第13章「騎士と旅人」
C.「悔しさと情けなさ」
main character:クラウド=ストライフ
location:バロン城下街・宿屋兼酒場
“金の車輪亭”
―――目を覚ませば、そこは、見覚えのある部屋だった。
ゴルベーザに復讐を誓うテラに付き合い、バロンに潜伏していた時に宿を借りていた酒場の二階。
宿賃がなかったので、酒場でウェイターとしてバイトをして、使わせて貰っていた部屋だ。懐かしいベッドの感触に身を委ねたまま、つい先日まで毎朝毎晩見ていた天井を見上げる。
奇妙な既視感が記憶をかき乱し、つい、早く起きて店の仕入れを手伝わないといけないような気がして身を起こし―――「ぐゥッ!?」
全身を走る激痛に、クラウドは歯を食いしばり、痛みを押し殺して呻く。
その痛みが、クラウドを完全に覚醒させた。「・・・っ・・・・・・そうか、俺は・・・あいつに負けて・・・」
ミシディアからバロンへ再び舞い戻ってきた時に、この酒場で出会った3人の格闘家。
その中の一人、一番年長だったダンカンという男と張り合い、腕相撲から始まり、街中を競争し、挙句の果てには街の外で一対一の真剣勝負までやった。完敗だった。
途中までは互角だった。
だが、ダンカンの最終奥義の前に、クラウドは完敗した。悔しい、と思う。
この悔しさは今までにも一度、二度感じたことがあるかどうか、という悔しさだ。
負けたことが悔しいわけではない。己自身の情けなさが悔しいのだ。あのときクラウドは、ダンカンの連打の前に守りを固めることを選択した。
幾ら鍛えようとも、所詮はただの人間。魔晄の恩恵を受けた自分が倒れるよりも早く、ダンカンの方がバテると判断しての守りだった。
その判断は、間違いではなかったはずだった。
が、結果としてその消極的な判断は、ダンカンに必殺の一撃を許すことになる。魔晄の恩恵を受けたソルジャーのガードを容易く打ち抜く強打。
その強打の前に、身を守ることに専念していたクラウドは、何をすることもできずにその一撃を受けた。もしも守りを固めることなく、攻めることを選択していれば、また結末は違っていたのかもしれない。
そう思うと、自分自身がどうしようもなく情けなくなってくる。「・・・・・・くそっ」
ぼふっ、と自分の寝ていたベッドを拳で力なく叩く。
そんな風に、クラウドが情けなさを噛み締めていると、コンコン、とノックの音が響いた。
ドアの方へ目を向ける。と、返事をするよりも早くに開かれた。「入るぜー。―――・・・なんだ、起きてるじゃないか」
入ってきたのは見たことのある男だった。
このバロンで出会い、ミシディアまで共に逃げ延びて、そして再びまたバロンへと戻ってきた。確か、名前は―――
「ラック・・・だったか?」
「うわ、名前覚えられてねェよ俺。まあ、ラックってのも縁起が良い名前だけどよ」苦笑しながら、彼は自分の顔を親指で指し示す。
「ロックだ。ロック=コール」
「興味ないな」
「言うと思った」冷めたクラウドの対応にも慣れてしまったのか、ロックは苦笑しながらクラウドの様子を見やる。
「・・・なんだ、結構ヤバイ状態だって聞いたけど、随分元気そうだな」
「ソルジャーの体力を舐めるな。一晩休めばどんなケガだろうと―――・・・」
「へえ」
「―――ッッッ!」クラウドに最後まで言わせず、ロックはクラウドの腹部をポン、と軽く叩いた。
その瞬間、叩かれた箇所を拠点として、そこから激しい痛みが波となって全身を駆けめぐる。果たしてロックは気づいていたのか偶然か、そこはダンカンに最後の強打を受けた箇所だった。
なまじ心身が強靱である分、気絶することも叶わず、死んだ方がマシだと思えるような激痛がクラウドを襲う。悲鳴を堪えることができたのは、奇跡に近かった。「あ、やっぱりやせ我慢だったか」
「・・・殺スぞ、お前・・・」生半可な呪詛よりもよっぽど人を殺せそうな程に殺気の込められた言葉に、ロックは思わず身を退いた。
「じょじょじょじょじょ、冗談だって。ごめんって、謝るって」
もの凄い目つきで睨んでくるクラウドに、ロックは喉元にナイフを突き付けられたチンピラのように青くなりながら謝る。
しばらくの間、クラウドはロックを睨付け、睨まれたロックはヘビに睨まれたカエルの如くに硬直したまま動かない。否、動けない。・・・ややあって、ようやく痛みが治まったのか、クラウドはようやくロックを睨付けるのを止めた。
ロックも、金縛りから解放されて、ふーっ、と吐息する。「・・・いや、こっちも凄かったけど、お前も結構大変だったんだなー。ソルジャー相手にここまでダメージ負わせられるなんてさ」
「俺がまだ弱かっただけだ」
「お。謙虚じゃんか」
「事実だ。俺がもっと強ければ、俺が勝っていた。簡単な理屈だ」
「簡単つーか単純つーか」ロックが軽口を叩くと、再びクラウドがギロリと睨む。
「嘘です!」
「・・・・・・」降伏の証のつもりなのか、反射的に両手を上げるロックに、クラウドはそれこそ「興味ない」とでも言いたげに、視線を反らす。
「・・・そっちの方は何があった? 他の連中は?」
「こっち? こっちはまー・・・・・・色々あったよ。・・・色々な」と、ロックはさっき部屋に入ってきた時のような苦笑を漏らして、城が落ちたことを簡潔に伝えた。
「色々あったけど、俺は殆ど何も出来なかったし―――目当ての女も居なかった。・・・なにしに来たんだろうね、俺は」
ロックの自嘲気味な言葉を聞いて、しかしクラウドはなにも反応しない。
ただ、じっと視線を落として自分の足下にかかっている毛布を見つめている。
そんな様子にロックは「おや?」と首をかしげた。「・・・なんだよ。てっきりまた “興味ないな” とでも言うかと思ったのに」
「―――俺も同じだ」その声音は、ロックのように自嘲の響きはなかったが、それ以上に苦くあった。
「俺も結局なにも出来なかった。ヘンな親父と戦って、負けた・・・ただそれだけだ」
さっきとは別の情けなさ、悔しさがこみあがって来る。
なんのためにまたバロンへと戻ってきたかと言えば、ダムシアンでゴルベーザに受けた屈辱を晴らすためだ。
そのために、セシルに協力・同行し、バロンの状況を確認するために昔のツテ―――昔と言うほど昔でもないが―――を頼りに情報収集するはずだった。だが、世間は狭いと言うべきか、頼ろうとしたツテはセシルにとっても既知であったし、そもそも情報収集はロックがなんなくこなしてしまった。挙句の果てに、貰い忘れた給料を受け取りにこの酒場まで来てみれば、妙な親父に絡まれてこの始末。
ふと思う。
昔の、今の自分よりも弱く幼かった自分なら泣いていたのかもしれない。だが、今はもう泣かない。
強くなると決めたから。きっと誰よりも何よりも強くなるって決めたから。強くなって、そして―――
―――ピンチのときには・・・
「・・・っ」
不意にクラウドの胸に昔した “約束” が思い出される。
反射的に、その思い出を振り払うように首を横に振る―――とたん、激しく全身に響き渡る痛み。「・・・・・・・・・ぐぅぅぅッ」
もはや痛みだけで死ぬなんてものではなく、この痛みだけで100人は殺せるんじゃないか? などと妙な考えが頭に浮かぶくらいの痛み。
素直に失神でもしてしまえば痛みから解放されるのだと理解はするが、魔晄によって強化された肉体はそれを許さず、自ら眠ろうとしても激痛がそれを許さない。「お、おい、大丈夫か・・・ってか、全然大丈夫そうじゃねえな―――つか、回復魔法は!? お前、なんか回復してただろ、試練の山で」
「ぐ・・・ケアル程度では・・・無理・・・」苦しそうにクラウドはロックの問いに応えた。
クラウドが使えるのは初歩の回復魔法だけだ。
もっとも、自分を治癒するだけなら、頑強なソルジャーの自然治癒力と合わせれば十分すぎるはずだった。だが、ダンカンの最強の一撃は、そんなソルジャーの頑強さすらも粉々に打ち砕く一撃だ。
普通の人間ならばそれこそ100回死んでもおつりが来るほどの究極打撃。
今、クラウドが生き伸びたのは、ソルジャーの自然治癒力―――単純に生命力と言い換えてもいい―――が、限界以上に発揮されたからだ。お陰で一命は取り留めたものの、一時的に生命力は衰えている。そのために未だに大きな負荷が肉体にかかり、初歩の回復魔法ではなんの足しにもならないというわけだ。
そのくせ、激痛に気絶することを許さない。今この時ほど、自分がソルジャーであることを恨めしく思ったことはなかったと、クラウドは思う。「ったく、世話が焼ける! ―――待ってろ、テラのじーさんもここに来てる。仮にも “賢者” とまで呼ばれてたんだ。お前のよりかはマシな魔法を使えるだろ」
「・・・勝手にしろ」
「お。この期に及んでまだそういうこと言えるわけ? そういうこと言うならおにーさんにも考えが・・・」
「・・・・・・」
「すいません、今すぐ呼んできます」調子に乗りかけていたロックは、クラウドの一声であっさりと身を翻し、テラを呼びに部屋を飛び出した―――