第13章「騎士と旅人」
L.「闇、再び」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・中庭

 

 

 のろまな思考とは裏腹に、身体はかつて無いほど迅速に動いていた。
 今のバッツの刀を受けるのに、最早思考は役には立たない。

 目の動きを見ることも叶わない。セシルがバッツの目を見れたのは、さっきの一瞬だけだった。
 呼吸を読むこともままならない。バッツの呼吸よりも、自分の呼吸が荒く耳につく。

 死角から死角へ、そして見えざる場所から容赦なく迷いなく振るわれる一撃一撃が必殺の、バッツの刀。
 先程までの余裕など、嘘のように消え去っていた。
 それでもセシルがバッツの連撃を受けきっていられるのは、それこそ本能―――直感に近い “読み” によるものだった。

 今のバッツの攻撃には容赦はない。
 受け損じれば死にも繋がる致命的な斬撃を躊躇わずに振るってくる。
 だからこそ、セシルは読むことができる―――いや、セシルの思考は回っていない。それは読みというよりも反射と言うべきものなのだろう。

 セシル=ハーヴィは戦士であり、騎士だった。
 今までずっと戦い続けてきた―――そして生き残ってきた自分の身体が解ってくれている。自分のどこに隙があるか、どこから攻められれば致命傷を受けるか、それが解っている。
 だから、考えるよりも早くに身体が反応してバッツの攻撃を受けられる。

 時折受け損じることもある。身体が読み違えることもある。
 だが、それは真に致命的な一撃ではない。ダメージは負っても、まだ生きている、立ち続けられる、戦える!

 しかしそれでも、ダメージは確実に蓄積され、そのうち限界が来るだろう。
 限界が来る前になんとかしなければならない―――が、反撃することもままならない。じわりじわりとやられるのを待つしかない。

 必死でバッツの攻撃を受け続ける中で、のろまに―――しかしてゆっくりと、思考は回る。

(バッツから意志が感じられない・・・・・・無意識で、剣を振るっているのか・・・・・・)

 無念無想という言葉を、セシルは知らなかった。
 だが、今、バッツに何が起きているのか、なんとなくだか理解する。
 先程までは、常にバッツはセシルに意志を、感情をぶつけてきた。それは声となり、或いは剣に込める力となってセシルへと届く。

 その意志が、今のバッツの剣からは感じられない。

(無意識に・・・バッツは剣を振るってる。意志がないから・・・その思考を読むことも出来ないし、隙を見いだすことも出来ない)

 こんなバッツを、セシルは見たことがなかった。
 ホブス山の山頂で、キレて迷いなく炎の魔人を切り伏せたことはある。
 今のバッツの強さはその時と同じものだ。

 違うのは、ホブス山の時は激情とも呼べる感情を発していたのに対し、今のバッツは真逆であり、感情がなにも無いこと。

(強い。今のバッツは、僕が知っている誰よりも、強い)

 今のバッツ=クラウザーなら、 “最強” の枕詞を持つ、カイン=ハイウィンドや、レオ=クリストフですら相手にならないかもしれない。試練の山で出会った、ソルジャー最強とも言われるセフィロスでもそうだ。

 セシルはなんとかバッツの攻撃を受けてはいるが、やられるのも時間の問題だろうと、思考の片隅で判断する。

(僕じゃ、勝てない。それほどまでにバッツは強い・・・いや、こうなったのは僕のせいか)

 勝ちたい! とバッツは叫んだ。
 セシルに勝ちたいからこそ、セシルに読まれきっているバッツは己を捨てて無念無想の境地に至った。
 自分を捨てなければ、セシルに勝てないと思ったからだ。

 そしてそれは間違いではなかった。
 今、セシルはバッツの思考、動きを読むことが出来ずに、反射だけで辛うじて凌いでいる。

(勝利への執念。それほどまでに僕に、勝ちたかったのか・・・バッツ―――・・・・・・だけど)

 真横を振り返り、そこに居たバッツの斬撃を真っ正面から受け止める。

(だけど、バッツ、それは―――)

 キィン、と金属の衝突音が鳴るか鳴らないかのうちに、バッツの姿が目の前から消える。
 反射的にセシルは回れ右して背後を振り返る―――が。

 そこにバッツの姿はなかった。

「―――!」

 ざむっ!

 脇腹に灼熱のような痛みが走った。
 斬られた、と思いながらもそちらの方を見る。と、同時にバランスを崩した。倒れる。
 倒れながら、セシルは見た。
 血に汚れた刀を振り上げ、セシルに向かってトドメを刺そうとしているバッツの姿を。その瞳には相変わらず意志はない。

 倒れながら、セシルの思考が加速する。
 バッツの動きに集中して鈍かった思考が解き放たれる。

(だけど、バッツ=クラウザー! そんな勝利になんの意味がある! この戦いは、互いの意地から始まった決闘だろう! 意志無き剣で勝ったとしても、お前の負けだッ!)

 思考が爆発する。
 感情が頭の中で激情へと変化する。
 その激情は怒りだった。バッツ=クラウザーの “剣” に対する怒り。

(それがお前が見いだした、自分の “剣” の答えだというのなら、僕はお前を認めない―――そして!)

 未だに身体は地面へと倒れない。
 思考の超加速によって、相対的に周囲の時間がゆっくりと流れる。
 ミシディアで、クラウドと剣を交えた時にも感じた、思考加速による時間停止。

(認められないヤツに、僕はッ!)

「負けてッ!」

 どんっ、とそこで地面に背がついた。
 それと同時に目の前に迫ってくるバッツの刀。

「たまるかあ゛ああああああああああああッ!」

 激情が、セシルの口から放たれる。
 次の瞬間。

 闇が、恐怖が、周囲へと広がった―――

 

 

******

 

 

 周囲に広がった闇も恐怖も一瞬で消え失せる。
 だが、闇は消えたとしても恐怖は心の中へと残った。

「う、うわああああああああっ!?」

 気丈な者は恐怖に駆られ、その場から逃げ出した。
 普通の人間は、身が竦んでその場に立ちつくすことしかできなかった。
 気弱な人間は、そのまま失神した。

「あれは・・・」

 実況席でレオが目を見張る。
 闇が晴れた目の前には倒れたセシルと、そこへ刀を振り下ろすバッツの姿。
 だが、バッツの刀は眼前で止まっていた。そして―――

「あれは、ファブールの時の・・・・・・ッ」

 反射的にレオは腰にある自分の剣を手で確認する。

 見まごうことはあり得ない。忘れることは一生できない。
 レオ=クリストフが唯一恐怖した存在。

「なんだ・・・あれは・・・黒髪のセシル・・・?」

 ヤンが訝しげに倒れたままのセシルを見る。隣ではベイガンも困惑げにセシルの様子を伺っている。

 ヤンの言葉通りに、セシルの髪の色が銀髪から漆黒へと変化していた。
 よくよく見れば、セシルの身体の回りに、その髪と同じような薄い黒い膜が覆っている。どうやら、それがバッツの刀を防いでいるようだった。

 ヤンはその場に居なかったから知らない。
 それが、ファブールにて出現した絶対的な恐怖。世界始まりの闇たる “原初の闇” であることに。

 

 

******

 

 

「・・・・・・」

 自分の刀が通じず、バッツは一旦セシルから離れた。
 身を退いて、次の瞬間にはバッツの姿がセシルの視界から消え失せる―――が、セシルは気にもせずにゆっくりと起きあがった。
 そこへ迫る見えざる刃―――だが、死角からの一撃は、セシルを覆う闇の膜に防がれて届かない。

「・・・・・・」

 まるで何事もなかったかのように、セシルはゆっくりと起きあがると、周囲を見回してバッツの姿を探す。
 バッツの姿が死角に入るたびに、その姿は陽炎の如く消え失せる―――そして、次々とセシルに向かって斬撃を繰り出すが、悉く “闇” に阻まれて届かない。

「―――無駄だよ」

 バッツの姿を目で追うことは諦めて、セシルは静かに宣言した。

「意志無き剣では、僕の闇を切り裂けない・・・」

 しかしバッツは止まらない。
 何度も何度も何度も何度もセシルに斬りつける。
 対してセシルはなにもせずに立ったまま。だというのに、その身に刀は届かない。

「無駄だというのを―――」

 何度目かの斬撃。
 その一撃を、闇は受け止め、絡め取る。
 バッツは刀を退こうとするが、闇に捕らわれた刀はびくとも動かない。

「―――解れ!」

 セシルの掌から、大きな闇の塊が放出された。
 刀を捕らわれ、動きの止まったバッツの身体に、無造作な身振りで放たれた闇の塊が直撃する。
 一抱えほどの闇の塊は、バッツの身体に吸い込まれると、そのまま消えて―――

「・・・・・・っぐぅっ!?」

 それまで一言も発さなかったバッツの口から呻き声が漏れた。
 無感情だった表情が、当惑したように強ばり歪む。そして。

「・・・ぅ・・・・・・ぁ・・・・・・・・・っ」

 闇に捕まえられた刀を握っていた手がゆるむ。
 そのまま、ゆっくりと力なく地面へと倒れ込んだ。

「・・・・・・しばらく、孤独の闇に抱かれて眠れ―――」

 セシルは倒れてしまったバッツを見下ろし、静かに呟くと、奪い取った刀をバッツの傍らへと突き立てる。
 その顔には、どこか悲哀の色があった。

「―――お前は・・・セシル=ハーヴィか・・・?」

 問いに、振り返る。
 見れば、いつの間にかレオ=クリストフが、実況席から離れてセシルの前に立っていた。

「ああ。僕はセシルだ。それ以外の何者でもないよ」

 レオがそこに居ることに、大して驚きもせずにセシルは答えた。

 「そうか」と短く頷くと、レオはそのまま腰に差してあったクリスタルの剣を抜きはなつ。
 レオが己の剣を抜いて、セシルに向かって構えて見せても、セシルは眉一つ動かさずに反応しなかった。

「私と戦って貰おう、セシル=ハーヴィ」
「戦う理由はないでしょうに」
「私にはある。ファブールで、貴殿の “闇” に対して私は何も出来なかった―――このレオ=クリストフが、無様に恐怖に怯えて竦んでいたのだ! その仇を討たせて貰う!」

 言うなりレオはセシルへと向かって突進する。
 対してセシルはデスブリンガーを構えて迎え撃つ!

「こっちには身に覚えがないんだけどな!」
「こちらにはある!」

 叫び返しながら、レオは力強く踏み込む―――

 

 

******

 

 

 ―――恐怖が、あった。
 ファブールで感じてしまった恐怖が、心の中へ蘇る。
 だが、それ以上に自分自身への憤懣とした思いが恐怖をかき消した。

  “何も出来なかった”

 自分で吐いた言葉、その通りにレオは黒髪のセシル=ハーヴィに対して何も出来なかった。
 剣を振るうどころか、戦おうとすることすら、立ち続けることすら出来なかった。

 死にかけたわけでもない。圧倒的な力を見せつけられたわけでもない。
 ただ、意味無く恐怖に怯えていただけだ。

 今のセシル=ハーヴィは恐怖そのものなのだろう。
 理由はわからないが、その場に存在するだけで―――それを感じるだけで、本能的に恐怖する。
 意味もなく訳もなく。
 意味があるとすれば、そこにセシルという存在が在るという意味。
 訳があるとすればい、そこにセシルという存在が在るという訳。

 原因不明の無意味な恐怖に対して、レオは何も抗することが出来なかった。

 あの時、セシルとまともに戦えたのは、たった三人だった。
 カイン=ハイウィンド、セリス=シェール・・・・・・そして、ローザ=ファレル。
 その事実も、レオの誇りを激しく傷つけていた。

 カインやセリスを格下だと思っているわけではない。二人とも、レオも認めている戦士の中の戦士だ。
 だが、決してあの二人よりも自分が劣っているとは思わない。
 そして、ローザに至っては戦士ですらない。セシルの恋人というだけの白魔道士だ。

 だというにのに、自分が何も出来なかった時、その三人だけが黒髪のセシルと戦い、暴走を治めた。

 恐怖に打ち勝てた理由はわからない。
 それを聞こうにも、その三人は今は別の場所に居る。
 ならば、自分の仇を取るのは自分でしかあり得ない。

 今、目の前に居る “黒髪のセシル” は、ファブールの時ほどの威圧感は感じない。
 あの時はダークフォースが暴走していたが、今は安定している。制御出来ているのだろう。
 そうでなければ、あの時のように周囲は闇で満たされて、この場の殆どの人間が恐怖に怯え、錯乱、或いは失神していたに違いない。

 ファブールの時のセシルほどではないにせよ、これはあの時と同じ “黒髪のセシル” だ。
 ならば、レオ=クリストフが仇を取るのは、この存在を持って他にない!

 

 

******

 

 

「お」

 音は自然とレオの口から漏れた。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!」

 音は連なり、叫びとなる。
 その叫びを力として、勢いとして、レオはセシルに向かって突進し、加速し、剣を最上段へと振りかぶった。
 全力で駆けながら、剣を振りかぶる。なんとも不格好でバランスの悪い格好だ。

 いや、実際にバランスが悪い。普通の人間がやったなら、足が空を蹴ってそのまま転倒してしまうだろう。
 だが、レオ=クリストフの鍛え抜かれた下半身は、地面をしっかと踏みしめかけ続け、上半身は伸び上がりながらも、掲げた刀のその切っ先にまで力と勢いを確かに伝える。
 それは技ではない。力任せの―――正しく肉体を鍛え上げた者だからこそ出来る、力任せの突進だ。

 その勢いに任せ、勢いのまま大振りでセシルに向かってクリスタルソードを振り下ろした。
 セシルはそれを避けようとはせずに、デスブリンガーを構えるだけ。だが、その身体の周りの “闇” が少しばかり濃くなったようにレオには見えた。

 構わずに、闇に向かって剣を叩き付ける。

「ぬぅおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 ショック!

 

 セシルを守る闇に激突する瞬間、レオの剣が純白に輝いて、そこから衝撃力が発生する!
 防御を捨てた勢い任せの一撃に、さらに自分の必殺の一撃を加算した強斬撃とでも言うべき一撃が、セシルの “闇” を切り開く!

「・・・なっ!」

 がぎいいいいいいいいいいいいっ!

 クリスタルソードとデスブリンガーが激突する。
 そして、セシルの身体が後ろへとよろめいた。前へ前へと勢いを放っていた分、レオが競り勝ったのだ。

「これで終わりだッ!」

 よろめいたセシルに向かって、レオはさらなる踏み込み。
 ズォンッ、と踏み込んだ足が綺麗に地面へめり込む。体重のよく乗った踏み込みが、さらなる強斬を生み放つ!

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 ショック!

 

 先程のように勢いはない。
 だがそれ以上に力強い踏み込みと、先程よりもさらに眩く光輝く必殺の衝撃力。
 対して、セシルはバランスを崩してよろめいている。レオ=クリストフ渾身の一撃に対して、何することも出来ないはず―――だった。

「―――届かないよ」

 だが、セシルは不敵に笑う。
 あらゆるものをも砕き断ち切る必殺の一撃を前にして、セシルはただ呟いただけだった。

「真なる孤独には、なにものも届きはしない・・・・・・」

 その言葉はまるで世界の理のように。

「・・・な・・・・・・!?」

 セシルへと振り下ろされたクリスタルの剣は、その眼前で勢いを失い止まる。
 光り輝く衝撃力も、まるでそんなものは幻だったとでも言うかのように、あっけなく消え失せた。

 呆然とするレオの前で、セシルは寂しそうに言葉を放つ。

「―――・・・この力は原初の闇。世界がまだ世界である前の、なにもなかった時の闇。人間には到底理解することも出来ないほどの長い間、なにもなく在り続けた闇が、気づいてしまった孤独の力。世界が在り始める直前まで嘆き続けた寂しい力。世界を産み出すほどの涙の力」
「世界を産み出す力だと・・・・・・神の力とでも言うつもりか・・・人間には到底叶わぬ力だと!」

 セシルに剣を向けたまま、レオは悔しそうに言う。
 だが、セシルはやはり寂しそうに首を横に振った。

「そう思うのなら・・・そうかもしれないな」
「ふざけるなッ! 神など、私は信じないッ! あったとしても、そんなものは私が打ち砕くッ!」

 セシルに届かぬ剣を、レオはもう一度大きく振り上げた。
 それに対して、セシルはレオに向かって片方の手の平を向けた。

「なんのつもりだ・・・?」
「ちょっと待って欲しいって意味だよ。これは、僕と・・・レオ将軍、あなたとの戦いじゃあない」
「バッツ=クラウザーはもう戦えん! ならば―――」
「誰が・・・・・・っ・・・・・・もう戦えねえって・・・?」

 声は、レオの背後から。
 剣を振り上げたまま首だけで振り返れば、そこには刀を杖にして、よろめきながらもバッツが立ち上がるところだった―――

 

 


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