第12章「バロン城決戦」
W.「双子」
main character:ポロム
location:バロン城内・ロビー/謁見の間

 

 

 その瞬間を、バッツは察知することが出来なかった。

「なんだ・・・?」
「いま、魔力が・・・?」

 ファリスとレオが顔を上げる。
 それを見て、バッツがきょとんとして。

「なんだよ。どーしたんだ?」

 バッツが尋ねると、ファリスは呆れたように見返して、

「・・・気づかなかったのか、今の」
「気づくって・・・なにが?」
「魔力だよ。なんか凄い魔力が―――」
「パロム、ポロムっ! 無事かッ!」

 ファリスが説明した時、叫びながらテラが駆け込んできた。
 ・・・正確には、叫ぶテラを背負ったマッシュが駆け込んできた。

「おお!? 爺さん、なんでアンタこんな所に―――そいやゴルベーザをブッ倒すとか言ってたっけ」
「バッツ!? バッツ=クラウザーか! お主こそどうしてここに・・・」
「いや、まあ、色々あってさ―――あれ。アンタ、確かカイポの村に居た筋肉ダルマ・・・」
「マッシュだマッシュ! 筋肉とか言うなーッ」
「む、バッツ。お主、この筋肉とも知り合いなのか。妙に交友関係広いのう」
「だから筋肉じゃねーッ」

 思わぬ再会に、場を忘れてはしゃぐバッツたち。
 そこに、ロックが追いついてきた。

「おい筋肉、どんどん先に行くんじゃねーよ」
「だから筋肉とか呼ぶなーッ」
「「いや筋肉だろ」」

 ロックとバッツの言葉がハモる。
 お、と旅人と冒険家は顔を見合わせると、歩み寄って互いに手を合わせて叩く。

「なんか、アンタとは良い友達になれそうな気がする」
「奇遇だな。俺もちょうどそう思っていたところだ」
「なにいきなり初対面なヤツと友情結んでるんだ、お前は」

 さっきから変わらず呆れたようなファリスの声に、バッツははっとして。

「そうそう。そーいやなんなんだよファリス。さっき魔力がどうだか・・・」
「そうじゃ! パロムとポロム・・・それにセシルはどうした!? ここには来て居らんのか!?」

 尋ねかけたバッツを遮り、テラが喚き出す。

「セシル達なら奥だぜ。今頃は王手ってところだろ」
「パロムとポロムってのは、セシル=ハーヴィについてった双子のことか?」

 バッツが説明して、ファリスが捕捉するとテラは大きく頷いて。

「そうじゃ! そして今感じた魔力は双子の合体魔法! これはただごとではない!」
「はぁ? どういうことだよ?」
「ええい! 説明するのももどかしいが、双子の放つ合体魔法は威力が在りすぎるんじゃ! 間違っても人に対して使うような術ではない! だというのにそれを使ったと言うことは、奥の方で何かが起きて居るということだ!」
「なるほどよく解った―――つうわけで」

 くるり、とバッツは身体を反転させ、手にしていた刀を奥の方へと向ける。
 ―――いつの間にか、謁見の間へ続く扉の前に立ちはだかったレオ=クリストフに向かって。

「ちょっとそこをどいてくれねえかな。なにかヤバいことが起きてるみたいなんでさ」
「もはや戦う気も失せてはいたが―――しかし、通さぬと言った以上、通すわけには行かぬな」
「この、超級堅物将軍が・・・ッ」

 苦笑いしながら言い捨ててからバッツは宣言する。

「さっきと違って余裕はねえ! ファリス! それから筋肉と爺さん、ついでにそこのトモダチ、手ぇ貸せ!」
「筋肉じゃねえ!」
「とゆーか、ワシもジジイと呼ばれるほど老いてはおらんわい!」
「・・・俺はついで扱いかよ」

 バッツの声に応え、3人が不満そうに呟く。
 ファリスはさっきから呆れてばっかりだと思いながら呆れて呟く。

「チームワーク、最悪っぽいな」

 対して、相手は一人とは気合い十分で。

「良いハンデだ。だが、数に任せて倒せるほど、私は甘くない!」

 そして戦いは再開する。

 

 

******

 

 

 ポロムが回復魔法の詠唱をはじめると、ヤンとフライヤはそろって立ち上がった。
 そして、たった一人残った敵―――ベイガンを見る。他の近衛兵達は双子の魔法で一掃されていた。

「律儀なヤツだ」

 ヤンが呟く。

「ずっと待っていたのか?」
「クックック・・・ただ見ていたかっただけです。貴方達の表情が絶望色に染まる所を。ただ聞いていたかっただけですよ。貴方達の悲痛な悲鳴を」
「・・・成程。律儀というわけではなく、ただ単に悪趣味なだけか」

 忌々しそうにフライヤが吐き捨てる。
 対して、ベイガンは「クック・・・」と笑い。

「・・・どうにもダークフォースの恩恵を得てから、段々と他人の嘆きが心地よく感じるようになりましてねぇ・・・いや、それどころか他人の嘆きが自分の力になる様な気さえするのですよ」
「それは気のせいではあるまい」

 ベイガンの台詞に、ヤンが淡々と答える。

「それは貴様が人では無くなりつつあるということだ。ダークフォースそのものの存在になりつつあると言うこと―――」
「・・・お主・・・?」

 フライヤは、ヤンの様子がさっきまでと違うことに気がついた。
 外見はなんら変わった様子はない。ただ雰囲気が、なにがどうとは言えないが、違う。

「―――知っているか? この世界で最初に出現した暗黒騎士の物語を。負の力を込められた呪いの武具に身を包み、そしてその力に飲み込まれてダークフォースそのものへと変じていった暗黒騎士の物語を!」

 言うなり、ヤンは床を蹴り、ベイガンへと突進する。
 ベイガンは向い来るヤンに向かって一対の蛇を繰り出すが、その蛇を素早い足裁きで難なく回避する。

「その暗黒騎士を打ち倒し、騎士の魂を救ったのは我らファブールのモンク僧!」
「ぬううっ!」

 蛇をかいくぐり、ベイガンの懐に飛び込んだヤンは、その腹部に強烈な打撃を打ち込む!
 その打撃力は、硬い魔物の皮膚を貫通してベイガンの身体の中心まで響いた。

「ぐ、ほぉっ!?」

 その一撃にベイガンは “く” の字に身体を折り曲げて、息を吐き出す。

「それは、もはや名すら失われたモンク僧の物語。しかし名は失われても物語は伝わり続ける! そして私は物語を知る一人。故に、貴様がダークフォースの化身となろうというのならばッ!」
「きさまああああああっ!」

 怒りの声を上げて、ベイガンが目の前のヤンに向かって蛇の牙を向ける。
 だが、それも早くヤンは後ろに下がって、ベイガンとの間合いを取っていた。

「貴様という存在を調伏するのが我が使命!」
「抜かせ! ただの人間が、この私に勝てるかああああッ!」
「勝つ!」

 向い来る二本の蛇に、ヤンは臆せず再び向かっていった―――

 

 

******

 

 

「うわ、あのハゲのおっさん、強ぇじゃん」

 ベイガンとまともに戦っているヤンを見て、パロムはひゅうっと口笛を吹く。
 ヤンとベイガンの戦いは、ヤンの方が優勢だった。
 魔物の身体に致命打は与えられないものの、ベイガンの攻撃はかすりもせずに、確実にダメージを与えていく。

 フライヤの出番もなく、彼女はヤンの戦いを見守りながら、しかしそれでも油断なく槍を構えている。

「――― “ケアルラ” !」

 戦いを眺めるパロムの耳に、ポロムが魔法を完結させる声が響いた。
 もう何度目かの回復魔法だ。だが、セシルは目を開く様子はない。
 白い輝きがセシルを包み込み、しかしなんの効果もないと解ると、ポロムは愕然と肩を落とす。

「こうなったら・・・パロム、お願い! 力を貸して」

 ポロムの声に、パロムは「まってました」と嬉しそうに言いながら、ポロムの手に自分の手を添える。

「要領はさっき、海賊さんを助けた時と同じ・・・行くわよ!」
「おう!」

 双子は互いに頷き、合わせた互いの手に魔力を集中させる。
 ポロムが詠唱して魔法を組上げ、パロムは2つの魔力を1つに束ねていく。
 ちっぽけな子供の魔力が、大人すら凌駕する巨大な魔力へと膨れあがる。

 2人の力が合わされば、この力をもってすれば、なにものも出来ぬことはないと思わせる高揚感が沸き上がる!

「――― “レイズ” !」

 天使の翼を思わせる純白の光がセシルを包み込む。
 蘇生の力は、セシルの身体を癒し、折れていた腕や足を元通りに治していく。

 セシルの身体は完全に癒された。
 ―――だが。

「・・・なん・・・で?」

 ポロムが震える手でセシルの口元に手を運ぶ。
 魔法は完結した。
 セシルの身体は完全治癒された。

 ―――だが、セシルはまだ息を吹き返さない。

「魔法は完璧だった。なのに・・・どうして、どうして目を覚ましてくれないんですかっ!」

 少女は嘆きをセシルにぶつける。
 だが、聖騎士はそれになにも応えない。

「どうして・・・私じゃ、私の力じゃ・・・駄目なの・・・?」

 呟き、ぽたりと涙がこぼれる。
 涙でぼやけた視界に映る、ふやけたようなセシルの身体にはまだ生命の息吹は戻らない。
 まだ死んではいない。
 だが、それも時間の問題だった。

 合体魔法の威力は、誰よりも使い手である自分たちが良く知っている。如何なパラディンと言えどもそれを身に受けて生きていられるはずがない。
 むしろ、身体が消し飛ばなかっただけでも運がよいと言うしかない。

 だが、運が良かったと言っても、蘇生出来なければ意味がない。
 ポロムは自分の力の限界を感じ取っていた。
 自分の力では、セシルを蘇らすことは出来ない・・・・・・

「あっ・・・そうよ、そうよ! テラ様なら!」

 うつむいていた顔を上げる。
 テラの力なら、セシルを蘇生出来るに違いない。
 現に、試練の山で致命傷を負ったセシルを蘇生魔法で癒したのはテラだった。

「駄目だっ」

 立ち上がりかけたポロムに、パロムの声が飛ぶ。
 その怒ったような、いつになく厳しい少年の口調に、ポロムは中腰のまま硬直する。
 見上げてみれば、双子の片割れは怒っているわけでもなく、ただ真剣な顔でパロムを見下ろしてた。

「確かにテラのじーちゃんなら助けられるかもしれない。でも、じーちゃん探しているうちに手遅れになるかもしれない・・・」
「だけどっ。私ではどうにもならないのよ! テラ様なら助けられるかも知れないけれど、私には絶対に無理! だって、私はまだ未熟な―――」

 それは。
 それはポロムにとって、そしてパロムにとっても認めたくないこと。
 だけど、自分の限界を知ってしまった今、認めなければならないこと―――

「―――未熟な・・・子供だもの・・・」
「イヤだ!」

 パロムの言葉はなんとなく予想は出来ていた。
 パロムは自分が子供であることを認めていないわけではない。
 だが、 “子供だから” という理由を言い訳にされるのがなによりも嫌いだった。

「ポロムがそんなこというの、オイラはイヤだ! 子供だからなにもできないなんて、オイラは絶対に信じない!」
「認めてよ! 私はまだ子供なの。大人に及ばないことなんて沢山ある! ・・・お願い、テラ様を捜してきて。私じゃあ・・・このままじゃ、セシルさんが死んじゃうよぉ」

 涙声で訴えかける。
 いつもの嘘泣きではないことは、パロムには解っていたがそれでも少年は表情を崩さない。

「オイラは許さないぞ!」

 それは子供特有の我儘じみた口調。
 けれど、それには子供以上に、そして大人以上に強い意志が込められている。

「ポロムができないなんてオイラは許さない! 一人じゃできないっていうなら、オイラも力を貸すさ! でも、やるのはポロムだ!」

 パロムの小さい手がポロムを包む。

「もう一度、やってみようぜ! ポロム」

 けれど、ポロムは首を横に振る。

「セシルさんの身体はもう完全に回復してる。私には、もうこれ以上はどうしようもないのよ!」
「どうしようもないとか言うな! ポロムの馬鹿!」
「馬鹿はパロムよ! 仕方ないじゃない、どうしようもないものはどうしようもないんだからッ!」
「あきらめるのかよ! どうしようもなくて、仕方なかったって諦めて、オイラたちが子供だから弱いからって言い訳して!」

 顔を真っ赤にしてパロムは怒鳴り、握っていたポロムの手を乱暴に払う。

「痛っ」
「子供だから仕方なかった、なんて絶対にオイラはイヤだ! 何か出来るってオイラは自分を信じたからここにいるんだ! ここで何も出来なかったら、オイラは一生オイラを許せない!」
「・・・・・・っ」
「もういい。ポロムなんか要らない! オイラは一人でにーちゃんを助ける!」

 そう言って、パロムはポロムを押しのけてセシルの傍にしゃがみ込むと、セシルの身体に手を添えて、魔法を唱えはじめる。
 それを、呆然としてポロムは見ていた。
 いや、実際にはポロムはなにも見ていなかった。ただ、ある1つの言葉が少女の心に響き渡っていた。

 それは自分自身が言った言葉―――

『仕方ないじゃない、どうしようもないものはどうしようもないんだからッ!』

(仕方ないって、私は言ったのよね。仕方ないって諦めていたのよね、私は・・・)

 少女は知っていた。
 仕方ないって口先だけで。でも仕方ないなんて簡単な言葉では諦めきれずに、後悔していた青年のことを。

 知っていたはずなのに。
 そして、その青年の力になりたいとここまで来たのに。
 一番大事な時に、仕方ないと諦めようとしていた。

“オイラが望むのは魂振るわす激しいショック! 魔力よ、転じて雷と成れ―――”

 ポロムが呆然としている間に、パロムは魔法を唱え終わると、それを躊躇いもなくセシルに解き放った!

「 “サンダー” !」
「って、なにやってるの、パロム!」

 雷撃の魔法が走り、セシルの身体がびくんっ、と大きく跳ねるのを見ながらポロムは思わず叫んでいた。
 パロムはポロムを振り向かず、しかし心底不機嫌そうな顔で。

「電気ショックだよ! 確か、じいちゃんだか誰かが言ってたけど、遠い国の医者はこうして死人を生き返らせるとかなんとか」
「そんな眉唾な話を真に受けて・・・」
「オイラができるのは黒魔法だけだ。だったらコレしかないだろ!」
「・・・・・・!」

 再び雷撃の魔法を唱えはじめるパロムに、ポロムはそれ以上なにも言うことが出来なかった。

 双子の片割れが自分の出来ることを必死でやろうとしている。
 それは、方法は正しいとは言えないかもしれないけれど、でも彼が今できる最大限のことだった。

(どうして、そこまで必死になれるの・・・?)

 無理だったのに。
 ポロムの白魔法でも無理だったのに、無理と解っているはずなのに、どうしてそこまで頑張れるのかがポロムには―――

(解らない・・・わけじゃない。ただ認めたくないだけ)

 パロムのことを解らない、と断じようとしてそれを否定する。
 解らないはずがない。たった2人の、1つの双子なのだから。

 パロムの魔法が完結して、またセシルの身体がびくんっと跳ねる。
 だが、身体は動いても、セシル自身が目を覚ます気配はない。

(物心ついた時からそうだった。パロムは、私が認めたくない存在だった)

 パロムという少年は彼自身が吹聴しているとおりに天才だった。
 今ではミシディア一の悪戯坊主としての方が有名で、彼が自分を天才だと言っても皆暖かな目で見るだけだが。
 でもポロムは知っている。双子の片割れが紛れもない天才だということを。

 パロムは物心つくまえから魔法を使えていた。
 それは指先から、ほんの少しだけ冷たい風を出す程度のちゃちな魔法ではあったが、それを誰にも教わらずに使っていた。
 そしてそのことはポロムしか知らない。何故なら、パロムが初めて魔法を使ったのは、まだ立って歩くことも出来ない頃、熱を出してぐずついていたポロムをあやすためにパロムが使ったのだから。
 まだ本当に赤ん坊の頃のおぼろげな記憶だが、それでもポロムは覚えている。ポロムが魔道士になろうとしたのはそのことがキッカケで、そして白魔法を習得しようとしたのは、いつかパロムが病気やケガで倒れた時に、癒してあげたいと思ったからだ。

 ミシディアで双子は、ミシディアの歴史上、類を見ない神童だと言われていた。
 幼い子供でありながら、大人でも滅多に使えない中級の魔法を使いこなし、そして上級魔法すら凌駕する破壊力を秘めた合体魔法をも使う。
 けれど、魔法の才覚はパロムには全く及ばないとポロムは知っている。
 パロムと同じくらいの魔道を扱えるのは、パロムに置いて行かれるのが嫌で、必死に勉強した結果であり、パロムはその半分も勉強していないというのに、ポロムと同じくらいの魔道を扱える。

 こっちが必死に勉強している間に、パロムは楽しく遊び回っている。
 不公平だと、なんど思ったか解らない。
 でも悔しいと思ったことはない。
 だって、それは、ポロムがパロムに置いて行かれたくないと思うのと同じように、パロムもポロムを置いていきたくないって思っていると解っているから。

 だけどそれは認めたくないこと。
 だからそんなことには気づかぬふりをして、ポロムはパロムに「もっと勉強しなさい!」と叱って、そしてパロムは言うこと聞かずに遊び回ってる。

 認めたくないのは魔法の才覚だけじゃない。
 一番認めたくないのは心の強さ。
 双子でありながら、その中身が決定的に違うと感じたのは、ついこの前の赤い翼のミシディア襲撃の後。

 仲間が殺され、クリスタルも奪われて、バロンや赤い翼への憤りや、悲しみが村を支配する中、たった一人だけパロムだけがいつもと変わらなかった。
 いや、いつも以上に悪戯を繰り返して、村中大騒ぎにした。
 時と場合を考えろと、長老は禿げた頭まで真っ赤にして、パロムを厳しく叱ったが、それでもパロムは悪戯をやめず、笑いながら村中を駆け回っていた。

 村の誰もがパロムを悪童と罵る中、ポロムだけが気づいていた。
 それは、村の皆を元気づける為だったのだと。
 そして、誰よりもパロム自身が憤って、嘆いて、悔しかったのだと、ポロムは知っていた。
 もちろん、それは赤い翼や、セシル=ハーヴィに対する憤りではない。子供だからと、何も出来なかった自分自身に対する怒りだった。

 さらにしばらく時が経ち、セシルがミシディアを訪れた時も、ポロムも他の大人の魔道士達も皆、セシルを許せないと、殺したいと願う中、パロムだけがセシルを許そうとしていた。
 最愛の父親を殺した存在を。
 自分たちをも殺そうとしていた存在を。
 けれど、パロムは許そうとしていた、それがどうしてなのか、あの時怒りと憎しみに瞳が濁っていたポロムには解らなかったが、今ならはっきりと解る。

(きっと、セシルさんの中に私達よりもずっと強い、 “嘆き” と “後悔” が在ることに気がついたから―――)

 怒り狂っていた村人達の中で、唯一パロムだけが正しくセシル=ハーヴィのことを見ていた。
 冷徹なわけではない。大人よりも大人らしいというわけでもない。

 むしろその逆。

(男の子だから)

 パロムという少年は、誰よりも子供だった。それもただの子供じゃない。

 男の子だ。

 子供だから自分の思っている通りに動く。
 だけど、男の子だから悔しくても嘆いていてもそれを表に出したりしない。
 子供だから大人の感情に敏感になれる。
 だけど、男の子だからその感情に従いたくない。

(早い話がひねくれ者)

 だから子供だから駄目だといわれて反発する。
 勉強しろと言われて、遊びに行く。

 ―――認めたくなかった。
 パロムのことを子供だと理解出来る自分を。
 それを認めてしまうということは、つまり。

(私が、もう子供ではないと認めてしまうと言うこと)

 まだ子供どころか、幼年と言われる歳だ。
 でも、彼女は成長してしまった。
 すぐ近くに天才がいたから。
 彼に置いて行かれたくなくて、必死に勉強して、色んな感情を覚えて、学んで。

 パロムがまだどうしようもなく子供で、そして、もう自分が大人の領域に足を半分くらい踏み入れているということを認めてしまった。

 認めたくなかった。
 まだ子供でありたかったと思う。
 パロムがポロムが魔道のレベルアップするまで待っていてくれていたように、ポロムもまた、パロムと一緒に同じように成長していきたかったと思うのだから。

 だけどそれは―――

( “仕方のないこと” ですものね)

 双子として生を受けても、けれど全く同じ人間ではないのだから。
 だけど、全く同じでないにしても、パロムに一番近い人間はポロムであるし、ポロムに一番近い人間はパロムだ。
 そのことは、一生変わらない。

「 “サンダー” !」

 何度目かの電撃に、セシルの身体がまた跳ねる。
 その動きも、段々と小さくなっているような気がした。もうすぐセシルの命も残り僅かなのかもしれない。

「ちくしょおっ! 目を覚ませよッ、セシル=ハーヴィ!」

 泣きそうな顔でパロムが叫ぶ。
 それは、さっきのポロムと同じ表情だった。
 ただ1つ違うのは、そこでパロムは諦めない。また雷撃魔法の詠唱をはじめる。

 もうすぐセシルは死んでしまう。
 きっと、パロムでは救えない。
 そうしたらパロムはどうするのだろうか、とポロムは考える。

( “仕方ない” ―――なんて絶対に思わないんでしょうね。きっと、救える方法があったはずだと悩んで、救えなかった事実に後悔して―――セシルさんと同じように)

 ハッキリと脳裏に浮かぶ。後悔して、嘆いているパロムの姿。
 その姿を想像して―――そして心の中で呟く。

(イヤ)

 はっきりと思う。

(そんなパロムを見るのは絶対にイヤ!)

 思う、と体中に力が沸いてくるような気がした。
 誰のためでもない。
 セシルのためでも、パロムのためでもない。
 ただ自分のため。自分が、パロムの後悔する姿なんて見たくないって思うから。だから。

「 “サンダー” !」

 パロムの雷撃魔法に、しかしもうセシルの身体はぴくりとも動かない。
 そのことにパロムは愕然として動きを止める。
 雷撃になんの反応を示さなくなったと言うことは、つまり。

「にーちゃん・・・死んじゃった・・・?」
「まだです!」

 呆然とするパロムの呟きを、ポロムの声が否定する。

「諦めないんでしょう、パロム!」
「ポロム・・・でも、だけど!」
「あと1回だけ・・・私にやらせて!」
「えっ・・・?」

 さっきとは逆に、くじけてしまったパロムの対面に、ポロムは移動するとセシルの身体に手を添える。
 雷撃の魔法を幾度となく受けたというのに、セシルの身体はさっきと変わらず綺麗なままだ。それはパロムが加減して魔法を使っていたせいだろう。そうでもなければ、子供であるパロムが下級魔法とはいえ、そんなに連発出来るわけがない。

「でも、どうするんだよ。もう、にーちゃんは・・・」
「試してない魔法があるわ。もっとも、私に使えるかどうか解らないけど―――」
「それなら、生き返らせられるのか・・・?」
「ええ」

 迷いなく、ポロムは頷く。
 だが、それは嘘だった。

(死んでしまった人間を生き返らせる可能性は限りなく低い・・・奇跡でも起らなければ絶対に無理―――だけど)

 ちらりとパロムの方を見る。
 必死な形相で、彼はセシルの死体を見つめていた。
 表情が青ざめているのは、絶望しているからではなく、魔力の使いすぎが理由だろう。

(・・・だけど、私が失敗してもそれはパロムのせいじゃない。パロムの後悔は私が引き受ける!)

 ポロムはセシルの顔―――安らかとも言える死に顔を見て。

(ごめんなさい、セシルさん。私はパロムほど子供でもないし、貴方ほど優しく強くない。これで失敗したら “仕方なかった” って思わせて貰います。ごめんなさい)

 謝罪を二度繰り返して、ポロムは魔法の詠唱をはじめる。
 それはポロムが一度も使ったことも、見たこともない魔法。
 ただ、知識としてそういう魔法があると知っているだけの魔法―――

“奇跡の女神よ・・・まだ未来を生きるべき者に運命の慈悲を与えん・・・”

 だというのに、魔法の文句は自然と口をついて出た。
 まるで、使い慣れた魔法のように。

 しかし―――

(・・・っ、魔力が、足りない!)

 魔法はほぼ完璧に汲み上がっている。
 だが、それを発動させるための魔力が圧倒的に足りない。

「ポロム!」

 パロムが声を上げる。
 彼にも魔力が足りないと言うことは解った。けれど、パロムのMPは殆ど尽きている。
 合体魔法を使う余力もない。

(・・・こうなったら、イチかバチか命を削るしか―――)

 足りない魔力を補う方法として、自分の生命を使う技が魔道士にはある。
 文字通り生命力は魔力よりも強い力を秘めているため、普通ではレベルが足りずに使えない魔法であっても、命で補うことにより発動させることもできる。
 ただし、当然命を削ってしまえば、本来生きるべき寿命が減り、最悪そのまま死んでしまうこともあり得る。

(まだ若いんですから、少しくらい寿命が削れたって―――)

 などと、ポロムが半ばヤケ気味に覚悟を決めた瞬間。

 「え―――?」

 いきなり外から魔力が流れ込んでくる。
 それも膨大な聖なる力。

「ふっ・・・命かけるよりは、妾の力を使った方がマシじゃろう?」
「エニシェルさん・・・?」

 いつの間にか、ポロムの傍らにポロムよりも少しだけ年上の少女が立っていた。
 新雪のような白いドレスに身を包んだ、銀髪の少女はにこりと微笑んだ。

「妾としても、久しぶりの使い手じゃ。まだまだ死んで欲しくないのでな。ほれ」
「ひうっ!? ちょ、ちょっとエニシェルさん! 力、強すぎ・・・・・・!」

 流れ込んでくる力は圧倒的だった。
 ポロムの小さな魔力などあっさりと飲み込んでいまいそうな力。
 暴力的にポロムの中を荒れ狂う力の奔流に、自分の精神を護るだけでポロムには精一杯で。

「だ・・・だめですっ、力が・・・抑えられない・・・」
「げ。ちょ、ちょっとやりすぎたかのー」

 困ったようなエニシェルの声も、ポロムの耳には届かない。
 巨大すぎる力は抑えることもできず、中からポロムを食い破ろうとして―――

「ポロムッ」
「あ・・・」

 パロムの声と同時に、手が握られる。
 その途端、自分の中を暴れ回っていた力が、嘘のように静まった。

「パロ・・・ム・・・?」
「ポロム! オイラが力を制御する! ポロムは魔法を完成させろ!」
「パロム・・・・・・うんっ!」

 ポロムは頷いて、セシルに意識を集中させる。
 命の鼓動が消え去ってしまったセシルの肉体。
 けれど、まだ諦めるわけにはいかない!

(諦めるのは、わたくしが出来る全てをやり終わってからッ!)

 心の中で絶叫し、そしてポロムは魔法を完結させるために叫ぶ!

「 “アレイズ” !!!」

 魔法が発動した瞬間、神々しい光がセシルの身体を包み込む。
 それはかつてセシルがクリスタルルームで見たのと同じ、白く輝きながらも人の目を灼かない眩しくない優しい光だ。

(お願い、生き返って!)

 魔法を唱え、ポロムは奇跡を願った。
 例え生き返らなくても “仕方ない” で済まそうとは心に決めた。
 けれど、このまま死んで欲しいとは思わないし。死ぬべき人間だとも、絶対に思わない。

「あなたは、まだやらなければならないことがあるのでしょう! 今度はあの世で後悔するつもりですかッ!」

 叫びながらポロムは考えを変える。
 これで生き返らなかったら “仕方ない” だなんて絶対に思わない。
 ただ、セシル=ハーヴィという青年のことを、恨んで呪って一生許してやるもんかと心に強く思う。

「目を覚ましなさいよッ! ばかせしるーっっっっっっ!」

 ポロムが絶叫した瞬間。
 魔法が完結し、光が消える。

 そして―――

「・・・う・・・?」
「にーちゃん!?」
「セシルッ!」

 呻き声がセシルの口元から漏れて、パロムとエニシェルが呼びかける。

「なんだ・・・私は、一体・・・?」

 瞳を開けて、セシルは身体を起こすと困惑げに呟いた。

「やったぜ、ポロム! にーちゃんが生き返ったぜ!」

 パロムは嬉しそうにポロムを見上げる。ポロムはやや怒ったような様子で、ふんっとそっぽを向いて。

「当たり前ですわ。むしろ生き返るのが遅すぎます。というか、これで起きなかったらぶつところでした。それもぐーで」
「ポロム・・・ごめんな」
「・・・え? なんでパロムが謝るの?」

 きょとんとしてポロムがパロムの方に向くと、パロムは少し決まり悪げに視線を反らして。

「さっきさ、ポロムなんか要らないって言っちゃって。ごめん・・・結局、オイラ一人じゃなんにもできなかった」
「それは―――」

 そういえば、そんなことも言われていたなあ、と今更思い出す。
 普段ならそれなりにショックを受けていたかもしれないが、あの時はセシルのことや自分のことで頭の中がぐちゃぐちゃで、そんなことまで気が回らなかった。
 それにパロムがそう口走った気持ちも解る。今、そのことで後悔していると言うことも。

「―――ま、当然でしょう。パロムったら、一人じゃ何にも出来ない子供ですからねっ」
「な、なんだよその言い方ー! ポロムだって一人じゃなにも出来ないくせに!」
「そんなことありませんよーだ。ふんっ、私こそパロムなんか要りません!」
「むっかーっ! オイラだってポロムなんか要らないやい。ばーかっ!」
「誰が馬鹿ですか! 馬鹿って言った方が馬鹿なんですよ、馬鹿パロムーっ!」
「あ、馬鹿って言った。じゃあ、ポロムだって馬鹿じゃんか。やーい、馬鹿ポロムー!」
「いや、そこら辺にしておけ、お前達」

 始まった双子のケンカの間にエニシェルが入る。

「それよりも、大変なことに気づいたんじゃが」
「大変なこと?」
「なにそれ」

 ポロムとパロムが問い返す。
 エニシェルは困ったように身を起こした状態のセシルを見やり、

「・・・あれ、どーもセシルじゃないらしい」
「「はあ?」」

 双子の困惑した声が、仲良くハモった―――

 

 


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