第13章「騎士と旅人」
Q.「通ずるもの」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・中庭

 

「どーだああああっ!」

 バッツはセシルを勢いよく振り返る。
 振り返り、見たものは “闇” だった。

 一度吹き散らされたはずの闇が、再びセシルを取り巻いている。

「・・・あれ?」
「まあ、僕の中から涌き出る力だから、一度吹き散らされた程度じゃ消えないよ」

 バッツの納得行かなさそうな顔に、セシルはそう応えて―――闇を消す。
 闇の力は消えはしないが、それでもバッツ=クラウザーには意味を為さない。
 この力が偽りだと “解っている” バッツには。

「・・・・・・この力が嘘の力だと、どうして君はそう言うんだ?」

 セシルに問われ、バッツはきょとんとする。
 まるで “何を分かり切ったことを” とでも言いたげに。

「そんなの誰だって解るだろ? だって、お前のその力が孤独の力だって言うならさ―――」

 それは、夢の中で―――或いは幼い頃の思い出の中で。
 幼馴染の少女が教えてくれた、とても簡単で単純な一言。

「―――お前は、孤独じゃないだろ」

 さも当然のことのように、彼は答える。
 土を抉り、廊下を砕き、周囲に恐怖と破壊をばらまいた闇の力を、無効化せしめる理由がそのたった一言だった。
 その言葉を、考えるまでもなく信じるまでもなく、当たり前のこととして “解っている” バッツだからこそ、孤独の力は届かない。

 バッツは知っている。
  “孤独” を扱うセシルが孤独ではないことを。独りではないことを。
 友が居ることを知っている。仲間がいることを知っている。恋人が居ることを知っている。
 孤独ではないことを知っているが故に、セシルの孤独の力は嘘だと決めつける。

 例えそれが、地を砕き、石壁を貫き、周囲に恐怖と破壊を振りまいたとしても、バッツはそれを認めない。

 ダークフォースは精神の力だ。
 怒りや悲しみなどの負の心の力を濃縮し、力とする。
 だから、 “意志” という同じ心で、その力を完全否定してしまえば無意味となる。

「そのとおりだよ」

 驚くこともなく、考えることもなく、セシルは素直に頷いた。

 

 ―――あなたは独りじゃないわ。

 

 頭の隅で、懐かしい記憶の声が蘇る。

 

 ―――ええ、あなたは独りだったかもしれない。でも今、たった今、この時この瞬間だけは絶対に違うわよ?

 

 それは今よりも少し幼い愛しい人の声。

 

 ―――だって私が居るんだもの。あなたのすぐ目の前に、今、この瞬間あなたといるのよ!

 

 今と変わらず滅茶苦茶な理論を口早に並べ立て、今と同じようにずっと変わらず真っ直ぐに、正直で在り続けた人。

 

 ―――見えるでしょう? 私の瞳が。
 ―――聞こえるでしょう? 私の声が。

 ―――見えるのなら解るでしょう? 私の瞳が貴方を見ているということを。
 ―――聞こえるのなら解るでしょう? 私はあなたに声をかけているのだということを。

 ―――見えるのなら私の瞳を見返して。目と目を合わせるだけでも、人は通じ合えるのよ。
 ―――聞こえるなら返事をして。人の口はご飯を食べるためと、口笛を吹くためと、それから会話するためについているのだから。

 

 そう言った彼女に対して、自分はなんと答えただろうか。
 ・・・なにも答えなかった、と思った。

 まだ、その時セシルは彼女の事を良く知らなかった。
 だから何も答えなかった。
 彼女に対して最も間違った答え方をしてしまったのだ。

 

 ―――強情な人! ならこちらにも考えがあるわ!

 

 強情はどちらだろうか。
 なんにせよ、彼女と付き合うのなら黙ったり無視することはしてはならない。
 逆に意固地になって、こちらが音を上げるまでつきまとって話し続けるし、だからと言って逃げるのは論外だ。どんな手を使ってでも、地平の彼方までも追ってくる。

 彼女との付き合い方で、一番無難なのは “逆らわない事” だった。
 だからといって、言うこと成すこと頷いていてはこれまたトンデモナイ目にあってしまう。
 当たり障りのないように、適当に相づち打って流すのがベターだ。

 ・・・ともあれ、その時のセシルはそんなことは知る由も無かったのだ。

 

 ―――いい? あくまで貴方が独りだというのなら、私はずっとあなたの傍に居るわよ! ええ、貴方がイヤだと言ってもずぅっとね!

 

 怒ったような口調なのに、どういうワケかその表情は嬉しそうに笑っていた。

(いや、違うな。嬉しそう、なんじゃない。楽しそうだったんだ。きっと、彼女は楽しんでいたんだ)

 不意に蘇った過去の声。
 その事について想いを巡らせながら、セシルは前を見る。
 そこには記憶の中の彼女と同じような表情を浮かべた、青年の姿があった。

 それを見て、セシルはふと思った。
 どうして、あの時の彼女はとても楽しそうだったのかと。
 だから尋ねる。

「どうしてそんなに楽しそうなんだ?」

 問われ、バッツは、は、と戸惑うような声を上げる。

「楽しそう? 俺が?」

 バッツは自分の姿を指さした。
 ずっと長い間着込んでいるのだろう。彼の着ている旅装束は、もう元の生地の色や形が解らないほどにぐちゃぐちゃのボロボロで、さらにはその上剣戟に因る切り傷で、とても身なりがいいとは言えない。
 それ以上にバッツ自身、かなり疲弊しきっているようだった。注意してみなくとも、手足が震えてるのが見てとることができ、立っているのがやっとの状態だと言うことが解る。

 だというのに、彼は笑っている。
 まるでこの状況を楽しむかのように。

「そーか、楽しそうか。俺が」

 へっへっへ、と彼は笑う。さらに楽しそうに。

「楽しいってか、嬉しいんだろうな―――今、こうしてまだ立って居られることが」
「立っていられることが・・・?」
「ああ! だってさ、今までの―――フォールスに来る前の俺だったらもう終わってる。それが、今はまだ立っていられる。強くなったって事だろ? それが解るから嬉しいんじゃないかよ」
「成程」

 解る気がする。
 自分が成長したという実感。それを感じた瞬間は、訓練の後でどんなにクタクタでも、自然と笑みがこぼれてしまうものだ。

「でも、それだけじゃねえな」
「・・・え?」

 にやり、といつも通りの笑みを向けて、バッツは続ける。

「通じるからだよ―――お前に」
「・・・?」

 バッツの言った言葉はよく意味がわからず、困惑する。
 そんなセシルの様子を見て、バッツはさらに続けた。

「セシル=ハーヴィっていう英雄に、俺の言葉が、俺の意志が、俺の剣が通じてる! こうしてお前と剣を合わせて、そしてまだ立っていることがとてつもなく嬉しいんだ! 俺が認めた英雄を相手にさ!」

 英雄。
 それは決闘の前にもバッツが口走った言葉だった。

「僕は、英雄なんかじゃ―――」
「英雄なんてのは、自分で名乗るモンじゃねえだろ。誰かが認めて英雄となるんだろ」
「でも、僕は・・・!」
「お前自身が認めなくても、俺が認めてる。俺だけじゃない、他の誰もがお前を認めてる! 気づいているだろ」
「・・・・・・」

 バッツの言葉にセシルは何も言わず、言えずに押し黙る。
 周囲がざわめく音が聞こえた。
 バッツの言葉に対してか、頷く者、首を捻る者、隣の者と囁き合う者―――そんな様子を感じ取る。

「そういうわけでお前は英雄だ。OK?」
「・・・強引に決めつけるな」
「言ったろ? 英雄なんて誰かが認めてなるもんだ。だから俺が決めても全然問題なし」
「・・・・・・」

 はあ、とセシルは嘆息。
 それから。

「・・・君、僕の知り合いに少しだけだけど似ているよ」
「うん? 誰だよそれ? 俺も知ってんのか?」
「まあね―――もっとも、その名前を言ったら君も否定するだろうけど。・・・僕だって、ついさっき気がついたんだし」
「なんだよ、気になるな」
「気が向いたらあとで教えるよ」

 そう言ってから、心の中で呟く。

(英雄、か―――バッツがどうして僕を英雄に仕立て上げたいのか、よく解らないけど)

 ふと、思う。
 目の前の青年に少し似ている彼女は、自分の事をどう思っているのか。

(恋人・・・じゃあない気がするな。きっと)

 彼女ならば「恋人? そんなありきたりな言葉では、表現しきれないわ!」などと言うような気がする。

(英雄・・・でもない。なら・・・?)

 なら、なんだろう?
 彼女だったらなんて言うのだろうか。
 そんなどうでもいいことが、妙に気になりながら―――

 きぃんっ!

 ―――素早く振り回したデスブリンガーが、死角から伸びてきたバッツの刀を迎撃する。

「ちぃっ!」
「人が考え事してるときに不意打ちとは卑怯じゃないか?」

 舌打ちして後ろに下がるバッツの方に向き直りながら、冗談めかして言う。

「生憎と、そいつが取り柄でな―――つか、考え事してる方が悪いんだろ!」
「まあ、そうかもしれない」

 頷いて、セシルは剣を構える。
 さて、と短い言葉で前置いて、宣言する。

「互いに手も出し尽くした。そろそろ決着をつけようか―――」

 


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