第13章「騎士と旅人」
N.「穴を掘る少年」
main character:バッツ=クラウザー
location:??????

 

 セシルのことを知って、一番驚いたのは年齢だった。
 自分と同じ歳で、フォールスを飛び越え、ファイブルにまで名を知らせしめる男に、バッツは単純に興味を覚えた。

 世界に勇名を轟かす存在は何人もいる。
 王たる者、一騎当千の英雄、大いなる魔道を扱うウィザード。
 古今東西探せば探すだけ、名前は挙げられるだろう。

 だが、今この時、この瞬間。
 バッツと同じ歳の英雄はセシル=ハーヴィしか居なかった。
 年齢が同じ、という単純な理由だが、それでもバッツは興味を引かれて、気がつけばフォールスへと足を向けていた―――

 

 

******

 

 

「・・・あれ?」

 いつの間にか、そこは闇ではなかった。
 バッツ自身も闇ではない。自分の身体で地面に立っている。いつもの旅装束の格好だ。

「今度は何処だ・・・?」

 辺りを見回す。
 そこは闇ではなかったが、セシルと剣を交えている城の庭でもない。
 闇ほどではないが薄暗い場所だ。周囲には幾つものの建物が乱雑にそびえ立っている。それが光を遮って、辺りを薄暗くしているのだ。

 天を仰ぐ。
 建物という建物の壁に区切られた空は、まるで天窓から覗いているようだった。
 その天窓の外から見える小さな青空は、この薄暗い場所とは対照的に清々しく明るい。

「街の路地裏・・・かな」

 雰囲気としてはそんな感じだった。
 どんな街にでもある、街の裏側、陽光の届かない影の部分。

 

 ざり・・・ざり・・・ざり・・・

 

「・・・うん?」

 ふと、妙な音が聞こえてバッツは耳を澄ませた。

 

 ざり・・・ざり・・・ざり・・・

 

 何かを、土をひっかいているような音。
 建物に囲まれているせいで、妙に音が反響する中、耳を澄ませて方向を探る。
 なんとなく音がすると思われる方へと視線を向けてみる。

 ―――最初に目に入ったのは十字架だった。
 崩れかけた廃墟に近い建物。その三角屋根の上に、今にも落ちてきそうに傾いている十字架があった。

「・・・教会・・・?」

 自分で言って、その単語に激しい違和感と疑問を感じた。

 基本的にバロンは無宗教である。
 古い家柄を持つ貴族や騎士達は、自分の先祖を神格化して奉ったりしてはいるし、決まり事として冠婚葬祭の時には神に対して祈ったりもするが、トロイアやファブールの神官や僧のように、神事を司る人間や施設はほとんどいない。

 とはいえ、皆無というわけでもない。
 歴史を持たない成り上がりの貴族や騎士などは、先祖を奉る代わりに “三柱の運命神” を奉じて、事あればトロイアなどから神官を呼び寄せることもあるし、バロンの大学では神学を学ぶ人間も多くいる。 “神事を司る” とまでは行かなくとも、そう言った決まり事を良く知る長老などは、何か行事があるたびに場を取り仕切る。

 だが、 “教会” はバロン・・・というかフォールスには無いはずだった。
 二つの棒を組み合わせた “十字架” をシンボルとするのはフォールスの信仰にはない。
 だから、十字架を掲げた建物は無いはずで、実際にバッツはフォールスに来てから今まで十字架を目にしては居なかった。

(・・・・・・まあ、あったって文句があるわけじゃねえけど―――だいたい、これもまた “夢” の続きだろうし)

 全くの直感だが、バッツはこれが現実ではないと感じていた。
 理屈はない。完全な直感。

 

 ざり・・・ざり・・・ざり・・・

 

 しばらくぼんやりと十字架を見上げてから、音に視線を下げる。
 教会の脇。
 1人の少年が、自分の身の丈近くもあるシャベルで、必死になって穴を掘っていた。

 銀髪の少年だ。
 全身汗だく泥だらけになりながら、シャベルを不格好に操って穴を掘っている。
 だが、少年が頑張っている割には、穴は全然掘れていない。

 バッツは、穴を掘る少年をしばらく眺めていたが、

「・・・・・・よお」

 声を掛ける。

「・・・・・・」

 

 ざり・・・ざり・・・ざり・・・

 

 少年は答えない。
 答えずに、黙々とシャベルを動かす。
 シャベルの切っ先で、固い土を掘る―――というよりは削るようにして、少しずつ少しずつ穴を広げていく。

「おいこら。声を掛けられたらとりあえずこっち見ろ!」
「・・・・・・誰、ですか?」

 少年はこちらも見ずに問い返してくる。
 その態度に、少しばかりムカついたが、子供相手に大人げないと気を取り直す。

「俺はバッツ。バッツ=クラウザー。ただの旅」
「誰でも、構いませんが、ここの主に、用事があったなら、それは無駄足です」
「・・・人の口上を遮るなよ」

 かなりムカつきながらも、バッツは相手は子供だと自分に言い聞かせる。

「別に用事なんてねえよ。単なる通りすがりだ。―――なあ、なにしてるんだ?」
「見れば、解るでしょう。穴を、掘ってるんです」

 かなり疲労しているらしく、言葉が先程からとぎれとぎれだった。
 苦しいはずだが、それでもちゃんと返事をしてくるあたり律儀なヤツなのかもしれない、などと気がつくと、少しだけムカつきも収まった。

「何の穴だよ。墓穴か?」

 冗談のつもりで笑いながら口走る。
 と、少年はあっさりと頷いた。
 バッツの笑みが凍り付いた。

「・・・・・・マジ?」
「・・・・・・」

 もう一度、少年は頷く。
 非常に気まずいものを感じながら、バッツは凍り付いた笑みを浮かべたまま、冷や汗を垂らす。

「えー・・・あー・・・・・・手伝おうか?」
「結構です」
「いや、そんなこと言わずに。お前じゃ、そのシャベルを上手く使えないだろ」

 そう言って、バッツはひょいっと少年の手からシャベルを取り上げる。
 疲労のためか、シャベルはあっさり奪い取ることができた。

「ここはお兄さんに任せなさい―――って!?」
「返せッ!」

 いきなり少年がバッツに向かって飛びかかる。
 正確には、バッツが奪ったシャベルに飛びかかった。

「おわっ!?」

 文字通りシャベルに飛びついて、とても大事なものであるかのように抱きしめる。
 不意をつかれたバッツは、これまたあっさりとシャベルを取り返された。

 勢いあまって、どさっ、とシャベルを抱えたまま、少年の身体が地面に転がった。
 二回転ほどした後、止まる。
 バッツに背を向けて、シャベルを抱きしめたまま倒れこんで動かない。

「・・・お・・・おい、大丈夫か・・・?」

 動かない少年に、少し心配そうにバッツが声をかけた。

「・・・これは・・・僕の罰なんだ・・・だから・・・僕が掘らなきゃ・・・」
「罰・・・?」

 バッツが疑問詞を呟くと、少年はゆっくりと身を起こす。
 シャベルを杖にして、少年は立ち上がった。

「掘らなきゃ・・・いけないんだ・・・穴を・・・・・・僕が、殺したんだから・・・・・・」
「殺した・・・? おい少年、お前なに言ってるんだ?」

 バッツが尋ねる。だが、少年の耳には届いてないのか何も反応しない。
 よく見れば、目がゆれて焦点が合ってないように見える。
 虚ろな目のまま、少年はゆっくりとさっきまで穴を掘っていた場所へと歩み、シャベルを地面に突き立てる。

「僕には・・・あの人しか居なかった・・・だけど・・・僕は何もできなかった・・・見殺しにした・・・だから、せめて・・・・・・穴は僕が」

 ぼんやりと呟きながら、シャベルを動かす。
 見るからに力が入っていない。もう、力が尽き果てているのだろう。

 バッツは嘆息する。
 手伝ってやりたいと思ったが、手伝おうとしても拒否されるだけだろう。
 見ていることも出来ず、バッツは顔を上げて。

 ふと、気がついた。

「おい、あれって・・・?」

 バッツは建物の壁のすぐ傍に倒れている人影を見つけた。
 それは老人だった。老人が目を閉じて眠っている―――いや。

(・・・死んでるのか・・・?)

 話の流れからして、この老人が墓穴に入る者だろう。

 なんというか “白い” 老人だった。
 髪も薄くのばした髭も真っ白で、肌の色も血の気が失せている。着ている者も白い。白ずくめの老人。
 その老人と、少年の掘っている穴を見比べる。

 ・・・見比べるまでもない。
 穴は、広げた掌がようやく収まるというくらいの大きさで、拳を入れても埋まらない程度の深さしかない。
 少年に力がないのに加え、ここの土はやたらと固いようだった。この調子では、1日や2日では終わりそうもない。

「・・・やれやれ」

 バッツは嘆息すると、もう一度少年の手からシャベルを取り上げた。
 力ない少年の手から、シャベルはあっさりと奪い取ることができた。そして、さっきと同じように少年がこちらを振り向いて、飛びかかってくる。

「返せ・・・・・・うわっ」

 向かってきた少年をひらりと回避して、ついでに足を引っかけて転ばせる。
 それからバッツは力を込めて、シャベルを地面に突き立てる。
 ザクリ、と少年の掘った穴ごと土をえぐり取り、掘り続ける。

「この・・・」

 視界の端に、倒れた少年が立ち上がるのが見えた。
 険しく、今にも泣き出しそうな弱々しい怒りの表情で、こちらを見上げてくる。

「返せ・・・それは、僕がやらなきゃいけないことだ・・・」
「お前じゃ何年かかるかわかんねーだろ。それまで、その爺さんを野ざらしにしとくつもりか?」
「っ・・・・・・」

 少年の視線が老人に向く。
 そのまま、何も言い返せずに、少年は項垂れた。

「詳しい事情はしらねえけどさ。この穴を掘るのがお前の罰ってんなら、それが出来ずに無力だってことを思い知るのも罰だろうさ」
「・・・・・・」
「いや、俺も昔同じ事があったし。親父が死んで、俺は墓の穴を掘ることすら出来ずに、“自分は何も出来なかった”ってイジケて落ち込んでただけで」
「・・・・・・」
「ははっ、それを考えりゃ、穴を一人で掘ろうとしただけでお前は偉いよ」
「・・・・・・」
「・・・いや、おい、なんか言えよ。一人で喋ってて俺、バカみたい―――お?」

 シャベルを止めて、少年の方を見れば、少年はその場にうずくまっていた。
 表情は見えないが、耳を澄ましてみれば、静かな寝息が聞こえる。
 どうやら、張っていた気がゆるんで、そのまま寝てしまったようだった。やれやれ、とバッツはまた嘆息すると、穴掘りを再開した―――

 

 

******

 

 

(つか、なんで俺、夢の中で穴を掘ってるんだ・・・?)

 そんな疑問を感じたのは、穴が掘り終わった時だった。
 掘ってる時は、あまり気にしてなかったのだが、やり遂げてから気づく。
 現実ならまだしも、 “夢” の中で穴を掘って、なんの意味があるんだろうかと。

「ま、いっか」

 肉体労働しても夢から覚めないようだし、他にやることもないだろうしと、バッツはシャベルを地面に投げ捨てると、眠ったように死んでいる老人を抱き上げる。

 死体に触る気持ち悪さのようなものは全く感じなかった。
 それはきっと、その老人の表情がとても安らかだったためだろうと思う。

 

 ―――・・・これは・・・僕の罰なんだ・・・だから・・・僕が掘らなきゃ・・・

 

 穴の中に老人を入れながら、バッツは少年の言葉を思い返していた。
 穴の中に収まった老人の顔を見下ろして首を傾げる。

「・・・誰かが罰を受けなきゃいけないような死に顔には見えんけどな」

 呟いて、少年を振り返った。
 少年は先程と変わらない様子で眠ったままだ。
 バッツは少年の身体を軽く蹴飛ばす。こてん、と横に倒れる少年。

「う・・・・・・?」
「目、覚めたか?」

 少年がうっすらと目を上げてバッツを見上げる。
 にっ、とバッツが笑って見せると、少年ははっと目を見開いてから勢いよく立ち上がった。
 それから、バッツが掘った穴と、そこに横たわる老人を厳しい顔で見つめて―――がくり、と肩を落とした。

「あ、いや、あのな? ちょっとは悪かったとは思うけどさ、でも―――」
「ありがとう、ございます」

 言い訳しかけたバッツに、少年はくるりと振り返ると、深々と頭を下げた。
 てっきり殴りかかられるか、泣き出すかするかと思っていたバッツは、礼を言われて面食らう。

「へ?」
「あなたの言うとおりです。僕の力じゃ、何日かかっても―――いえ、掘りきることができたのかも解らなかった・・・」
「いや、もっと頑張れば大丈夫だったかもしれないぜ?」

 そういうバッツに、少年はくすりと笑った。

「あなたは、いい人ですね」
「・・・そうか?」
「はい。僕の代わりに墓穴を掘ってくれて―――そして、今起こしてくれたのも、最後のお別れをさせてくれようとしたんでしょう?」
「いや、別にいい人ってワケじゃねえぞ。俺も同じ経験があって、俺の場合は穴を掘るどころか “最後のお別れ” もしなかったしな。んで、今じゃそれをちと後悔してるから」
「ありがとうございます」

 繰り返し礼を言われ、バッツは照れる。
 頭を掻きながら、落ちていたシャベルを拾って少年に突きだした。

「・・・ほれ! 別れが済んだら、土をかけろ。それくらいは出来るだろ?」

 穴の淵にはバッツが掘り出した土が山となっている。
 それを崩すくらいは、子供の力でも出来そうだった。
 少年はこくんと頷くと、老人の身体を埋め始める。

 少年が穴を埋め終わるのをまって、バッツは口を開いた。

「ところでさ、 “罰” ってのはどういう意味だ?」
「え?」
「いや、別に言いたくないなら言わなくても良いんだけどさ。ちょっと気になって」

 ぱたぱたと手を振る。
 が、少年は柔らかく微笑んで、

「構いませんよ。ただ、僕がこの人を見殺しにしたと言うだけの話です」

 そう言いながら、今し方埋めたばかりの地面を見下ろす。

「彼の傍に一番近くに居たのが僕だった。いや、僕しか居なかった。なのに、彼が死に行く瞬間に気がつくことが出来なかった。いつか死ぬと解っていたはずなのに、こんなに早く亡くなるなんて思いもしなかった―――気づいていれば、解っていれば、他になにか出来ることがあったはずなのに」

 少年は顔を上げる。
 その表情はまだ微笑みではあったが、影のある寂しそうな笑みだった。

「僕はなにも出来なかった。だから、せめて穴を掘ろうと思った。―――でも、結局それすらも叶わなかった」
「・・・そりゃ、どっかで聞いたような話だな」
「え?」
「言ったろ? 俺も同じ経験があったって―――俺も親父が病んでいることに気がつかずに、気づいた時には手遅れで何も出来なかった」

 やや自嘲気味に笑う。

「でもさ、仕方なかったって今は思うぜ。あの時の俺はガキで無力で、例え親父の事、気がついたとしても何も出来なかったのは変わらなかったと思うしな」
「・・・・・・そんなこと、ない」
「あるんだよ。世の中にはどーにもならないことがあるんだよ―――大人になれば解るぜ」

 いいつつ、バッツは自分の言葉に苦笑する。

(大人になれば、って、うわ、なんか今凄く偉そうな事言ってないか、俺?)

「そんなことない! 絶対に、絶対に、なにか出来ることがあったはずなんだ! 子供でも、力がなくても、でもどうにかする方法が! 何か全てのことが上手くいく方法があったはずなんだ! 解らなくて、気づかなかっただけで!」
「だから、解らなくて気づかなかったのが “仕方ない” ってことだろが!」

 気がつけば、何時の間かバッツは少年と激論を交していた。
 叫びながら、思考の片隅で思い返す。
 似たようなことが前にもあったな、と。それも、つい最近―――ついさっき・・・

「 “仕方ない” なんて言葉で諦めたくない! どうにもならないことなんて認めない!」
「じゃあどうするんだよ!? 現実に俺の親父も、お前の大事な人とやらも死んじまった! 今更、その方法を見つけたってただ悔やむだけだ! 悔やむ事なんて誰も望んじゃいない!」
「僕が望む!」

 少年は自分自身を指で指し示す。
 その瞳は真剣。
 視線の剣で見据えるものを貫くような鋭さに、バッツは二の句を告げなかった。

 望んでどうする!? そんなことは無意味だ! ただ自分が傷つくだけだ!

 反射的に反論は口をついて出ようとした。
 でも、その言葉は少年の視線に押しとどめられる。

 迫力、だった。

 まだ幼さの残る少年が出せるような迫力ではない。
 しかし、この威圧感を、バッツは知っている。

(・・・セシル=ハーヴィ・・・)

 うすうす感づいてはいた。
 目の前に居る銀髪の少年はセシルではないかと、なんとなく思っていた。

「悔やむと言うことは、忘れないと言うこと・・・・・・」

 静かな、しかして “圧” とした少年の声がバッツの耳に届く。

「僕は忘れたくない。自分が悔やんだということを、悔やむほどに大切な人が居たということを―――そして、何も出来なかったこと、無力だったこと、間違えたということ―――」
「そんなの・・・傷つくだけだろ・・・どんなに悔やんだって、死んだ人間は生き返らない・・・」

 言い返しながら、自分の言葉に威がないと自覚する。
 少年の意志の前に、バッツの言葉はなんとも弱々しかった。

「死んだ人間を生き返らせるために悔やむんじゃない。忘れないために、生き続ける僕が亡くしてしまった物を忘れずに生き抜くために、僕は悔やむ。そして、どんな時であっても正しい道は絶対にあるんだって信じるために」
「・・・・・・でも、それは辛いぜ。お前自身だけじゃない。回りの人間だって、きっと辛いと思う」

 少年の真っ直ぐな―――真っ直ぐすぎる意志の前に、気圧されながらもバッツは言葉を紡ぐ。
 その言葉に、少年は眩しそうにバッツを見て、微笑んだ。

「ありがとうございます」

 三度目の礼に、バッツは訝しげな表情をする。

「なんだよ、それ? 俺は別に礼を言われるようなことは言ってねえぞ?」
「あなたが良い人だからです。僕のことを心配してくれてるのが解るから」
「心配なんかしてねえよ。ただ思ったことを言っただけだ。―――誰も傷つかないなら、それに越したことはないだろ?」
「でも傷つきたくないために、 “仕方ない” と割り切って、悔やむことを忘れるくらいならば、僕は傷つくことを望みます」
「・・・・・・」

 はっきりと言葉を返す少年に、バッツは再び押し黙る。
 少年は先程のように威圧感があるわけではない。ただ、バッツ自身が納得してしまったからだ。

 目の前に居るのが、身体は幼くとも確かにセシル=ハーヴィであり、そして。

(そうだな・・・セシルだったら、絶対にそう言うんだろうな)

 と、納得してしまったからだ。

「はいはいっと。解ったよ、そんなに傷つきたきゃ、勝手に悔やみまくってろ。―――だけど忘れるなよ、お前が傷つくたびに、周りの人間だって傷つくってことを」
「居ませんよ、そんな人。僕は、一人ですから―――独りになっちゃいましたから」
「馬鹿言うな。すぐ目の前に居るだろうが」

 そう言ってバッツは自身を親指で指し示す。
 少年は、一瞬だけぽかんとしたが、すぐに困ったように笑った。

「本当に、あなたと言う人は―――・・・」
「なんだよ?」
「いえ。そう言えば、あなたは一体誰なんですか? どうしてこんな所に?」
「俺もよく解らないんだけどな。何故かここに居る」
「バッツ=クラウザーさんでしたっけ?」
「お? よく覚えてたな。偉いぞ」

 言いつつ、バッツは少年の頭を撫でる。
 自分よりも大きなその手を、困ったような顔で軽く押しのけて、

「僕には後悔があります。一生忘れることの出来ない後悔が。・・・けれど、僕はその後悔と共に忘れません。バッツ=クラウザーと言う、良き人に出会えたことを」
「忘れていいぞ。どうせこれは夢だ―――誰が見てる夢かは知らないけどな」

 バッツの返事に、少年は頭の上に “?” を浮かべるような表情をしたが、バッツがそれ以上何も言わないのを見て、その疑問を飲み込んだ。そして。

「ああ、そう言えばすいません。まだ僕の方が名乗っていませんでしたね。僕は―――」
「いいよ、知ってる」
「え、名乗りましたっけ? 僕」
「いいや、でも知ってる。お前の名前は―――」

 

 ―――バッツ・・・・・・・!

 

「いや、それは俺の名前・・・って、え?」

 不意に聞こえてきた少女の小さな声に、バッツはきょろきょろと周囲を見回す。
 途端、辺りの風景が光に包まれた。
 周囲を囲む建物の輪郭が崩れ始め、世界が白い光一色に塗りつぶされていく―――同時に、身体がふわりと浮き上がっていく浮遊感。

 

 ―――早く、起きんか! バッツ=クラウザー!

 

 また声が聞こえた。
 今度は先程よりもはっきりと。
 その声に、バッツは目覚を自覚する―――

 

 

******

 

 

 気がつくと、全身が痛かった。
  “痛かった” 等という表現では生ぬるいくらい痛い。
 もしかしたら全身が砕けてるんじゃないかと思う―――最早指一本動かせそうもないくらいの激痛に、バッツは “戻ってきた” ことを理解する。

「なんのつもりだ・・・?」

 レオの声が聞こえた。
 苛立ちと、焦りの入り交じった声。

「ちょっと待って欲しいって意味だよ。これは、僕と・・・レオ将軍、あなたとの戦いじゃあない」

 それに対してセシルが余裕のある声で応える。
 ・・・どうやら、セシルとレオが戦っているらしい。

「バッツ=クラウザーはもう戦えん! ならば―――」
「誰が・・・・・・っ・・・・・・もう戦えねえって・・・?」

 反射的に、バッツは声を上げていた。
 手の中にまだ刀があることを確認して、握りしめ、それを杖にして立ち上がる。

 なんとなく、 “夢” の中で大きさの合わないシャベルを力なく握りしめていた少年の事を思い返す。
 今の自分も似たような状態なんだろうと。

 刀に支えられて立ち上がり、前を見れば、レオとセシルが相対していた。

「まだだ・・・まだだぜ、セシル! 俺はまだ終わっちゃいない!」

 支えにしていた刀を振り上げ、無理矢理ににやりと笑ってみせる。

 ―――傷つくことを望む、と少年は言った。
 全てが上手くいく方法がきっとあるはずだと、そう言った。
 それは、過去に悔やむと言うこと、今を悩むと言うこと、未来を望むと言うこと。

 けれど、バッツはそれを望まない。

 全てが上手くいく方法なんてあるかどうかは解らない。
 過去の悔やみは必要ない。未来を望むために悩まない。
 ただ、今自分が歩む道が正しい道だと信じて、歩き続けるのみ!

 だからこそ、正しい道だと決めたのなら、全力を持って突きすすむ!
 そして、今はセシル=ハーヴィに打ち勝つことが、バッツにとってなによりも正しいことだと信じて思う!
 故にまだ終わらない、終わらせない。
 どんなに身体が傷つこうとも、戦う力がまだ残っているのなら―――!

「行くぜ、セシル! 俺の全てを持ってお前をブッ倒す!」

 バッツの声に応えるように、セシルは前に出る。
 ゆっくりと歩を進め、レオの隣を過ぎ去って、バッツの前に出る。

「まだ戦うと言うのなら・・・容赦はしないからな」
「したら怒るぜ!」
「死んでも恨むなよ!」
「それはこっちの台詞ッ!」

 バッツが息と共に言葉を吐く。
 そして身体が動く。自然に、前に前にと―――

 


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