第13章「騎士と旅人」
H.「決闘開始」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・中庭

 

 

「思い出したーッ」

 しゃがみ込んで考え込んでいたバッツがそういって叫んだのは、ちょうどセシルが売り子を呼び止めてオレンジジュースを注文しようとしたときだった。

「あ、ごめん。やっぱりキャンセル」

 売り子はジュースを差し出したところに断られ、不満そうな顔をしたが、セシルが「ごめんね」と謝ると、しぶしぶといった様子で下がる。

 セシルがバッツを振り返ってみると、なんとも嬉しそうにこちらに指を突きつけていた。

「思い出したぜ! 確か、ファブールでの決着をつけるために決闘するんだな!」
「ファブールじゃ、もう決着はついた気がするけど?」
「いいや、あれは俺が引いただけだ!」
「負けず嫌いだなー」

 セシルは苦笑する。
 どうやら先ほどの、石化した双子の前でのやり取りは完全に忘れ去っているらしい。

(ま、それのほうが気が楽か)

 言われたこと、言ったこと。
 本気という本音でぶつかり合った事実はセシルの中に、まだわだかまりとして残っている。
 特に「解ってない」という言葉は、なぜか心を苛立たせる。

 自分では自分のことを誰よりも解っていると思う。
 正しいと思うことしかできず、その為には自分の思うとおりに動くことしかできない。たとえそれが間違っていたとしても。そんな愚かな男だ。
 そして、そのせいで親友の期待を裏切り、大切な彼女を見捨てもした。自分が心配だからとついてきた双子まで犠牲にしてしてしまった。

 なにより―――

(・・・なにより。僕は大切な人を見殺しにしてしまった。そんな罪深く情け無いヤツ)

「まあ、君が自分の剣を思い出したのかどうか、僕にはその答えを見る義務はあるかな」

 心の中に湧き上がる暗い感情を押し殺し、セシルは無理に明るく言う。
 すると、バッツもうなずいて。

「ああ、それに―――」

 にやり、と彼はいつものように笑う。
 いつものように不敵に、楽しそうに、笑った。

「―――あのガキどものために、てめえを叩きのめすって言ったしな」
「・・・・・・!」

(・・・覚えているじゃないか)

 思いつつわきあがる感情は、なぜか苛立ちではなかった。

 バッツ=クラウザーという男はバカである。
 はっきり言ってしまえば頭が悪い。

 ただし、愚か者ではない。

(自分が正しいと思うこと。それを理屈も理由もなく、感情のままに行使する。それができる男―――って、あれ・・・?)

 バッツに対しての感想に、なにかひっかるものを感じてセシルは首をかしげる。
 おそらく、それがバッツに対する苛立ちに理由なのかもしれないと思いながら。

 だが、その答えを考えるヒマもなく。

「じゃあ、始めようぜ、セシル=ハーヴィ。覚悟という決着をつけるために!」

 

 

******

 

 

 観客が見守るその中央で、セシルとバッツは互いに向き合う。
 セシルは剣を両手で、目に見える相手の姿を斜めに断つように、やや傾けて構える。
 対してバッツは刀を片手でだらりと下げて、構えない。

『さあ! ついに始まりましたセシルVSバッツ! バロン最強の剣と剣聖の息子。果たして勝つのはどっち・・・』
「ロォーック! ヒマなら飛空挺の整備を手伝わんかいっ!」

 ロックが解説をし始めたところで、いきなりシドが乱入してきた。
 実況席の前まで来ると、強引にロックの耳を引っ張り引きずる。

「おやっさん!? 俺今それどころじゃ・・・痛てえっ!? 耳、耳が千切れる!」
「あんのクソッタレなゴルベーザをブッ倒すためにも、飛空挺の力は必要だぞい。その整備のために猫の手を借りたいほど忙しい。ロイドのやつにも手伝わせとる。お前さんもとっととこんかいッ!」
「わ、わかった! わかったから耳ッ、耳せっ! 離してお願いっ!」

 そんなやりとりをしながら、ロックはシドに引きずられて城の中へ消えた。

「・・・やれやれ」

 ロックを見送ってセシルが嘆息。
 それから苦笑してバッツをみやる。

「・・・色々騒がしくなってしまったけれど、そろそろ―――」

 始めようか、と言おうとした時には、すでにバッツの姿は目の先に無かった。

「!」

 バッツが動いたことに気がついた瞬間、セシルは素早く身を捻ると左を向く。
 果たしてそこには剣を振りかぶったバッツの姿があった。

「貰ったぁっ!」

 刃を返した刀を、容赦なくセシルへと振り下ろしてくる。
 だがその一撃を、セシルは後ろへと身を退いて、事も無げに回避する。刀は何も無い空間を断ち切り、バッツは舌打ちをした。

「ちいっ! 避けられたか」

 呟きながら素早く後ろへと下がる。
 そんなバッツに、「不意打ちとは卑怯だぞー」と観客から声がかかった。おそらくはセシルに賭けた連中だろう。

 周りの野次に、バッツは少し顔をしかめる。

「うるせえなあ・・・・・・セシル、てめえも卑怯だとか言う気か!?」
「別に。何度不意打ちしようと、君の剣は僕には当たらないから問題ない」
「あっそう・・・じゃあ、今度は本気で行くぞコノヤロー!」

 セシルの返事に、バッツはさらに不機嫌そうに顔を歪めた。

 

 

 

******

 

 

「この勝負、どう見ますか・・・?」

 実況席でベイガンが他の解説2人に尋ねる。

「どう見てもバッツ有利だろう。ヤツの身のこなしは人の領域をはみ出している」
「確かにそうかもしれん・・・が、セシルは一度バッツに勝っている」

 レオはバッツを、ヤンはセシルを支持しているようだった。
 ヤンの言葉に、レオは「ほう」と感心したような声を上げて。

「あの男にセシル=ハーヴィが勝利しただと?」
「うむ。ファブールでレオ将軍に敗れた後の話だ」
「・・・ならば、やはりバッツの勝利は動かぬだろうな。ファブールで私と戦った時よりも、格段に成長している。だからこそ、私も敗れた―――」
「それを言うならばセシルとて。何があったのか詳しく知らないが、伝説の聖騎士として舞い戻ってきた。この勝負、わからんよ」

 互いに互いの主張を譲らない。
 2人は軽く視線を合わせた後、フッ・・・と同時に笑みをこぼす。

「ま、戦うのは我々ではない」
「そうだな。これ以上は、この決闘を見守ることでしか解るまい」

 そう言って、2人は中央で対峙する騎士と旅人へと目を向ける。
 と、ちょうどその時、唐突にバッツが動き出したところだった。

 

 

******

 

 

 素早くバッツはセシルから見て左側へと回り込む。
 セシルは右利きだ。
 だから当然、剣も右手に持っている。左側から攻めれば、バッツの攻撃を受けるのに、身体を捻らなければならない。
 故に、先程は身体をバッツの方に向け、しかし剣での迎撃が間に合わないと判断してか、身体を引いて回避した。

(セシルの左手側から攻撃している限り、剣での反撃はねえ。気をつけなきゃいけないのはダムシアンで貰ったカウンターだが、それさえ気をつけてりゃ問題ねえ!)

 セシルはバッツの姿を見失っているのか、真っ正面を見たまま微動だにしない。
 手にした暗黒剣も、変わらず構えたままだ。

(今度こそ、貰ったッ!)

 心の中で勝利を確信して、バッツは両手で刀を握りしめ、セシルに向かって突進する。
 その瞬間、セシルの口が動いた。

「在れ」

 口から飛び出たのは短い一言。
 だが、その一言に反応して、右手に持っていたデスブリンガーの輪郭がぼやけ、空気の中に溶けるように掻き消えた。

「―――!?」

 セシルの右手に注意を払っていたバッツはそのことに気がついて戸惑うが、しかしわずかに躊躇っただけで、前へと踏み込み刀を振り下ろす。

 ―――ぎぃぃぃんっ!

 何度も聞いた鋼と鋼が激突する騒音。
 その音は両手のしびれと共に、バッツの目の前から響いてきた。

「なんだとっ!?」

 気がつけば、振り下ろしたはずの刀が、手の中から消えている。残ったのは衝撃による手の痺れだけ。
 見れば、セシルの左手に握られたデスブリンガーがバッツの目の先に、その切っ先を突き付けられていた。

「う・・・うわわわわわわっ!?」

 困惑する、困惑する、困惑する。
 突然の展開に、頭の理解が追いつかない。
 勝ったと思った。その瞬間、刀を弾かれ、相手の剣の切っ先が目の前にある。

「僕の勝ちだな」

 冷ややかなセシルの声。
 その声に、バッツは少しだけ落ち着きを取り戻す。

「くっ・・・・・・!」

  “無拍子” で後ろに下がり、間合いを取る。
 と、何かが振ってきて、バッツの足下の地面へと突き立った。刀だ。バッツが今し方はじき飛ばされた刀。

「なんだ・・・? なにが起きやがった!?」

 困惑しながらもバッツは刀を抜く。
 そんなバッツに、セシルは手品師がそうするように大仰に両腕を開いた。

「なに、簡単な話だよ―――在れ」

 と、セシルのその言葉で、左手に持っていたデスブリンガーの輪郭が、先程と同じようにぼやけ、空気に溶けるようにして消失する。
 それと同時に、左手に闇が現れ、デスブリンガーが出現する。

「右手の剣を左手に移して、それで君の刀をはじき返した。たったそれだけのことだ」

 事も無げに説明するセシルに「卑怯者ー」とまた声がかかる。
 それを聞いて、セシルは肩を竦めてバッツに尋ねた。

「君も卑怯だと思うかい? だったら、武器を代えるけどね」

 いいつつ、さっき地面に捨てた木剣を見やる。
 だが、バッツは首を横に振ると、にやりといつもの笑みを浮かべて笑う。

「へっ・・・。それくらいいいハンデだ。あっさり終わってもつまんないしな」
「それを聞いて安心した。流石に木剣で君の刀を受けるのは無理みたいだと、今思ったところなんでね」

 挑発は惚けた返事で返される。
 もはや言葉はなんの効果もない。
 ただ己の剣が相手に通じるかどうか。ただそれだけ。

(とはいえ)

 笑みを浮かべた表情とは裏腹に、バッツは心中で戦慄を覚えていた。
 デスブリンガーの能力に関しては、特に気にしていない。そういうことができる剣だと解ってしまえば、次から気をつければ良いだけだ。

 問題は、バッツの一撃が二度も完全に防がれてしまったこと。
 それも1度目は完全な不意打ちだった。 “無拍子” で相手の死角へと潜り込むバッツの攻撃は普通に不意打ち(という言い方も妙だが)になる。それに加え、セシルがロックを見送ってよそ見していた所への不意打ちだ。二重の意味での不意打ちを、しかしセシルはあっさりと回避して見せた。

 2度目は通常の攻撃。
 つい先日、レオに何度も防がれ、そして茶番とはいえセシルとの戦いでも、届かなかった攻撃。
 防がれても仕方がない。そう思ってはいたが、まさか振り向きもせずに刀を弾かれるとは思わなかった。

(この前よりもさらに強くなってる・・・? 嘘だろ?)

 刀をしっかりと握りしめ、バッツはセシルに向かって叫ぶ。

「寝てる間になにがあった!?」
「なんの言いがかりだよ、それ!」
「だって、何かなきゃこんな風に―――」

 バッツの言葉は途中で途切れる。
 その言葉を受け継ぐように巻き起こったのは風。
 風とともに、バッツの姿はセシルの眼前にあった。

  “神行法” ―――相手との間合いを瞬時にゼロにする、無拍子の応用技。

「もらっ―――」
「甘い」

 刀を振り上げたバッツに対して、セシルは身を退いて避けることを考えず、逆に前に―――バッツに向かって強く踏み込む。
 セシルの肩はバッツに激突する!
 激しいショルダータックルを受けて、バッツの身体が後方へと跳んだ。

「ぐおっ!?」
「―――はっきり、言っておくよ」

 吹っ飛ばされ、なんとか着地して軽く咳き込むバッツに、セシルはタックルの体勢を立て直して、厳しく告げる。

「もう君の動きは通用しない」

 言葉通りに断言され、バッツは「チッ」と鋭く舌打ちしてセシルをにらみ返す。

「解ってるよ、ンなことはさあ!」

 苛立たしく口に出す。

(くそっ・・・解っちゃいたさ。刀を弾かれた時に、なんとなくだけど理解した。俺と、セシルとの力の差を・・・!)

 自分の剣が、セシルに届かないと言うことは解っていた。
 現に、つい先日の “茶番” では、とうとう最後まで届かなかった。
 茶番だったからと言ってしまえばそれまでだが、バッツは本気で剣を振るった。

 ・・・いや、最初は本気ではなかったかもしれない。
 だが、剣を合わせるうちに、段々と本気になっていた。
 誰もが見切ることの出来なかった自分の攻撃を、しかしセシルは受け止め続けた。
 それが楽しくて―――嬉しくて。
 どこまで受け続けられるのか、それを試したくて。

 今までの人生の中で、あれほど楽しかった時間はなかったように思う。

(だけど、さっきのは)

 さっきのは、受け止められただけじゃない。
 受け止められ、そしてはね返された。
 それも、容易く一撃で。

 いかにバッツの一撃が軽いとはいえ、それでも両手持ちで振り下ろした一撃を、片手で―――それも利き腕ではない左腕で跳ね返すことが出来るはずがない。レオ=クリストフならそれも可能かもしれないが、当然セシルはレオではない。

 だが、現実にセシルはバッツの刀を跳ね返した。
 力はセシルの左手よりも、バッツの両手の方が強い。
 ならば、力ではなく、技で跳ね返したと言うこと。

 相手の一撃を弾くのに、もっとも最高のタイミングで、もっとも的確な一撃を与えたと言うこと。
 そして、それを成すには、自身の技量も必要だが、それ以上に敵の動き―――つまり、バッツの動きを見切ることが必要だ。
 逆に言えば、バッツの動きはすでに見切られている。だから通用しない。

 茶番の時は、セシルはバッツの動きを見切れていなかった。
 レオと同じように、気配と直感でバッツの来る方向を察知して、なんとかその一撃を受け止めていたに過ぎない。

 それが今は、どういうワケか完全に見切られている。

「寝てる間に何があった!?」
「それ、さっきも言っただろ」
「何度も言いたくもなるぜ! この前の茶番の時とは全然違うだろ!? それともお前、手ェ抜いてたって言うのか!?」
「いや? あの時はあれが僕の全力だったよ―――いや、それ以上か。正直、君の攻撃を全部凌げたのは、実力以上に運が良かったお陰だと思うし」
「だったら、尚更なんでだ!? 寝てる間になんかあったとしか思えねーだろっ! 睡眠学習とか!?」

 なにやら無性に悔しいらしく、バッツは地団駄踏みながら適当なことを口走る。
 対してセシルは困ったように苦笑する。

「寝てる間じゃないよ。その前だ」
「その前? なにかあったか?」
「君とやり合っただろ。あれがあったから、今、君の動きを見切ることができる。それだけだ」
「あー・・・」

 ようやく納得したように、バッツは声を上げる。

「あの時、僕は君の動きを見極めることができた―――まともにやり合ったのは、あれが最初だったからね。君の身のこなしは何度も見たけれど、真っ正面から相対しなければ解らない事もある」
「・・・なるほど。そーいや、最後の最後でお前、俺の方を見ずに攻撃を回避して、反撃してきたよな」

 茶番の最後。
 フェイントで攪乱した後、死角から横凪の一撃を振るったバッツに対して、セシルはそちらを見もせずに身を低くして回避する―――と同時に、そこから居合い斬りで反撃した。その一撃を回避出来ず、バッツは負けを認めた。

「そっか。つまりお前は、あの茶番で俺の動きを見極めたってわけだ」
「そういうこと。だからもう君の動きは僕に通用しない―――なあ、バッツ」
「いやだね」

 なにか言いかけたセシルの言葉を遮って、バッツは即座に否定する。
 セシルは困ったように苦笑。

「僕、まだなにも言ってないけど」
「どうせもう勝負は見えてるから、止めにしようって言うんだろ?」
「その通りだよ。君が何をそんなに苛立っているのか僕には解らない。僕のことを英雄と言う意味も理解出来ない―――けれど、なるべく解ろうと・・・」
「ざけんなッ!」

 セシルの言葉を最後まで待たずに、バッツは怒気を露わに動き出す。
 誰もが見切れないはずの動きでセシルの背後へと回り込む。
 セシルはそれに反応しない。
 全く動かないセシルの背後から、バッツは手にした武器を思いっきりセシルに向かって振り下ろす!

 スパーン!

 快い音が辺りに響き渡った。
 いつの間にか、バッツは刀ではなく、どこからか出したハリセンを握りしめていた。
 刀を脇の地面に突き刺さっている。

「・・・気は済んだかい?」

 セシルがゆっくりと振り返る。どこか冷めた表情で。
 対してバッツはますます不機嫌そうに顔を歪め、セシルを睨付ける。

「この野郎・・・今、わざと避けなかっただろ!」
「・・・・・・」
「どこまでもコケにしやがってッ! もう完全にブチ切れたぁっ! セシルッ! てめえをブッ倒す!」
「君には出来ない」

 そのセシルの言葉を合図としたかのように、旋風が巻き起こる。
 脇にあった刀を手にして、バッツはいつものようにセシルの左手側。武器を持っていない死角へと回り込んだ!

(もう容赦しねえ! 死んでも恨むなよ、セシル!)

 刀の刃を返さずに、バッツはセシルに向かって迷いも躊躇いもなく、全力で斬りつける!
 それに対してセシルは微動だにしない。
 先程とも違い、一言も発さずに、デスブリンガーも右手に持ったままだ。

 避けようとも受けようともしない。
 それでもバッツは止まらない。最悪、殺してしまうことも覚悟して、セシルに向かって刀を振り下ろす―――が。

「―――なっ!?」

 必殺の一撃。そのはずだった。
 セシルの服ごと身体を切り裂くはずのその必殺の一撃は、しかしセシルには届かなかった。

「なんだ・・・あたった・・・はずなのに、外れた・・・だと!?」
「言っただろう? 君の剣は、僕には届かないって」

 呆然とするバッツの目の前で、セシルが静かに呟く。
 その呟きに、バッツは歯を食いしばり、後ろに身を退いて間合いを取る。

「そう・・・だな。確かに俺の剣はお前には届かないかもしれない。・・・今はな」
「 “今は” ?」

 聞き返すセシルに、バッツはにやりと笑ってみせる。
 それは誰が見ても、ただの強がりにしか見えない情けない笑みだったが、それでもバッツは笑って見せた。

「ああ! お前が俺と戦って動きを見切ったって言うのなら、俺はお前の見切りを上回る動きをすりゃいいだけのことだろが!」
「無理だね」
「無理じゃねえ! 無理だと思うから無理になるんだ! 無理だと思わなければ、それは無理じゃねえ!」
「・・・ぷっ」

 とうてい理屈にならない屁理屈。
 それを聞いてセシルは噴き出した。それを見て、バッツがさらに激昂する。

「てめえ! 何が可笑しいっていうんだ! 俺は本気だぜ!」
「ふ、ふふっ・・・解ってるよ、君が本気って言うのは。解りすぎるほどに解る―――でも、だけど・・・ははっ、そういうことか。さっきから感じてるこの奇妙な感情は・・・・・・そういうことなのか」
「・・・なにいってんだ?」

 笑いながら奇妙なことを口走るセシルに、バッツは怒りも忘れて怪訝そうに様子を伺う。
 セシルは笑みを浮かべながら、軽く首を横に振った。

「いや、こっちの話だよ。それよりも、まだやる気って言うのなら―――」

 にっ、とバッツに良く似た笑みを浮かべてセシルは続ける。

「―――君が納得するまで付き合ってやるよ。君が泣きべそかきながら、ごめんなさいって謝るまでね」
「抜かしやがれこの野郎ッ!」

 再び怒りを露わにバッツは動きだし―――セシルの死角から剣を振り回す!
 それを、全く見もせずにセシルは剣で受け止めた。
 その瞬間、ぽつり、とセシルは小さく呟く―――

 

 ―――僕は、勝てないかもしれないな・・・。

 

 その呟きは、ほんの小さな呟きだった。
 周りで見ている観客は勿論、セシル自身にすら聞こえないような小さな呟き。
 ただ、一番近くに居たバッツだけが、セシルがなにか呟いたことに気がついた。

「・・・なんか言ったか?」

 剣をあっさり受け止められ、舌打ちしながらバッツは身を退いて間合いを取る。
 だんだんパターン化されて来た動きの後、バッツはなんとなく聞く。

「いや、なにも―――それよりも続けようか、バッツ=クラウザー。想いという強さを知るために!」

 そう言って、セシルはデスブリンガーを両手で構えた―――

 

 

 

 


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