み切る。結果、どんなに速やかに密やかに死角から攻めようとも、そのことごとくをセシルは受け止め、薙ぎ払う。
一見すれば、バッツが一方的に攻めている様に見えているが、実際はセシルが完璧にバッツを抑え込んでいる。
「何故、まだ戦える・・・?」
実況席に戻ったレオが、ぽつりと呟いた。
「何故、まだ動ける・・・? そんな力は残っていないはずだ・・・!」
不可解だと言うかのように、レオはバッツの動きを目で追いながら呟いた。
両者とも、最早ボロボロだ。いつ倒れてもおかしくない状態。セシルは致命傷ではないものの、 ”無念無想” のバッツの斬撃を何度か受けた。
バッツもまた、セシルのダークフォースの一撃を受け倒れ、立ち上がったものの見てはっきりと解るほどにふらついていた。しかし、それでも尚二人は戦うことを止めない。
バッツは無拍子で最初と変わらぬ動きを見せ、セシルはそれを受け止めている。
いつ終わってしまってもおかしくない―――が、いつ果てるか想像も付かない戦い。「無拍子・・・」
ヤンがふと気がついたように言う。
「この勝負、バッツに有利だ・・・」
「その心は?」
「無拍子とは、予備動作を無くし、相手に動く気配を読ませずに動く、体術の極意だ。言い換えれば、動きの無駄を可能な限り排除した、限りなく自然な動作だ。つまり、普通に動くよりも余分な力を使わない―――だから、バッツは傷つきながらも、最初と変わらない動きだ」
「確かに」レオは頷いた。
バッツは随分と疲弊している様子だったが、その動きは衰えない。
対して、セシルはと見れば。「・・・成程、よく見ればセシル=ハーヴィの方は、動きに精細がない・・・」
「うむ。開始直後はバッツの動きを受け止めるだけではなく、反撃すらしていたが、今は受けるだけだ。完全にバッツの動きを見切り、防いではいるが、反撃に出る余裕はない。このままでは直に受けることも危うくなる」運動量は圧倒的にバッツの方が多い。
しかし、疲労の蓄積はセシルの方が色濃い。
それも肉体的な疲労という意味ではない。
セシルは簡単に言ったが、相手の目を見て思考を悟り、呼吸を感じて動きを悟るには、それに意識を集中させなければならない。精神的な疲労は肉体にも影響し、肉体的な疲労は精神を鈍らせる。
例え、運動量そのものはバッツが多くとも、疲労度はセシルの方が圧倒的に高いのはそう言う理由だった。「ならば、やはりこの勝負はバッツの勝ち、か・・・?」
「バッツ=クラウザーが天才だったということだな・・・」ヤンとレオが囁き合う。
結果を見きった二人の表情は、なんとも複雑そうな顔をしていた。
強くなるために修練を繰り返してきた二人にとって、天賦の才のみで戦うバッツの存在は、ともすれば自分たちの存在意義すら怪しくさせる。
所詮、どんなに修行しても天才には叶わぬのかと。「―――まだ、解りませんよ」
複雑な表情をする二人に声を掛けたのは、それまで黙って戦いを見つめていたベイガンだった。
「私の知るセシルという男は、この程度で終わる人間ではありません」
「しかし、このままでは―――」ヤンが言い返そうとした時だ。
わあっ、と。
歓声。
それ空高くに響くような巨大な歓声ではなく、ざわめきのボリュームを瞬間的に少し上げたような、さざなみのような歓声だ。
その歓声に呼ばれたように、ヤンはセシル達の方を見る。見れば、セシルの前でバッツが尻餅をついて倒れていた。その頬には、薄く赤い線―――剣で浅く斬られた痕があった。「なにが起きたんだ!?」
「セシル殿が反撃したのですよ。で、それをバッツ殿が避けたところに足を滑らせて転倒しただけです」淡々とベイガンが解説する先で、セシルは剣の切っ先をバッツに向けて追撃―――するものの、それをバッツは身をよじって回避、しつつ身体を回転させた勢いで、素早く立ち上がると後ろに下がってセシルと間合いを取る。
「身のこなしはバッツ殿に叶う存在はそうそういないでしょう。才能に恵まれているというのも頷けます―――ですが、言ったでしょう? セシル=ハーヴィという男は、相手がどんな “天才” で在ろうとも、不公平だとは思わないと。彼にとって、目の前に居るのはバッツ=クラウザーという天才ではなく、 “ただ” のバッツ=クラウザーなのですよ。だから」
だからこそ、セシルは戦うことを止めない。負けを認めない。
相手が自分よりも強者だからと。凡人には叶うべくもない天才だからと、理由をつけて諦めない。「彼が負けを認めるのは、認めた相手だけです―――セシル殿が騎士になってから私が知るかぎり、剣を交え、負けを認めたのはたった一人。バロン最強の槍たるカイン=ハイウィンドのみ!」
「ならば、ベイガン殿。貴公は、この勝負、セシル=ハーヴィが勝つと・・・?」
「・・・・・・」レオに問われ、ベイガンは言葉を詰まらせる。
その様子に、レオもヤンも眉をひそめた。
話の流れからして、「勿論」と即答してくるのかと思ったからだ。しかし、ベイガンは直接答える代わりに軽く吐息して、語り始める。
「・・・私はこの戦いを見たことがあります―――これと、似た最高の剣士同士の勝負を」
「・・・・・・?」
「―――! まさか!?」ベイガンの言葉に、ヤンは疑問符を頭の上に浮かべたが、レオはなにかしら思い当たったようだ。
ヤンが振り返り、尋ねる。「なにか心当たりが?」 ナ イ ト ロ ー ド
「噂を聞いたことがある。 “騎士の中の騎士” と呼ばれたバロン王オーディン。 “剣聖” として名を知られるドルガン=クラウザー。かつて最強の名を二分した二人の剣士が、たった一度だけ真剣勝負をしたと言う噂を聞いたことがある」
「流石はレオ殿。知っておられましたか」ベイガンは頷いて、視線はじっとセシルとバッツの戦いを見据えたまま。
「その決闘を私は見ていました。まだ、正騎士にもなっていなかった見習い騎士の時分です。随分と昔のこととなりますが、あの戦いは私の中で今なおはっきりと最初から決着までを思い出すことが出来ます」
「その戦い、セシルとバッツの戦いが似ていると?」
「内容は随分と違いますが―――ですが、ドルガン殿の “無拍子” の動きに対して、オーディン王は読みと見切りで凌いでいました。最初はオーディン王が優勢だったのですが、戦いが長引くに連れ、オーディン王の疲労が濃くなり、完全に五分と五分となって、膠着状態となってしまいました。そして―――」す、と。
ベイガンが息を吸ったタイミングに合わせるようにして、場が静まりかえる。
まるで狙ったかのように、静まりかえったその中央を見てみれば、セシルとバッツが間合いを長く取り向かい合っている。ただ向かい合っているだけではない。目に見えない空気が息苦しいほどに張りつめ、静かな重圧となって場を満たしていた。
そのプレッシャーを感じ取っているのだろう。観客達も静まりかえり、ベイガンもまた次の言葉を飲み込んだ。静寂の場。
時を固めてしまったかのように、誰一人言葉を吐くどころか、指先一本動かそうとしない。その場を。
「―――その剣は・・・」
バッツの一言が打ち破る―――
******
(通用しねー)
目の前に立つセシルを見て、バッツは毒づいた。
分かり切っていたことではあった。
最初に通用しなかった自分の剣が、いきなり意味もなく通じるようになるわけがない。どんなに死角へと潜り込もうと、裏を掻き、さらにその裏の裏を掻こうとしても、通用しない。受け止められる。
自分の刀が受け止められるたび、金属同士激突する衝撃が腕を伝わり、全身に響く。体中が悲鳴を上げている。もう倒れてしまえと、煩く喚く。けれど有り難いことに身体はまだ動いてくれている。
痛い痛いと嘆きながらも、それでも動いてくれる。傷を負っているのは自分だけではない。
セシルも随分と疲弊しているのが解る。
最初はガンガン反撃されてたのが、今はこちらの攻撃を凌ぐだけで精一杯だという風だ。これなら、攻め続ければいつかは勝てる。―――などと、油断してたら反撃を受けた。
斬られた頬に指を添える。血は止まってはいるが、かすかに痛みを感じた。
甘い考えが通用する相手じゃないことを再認識させられる。
今まで出会った中で、最強の男だと再認識する。セシルより強い戦士を、バッツは知っている。
レオ=クリストフ、そして自分の父であるドルガン=クラウザー。探せばもっと居るに違いない。
けれど、バッツにとってセシル=ハーヴィこそが最強の相手だと知る。
自分がここまで全てを出し切った相手は、レオでもドルガンでもなく、セシル=ハーヴィただ一人なのだから。(いや、まだだな)
訂正する。
まだバッツは全てを出し切っていない。(最強の一撃がまだ残ってる)
レオ=クリストフをまさに一瞬で突破し、剣聖と謳われたドルガン=クラウザーも完全には極められなかった最強必殺剣。
それを思い出して、疑問を感じる。
果たして、この戦いはそれを使うほどなのだろうかと。
自分にもどうなるか解らない一瞬の秘剣。放てば最悪、死に至る。究極の速さの前には、どんな剣だろうと技だろうと無意味となる。
或る意味これは反則技だ、とバッツは思っていた。(・・・・・・)
疑問は一瞬で掻き消えた。
バッツはセシルを見据え、小さく吐息。―――いつの間にか、周囲は静まりかえっていた。
だが、そんなことなどさして気にせず、バッツは言葉を吐く。「―――その剣は疾風の剣」
それは一瞬にて全てを断ち切る一太刀。
一瞬故に抗う術はない、無敵の秘剣。「風よりも速く何よりも速く限りなく速くただ速く・・・・・・」
さっきは、出だしをセシルのダークフォースによって阻まれた。
だが、今はもう、ダークフォースは通じない。間合いは十分にある。セシルが駆け寄って斬るよりも、こちらの方が速い。
防ぐことの出来ないまさに必殺の技。
反則だというのは、この技を決めればそれまでの戦いが全て無意味になるからだ。「斬るよりも速く斬り、抗うよりも速く斬り捨てる―――」
だが、反則技だと思いながらも、バッツはその技を今放つ。
リディアの “夢” に呼ばれた時のように、刀では断てない鎖を断つためにというわけではない。
レオ相手に使った時のように、緊急に突破する必要があるからでもない。ヘタをすれば、セシルを意味無く殺してしまうかもしれない。
「究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない・・・」
だというのに、それを放つのは、それが無意味ではないからだ。
この “反則技” もバッツの中の一つ。
これを出して全てを出し切らなければ、この決闘そのものが無意味になるような気がしたからだ。だから―――
******
風が、吹いた―――
この ”風” をもう何度感じただろうかと、セシルは思う。
自然に吹く風ではない。
魔法で生み出される風でもない。一人の青年が巻き起こす、とても爽やかで心地よい、真っ直ぐな風。
ほんの刹那、その風を気持ちよく感じてから、後ろを振り返る。
そこに、つい一瞬前まで対面していたバッツの後ろ姿があった。「―――それこそが・・・・・・ッ!?」
決めの台詞を言おうとしかけ、なにかを感じ取ったのが、バッツは転げるように前に出ると、ばっとこちらを振り返る。
驚いた顔。
表情には、脂汗をだらだらと流している。「おま・・・ッ。まさか―――」
避けたのか!? とでも聞こうとしたのかも知れない。だが、驚きのあまりか、そこから先は声が出なかった。
対して、セシルはにこりと微笑んで、そっと自分の首筋を撫でる。
だらり、と血が流れていた。「薄皮一枚―――外れてくれて助かった」
「助かった・・・って顔じゃねえだろ。なんだよその余裕綽々な顔は!」
「いや、これでも内心泣きそうだ。体面保つので精一杯なんだよ」
「信じられねー!」汗を拭い、無理矢理に笑うバッツに、セシルは朗らかにはっはっは、と笑い。
「―――信じるかどうかは君の勝手だけど、本当だよ。運良く外れてくれた―――もしかしたら、君が無意識に外してくれたのかも知れないけど」
人の死に敏感なバッツのことだ。
自分ですら知覚できない一瞬の技であっても、無意識に外していると言うことはありえる。「ま、もっとも―――」
セシルは僅かに腰を落とし、 ”在れ” と一言。
その言葉で、腰に黒い鞘が現れる。「―――次は、違う」
鞘の中へとデスブリンガーを納め、バッツに向かって構える。
居合いの構えだ。
******
「迎撃するつもりか・・・? 斬鉄剣を!?」
レオが怒るような焦るような複雑な様子で、呆然と呟く。
もしもこの場にセリスが居たなら、おかしそうに笑っていたに違いない。「レオ将軍が、こんなに表情が豊かだったとは知らなかった」とでも言って。「馬鹿な。一瞬の斬撃を見切れるはずがない―――いや、見切れたとしても、剣を抜くよりも速く斬られるだけだ! 斬鉄剣に対抗するには同じ斬鉄剣でないと―――」
「同じ、斬鉄剣・・・?」レオの言葉に、ヤンははっとする。
ヤンは知っていた。バッツの使うものとは違う、もう一つの斬鉄剣があることを。「ベイガン、まさかセシルは―――・・・!?」
ヤンはベイガンを振り返って、その言葉を失う。
ベイガンは泣いていた。
目を見開いて、セシルとバッツの姿を見つめながら、大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら泣いていた。「これは・・・これは、まさにあの時の再現か・・・!」
「では、やはり・・・」ベイガンは涙を拭い、頷いた。
「この勝負、引き分けです―――オーディン王とドルガン殿と同じように・・・それ以外は考えられない!」
******
「・・・死んでも、しらねえぞ」
もう一度斬鉄剣を撃ってこいと、セシルの態度が言っているのを感じ取って、バッツが警告のような文句を言う。
対して、セシルは苦笑。「一度殺しかけてて今更だよ」
少しだけ首を伸ばし、首筋を這う血を見せる。
「・・・・・・」
逡巡。
しかし、それもすぐ終わると、バッツはいつも通りににやりと笑う。「俺が言うのもヘンかもしれねーが・・・・・・死ぬなよ?」
「とても君らしい言葉だと思うよ」返ってきた言葉に、へ、と笑ってから。
にわかにバッツの表情が真剣なものとなる。「―――その剣は疾風の剣」
その口から、呪文の如くに決まり文句が漏れ、辺りにそれだけが響き渡る。
否。
響き渡る言葉はそれだけではなかった。
「―――この剣は真なる一太刀」
バッツの言葉に対抗するように、セシルも言葉を吐く。
その言葉に、バッツは驚く様子もなくさらに先へと続ける―――もしかすると、なんとなく予想していたのかもしれない。
「風よりも速く何よりも速く限りなく速くただ速く・・・・・・」
「見るは剣、見切るは理(ことわり)・・・・・・」
「斬るよりも速く斬り、抗うよりも速く斬り捨てる―――」
「剣を知り理を知り、剣技剣斬の全てを知る―――」
「究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない!」
「理の中に斬れぬ物は存在せぬと見いだせば、我が斬断は必然と成る!」
互いに言葉を言い放ち―――先に動いたのはセシルだった。
素早く勢いよく迷い無く前へと一歩踏み込むと同時、腰の剣を抜き放つ!そして――――――!
ぎぃいぃいいぃいいいぃいいいいんッ!
激しい金属の激突音が、中庭を響き満たした―――