「バロンが陥落しただと・・・!?」

 バロン陥落の報告を、カインは飛空挺の甲板上で聞いた。
 それを伝えに来たのは、もう馴染みとなった金髪の美女・風のバルバリシア。

「バロンにはベイガンが居る。守ることしか能のない男だが、それでもバロンの “盾” とまで呼ばれた男だ。ヤツが守っていて、そう簡単に城が落ちるわけがない!」
「でも、現実に城はつい昨日、ダムシアンとファブールの連合軍に制圧されたわ。それも、1日と掛からずに」
「馬鹿なことを。例えベイガンでなくとも、跳ね橋を上げて門を閉じてしまえば二、三日は余裕で持たせられるはず。それともエブラーナの時のように、また街に火を掛けられて誘い出されたか?」

 カインの言葉に、バルバリシアは「いいえ」とゆっくり首を左右に振る。

「海から城の港に進入されて、そのままあっさりと」
「海!? しかし海にはリヴァイアサンが―――」
「リヴァイアサンは在るべき世界に戻ったわ」
「戻った・・・?」

 魔道に詳しくないカインは困惑げに目を細める。
 その時、それまで黙っていたゴルベーザがゆっくりとした口調で呟いた。

「・・・召喚士の娘・・・か」
「はい。おそらくは。セシル=ハーヴィと同行し、カイポの村でカイナッツォの送還術を打ち破った、あの少女でしょう」
「召喚士の娘・・・」

 カインの脳裏に、緑の髪の少女の姿が思い起こされる。
 ファブール城で泣きながら「返して」と叫んだ少女。
 その少女の姿はもう一人の女性の姿を思い起こさせた。それはその少女と良く似た、カインに近い年齢の女性。

(確か・・・ミスト、だったか)

 召喚士の村で出会った、その村と同じ名前を持つ女性。
 一度はセシルと共に守ろうとして、そして―――

(セリス将軍が言うには死んだ、というが。もしやその娘だったのかもな)

 そんなことをぼんやりと思いながら、カインはゴルベーザに尋ねる。

「なるほど。わざわざ召喚士の村を焼いたのは、リヴァイアサンを送還されることを恐れてか?」
「・・・或る意味は、そうだ」

 カインの言葉に、ゴルベーザは頷きもせずに言葉だけで肯定。

「或る意味?」
「私が恐れたのは、召喚士が扱う “力” そのものだ。幻獣と呼ばれるその力は、ヒトの力など軽く凌駕する。我々がクリスタルを集め、手に入れようとしている “力” に唯一対抗しうる存在でもある―――故に、自らを “監視者” とし、クリスタルを集めて力を得ようとする者たちを律してきた」
「だから、先手を打って滅ぼしたと?」
「逆らう気がないのならば捨て置くつもりだったがな。だが、水のクリスタルを手に入れた時、こちらを “見る” 気配に気がついた」

(・・・そう言えば、占いを嗜むとか言っていたが・・・それか?)

「しかし無意味だったがな。魔封壁のせいで召喚士はロクに力も使えず滅ぼす必要もなかった」
「力を使えない? しかし、あの召喚士の少女は巨人を・・・」
「あれは幻獣ではない。ガーディアンフォースと呼ばれる、想いの残骸。力は力でも、影に過ぎん。恐れることもない。―――結局、ミストを攻めたのは無意味どころか、逆にセシル=ハーヴィという厄介な男を野放しにする結果となってしまっただけだ。本当ならば、召喚士もろとも焼け死ぬはずだったが・・・」
「俺もな」

 皮肉のつもりでカインが言うと、ゴルベーザはフッ・・・と口元に冷笑を浮かべる。

「貴様も最初から従っていれば良かったのだ」
「今も貴様に従っているつもりはない。俺は・・・セシルを超えたいだけだ・・・」

 言葉を吐き、心の中で意志を固める。

(そう・・・俺はゴルベーザに服従したわけではない! ただ、セシル=ハーヴィという男を超えたいだけ)

 それは戦いに勝つという意味ではない。
 覚えている幼い日の記憶。
 あの時に刻み込まれた、セシルと自分との差。それを乗り越えたい―――ただそれだけだ。

「・・・そういえばセシルはどうした? ファブールが関わっていたのなら、あの男も・・・」
「居たわよ。ただ、少し妙なのよね。私も最初から見ていたワケじゃないけど、どうもファブール・ダムシアンとは別口でバロンに来たみたい―――多分、ミシディアからデビルロードを通って」
「・・・ミシディアから? 何故」
「さあ? でも、ミシディアの魔道士らしい双子の子供を連れてたし。それに、どういうわけか聖騎士になっていたらしいし」
「パラディン・・・? あの伝説の、か?」

 カインも聖騎士の伝説は聞き覚えがあった。
 数多の聖剣を使いこなす光の騎士。
 だが、歴史の中に聖騎士を詐称する者は居ても、確かにそうだったと言える者は居らず、ただの御伽噺に近いものだと思っていたが。

「バルバリシア、それは本当か!」

 珍しく、ゴルベーザが声を荒らげて尋ねる。

「はい。カイナッツォからの伝聞ではありますが」
「・・・聖騎士か・・・それは問題だな・・・」
「なにが問題だと?」
「聖騎士は世界の代行者だ。普段は聖剣を扱えるだけの騎士に過ぎんが、 “世界の危機” になれば、世界は己を守るために聖騎士に力を与える。つまりは、この世界の自己防衛手段の一つであるのだ。そして、我らが求める力は世界にとって危険な力でもある」
「なるほど、つまり召喚士以上に目障りな存在と言うことか」

 ゴルベーザの説明に納得しかけて。
 それから、ふと気がつく。

「待て。今、“世界の自己防衛手段の一つ” と言ったな? 他にもあるのか? 聖騎士のような存在が」
「ある。が、そちらの方は気にしなくて良い」
「何故だ?」
「まだ目覚めていないからだ。それに、対抗手段もある」

 結局、意味はわからなかったが、気にしなくて良いというのなら聞いても無意味であるだろうと思い、カインはそれいじょう尋ねるのを止める。
 代わりに。

「・・・それで、どうする? このままエブラーナを攻め続けるか? それともバロンに戻って城を取り返すか?」

 ―――今、カイン達が乗っている飛空挺が浮かんでいるのは、エブラーナの国がある島の上だ。

 ファブールから戻り、エブラーナの強襲を防ぎきった後、ゴルベーザはエブラーナに反撃を仕掛けた。
 ダムシアンの時と同じように、相手の攻撃の届かぬ高空からの爆撃で、あっさりと城は廃墟となった。

 だが、城を調べたところ、エブラーナの者らしき死体は発見されず、どうやら爆撃される寸前に城から逃げ去ったということが判明した。
 当然のように、ゴルベーザは追撃を命じたが、森狩り山狩りしたところ、逆にエブラーナ流ゲリラ戦術の手痛い反撃に遭ってしまった。

 地の利が向こうにある以上、野戦は不利だと判断したゴルベーザは、再び飛空挺からの爆撃を敢行。
 だが、森を焼き山を焼き払っても、城の時と同じように寸前で逃げられたらしく、爆撃も効果を表さない。
 どうやらエブラーナの忍者達は、国のあちこちに外から解らないような秘密の拠点を作っているらしく、一つが潰されてもすぐに別の場所へと移っているようだった。
 それを全部潰すには、国中を爆撃しなければならないが、流石にそこまでの爆薬は無い。

 仕方ないので、怪しいと思われる場所に兵を送り込み、敵の存在を確認したら爆撃するという戦法をとってはいるが、やはり効果は薄い。

 バロンとエブラーナの長い戦争の歴史の中、兵力で勝るはずのバロンがエブラーナを制圧出来ない理由がこれだった。
 エブラーナにとって、城とは本拠地ではなくただの飾りに過ぎない。城を落としたところで、勝利にはならないのだ。

「これ以上攻めても時間を浪費するだけだ。それに、エブラーナを攻めたのは、クリスタルを集めている間にこちらへ攻め込まれないようにするためだ。バロンが奪われたのなら、最早、エブラーナを攻める理由もなくなる」
「では、バロンを奪い返す、と?」
「その必要もない。我らにはゾットの塔がある。バロンに拘ることもないだろう」
「・・・・・・」
「不服そうだな? バロンの竜騎士という肩書きにこだわるのか?」
「いや・・・」

 バロンの竜騎士。
 父の後を継いだこの肩書きに誇りがないと言えば、それは嘘だった。
 だが、それ以上に悔しさがある。

(セシル・・・)

 かつての親友―――そして、今は最大の敵である男。

(バロンに刃向かい、騎士の位を剥奪され―――だが、ファブールを守り抜き、伝説の聖騎士となり、そしてバロンを制圧した)

 子供の時、初めて目にする魔物を前にした時の、セシルとの差が否応にも脳裏に浮かぶ。
 今まだ、あの時の差は縮まってはいない。
 それどころか、広がってすらいるように思える。

 戦いならばセシルよりも上であるという自信がある。
 現に、ファブールではセシルを追いつめた。

 しかし。

(―――しかし、俺には・・・俺には出来ない。やつと同じようなことは・・・ッ)

 悔しさが心の中にじわりと広がっていく。
 それはカインが子供の頃から大切にしていた “竜騎士であった父の誇り” すらも塗りつぶす。

(それほどに、俺はセシルを超えたい―――いや、あいつを裏切ってしまった今、俺は超えなければならない。そうしなければ、俺の存在する意味などないのだ!)

 カインは苦い思いを胸に秘め、その表情は冷たい笑みを浮かべた。

「フッ・・・今更、バロンもなにも関係ない。それで、これからどうする? トロイアのクリスタルを狙うのか?」
「いや。スカルミリョーネの話では、あのクリスタルは厄介なことになっている」
「ああ、それならば聞いた。・・・ダークエルフの王、か」
「だからヤツに取りに行かせようと考えている」
「ヤツ・・・セシルか!? しかし、聞いた話では例えセシルでも・・・」
「失敗するならばそれでもいい。これでヤツが死ねば、憂いはなくなる―――土のクリスタルを手に入れるのは少々手間取るかもしれんが、我らにとっては聖騎士の方が問題だ」
「しかし、セシルが素直に従うものか?」

 カインが言うと、ゴルベーザはバルバリシアに視線を投げかけ、

「・・・使えるものが在るだろう? フッ・・・早々に殺さず良かったな」
「ローザを囮に? しかし、あの男は一度見捨てています。今度も従うとは・・・」
「試してみて損はないだろう。―――伝えてこい」
「はい」

 バリバリシアは頷いて、すぐに消えようとする―――が、それをカインが呼び止めた。

「待て! ・・・俺も行く」
「ゴルベーザ様?」

 カインの言葉に、バルバリシアは己の主を見る。
 ゴルベーザはしばし考える素振りをしてから、頷いた。

「連れていってやれ」
「はーい」

 そう言って、バルバリシアはカインの腕に抱きつく。

「おい。わざわざこんなことしなくても―――」
「迷惑かしら?」
「迷惑だ」
「ああ、良かった♪ 迷惑じゃなかったらどうしようかと」
「おい」

 やや怒気のこもったカインの言葉を無視して、バルバリシアは力を使う。
 一陣の風が吹き、その風に吹き消されるようにして2人の姿が掻き消える。

「全艇、この空域を離脱する。―――塔へ戻るぞ」

 2人が消えた後、ゴルベーザは乗組員に向かって帰還の命令を発した―――

 

 

******

 

 

「よう」

 目を覚ますと、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

「・・・バッツ・・・?」

 セシルは寝ていたベッドから半身を起こす。
 見覚えのある部屋だ―――バロンの城の宿泊所。
 城の外に家を持つ位の高い騎士や文官が、城に泊まる必要のある時に使う場所。
 だから、普通の兵士達の詰め所よりも小綺麗である。ベッドも上等品だ。

 バッツは、セシルが寝ていたベッドの淵に腰掛けていた。

「ようやくお目覚めか。1日近く寝てたらしいぜ。―――俺も、ついさっき起きたばかりだけどさ」

 へへっ、と苦笑する。
 だが、セシルにはその口調がいつもよりも暗いと感じた。

「・・・なにがあった?」
「なにが・・・って、なんだよ?」
「ここは僕が気を失ってから何があった?」
「どうしてなにがあったかって思うんだ?」
「君の様子がおかしいからだ」

 セシルの言葉に、バッツは「チッ」と舌打ちする。

「やっぱ解るか。まあ、自分でもいつもと同じ気分にゃなれねえって自覚してるけどさ」
「なにがあった?」

 再度のセシルの問いに、バッツはベッドから降りて立ち上がる。

「・・・ついてこいよ。実際、見た方が早いだろ。―――だけどな」
「だけど?」
「見ても、悔やむな。後悔するなよ」
「・・・・・・」

 セシルは無言でベッドを降りると、真っ直ぐにバッツを見返した。

「・・・つまり、見れば僕が後悔するんだね? ベイガンか? それとも双子か?」
「双子だよ」
「案内してくれ」
「・・・・・・」

 バンッ、とバッツは自分の憤りを晴らすように乱暴に宿泊所の扉を開け放つと、そのまま大股で外へ出る。
 その後を、セシルが部屋の扉をきちんと締めて追い掛けた。

 

 バッツに案内された先で、セシルは石化した双子の姿をみる。
 そして、それが、良く似た過去を持つ―――しかし正逆の現在を持つ、騎士と旅人の戦いの始まりだった―――

 

 


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