第13章「騎士と旅人」
J.「『勝ちたい!』」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロン城・中庭
レオ=クリストフは戦慄を覚えていた。
目の前で繰り広げられる、騎士と旅人の戦いに。バッツの強さは知っていた。
二度も剣を交えたレオ自身が良く知っている。
その強さの要因は、無拍子による身のこなし。予備動作ゼロで始動するその動きは、見切ろうと思っても見切れるものではない。だからレオは、ファブールの戦いではバッツが “人を殺せない” 点を突き、心理戦に持ち込んで勝利した。
バロンでは、気配と直感でバッツの来る方向を察知して、迎撃することが出来た。だが、セシルは完全にバッツの動きを見切っている。
心理戦に持ち込むことなく、また、気配や直感などというあやふやなものに頼らず、バッツの動きを完全に理解していた。正直なところ、レオは今のセシルを、それほど恐ろしいとは感じなかった。
ファブールでのダークフォースが暴走した時のセシルに比べれば、今のセシル相手ならば十二分に勝利する自信がある。
先程から見ていても、確かに一流の戦士の動きではあるが、それ以上ではない。
こと攻撃力に関しては、セシルと双璧を成す、バロン最強の槍たるカイン=ハイウィンドの方が上だろう。だが、だからこそレオは戦慄する。
バッツ=クラウザーが、その身のこなしだけで自分と対等に渡り合ったように。
セシル=ハーヴィはバッツの動きを見切り、その次の動きを予測することによって、バッツの無拍子を圧倒している。
その見切りの能力は、レオのそれをも上回るだろう。一つの力に特化したもの同士の戦い。
今、目の前で繰り広げられているのは、そう言った戦いだった。「この戦いの行方・・・どうなると思う?」
隣でヤンが問いかけてくる。
レオは素直に首を横に振った。「解らぬ」
今は、セシルがバッツの動きを完全に抑え込んでいる。
だが、レオにはバッツがこのまま終わるとは到底思えなかった。
自分が負けた相手だから贔屓しているわけではない。それは長年剣を振るい続けてきた戦士としての直感だった。なによりも、バッツは全てを尽してセシルを倒すと言った。
そしてバッツは未だに全てを出し尽くしてはいない。斬鉄剣―――
剣技の中でも最強の一太刀。
それをバッツは見せていない―――だが。(使えるのか、バッツ=クラウザー・・・? 相手を一瞬で殺してしまうかもしれない秘剣を。私と戦った時でさえ、最後の最後まで使えなかった技を)
バッツはレオと戦った際に、斬鉄剣を使えなかった。
使わなかったのではない、使えなかったのだ。
自分ですら知覚できないほどの一瞬の斬撃。殺した感触も無いままに殺してしまう―――その恐怖から、バッツは使うことが出来なかった。はたしてそれを、敵でもないセシル相手に使えるものなのだろうか。
「・・・使えれば正に必殺。使えなければ、負ける」
呟くレオの視線の先で、バッツは絶えず動き、セシルに攻撃を仕掛けては跳ね返されるを繰り返していた―――
******
「・・・・・・ちぃっ!」
もう何度目どころか何十度目の攻撃を弾き返され、バッツはセシルから間合いを取る。
間髪入れずに、セシルの視界から逃れるように横に飛び、死角から再び攻めるが、そこに来るのが解っているかのように、剣で受けられ弾かれる。(・・・解って居るんだよな・・・)
認めがたいことだが認めざるを得ない。
セシル=ハーヴィはバッツの動きを完全に見切り、その動きの先の先まで完全に読み切っている。バッツがどんなに裏を掻いて、死角から死角へと飛び込んで攻撃を仕掛けても、全てはセシルの掌の上だ。
―――お前の剣は、軽い。
レオに言われた言葉が蘇る。
如何にセシルが動きを読もうと、バッツの剣が重ければ、セシルは何度も受けきれないはずだ。
レオ=クリストフほどの筋力があれば、弾かれるのは受けたセシルの方だろう。だが、何十回と繰り出したバッツの一撃を、セシルは間違うことなく弾き返す。
それはつまり、軽いと言うこと。今になって、バッツはレオの言葉を痛感していた。
「のやろう・・・ッ」
死角から死角へ。
セシルの利き腕ではない左手側から斬りかかると見せかけて、背中側に回り込んで斬りかかる。
などと、バッツなりにフェイントなどを使ってみせるが、それも見破られる。振り向きざまに振るわれた巻き打ちに、バッツの刀がまたもや宙を飛ぶ。「くそっ・・・隙がありゃしねえっ!」
素早く逃げるようにセシルと間合いを取り、跳ね上げられ、落ちてきた刀を上手い具合にキャッチする。
自分の刀が全く届かずに、段々と苛立ちを募らせていくバッツに、セシルは穏やかな微笑みを向けた。「どうした? バッツ、そろそろ諦めるかい?」
「諦めるかバッキャロー!」
「でも、君の剣は僕には通用しない。それはもう分かり切ったことだろう?」
「まだ・・・、俺には奥の手があるッ!」宣言して、バッツは表情から苛立ちを消し、何かを覚悟するかのようにまっすぐにセシルを見据える。
「セシル・・・この剣は、お前を殺してしまうかもしれない」
「君の “奥の手” とやらはそれほどのものなのか? なら、やってみせるがいいよ―――なんにせよ、君の剣は僕には通じない」
「・・・死んでも・・・・・・恨むなよッ!」セシルの挑発に、バッツは乗った。
覚悟して歯を食いしばり、そして呟き始める―――「―――その剣は疾風の剣」
******
がたりっ、とレオは荒々しく実況席から立ち上がる。
「使うつもりなのか! 斬鉄剣を!」
レオが叫ぶ。ヤンも立ち上がった。
だが、ベイガンだけが平然と座っている。「落ち着くのです、お二方」
「ベイガン殿! 貴殿は知らぬからこそ落ち着いていられる! バッツ=クラウザーの斬鉄剣は、紛れもなく一撃必殺。例えバッツの動きを見切れたとしても、あの技まで見切れはしない!」
「私もこの目で見た―――いや、見れなかった。・・・バッツがあの技を使うというのならば止めるべきだ。セシルが死んでしまう!」ヤンまでもが焦った声で叫ぶ。
だが、あくまでもベイガンは落ち着き払ったまま動かない。「止める必要はありません。セシル殿は王の魂を受け継いでいる―――ならば、斬鉄剣は通用しない」
「どういう意味だ・・・?」
「見ていれば解りますよ」全てを見通しているかのように超然としたベイガンの物言いに、レオもヤンも気を削がれ、それ以上は騒ぎ立てることをしなかった。
******
「風よりも速く何よりも速く限りなく速くただ速く・・・」
朗々と呪文のように口上を述べるバッツを見て、セシルは「ふうん」と感心したような声を漏らす。
(成程。随分と本気になってくれたようだ―――だけど)
必殺の一撃を放つために精神統一をしているバッツに向けて、セシルはデスブリンガーの切っ先を向ける。
「それを容易くやらせるほど、僕はお人好しじゃあない」
デスブリンガー
暗黒剣の切っ先から、無数の細かい闇の刃が撃ち放たれる!
「・・・斬るよりも速く―――って、なぁっ!?」
迫り来る無数の刃を目にして、バッツの口上が途切れる。
慌てて、横っ飛びに回避するが、刃の一部の軌道が折れ曲がり、バッツを追撃する!「畜生!」
迫り来る刃に対して、バッツは手にした刀で打ち払う。
闇の刃は、バッツの刀に斬られると、あっさりと光の中に消え失せた。「―――その技は大きな弱点がある」
「!?」セシルの声はすぐ間近から。
振りかえればバッツの横手にセシルが居た。しかも、さっきと全く同じように、すでに居合いの構えだ。「それは極度の精神集中が必要のため、少しばかりタメが必要だと言うこと!」
居合い斬り
それはまるでさきほどの再現だ。
ただ一つ違うのは、今は闇の刃を打ち払ったせいで体勢が不十分、先程よりも余裕が無いこと。
回避することも、剣で受け止めることもできない。このまま何もしなければ胴と身体が泣き別れだ。
しかし避けることは出来ない。ならば。
(くそったれえええええっ!)
ならば、と、バッツは踏み込んだ。
回避することも受けることも出来ないのなら、踏み込むしかない。セシルの居合いと、バッツの踏み込みはほぼ同時。
バッツが踏み込んだために、デスブリンガーの刀身はバッツには当たらなかった。代わりに、セシルが剣を握っている拳が、バッツの腹部にめぐり込む。「ぐふっっっぅ!」
腹の上から叩き込まれた打撃によって、身体の中の酸素が全部強制的に吐き出された。
一瞬、酸欠になり頭がホワイトアウト。
だが、お陰で胴体泣き別れだけは回避出来た。痛みを堪え、手にした刀をセシルに向ける。
至近距離なので、振り回しても当たらない。そのために僅かに半歩ほど退いて、間合いを作る。「もらったぁっ!」
セシルに向かって刀を振り下ろす。
居合いで抜剣した状態のまま、セシルは体勢を立て直せない。
回避不可能―――のはずだったが。「―――在れ」
その一言で、セシルの手の中から剣が消えて、同時にバッツの斬撃の軌道を遮るように出現する。
「―――っ!」
セシルに向かって振り下ろされた刀は、虚空に浮かんだ暗黒剣によって遮られる。
キンッ、と軽い金属音を鳴り響かせ、デスブリンガーが地面に叩き落とされる―――所を、セシルが柄を握って、バッツの刀ごと受け止める。「残念」
「・・・っ!」セシルがバッツの刀を弾こうと、剣に力を込める―――よりも早く、バッツの方から素早く身を退いて間合いを取った。
いつもの距離。
何度斬りかかっても、結局はこの距離に戻される。(まあ・・・接近して打ち合う技量が無いから仕方ねえんだが)
バッツは心中で舌打ち。
無拍子を使えるバッツは、身のこなしこそ歴戦の戦士達を凌駕することができる。
だが、剣技自体はレベルが低く、足を止めて打ち合えば、おそらくは周りで観戦している名も知らないバロン兵Aにすら勝てないだろう。
打ち合うには、バッツは技量と筋力が足りない。だからこそ、死角から斬り込んでは、即座に間合いを取る、一撃離脱戦法でしか戦えない。
「流石にその斬鉄剣を見切る自信は無いからね。一度しか―――それも夢現の中でしか、見たことがないし」
軽く一息ついて、セシルがそんなことを言う。
セシルの身体にオーディンの魂が乗り移っていた時に、バッツは一度だけ斬鉄剣を使っていた。
その時のことを、セシルは夢として知覚している。だから、斬鉄剣のことを知っていた。「・・・まるで、あと何回か見れば見切れる見たいな言い方だな」
「さて。それはちょっと解らないな―――それほどまでに、君の使う技は恐ろしい」恐ろしい、と言う割には恐怖を微塵も感じさせない。
「くっそー・・・余裕がありすぎてムカつく」
「降参する?」
「するかバカ! 今どうするか考え中だからちょっと待て―――」
「いや、待つほど僕はお人好しじゃあないな」バッツに向かって、今度はセシルから動き出す。
1歩、2歩、3歩踏み込んで間合いを詰めると同時に、右手に持った剣でバッツへと振り下ろす。「当たるかぁっ!」
真っ向から振り下ろされた剣をバッツは容易く回避。すると同時に、セシルの左手側へと回り込んだ。
(隙だらけだぜ!)
剣を振り下ろした状態で、体勢の整って無いセシルに向かって刀を振り上げ―――
(―――っ!?)
―――ようとして、ゾクリ、と背筋に冷たいモノが走る。
なにか嫌な予感がして、バッツは刀を止めた。(そういやさっきも似たような―――)
「在れ」
セシルの短い呟き。
その一言で、セシルの左の腰に、光と共に剣が現れる。
デスブリンガーではない。白い鞘のついた、聖剣。「ちぃっ!」
セシルが聖剣を空いた左手で掴むと同時、バッツは刀を盾にして身を守る。
次の瞬間、鞘の中から白き聖剣が抜き放たれた!
居合い斬り
ぎいいいいいいいいっ!
耳障りな金属音が鳴り響く。
セシルの聖剣は、バッツの刀に受け止められていた。不十分な体勢。しかも利き腕ではない左腕で放った技だ。
さっきの居合い斬りよりも、速さも力も無い。バッツの刀でも十分受け止められた―――が、それでセシルの連撃は終わらない!「おおおおおおおおおおおっ!」
セシルが吠える。
聖剣を受け止められた反動で身を起こし、右手のデスブリンガーを振りかぶる―――と、即座にバッツに向けて振り下ろした。闇の剣によって、バッツの身体が縦真っ二つに両断される。
決着した! と、周りの観客がどよめく。
しかし、セシルは止まらない。「―――そんな技も持ってたのか」
セシルは素早く後ろを振り返る。
そこには、今、斬ったはずのバッツの姿があった。「・・・もう少し驚くか、隙を見せやがれ」
「一瞬だけ驚いた。すぐに手応えがないことに気がついたけどね」セシルが斬ったのは、バッツの残像だった。
無拍子の応用技である “分け身” セシルに見せたのは初めてだったはずだが、それをいとも容易く見破られた。(ますます手が無くなってきた―――通じそうなのは斬鉄剣くらいか・・・使わせちゃくれねえが)
本格的に手詰まりになったことを感じ、バッツは焦る。
焦る心に浮かぶのは疑問だった。(くそっ、どうしてここまで動きが見切られる!?)
レオ=クリストフにすら、こうまで完璧に見切られはしなかった。
バッツの攻撃を待ちかまえ、迎撃するだけで精一杯だったというのに、セシルは待ちかまえるだけでなく果敢に攻めてくる。それも、こちらの数手先を常に読み切って。「どうして動きを見切れるか、教えてあげようか」
「!」まさに今考えていたことを、セシルに言われてどきりとする。
だが、そんなバッツの心中をしってかどうか、セシルは構わずに続けた。「確かに君の無拍子は、予備動作もなくいきなりトップスピードで動くことのできる、通常ではあり得ない動きだ。それでいきなり死角に飛び込まれれば、どんな達人だって見切れはしない」
「見切れてるじゃねーか」
「・・・確かに無拍子は神技とも呼べる技だ。けれど、バッツ。君はただの旅人だ。戦士じゃない」
「なにが言いたいんだよっ」
「戦い慣れていないって事だよ。動きは読めなくても、君の目は読める」
「・・・目?」言われて、バッツは自分の目を軽くこすった。
言われてる意味がわからずに首を傾げる。「身体は動かなくても、目は動くと言うことだよ。君は動く直前、行き先を目で見る」
「・・・あ」
「そして、もう一つは呼吸だ。君の呼吸を感じていれば、どのタイミングで動くかはっきりと解る」
「こ、呼吸って」バッツはぐるりと周囲を見回す。
セシルとバッツの周りには、多くの観客が2人の戦いが見守っていた。
騒がしいほどではないが、それでもざわめきはある。「呼吸って、こんな中でどうやって俺の息づかいなんて聞こえるんだよ!?」
「聞くんじゃない、感じるんだ。音もそうだし、あとは君の僅かな胸の動き、そして空気の流れ―――それらを総合して感じるんだ。そして、最後に」
「まだあるのかよ!」
「これが一番致命的だ。君の動きは読みやすい。というか、攻撃パターンが少なすぎる」
「うっ」痛いトコを突かれた。確かに致命的だと自分でも思う。
「基本的には死角へと飛び込んで、斬りかかる。それしかないから、それを見切られてしまえばどうしようもなくなる」
「・・・・・・」バッツは無言。
セシルが言ったことは全て図星で、そして実際にその通りにどうしようも無くなっている。(勝てない・・・)
敗北感がじわじわと沸き上がる。
レオ=クリストフ相手にも、こんな気持ちは起らなかった。(勝てねえ・・・・・・勝てないけど―――だけど)
「俺は・・・ッ!」
「!」不意にバッツはセシルに向かって突進する。
真っ正面から、剣を振りかぶって、セシルに向かって叩き付けた!ぎいん!
それをセシルは剣で受け止める。
勢い任せのバッツの一撃も、セシルには通用しない。「はああああっ!」
「ぐっ!」逆に押し返され、バッツは後退。
力ではセシルの方が強い―――だからバッツは自分から身を退いて。「俺はッ! 勝ちたい!」
再び真っ向から斬りかかる。
その剣をセシルは受け止めず、力任せに跳ね上げた。「ちぃっ!」
バッツの手の中からはじき出され、くるくると回転して空に舞う刀。
無手のバッツに、デスブリンガーの切っ先が向けられる。「勝ちたいなら―――見せて見ろ。僕に勝つための何かを!」
「―――ッ」セシルの言葉に押されたように、バッツは後ろに下がる。
と、その傍らに、刀が突き立った。
バッツは父から託されたその刀を見つめ―――抜く。「セシルに勝つための、何か・・・」
(俺の動きは通じない。力も、技も通用しない)
「俺が、セシルに見せる・・・もの」
(どんなに裏を掻こうがセシルは読み切る―――考えたところで無意味ってことだ)
「勝つために、俺が出来ること―――いや」
(迷うな! 俺が出来る事なんて一つしかない。だったら―――)
「俺にしか出来ない事を見せてやる!」
手にした刀をぶるんと振って、バッツは吠えた。
「見せて見ろよ! それが出来なかったら、バッツ! お前の負けだ!」
「俺は、負けねえッ!」(考えるな!)
バッツが動き出す。
動き出しながら、思考が加速していく。(考えても読まれるだけ。悩んでも迷うだけ。だったら、何も考えず、俺の出来ることを―――俺にしかできない事をやるしかない!)
いつもの通り、セシルの死角へと回り込む。
セシルは微動だにしない―――読み切っているのだから、焦る必要もないのだろう。
このまま仕掛けても、結局変わらない―――そんな不安と迷いが沸き上がる。(迷うなって言うんだ! いつもの俺が通じないって言うのなら、いつもの俺よりも、もっと速くもっと強く突き詰めた俺を―――)
心の中で絶叫する!
迷いそうな自分、諦めそうな自分を吹き飛ばそうと、心が叫ぶ!爆発する心を胸に秘め、セシルに向かって強く速く踏み込む!
「通用しない!」
バッツの振るった刀は、またもやセシルの剣に受け止められる。
いつもの鋼と鋼がぶつかり合う、耳障りな衝撃音が鳴り響く。
その音が、バッツの耳の奥に響き、衝撃が刀を伝わって全身を震わせたその瞬間―――(・・・――――――)
バッツの思考が、消えた・・・