第12章「バロン城決戦」
AA.「決戦開始」
main character:セシル=オーディン
location:バロン城内・謁見の間
両腕を失いながら、しかしベイガンはそんな些末なことだというかのように、気にせずに目の前の青年を見ていた。
セシル=ハーヴィ。
若くして、赤い翼の軍団長にまで登り詰めた暗黒騎士。
推薦したのはベイガンだったが、それだけの能力があると―――それ以上の潜在能力を秘めていると、確信してこその推薦だった。だが、今目の前に居るのはセシルであってセシルではない。
姿は違えど、それこそ確信出来る。
長い間―――近衛兵となってから、ずっと傍に控えてきた、己の王だ。
認めてしまえば、間違うことなどありはしない。「オーディン様ッ!」
その名を叫ばずには居られない。
それと同時に、耐え難い慚愧の念が沸き上がる。偽りの王に忠義を誓い、そのために魔物の力を手に入れ、そして何よりも誰よりも敬愛すべき王に向かって刃を向けた。
目の覚めた今にして思えば、まさに悪い夢でも見ていたような気分だ。
しかし、自分に行いを “悪い夢” で済ますには、ベイガン=ウィングバードという男は潔癖すぎた。行いに対する後悔と、自分に対する怒り。
それからオーディンに対する申し訳のない想いで、情けないと感じつつ涙が自然に溢れてくる。「私は・・・私はぁっ!」
気がつけば、自然と膝が地面に付いていた。
その肩に、セシル(オーディン)の手が乗せられる。「・・・思い出したか、ベイガン」
声は違えど、そこに込められた優しさは変わらない。
何度も耳にした、慈愛に満ちた王の言葉。
“騎士達の父” 、 “騎士の中の騎士” ナイトロードと呼ばれ、国内国外を問わずに多くの騎士達から尊敬され、目標とされてきた王の言葉の、なんと暖かいことだろうか。偽りの王の声は、確かに王の声だったが、しかしそこに優しさはなく、冷たい響きしかなかった。
何故、その違いに気付けなかったのか―――気付こうともしなかったのか、さらなる悔しさがベイガンの心に染み渡る。(思い出した・・・確かに。私は―――)
それは月も星も見えない、曇天の夜のこと。
妙な胸騒ぎに目を覚ましたベイガンは、無礼であると理解しつつも、居ても立っても居られずに王の寝所へ向かった。
寝室を守る近衛兵を強引に押しのけて、寝室の中に入る―――そこでベイガンが見たのは、女性の姿をした “何か” が放った水の槍に身体を刺し貫かれるオーディン王の姿だった。それを見た瞬間、ベイガンはディフェンダーを引き抜いてオーディンを襲った女性に向かって飛びかかった―――が、横手から来たダークフォースの一撃に、あっさりと吹っ飛ばされる。
倒れるベイガンを見下ろすようにして、ダークフォースを放った男。ゴルベーザは言った。「力が・・・欲しくないか・・・?」
「なん・・・だと・・・!?」
「お前は王を守れなかった。それはお前が弱いからだ。ならば、そのための力を欲しくはないか―――」冷静に考えれば、それは考えるのも馬鹿馬鹿しい無意味な問いだった。
守れなかった者を守るために力を得たところで意味がない。その力で何を守ればいいと言うのだ。
だが、ゴルベーザの言葉と共に、心地よくも安らかな “闇” がベイガンの心を浸食していく。闇は思考力を奪い、感情を宥め、ゴルベーザの言葉をベイガンの魂に刷り込んでいく。そして、ベイガンは闇へと墜ちてしまった。
「オーディン様! 私は、私は貴方を守りきることが出来なかった・・・ッ!」
「辛いことを思い出させた。だが、嘆くな。私の肉体は滅び、そしてこの魂もいずれは消えゆくだろう。だが、ここに私の心は残っている。このセシルの中にも、そしてお前の中にも・・・」オーディンの言葉がベイガンの心に染み渡る。
それは、ゴルベーザの闇を伴った心が冷たく痺れるような言葉とは真逆。
暖かい熱を伴った優しくも力強い言葉に、ベイガンは涙を拭い顔を上げた。「お・・・オーディン様。こんな、魔物へと墜ちてしまった私に勿体ないお言葉――――――がはっ!?」
―――不意に、腹部に感じる灼熱感。
自分の胸を何かが貫いた―――と理解した時には、もうすでに体中から力が抜け、そのまま床へと倒れ込む。
******
「ベイガンッ! これは、水・・・!?」
魔物の腹を貫いていたのは先が鋭く尖った水の錐だ。
水でできた錐が、魔物の遙か後方から伸びて、貫いている。オーディンは水と血を吐きながら倒れるベイガンを反射的に支え、呼びかける。
「ベイガンッ! しっかりしろ、ベイガンッ!」
抱きかかえられたベイガンは、魔物の顔で微笑み、それからかすれた声で呟いた。
「オーディン様・・・最後に、本物のあなた様に会えてよかっ・・・・・・」
言葉を最後まで言うことも敵わず、そのままベイガンは瞳を閉じる。
と。いきなりベイガンの身体が一回り小さく縮んだ。
魔物の姿から人間の姿へと変わる。「ベイガンッッッッッ!」
オーディンが叫ぶ。だが、ベイガンの意識は戻らない。
「・・・・・・クッ! おのれ、貴様、ベイガンまでもッ!」
オーディンが顔を上げ、魔物の身体を貫いた存在を睨付けた。
それは玉座に座っていた。
かつて、自分を最も卑劣な方法で殺した存在。「まァ。つまり」
気配と声に、オーディンは横に並んだ青年を見る。
見慣れない茶色い髪の青年だ。騎士や戦士のようには見えない―――だが、誰かに似ているとオーディンは感じた。
唐突に現れた青年に、オーディンが困惑していると、彼もオーディンの方に顔を向けて言う。「アイツが倒さなきゃいけないヤツで、アイツをブッ倒したら終わりってことで良いんだよな?」
「お前は・・・?」
「おい。もしかしたらって、思ったけどさ。アンタ、セシルじゃないのか?」
「ほう、理解が早いな。頭がよい」
「うわ。そう言われたの、もしかしたら初めてかもしれない」照れたように、青年は刀を持った方の手で頭を掻く。
と、オーディンはその刀を見て、少し驚いた。
かつて一度だけ剣を交えた相手が使っていた刀。その時に、オーディンはそれを叩き折っている。
その証拠だと言うかのように、刀の付け根を鉛か何かで補強し、強引にくっつけてあった。「それは! まさかお前は、ドルガン=クラウザー縁のものか?」
「なんだ、親父を知ってるのか? 俺はバッツだ。バッツ=クラウザー。ドルガンは俺の親父だ」
「そうか・・・お前が」風の便りに息子がいるとは聞いていた。
だが、自分が生きている間に会うことは無いだろうと思っていた。
そしてそれは予想通りだったが―――(まさか、こんな形で会うことになるとはな・・・あの男とは、よくよく妙な縁が在るらしい)
「んで? アイツをブッ倒すって事でOKなのかよ?」
「ああ! 力を貸してくれるか、バッツ!」
「 “斬鉄剣” なんざ使えるヤツに、力を貸す必要があるかわかんないけど」そんなことを言いながらも、バッツはにやりと笑う。
彼は母親似なのだろうか。面影は確かにドルガンに通じる物があるが、顔が似ているとは言い難い父子だ。
しかし、その笑みだけはとても良く似ている。それは、心の底から “面白そうだ” と感じるからこそできる笑み。その笑みを、青年の父親はベイガンと刃を交える直前に浮かべていた。「俺はそのためにここに来たんだ! アンタのその身体・・・セシルってヤツに借りを返すために!」
その言葉にオーディンは自分の―――セシルの胸に手を添える。
「そうか・・・お前も、セシルに借りがあるのか・・・」
「え?」
「―――いや、なんでもない。バッツ、だったな? 有り難く力を借りよう。なにせ相手は、一度私を殺した相手だ」そう言って、オーディンは両腕の無いベイガンの身体を抱え上げると、背後を振り向きポロムに言う。
「・・・頼む。この男を癒してくれないか・・・?」
「え・・・っ?」オーディンの言葉にポロムは当惑する。
その隣りにいたパロムがとても妙な顔をして。「えー。でもそいつ敵だったじゃん。なんで助けるのさ?」
「騙されていただけなのだ。私は、この男を助けたい・・・!」
「・・・だってよ? どうする、ポロム?」
「助けます」片割れの問いに、少女は間髪入れずに答えた。
そこへ、さらにパロムが意地悪く続ける。「あれってセシルにーちゃんじゃないけど、言うこと聞くのか?」
「そんなことは関係ありません! 助かる命があるなら、私は助けたいもの! それに」ポロムはセシルの姿をじっと見る。
「きっと、セシルさんもそれを望んでると思うから」
「・・・すまない。有り難う」オーディンはポロムの目の前にベイガンの身体を寝かせる。
両腕が無く、腹部が貫かれた凄惨な身体だ。
まだ死には至っていないようだが、その生命が失われようとしているのは見ただけで解る。「まっ、ポロムがいうならしかたないや。オイラも手伝ってやるぜ」
「最初からそのつもりだったくせに」パロムの軽口にポロムが返す。
それから、エニシェルの方を振り返って、「もう一回 “アレイズ” を使います。エニシェルさん、力を貸してください」
「解っておるよ。・・・本当なら、手伝ってやる義理も義務もないが、今だけ特別じゃ。妾にしこたま感謝するがいい」そう言って、エニシェルは人形の顔でウィンクしてみせた―――