第12章「バロン城決戦」
Y.「斬鉄剣(3)」
main character:セシル=ハーヴィ(?)
location:バロン城内・謁見の間

 

 

「ぬぅおおおおおりゃああああああッ!」

 

 風神脚

 

 風を纏った、ヤンの強烈な蹴りがベイガンの巨体を吹っ飛ばす。
 どしゃあっ! と、激しい音を立てて床に倒れるが、すぐに起きあがった。

 ちっ、とヤンの口から自然と舌打ちが漏れる。

「これでも、倒せんか・・・ッ!」
「無駄ですよ。貴方如きの力では私を倒せません―――なぜだか解りますか?」

 口元から青い血を流しながら、ベイガンはヤンに向かって侮蔑するように尋ねる。

「その理由は信念の差! 負けるわけにはいかぬという “想い” が、私の方が遙かに強い!」
「私にだって負けられんと言う想いはある」
「貴様には解るまい! 失うべきではないモノを、失ってしまった瞬間を! その時に己の無力さ故に、何も出来なかった己の気持ちなど!」

 ベイガンの両腕がヤンに向かって伸びる!
 向い来る片方の蛇の腹を拳で払い打ち、もう片方は素早いステップで避ける。追撃してきた蛇の頭を、狙い澄ませた回し蹴りが捉えると、蛇の頭は「GYAAA!」と苦悶の声を漏らした。

「私にも失ってしまったモノはある! 己の無力がなにも役に立たずにむざむざ若い弟子達は殺されてしまった! その時の嘆きは今でもある!」

 叫びながら、ヤンはベイガンに向かって突進する。
 対してベイガンは蛇の頭をヤンに向かわせる! 向い来る蛇を、今まで何度もやってきたように両の拳でいなし、或いは避けて回避するが、ベイガンとの距離が縮まらない。

「ちいっ! うっとおしいッ」
「はッ。貴様の嘆きは解った。だがそれは女々しい後悔でしかない!」
「貴様と何が違うというのだ!」
「私にはある! 今、ここに、今度こそ護らねばならぬ御方が! そして私はもう二度と失わない。今度こそ、この人を捨ててまで手に入れた力で、護りきってみせるッッッ!」
「ぬうっ!?」

 一瞬、ベイガンの気迫に、ヤンの気が取られた。
 ほんの僅かな一瞬の隙。
 だが、それを逃さず、蛇の頭がヤンの顔面に体当たりをする!

「ぐおっ・・・」

 直撃されて、ヤンは後ろに三歩ほどよろめいた。
 そこを狙って、蛇の双頭がヤンに向かって追撃する―――が。

 

 竜剣

 

 ヤンと蛇の間を、蛇の二倍は在ろうかという大きな竜の “気” が遮る。
 蛇はやむなく動きを止めて、竜気に対して身構えるが、竜は蛇を牽制しただけに留まり、そのまま掻き消えた。
 竜が消えた頃には、ヤンは体勢を立て直している。

「すまん、助かった」

 後ろに居る、今助けてくれたネズミ族の女性に礼を言った。
 フライヤは「なに」と肩を竦めて。

「一人で戦いおって。このままでは私の出番がなくなるところじゃった」

 などと軽口を叩く。
 そんなフライヤをベイガンは憎々しげに睨付けた。

「おのれ・・・ネズミ風情が、邪魔を―――」

 憎悪の言葉を言いかけて、なにかに気がついたような表情をして止まる。
 そして、その表情がさらに険しいものとなった。

「生き返ったか・・・貴様ぁ!」

 その言葉の意味を察して、ヤンとフライヤは後ろを振り返った。
 そして、同時にその名を叫ぶ。

「「セシル!」」

 

 

******

 

 

 彼はこの状況を把握しようと努めていた。
 とりあえず立ち上がり、周囲を見回す。
 見慣れたバロンの、謁見の間だ。見るまでもない。肌に感じる空気とニオイだけで何処なのか解る場所。それだけ、 “彼” にとって馴染みのある場所だ。

 彼の回りには見慣れない双子の幼い魔道士と、それよりかは少し年上の、しかしまだ幼いと形容出来る少女。
 双子の方はおそらくミシディアの魔道士だろう。1年ほど前、ミシディアの長老が、 “幼いが将来有望な双子の魔道士が誕生した!” と嬉しそうに手紙を送ってきたことがある。双子などそうそう居るものではないし、しかも魔道士と来れば、まず間違いはない。

 もう一人の少女はよく解らない。
 ただ、ダムシアンなどにあるクリスタルルームのような神聖な力を感じられる。もっというなら、 “彼” の持つ剣にも雰囲気が似ているような気がした。人間と剣を一緒にするのは、自分でもどうかと思ったが。

 もう少し周囲に目を向けてみれば、魔物と戦っている、槍を構えたネズミ族と、モンク僧の姿が見えた。
 ネズミ族がナインツ以外の地にいるのは珍しい。 “彼” も長年生きてきたが、今、初めて目にしている。
 モンク僧の方は見覚えがあった。ファブール王に紹介されたこともある。確か、現在のモンク僧長だ。

 ネズミ族とモンク僧長が、何故バロンで魔物と戦っているのかがよく解らなかったが。

 その魔物も妙だった。
 いや、人間にしてみれば魔物などどれも妙な存在ではあるが、その魔物は、強いて言うなら “人間くさかった” 爬虫類と人間を掛け合わせたような様相をして、両手は蛇になってはいるが、なにか人間っぽい。というか、どこかで見たような魔物だとおもった。 “彼” に魔物の知り合いは居なかったと思ったが。

 そしてその魔物の向こう側。
 本来、王が座るべき玉座には別の誰かが座っていた。
 それはバロン王オーディンの姿をしていた。“彼” が、何度も姿見の中で見たその姿のままに。

 だがそれはオーディンではあり得ない。
 何故なら、バロン王オーディンは “ここ” に居るのだから。

  “彼” ―――バロン王オーディンは最後に自分の身体を見た。
 女性ものの服を来ているが、この身体はセシル=ハーヴィのモノであるらしい。
 どういう経緯で自分がセシルの身体を動かしているのか―――よりも、どういう経緯でセシルが女装なんかしているのかが気になったが、そこらへんはセシルの名誉を思い、あまり考えないことにする。

「・・・これはどういうことだ?」
「それはこちらの台詞です! あなたは一体何者ですか! どうしてセシルさんの身体を乗っ取って居るんですか!?」
「乗っ取っている、とは人聞きが悪いな。私は―――」

 バロン王である、と名乗ろうとして考え直す。
 ここでそう名乗っても、もう一人バロン王が居る。しかも本来の自分の姿で。
 そうなればニセモノ扱いされてややこしいことになってしまうかもしれない。

「私はセシル=ハーヴィだ」
「セシルさんは “私” なんて言いません!」
「む・・・」

 そうだったか、と彼は思い返す。
 公式の場ではいつも “私” という一人称だった気がするのだが。
 気を取り直して、彼は言い直した。愛想良くにこりと微笑んで。

「やあ! 僕はセシル=ハーヴィだよ!」

 好感度を狙ってさわやかに言ってみた。
 だが、少女には通用しなかったようで、

「だ、騙されません! 騙されませんからねッ、あなたはセシルさんじゃない!」
「なあ、ポロム。なんで顔赤いんだ?」
「べっ、別になんでもないですッ。なんでもないんですからねっ!」

 少女は胸の辺りを杖を持ってない方の手で押さえ、双子の片割れに怒鳴るように言い返す。

(ほほう、どうやらこの娘、セシルのことを好きらしいな―――しかし、よくよく白魔道士に好かれる男だな)

 などと思いながら、彼は顔を真っ赤にしたままのポロムの頭を撫でる。

「な、なにするんですか! セシルさん!?」
「いや、セシルにーちゃんじゃないんだろ?」
「わかってます、そんなことッ!」

 少女は怒りながらも、しかしオーディンの手を払いのけようとはしない。
 少し大人しくして、されるがままに撫でられている。

「安心してくれ。私はセシルに害為すものではない―――何故、死んだはずの私がこうしているのかは、私にも解らないんだ。しかし」

 そっと、彼はポロムの頭から手を放すと、魔物の方へと目を向ける。
 魔物の方もこちらに気がついたようで、憎々しげにこちらをみて叫ぶ。

「生き返ったか・・・貴様ぁ!」
「「セシル!」」

 モンク僧長とネズミ族もこちらを振り返って―――魔物とは正逆に喜びを持ってこの身体の名を呼ぶ。

 その名前を呼ぶ響きに、期待と希望、そして親愛を感じ取って、彼は嬉しく思った。

(良い男に育ったな、セシル=ハーヴィ)

 心の中で呟いて、彼は魔物達の方へ歩みを進めた。

 

 

******

 

 

「おい、いいのかよ行かせて。あいつセシルにーちゃんじゃないんだろ?」

 パロムが、ぼうっとしたままのポロムに言う。
 だが、ポロムは立ちつくしたまま、彼の後ろ姿を見送るだけ。

「ポロム? どーしたんだよ、ぼうっとして」
「あの人・・・セシルさんじゃない・・・けど」
「けど?」
「セシルさんと同じくらい、優しい気持ちが―――」

 

 

******

 

 

「生き返ったのか、セシルッ!」

 喚く魔物の声に、彼は「ふむ」と首をかしげた。

「君は誰だ? 言うことから察するに、どうやらセシルと知り合いみたいだが?」

 魔物に知り合いがいるとは驚きだなあ、などとのんびりとしたことを考えながら、オーディンは目の前の魔物を観察する。
 見れば見るほど、誰かに似ているような気がする。それも自分に近しい誰かだ。セシルはどうかはしらないが、オーディンには魔物のトモダチなんぞいなかったはずなのだが。

「何を寝ぼけたことを・・・ッ」
「いや、寝ぼけているわけではない。実は私は―――」
「問答無用ッ!」

 いきなり魔物の両腕―――いや、両蛇がオーディンに向かって伸びてくる!
 片方は大きく口を開けて鋭い牙で噛み付いてこようとする。それを、一歩だけ身を退いて回避する。そこへ、もう一頭の蛇が口に剣をくわえて斬りかかってきた。

「ぬ?」

 蛇の加えた剣を見て、オーディンは動きを止めた。
 その剣に、とてもよく見覚えがあったからだ。

 きんっ!

 いきなり、横手から伸びてきた槍に、蛇の持つ剣が弾かれる。

「なにをぼーっとしておるかッ! セシル!」
「おっと、すまない。助かった―――ええと、ネズミ族の人」

 オーディンが礼を言うと、赤い装束に身を包んだネズミ族の槍使いは、訝しげな様子でこちらを見る。

「・・・まさか、私の名前を忘れた―――死にかけた弾みで記憶喪失になったとか言うわけではあるまいな」
「安心してくれ。そういうわけではない―――だが、まあ私は君のことを知らないという意味では、記憶喪失というのも間違いではないのかもしれない」
「・・・なんじゃ、それは・・・?」
「まあ、説明は後でできたらしよう。それよりも」

 と、オーディンは蛇を自分の元へ引き戻した魔物の方へと目を向けると、その名前を呼んだ。

「ベイガン!」
「なんだ!」
「・・・やはりベイガンか。その “ディフェンダー” でようやく気がつけた。どういうことだ、ベイガン。何故魔物になんかなっている?」
「何度も言う必要はない!」
「私は何も聞いていない―――もう一度問う。ベイガン、お前は何故魔物などやっている?」

 オーディンの声にはセシルにはない威圧感があった。
 その迫力に抗うことすらできずに、ベイガンは反射的に答えていた。

「わ、私は守れなかった・・・だから、守るための力を手に入れた・・・・人を捨ててまで、私は力が欲しかった! 今度こそ守り抜くために!」
「守れなかった? それは誰のことだ?」
「決まっている! 私が守るべき対象はただ一つ。バロン王オーディン様のみッ!」
「では、新しく手に入れたその力で誰を守るつもりだ?」
「何度も言わせるな! 私がお守りするのはオーディン様だけだ!」
「・・・・・・・・・むう?」

 セシルの姿で彼は困ったように首をかしげる。
 それから、一番近くにいたネズミ族の女性に向かって困った様子のまま尋ねる。

「矢張り寝ぼけているのかも知れぬが、どうにも理解できん。守れなかった者を守るために力を手に入れても、すでに手遅れだとおもうのだが?」
「私にもよく解らんが、あやつは最初からあんな感じだったぞ。一件、ちょっとキレやすいだけの普通の男に見えて、どこかが壊れとる」
「まあ、魔物であるしな」

 ふうむ、と思い悩むようにして、彼は再びベイガンの方へと顔を向ける。

「まあ、なんとなく予想はつく。私が殺されて心神喪失したところを、闇につけ込まれたというワケか」

(・・・だとすれば、半分は私のせいだということにもなる。私がセシルの身体を経て蘇ったと言うことは、つまりケリは私の手でつけろということか)

 台詞の後半は心の中で呟いて、それから軽く頷く。
 やるべきことは解った。
 ならば、後はやるだけだ。

「ベイガン」
「気安く名前を呼ぶなッ!」
「一つ、今後のためになることを教えておいてやろう。貴様が守護するべきバロン王オーディンは死んだ」
「ハッ、なにを馬鹿なことを。私の後ろに控える王の姿が目に入らないというのか!」
「あれはニセモノだ。私を殺した張本人でもあるな」
「何を馬鹿な・・・オーディン様が殺されるはずがないッ!」
「・・・馬鹿なも何も、さっき自分で “守れなかった” といっただろうに」

 オーディンが冷静に指摘するが、ベイガンはそれを怒声でかき消した。

「煩い! 煩い! 黙って死んでろおおおおっ!」
「本当ならば、そうするべき何だろうがな」

 激昂と共にベイガンは再び二頭の蛇をオーディンに向かって繰り出す。
 それを、オーディンはただ見つめるだけで微動だにしない。

「ちいっ!」
「させんッ!」

 ヤンとフライヤが蛇の攻撃を防ごうと動きかけ―――

「動くなッ!」

 動こうとした時、オーディンの声が響いて2人とも動きを止めた。
 いや、止めるつもりなどなかったのだが、しかし無意識に身体は静止する。

「なッ・・・身体が動かん!?」
「魔法・・・? いや!?」

 魔法ではない、とフライヤは即座に思い直す。
 フライヤは魔道士ではないが、それでも魔力の動きは若干読める。
 セシル(オーディン)が魔力を解き放った様子は全くなかった。

 それは長年、幾多もの修羅場をくぐり抜けてきた戦士の中の戦士だけが持つことのできる、強いプレッシャー。
  “オーディン” という巨大な威圧感の前に、ヤンもフライヤも逆らうことができない。

 それはベイガンも同じで、蛇の動きもぴたりと止まっていた。
 だが。

「くっ・・・小賢しいッ!」

 意気を込めて、オーディンの威圧を打ち破ると、再び蛇がオーディンに向かって伸びる。
 だが、相変わらずオーディンは動かない。

「セシルさん!」

 ポロムの叫びが響く。それと同時に、双頭の蛇がオーディンの元に殺到して―――その攻撃は見事に空振りした。

「なっ・・・外れた、だと?」

 攻撃した本人であるベイガンが困惑する。
 今の攻撃は、外したわけでも、回避されたわけでもない。

 外れた、のだ。

「まさか、今のは―――そんなはずはッ」

 なにか心当たりでもあるのか、ベイガンは一瞬思案し―――それをすぐに振り切ると、再度攻撃を加える。
 だが、当たらない。
 蛇は自分の身の一部として正確にセシル(オーディン)に食らいつこうとする。だが、結果として当たらない。オーディン自身は微動だにしていないというのにだ。

「これは、まさか・・・ “見切りの極み” だと!?」

  “見切りの極み“ とは剣神とまで言われたバロン王、ナイトロード・オーディンだけが使える秘技である。
 その名の通り、敵の攻撃を完璧に見切ることにより、敵が攻撃を行う一瞬前にすでに回避する、究極の回避行動だ。
 攻撃を受けた時にはすでに回避しているので、相手は自分の攻撃が外れたようにしか思えない。

「その技を使えたのはオーディン様一人だったはず・・・」
「ベイガン、最早解っているのだろう? オーディンは死んだと」
「煩い! 認められるかそんなことッ!」
「解っているはずだ。今、お前は私のことを過去形で話しただろう?」
「・・・・・・ッ」

 今、ベイガンは「オーディン様一人 “だった” 」と言った。
 無意識に理解しているのだ、自分の守るべき主が、すでに失われたことを。

「うるさい・・・ッ! 黙れえええええええっ!」

 段々と自分の中に膨れあがる疑念。
 それを否定しようとするかのように、叫びながら再三攻撃を仕掛けた。

「認められん! 認められん! それを認めてしまえば、私は何のためにヒトを捨てたのだッ!」
「それは私のためだろう、ベイガン」
「!」

 オーディンがセシルの身体を借りて言う。
 当たらぬ苛烈な攻撃の中、彼は厳かとも言える重い響きのある声で続ける。

「お前は私などのために、ヒトの姿を捨ててまで捨てようとしてくれた。その想い、その忠義は確かに受け取ったッ! だから―――」
「うるさいっ! うるさああいッ! セシル=ハーヴィがッ! オーディン様の様な事を言うなッ」
「ベイガン! 目を覚ませ! 私はお前まで死んで欲しくはないのだ!」
「黙れええええええっ!」

 当たらない攻撃の中、不意にオーディンが動く。

「やむをえんか・・・」

 呟いて、オーディンは自分に向かってくる蛇の一撃を、女性もののカーディガンを翻して華麗に避ける。
 それと同時に。

「―――来たれ。ミストルティン」

 静かに、短く呟く。
 その瞬間、オーディンの手の中に光が生まれた!

「なに・・・・・・なんだと・・・!?」

 その光を見た瞬間、またベイガンの動きが止まる。
 光はオーディンの手の中で膨張し、棒状に伸びて―――それは一振りの、白銀の剣となった!

「あれは・・・ッ! あの剣は!」

 叫んだのはエニシェルだった。
 驚きの表情を人形の顔に浮かべて、オーディンが手にした剣を凝視する。

「なんだあ? 知ってるのかよ?」

 きょとんとしてパロムが尋ねる。

「あれは神剣ミストルティンじゃ! かつて遙か昔に一度だけ見たことがある・・・神槍グングニルへと変じる、最強の剣の一つ」
「ほう。博識なお嬢さんだ。―――確かにこれはミストルティン。このフォールスの地を守護していた名も無き神から頂いた “神剣” を冠した剣。―――もっとも、何を持って最強剣と言うかは微妙だが」
「話によれば、何よりも硬く、そして何よりも柔らかいという、2つの相反する性質を持っているとか」
「うわ、本当に博識だな。それ、私しか知らないはずなのだが」

 驚いたようにオーディンがエニシェルを振り返る。
 だが、それよりももっと驚愕しているものが居た。

 ベイガンだ。

「あ・・・ありえん・・・そのミストルティンはオーディン様の魂と同化しているはず・・・オーディン様以外の者が手に出来るはずが―――何故だっ、何故貴様がそれを手に出来るッ、セシル=ハーヴィ!」
「だからさっきから言っているだろう? ああ、言っていなかったもしれんな。ともあれ、私は―――」
「ベイガン・・・」

 オーディンの声を遮るようにした、重々しい声が辺りに響き渡る。
 その声を発したのは―――

「王!」

 ベイガンが嬉々として背後を振り返る。
 声を発したのは、その視線の先の玉座に居座る “オーディン” だった。
 それまで微動だにしていなかった “オーディン” は、玉座に身を預けたまま、億劫そうに口を開く。

「騒がしい・・・早く終わらせろ・・・」
「はッ―――ははっ!」

 ベイガンは恐れ入ったように首肯すると、素早くこちらに向き直った。

「みろ! 貴様らのせいでおしかりを受けてしまった!」
「一番騒がしかったのはお前だろう、ベイガン」
「煩い。ともあれ、もう貴様のまやかしなど通じはしない! どうせその剣もニセモノだろう!」

 ひゅんっ、とベイガンの両腕の蛇がムチのようにしなると、くわわっ、とその口を開いてオーディンたちを威嚇する。

「この上は貴様らを即座に殺し、その首をオーディン様へと献上してお許しを頂くのみ」
「私は要らんな、首など」
「黙れと言ったッ!」

 蛇が唸りを上げてオーディンに向かう!

「チッ」

 それを見てヤンとフライヤが対抗しようとするが、オーディンは静かに手で制する。
 “下がっていろ” と。

 本来ならば下がって居るわけにはいかない―――特にヤンは―――はずだが、しかし2人とも動きを止めて、むしろ一歩下がる。

 セシルの姿をしたそれが、セシル=ハーヴィで無いことはその場の誰もが解っていた。
 しかし、 “見切りの極み” “神剣” と立て続けに常人の及ぶ領域にないモノを見せられて、果たして次は何を出してくるのかと、妙な期待感が動きを縛る。

 注目の視線の中、オーディンは静かに立ちつくす。
 さきほどからずっと執拗に蛇たちが、片や獰猛な牙を向き出しにして、片やミドルソードを加えて襲いかかるが、相も変わらずその攻撃は外れている。

 狙い定めているはずなのに、回避しているようには見えないのに、結果としてかすりもしない。
 神技とも言える防御の前に、ベイガンの苛立ちは頂点に達していた。

「―――この剣は真なる一太刀」

 蛇たちが回りを飛び回る中を涼しげに立ちつくしていたオーディンが不意に呟く。
 その台詞を耳にした瞬間、ベイガンの表情が苛立ちから恐怖へと凍り付いた。

「まさか・・・き、貴様・・・!? い、いや、あなた様は・・・・・・っ」

 彼が目覚めてから、もう何度ベイガンは「まさか」と口にしただろうか。
 だが、今まさかと口にしたベイガンには、今までの驚きと否定だけではなく、そこに強い恐怖が加えられていた。
 ベイガンの恐怖が伝染したかのように、蛇たちの動きも再三止まった。

 だが、オーディンの言葉は止まらない。

「見るは剣、見切るは理(ことわり)。理の中に斬れぬ物は存在せぬと見いだせば、我が斬断は必然と成る!」

 呆然と立ちつくすベイガンに向かって、オーディンはゆっくりと神剣を振るう。
 誰の目にもはっきりとその軌道が解るようにゆっくりと剣は山なりに弧を描く。その軌道は、ベイガンの両腕の蛇の胴を通り過ぎていた。

「え・・・?」
「あ、あら? 今、なにか妙な感じが・・・」

 その剣の動きに奇妙な違和感を感じて、双子は目をこする。
 他の面々は双子のように目をこすることはしなかった。違和感の正体が、なにか即座に理解出来たからだ。

「斬った・・・・・・のか?」

 困惑したようにヤンが呟く。
 それを合図としたかのように、蛇の胴の、剣が通り過ぎた辺りに切れ目が入り、ぽとりとあっけなく双頭が床に落ちる。

「あ・・・そうか。今の奇妙な感じって・・・」

 遅れながらポロムが理解してぼうっと呟く。

「剣が、蛇の身体に当たったまま通り過ぎていったから。だから、妙だと感じたんですね!」
「あ、そっか。ふつう、当たったら止まるよな」

 双子の言うとおり、オーディンの放った斬撃―――と呼ぶには遅すぎる剣の軌道は、蛇の胴に辺りながらも、そのまま止まらず停滞せずに、まるでそこには何もないかのように普通に通り抜けていった。
 その時にはすでに、蛇は斬られていたのだ。

「そんな馬鹿な! ライトブリンガーすら歯が立たなかったというのに! いくら神剣とはいえ、こうも容易く切り落とすなどと・・・!」

 納得いかない様子でエニシェルが叫ぶ。
 その疑問は、フライヤやヤンも感じていたことだった。
 セシルの聖剣も、フライヤの槍も、ヤンの打撃さえも、魔物化したベイガンや近衛兵には有効なダメージを与えられなかった。唯一、双子の合体魔法だけが近衛兵達を消滅させるほどの威力を持っていたが。

 だが、オーディンの今の一撃は、たった一振りで―――それも攻撃とは言えないような、力も速度も無い一撃で、魔物の蛇を切り裂いた。
 神剣だから、という理由で納得出来るものではない。

「神剣ではない・・・」

 エニシェルの疑問に応えたのは、オーディンではなかった。
 自分の腕を斬られた当人であるベイガンだ。

「・・・万物には、どんな硬いものであっても “脆い一点” がある。その一点を見極めれば、例え一振りの枯れ枝でも鋼鉄の塊を切り裂くことも可能であるという・・・・・・」

 そのベイガンの言葉には、先程までの怒りや苛立ち、狂気じみた響きはなくなっていた。
 ただ静かに、穏やかに目の前に立つ存在に向い問いかける。

「そうでしたね? バロン王」

 ベイガンの言葉に、オーディンはゆっくりと頷いた。

「うむ・・・これこそが究極奥義―――」

 

 斬鉄剣

 

 

 


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