第12章「バロン城決戦」
AB.「決着!」
main character:セシル=オーディン
location:バロン城内・謁見の間

 

 

 ベイガンをポロム達に預けたオーディンは、再び玉座に座る自分のニセモノと向かい合う。

「待たせたな」
「待っててくれたようだぜ」

 オーディンが言うと、バッツが軽口を返す。
 その言葉通り、玉座に座るニセモノはオーディンが背を向けている間だ、全く動かなかった。
 ベイガンの身体を貫いた、水の一撃が来るかもしれないと、バッツはそれなりに警戒していたのだが。

 オーディンとバッツのやりとりが聞こえたのか、ニセモノが面倒そうに口を開いて言う。

「・・・騒がしいから殺しただけだ。・・・貴様らも、そのまま大人しく消えるというのなら見逃してやらんでもないぞ・・・?」

 眠そうな声で告げられて、バッツは呆れたような顔をしてオーディンに顔を向ける。

「おい。あいつ馬鹿か? 見逃してやるのはこっちの方だと思うんだけどな?」
「・・・油断するな、バッツ=クラウザー。ヤツは手強い」
「手強いっつってもな」

 その言葉をその場に残して。
 オーディンの眼前からバッツの姿が消える。

「なっ!?」

 初めて見るバッツの無拍子に驚きながらも、オーディンは直感で玉座の方へと目を向ける。
 その直感通り、バッツの姿は玉座のすぐ隣りにあった。

「待て、バッツ=クラウザー!」

 オーディンの制止の声が飛ぶ。
 だが、それを聞きながらもバッツ止まらない。

(・・・なんだ、こいつ)

 刃を返した刀をニセモノへ振り下ろしながら、バッツの心に疑問がわき上がる。

( “斬鉄剣” 使いを殺したって言うには、妙に隙だらけだし。仕掛けてみたらなにか解るかなーって思ったけど無反応だし。つかオイオイ当たっちまうぜ? 痛いぜ?)

 敵の心配しながらも、勢いのままに刀を振り下ろす―――が。

「え」

 不意に玉座に座るバロン王のニセモノの姿がぼやける。
 それは、まるで制止した湖に石を投げ入れた時に起る波紋のようにぼやけると、次の瞬間には一人の少女の姿へと変わっていた。
 緑色の髪の少女。
 バッツがこのフォールスで出会った、召喚士の少女の姿だ。

「リディアッ!?」

 その少女の名を叫びながら、バッツは振り下ろしかけた刀を強引に横にずらす。
 刀は玉座に座るリディアの眼前を通り過ぎて、その足下へと振り下ろされた。

「どわっ」

 刀の軌道をずらすために、無理矢理身体を捻ったためにバッツは刀に引っ張られるように、リディアの目の前で転倒する。

「大丈夫? お兄ちゃん」
「え・・・」

 紛れもないリディアの声に、バッツは倒れたまま顔を上げると、リディアが微笑みながらバッツに向かって手を差し出していた。
 居るわけがないリディアの姿に思考が止まり、バッツがなにも考えずにその手を取ろうとする。

「逃げろ! バッツッ!」

 オーディンの声にバッツの動きが止まる。
 同時に、こぽり、となにやら水の溢れる音が聞こえた。それは、リディアが差し伸べた掌からだ。

「な―――」

 リディアの掌から水が溢れ出していた。
 その水は下に向かって流れ落ちることなく、リディアの掌の中で形を変えて、鋭く尖った水の槍へと変化した!

「のわああああっ!?」

 小さな掌から、勢いよく打ち出された水の槍を、バッツは倒れた身体を全身のバネを全活用して跳ね上げて避ける。
 避けた勢いで立ち上がり、そのまま後ろに向かって二度三度飛び退いて、オーディンの元まで戻る。

「な、なんだっ!? なにがどーなってんだ!? あれ、リディアじゃねーだろ!」
「リディアというのが誰かは解らぬが、ニセモノには違いない。どうやらヤツは、色々な姿に化けられるらしい。私の時もそれでやられた」
「なんてヤなやつだ・・・つーか、どうしてアイツがリディアの事知ってるんだよ!?」
「さあな。もしかしたらこちらの記憶でも読んでいるのかもしれん」
「なんてヤなやつだ」

 本気でイヤそうな顔をして、バッツはニセリディアを睨付ける。

「だけど、ニセモノって解ってりゃあどうってことねえなッ! 行くぜッ!」

 そう言って、再びバッツが動き出す。
  “神行法” により、一瞬でニセリディアの眼前まで来ると、刀を両手に持ち替えて力一杯振り下ろそうとする!

「くらいやがれ―――」
「やめてっ、お兄ちゃん!」
「ぐっ・・・!」

 瞳に涙を潤ませて、悲しそうにこちらを見上げるニセリディアに、しかしバッツは刀を振りおろせなかった。

「ニセモノだろ! こいつはよッ!」

 叫ぶ。
 が、身体はそれ以上動いてくれない。
 そんなバッツを見て、ニセリディアは涙を引っ込めて邪悪に笑う。

「クカカカカ・・・・・・下らぬな、人間の情愛というヤツは!」
「てめえ・・・リディアの姿でそんな風に笑うな!」

 醜悪とも思えるリディアの笑顔。

(リディアはこんな風にゃ絶対に笑わねえッ)

 そう思った瞬間、身体が動く。
 だが。

「遅いなあ」
「ちぃっ!?」

 バッツはようやく動いた身体を、刀を振り下ろすためではなく、ニセリディアから放たれた水の槍を回避するために動かなければならなかった。
  “無拍子” で槍を回避すると同時に、ニセリディアの横手に回り込む。さらに続けて、回り込んだ勢いを利用して刀を横一文字に振るう―――が。

「くっ・・・」

 再びバッツの良く知る表情に戻ったニセリディアに、バッツは刀を振るえない。
 仕方なく身を退いて、ニセリディアと間合いを取った。

「・・・くそったれっ!」
「うおおおおッ!」

 バッツと入れ替わりに、今度はヤンが突進する。
 勢いよくニセリディアに向かって蹴りを放とうとするが―――その直前で勢いが止まる。
 バッツほどではないとはいえ、ヤンもリディアを知っている。妻であるホーリンの作ったご飯を美味しそうに食べていた少女の笑顔。そして、リヴァイアサンに襲われた時にセシルと共に海に落ち、それを助けることが出来なかった悔恨の想いは、まだハッキリと胸にある。

 それはフライヤも同様で、槍をニセリディアに向けてはいるが、一歩も動けない状態だ。

「おのれ・・・ッ。卑劣な・・・ッ!」

 ヤンが歯がみして、目の前のニセリディアを睨付ける。
 睨まれた緑色の髪をした少女は、ヤン達が知っている笑顔のままヤンに向かって手を向けると、

「死ね」

 その一言と共に掌から水の槍を放つ。
 それをヤンは危なげなく回避するが、しかし反撃することが出来ない。

「外道めッ」

 ニセリディアの攻撃が収まった瞬間、ヤンの脇を怒りと共に誰かが駈け抜ける。
 オーディンだ。
 白銀の剣を握り、彼はニセリディアに肉薄する!

(知らぬとはいえ、少女の姿を斬るのは忍びないが―――)

 心の中に芽生える罪悪感を打ち消して、オーディンは “少女” に向かって剣を振り下ろ―――そうとした瞬間。

「むっ・・・!?」

 再びリディアの姿がぼやけ、別の誰かに変化する。
 それは一人の女性だった。
 美しく長い黒髪を持った一人の女性。
 髪とは正逆にその肌はとても白く、まるで闇と光に祝福されたような美しさを持つ女性だった。

 それは、バッツ達は見も知らぬ女性。

 だが、オーディンにとっては忘れることの出来ない―――彼が唯一この世で愛を誓った女性。

「ビアンカ・・・」

 呟きと共に剣が止まる。
 女性は慈愛に満ちた微笑みをオーディンへと向けると、その手をオーディン―――セシルの身体の胸へと、そっと添える。
 こぽり、と胸に添えられた掌から水音が漏れる。
 だが、オーディンはその女性を目の前にしたまま、微動だにすることが出来なかった。

「ビアンカ・・・私は―――私は・・・」
「寝ぼけてんなよッ! ド阿呆がッ!」

 バッツの叫びと共に、その蹴りが女性の腕を蹴り飛ばすッ!
 蹴り飛ばされた腕は、セシルの胸から逸れて、虚空へと向けられる―――それと同時に、見当違いな方向に放たれる水の槍。

「ぐっ!」

 痛みに呻く女性に向かって、今度はヤンが追い打ちを掛けようと駆け出す―――が、その時にはすでに姿はリディアのものへと変わっていた。「ちぃっ」と舌打ち一つして、ヤンは立ち止まった。

「くっ・・・またしても、私は・・・ッ」

 呻き声を上げながら、オーディンは後ろに下がってニセリディアとの間合いを取る。
 バッツも、その隣りに並んで、嘆息しつつ呟いた。

「ようく解ったぜ。騎士の中の騎士とまで呼ばれたバロン王オーディンがどうして殺されたのかさ」
「・・・私の正体に気づいていたのか・・・?」
「 “斬鉄剣” を使えるヤツなんて限られてるだろ。セシルが使えるとも聞いてなかったしな。それよりも、アンタさっきの女の人に対してなにかすげえ後悔でも在るんだろ。だからその姿を見ただけで動きが止まっちまった」
「・・・解るか」
「まあな。俺だって―――」

 いいつつ、バッツはリディアの姿をした敵を見る。

「あの子には後悔がある。だから、俺じゃあの子を倒せない―――だけど、アンタには俺以上にさっきの人に後悔があるんだろ?」

 一度同じ手で殺されていて、しかも今もまた攻撃されると解っていたはずなのになにも反応出来なかった。
 バッツが助けなければ、あのまま水の槍に胸を貫かれていただろう。

「そうだ・・・忘れようとしても、忘れられぬ後悔がある」
「ふうん」

 重々しく呟くオーディンに、しかしバッツは軽く受け流す。

「・・・やっぱ、アンタはセシルじゃねえや」
「む?」
「アイツは後悔ばっかして、自分の事を認められない情けないヤツだけどさ。でもアイツはきっと自分の後悔に負けない―――負けちゃいけない時に絶対に負けねえよ。きっとな」

 そう言って、バッツはニセリディアに向かって刀を握りしめた。
 それを見てオーディンが声を掛ける。

「どうする気だ? お前ではあの少女の姿を斬ることは出来まい」
「リディアの姿じゃなくても斬れるとは思わないけどな」

 バッツは苦笑する。

「だけど、躊躇って斬ることが出来ないって言うなら話は簡単だ。躊躇う暇もないくらいに速く斬ればいい」
「まさか、それは・・・」

 怪訝そうなオーディンの声には答えずに、バッツは目の前の “敵” へと集中した。
 それと同時に、言葉が勝手に自分の口から漏れる。

「―――その剣は疾風の剣」
「使えると、言うのか。もう一つの斬鉄剣をッ!」

 オーディンの驚きの声に、しかしバッツは応えない。
 いや、最早その声すら耳に届いていなかった。
 それだけ、その一撃に集中している。

「風よりも速く何よりも速く限りなく速くただ速く・・・」

 その姿に惑わされて躊躇うというのなら、躊躇う暇もない一撃を与えればいい。
 単純明快なバッツの結論だ。

「・・・斬るよりも速く斬り、抗うよりも速く斬り捨てる―――」

 だが問題はある。
 成功率だ。
 ただでさえ成功率の低い技で、なおかつレオとの戦いで心身共に限界に近い。
 さらに相手はリディアの姿をしている。心理的な抵抗はレオを相手にした時の比ではない。
 そんな条件の中、成功する確率は極端に低いだろう。そして失敗してしまえば致命的な隙を生むことになる。

 レオに斬鉄剣を放った時、心と体両方の疲労から、バッツは動くことが出来なかった。
 もしも、あの時レオの腕が切断されていなければ、バッツはあっさり殺されていただろう。

「―――究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない・・・」

 バッツの行動に気がついたのか、ニセリディアが顔を向ける。
 その時、オーディンだけが気がついた。

(・・・なんだ・・・?)

 リディアの口元が、にぃ、と邪悪に歪んだ笑みを形作っていたのを。
 だが、そのことを口にする暇もなく、その少女の上半身と下半身が2つに分断されていた。

「―――これこそが最強秘剣」

 いつの間にかバッツの姿はリディアの後ろ―――玉座の後ろにあった。
 ずるり、とニセリディアごと両断された玉座が滑り落ち、それと同時にバッツがその場に蹲る。

「・・・やった、か」
「ああ・・・見事だったなあ」
「・・・ッ!?」

 バッツは愕然として顔を上げる。
 その顔が、幼い少女の足によって蹴り飛ばされた。

「ぐあっ!?」

 蹴り飛ばされ、どんと玉座の背にぶつかって、バッツの身体が止まる。

「お前・・・なんでッ!?」

 困惑しきったバッツのの、悲鳴じみた声が上がる。
 バッツの目の前には、今まさに斬られたはずのニセリディアの姿があった。

 こぼり、とバッツの背中の方で水の音がした。
 振り返れば、斬られたニセリディアの姿が、水の塊となり、その場に崩れ落ちる。

「ニセモノのニセモノォ!?」
「レオ=クリストフの戦いは “見ていた” からな。・・・クカカカ、力を使い果たして動けまい・・・?」

 見ていた、という言葉の意味はバッツにはわからなかったが、自分の必殺技が回避されたことだけははっきりと解った。

「くっ・・・そったれッ」
「せめて愛しい者の姿に殺されろ―――」

 ニセリディアの言うとおり、バッツはもう指一本動かせなかった。
 いつかと―――ファブールでレオに追いつめられた時と同じ状況。
 バッツは、あの時には諦めてしまったが―――

「諦めて・・・たまるか・・・ッ! 俺はまだ死なねえッ」
「死ぬんだよ!」

 こぽり、とニセリディアの掌に水が溢れる。
 産み出された水の槍は正確にバッツの心臓へと向けられて―――

「させんッ! グングニルッ!」

 オーディンの白銀の剣が、漆黒の槍へと変化する。
 素早い動作でオーディンはニセリディアに向かって投げつける―――だが。

「小賢しいッ!」

 バッツに向けられた水の槍を、漆黒の槍へと向ける。
 空中で2つの槍が激突し、漆黒の槍が水の槍を打ち砕くが、漆黒の槍も軌道を反らし、ニセリディアに当たらない。

「ちぃっ!」
「邪魔が入ったが―――そろそろ死ね」
「くそっ・・・・・・」

 バッツはなんとかあがこうと全身に力を込める、が身体は全く動いてくれない。

(諦めねえぞ! もう俺は最後の最後まで諦めないッ! ここで諦めたら、セシルの馬鹿野郎に笑われるだろッ)

「動けよッ、このおおおおっ!」
「諦めて、死ね!」

 ニセリディアの掌がバッツに向けられる。
 その掌から水の槍が産み出された瞬間。

「ぬぐっ!?」

 その手が吹き飛んだ。
 黒い、刃によって。

「なんだ・・・今のは、ダークフォース・・・!?」
「ダークフォース・・・だと」

 ニセリディアが呟いた言葉をぼんやりと繰り返して、バッツは「へへ・・・」と笑った。

「ったく、遅いんだよ、あの馬鹿・・・・・・」

 そう呟いて、そのままバッツは気を失った―――

 

 

******

 

 

「誰だッ!?」
「名乗らなくても知っているはずだろ」

 ニセリディアの叫びに、彼は静かに応えた。

「オーディン・・・いや、違うな。貴様は―――」
「セシルさんッ!」

 ニセリディアの声をかき消すように、ポロムが嬉しそうな声で叫ぶ。
 その傍らには、両腕を無くしたベイガンが、半身を起こしていた。

「ごめん、ポロム。心配かけたね」
「本当ですよッ。・・・もう!」
「エニシェルも」

 そう言って、セシルは自分が握りしめた暗黒剣に向かって呼びかける。

 ―――ふん。妾が心配なんぞするものか。ただ、妾を使う人間が居なくなればそれはそれで退屈じゃなー、と思っただけじゃ。

 返ってきた思念に、セシルは苦笑した。
 だが、その苦笑もすぐに厳しいものへと変わる。

「さて、と。じゃあそろそろ決着をつけようか」

 ―――おい。状況は解って居るのか?

「大体ね。―――夢を見たんだ。バロン王が、僕の身体を動かしてベイガンや、バロン王のニセモノと戦っていた夢―――きっと、それは夢であって夢じゃなかったんだろうけど」

 だからこそセシルは覚醒した瞬間に、寝ぼけることもなくバッツの窮地を救うことができた。
 その代わりに、オーディンの存在はもうセシルの中には感じられない。セシルの中で眠りについているのか、それとも完全に消え去ったのかは解らないが。

「決着をつけるだと・・・?」

 玉座の向こう側で、手を吹き飛ばされたニセリディアが憎々しげにセシルを睨付ける。

「少し私の邪魔をしただけでいい気になりおって。この程度―――」

 言うと同時に、ニセリディアの手が再生される。

「この程度、痛くも痒くも無い―――」
「ああ、そうかい」
「!?」

 いつの間にかセシルの姿はニセリディアのすぐ隣にいた。
 その事にフライヤが驚きの声を上げる。

「まさか、バッツと同じ技を・・・!?」
「違います!」

 フライヤの言葉を否定したのはポロムだった。

「あれは魔法・・・白の転移魔法≪テレポ≫。でも、どうしてそれをセシルさんが・・・? 使えるとは一言も・・・」
「使えるようになったんじゃないのか?」

 困惑するポロムに、パロムが言う。

「ほら。にーちゃんってばパラディンになったじゃん。だから使えるようになったとか―――テラのじいちゃんも、あそこでメテオ覚えたし」
「そんなものなのかしら・・・?」

 首をかしげるポロムをよそに、セシルはニセリディアに向かって斬りかかる。
 デスブリンガーの切っ先が、慌てて身を退くリディアの鼻先をかすめるが当たらない。
 外れたと理解した瞬間、セシルは剣から手を放す。振るわれた勢いで手から放たれ、デスブリンガーは宙に回転しながら飛んでいく。が。

「在れ」

 逃げようとするリディアに向かって一歩踏み込みながら、セシルは短く呟く。
 それと同時に、投げ放たれたデスブリンガーが、鞘に収まった状態でセシルの腰の辺りに出現する。
 踏み込んだ足とは反対側の足の裏を滑らせるようにして、もう一歩踏み込みながらデスブリンガーの柄を握る。そして放たれるのは―――

「ま、待って! セシル!」

 

 居合い斬り

 

 斬られる寸前、リディアの姿からローザの姿へと変じたが、しかし構わずセシルはその首を斬り捨てた。
 首と胴体が別れ、ぽーんとボールのようにローザの首が飛んでいく。

「滅べ」

 セシルの動作は止まらない。
 居合い斬りから流れるような動作で、くるりと剣を上に一回転させると、そのままローザの首無しの身体へと振り下ろす。
 振り下ろす寸前、剣にありったけのダークフォースを込めて、剣を叩き付けた。

 

 デスブリンガー

 

 ごうぅんっ!
 闇色のダークフォースがローザの身体を完全に包み込むと、空気が震える音を響かせて闇が消えた。
 闇が消えると、そこにはローザの身体は跡形もなく消え去っていた。

 あっけなさすぎる決着。
 オーディンやバッツが苦戦した敵を、あっさりと滅ぼしたセシルを、その場の誰もが唖然として見つめることしか出来なかった。

「はぁっ・・・はぁっ・・・」

 当のセシルは荒く息をついて、顔にびっしりと浮かんだ汗を拭う。
 目覚めたばかりだというのにデスブリンガーの力を全力で解き放った反動か、とても疲労しているようだった。

「セシルさんッ」

 その事に気がついたポロムが、セシルに駆け寄ろうとする。
 と、あまりにも慌てていたためか、セシルの元に駆け寄る途中、足下に何かあることに気がつかず、それを思いっきり蹴り飛ばす。

「きゃあっ!?」
「ぐげえっ!?」

 蹴り飛ばしてしまった弾みで、ポロムは悲鳴を上げてその場に転ぶ。
 蹴り飛ばされた方も、カエルが潰された時のような醜い悲鳴を上げて転がっていった。

「いたた・・・一体何が―――って、きゃーっ、なまくびーっ!」

 ポロムは自分が蹴り飛ばしたものを見て青ざめた。
 それは、セシルが今斬り飛ばしたばかりの、ローザの顔をした首だった。

「いやーっ、いやーっ、わ、私。いやーっ!」

 生首を蹴り飛ばす。等という貴重な体験をしたポロムは錯乱して泣き喚く。

「私ったらなんて事を! 幾ら敵であっても死体を蹴り飛ばすなんて、人に外れたことを・・・」
「おい、落ち着けよポロム」
「こ、こここ、これが落ち着いてられますかー! ああ、もうわたくし白魔道士失格ーっ」
「だから落ちつけって。なんかこの生首、今声上げたぞ」

 ポロムの頭をあやすように軽く叩きながら、ポロムに蹴り飛ばされたローザの頭を指さす。

「ぎくうっ!」
「ほら。今、ぎくう、とか言ったし」
「ち、ちぃっ! 気づかれたかッ!」
「―――成程。頭が本体なのか」

 それはとてつもなく冷たい声だった。
 頭だけのローザ(ニセモノ)が目を向ければ、ゆっくりとセシルが歩いてくるところだった。
 その瞳は冷たく、ニセモノに対する殺意に満ちている。

「な、なんだ貴様ぁっ! 本当に人間かぁ!? 自分の愛する者を前にして、どうして躊躇うことなく殺すことができる!?」
「お前がローザじゃないからだ」

 セシルの答えは単純明快。
 それは当然とも言える理由だが、しかしそんな簡単な話でもない。
 現に、バッツやオーディンは、相手がニセモノだと解りながら、剣を振るうことが出来なかった。

「く、くぅっ、ふ、普通の人間ならニセモノだと解っていたしても、躊躇うものだろう!」
「―――下らないな」
「な・・・なに!?」
「お前は言ったな? 人間の情愛が下らないと。だが、お前はその “情愛” をアテにしてバロン王を殺し、ベイガンを惑わしたに過ぎない。人の情愛―――情けがなければお前など、ゴミ以下だ」
「き、貴様ぁっ!」
「騒がしいな。黙れよ、カス野郎」

 怒りに満ちた声と共に、暗黒剣の切っ先がローザの頭へ向けられる。
 それを見たニセローザの顔が青ざめた。

「ま、待て! 止めろ!」
「・・・お前は、卑劣な手段でバロン王を殺し、あまつさえその姿を乗っ取って、ベイガンを始めとする王を敬愛する騎士達を騙した。それを俺は絶対に許せない」
「ぐっ・・・だ、だがそれはゴルベーザ様の命令・・・」
「安心しろ。ゴルベーザもすぐに後を追わせてやる―――せめてものの情けだ、一瞬で滅ぼしてやる。人の “情” をその身に受けて滅びろッ!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃいいいっ!」

 情けない悲鳴を上げるニセローザに向かって、セシルはデスブリンガーの力を解き放とうとして―――

「なに!?」

 その瞬間、室内に吹くはずのない突風がセシルの身体を打ち倒す。

「くっ・・・これはッ」

 倒れそうになる身体を何とか支え、セシルはニセローザの方を睨付けた。
 ニセローザはもう床に転がっては居なかった。代わりに一人の女性に抱えられている。長い金髪の―――セシルたちが、何度か目にした女性。

「あらあら良い格好じゃない? カイナッツォ」
「くっ、バルバリシアか!」

 ニセローザの首がその女性の名を叫ぶ。

「お前は、ファブールの時の・・・!」
「ごきげんよう、セシル=ハーヴィ」
「今度はお前が相手か・・・?」

 セシルが剣を構え直し、バルバリシアを睨付ける。
 フライヤやヤンも戦闘態勢になる。

 だが、当のバルバリシアはにこやかに微笑みを返すだけ。

「いいえ? ちょっと今は忙しいの。ゴルベーザ様にバロンが落城したことを伝えなければならないし、ね」
「・・・逃がすと思うか?」
「残念ね、逃げるのは得意なのよ、わ・た・し」

 

 デスブリンガー

 

 バルバリシアの軽口には取り合わず、唐突にダークフォースを解き放つ。
 だが、それは相手も予想していたのか、自分の言葉を言い終えると同時に、彼女はニセローザの首ごと虚空へ溶け込むように消えた。
 闇の力は、むなしく一瞬前まで彼女の居た空間を通り過ぎただけ。

「くそっ・・・逃がしたか・・・・・・くっ・・・」

 セシルは悔しそうに言葉を吐くと、そのまま力なくその場へと倒れ込んだ―――

 

 


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