第13章「騎士と旅人」
D.「懐かしい雰囲気」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城

 

 

「うっほおーい! セシル、生きとったんかあーっ!」

 投獄されていたというのに、シド=ポレンティーナは普段通りに元気だった。
 いや、どういうわけが気が立ってるせいで、いつもよりも気合いに満ちている。

 逆に、その後ろに立っているロイド=フォレスは少し憔悴しているように見えた。

「セシル隊長!」

 ロイドがモンクたちを押しのけて駆け寄ってくる。
 セシルはそれをにこやかに笑って出迎え、

「やあ、ロイド。ひさしぶぅぅっ!?」

 セリフの途中でいきなり殴られた。
 非力なロイドの拳骨だ。あまりダメージは無いが、それも少しは痛い。

「な、なにをするんだ! いきなり!」
「うっさい! なんで普通に生きて普通に居るんだ! ―――ああっ、だからアンタを心配するのはイヤなんだ! いっつも、こっちの心配なんか無意味に無事なんだからな! たまには予想を裏切って死んでみろーッ!」
「すごい酷いこと言われてないか、僕」
「酷いのはそっちだッ!」
「そ、そうなのかなあ・・・」

 よくわからないが、ロイドは本気で怒り狂っているようだった。
 その剣幕に押され、セシルは上半身を反らしてそっぽをむく。すると、ヤンと目があった。

「なにやら地下牢に閉じこめられて居たところを脱獄したらしいが・・・・・・知り合いか?」

 尋ねてきたので、頷いて返事をする。

「優秀な僕の元副官だよ」
「今でも副官のつもりですよ」

 少し落ち着いたのか、普段のですます調でロイドが応える。まだふて腐れてはいるようで、どこかつっけんどんな口調ではあったが。

「副官?」
「赤い翼のね。唯一まともな人間だったよ」
「逆に言うと、私以外は皆まともじゃなかったんですがね」

 肩を竦めてロイドが首を横に振る。

「いっつもセシルとかいう元隊長の無茶に振り回されて。他の連中は逆らうことも考えることもせずに、隊長の無茶を信じて付き合って―――いっつも隊長に反論するのはこっちの役目だ」
「君が居たから皆素直に従ってくれたのさ。僕の無茶に君が皆の不安を代弁してくれて。―――そして結局、最後には君が折れてくれたから、皆も安心してくれた。不安の反対は安心だからね」
「折れるんじゃない。ただ、呆れるだけ―――だいたい、あんたの無茶に不安を感じた事なんて一度もないね。ただ確認したかっただけだ。 “頭、大丈夫か?” って。正気であるなら勝算があるということ。なら不安も何もないだろう?」

 にこやかに笑うセシルに対して、元副官は偉そうにふんぞり返る。
 一体どちらが上司だか解らないが、セシルはさらに愉快そうに笑ってヤンを見る。

「ほら、優秀だろう。僕にとってとても必要な、ね」
「まあ、とても仲が良いことだけは解った」

 それこそ呆れたようにヤンが頷く。
 そんな反応に、ロイドは不満そうな顔をして見せたが、とくに何も言わなかった。

 代わりに。

「・・・・・・そう言えば彼女はどうしたんです?」
「彼女?」
「とぼけるなよ。私があんたに対して “彼女” と言えば決まってる。ローザ=ファレルの事ですよ。確か、あんたを追って城を飛び出したって聞いたけど」
「ああ、追い掛けてきたよ。でも、今はいない」
「馬鹿なことを言わないでくださいよ。彼女があんたを追い掛けて、あんたを捕まえて離さないはずがない。今までずっとそうだったでしょうに!」

 ロイドのセリフに、セシルは苦笑することしかできなかった。
 昔なじみというのは厄介だ。ごく自然に当たり前に、当然のことを言ってくる。
 思い返すまでもない。
 つまるところ、セシル=ハーヴィとローザ=ファレルの関係は出会った時から、今ロイドが言ったような付き合いだった。
 どんなにセシルが離れようとしても、ローザが追い掛けて捕まえて離さない。

「残念ながらゴルベーザに捕まったよ―――というか、君たち牢屋に居たんだろう? ローザの姿は見なかったのか?」

 問われてロイドはシドに目配せする。
 だが、シドは首を横に振った。

「いや、見てないな。というか、見なくても牢屋に入ってきたらイヤでも解りますよ。今まで生まれ育って生きてきて20余年。あれほど騒がしい存在には老若男女、種族問わず出会ったことはありませんし」
「それはそれは凄い言い様だね。まあ、わかるけど」
「それよりもこっちも聞きたいことが色々あるんだ。なにせ、こちとらずっと牢にブチ込まれていましたからね」
「あ、そうだ」

 転じて尋ねてこようとするロイドに対して、セシルは思い出したかのようにわざとらしく手を打って尋ねる。

「そう言えば、さっきヤンが “脱獄した” って言ってたけど、どうやって牢破りなんてしたんだい?」
「ふぉっふぉっ。それはじゃな! ワシの愛しい娘が差し入れに忍び込ませてくれた糸鋸でコツコツ鉄格子を斬ったんゾイ!」

 セシルの問いに答えたのはロイドではなく、シドだった。
 それほど自分の娘に助けられたことが誇らしいのか、顔が見えないほどふんぞり返っている。

「あれは、私に差し入れてくれたんですよ」

 ふんぞり返ったシドの肩をロイドが軽く押す。
 それだけで、微妙な均衡の上でふんぞり返っていたシドは、重心を崩してそのまま仰向けに倒れ込んだ。

「のぐわあっ!? き、貴様ー! ロイドッ、なにするかー!」
「はいはい、黙っててくださいよお義父さん」

 優しい声を掛けながら、喚くシドの肩をさり気なく踏みつけて抑え込む。
 押さえつけられて起きあがることが叶わないシドのわめき声を無視して、ロイドはセシルへと鋭い視線を向けた。

「―――誤魔化そうとするなよ、セシル=ハーヴィ。俺が聞きたいのはただ一つ。あんたが居ながら、どうしてローザ=ファレルが奪われたか、だ」
「・・・いや、それよりも聞くことがあるんじゃないのか? どうして僕がバロンに戻ってきているのかとか、そもそも、どうしてモンク僧兵が城を制圧しているのかとか」
「あんたが関わってるなら、そんなことはどうとでも説明つくだろ」
「つくかな、説明」
「つかないのはローザが奪われたことだ。あんたが居るなら絶対にそれだけはないって思っていたのに! 大体、彼女を奪われて、どうしてそこまで平静で居られるんだッ!」

 ロイドは本気で激怒しているようだった。
 飛空挺軍団 “赤い翼” の長に任命されてからの付き合いであるセシルも、数度しか見たことがない激怒だ。
 偽りと誤魔化しで怒りを反らすことは出来ない。ロイド=フォレスという男は、セシル=ハーヴィを最も良く知る人間の一人だからだ。

 だからこそ、セシルは嘘偽りなく本心を口にした。

「ローザの事よりも大切なことがあるからだよ」
「それは」
「ゴルベーザの魔の手からバロンを奪い返し、フォールスに平穏を取り戻すことだ」

 まるでヒロイック・サーガにでも出てきそうなセシルの台詞を聞いて、ロイドはしばらくセシルを睨付けていたが―――

「それは、本心ですか?」
「勿論。君相手に偽っても無意味だろう?」
「そうか。それなら―――」

 ふう、とロイドは吐息してから―――苦笑した。

「―――仕方ないですね」
「仕方ないわけあるかーいッ!」
「どわあっ!?」

 いきなりシドが起き上がり、それを足で押さえていたロイドがひっくり返る。
 今度はシドが顔を真っ赤にした怒りの形相でセシルに詰め寄った。

「くをらああああああセシルッ! なんじゃその物言いはッ! よくもまあいけしゃあしゃあとそんな事を言えたもんじゃな!」
「あああああ、ロイドが納得したと思ったら、今度はシドか」
「つーか、なんだその話!? ローザが奪われたって・・・聞いてねえぞ、俺!」
「って、バッツまで!?」

 ・・・そう言えば、バッツはローザがゴルベーザに連れて行かれたとか、クリスタルと引き替えだとかそう言うことを知らずに故郷へ帰ろうとしていたことを、今更ながらセシルは思い出した。

(・・・まあ、そんなことを知っていたら絶対にクリスタルを受け取らなかっただろうけど)

「どういうことだよ、セシル! 事と次第によっちゃあ・・・」
「・・・ただじゃあすまんゾイ!」
「いきなり仲良しだね、キミタチ」

 声を合わせて迫ってくるバッツとシドに、セシルは苦笑い。
 と、シドの身体がいきなり後ろに倒れた。

「のあ!?」

 ロイドが後ろからシドの肩を引っ張り倒した。
 さきほどひっくり返った時に打ったのか、腰などをさすりながらロイドは未来のお義父さんを見下ろす。

「・・・ったく、なんも解らない人達がぐだぐだ言わないでくださいよ」
「ぬぅおっ、ロイド! 貴様、セシルを庇う気かー!」
「庇う・・・っていうか、庇う必要もないというか―――ねえ、セシル隊長?」

 ぽりぽりと頬を掻きながら言うロイドに、セシルは苦笑い。

「・・・本当に、君はやりにくい相手だな」

 セシルは困ったように言いながらも、どこか嬉しそうに続けた。

「多分ね、僕が世界で一番苦手な女性はローザだと思うけど、世界で一番苦手な男性は君だと思うよ。ロイド=フォレス」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
「な、な、何ワケの解らないこと言ってるんだよ、お前ら」

 セシルとロイドだけが分かり合っている奇妙な雰囲気に、バッツは困惑する。
 と、そこで初めてロイドはバッツに気がついたように、目を向けた。

「なんだ、アンタ?」
「俺はバッツ! バッツ=クラウザーだ!」
「知らん。つか、私は “誰だ?” って聞いたんだ。名前を尋ねたんじゃない。お前がどういう人間で、どういう立場でここにいるのか聞いたんだよ」
「・・・・・・おい、なんかこいつムカつくぞ」

 バッツがセシルに言うと、セシルはまたもや苦笑する。
 さっきから苦笑することばっかりだな―――と思い返して、思い出す。

(ああ、そうか。この雰囲気は、懐かしい雰囲気なんだ)

 まだ、この戦いが始まる前の雰囲気であるとセシルは思い出す。
 ローザが居て、カインが居て、ロイドが居て―――そして自分が居て。
 誰が中心であるというわけでもなく、セシルにとって大切で大好きな誰かがいつも傍にいて、それらが起こす騒動を、セシルは巻き込まれたり傍から苦笑していたりして。

(最近は、ずっと頑張っていたから忘れてたな・・・)

 バロンを追われて、リディアを助けたり、カイポの村で魔物に襲われたり、ファブールでは戦争したりで。
 挙句の果てには伝説と言う枕詞のついた聖騎士に望まずになったりもした。

 疲れてしまったのかな、とも思う。

 ちょっとだけ、ほんの少しだけ昔と同じ雰囲気を感じただけで、こんなにも懐かしく思ってしまうのは。

「おい、セシル! 聞いてんのか!」
「え? あ、なに? バッツ?」
「・・・ったく」

 物思いに耽っていたセシルに、バッツは心底不機嫌そうだった。

「なに言ってるかワカンネーけど―――おい、セシル。ローザ=ファレルはお前にとって大切な恋人だろうがよ!」
「・・・改めて恋人とか言われると照れるね」
「あ、ついに認めたのか。・・・おめでとうと言うべきですかね」
「認めたというか、諦めたというか」
「認めるのも諦めるのも似たようなもんでしょう」

 本気で照れているらしく、セシルの顔がほんのりと赤い。
 そんなセシルにロイドは冷めた様子で言い捨てた。

「・・・だから、人の話をきけーっ!」

 また “馴染み同士だけが作れる妙な連帯感” が漂い始めて、バッツは声を荒らげた。
 セシルは「うわ」とわざとらしく驚いたような声を上げる。

「な、なんだよバッツ。さっきから」
「うっさい! 大切な恋人だったら、どうして居ないのに平然としてられるんだよッ!」

 何故バッツが激昂しているのか解らないという風に、セシルとロイドは顔を見合わせる。
 そして同時に応えた。

「「大切じゃないから」」
「って、なんで声揃えるんだよッ! つか、大切じゃないってどういう意味だ! つーか、なんなんだお前らあああああああああっ!」

 バッツは本気でキレていた。
 それは、まるでローザ相手に喚き叫ぶセリス=シェールの様でもあった。

「本気か!? 本気なのか!? セシル! 本気でお前はローザ=ファレルのことを大切じゃないって言ってるのかよ!」
「いや本気って言うか・・・・・・なんでそこまでバッツが真剣なのか解らないんだけど」
「お前が真剣になれよ!? お前の恋人だろ! 彼女だろ!? マイスイートハニーだろおおおおおっ!」
「ああ、つまり」

 ようやく合点が言った、とでも言うかのようにロイドが頷いた。
 バッツにビシィっと指を突き付けて、

「あんた、彼女が欲しいんですね?」
「いるかあああああッ!」
「いらないって・・・まさか、同性愛者・・・・・・」

 ぞぞぞっ、と青ざめた顔をしてロイドが三歩ほど下がった。
 セシルもさり気なく一歩後退する。
 だが、バッツは大きく胸を張って大声で宣言する。

「違うッ! 俺はリディアがいればそれでいいッ!」
「言い切ったーーーーっ!?」
「・・・リディアって誰です?」

 セシルが叫ぶ隣で、リディアの事を知らないロイドが首をかしげる。

「バッツの妹だよ」
「・・・シスコン?」
「うん。・・・あ、でもまあ本当の兄妹じゃないんだけど」
「・・・なんだ、ただのロリコンか」
「バッツキィィィック!」
「ぐはああっ!?」

 バッツの跳び蹴りがロイドの顎を捉えた。
 ふっとぶロイド。
 そのまま壁に激突して気絶する。

「誰が幼女好きだッ! 俺が好きなのはリディアだけだぁぁぁっ!」
「・・・いや、あまり変わらないんじゃないか?」
「はっ!」

 セシルの冷静なツッコミを、バッツは鼻で笑い飛ばした。

「甘いな! 例えばリディアが宇宙パワーとか古代神のなんたら力とかで俺より年上のナイスバディになって帰ってきたとしても、俺は変わらずリディアを愛し続ける!」
「いや、それもそれでなんか問題が・・・・・・というか、なにその発想?」
「うっさいうっさいうっさーい! 俺とリディアのことよりも、今はお前のことだ! セシル! てめえ、どうせいつものハッタリだろ」

 バッツの言葉に、セシルは首をかしげる。

「いつものハッタリって・・・僕、そんなにハッタリばっかかな」
「ばっか、おめえ知らないのか? セシル=ハービィの99%はハッタリでできてるんだぜ!」
「でたらめ抜かすな!」
「ちなみに残りの1%は “優しさ” だ!」
「僕の優しさって1%だけなんだ」
「ああ、もうとにかく! どうせいつもの嘘・偽り・謀りだろうが騙されねえからな!」

 そう言って、バッツはセシルに背を向けて歩き出す。

「ついてこいよ、セシル=ハーヴィ。あれを見ても、まだそんな態度で居られるかよ!」
「・・・・・・」

 振り返らずに吐き捨てるバッツに対して、セシルは応えずに無言でバッツの後を追う。
 バッツの向かう先を見て、行く先は何となく見当はついていた。

(僕の記憶にある最後の光景―――バロン城攻防戦の決戦の場・・・謁見の間)

 場所は何となく想像はついた。
 ただ、そこに何があるのかは解らない。

(双子―――パロムとポロムになにかがあったとバッツは言った。・・・でも、死んだ、とは言ってはいない。なら、なにが―――)

 バッツは後悔するな、と言った。
 ならば、そこにはセシルにとっての後悔が在るのだろう。
 そう考えて、セシルは覚悟を決める。

 今までずっとそうしてきたように―――そして、これからもずっとそうしていくように、セシルは覚悟を決める。

 それは、後悔と向き合う覚悟。
 それは、後悔にくじけぬ覚悟。
 それは、後悔を忘れぬ覚悟。

 あの日、あの時から―――とても、とても大切な人の墓を掘った時からずっと変わらぬ “覚悟” を胸に秘め、セシルは新たな “後悔” の待つ場所へと向かう―――

 

 


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