第12章「バロン城決戦」
V.「
sacrifice
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城内・謁見の間

 

 突撃した勢いに任せて剣をベイガンに叩き付ける―――しかし。

「その程度の攻撃がッ!」

 セシルの剣は、ベイガンの蛇のような腕に阻まれる。
 蛇、とは言ってもそこら辺の野原でちょろちょろしているような小さな蛇ではない。セシルの胴ほどもあろうかという大蛇だ。
 ライトブリンガーの一撃は、その大蛇の皮一枚切り裂いた程度だった。

「―――堅い!?」
「通じませんよ、その程度ではねッ!」

 ベイガンが嘲り笑いながら、もう一方の蛇の腕をセシルに向かって打ち付ける。
 ムチのようにしなり、不規則な軌道を描いて蛇が飛来する。それをセシルは腕に装着されたガントレットで受け止める―――が。

「ぐっ・・・!」

 その一撃は重く、セシルの身体が僅かに浮いて、はじき飛ばされる。
 僅かな浮遊感の後、ずさっ、と足の裏を滑らせながら床に着地し、なんとかバランスを取って転倒だけは免れたが、バランスを崩した状態のセシルに、ベイガンの両肩から伸びた二対の大蛇が襲いかかる!

「セシル!」
「セシルさん!」

 フライヤとポロムの叫び声が上がる。
 ヤンもフライヤも、セシルの援護に行こうとするが、魔物と化して復活した近衛兵達に阻まれて助けにいけない。

 ムチのような蛇は、容赦なくセシルに襲いかかり―――

「 “ファイラ” ッ!」

 蛇がセシルに到達する直前、セシルの目の前に炎の壁が出現する!
 赤々と燃える猛火に阻まれ、蛇たちはぴたりと動きを止めて顔を引っ込めた。

 ―――程なくして炎の壁は掻き消えたが、その隙にセシルは体勢を立て直すことができた。

 息をつき、浮き出た冷や汗を拭うセシルを見て、ベイガンはあざ笑う。

「どうしたのです? さっきまでの大口は!」

 言いながら、ベイガンはフライヤとヤンに向けて両蛇の口を向けた。
 それを合図として、魔物化した近衛兵達が、半分ずつフライヤとヤンに襲いかかっていった―――

 

 

******

 

 

「ちぃっ!」

 襲いかかってきた近衛兵の身体を、フライヤは槍で素早く串刺しにする―――が、先程のように倒れない。
 身体を槍に貫かれたまま、近衛兵はフライヤへと歩みを進め、手にしたミドルソードを振るおうとする。

「おのれっ!」

 フライヤは素早く槍を引き抜くと、近衛兵の一撃を回避するために後方へと飛ぶ。近衛兵の一撃は空を凪いだだけに終わったが、その一撃は風を生み、フライヤの頬を軽く撫でる。
 竜騎士の脚力で後ろに跳んだ距離だ。それほどの間合いに空振りの風が届くということは―――

(直撃したら、私の身体など一撃で砕けてしまうな・・・)

 ぞっとするものを感じながら、フライヤは槍を構え直す。
 そんなフライヤに向かって、近衛兵達はゆっくりと進む―――魔物となり、身体が一回り大きくなったせいか、その動きは鈍いようだった。
 歩きながら、体重を乗せて振るってくる四本の剣を、フライヤは難なく回避する。

(・・・相手の攻撃は、当たる気がせんが―――しかし、こちらの攻撃が通じないとなればどうしようもない)

 自分の槍は通じない。
 竜騎士特有の攻撃技、ジャンプ攻撃ならどうにか通じるかもしれないが、それで致命傷を与えられなければ隙になる。よしんば、それで一体を倒せたとしても、残りの三体に反撃を喰らって終わりだろう。

 ―――ならば。

「竜気よ!」

 フライヤが叫ぶ。
 すると、フライヤの身体を淡い青白い光が包み込んだ。
あぎと
「顎 となりて、精気を奪え!」

 フライヤの全身を覆っていた青白い光が、つきだした槍の先へと集束する!
 集まった光は竜の頭を形作る。

 

 竜剣

 

 クォォォオオオオオ・・・

 竜の頭は、静かに咆吼すると波打つようにゆらめきながら、近衛兵の一体へと襲いかかると、その鋭い牙が並んだ顎を大きく開き、近衛兵の頭に齧り付く!
 かじられた近衛兵の頭から人間の色ではない血が流れ出し、血と一緒に白い光が竜の頭に吸収された。近衛兵が、自分の頭の竜を振り払うように腕を振り回すと、あっさりと竜は離れ、フライヤの身体へと戻っていく。

「・・・ふむ。竜剣ならばある程度は効果があるようじゃが―――」

 竜の気を用いて、敵にダメージを与えると同時に、MPを奪い去る竜騎士の技だ。
 だが、それも槍よりかは効果があるとはいえ、致命傷にはなりえないようだった。

(・・・これではどうしようもないな。しばらくは逃げ回って敵を引き付けておくか)

 思いながらちらりと周囲の状況を見る。

 セシルはベイガンと一対一で対峙している。
 ヤンは拳と蹴りで、殴られて倒れては起きあがってくる近衛兵達と一進一退の攻防を繰り広げていた。どうやら、この魔物達にはフライヤの槍よりも、ヤンの打撃の方が通じるようだった。

 ならば、しばらくこの四体の相手をしていれば、セシルかヤンが何とかしてくれるだろうと思いつつ、最後に双子の様子を確認する。
 逃げ回るのはいいが、この子供達は護らなければならない。セシルが連れてきた子供。
 戦場に子供が居るなんてどうかとも思ったが、セシルが何も言わないのであれば、何か考えがあるのか、或いはそれなりの事情があるのだとも思える。

 それに、つい今し方、魔物化したベイガンの攻撃からセシルを守ったのも双子の魔法だった。まだ幼いとはいえ、それなりの魔法を使える魔道士のようではある。
 それならば、その攻撃魔法をアテには出来ないものかとも思いつつ、フライヤが双子の方を素早く振り返る。と。

“いにしえに在りし破壊の竜―――”
“―――いにしえに在りし嘆きの神”

 2人は並んで立ち、魔法詠唱を始めていた。
 それは、フライヤは知るはずもなかったが、つい先日に試練の山で撃ち放った、双子の必殺魔法―――

 

 

******

 

 

 セシルはベイガン相手に苦戦していた。
 自分の剣は一対の蛇腕に防がれて通用しない。どころか、不規則に動き様々な角度から伸びてくる蛇の腕相手に、攻撃の暇も与えられず守戦一方だった。

(剣が通じないのなら―――)

 セシルは左腕の蛇の突進を身体を傾けて回避し、右腕の蛇が加えているミドルソードの斬撃をライトブリンガーで打ち払う!

 ―――そこへ一瞬の隙を見いだして、セシルはライトブリンガーの切っ先をベイガンへと向ける。
 文字通りに “伸びてくる” 蛇を相手にしていたため、いつの間にか間合いは大きく広がっていた。大きく一歩踏み出さなければ、剣は届かない。が、セシルは構わずに剣の切っ先へと意識を込める。

「―――聖剣よ! 意志に従い力を示せ!」

 

 ライトブリンガー

 

 ライトブリンガーが光り輝き、その光がベイガンへ向かって解き放たれる!
 光撃がベイガンに直撃し、爆音にも衝突音にも似た破壊音が響いた。

 先程、ベイガンに放ったのは牽制の一撃だった。
 だが、今のは加減無しの全力の一撃だ。 “最強” の称号を持つカインやレオですら倒せなかった、暴走した暗黒騎士セシルを容易く打ち倒した一撃。魔物化したとはいえ、ベイガンが耐えきれない―――はずだが。

「・・・ちっ」

 セシルはベイガンを見て舌打ちする。
 ライトブリンガーの一撃を受けて、しかしベイガンは大きくよろめいただけだった。

 さきほど、牽制のために力を放った時にセシルは気がついていた。
 試練の山の時よりも、聖剣の力が弱まっている、と。

 ――― “聖剣の力が弱まっている” というよりは、 “聖剣が力を出し切っていない” と言う方が正しいかもしれん。

 聖剣とは世界の意志である。
 世界に悪なす敵を滅ぼすために存在する剣だ。
 だから、世界の害敵には100%の力を発揮するが、そうでないのならば聖剣は力を出さない。

 何故ならば、対象がなんであれ、世界に存在するモノは全て、 “世界を構成する一部” であり、それらを撃つということは、自らの身体を傷つける行為に等しいからである。

(・・・つまり、魔物化したとはいえ、ベイガンはまだ “世界の敵” ではないということか・・・まあ、魔物が “世界の敵” ってわけでは無いと思うけど)

「今のは、少し効きましたよ・・・?」

 セシルが思考している間に、ベイガンが体勢を立て直して半笑いで言う。
 致命的な一撃は与えられなかったようだが、それなりにダメージは与えたようだった。
 なんとか笑みを浮かべてはいるが、その笑みにはさっきまであった余裕が無い。

「それが聖剣・・・パラディンの力ですか・・・大した力ではありますが、ゴルベーザ様のダークフォースに比べれば―――」

 ベイガンの台詞が途中で止まる。
 その理由に、セシルは即座に気がついた。

(・・・パロム、ポロム?)

 自分の背後から大きな力が膨れあがっていくのを感じた。
 それは、試練の山でも一度だけ発動した力。
 その破壊力を思い出して、セシルは即座に大声を張り上げた。

「ヤン、フライヤ! 後ろに跳んで伏せろッ!」

 叫びながら自分もベイガンと距離を取るべく後ろに退く―――が。

「・・・?」

 来るはずのベイガンの追撃がない。
 そのことに違和感を覚え、ベイガンの姿を確認してみれば、なにかを口早に唱えている。

“―――鮮やかなりしルビーの輝き・・・その光はあらゆる魔を反射する―――”

 ―――いかんッ。あれは反射魔法じゃッ。双子の魔法がはね返されるぞ!

「なんだとッ。パロム、ポロムッ!」

 ライトブリンガーの焦った声が脳裏に響いて、セシルはベイガンに背を向けるのも構わずに双子を振り返る―――が、その時にはすでに魔法は完成しつつあった!

“その破壊を呼び起こせ―――!”
“―――その嘆きを呼び覚ませ!”

 詠唱が終わり、2人は完結の言葉を唱和する!

「「 “プチフレア” !!!!」」

 それと同時に、ベイガンの魔法も完結した。

「 “リフレク” 」

 その声に、セシルは再びベイガンを振り返る。
 その瞬間、魔法が発動し、ベイガンや魔物化した近衛兵達を小さな無数の爆発に巻き込む。
 フライヤの槍も、ヤンの打撃も致命打を与えられなかった魔物達を、あっさりと破壊し、滅ぼしていく―――しかし。

「くっ・・・大した威力ですねェ・・・ですがッ!」

 魔法という破壊力に蹂躙される近衛兵達の中でたった一人、ベイガンだけが平然と立っていた。
 その身体は淡い緑色の光に包まれ、さらにそれを覆うようにして赤い光が緑の光とせめぎ合っている。

「・・・あれは・・・反射魔法リフレク!?」
「げっ。それって、オイラたちの魔法がはね返されるってこと!?」

 ようやくそのことに気がついた双子が悲鳴を上げる。
 それに対してベイガンはにやりと笑みを作り。

「その通りです―――ほうら、返しますよッ!」

 キィン、と澄んだ音が響いて、ベイガンを包んでいた赤い光がはじけ飛ぶ。
 そして、その赤い光は破壊の魔力となって双子を包み込み―――

「させてたまるかああああっ!」

 魔法が発動する瞬間、セシルが叫びながらライトブリンガーを天井へ向かって掲げる。

(一度しか見たことのない技だけど。ここでやらなきゃ2人がッ!)

 それは、このバロンでセシルが見た技。
 ボムの指輪からあふれ出た無数のボムたちが放った火炎魔法を無効化して己の魔力とした、ガストラの女将軍の技だ。

(全く同じことができるとは思わない。―――でも、やるしかないッ)

 

 魔封剣

 

 ベイガンの反射魔法が、双子の魔法をはね返した時と同じような澄んだ音が響いて、ライトブリンガーが白く輝く!
 その瞬間、双子を包んでいた破壊的な魔力が消えた。

 

 

******

 

 

「うわああああああっ!?」
「きゃああああああっ・・・・・・え?」
「あれ・・・? 魔力が消え―――」

 自分たちに襲いかかる自分たちの合体魔法に、悲鳴を上げて居た双子は、いつまでたっても来ない破壊の力に、きょとんとした声を上げる。
 何が起ったのか解らない。
 双子が戸惑っていると、フライヤの悲鳴が聞こえた。

「セシル! おい、しっかりせぬかッ!」

 フライヤの声にセシルの姿を確認する。
 ―――その姿を見て、パロムは目を大きく見開いて、ポロムは「ひっ」と小さく引きつった悲鳴を上げる。

 セシルは倒れていた。
 血は流れていない。
 だが、聖騎士の装備は半壊し、ガントレットは吹き飛び、マントはびりびりに破けている。
 セシル自身も、露出した肌の所々が強烈な打撃でも受けたかのように黒ずんだアザになり、よくよく見れば、右腕と右足があり得ない方向へねじ曲がっていた。

「セシルにーちゃん!?」

 パロムがセシルの元へと駆け寄る。
 ポロムはそれを呆然とした表情で見送っていた。

「セシル・・・さん。・・・どうして・・・?」
「にーちゃん! なんで、にーちゃんがオイラたちの魔法を喰らってるんだよ!?」

 パロムがセシルの傍に跪いて困惑したまま叫ぶ。
 だが、セシルはなにも答えない。それどころか―――

「にーちゃん・・・息、してない・・・」
「なんだと・・・ッ」

 青ざめた表情でパロムが呟き、ヤンがセシルの口元に手をやって確認する。
 確かに、息はしていない。

「・・・まだ生きてはいる」

 セシルの心音を確認して、フライヤが呟く。
 それを聞いて、パロムが顔を上げてポロムを振り返る。

「ポロム! まだにーちゃんは生きてるッ! 回復魔法を・・・早くしろよッ」
「わ、わかってます!」

 それまで立ちつくしていたポロムはセシルの元へ駆け寄る。
 セシルの様子を間近で見て、一瞬だけ硬直するが、すぐにパロムの隣りにしゃがみ込むと、その胸に手を添えて魔法を詠唱を始めた―――

 

 


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