第13章「騎士と旅人」
G.「実況する者」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・中庭

 

 

 セシルとバッツが対峙した時、中庭には二人とエニシェル以外に人は居なかった。

 いつもは少なくとも数人の兵士達が休息したり訓練している場所ではあるが、流石に城を制圧された直後とあっては自由を制限されているらしく、兵舎にでも閉じ込められているのか、この場所だけではなく場内にもバロン兵の姿を見ることはなかった。

 ファブールのモンク僧兵や、ダムシアンの傭兵達の姿は場内でもちらほらと見かけたが、庭などには誰も用が無いらしい。

 足元に転がっている石ころを蹴飛ばしつつ、バッツはセシルの手にしている木剣を見やり。

「で? 相変わらずてめえはハンデのつもりか?」
「君相手ならこれくらいがちょうどいいだろ」
「・・・・・・」

 いつかのようなセシルの挑発。
 しかし、その返事は以前とは変わっていた。

「好きにしろよ―――だけど、こっちは容赦しねえぞ」

 バッツの言葉には挑発に乗ってしまった苛立ちも憤りも無い。
 ただ、確かな音の響きがあった。本気という本音が。

 その言葉を聞いて、セシルは嘆息すると同時に手から力を抜く。木剣はセシルの手からするりと抜け落ちて、地面に落ちる。からん、という音を耳にしながら、セシルはエニシェルを振り返った。

「エニシェル、頼む」
「・・・って、おい本気か? 本気で斬り合うつもりなのか!?」
「バッツのほうは完全に本気らしいよ。・・・なら、僕も本気でやらなければ痛い目を見る」

 言いつつ、セシルはエニシェルに向かって手を伸ばす。
 呆れたような、諦めたようなそんな表情をするエニシェルに、セシルはただ一言。

「―――在れ」

 その瞬間、エニシェルの姿が軽い爆発音とともに消えうせる。
 同時に、セシルが伸ばした手の中に、黒い闇の塊が出現する。闇の固まりは細長く伸び、あやふやな闇だった輪郭は鋭利な刃となって、その威風を示す。

 闇は黒い剣となってセシルの手の中に納まった。
 それはやや細身のロングソードといった剣だった。
 だというのに、その黒い刀身から放たれる威圧感は巨獣を断つ大剣にも引けを取らない。

 手にしてものに大いなる力と破壊を呼び寄せる、 “無為なる絶望” という二つ名を持つ最強の暗黒剣・デスブリンガー。

 その姿を見て、バッツは納得したように手を叩いた。

「ああ、なるほど。剣ってそういう意味か」
「?」

 バッツとエニシェルのやり取りを知らないセシルには意味が解らなかったが、すぐにどうでもいいことだと気を取り直す。

「言っておくけど、真剣を手にしたからには本気でいくよ。この間のような手加減も茶番も抜きだ」
「望むところ。ってのはお前が言ったんだろ。・・・借りは返すぜセシル=ハーヴィ!」

 そう、バッツが吼えたそのとき。

「あ、おいおい。もう始まってるぜ」
「危ねえ危ねえ。急いで着てよかったなー」

 などと言う声とともに、数人のバロン兵が中庭に現れた―――

 

 

******

 

 

 そして、十分後――――――

 

 

******

 

 

「おーい、もう始まっちまったかあー?」
「いいやー、今から始まるところー!」
「えー、おせんにーキャラメルー、ポップコーンはいかーっすかー? いかーっすかー?」
「さあさあさあさあ! バロン二強の一人、暗黒騎士セシル=ハーヴィに対するは、かの有名な剣聖ドルガン=クラウザーの一人息子、バッツ=クラウザー! セシル=ハーヴィの強さは知っての通りだが、バッツ=クラウザーの方も未知数ながら侮れない! なにせシクズス最強のレオ=クリストフを打ち破ったという噂もあるくらいだ! 私の見立てたところ、勝率は五分と五分! さあさあさあ張った張ったぁっ!」
「おおおおっ! 当然、俺はセシル隊長に賭けるぜ!」
「へっ! 確かにセシル隊長は強い! だが、あのレオ=クリストフはカイン隊長と互角以上だったんだぜ? それに勝ったって言うバッツ=クラウザーに決まりだぁぁぁっ!」
「おせんにー、キャラメルー、ポップコーン。弁当に麦酒まであるよー」
「あ。俺、ビールね」
「オレンジジュースある? なければアップルジュースでも」
「はいよー、お客さん。毎度ー」

 わいわいがやがや。

 数人のバロン兵を皮切りに、次から次へと城中の人間が中庭へと集まってきていた。
 バロン兵はもとより、モンク僧にダムシアンの傭兵。さらには城で働く女中などの使用人の姿まで見える。

 それもただの野次馬の集団というわけではなく、中には商売を始めるもの、トトカルチョの胴元を始めるもの。その予想屋まで現れた。そして。

「えー。今、まさに始まろうとしています、世紀の決戦! セシル=ハーヴィVSバッツ=クラウザー! 因縁の果ての決闘! 意地と意地とのぶつかり合い! 果たして、勝利の女神はどちらへと微笑むのかー!」

 なにやらアナウンスまで聞こえてきた。
 それも、聞き覚えのある声で。

「今回は会場にすばらしいゲストを解説者として3人も(強調)呼んでおります。バロンの近衛兵長ベイガン=ウィングバード、さらにはファブールでモンク僧を纏め上げている、ヤン=ファン=ライデン僧兵長と、シクズス最強と歌われるレオ=クリストフ将軍のお三方でーす!」
「「「よろしく」」」

 いつの間にやら作られた実況席でアナウンサーに紹介されて挨拶をする。
 ぱちぱちぱち、とまばらな拍手があちこちから響き渡った。

「ちなみに実況はこのワタクシ、ロック=コールが勤めさせていただきます! というわけで、この4人で戦いの様子をお送りして―――」
「「って、なんなんだこれはあああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっ!」」

 ついにというかようやくというか。
 あっけに取られて立ち尽くしていたセシルとバッツが不意に大声でわめいた。
 そのまま、二人肩を並べて実況席まで突き進む。

「ロック! これは一体、なんの騒ぎだ!?」
「つーか、お前っ、街の方にテラのじーさんと行ったんじゃねーのかよ! なんか知り合いの様子を見に」
「あ。そっちのほうはじーさんに任せてきた」

 詰め寄る二人に、ロックはまずバッツの方の問いに答えてから、こんどは非難がましくセシルの方を睨み返す。

「いやー、酷いじゃないかよ。こういうことするならするって行ってくれないと、こっちにも準備が」
「っていうか、バッツとやりあうって言い出したのはついさっきだぞ! 半刻も経ってない! どうやってここまで人を集めて、こんな実況席まで・・・」
「ユフィのヤツが居たならもっと早く色々できたんだけどな。どういうわけか、あいつどこにも居なくてさー」

 

 

******

 

 

「へっくち」
「あら、ユフィさん。風邪ですか?」
「んー・・・? いや、ちょっとくしゃみが出ただけだよ」
「そーそー、そいつが風邪なんか引くわけ無いだろ」
「・・・エッジ、それはどういう意味かなあ?」
「まあまあ。でも、ユフィさん。気をつけてくださいね。こんなところにずっと居たら、誰だって風邪の一つや二つ引いたっておかしくないんですし」
「・・・・・・ねえ、ミスト。それってもしかして、何気にあたしのことを非難してたりする・・・・・・?」

 ちょっと暗い表情で最後に発言したのはジュエルだった。
 ちなみに今彼女達が居るのは海の上。
 バロンのあるロンメル大陸から、海を渡って自分達の故国であるエブラーナへと帰るところだった。
 だが、バロン近隣からエブラーナへの船は出ておらず、港町はバロンの監視下にあるために船を借りることもできない。

 仕方が無いので、ジュエルの発案で、小さな漁村から小船を拝借することにした。

 だが、大きな船を奪えばすぐにバレて追われるだろうし、なにより「漁村の人たちにも生活ありますしー」と、海と山の違いはあれど、同じ小さな村の出身であるミストの言葉により、小さな船を “借りる” ことにした。・・・のがいけなかった。

 なにせ小さな船なので帆もついておらず、櫂で漕ぐしかないのだが、それが実に重労働。
 唯一の男手であるエッジがぶつくさ言いながらも必死で漕いで漕いで漕いで漕いで漕いで漕いで漕いで、ようやく半ばまで来た辺りで、疲労の為かついうっかりと櫂を海に落してしまった(お約束)。
 すぐに拾おうとしたところで、運悪く魔物の群れに大遭遇。それを追い払っているうちに、いつの間にか櫂はどこぞへ流れたか魔物に壊されたか消えうせてしまっていた(お約束2)。

 前にも進めず後にも戻れず、まさに進退窮まる状態。
 一応、前を向けばエブラーナの地、後ろを振り返ればロンメル大陸がうっすらと見えるので、とりあえずまだ気分的に遭難したというつもりは無いが、潮の流れに流されたままでは、いつどこにたどり着くかも解らない。

「いえ、ジュエルさんのせいではありませんよ」
「そうそう。強いて言うなら櫂を落したどっかのバカのせいだよねー」
「なっ!? いやだって仕方ねえだろ! つーか、疲れたから代われって言っても代わらねーし、休ませてくれつっても休ませてもらえねーし」
「あったりまえでしょ。女の子に船を漕がせる気?」
「それに、バロンの飛空挺がエブラーナのほうから飛んできたのも気になるしね。だから早く戻りたかったのに・・・・・・」
「・・・・・・ちっ!」

 ユフィの反論はともかく、ジュエルの言ったことはエッジにもよく解っていた。
 だから文句を言いながらも必死で船を漕いでいたのだが、その挙句に立ち往生していては意味が無い。

(焦りすぎかなー・・・・・・くそ、こんなとき親父なら・・・)

 どんな窮地であっても、どこか余裕を見せていた父の姿を思い出す。
 こんなとき父ならば、笑いながらどうにかしてしまいそうだった。
 ・・・などと考えて悔しく思う。

(くそったれ! 親父にできるなら俺にだってなんかできるはずだッ!)

 思い、考えるが、しかし何も思いつかない。
 と、悩んでいるとジュエルがいきなりエッジを指差した。

「ええい、こうなったらエッジ! あんた泳いでエブラーナまで行ってきなさい」
「無茶言うなよ! どんだけ離れてると思ってるんだ! つか、俺はさっきまで肉体酷使しすぎて疲れてるんだ!」
「ぬううう、この根性なし! ・・・ミスト! あんた魔法でなんとかできないの!?」
「んー・・・せめて帆があれば風の魔法を使うんですけどね。あと、高位の魔道士なら重力魔法の応用でなんとかできるかも」
「それ、できないの?」
「重力魔法を少しアレンジして、上から下へとかかる重力を、横への力の働きに変えることができた魔道士が居たって聞いた覚えがあるんですけど・・・私には―――あ」

 そこで、ミストはぽんっと手を叩く。

「一つありました。同じ重力系で―――」
「説明はいいから、なにかできるなら早くして」
「はーい――― “地の戒めよ、繋ぎ停めし楔の力より我等を解放せん―――”

 ミストは魔法を唱え―――そしてすぐにその呪文は完結する。

「『レビテト』」

 魔法が完成した瞬間、ジュエルたちはふわりとして浮遊感を感じた。

「う、浮いてる!?」

 ユフィが船のふちから海面を見て驚く。
 船は、わずか数センチだが海面の上を浮いていた。

「行きます」

 精神集中させたまま、ミストが宣言する。
 すると、船はゆっくりと―――人が歩くくらいの速度で前に進み始めた。

「「「おおー」」」

 魔法を使えない、忍者三人が歓声を上げた。
 それに苦笑しながら、ミストは言った。

「あまりスピードは出ませんが」
「十分よ。少なくとも動かないよりはマシ」

 ジュエルはそう答え、目指すべきエブラーナの地を見つめる。

(バロンの飛空挺がエブラーナの方から飛んできた。今、城に残っていた戦力で赤い翼を撃退できたとは思えない。だとすれば、まず間違いなく城は落ち、里も燃やされただろうなぁ)

 嫌な気分でジュエルは考える。
 一番嫌なのは、それがまず間違いない確信に近い予測だということだ。
 だが、最悪な状況というわけではない。

(城にはじいが居る。なら戦わずにさっさと地に潜むはず。なら、城と里が燃えても人は生き延びている。人が居れば国は再び作り上げられる・・・)

 などと考えていたとき、不意にがくんと船が揺れた。
 と、思った次の瞬間にはばしゃんと水音を立てて、船が着水。

「ど、どうしたのミスト!?」
「疲れました〜」
「「「おい」」」

 情け無い声を上げるミストに忍者三人のツッコミが入る。
 まだ1メートルも進んでいない。

 ジュエルは嘆息しながらもう一度故郷の地を遠く見つめた。

「いつになったら帰れるのかしらねえ・・・・・・」

 

 

******

 

 

 所変わって再びバロンの城。

「ま、いいじゃんか。戦争したばっかで皆気が重くなってんだ。こういうエンターテイメントもなきゃあよ」
「・・・・・・」

 軽い口調で言うロックに、セシルは無言で周囲を見回す。
 中庭に集まったのは、先も述べたとおりにバロン兵だけではなく、モンク僧やダムシアンの傭兵。さらには城勤めの使用人まで居る。海賊の姿が見えないのは、全員船に乗ってダムシアン、ファブールへと向かっているからだろう。

 皆これから始まる決闘のことでワイワイガヤガヤと楽しそうに騒いでいる。それも、昨日までは敵味方だったはずなのに、バロン兵がモンク僧が肩を組んで笑いあったり、傭兵と自分の剣を見せ合ってなにやら語り合っていたり、和気藹々とした様子だった。所によってはケンカして殴りあったりもしているが、それも本気ではなさそうだった。
 とても昨日戦争していたとは思えない。

「・・・気が重くなってる?」
「・・・まあ、バロンの兵士ってバカが多いからなー」
「うう・・・言い返せない」

 昨日は殺し合いをした相手と、しかも負けた相手と気負いなく楽しげに語り合う。
 そんなことができるのはバカだからと言ってしまえばそれまでだが、割り切っているということでもあった。
 戦うときは相手を憎み、殺し、しかし戦いが終わってしまえば人類皆兄弟。割り切りすぎかもしれないが、戦争を繰り返してきた歴史を持つバロンの兵士だからこそ、ここまで割り切ることができるのかもしれない。

 特に、バロンの一般兵のほとんどは、市民を徴兵したものか傭兵くずれなどであり、代々伝わる名門の武家というのは大概は軍に入ったときから騎士となる。
 だから、中庭に居るほとんどは一般兵であり、騎士の姿は数人しか見えない。

 元々が一般の人間だから、戦士としての誇りは無い・・・と言うのは言い過ぎにしても、勝った相手が対等にあってくれるのなら、こちらも対等につき合える。

(そういえば、それも不思議だよな・・・)

 モンク僧や傭兵たちに関しても不思議だった。
 どうして勝った相手に対して、対等で居られるのか。普通なら、もう少し高圧的になってもおかしくはない。
 というか、それが普通だろう。勝者なのだから。

 まあ、モンク僧の場合は常に修行し、心身ともに鍛えているので、人を見下すという愚かな精神を持ち合わせていないのかもしれない。
 だが、傭兵はどうだろうか。

(まあ、案外こっちと一緒なのかも)

 雇われの傭兵だから、戦いというものを割り切れるのかもしれない。バロン兵と同じように。

「まあ、ともかくよ。皆待ってたんだ。早く始めよーぜ」
「「お前が言うなよっ!!」」

 決闘の始まりを促すロックに、セシルとバッツはタイミングばっちりで同時に突っ込む。
 が、それからバッツはにやりと笑って。

「お、そうだ。代りに賭けといてくれよ、トモダチ」
「へ?」
「ほら、あっちでやってるトトカルチョ。バッツ=クラウザーに全財産!」

 バッツは懐から皮の袋を取り出すと、それをロックに向かって投げつけた。
 どうやらその中に路銀が入っているらしい。

「おお、自信だな。・・・セシルは?」
「やらないよ。賭け事は嫌いなんだ」
「ああ、なんかそんな気がする」

 ロックは笑って、近くに居たバロン兵を呼び止めて、バッツから受け取った皮袋を渡す。
 「了解」と快く笑いながら、バロン兵はトトカルチョの胴元のところへと走った。

「仕切ってるなー」
「ふ、なにせトレジャーハンターだからな!」
「いや、関係ないだろ、それ」

 やれやれと嘆息して、セシルは諦めたようにバッツを見た。

「仕方ない。なんか色々やる気がなくなってきたけど、始めようか」
「つか、なんで決闘なんて始めるんだっけ?」
「君が言い始めたことだろうが!」
「いや、待て、ちょっと待て。いま思い出すから!」

 そういってバッツはしゃがみ込んでうんうんと唸りだす。
 どうやら本気で忘れ去っているらしい。

(・・・どうして僕はこんなのに付き合ってるんだろうか)

 思い出そうとしているバッツを見下ろし、セシルはやるせない気分になった―――

 

 

 


INDEX

NEXT STORY