第13章「騎士と旅人」
O.「通ずる言葉」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロン城・中庭
身体が動く。
その事に、バッツは自身の体に感謝する。
足を踏み出し、手を振り上げ、手にした剣を握りしめるだけで全身がバラバラになりそうな激痛が走る。
まるで、巨大な鉛を背負ったような、泥の中を泳ぐような、重い身体。それでも、身体はうまだ動いてくれている。
そのことに、バッツは感謝する。 “ありがたい“ と感謝する。瀕死だ。
ちょっとした小石に躓いただけで、そのまま倒れて二度と起きあがれないような気がする。
けれど、まだ終われない―――終わりたくないという思いがある。
その想いに応えるかのように、動いてくれる身体に、感謝する。「う、お、お、あ、あ、あ、あーーーーーーーっ!」
裂帛の気合い。
全身から力を振り絞り、バッツは加速する。目指すは目の前に佇む、暗黒の騎士。
闇に身を包んだ、バッツが知る中で父に次ぐ―――いや、父と同じくらいの “英雄” !英雄。その言葉を心の中で噛み締めて、バッツはセシルへと肉薄し―――その寸前で、横に飛ぶ!
真っ直ぐに突進したのが、すぐ真横へと飛ぶ。
尋常でない動きに、セシルの反応は追いつかない。
飛んだ後の着地するだけで、全身がきしむ―――が、その痛みを強引に無視して、セシルの死角から斬りかかる。振り上げた刀が振り下ろされる。
しかし、セシルは全く動かない。ただ、口元が静かに動いて一言。「真なる孤独には、なにものも届きはしない・・・・・・」
その言葉を発した瞬間、セシルを取り巻く “闇” がブレる。
なんだ? と疑問を感じつつも、バッツは斬撃を止めない。相変わらずこちらを向こうともしないセシルに向かって、刀を振り下ろし切り裂く―――が。「!?」
バッツの刀は届かなかった。
届かずに、セシルの手前の “闇” を凪いだだけ。「なんだ!? 今、確かに斬ったはずだろ・・・!?」
困惑しながら、バッツはもう一度セシルへと斬りつける―――が、結果は変わらない。
ならば、と刀を握り手を引いて、今度はセシルへと突きを放つ。しかし。「・・・届かねえ・・・!?」
精一杯腕を伸ばしたバッツの突きは、しかし刀の切っ先がセシルの寸前で止まっている。
だが、バッツとセシルの間合いはそんなに離れていない。どう見ても、バッツが刀を伸ばせば、刀の中程までセシルの身体は貫かれているはずの距離。しかし、実際に刀の切っ先はセシルに届いていない。
距離感がおかしくなっていると、バッツは混乱する。
間合いが見当違いというわけではない。刀が短くなっているわけでもない。ただ、届くはずの刀が届かないというだけのこと。「って、なんだそりゃあああああああ!?」
「そのままだよ。真なる孤独はなにものも届かない―――君の刀でさえも」
「この・・・っ! 訳の解らん屁理屈を!」
「でも、その屁理屈に君は負けるんだ―――」セシルはゆっくりとバッツの方へ振り向くと、指先をバッツへと向けて―――親指で人差し指を弾く。
「ぬわっ!?」
瞬間、膨れあがるダークフォース!
闇の力に押し流され、バッツの身体は旋風に翻弄される枯れ葉のように、簡単に吹き飛んだ―――
******
バッツが吹っ飛ばされ、周囲を取り囲む観客達に受け止められるように巻き込んで倒れるのを見て、セシルは吐息。
―――そろそろ限界ではないか・・・?
不意に頭の中に聞き慣れた声が響く。
(エニシェルか―――バッツを目覚めさせたのは、君か)
―――いかにも。貴様の恋人がいない以上、今のお前を止められるのはヤツしか居らぬと思ったからの。
―――もっとも、その必要もなかったかもしれんが。どういうわけか、貴様はその力を制御しておる。ダムシアンでは暴走してしまった力を。(僕も成長していると言うことかな―――半分は)
―――半分は? それはどういう意味じゃ。
(さて。それはきっと彼が教えてくれるだろうさ)
そう心の中で自分が手にしている暗黒剣に通じるように念じて、倒れたままのバッツを見る。
―――バッツが? しかし、ヤツはもう―――
起きれまい、とエニシェルが言うよりも早く、バッツが勢いよく立ち上がる。
その表情は真っ赤で、怒りと苛立ち混じりの感情を発散させていた。「だああああああっ! なんなんだそれ! なんなんだそれ!」
「2回言わなくても聞こえるよ―――いや、僕にもよく解らないんだけどさ。これは “原初の闇” と言うらしい」喚くバッツに対し、あくまでもセシルは穏やかに応える。
「なんでも、この世界が始まるよりも前にたった一つだけあった闇の欠片で、唯一だったが故に “孤独” という強大な闇の力があるらしい」
ダークフォースとは負の精神の力。
それは怒り悲しみ憎しみ―――そして、恐怖の力。
孤独とは悲しみであり恐怖である。
その最も極大な “孤独” である “原初の闇” は、あらゆる恐怖を凌駕する。「えーと・・・孤独? なんだそりゃ?」
ハ、と小馬鹿にしたようにバッツが肩を竦める。
それを見てセシルは苦笑。「理解出来ないならそれでもいいさ。ただ一つ言えるのは、君の剣は僕には届かないと言うこと」
「ああ、よく解らんが届かなかったな―――でも、刀は届かなくても言葉は届く!」言葉を放つと同時にバッツが再び動き出す!
先程と同じように、セシルに向かって加速―――して、不意に横に飛ぶ。
その動きをセシルは見切れない―――見切ろうともしない。何故ならば、刀が届かないのだから見る必要もない。だというのに、バッツは立ち向かう。
刀を振り上げ、セシルに向かって振り下ろす!
その一撃は、届くはずなのに届かない。確かに真なる孤独の前に、バッツの刀は届かない。しかし!「聞こえてるだろうが、セシル! 俺の声が! 刀は届かなくても、俺の言葉はお前に通じてる! そしてぇっ!」
セシルが余裕を持って、ゆっくりとデスブリンガーを振り回す。
バッツの一撃に比べれば、力も速度もないただ振り回しただけの一撃。だが、闇の力を纏ったそれは、触れるものを粉塵に変えてしまうような、恐ろしい重圧感があった。
それを、バッツはひょいっと危なげなく回避して、セシルの死角へと飛び込むと、再び刀を放つ!「言葉が通じれば想いが通じる! 聞こえてるなら解るだろう!? 通じてるなら気づくだろう!? てめえのその “孤独” ってのが、如何ほどのものなのか!」
連続でバッツの斬撃が放たれる。
瀕死とは思えないほどの、勢いの乗った攻撃だ。
だが、その全てがセシルには届かない。届かなくとも諦めずに、無数の斬撃を放つバッツにセシルはのんびりと向き直る。
「何度繰り返す気だ、バッツ? 君の剣は僕には―――」
「―――届く!」セシルの言葉を遮って、バッツが断言する!
同時、袈裟懸けにバッツの刀が振り下ろされる。それは、さっきまでと変わらずに、セシルの身体には届かない。
だが。ピッ・・・と、血しぶきが飛んだ。
「なに・・・?」
驚愕。
その表情を浮かべるセシルの頬を、浅く斜めに傷が走る。
それは一筋の、細い線の様な傷。
血しぶきは、その傷から漏れ出て宙に舞う。届かないはずの斬撃。
刀は確かに届かなかった。
しかし、斬撃そのものはセシルへと届いた。「ほら、みろっ!」
にやり、と笑ってバッツが勝ち誇ったように言う。
対して、セシルは驚愕し―――そしてバッツと同じような顔をして笑うと、素早くバッツの眼前にデスブリンガーを突き付けた。「え」
不意の動き。
セシルの唐突な動きに、バッツは虚を突かれて反応出来ない。
一瞬で、高まるセシルのダークフォース。
それは、かつてダムシアンでセシルがバロンの暗黒騎士団相手に、シャドーブレイドの一撃を放ったその力よりも尚強大で
ダムシアンの最終決戦時、クリスタルルームで暴走したセシルのダークフォースよりも尚凄烈で。その “力” を感じ取った、その場の誰もが―――ヤンやベイガン、レオ=クリストフすらも―――言葉なく息を止め、凍り付いた。
上限など計り知れず、ただ “強大” だと漠然としか解らないくらいの途方もない力が、バッツの眼前で膨れあがる。
「吹き飛べ―――」
デスブリンガー
******
―――同時刻。
フォールス上空 “ゾットの塔”
「・・・!?」
闇の中、彼は下から突き上げてくるような強大な闇の波動を感じて、身を震わせた。
「・・・なんだ・・・今のは・・・?」
闇の力だということは解る。
彼も同じ闇の力を使う暗黒騎士であるからこそ、その力を感じ取れた。その力を感じたのはほんの数瞬だけだった。
だが、それだけでそれが並々ならぬものではないと知る。その力は、彼自身の力を遙かに上回るほどの強大な力。
「セシル・・・ハーヴィ・・・!」
この地上で、彼以上のダークフォースの使い手を彼は知らない。
そして、この力はつい先日、ダムシアンで味わったばかりだった。
セシル=ハーヴィ。
その暴走した力の前に、彼は何も出来ずに屈し、ただ眼前で繰り広げられる戦いを見つめることしかできなかった。―――それは茶番だった。
バロン最強の竜騎士が、ガストラの将軍が力を合わせ、必殺の技を駆使して戦ったというのに、セシルにかすり傷一つ負わせられない。
だというのに、刃も威も持たぬただの白魔道士が “必殺” の白魔法で容易く打ちのめす。三流吟遊詩人のくだらない戯言ですら、もう少しマシな話があるだろうと思わずに居られない。今、感じたのはそれと同じ力だった。
その事を思い返して、彼は床を―――その遙か先にあるはずのバロンの城に目を向ける。あの時感じたのは恐怖だった。
それと、何も出来ない自分に対する不甲斐なさ。
それは、まさにレオ=クリストフが感じたのと同じもの。だが今は、不思議と恐怖は感じない。
あの時のような不甲斐なさもなにもない。ただ、奇妙な懐かしさを覚えずにいられなかった。
彼―――ゴルベーザはもう一度だけその名を呟く。
「セシル・・・ハーヴィか・・・・・・」
******
―――同時刻。
エブラーナ沿岸部。
「・・・・・・えっ・・・?」
「? どうしたの? ミスト」船から下りた瞬間、ぎくりとしたように動きを止めたミストに、ジュエルはやや緊張をはらんで声を掛けた。
ミストはジュエルたちのように、鋭敏な感覚を持った忍者ではないが、ジュエル達にはなに魔道の才がある。
それも、強大な異界の幻獣たちの力を御することの出来る召喚士だ。
彼女の呼ぶミストドラゴンの力で、何度もバロンの追っ手を察知し、やり過ごせることができた。だからこそ、ジュエルは何事かとミストを伺う。
船の上で、バロンの飛空挺が引き上げるのは見たが、敵がまだ残っているという可能性もゼロではない。だが、ジュエルの緊張した様子に対して、ミストはきょとんとしてから「えへ」と誤魔化すように笑って。
「いえ、なんでもないですよ。ちょっと目眩がしたもので―――船に酔ったのかも」
「あー、まあ。山育ちじゃ、船に乗る機会なんてほとんど無いでしょうしね」ミストが嘘を言っていることにジュエルは気がついたが、追求はせずに嘘に乗ることにした。
敵などの危険があるなら正直に言うだろう。そうでないのなら、ミスト個人の問題と言うことになる。
ミスト自身、目的があってジュエル達についてきているのだ、なんらかの秘め事があっても不思議ではない。だが、ジュエルはミストが敵ではないと確信していた。
理屈ではなく情でもなく、直感で。
もしも少しでも不信感があるのなら、すぐさま尋問なり拷問なりして吐かせていただろう。何も言わないのなら、躊躇わず殺していたかもしれない。だから、ジュエルは問いただしたりはしない。
かわりに、彼女の肩をぽんっと叩いて。「ムリはしないでよ? 肩を貸すくらいはしてあげられるし」
上辺は船酔いを心配しているだけの言葉。
だが、その真意を悟ってミストは微笑む。「はい。もしかしたら助けてもらうことになるかもしれません―――出来るかぎりは頑張りますけど、ね」
それから、ミストは砂浜に乗り上げた小舟を振り返り。
「それよりも、息子さんを心配された方が良くないですか・・・?」
ミストに言われて振り返れば、船の中に倒れている馬鹿息子が一人。
船底に突っ伏したままうんうんと唸っている。
体中びっしょりと濡れている。それは汗も混じっているが、その殆どは海水だった。ついでに、頭には傍目で見て解るくらいの大きなたんこぶが出来ている。海を小舟で、櫂もなく両腕をフル回転させて漕いだ男の姿がそこにあった。
ちなみに頭のたんこぶは、音を上げるたびにジュエルにブン殴られては腕を動かした、男の勲章だ。「うーんうーん・・・腕がいたいー・・・・・・」
「おい、エッジ。大丈夫?」流石に心配そうにユフィが声を掛けている。
ミストもいつもなら回復魔法のひとつもかけてやるところだが、生憎とMPがもう無いようだった。「うう・・・大丈夫に見えるか・・・?」
「いや、見えないけど―――ほら、水。飲みなよ」
「う・・・いや、水よりも俺は・・・俺は・・・」
「なに? 水よりも何が欲しいんだよ? いってごらん?」いつになく優しい顔でユフィがエッジに語りかける。
エッジは死にそうな声で、「お前のおっぱいが飲みぐはあああっ!?」
ユフィの拳がエッジの顔面に突き刺さる。
非力だが、体重の乗った上からの勢いある一撃だ。「あああっ! もう! こんなヤツの心配して損した! 超大損!」
「だから言ったじゃない。そいつ、可愛い女の子が構えば構うほどつけあがるんだからさ」顔を真っ赤にして怒り狂うユフィに、ジュエルがけらけらと笑う。
と、エッジが殴られた顔面を抑えながら勢いよく立ち上がった。「待て! その意見には賛同しかねる! この男女のどこが可愛―――ぐほはああっ!?」
蹴り。
ユフィの回し蹴りが、エッジの腹部に突き刺さる。
身体を半回転させた、遠心力の乗った凄まじい一撃に、エッジの身体は砂浜の上を転げていく。
それを見て爆笑するジュエル。―――そんな様子を見て、くすくすと笑いながら、ミストは東の方へと想いを馳せていた。
東―――バロンの城がある方向だ。(さっき感じたのは闇の力―――それも、かつて感じたこともないくらい強大な力―――でも)
遠く離れた場所でも、感じてしまう恐ろしい力。
だが、ミストは恐ろしいはずのその力を、さほど脅威とは感じなかった。(何故だろう・・・? この力を私は知っている・・・・・・?)
その力を発した存在が、ミストの村を訪れた暗黒騎士の青年であると、ミストには知る由もなかった―――
******
―――同時刻
?
「・・・この波動は・・・!」
静謐なるその場。
何もなく、ただ彼のみが在るその場。見上げる。
と、天井が円くくりぬかれ、空が見えた。
漆黒の空。
雲もなく、ただ星が瞬くだけの空。
その空の中に、一際輝く巨大な星の姿があった。青い、青い、青い巨大な星だ。
その星を見上げる。ただじっと、静かに―――見守るように―――