第12章「バロン城決戦」
X.「斬鉄剣(2)」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロン城内・ロビー
「レオ将軍か・・・」
誰にも聞こえない声で、マッシュはその名を呟く。
目の前に立ちはだかる存在を、マッシュはよく知っていた。
彼の生まれ故郷であるシクズス地方。そこで最強と呼ばれる存在。彼の名の枕詞に “最強” と名が付いたのはもう10年も前のこと。
このフォールスのカイン=ハイウィンドと同じように、若くして最強と呼ばれたのは、当時ガストラで研究が進んでいた―――そして今では帝国の主戦力となっている “魔導アーマー” の暴走事件がキッカケであると言われている。
マッシュも詳しくは知らないが、なんでも当時最新型の炉を積んだ魔導アーマーであり、その “炉” が暴走した原因だという。
ともあれ、搭乗者の意志を無視して暴れ回った魔導アーマーを、偶然居合わせた名もない―――まだ将軍の位どころか、一兵卒であったレオ=クリストフが破壊したのだと。魔導アーマーの歴史はまだ100年にも満たないが、それでもそれを生身で破壊出来たのはレオ=クリストフが最初であったし、そして今でもそれは変わらない。
そのことからも、シクズス―――特にガストラで、彼の “最強” を疑う者は居ない。
(いつかは戦ってみたいと思っていた相手でもあるが・・・)
扉の前に立ちはだかり、複数の敵を前にしているというのに、全く臆していない。
どころか、こちらの方が気圧されている。(俺はまだ弱い)
悔しさと共に、その思いを飲み込む。
一対一で勝てる自信は当然無く、果たしてレオ自身が言ったように、数に任せてどうにかなる相手とも思えない。
テラがなにをそんなに焦っているのか、説明はされたがいまいちピンとこない。
レオが背負う扉の向こうに、危険な相手が居る、というのは何となく解ったが。・・・などと考えていると、風が動いた。
それと同時に、レオが自分の左手の方に身体を向ける。「・・・へ?」
思わず間の抜けた声を出す。
何故、こんな室内で風が―――「甘いッ!」
「ちぃっ!」2つの声は、鋼のぶつかり合う音と共に聞こえた。
見れば、レオがクリスタルの剣で、バッツの刀を受け止めていた。
音の余韻が、耳から消えてようやくマッシュは気がついた。
バッツ、と呼ばれた青年が、レオ=クリストフに攻撃を仕掛けたのだと。(何時の間に―――?)
バッツが攻撃した瞬間を、マッシュは気づくことが出来なかった。
じっと、レオの方を見ていたのに、バッツの動きに気がつけなかった。「なんだ・・・? 今の―――」
マッシュが困惑している間に、レオは次の動作に移っていた。
剣の切っ先をバッツの方に向けて、息を吐く!「砕けろッ!」
ショック!
剣が真白く輝き、その輝きが衝撃力となってバッツを遅う。
レオ=クリストフの必殺技。
この技で、レオは魔導アーマーを破壊した。「ぐぅっ!」
その衝撃波を直撃され、バッツの身体はまるで突風に舞う枯れ葉のように軽々と吹っ飛んだ。
これでバッツは終わった―――と、さっきまでこの場に居なかった3人は思った、が。「効かねえッ」
軽々と吹っ飛ばされながらも、バッツは両足で地面に着地する。
それと同時に、前に出た。「なっ・・・!?」
驚愕の声を上げたのはレオではない。
マッシュだった。
レオ=クリストフの必殺剣「ショック!」を、今初めて目にしたが、それでもその逸話と威力は聞き及んでいる。
どんなに鍛え抜かれた身体であっても、あれを生身に直撃されて、無事に済むはずがない。
・・・はずがない、のにバッツは耐えきり、さらに反撃に出ようとしている。「悪いが、倒させて貰うッ」
マッシュの困惑など気がつかずに、バッツは突進の勢いのまま、刀を前に突き出す。
狙いはレオの鎧と鎧の継ぎ目。その間隙だ。(ブッ刺しても死なないだろ。こいつなら)
等と思いながら、必殺技はなった状態で、反応出来ないレオの身体に刀の切っ先が吸い込まれ―――
「イージスの盾よ!」
「!?」刀がレオの身体に到達する寸前、刀の先に ”力場” が生まれる。
その力場は虹色の盾の形をして、バッツの刀を防ぐ。かしぃいん・・・という軽い音がして、バッツの刀は弾かれ、上の方へと跳ね上がる。
「げっ!」
刀が弾かれたことによって、バッツの体勢が軽くのけぞった状態になる。
そこに、体勢を立て直したレオが剣をバッツに向かって振り下ろす。「終わりだッ」
「終われるかッ!」咄嗟にバッツは刀から手を放し、その手を固く握りしめて、振り下ろされるクリスタルの剣の腹をブン殴る!
「ぬ!」
その一撃で剣の軌道が若干ずれて、バッツの身体はその反動で横へと逃げる。
一瞬前までバッツのいた場所を、クリスタルの剣が振り下ろされた。そのことにぞっとしながら、バッツは空中に残っていた自分の刀を掴むと、そのままレオに向かって斬りかかる。
刀を返した峰打ちの状態で、狙うのはレオの首筋―――だが。「盾よッ」
再び生まれた力場の盾にバッツの攻撃は阻まれる。
ちぃ、と舌打ちして、バッツは素早く後ろに下がると、レオと間合いを取った。「・・・なんか奥の手を隠してあるとは思ったけどよ。ンな厄介なもんも持っていやがったか」
「人を相手にして、これを使ったのは久しぶりだ・・・」
「そりゃ光栄だね」バッツはにやりと笑って軽口を叩く。
その様子には、まだ余裕というものを感じさせたが。(・・・参ったな、こりゃ)
内心は表とは逆に、非常に困っていた。
(タダで突破出来るとは思っちゃいなかったが、それにしてもあの盾は厄介だ。なんせ、言葉1つでどこにでも現れやがる―――言葉が必要じゃないのかもしれないし)
先程の感じからして、バッツの剣の威力では、レオの ”盾” を打ち破ることは出来そうにない。
「やっぱ、強えー。てか、俺はお呼びでないんじゃない?」
ちょっと引きつったような笑顔でロックが言う。
レオとバッツのやりとりに、笑うことしか出来ない様子だった。
そしてそれは、笑ってこそいないものの、他の面々も同じ様子だった。マッシュはカイポの村でバッツと共に戦ったことがある、が、それでも相手は魔物とはいえ、陸に上がった水棲の魔物だ。いまだ未熟なマッシュでさえ、何匹か倒すことができた。だから、バッツが “あの” レオ=クリストフと互角に戦える等とは、夢にも思っていなかった。
テラにしてみても同じだ。テラの場合、バッツが、かつての “最強” の一人であるドルガン=クラウザーの一人息子だと知ってはいたが、実際に戦うところは見ていない。まさか、現在 “最強” と呼ばれる中の一人であるレオ=クリストフと対等に渡り合えるとは想像もしていなかった。
「つーか、お前ら、ぼーっとしてないで少しは手伝えよッ! 強いんだぞ、こいつ!」
バッツがマッシュたちに向かって文句を言う。
が、動こうにも動けない。たった一度のやりとりで、自分たちとはレベルが違うと思い知ってしまった。悔しいと思いながらも、ヘタに手を出してもバッツの足を引っ張ることしかできないと、解ってしまう。「・・・ええいっ!」
それでも動かなければ埒もないと、テラがロッドを構えて魔法の詠唱をはじめる。
その声につられるようにして、マッシュも構えを取った。しかしロックは逆に一歩退いて、肩を竦める。「俺はパスさせて貰うぜ? 戦いは得意じゃないんでね」
しゃあしゃあと言い放ったロックに、バッツが不満げに声を張り上げる。
「なっ、お前っ、トモダチだろーっ!」
「さっきの今でトモダチになったつもりはねえッ! ・・・お互い、生き残ったら良い友人になれるかも知れないけどな」などと笑ってみせた。
「くらえぃっ! “ファイラ” ッ!」
いきなりテラの火炎魔法がレオに向かって飛ぶ。
「だああっ!」
「いくぜッ!」それと同時に、マッシュとバッツもレオに向かって突進した。
魔法と拳と刀。三者三様の攻撃がレオに向かうッ!(1つは剣で、1つは盾で防いでも、もう一つは防げねえッ! 貰った!)
勝利を確信しながらバッツはレオに向かって刀を振り下ろす―――が。
「その程度の攻撃―――ぬおおおおおおおおおッ!」
ショック!
レオの怒号と共に、真白い光がバッツの目に映った。
それは、バッツはもう何度も見た、レオ必殺の衝撃波が放たれる時に輝く光。
だが、いつも輝くのは剣だが、今回は剣の代わりにレオの全身が輝いた!「なにぃっ!?」
「ぐわっ!?」バッツの困惑の叫びとマッシュの悲鳴が重なる。
いつもよりも数段威力の低い衝撃波がバッツとマッシュの身体を押し返し、テラの魔法を打ち消した!「ぜ、全方位の衝撃波かよッ」
衝撃波に押されながらも、バッツとマッシュは何とか体勢を立て直す。
いつもの剣の先一点に集中した衝撃波ではなく、レオの全身から放たれる衝撃波。その分、威力も低く致命傷にはなりえないが―――「だが、牽制にはなるッ!」
「!」レオは続けて、自分に一番近かったマッシュに剣の切っ先を向ける。
そして放たれるのは、今度こそ正真正銘の―――
ショック!
剣の先から放たれた衝撃波に、体勢を立て直したばかりのマッシュはどうすることも出来ない。
必殺の一撃がマッシュの身体に直撃し、その筋骨隆々とした肉体は、容易く後ろへと吹き飛んだ。「がはああああっ!」
「おおっと―――だあっ!?」マッシュの身体は後ろに下がったロックの所まで吹っ飛んだ。
ロックがそれを受け止めるが、支えきれずに2人仲良く倒れ込む。「これで、1人減ったな―――」
「ちいっ!」バッツがまたレオに向かって突進する。
しかし、振り下ろされた刀の一撃は、容易くレオの “盾” に阻まれた。
動きの止まった所を狙い澄まし、レオは再び必殺の一撃を撃とうとする。それを察知して、バッツは後ろに跳ぼうとする。(―――駄目だ、決め手がねえ! 今のであの筋肉は戦闘不能だろうし、あのトモダチはアテになんねえ。爺さんの魔法も通用しないようだし、ファリスは―――・・・そういえば、ファリスは?)
後ろに跳びつつ、バッツはファリスの姿を確認しようと首を捻ろうとして―――
どん。
と、なにかが背中にぶつかって、バッツの動きが止まる。
「え? 壁!?」
呟きながらそんなはずはないと否定する。
壁の位置はまだまだ後ろのはずだ。それに、背中に当たる感触は石壁の冷たさがない。
そう思いながら、素早く後ろを向いてみれば、そこには七色に光る “盾” 。「盾を壁にしやがったッ!?」
「終わりだバッツ=クラウザー! 下がれなければ威力を殺せまいッ!」
ショック!
レオの言葉が終わらぬうちに、白い衝撃波がバッツに向かって放たれる。
回避する間もなく、その衝撃波がバッツに襲いかかり―――「がふぅっっ!」
激しい衝撃が全身を襲い、バッツは苦悶の声を上げる。
全身に痛みが走る。
痛みを堪えながら―――しかし、バッツは困惑する。(あれ・・・こんなもんだっけか?)
ファブールで直撃を受けた時は、もう指一本動かすことが出来ないようなダメージを受けた。
だが、今は痛みはあるものの、身体を動かせないほどではない。「え・・・?」
気がつく。
バッツと抱き合うような格好で、誰かが居ることに。「って、ファリス・・・!?」
「・・・っ」ファリスの身体を引きはがして軽く揺さぶる、と彼は呻きながらも「へ・・・」と笑って見せた。それは何とも痛々しく、弱い笑みだったが。
「嫌な予感がしたんだよ・・・絶対、あいつ、なんかやってくるって―――・・・予想通りだったぜ・・・」
「だから攻撃に参加しなかったのか―――つーか、お前ッ。俺を庇ってアイツの衝撃波を受けたんだろ!? 大丈夫なのかよ!」
「・・・駄目、みたいだ」その言葉を最後にして、ファリスはがくりとバッツに体重を任せる。
「おいっ、ファリス―――おいっ!」
「タフな男だ。私の必殺剣を二度も受けて、なお生きてるとはな・・・」ファリスと抱き合ったまま倒れているバッツの前に、レオが現れた。
「ちっ! この野郎・・・ッ!」
憎々しげにバッツはレオを見上げる。
だが、ファリスを抱いたままの状態では、バッツにはどうすることも出来ない。
そんなバッツに、レオはゆっくりと剣を振り上げて―――「さらばだバッツ=クラウザー! お前の名は死ぬまで忘れはしない―――ぬぅっ!?」
バッツにトドメを刺そうと剣を振り上げたレオは、しかし不意に背後を振り返ると、二度、三度と剣を振るう。
きぃんっ、と金属音が数度鳴り響き、何かが床に落ちた。短剣だ。「・・・ッ」
レオの意識が後ろに向いた瞬間、バッツはファリスを抱えて起きあがると、素早くテラたちの元へ戻る。
見れば、マッシュを床に寝かせたロックが、両手に一本ずつ短剣を持ってレオの方に向けていた。
どうやら、レオに短剣を投げて、注意を引いてくれたらしい。「ナイスだトモダチ!」
「見直したかよ、マイフレンド―――そういうわけで、俺はもう働かないからな! 二度とは通用しそうもないし」そう言いながら、彼はそそくさと短剣を上着の内ポケットにしまい込む。
「それで十分だ」と言いながら、バッツはマッシュの隣りにファリスを寝かせた。「おい爺さん。回復魔法って使えたっけ?」
「勿論じゃ。私を誰だと思うておる」
「なら、こいつら頼む。とくにファリスのバカ、俺を庇ってさっきも直撃受けてるんだよ。自分で魔法つかって癒してたっつーけど、多分、結構ヤバイ」ファリスを抱いていたバッツには解った。ファリスの脈がだんだんと弱くなっていることに。
即座に死ぬことはないだろうが、放っておけば命に関わると、思わせるような状態だ。「任されるが―――バッツ、お主はどうするつもりじゃ?」
「仕方ねえから、俺一人でセシルたちん所に行くさ。パロムとポロムだっけ? アンタが心配してる双子のことも何とかしてやるから心配するなよ」
「心配するな、は良いが、その前に大問題があるだろうに。レオ=クリストフをどうするつもりじゃ!?」
「・・・爺さんは知ってるよな。俺が、ドルガン=クラウザーの息子だって」バッツはそう言ってにやっ、と笑ってみせる。
テラはその言葉の意味がどういうことか一瞬理解出来ず―――だが、すぐに思い当たった。「まさか、バッツ、お主は―――」
「ファリスのこと頼んだぜ、爺さん」テラの言葉を遮って、バッツはレオの方へと向き直る。
レオは再び扉の前に陣取って、威圧感を背負ってこちらに向いていた。「さて、どうする? バッツ=クラウザー。もはやお前の技は私には通じない。・・・そして、私の技を防ぐ術もない―――」
「そーだなー。ちょっと絶体絶命な感じだ。というわけで、お願いがあるんだけどさ」
「命乞いか? 別に戦意を無くしたというのなら、命まで取ろうとは思わない。さっきも言ったが、元々戦う気はなかったのだ」
「いや命乞いなんかじゃなくてさ」えへへー、とバッツは困ったような笑いを見せて、
「そこ、どいて俺を通してくれないか?」
「・・・・・・通すと思うか?」
「思わない。だけどな、アンタがどかないと、俺はアンタを殺してしまうかもしれない」・・・・・・
一瞬、場に沈黙が流れた。
レオが、バッツの言葉の意味を理解するのに時間がかかったためだ。「どういう意味だ? 私が殺される?」
「ああ」頷くバッツに、レオは嘆息を一つ漏らして。
「・・・以前の私ならば、それを侮辱と受け取って激昂していただろうが―――今は、お前が伊達や酔狂で殺す・殺さぬという人間ではないと知っている。ならば聞こう。お前には私を殺す手段があるというのか?」
「あるよ。一つだけ。確実じゃないけどな」バッツはそう前置きして、笑みを消して真剣な顔で続ける。
「―――斬鉄剣・・・剣を手にしてるなら、聞いた覚えくらいはあるだろう?」
「・・・ドルガン=クラウザーとバロン王オーディンが極めし最強秘剣。その一太刀に斬れぬ物は存在しないと言われる・・・」
「正確にはウチの親父ですら極められなかった必殺剣だ」
「それを、お前は極めたというのか!?」やや興奮気味にレオが尋ねる。
その様子を見やり、(ああ、こりゃ駄目だな―――)と思いながら、バッツは首を横に振る。「親父ですら極められなかったモンを、どうして俺がマスターできるかよ。親父ですら調子の良い時で成功確率八割だとか言ってたし―――俺は良いトコ5割だな」
「だが、曲がりなりにでも使えるというのか! 斬鉄剣を!」(あ、マジで駄目だ。完全に剣士の目になってやがる)
バッツは興奮するレオの様子に心の中で嘆息する。
上手くいくとは思っていなかったが、しかし斬鉄剣のことを知れば、もしかしたら退いてくれるかもしれないなどと甘い考えもあったのだが。
しかし、レオ=クリストフは武人だった。
最強と呼ばれる秘剣。それを目にし、打ち破りたいと思うのは当然の理で。(なら、俺も覚悟を決めるしかない・・・か)
「しかし解せんな。斬鉄剣を使えるならば、何故ファブールで使わなかった? あの時使っていれば、倒されていたのは私だったかもしれん」
「使わなかったんじゃない。使えなかっただけだ―――まだ極めてない技なんで、色々と欠点があるんだよ」
「欠点?」
「そ。さっきも言ったとおり、成功率は5割―――つか、5割も行けばいい方だ。で、使う前に少し “タメ” ・・・というか精神集中というか必要になる。だから、混戦じゃ使いづらい―――まあ、ここら辺はどうとでもなるんだが」こほん、とバッツは軽く咳払いをして。
「・・・で、最大の欠点が、加減が効かねえってことだ。決まれば必殺。人が死ぬ―――だから、使えなかった」
「相変わらず、甘い男だ」
「なんとでも言え。そう言うわけだから、生き物に使ったことはねえ。人間にも魔物にも」
「・・・なるほどな。使えない理由はわかった。だが、それならば今は使えるというのか?」
「アンタがどかなきゃな」
「どかぬよ―――だから見せて見よ! 伝説の必殺剣を!」
「死んでも・・・恨むなよ」苦々しくバッツは言い捨てて―――それから覚悟を決めたように表情を引き締めると、レオを強く睨付けた。
その鋭い瞳に睨付けられ瞬間、レオの背筋にぞくりとした冷たい何かが走る。それは、戦慄と呼ぶべきモノ。恐怖と呼ぶべきモノ。
だが、レオはそれを強引に無視してバッツをにらみ返す。
(やるならやれ! 見せてみるがいい! お前の必殺剣をッ!)
「―――その剣は疾風の剣」
バッツの口から呟きが漏れる。
「風よりも速く何よりも速く限りなく速くただ速く・・・・・・斬るよりも速く斬り、抗うよりも速く斬り捨てる―――究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない・・・」
バッツの呟きを耳にしながら、レオはその瞬間を待った。
斬鉄剣が来る瞬間を。
集中して、その技を見極めようとした。―――しかし、その瞬間は来なかった。
否、レオにはその瞬間が来たことを気付けなかった。
レオだけではない。それを見守っていた、ロックとテラも、バッツ自身すら気付くことが出来なかった。「―――これこそが最強秘剣」
そのバッツの呟きは、レオの後ろから聞こえた。
気がつけば目の前にバッツの姿はない。
愕然としながらも、レオは素早く背後を振り返る。と、そこには何時の間に存在していたのか、バッツの後ろ姿があった。「何時の間に―――だがッ!」
技は見切れなかった。
しかし、斬鉄剣は失敗した。
何故なら、レオはまだ生きている。レオが振り返っても、バッツは立ちつくしたままだった。
微動だにせず、こちらを振り返りもしない。
よくよく見ると、その首筋にはびっしりと油汗を掻いていた。それほど神経をすり減らした技だったのだろうが。「失敗しては意味がない。さらばだ、バッツ=クラウザー!」
「良かった・・・成功して」レオの事など全く気にせず、バッツがぽつりと呟く。
そんな呟きに構わず、レオは手にしていた剣をバッツに向かって振るう―――が、振るった腕は空振りした。「・・・あ?」
呆然と、間の抜けた声を漏らす。
剣が空ぶったのではない。自分の腕が空振りしたのだ。その時になってようやく気がつく。
レオは剣を持っては居なかった。
いや、レオの手はしっかりと剣を握りしめている。
だが、レオは剣を持っていない。正確に言うならば。
レオの腕は、二の腕のあたりで断ち切られていた。
そしてその腕の先は、剣を握りしめたまま床に落ちている。「な・・・んだと・・・・・・?」
その事実に、押さえつけたはずの戦慄が蘇る。
全身の毛が恐怖に逆立ち、表情から血の気が引いた。自分の腕が落とされたのに、すぐに気がつけなかったのは痛みが全くなかったからだった。
つまり、それほど綺麗に切り落とされたと言うことだ。
そのせいか、血も流れていない。「まさか・・・これが―――」
「さっき言っただろ。これこそが最強秘剣―――」
斬鉄剣
「馬鹿な・・・」
がくっ・・・とレオはその場に膝を落とす。
すぐ目の前に自分の腕が転がっているのをみて、これが夢や幻ではないと理解する。「狙い通り、腕だけ切り落とせて良かったぜ」
レオを振り返らないまま、バッツが元気なく呟く。
少しだけ見える横顔は、レオ以上に青ざめていた。そして、その言葉の意味に、レオは改めて戦慄する。
もしもバッツの “狙い” が上手くいかなければ、ヘタをすれば胴体が上下に分かれていたのかもしれない。
そうなったとしても、やはり痛みは感じずに、自分が斬られた事すら気づかずに、そのまま死んでいったのだろうか。「バッツ=クラウザー・・・お前は、化け物か・・・?」
斬られた腕のことすら忘れて、レオは呻くように呟いていた。
その呟きを聞き咎め、バッツはレオを振り返る。
バッツは青ざめた表情で、しかしにやり、と無理矢理に笑いを作り、そして言い放った。「いいや。俺はただの旅人さ―――」