第13章「騎士と旅人」
I .「己が全てを賭ける時」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロン城・中庭

 

 

「・・・やはりセシルの方が一枚上手と言うことか」

 実況席でヤンがどこか満足げに頷く。
 自分の予想が当たって嬉しいらしい。

「しかし、バッツもまた負けてはいない。これからどうなるかは解らん」

 やや固い表情でレオが言う。
 それに対して、ヤンはふっ、と笑い。

「バッツの剣はセシルに届かない。ならば、勝敗もう決したようなものだろう」
「私とて、何度もバッツの攻撃を跳ね返した―――が、それでも負けずに立ち向かってきた。そして立ち上がるたびに少しずつ成長したように思える。これからの展開如何によっては、勝敗が逆転することもありうる!」

 力説するレオに、ヤンは少し眉をひそめる。

「・・・セシルと言い、レオ将軍と言い、どうしてそこまでバッツ=クラウザーを評価しているのかが解らんよ。やつはただの旅人だろうに」

 バカにしているのではなく、本気で訝しげにヤンは呟く。
 そのヤンが不可解に感じているのが解ったのか、レオも少し昂ぶっていた感情を抑え、努めて冷静に応えた。

「ただの旅人かもしれぬ。だがらと言って、甘く見れる存在でもない。それにあの男には “斬鉄剣” がある」
「む」

 斬鉄剣。
 剣を使わないヤンですら耳にしたことのある、剣を極めし者のみが使えるという、一閃必殺の最強剣。
 その斬鉄剣を、バッツがニセモノのバロン王に対して使ったのを、確かにヤンは見た。・・・見たというのは少し間違いか、その時はまさに一瞬の斬撃だったので、その瞬間を見逃してしまった。

 だが、一段落終えた後、レオの敗因を聞いて、あれがそうなのだと理解した。

「斬鉄剣はまさに必殺の剣。それをバッツが使うようなことがあれば・・・」
「セシル=ハーヴィは死ぬかもしれん。私とて、もしかしたら死んでいたかもしれないのだから」

 そう言って、レオは自分の腕を見る。
 あまりにも綺麗に切断されたために、魔法で癒した傷跡は全く見えない。
 だが、見えなくともレオには感じられる。自分の腕が切断された部分を。そして戦慄を覚える。世界最強の一人とまで言われた自分が、全く反応出来ずに腕を落とされたことに。そして恐怖を感じる。一歩間違えば、身体が切断され、即死していたかもしれないということを。

「ま。バッツ=クラウザーが斬鉄剣を使うことはまずないだろう。斬鉄剣は諸刃の剣だ。当たれば必殺だが、当たらなければ大きな隙ができる。なにより、これは決闘ではあるが殺し合いではないのだろう?」
「・・・先程のバッツは、本気でセシルを斬りに言ったように見えたが?」
「当たらなかっただろう。バッツ=クラウザーは人を殺せない。だから外した―――」
「違います」

 レオの言葉を否定したのは、それまで黙っていたベイガンだった。
 ベイガンは、バッツの突進を受け止めては弾き返すセシルの姿をじっと見つめながら、

「あれは外したのではありませんよ。外れたのです」

 ベイガンのきっぱりとした口調に、レオは首を傾げた。

「? しかしあの時のセシルはバッツの攻撃に対して微動だにせず、斬られるに任せるようだったが・・・?」
「まさか―――」

 理解出来ないレオ。
 だが、ヤンは心当たりに思い至ったようだった。

「ああ、そう言えばあの時、貴方も居ましたね」

 はっとするヤンに、ベイガンは思い出したかのように呟く。

「その通りですよ、ヤン僧長殿。セシル殿は王の魂を引き継いでいる―――」

 

 

******

 

 バッツは動きを止めた。
 先程から何度攻撃を仕掛けても届かない。

(やべえ、届く気がしねえ)

 心の中に沸き上がる焦燥感。バッツは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

 レオと戦った時も同じように届かず、逆に反撃を受けた。
 だが、セシルはバッツの剣を受けるだけ。レオのように反撃でもしてくれれば、同じように『肉を斬らせて皮を斬る』作戦で、突破口を開けるかもしれないのだが、そう言った隙を見せてくれない。

「どうした? もう終わりか?」
「うっせい! ちょっと待ってろ! こちとら色々考えてんだ!」

 目の前で暗黒剣を手に静かに佇むセシルを睨み、バッツは考える。

(兎に角、セシルのヤツが動いてくれれば・・・動きさえすれば、必ずそこに隙が出来るはず。そして、隙があれば・・・こっちの動きを見切っていようと、その隙をつければ、俺の勝ちだ)

 だが、そのセシルを動かすと言うことが難しい。先程から色々と試してはいるのだが、セシルは必要以上に動かずに、隙を見せてくれない。

(くっそ。このままじゃ、勝てねェ! あいつに勝つにはどうにかして動かさないと―――)

「・・・来ないなら、こっちから行くぞ」
「だからうるせえって。今、どうにかしてお前を動かそうと―――え?」

 バッツはセシルを見る。
 と、セシルは水平にした剣の切っ先を、こちらへと向けていた。
 それは何度か見たことのある、暗黒剣のダークフォースを解放する構え。

「行くよ―――」

 

 デスブリンガー

 

 その瞬間、デスブリンガーの輪郭がぼやける。
 だが、剣が消失する時のように空気に溶けるわけではなく、逆にその形が大きく膨れあがる。
 二倍ほどに膨張したぼやけた輪郭の切っ先から、一条の太い闇のレーザーが放たれる!

「ちぃっ!」

 迫り来る闇の一撃を、バッツは素早く横っ飛びに回避した。
 回避しつつ、レーザーの進行方向を振り返る。その先にも観客達が居る。
 だが、闇のレーザーは、周りの観客へ届く寸前で消失した。それを確認して、バッツは安堵。それから頭を切り換える。

(セシルの方から動いた!? なら、この隙に回り込んで―――)

 思いながらセシルの姿を確認しようと前を剥く。
 セシルの姿はすぐ目の前にあった。

「・・・なぁっ!?」
「―――在れ」

 セシルはダークフォースを放つと同時に、バッツが回避する方向を予測してダッシュしたのだ。
 そして、バッツが見たセシルの構えは、腰を低く落とし、剣を虚空から出現した闇の鞘に収めた状態。それは、先の “茶番” で、バッツがセシルに敗れた技の構えだ。

「避けろよ」
「・・・ッ!」

 台詞までその時の再現。
 だが、バッツはそれに答えない。答える余裕がない。
 だから言葉ではなく動きで応える!

 シャ――――――ッ・・・と、静かな音を立てて、セシルの剣が鞘の中を滑り加速する。
 そして、解き放たれる漆黒の斬撃。

 

 居合い斬り

 

 綺麗な弧を描いてバッツに向かって放たれるその一撃は、茶番の時のように外す様子を見せない。
 問答無用の必殺の一撃。死んだと諦めてしまえば、本当に終わりだ。

(こんなところでッ)

 死んでたまるか、と思考を続ける余裕もなく、バッツは殆ど無心で動く。
 考えるよりも速く、身体が生きるための本能を全開にして、迫り来る “死” を回避するための最適かつ唯一の方法を導き出す。

 セシルの放った居合いの技に対しては、バッツの無拍子ですら避けきることは出来ない。
 かといって、刀で防ごうにも、バッツの筋力では刀が弾かれてしまうのがオチだろう。

 ならばどうするか。

 鞘から刃が放たれる直前、バッツは反射的に手にした刀を縦にして、剣を受け止める盾とした。
 だが、先も行ったようにバッツの筋力では防ぎきれない。
 このままでは刀を弾かれ斬られて死ぬと、頭ではなく本能が直感する。だからバッツはそれに加え、もう一つ動きを見せた。デスブリンガーが刀に当たったその瞬間に、バッツはデスブリンガーの動きに合わせて、跳ぶ。

 それは刹那の見極め。
 跳ぶのが少しでも早すぎれば、刀は盾とならずに弾かれて、そのまま身体を両断されていただろう。
 跳ぶのが少しでも遅すぎれば、居合いの衝撃を抑えきれずに刀は弾かれ、同じく身体は両断されていただろう。

 デスブリンガーが刀に接触したその瞬間に跳ぶことによって、デスブリンガーが刀を押す形となり、刀ごとバッツの身体は押されて―――

「―――くおっ」

 セシルの放った居合い斬り。
 その一撃に押される―――というよりは投げられる、という方がぴったりくるだろうか―――ようにして、バッツは長く吹っ飛ばされた。

 ずざざざざっ、と地面に足を滑らせてなんとか倒れずに着地する。

「ひゅーー・・・・・」

 自然と口から息が漏れる。
 それと同時に、全身から冷や汗が滝のように流れ出た。

 バッツは幼い頃から父親に連れられて、割と長い間旅をしてきた。
 その間に危険なことは、もう覚えきれないほど何度もあった。
 命を落としかけたこともある。

 しかし。

「・・・い、今ほど死ぬと思ったことはなかったぜ・・・」

 終わってしまえばほんの一瞬の出来事だ。
 だが、バッツには無限の時間に感じられた。

 極度の緊張のために、乾いた口内を癒やすためにあふれ出た唾を飲み込み、バッツはセシルを凝視する。

「おまえ・・・本気で俺を殺す気か。・・・マジで今の一歩間違えりゃ死んでたぞ・・・」

 力なく、声が震えている。
 レオ=クリストフとは死闘を繰り広げたばかりだ。あの時も、一歩間違えれば死んだと思う時があった。
 だが、今ほどに恐怖は感じていない。
 あの時はそれが命を賭けた死闘だと解っていたからだ。だから、レオがこちらを殺そうとするというのは当然であった。

 だが、今は違う。
 いかに決闘とはいえ、殺し殺されの死闘ではないはずだ。
 少しばかり意見の相違があったとはいえ、互いに憎むべき敵ではないはずだ。

 だというのに、セシルはヘタすれば死んでもおかしくない一撃を繰り出してきた。
 なによりも、当のセシルは震えるバッツを前にして、平然と。

「死んでないから別にいいだろう?」
「おい」

 悪びれた様子が全くない。
 バッツが何よりも恐ろしく、声が震えるほどに恐怖を感じて居るのは、セシルの様子だった。
 仲間を殺してしまうところだったというのに、そんな気負いは微塵も見せない。
 というか、先程の居合い斬りの時にも殺気を感じさせなかった。それは、つまり。

「死ぬと思ってたらやらないさ」

(死ぬと思っていなかったって!? 冗談じゃねえぞ! マジでやばかったんだからな、俺はあああああああああっ!)

 さわやかとも言えるセシルの笑顔に、バッツは心の中で絶叫する。
 だが、何故か声には出さなかった。なんとなくそれを声に出してしまったら、きっと後悔する―――何故かそんな気がして。

「恐ぇやつだな、お前」
「どういうわけかたまに言われるよ―――それよりも、さてどうする? まだ続けるかい?」

 その質問にどきりとする。
 正直、まだ恐怖に身が震えている。
 もう一度、同じ事をやられたら今度は確実に死んでしまう予感がある。

 よく解らないがセシルの様子がさっきまでと違う。
 あの時、バッツが「無理と思わなければ、無理じゃねえ」と叫んで、それを噴き出してからだ。
 それからセシルの様子が変わったようにバッツには思えた。
 しかし、どうして変わったのかが解らない。

 解っているのはただ一つ。
 セシルはバッツの事を殺すつもりはなく、しかし躊躇わずに殺そうとしてくるということだ。

 恐怖が心を支配する。
 今すぐに逃げ出したい気分だ。
 だから、勿論、バッツはもう止める、と答えようと思った。

「・・・・・・る」

 その言葉は、小さくバッツの口から漏れた。
 あまりにも小さすぎてセシルは上手く聞き取れなかったようだった。耳に手を当て「ん?」と聞き直す。
 対してバッツは、それならばと、すーっと思い切り息を吸い込んで―――叫んだ。

 

「―――続けるに決まってるだろ、この馬鹿野郎!」

 

 思いとは裏腹の言葉が叫びとなって飛び出す。
 どういうわけか、戸惑いはない。
 叫んでから納得する。恐怖はある。逃げ出したいのも本当。止めたいとも思ってる。

 ―――だがそれ以上に、負けたくないと思っている自分が居る。

 セシルに負けたくない。恐怖に負けたくない。なによりも、弱い自分に二度と負けたくない。
 ファブールで、バッツは完膚無きまでに敗北した。
 レオに敗れ、リディアの優しさに打ちのめされ、セシルにも負けて―――そして逃げ出した。

 その敗北があったからこそ、再び舞い戻り、レオに立ち向かい、そしてこうしてここに居るのだと思える。
 けれど、その一方で後悔もある。
 ファブールで負けなければ―――負けてしまうほど弱くなければ、もっと別の意味でここにいたんだろうと。

 セシルの後悔ではないが、自分が逃げなければ、リディアだってミシディアの双子だって、助けることが出来たんじゃないかと思う。

 でも現実にバッツは負けて、逃げてしまった。
 リディアとも別れてしまったし、双子も犠牲になって石化してしまった。
 それが現実だ。もう取り戻しようのない事実。

 しかし、そのことに後悔しているのなら、もう二度と負けたくないと思う。
 少なくとも―――

「自分から諦めて、逃げてたまるかっ! セシル! てめえが本気なら俺も本気だ! 俺の全てを尽してお前を倒すッ!」

 もう冷や汗はすべて流れきった。
 いつの間にか身体の震えは消え去っていた。
 恐怖はまだある。だが、それは、なにも出来ずに負けて、終わってしまうことへの恐怖だった。

 対してセシルは穏やかに笑みを返す。

「ああ! 見せてみろよ、君の全てを! 僕はそれを受け止めてみせる!」

 セシルはデスブリンガーを構え、同時にバッツは動き出す―――

 

 

******

 

 

 ―――後になって、バッツは思い返してから気づくことになる。

 負けたくないから、バッツは戦うことを止めなかったのだと思っていた。
 けれど、それは少しだけ違う。
 本当は、気づいていたからだ。

 その時のセシルの穏やかな微笑み。それが特別な意味がある微笑みだったということを。

 だからこそ、バッツは戦うことを止めなかった。
 セシル=ハーヴィに応えるために。

 

 

 


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