第13章「騎士と旅人」
F.「決闘直前」
main character:エニシェル
location:バロン城・中庭

 

 

 城壁高くそびえるバロンの城。
 その城の中でも、もっとも高い尖塔の上に、 “彼女” は一人でそこにいた。

 すぐ上に広がる青空をぼんやりと見上げながら、つい先日この城で起きたことを思い返している。

 思い返すのは双子の決意。
 まだ産まれて10年と経たない幼い子供の―――幼い子供とは思えないほどの強すぎる決意。
 双子の何十倍、何百倍ものの年月を、彼女は存在してきた。
 しかし、果たしてあのときの双子と同等の―――いや、その半分くらいでも、強い想いをかつてしたことがあっただろうかと考える。

 答えは、否。

 脆弱な人間に比べ、彼女は “死” というものが無い。
 あるのは消滅のみ。
 それもかつては世界そのものであった “闇” の一欠片である彼女には、消滅すらありえない。
 ゆえに、己の生命を、己の存在をかけるほどの強い意志を、彼女は持ったことが無い。

 だが、そんなことは解りきっていたことだった。

 今までにも暗黒の剣として、数多の戦士に振るわれてきた。
 数多の戦士達と切り結んできた。
  “無為の絶望” の二つ名を持つ彼女だ。その強大な力ゆえに、彼女も使い手すらも望まない破壊と滅び、死を幾度も巻き起こした。
 そんな曰くのある彼女だからこそ、彼女を手にするもの達の中には、己の魂をかけて戦う者達も少なくはなかった。

 だから、人間の、己をかける意志の強さに今更何を思うことも無い。
 強き意思を持つ人間は好ましいし、そうでなければ自分を扱いこなすことはできない。感想としてはそんなものだった。

 だというのに、今、彼女は物思う。
 それは、双子が幼すぎたからだ。
 先日の双子と同じように、己をかけて戦う戦士は、長い年月の中で何度も見たことがある。
 逆に言えば、かつて見てきた戦士達と同等以上の決意が、幼い双子にはあったということだ。

 この世に生を受けて、そして物心ついてからまだ間もない幼い双子が、どうしてそこまでの強さを持てるのかが解らない。

 子供だからこそ、純粋で真っ直ぐな心を持っていたからこそ、それが決意となったのだろうか。
 だが、純粋だからそれだけで強いというのなら、世の子供は皆、強いということになる。

 ならば、あの双子が特別だったというだけなのか。
 確かにあの双子は特別だった。幼くして大人顔負けの魔法を使う。魔法は心の力ともいえる。強い精神の力が魔法を制し、強い意志の力が魔力を引き出し力となる。

「だからといって、容易く命をかけられるものなのだろうかのう・・・」

 つい、呟いてしまってから首を横に振り、呟いた言葉を撤回する。
 容易く、などではない。
 最後の最後、双子に力を貸すために接触した彼女にはわかる。
 双子達には恐怖があった。それは死ぬことへの恐れ、終わることへの恐怖だ。

 人は死ぬということを知らなければならない―――セシルがいつも口にしているように、双子達は死ぬということがどういうことがそれなりに解っていた。
 容易く決意したように見えるのは、、死に対する恐怖を、圧倒的に強い決意で押さえ込んだからだ。だからこそ双子は最後の最後まで恐怖を表に出すことなかった。

「わからん・・・・・・」

 また彼女は口に出して呟く。
 解らない、といいながらも、しかしなんとなく解っているような気がした。
 理解できないと思う一方で、双子達が即断で己を犠牲にしてまで他の皆を救ってくれたその思いが解っている様な気分だ。

 だからこそ、彼女は思い悩む。
 解らない。だというのに解るような気がする。そんな自分がもどかしくて。

「・・・おや?」

 何気なく、空へと向けていた視線を下に向ける。
 人気の無い城の中庭が見え、そこに見覚えのある茶色い髪の青年が現れたところだった。手には彼が愛用している、布で包まれた刀を持っていた。

 気絶したまま休める場所へと担ぎ込まれたのは知っていたが、いつ目を覚ましたのだろうか。
 などと考えて、はっとする。

「・・・そういえば、今はいつじゃ? あれからどれくらい経ったんじゃろーか」

 事が済んでから、彼女はずっとこの場所で物思いに耽っていた。
 日が暮れて、夜になったのは気づいたが、いつの間に陽が出たのだろうか。

「セシルのヤツも起きたのかのう」

 などと呟いて、彼女は塔の上から飛び降りる。
 もしかしたら、セシルならばこのもどかしさに対する答えを教えてくれるかもしれないと期待して。

 

 

******

 

 

「のわあっ!?」

 黒いミニドレスのスカートを両手で抑えつつ、危なげなくバッツの目の前に着地すると、思い切り驚かれた。

「なっ、なんだお前ッ! なんでいきなり落ちてくるんだよ!? どこから!?」

 かなり混乱して喚くバッツに、エニシェルはふんわりとスカートが落ち着くのを待ってから、片手で頭の上を指差した。

「・・・屋根の上? フツー死ぬぞ」
「ほっほっほ。妾のような高尚な暗黒剣かつ聖剣はこんなことでは滅びぬのじゃ」
「暗黒剣・・・? つか、お前誰だよ。確か、いつの間にかセシルにくっついていたお子様だっけか」
「む・・・妾の事を誰とはご挨拶な」
「だって、知らねえもんは知らねえし。自己紹介とかしたっけか?」
「むう・・・どうだったかのー」

 思い返してみる。
 そういえば、色々あって “この” バッツにはしていなかったかもしれない。

「エニシェルじゃ。最強の暗黒剣兼無敵の聖剣じゃ」
「バッツ=クラウザー。ただの旅人・・・・・・って、だからなんだよ、その暗黒剣兼聖剣ってのは」
「“最強” と “無敵” が抜けておる」

 バッツの台詞を訂正してから、さらに少し小声になって付け足す。

「・・・まあ、暗黒剣はともかく、何故に聖剣の力まで妾のものになったのかは良く解らんのだがのー。闇は聖なる力と必ずしも相反するものではないが、暗黒剣と聖剣は対極に位置するものであるし」
「あー・・・? 良くわからんけど、暗黒の力を “正しき心” で使うのが暗黒騎士じゃねえのか? で、聖剣っていうのは正しき心そのものでもあるから、ある意味では繋がってるとも言えるんじゃねえかな」

 エニシェルの独り言のような呟きに、バッツがぼんやりとそんなことを言う。

「おお、なるほど。確かにのう。妾の “闇” に集った暗黒の力がデスブリンガーであり、その暗黒の力を正しく制御している妾の意思の表れがライトブリンガーとして存在しているというのならば納得できるのう」
「ふうん。よくわかんねーけど」
「って、おぬしが今説明したんじゃろうが」
「いや、今のはさ・・・」

 エニシェルがつっこむと、バッツは困ったようにぽりぽりと頬を書く。
 なにやら、自分でも良くわかっていないように、しどろもどろに呟いた。

「ええと、なんか・・・昔に・・・遠い昔に誰かが言ってたような気がするんだよ・・・それをなんとなく思い出しただけで」
「・・・・・・もしかして、それは赤毛の男か桃色の髪の女ではなかったか?」
「あー、そうだなあ。男か女かは忘れたけど、赤系統の髪の色だった気がする・・・・・・って、なんでお前が知ってるんだよ?」

 バッツがきょとんとしてたずね返すと、エニシェルはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「遠い昔の知り合いで、そんなことを言いそうなヤツの特徴を言っただけじゃ」
「ふうん。で、結局お前はなんなのさ」
「だーかーらー! 妾は・・・・・・」

 言いかけて、やめる。
 口で説明するよりも実際に見せてやったほうが早いと思いなおしたからだ。

「・・・とゆーか、一度剣から人形へ戻るところを見せなかったかのう」
「おーい、もしかしてセシルの妹とか?」
「ええい、しつこい。セシルのヤツはどこじゃ! ヤツが居ればさっさと説明できる!」
「・・・・・・セシルならすぐにくるぜ」

 言いつつ、バッツは自分の刀に巻きついている布を解く。
 それを見て、エニシェルは首をかしげた。

「・・・・・・? セシルと決闘でもする気か」
「良くわかったな」
「・・・・・・」

 あっさり肯定するバッツに、エニシェルは半眼になってバッツを見やる。
 なんというか、哀れんでいるような蔑んでいる様な、そんな目つきだ。

「な、なんだよその目」
「やめとけ」
「はあ?」
「お前じゃセシルには勝てぬ」

 はっきりと宣言されて、バッツは口をあけたまま言葉を失う。
 だが、すぐに歯をむき出しにして怒鳴りだした。

「いきなり何言ってやがる! そりゃ、ファブールじゃやられたけどな、俺だってあれから少しは成長」
「セシルとバッツ、どちらのほうが強いかと聞かれれば、お前のほうが強かろう。ただでさえ常人より外れた身のこなしがありながら、さらにその若さで斬鉄剣まで使える才覚。長い間生きてきたが、人間でお前以上の戦闘力を持った者を見たことが無い」

 バッツの言葉をさえぎりエニシェルが、賞賛の言葉を述べる。
 言葉を遮られ、バッツは一瞬だけ不快そうに顔をしかめたが、褒められて悪い気はしない。少し照れたようにはにかんだ。

「セシルが言うように、もしもお前が人を殺すことができるのなら、それに抗うことのできるものは居ないだろう」
「・・・って、なんだそりゃあ! もしかしてまたそういう話なのか? 人を殺せないから、俺は弱いって?」
「違う。セシル=ハーヴィはお前のことを誰よりも知っておるということよ。ゆえに、お前の剣はセシルには通用せん」
「ああ、もうワケわかんねーこと言いやがって! 俺は頭悪いんだぞ!」
「自分で言うな。情け無い」
「・・・・・・うん。最近、自分でも開き直りすぎかなーって思う」

 などと言っていると、不意に声をかけられた。

「なんだ、姿を見ないと思ったらここにいたのかい、エニシェル」
「セシルか」

 バッツとエニシェルが振り返ってみれば、セシルが中庭に出るところだった。
 さっきまでの部屋着ではなく、バロン兵が訓練時に使う運動着に着替えている。手には唾の無いロングソードサイズの木剣が握られていた。

 それを見てエニシェルがあきれたように嘆息する。

「おい。本気でやる気か? 解っているだろうに、バッツではお前には勝てん」
「解っているけどね。バッツは引く気が無いようだし、それに僕もああ言われたらそれこそ逃げていられない。ま、せいぜい互いに怪我が無いように善処するよ」
「・・・って、俺が負けること確定していないか?」

 バッツがちょっと不機嫌そうに口を尖らせる。
 すると、セシルは冷ややかな目でバッツを見やり、

「そう聞こえなかったのなら謝るよ」
「うっわ、ムカつく台詞。おしわかった、容赦なく後悔させてやる。泣いて謝るまで叩きのめして、体操座りで落ち込ませてやるぜ!」
「残念だけど、後悔したことは数知れないが、落ち込んで立ち止まったことは一度も無い!」
「それがムカつくんだよ!」
「何が言いたいんだ!」
「ムカつくってことだーッ!

 さっきと同じように、最初は冷ややかに静かな口調だったセシルだが、だんだんと荒くなっていく。
 いつしか、言い争うように怒鳴りあっていた。
 それを、その場で一番冷静なエニシェルが半眼で眺めている。

「はあ・・・・・・こりゃあ、なに言っても収まりそうにないのう。・・・それにしても」

 ちらりとセシルのほうを見る。
 顔を真っ赤にして、バッツと怒鳴りあう姿は、ファブールでもミシディアでも見せなかった表情だった。

(・・・なにをそんなに苛立っておるのだ、こいつは?)

 疑問には思うが、それを聞く雰囲気でもない。
 そうこうしているうちに。

「ああ、もう! うるせーうるせー! これ以上はコイツで決着つけようじゃねえか! バロン最強の剣の実力、見せて見やがれ!」

 バッツが刀をぶるんと振り回してがなり立てる。
 対してセシルも顔を紅潮させて怒鳴り返す。

「望むところだ! そっちこそ、 “剣聖” ドルガン=クラウザーの息子に恥じないように頑張れよ!」
「くっそ、いちいちカンに障る言い方しやがって!」
「それはこっちの台詞だ!」

 と、まあそんな風に怒鳴りあいながら。
 騎士と旅人の決闘が始まった――――――

 

 


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