第13章「騎士と旅人」
B.「懐かしい再会」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城

 

 

 城内はセシルが思っていたよりも静かだった。

 戦争直後なのだから、もう少し騒がしいものだと思っていたが、今歩いている廊下にはセシルとバッツ以外に人影はない。
 ただ、かすかなざわめきがどこからか響いてくるのが聞こえた。

 今歩いている廊下では戦闘は行われなかったのか、それとも綺麗に片づけられたのか、戦闘の痕跡は何処にも見えない。
 完全な奇襲攻撃であり、さらには戦力差―――というか戦意の差が圧倒的で、バロン側がほぼ一方的に蹂躙されただけの戦争で、それも1日足らずで終結した。それほど激しい戦いだったと言うわけではないが、騒がしくもなく戦闘の痕跡もなければ、本当に戦争なんかあったのかと自分の記憶を疑ってしまう。

(そんなはずはないんだけどね)

 そう思いながら廊下を進む。
 少し前を歩いてセシルを案内するバッツは無言で歩いている。
 これも奇妙に静かと思える一因だった。普段のバッツはお喋り、というほどではないが、それでも口数は少なくない。

 なんでもない風を装っているつもりだろうが、酷く落ち込んでいるのがはっきりと解る。
 そして、セシルはそういうバッツを知っていた。

(ファブールの時と同じだ)

 ファブールで、レオ=クリストフに敗れた時と同じ雰囲気だ。

(・・・そう言えばレオ将軍はどうなったんだろうか)

 不意にそんな疑問を抱く。
 ニセモノのバロン王との戦闘の時、バッツは謁見の間に居た。
 ということはレオ将軍を突破したということだろう。だが、問題は。

(バッツは、レオ=クリストフを殺せたのか・・・?)

 レオ=クリストフは殺さない限り倒せない。
 レオ将軍とはカイポで少し会話を交したくらいで殆ど付き合いがないが、セシルはそう直感し、確信していた。
 何故なら、同じ “強さ” を持つ人間を、誰よりも良く知っていたからである。

 カイン=ハイウィンド。
 このフォールス最強の槍にして、世界でも三本の指に入る “最強” 。
 死なない限り、何度でも立ち向かってくる男だと、セシルは知っている。

 それと同じレオ=クリストフを、果たしてバッツは―――

「バッツ」
「・・・なんだよ」
「君は自分の仇を取れたのかい?」

 尋ねる、とバッツは振り返らないままに首を横に振った。

「―――いいや。アイツには勝てなかった。少なくとも胸張って “俺の勝ちだ” って言える気にはなんねェな」
「そうか」

 その言葉を聞いて、セシルは了解する。
 バッツはレオを倒すことは出来なかった。ということは殺せなかったということだ。
 どうやって突破したかは解らないが、ともあれバッツがレオを殺さなかったことに、セシルは安堵した。そしてそんな自分に気がついて声を漏らさずに苦笑する。

(あれだけバッツに殺せ、と言っておいて、バッツが誰も殺していないことに安堵している。なんて矛盾しているんだろう、僕は)

 矛盾だと思いながらも、セシルは自分の感情を理解していた。
 戦争で人を殺さないのはバッツの甘さであり、弱さである。
 けれども甘さも弱さも、強固な意志で貫き通せば強さになる。
 バッツ=クラウザーは強かった。セシルの想像を超えるくらいに強かった、そのことがとても嬉しいのだ。

「なにが可笑しいんだよ?」

 つい笑っていたらしい。
 いつの間にかこちらを振り返っていたバッツが不機嫌そうに言うと、再び前を向く。

「いいや、別に」
「あっそ。・・・あー、そいやなんでお前女装なんかしてたんだ? 趣味か?」
「誰が女装趣味だ!」

 今度はセシルが不機嫌そうに叫ぶ。
 その様子が可笑しかったのか、バッツは「けっけっけ」と意地の悪い笑い声を上げる。

「いやあ。でもあれほど完璧に女に化けられる男はそうはいねえだろ。趣味でもなけりゃ」
「別に僕が女装したワケじゃなくて、無理矢理させられた―――ああ、そう言えば」

 ふとセシルは自分の姿を確認してから、疑問に思っていたことを尋ねる。

「僕が来ていた服は? あれ、借り物だからちゃんとしておかないと」

 今、セシルが着ているのはバロンに帰ってきた時に着ていた女物のワンピースではなく、ゆったりとした―――セシルにはやや大きめの部屋着だった。
 寝ている間に、着替えさせられたらしく、起きた時からこの格好だ。

「知らねー。俺だってさっき起きたばかりだって言ったろ。俺が気を失ってからどーなったのか、詳しく聞いてないし・・・ああ、フライヤとファリスがダムシアンとファブールに戻ったって聞いたな」
「ファリス? ああ、あの斧を持っていた男らしい―――そう言えば、バッツ。君がどうしてヤンたちとここにいるのかも聞いてないな」
「俺だって、お前がどうしてテラのじーさんや、あの筋肉と一緒だったのか聞いてねえな」

 なんにせよ、再開したのは戦闘のまっただ中で、戦闘終了する頃には2人とも気絶していたのだ。
 互いの状況なんて解るはずもない。

「話せば長くなるんだ」
「こっちも割と長くなる気がする―――ああ、そだ。一つ言っておかなきゃいけないことがあったんだ」

 思い出したように言ってから、バッツは足を止めるとセシルに身体ごと振り返る、
 自然とセシルも足を止めて、バッツと相対した。

 真っ向から視線をぶつけてくるセシルに対し、バッツは少し気まずい様子でそっぽをむくと、苦笑いして言った。

「クリスタル、とられた」
「ふーん」
「・・・って、なんか淡泊だなオイ」
「まあ、そういうこともあるかもって思ってたし。奪いに来たのはバルバリシアって女性かい?」

 セシルが言うと、バッツはやや驚いたように目を丸くした。

「なんで解るんだ」
「どういう理屈かは解らないけどね。彼女はクリスタルの位置が解るようなんだ。ファブールでそう思わされることがあった」
「・・・つーことは、お前。元々クリスタルを渡す気だったのか!?」
「渡す気だったら君に預けないよ。クリスタルを守るには、フォールスから遠ざけるのが一番だと思っていたし。だったら、君に預けるのが一番安全だと思った」
「だったらもう少し残念そうとか悔しそうとか」
「うーん・・・」

 バッツに言われて、セシルは困ったように首をかしげた。

「いや実は未だにクリスタルの重要性が解ってないからなのかもしれない―――色々と話は聞いて居るんだけどね。だから」

 苦笑してからセシルは続けた。

「だからクリスタルが奪われたことよりも、君と無事に再開出来たことの方が嬉しく思う」
「・・・・・・恥ずかしいことをしゃあしゃあと」

 バッツは素早く回れ右をすると、再び歩き出す。さっきよりもやや早足で。
 どうやら少し照れているらしい。

 そんなバッツの後を、セシルは苦笑したまま追い掛けて歩き出す。と。

 いきなり騒がしい声が聞こえた来た。

「なんじゃああ、きさまらああああああああっ!」
「おい、暴れるな! 落ち着け! 我々は―――ぐおっ!?」
「貴様らもゴルベーザの手の者かッ! ええい、愛しいワシの飛空挺と巡り会うまで、再び捕まってたまるかーッ」
「いいから落ち着け、技師長。こいつらバロンの人間じゃない。モンク僧・・・ファブールの人間だろ」
「ファブールもモンク僧も関係ないわいッ! ワシの邪魔する奴らは問答無用でブン殴る! あと蹴る!」
「・・・モンク僧相手に殴り合いしても負けるだけだと思うけどな」
「ロイド! 貴様はどっちの味方じゃー!」

 騒ぎの方へと目を向ける。
 廊下の先。ちょっとしたホールになっている場所に、モンク僧が数人集まって誰かともめているようだった。モンクの中にはヤンの姿も見える。
 バッツが足を止めてそれらをじっと見つめる。

「なんだ、ありゃあ」
「なんというか、とっても懐かしいというか聞き覚えの在る声がするなあ」

 困惑するバッツの隣で、セシルがさっきとは別の意味での苦笑を張り付かせて、ヤン達ともめあっている ”誰か” の姿を見る。
 と、不意にその “誰か” がこちらに目を向けると一瞬だけ動きを止める―――が、すぐにこっちに向かって手をブンブンと振って、大声を張り上げる。

「セシルーーーーーーーーッ! 貴様、生きとったんかあああああああああああああああああああああっ!」

 もの凄く大きな声。
 セシル達は離れていたからまだ普通に耳にすることができたが、近くに居たモンク僧の何人かは、あまりの声量に耳を抑えている。
 中にはばったりと倒れて悶絶している者までいた。

「そういえば・・・なんか処刑だとか捕まったとかロックが言ってたっけ・・・」

 そんなことを思い出して呟きながら、セシルは懐かしい2人の所へと向かった―――

 

 


INDEX

NEXT STORY