第13章「騎士と旅人」
P.「疾風」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・中庭

 

 

 デスブリンガーから解き放たれた極大の ”闇” はそのまま破壊の力となって、行く手を阻むものを巻き込み、破砕し、突き進む。
 土砂を巻き上げ、草木を蹴散らし、中庭を取り囲むようにしてあった城の渡り廊下の一つを撃ち貫く!

 偶然か、それとも狙ってやったものなのか、その闇の進行方向に観客の姿はなかった。
 セシルのダークフォースを恐れ、逃げ出していた者がいたのが幸いした。
 決闘が始まったばかりの状態だったなら、少なくとも十人近く巻き込んでいただろう。そして、そのうちの何割かは死んでいたはずだ。

 つまり、その一撃に巻き込まれたのは、たった一人だけだったということだ。

 セシルの眼前に居た、バッツだけが闇の威に巻き込まれた。

「やった・・・やってしまった、のか・・・?」

 がらがらと、渡り廊下の崩落する音の中、ヤンがぽつりと呟いた。
 セシルと、その前のバッツが立っていた場所を凝視する。
 ヤンの目には、静かに佇むセシルの姿は見えたが、バッツの立っていた場所は砂埃のせいで上手く見えない。

 だが―――と、彼は崩落の音を続けている渡り廊下の様子を振り返る。
 壁は完膚無きまでに崩れ、天井もゆっくりとだが崩壊しつつある。闇の威力は手前の壁はもちろん、その奥の壁まで撃ち貫いて、廊下の向こうにはまた外の様子が見えた。中庭と同じような広場があり、その先は灘があり、さらに先には海が広がっている。そして、闇の力の跡が海に向かって真っ直ぐに続いていた。

 渡り廊下の壁は、見るからに分厚い石を積み上げられて作られていた。
 ヤンが本気を出せば、一つ一つは砕くことも可能かもしれない。
 だが、壁の一面全てを一撃で吹き飛ばすことは、人から外れた力でなければ為し得ないだろう。

 その人並み外れた一撃を、至近距離で受けたのだ。
  “無拍子” で回避した様子もない。
 確実に、バッツは―――

「いきなりなんつーことするんだ、てめえはッ!」

 !?

 死んだ、と誰もが思った瞬間、苛立ち混じりのバッツの声が静まりかえった場に響いた。
 砂埃が晴れる。と、先程と変わらぬ位置に、平然と茶色い髪の青年が居た。

「流石に今のはちとびびったぜ!」
「びびった、で済ませる問題かあああああああっ!?」

 思わず、とツッコミをいれたのはヤンだった。
 彼は、崩壊している渡り廊下を指さして。

「バッツ! これほどの威力を身に受けて、どうして生きていられる!」
「なんだそりゃ!? 俺が生きてたらなんか不都合かよ!」
「不都合ではなく不思議だ! 何故、無事なんだ」

 ヤンの喚く声に、バッツは「へっ」と笑う。

「こんな “嘘っぱちの力” なんて―――」
「はあっ!」

 ヤンの方を余所見していたバッツに、セシルが斬りかかる。
 それをセシルと間合いを取るようにして回避しつつ、続きを叫ぶ。

「―――俺には通用しないってことだ!」
「嘘の力だと・・・?」

 バッツの言葉の意味がわからずに、ヤンは困惑する。
 ヤンだけではない、その場の誰もが意味を計りかねていただろう。
 今、セシルが放った闇の一撃は、確かな破壊をまき散らし、頑強な渡り廊下を容易く砕いた。まやかしなどではない、紛れもなく正真正銘の “力” だ。
 それをバッツは偽りだという。

「嘘というのがどういう意味かはわかりませんが―――たしかに、バッツ殿に闇の力は通用しなかったようですね」

 ベイガンが何かに気づいたように言う。
 ヤンがその視線を追って見れば、それはセシルの前の地面を見ていた。
 正確に言えば、セシルが闇の一撃を放った時、バッツが立っていた地面だ。それを見てヤンも気がつく。

「地面が・・・」

 バッツの立っていた地面はなにも変わっては居なかった。
 しかし、その変わっていないことが妙であるとヤンは察する。
 セシルのダークフォースの一撃では、地面を削るように抉りながら直進した。実際に、セシルの前の地面から道のように地面が抉られ、渡り廊下を越えて、その先の海まで続いている。

 だが、唯一バッツの立ち位置だけは抉れていない。
 その周囲は、闇の痕跡が在るというのに、まるでそこだけ力が避けて通ったかのようだった。

「まさか、バッツにもあの “闇” と同等の力が・・・?」
「そのようには感じませんが・・・?」

 ヤンとベイガンが訝しむのをよそに、バッツは再びセシルに向き直っていた。

 

 

******

 

 

「解ってるんだよ、セシル! それがお前の力じゃないって事くらい」

 バッツに言われ、セシルは素直に頷いた。

「そうだな。確かにこれは、この世界が始まる前に存在した “闇” の力だ。それをどうして僕が使えるのかはイマイチ解らないけれど・・・」

 この力をはっきりと自覚したのは、試練の山だった。
 ファブールでも発現したらしいが、その時のことをセシルは覚えていない。

 今までも薄々はなにかを感じていたのかもしれない。
 だがはっきりと自覚できたのは、試練の山でもう一人の自分と相対した時だった。
 自分で目にして、感じて、そういう力が自分の中にあるのだと気がついた。

(始祖たる闇の・・・原初の闇の欠片、か・・・どうして僕がそれを持っているのか解らないけど)

 ファブールでは暴走してしまったらしいが、その時はまた別の意志の介入があった・・・様な気がする。
 その時のことも、セシルははっきりとは覚えていない。なにか、思い出そうとするだけで腹ただしい “何か” が自分の中に入り込んだという覚えだけはある。だが、それがなんのかは覚えていない。エニシェルも知らないらしい。

 だが、今はその力を制御できている。
 その力がどういうものなのかを理解出来ている。
 制御出来ている、が、強大すぎる力だ。厳密に言えば “制御することしかできない” というのが正しい。

 暴走させないというだけで、普段扱っているダークフォースのように、自在に使うことは出来ない。
 さっきのも、多少は手加減したつもりだったが、思いの他凄まじい威力となった。半分は狙っていたが、実は誰も犠牲にならなかったというのは、半分は運だった。

 ただ、この力を発揮させているだけで、周囲に強大なプレッシャーを与え、全ての攻撃は “孤独” の力によって届かない。
 自在に扱えなくとも、無敵で在ることには違いない。

 しかし、この制御も、先程エニシェルが言ったとおり、そろそろ限界に近い。
 そろそろ自分の中に押し込めないと、力を抑えきれずに暴走してしまうかもしれない。
 欠片とはいえ、かつては世界と等質だった闇だ。一人の力で抑え続けることが出来るものではない。

 ―――手を貸すか・・・?

 エニシェルがセシルに呼びかける。
 だが、セシルはそれを拒否する。

(いや・・・まだ大丈夫だ。ヤバくなったら頼むよ・・・大丈夫?)

 ―――ふん。以前は不意打ちだったから遅れをとったが、本来なら貴様一人の力くらい、容易く抑えられるわ。

(そいつは心強い)

 心の中で返す。
 それから、付け足した。

(もっとも、その必要はないと思うけどね、もうすぐ決着は付くはずだから)

 セシルは前を見る。
 その視線の先には、自称 “ただの旅人” が居る。
 まだ出会ってから半年と経っていない、けれどもう何年来の親友とも思えてしまう、不思議な青年。

 付き合いは短くても、その短い中に色々とあった。
 始めは助けられ、ローザの命も救われた。
 カイポの村が魔物に襲われた時には、村人達を戦わせるか逃がすかで、対立もした。
 ファブールでは一度戦い、そして解れ―――またこのバロンで再会して、こうして剣を交えている。

 色々あった―――けれど、色々あっただけでは済まされない。
 何故、今こうして互いに血を流し、全身全霊を込めて剣を振るい、或いはどちらかが命を落としてしまうかもしれない決闘をしているのか。
 別に憎み合っているわけでもない。

 何故、何故、とセシルは疑問に思いながらも剣を振るい―――そして、ついさっきその理由に気がついた。
 その理由に気がついたからこそ、セシルは疑問を捨てた。そして決意する。どちらかが例え死ぬとなっても、躊躇わずに全てを出し切ろうと。

 前を見る。
 バッツが何を考えているのか、神ならぬセシルには解らない。
 セシルと同じ事を考えているとは思わないが、それでも人が死ぬことを忌避する彼は、死ぬことも死なせることも恐れずに、全力で向かってきている。その理由を、できれば戦い終わった後に聞いてみたいと思う。

「違うな」

 いきなり否定の文句がバッツの口から飛び出した。
 一瞬、自分の心が読まれたかと思い、緊張する。
 だが、すぐにそれは早とちりだったと悟った。

「俺が言いたいのは、それがお前の力じゃないって事だ」
「だから、そうだって言ってるだろ?」
「いや、違う。そう言うんじゃ無くって・・・・・・」

 むう、とバッツはなんと言ったらいいのかわからない様子で、悩む。

 実は、バッツが言いたいことは何となく気がついていた。
 とても身近に、そう言いそうな人を知っていたから。

「じゃあ、こう言おう! お前には似合わない力ってことだ!」
「あー・・・そうだな。そういう感じかもしれない」
「・・・?」
「こっちの話だ。・・・それで? どうする? 嘘の力だろうが、似合わない力だろうが、君の攻撃は僕には届かない」

 セシルが言うと、バッツは小馬鹿にするようにふんぞり返って言う。

「届いただろ?」

 言われ、セシルは自分の頬を指でなどる。
 先程、届かなかったはずのバッツの一撃で浅く斬られた頬。
 かすり傷程度のものだ。すでに血は止まっている。

「こんなの、マグレだろう?」
「マグレかどうか・・・」

 にやりと笑って―――その笑みを消して、バッツの表情が集中しきった真剣なものになる。

「―――その剣は疾風の剣」

 それは最強無比の必殺剣。
 究極の速さにて、あらゆる全てを切り裂く無敵の斬撃。

 だが。

「無駄だ。真なる孤独にはなにものも届かない―――斬鉄の技すらも然り、だ」

 セシルが静かに厳かに呟くと、周囲を取り囲む闇が、ゆらり、と揺らぐ。
 だが、構わずにバッツは続ける。

「風よりも速く何よりも速く限りなく速くただ速く―――」

 呪文のように、精神集中のための文句を続けるバッツに、セシルは何も動かない。
 先程のように、ダークフォースを放って妨害もしない。
 ただその一撃は届かないと、静かに見つめるだけ。

「―――果ての果てまで路往く疾風は、どこまでもどこまでも駆け抜ける!」

 不意にバッツの雰囲気が変わったような気が、セシルにはした。
 全てを切り裂かんとする、鋭利な刃物のような重圧を放っていたのが、唐突に重圧が消える。
 そして、風が―――

「風・・・?」

 なにものも届かないはずのセシルの頬を、風が打つ。
 それは微風。
 だが、その穏やかな風に導かれるようにして―――

  “疾風” が来る!

「――― “疾風” は孤独の闇すらも駆け抜ける!」

 声は、後ろから。
 いつの間にか、バッツの姿は目の前にはない。
 そして、声と同時に強烈な疾風がセシルに向かって疾駆する!

「なっ―――」

 一陣の風が、セシルを取り巻く “闇” をはぎ取り、吹き散らした―――

 


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