第12章「バロン城決戦」
Z.「斬鉄剣(4)」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロン城内・渡り廊下/謁見の間
バッツは渡り廊下の先、謁見の間に続く扉に向かって走っていた。
全力で。
しかし、普段よりも遅い速度で。身体が重い。
痛みは痛みとしてではなく、重さとして身体にのしかかってくる。自分で跳んで衝撃を逃がしていたとはいえ、それでも何度もレオ=クリストフの必殺剣を身に受けていれば、ダメージは蓄積される。
戦い、剣を振るっている時には、ある程度は無視出来たのだが、今になってそのツケが一気に来た。さっきの ”斬鉄剣” が余計にまずかったのかもしれない。
まともな状態でも成功率は五割以下だというのに、それをイチかバチかの局面で、しかも人間相手に殺すかどうかの賭けまでやって、それをなんとか成功させた。
それで殆ど気力は使い果たした。そして、気力で持たせていた体力もかなりしんどい。「くそっ・・・たれ。こんなんじゃ、セシルたちのとこに行ったって、なにも出来ねえじゃんか」
悪態をつき、自分が入ってきた扉の向こう側のことを考える。
扉は閉じられている。バッツが閉じた。いや、別に閉じるつもりは特になかったのだが、無意識的に閉じてしまった。開けて置いたところで、どのみち利き腕を落とされたレオは戦闘不能だろう。追ってくることはまずない。
他の面子にしても、ファリスとマッシュは戦闘不能。それをテラが癒しているため、テラも追っ手は来れない。あとは―――「・・・あれ、そういやもう一人いたよーな」
「なんだよ? 何の話だ?」
「おわ!?」いきなり背後から声を掛けられて、バッツは走りながら振り返ろうとして―――そのままバランスを崩してすっころぶ。
「づぅ・・・いってぇ・・・・・・」
「おい、大丈夫か?」
「いてえって言ってるだろが―――・・・って、お前?」顔を上げる。
すると、ロックが倒れたバッツに向かって手を差し出しているところだった。
バッツは遠慮なくロックの手を掴むと、立ち上がらせて貰う。「なんで・・・お前」
「なんでって、なにが?」
「いや、ついてくるとは思わなかったから・・・ってか、何時の間についてきた!? 俺、扉を閉めた時には―――」扉の向こうに居たはずだ、と言おうとして首をかしげる。
そう言えば、その時にロックの姿は確認していなかった。
呆然と膝をつくレオと、ファリスとマッシュに回復魔法を唱えているテラは見た気がするが。へっへー、とロックは軽く笑い。
「さりげなーく、忍び込んでみました」
「アンタ、ドロボウ?」
「俺はドロボウじゃねえ! トレジャーハンターだって何度言わせる気だこの野郎!」
「まだ1回しか言ってねえよ」
「いやさ、聞いてくれよトモダチ。なんか知らないけどさ、会うヤツ会うヤツ俺の事をドロボウって言うんだよ。酷くない?」
「ドロボウみたいなマネをしてるからだろ」
「あ、それも言われたの3度目。っつーか、なんで俺がドロボウみたいなマネしてるって知ってるんだ!?」
「適当に言っただけだけどさ。なるほど、アンタはドロボウみたいなマネしてるトレジャーハンターか。よし、もう二度と間違わないからな。今度道端でばったり会ったらサワヤカに挨拶してやる。 “よう、ドロボウみたいなマネしてるトレジャーハンター” とかそんな感じで」ニヤリ、としてバッツが言うと、ロックは唖然としたような表情をしてから、はっはっは、と笑い出す。
「うっわー、そういう風に言われたのは初めてだ。なんか斬新で怒る気も沸いてこない」
「喜んで貰えて幸いだ。―――ちなみに、アンタが俺に道端でばったり会ったらどんな風に挨拶するんだ?」
「そりゃ勿論決まってる。 “よう、ただの旅人” ああ、短くて良い感じだ」
「よく解ってるじゃんかよ。本当にアンタとは良いトモダチに成れる気がするぜ。むしろ心友? よろしく心の友!」
「こちらこそマイフレンド!」がしいっ、と、 “ただの旅人” と “ドロボウみたいなマネしてるトレジャーハンター” は、固く、熱く、手を握り合った。
しばし友情のシェイクハンド(握手)をした後に、急に2人は全く同時に真剣な顔をして。「さて、友情も結んだことだし、さっさと先に行くか」
「そだな」再び謁見の間に向かって渡り廊下を走り始める。
疲労しているバッツの速さに、ロックが合わせる形で。「・・・つか、なんでわざわざ来たんだよ? 戦いは得意じゃないとか言ってたし、もう働かないとも言ってたような気がするぜ?」
「んー?」と、ロックが悩むような仕草をしたところで扉に辿り着く。
さして長くもない廊下だ。
バッツにとっては、疲労のためかとても長く感じたが。
それでも、走ってしまえば雑談するヒマもない距離だ。「―――わかんねえよ」
「は?」
「いや、色々と理由はあるんだ。俺がどうしてここに居るのかってさ。成り行きだったり、会いたいヤツがいるとか、一方的な預け物があるとか、他にもなんやかんや」言いながら、ロックは扉に手を掛ける。
押し開こうと、力を込めながら、さらに続けた。「でも、どうして俺がここにいるのかって聞かれたら、自分でもよく解らない。本当だったら、もうシクズスに戻ってなきゃいけないのに、何故か俺はここにいる」
「ふうん。まあ、でもそれを言ったら俺も同じか。俺だって、フォールスには剣を届けに来ただけだってのに、どうしてこんなことしてるんだろうかって思うしさ」ぼやくように言いながら、バッツはロックが扉を押し開けるのを待った―――
******
“斬鉄剣”
父、ドルガン=クラウザーも使う、過去数えるほどしか使い手が居なかった秘剣中の秘剣。
かつてバッツは父から聞いたことがあった。
ドルガンと同じ―――しかし、性質の異なるもう一つの “斬鉄剣” を使う騎士王の話を。
父が、自分よりも長い生涯の中で、もっとも嬉しそうに “負け” を語る話を。ドルガンが使うのは、風よりも早くなによりも早く断ち切る神速の秘剣。
究極の速さの前に、逃れる術は無く、斬られぬ事は許されない必殺の剣。だが、バロン王オーディンが使うのは “必然の必殺剣” だという。
相手の動きを見切り、世界の理を見切ることによって、敵の動きの中の一瞬―――誰にでもある一瞬の隙を逃さずに、なおかつ何にでもある物質の一番弱い箇所を正確に切り裂く奥義。
“隙” と “弱点” を見極め、そこに正確無比な斬撃を与えれば、その斬断は運命の如く必然となる。“斬る” ということは速度と技を持って成される。
ドルガンの斬鉄剣が “速度” を極めた物とするなら、オーディンのそれは “技” を極めた物と言える。そして、ドルガンはさらに語った。
斬鉄剣は、 “速度” と “技” 。その2つを極めてこそ “真” であるとも。その真なる斬鉄剣を使いこなせた人間は、最早この世界のどこにも名が残されていないと言う―――・・・
******
「うむ・・・これこそが究極奥義―――」
斬鉄剣
技の究極剣を、バッツは今まさに目にしていた。
それはかつて父が語った、敗北を喫した相手が使った必殺の剣。
父の剣のように、何よりも速く、斬ったことすら見えぬ剣ではない。逆に、遅すぎて斬撃とすら思えぬ斬撃。
だが、性質は異なれども、2つは同じ技でもあった。どちらも斬った事が認識出来ず、それでいてその威力は必斬。斬られぬ事が許されず、斬ることが即ち必然となる、避けることも防ぐことも敵わぬ究極剣。「セシル・・・なのか・・・?」
その剣を使った人物を見て、バッツは驚きに言葉を詰まらせる。
手には見慣れない白銀の剣を持って居るのは、間違いなくセシルだった。
だが。「オーディン様ッ!」
両腕―――いや両蛇と言うべき腕を切り落とされた、妙に人間じみた魔物は、その瞳からぽろぽろと涙を流し、そのまま倒れ込むように地面に膝を落とし、身をかがめてむせび泣く。
「私は・・・私はぁっ!」
「・・・思い出したか、ベイガン」セシルが魔物へ優しく語りかける。
一体、どういう展開でこうなっているのかは解らないが、ともあれ何らかの決着がついたようだった。「お。双子も無事みたいだな」
「って、ロックあんちゃん!? どこいってたのさ?」双子の片割れが気がついてロックに向かって手を挙げる。
ロックも応えるように片手を上げた。「いや色々。つか、なんなんだこれ」
「いや色々。つか、オイラにもよくわかんない」ロックの口調を真似て、パロムがてへーっと笑う。
「オーディン様! 私は、私は貴方を守りきることが出来なかった・・・ッ!」
「辛いことを思い出させた。だが、嘆くな。私の肉体は滅び、そしてこの魂もいずれは消えゆくだろう。だが、ここに私の心は残っている。このセシルの中にも、そしてお前の中にも・・・」
「お・・・オーディン様。こんな、魔物へと墜ちてしまった私に勿体ないお言葉――――――がはっ!?」涙を流していた魔物の顔が、激しく歪む。
魔物の腹部が大きく穴を開けていた。「ベイガンッ! これは、水・・・!?」
魔物の腹を貫いていたのは先が鋭く尖った水の錐だ。
水でできた錐が、魔物の遙か後方から伸びて、貫いている。セシルにベイガンと呼ばれた魔物は、口からは血と水を吐いて、そのまま床へと力なく倒れ込んだ。
「ベイガンッ! しっかりしろ、ベイガンッ!」
「オーディン様・・・最後に、本物のあなた様に会えてよかっ・・・・・・」
「ベイガンッッッッッ! ・・・・・・クッ! おのれ、貴様、ベイガンまでもッ!」セシルが顔を上げ、魔物の身体を貫いた存在を睨付けた。
それは玉座に座っていた。
おそらく、それがバロン王オーディンなのだろうとバッツは思ったが、なにやら雰囲気がおかしい。(つか、なんかセシルの事をオーディン王とかなんとか呼んでなかったか、あの魔物・・・?)
―――来たばかりのバッツとロックには話が付いていけない。
例えば、どういう事があったのか解っていれば、いつものバッツならばオーディンと一緒に激昂したかもしれない。
だが、勿論バッツは、今、セシルの身体を動かしているのがオーディンの魂であるなどとは夢にも思わないし、少し頭の弱い―――というか少しだけ理解力の乏しい―――・・・まあ、ぶっちゃけ少しお馬鹿なバッツに、それを解りやすく丁寧に説明してくれる人間も居ない。そもそも、元からこの場に居た人間ですら、正確に自体を把握しているのはオーディン本人だけだろう。つまり、オーディン以外の誰もが困惑して動けずにいた。
だが。「まァ。つまり」
刀を下げて、痛む身体を引きずって、バッツは前に出る。
セシル(オーディン)の隣りに並んで立ち、刀の切っ先を玉座に座るバロン王へと向けた。「アイツが倒さなきゃいけないヤツで、アイツをブッ倒したら終わりってことで良いんだよな?」
バッツ=クラウザーは馬鹿だった。
馬鹿だからこそ、考えて解らないことは解らないと納得(?)し、解る範囲でとにかく動く。そんなバッツを見て、今度はオーディンが困惑した。
「お前は・・・?」
「おい。もしかしたらって、思ったけどさ。アンタ、セシルじゃないのか?」
「ほう、理解が早いな。頭がよい」
「うわ。そう言われたの、もしかしたら初めてかもしれない」照れたように、バッツは刀を持った方の手で頭を掻く。
と、オーディンはその刀を見て、少し驚いた。「それは! まさかお前は、ドルガン=クラウザー縁のものか?」
「なんだ、親父を知ってるのか? 俺はバッツだ。バッツ=クラウザー。ドルガンは俺の親父だ」
「そうか・・・お前が」かつて一度だけ剣を交えた相手。
ほんの少しの付き合いしかなく―――それでいて、生涯忘れることの出来ない相手。
その息子の姿を見て、彼は自然に表情をほころばせた。「んで? アイツをブッ倒すって事でOKなのかよ?」
「ああ! 力を貸してくれるか、バッツ!」
「 “斬鉄剣” なんざ使えるヤツに、力を貸す必要があるかわかんないけど」だが、バッツはにやりと笑って小さく頷いた。
「俺はそのためにここに来たんだ! アンタのその身体・・・セシルってヤツに借りを返すために!」